目が覚めたら難易度ナイトメアの世界です   作:寝る練る錬るね

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Q.どうして狂人は愛せないのにパンドラは愛せるの?
A.ガバじゃないけどネタバレになるから答えられない。

遅れたぁぁぁ!!
いつものだぁぁ!!
前回見てない人はそっち見てね!!!




フェルト√ 実験と真相

 

 

「さてさてさーて。まずは、何から話し始めたもんですかねー。ここは無難に、お互いの性癖とかから語り合ったりしやがります?真っ昼間から?夜のベッドで?それとも外でおっぱじめる?何処で初めてが好みとか!きゃはは!」

 

 下品さを隠そうともしないカペラは、四肢を鎖で繋がれたティフィに目もくれずに話を続けようとする。魔性の顔をぐにゃぐにゃと歪めて元の容姿に戻った彼女は、大きな紅の目を爛々とさせながら楽しそうに笑う。その様子からは、先ほどまで僕に対して怒りを露わにしていた感情は見て取れない。彼女は再び、僕らに理解不能な狂人へとその姿を変えていた。

 

 だが、そんなことに気を配れないほど、僕は動揺を隠せずにいた。

 

「ティフィ!?ティフィ!?大丈夫!?しっかりして!」

 

「……リ、ル………?」

 

「うん、僕……リル……リル、だけど……!でも、この怪我……!」

 

 彼女を安心させるために、崩れかけた口調を戻す。どうやら意識が曖昧なようで、開ききらない目は未だどこか虚空を彷徨っていた。

 

 それが寝起きだという理由だけでないことは、ボロボロの服を着させられた彼女の体を見れば明らかだ。

 

 擦過傷、切り傷、打撲痕、裂挫創、引っ掻き傷、火傷痕。顔以外の箇所に執拗につけられた痛ましいほどの傷が、彼女がどれほどの仕打ちを受けたか物語っている。刺し傷などの致命的な傷こそないものの、小さな彼女にとってこれらの傷は耐え難い苦痛だろう。

 

 この状態でなお、鎖で体を磔にされているというのだ。まだ齢十も超えない彼女に、どうしてこれだけの──

 

「カペ……………母さん!なんで、ティフィにこんな……!そもそも、なんでティフィがここに……」

 

「あぁあぁ、オス肉がピーピーピーピー喚いちまって……そんなに自分のメス傷つけられたのがショックだったんです?タイプのアタクシをほっぽって、随分お盛んでやがりますねぇ。てか、質問が多いってんですよ。一人で喋りすぎるなってママに習わなかったんでちゅかー?あ、母親はアタクシでしたか!きゃはは!」

 

 全く笑えないジョークを飛ばし、一人で勝手なカペラに思わず苛立ちが募る。この状況下カペラに敵わない以上、それが邪魔な物でしかないと知っておきながら抱かずにはいられない。

 

「なんでもいいから、とっととティフィをここから下ろせ!」

 

 命に関わるほどの傷ではない。そうわかっていても、三年間ずっと一緒にいた妹分がこんな姿になっているのは見るに耐えない。必死に鎖を壊そうとするが、所詮は子供の体だ。鎖はうんともすんとも言わず、茶髪の少女を壁に縛り付けていた。

 

「………へーへー、囚われの姫様助けて、正義の騎士様ごっこですか。ま、いいですよー。監禁プレイとか、アタクシの趣味じゃねーですし」

 

 笑って、怒って、不機嫌になって。そうして忙しなく感情を変えるカペラは、不機嫌そうに再び指を鳴らす。すると、想像の何倍もあっさりティフィの手枷と足枷が弾け飛び、少女をたちまち自由の身にした。

 

 あまりの呆気なさに一瞬動揺したが、なんとか地面に倒れ込む前にティフィを抱き止めて石の床への激突を避ける。

 

「うっ……あ、ぁぁ……」

 

「ご、ごめん!」

 

 乱暴に僕に掴まれて傷が痛んだのか、ティフィが小さく悲鳴を漏らす。血の量こそ大したことはないが、その生傷の数々は見ているだけで痛々しい。

 

 僕の腕の中で痛みを堪えていた少女は、痛みに耐えかねたのか、あるいは緊張の糸が切れたのか。その身じろぎを最後に、パッタリと動かなくなった。

 

 脈はあるが、衰弱が酷い。たった一晩で、一体何が──

 

「何をした!?カペラ!」

 

「おーおー、メス肉が気絶した途端盛りやがって、忙しねーですね。でも残念!そいつに関しちゃ、アタクシを恨むのは筋違いってやつです。アタクシがどうして、わざわざ拾ってきたメス肉を傷つけなきゃならねーんです?それをやったのは、他でもないてめーじゃねーですか」

 

「……リル、が?」

 

 何を。

 

 何を言っているんだこいつは。

 

 僕がティフィをこんなふうに痛めつける?そんなことは、天地がひっくり返ってもありえない。僕にそんな記憶はないし、そんなことをする理由もない。心当たりもない。

 

「………人に責任擦り付けて、弄んで。そんなの、楽しいの?」

 

「………ま、そう思うならそう思ってりゃいいんじゃねーですか?どーせ、アタクシにゃ関係ありませんし。んで、話を戻しやがりますか。………そうそう、なんでてめーらを育てたのかって話でしたねー」

 

 僕の再度の問に対し、至極どうでも良さそうに答えたカペラは思い出したように本題へと戻る。その悪辣な顔を、さらに醜悪に歪めて。狂人は、引き伸ばしてきたその回答を口にする。

 

「実験、ですよ」

 

「実、験……?」

 

「アタクシは世界から愛されるべき女。そして慈悲深く優しいアタクシは、恋多き女でもあるわけですよ。この世の愛と尊敬を一人占めすると決めてるわけで、でも愛されるための努力を欠かすなんて怠けた真似も決してしねーんです。そんなアタクシは、ある時思ったんです。今までクズ肉たちに対してやってきたことの『逆』はないのか、って」

 

「……ぎゃ、く……」

 

「アタクシが相手の好きな容姿に合わせるんじゃなく、相手を、アタクシに合わせさせる。アタクシの好きなアタクシをあなたの好きにしてやる。アタクシの容姿を刻みつけてアタクシだけを見せてやる。アタクシをアタクシだけアタクシだけを見るように。アタクシだけで幸せを感じるようにすれば。……そいつはお互い好き合って、ウィンウィンってやつじゃねーですか?」

 

 何を、言っているのか。

 

 その無茶苦茶な説明でも、僕には、なんとなくの理解ができた。

 

 できてしまった、と言う方が正しい。ファンタジーや何かで鍛えられた想像力は、その計画の全貌を、ぼんやりとではあるが形作る。

 

 形、作ってしまう。

 

 間違いであってほしい。間違いであってくれと。そう願いながらも、僕は確信していた。そう考えれば。そう考えれば、今までの疑問に全ての辻褄があってしまうからだ。

 

 そして僕は震える口で、要約した答えを言葉にする。

 

 

「──自分の顔が一番好みになるように、この子達の価値観を……変えた、のか……?」

 

「大正解っ!!理解がはえーじゃねーですか!そんなに頭のいいてめーがだいちゅき!百万点あげやがりますよ!何の意味もねーですけど!きゃははっ!」

 

 悍ましい仮説を肯定され、一瞬で体感温度がグッと下がる。冷や汗が止まらない。本当に、本気で、こいつはそんなことを実行したと言うのか。そんな夢物語のような机上の空論の絵に描いた餅を、実践したと言うのか。

 

「あの青髪のソアラとかいうガキはその成功例第1号でしてねぇ。ちゃあんと、アタクシのことをだぁいすきになってくれやがりましたよ。健気で泣けてきやがります!」

 

 ───正気じゃない。

 

「………どれだけだ」

 

「あん?」

 

「お前……この実験を成功させるために……どれだけ殺した!?どれだけの人間を、犠牲にしたんだ!?」

 

 脳の改造、薬物、教育。貧相な僕でも思いつく限り十通り以上の方法があるが。そのほとんどに対して、人体が耐えられるとは思えない。

 

 たとえどれか一つに耐えられたとして。だとしても。たった一度で成功するほど簡単な実験ではないことはわかる。実験というのは何度も何度も、トライアルアンドエラーの繰り返しでこそ成功する。

 

 そして人体に配慮するような真似を、こいつは絶対にしない。するような人間なら、そもそもこの実験をやろうとするはずがない。

 

「殺したって……物騒なこといいやがりますねぇ。人の痛みがわかるアタクシが、そんな物騒な真似するはずねーでしょうが。精々、八百人(・・・)が廃人になったくらいですよ?そのうち五十人ちょいは、アタクシを好き好き言うだけの人形になりやがりましたから、ある意味成功ですけどねぇ」

 

 カエルの大合唱みたいで気色悪かったですけど!と爆笑し、その犠牲を笑い飛ばすカペラ。

 

 ………これが、大罪司教。

 

 今まで、僕がどれだけこいつを見ていなかったのかがはっきり分かった。

 

 こいつの本質を知っていたら、そもそも目の前に立ちたくない。視界に入れたくないとすら思うのが普通だ。逆にどうして僕は、今の今までこんな奴と平気で一緒にいられたのだろう。

 

 あまりの悍ましさに、全身が鳥肌が立つ。まるで、世界から拒絶されて、暗闇で一人取り残されたような猛烈な孤独感が僕を襲った。視界が回る感覚に耐えきれず、吐きそうになる。酸っぱいもので胃が満たされるのを、僕はハッキリと感じていた。

 

「ま、その失敗があって、実験はオスやメスの味も知らねーガキを使って始めることにしやがったんですけどねー。そして天才なアタクシは、僅か六十二匹目にして成功例のあのガキを生み出した、っつーわけです。その貧相な頭で、理解できましたか?」

 

 理解したくない。理解したくないのに、納得がいってしまう。

 

 どうして、ソアラとティフィが人間性の底辺のようなカペラを好いているのか。そりゃそうだ。嫌われないようにインプットされてるんだから、嫌わなくて当然だ。

 

 どうして、ソアラ達の前で彼らの好きな姿にならないのか。当然だ。今の彼女の姿が、彼らにとっての理想だからだ。理想になるように、改造されたからだ。

 

 どうして、僕の存在に気がついたのか。今から価値観を植え付けようとしている子供に、既に確固たる意思があるのだ。カペラが、それに気が付かないはずがない。

 

 どうして、ソアラ達を放置していたのか。放置も何もない。ソアラ達は既にその役割を果たしていた。実験台(モルモット)という、その身に重すぎる役割を。たまに訪れるのは、経過観察のようなものだったのだろう。

 

 この話が本当なら。少なくとも、今まで抱いてきた疑問の半分以上は氷解する。解決する。………する、が。

 

 こんな真実は、あんまりだ。

 

 それでもまだ。絶望だけはしたくなくて。手の中にいるこの子に、何か希望はないのかと。一縷の望みを託して、口を動かす。

 

「実験……内容、は」

 

「んー、そうですねぇ。まずですが、0歳の頃に脳髄を切り開いて薬を──」

 

「言わなくていいっ!!」

 

 救いなどないと知って、絶叫する。

 

 こんなものが。こんなものが、現実だなんて。そんなのは、あんまりだ。こんなことがあっていいはずがない。こんなことが、許されてなるものか。

 

「………自分で訊いた癖に喋るなって、我儘にも限度ありやがると思いますが。きゃはは!何を悲しんでやがるんですか?いいじゃねーですか。どーせ世界中の全員はアタクシを愛する運命にあるんだ。今のうちに改造されようが何されようが、結果としちゃ変わりやがりますか?変わらねーでしょーが!」

 

 本気で言っているのだろう。カペラは悪びれる様子すらなく、傲慢にそう宣って見せる。この時。僕は本気で、カペラという人間を生み出した世界を恨んだ。どうして、こんな人間を作り出したのだろう。生み出したことが、もはやとんでもない罪のように思えた。

 

「………まだ、話は終わってない。どうして、僕みたいな異物を残した。自分の実験体に、悪影響が出ると思わなかったのか?なんで……殺さなかった」

 

「さっきから、殺すとか殺さないとか。てめーは物騒だなぁ、リル。ずーっと言ってるように、アタクシは慈悲深く、優しいんです。だから、てめーみてーな異物だろうが異常児だろうが、愛してやるんです。捨てる、殺すなんて真似はしやがりませんよ。犬猫は一回拾ったら二度と捨てないってのはお決まりでしょーが。ま、てめーを生かしたのはアタクシに欲情しない、その腹立たしい謎のこともありやがりますけどねー」

 

 もう、耐えられない。これ以上、話したくもない。

 

 だってこの女は、目の前の僕ですら愛している。彼女の歪んだ愛情で、愛してしまっている。

 

 気持ち悪い。気持ち悪い。愛されるということは、ここまでの苦痛を伴うものなのか。愛されるということは、ここまで不快になるものなのか。

 

 すぐに、一秒も待たずに、目の前の怪物の存在を感じる場所から消えてなくなりたい。視界に入りたくない。肌に感じたくない。声を聞きたくない。存在を記憶に留めておきたくない。

 

 そして、僕は。手の中のティフィを抱いて、逃走する準備を──

 

「なんで。いい加減実験に飽きてきたアタクシは、てめーにアタクシを愛させることにしたんです」

 

「…………は?」

 

 耳に入り込んできたその言葉に、虚をつかれた。理解が、できない。今、こいつは何を言った?僕が、カペラを愛させるようにすると。そう言ったのか。

 

「そら、いい加減、そこなメス肉のお目覚めですよ」

 

 問いただす間も無く、手の中でティフィが身じろぎする。力なく動く彼女は、しばらくすると薄く目を開け、僕の姿をその瞳に映した。途端、彼女のブラウンの瞳が驚愕の感情に満たされていく。

 

 そして、予想外の反応と共に、突然ガバリと起き上がった。

 

「………リ、ル……リル、リル、リルっ!?わかる!?わたしのこと、わかる!?」

 

「え?……わかる…………けど……」

 

 僕の体を揺さぶりながら、彼女は必死に僕へと問いかける。その訳のわからない問いに、困惑してしどろもどろになりながらもなんとか答えた。

 

「よ、良かった……よかった、よかった…!届いた……届いたんだ……!」

 

「何の、話……?それより、ティフィ。痛く、無いの……?」

 

「い、痛い。とっても、痛い………けど……そんな話をしてる場合じゃなくて……!」

 

 何か。何かが、おかしい。僕とティフィ。二人の間で、なにか、とんでもないすれ違いが発生しているような。そんな違和感が、僕を襲っていた。

 

「ねぇ、ティフィ。今までのこと──」

 

「……ママ?」

 

 僕の問いかけは、ティフィのその声にかき消される。実験体と呼ばれた少女の茶色い目は間違いなく、彼女にとって刷り込まれた容姿の狂人を捉えていた。

 

「ここ、どこ?」

 

 周囲を見渡し、おそばせながらそう口にするティフィ。だが。カペラがその問いに対する答えを口にすることはなかった。

 

「……さぁ。役者も揃った。もう話疲れましたし、これ以上やることもねーと思うんで」

 

 瞬間。カペラの右腕が、ケダモノの腕へと変化する。硬い爪。人など平気で引き裂けそうな、僕の胴より太い腕だ。

 

 まさか、ここで僕らを殺す気か、と。あまりにも的外れなことを考えた………直後。

 

「───幕引き、始めやがりますか」

 

 カペラはその腕の爪を、自らの首元へと突き立てた。傷付けられた肌からは、当然のように血液が漏れ出す。紅い、紅い。この世のものとは思えないほど綺麗な紅が、間欠泉のように吹き出し。

 

 舞い上がった大量の血液が、何もできない無力な子ども二人に浴びせられる。

 

 そうして。

 

 黒の悪夢が、始まる。

 




原作読んでる人はこの後何が起こるかに気づいたかな。

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