ショック受けた方と愉悦してる方の二派に綺麗に分かれてるな……前の話とこの話が最底辺なので、これ以下はないと思ってもらって良いです。安心してください。
■■編。
辛い。痛い。
押したら、血が噴き出た。
痛いね。痛いね。ごめんね。
「なんで…………なんでだよ、リル!?ティフィは何処だ!?なんで、こんな……!」
ごめんね。ごめんね。
大丈夫。楽にしてあげるから。
「くそっ!くそっ、くそっ、くそっ!守れなかった……!一人も、守れなかった……!」
殺さなくちゃ。
殺さなくちゃ。
殺してあげなくちゃ。
だって、生きてたら苦しいんだ。
こんなところで生きてた方が、死ぬより何倍も苦しいんだ。
「……死ねよ……!死んじまえよっ!リル!お前を……お前を家族と思った、俺が馬鹿だった!お前なんか、大瀑布の底に沈んじまえ!」
殺さなくちゃ。
殺さなくちゃ。
殺して、あげるから。
こんなところで生きて、苦しむのは僕だけでいいから。
だから。
「殺す!殺すっ!殺してやるっ!!」
頼むから。
「絶対に、殺してやるっ!!」
そんな風に、僕を睨まないでくれ。
「おー、おー、派手にやりやがりましたねぇ。一応経過も見ておきたかったんですけど。ま、実験自体はほぼ成功みてーですし、いっか」
声が。
暗闇の中。声が、聞こえていた。
生暖かい液体を被って、鉄の香りに包まれている。全身が動きにくいなかで、その声は鮮明に聞こえた。聞き間違えるべくもない声音に、心は自然と高鳴った。
「母さん?」
見間違えるはずもない。母さんだ。金髪に、真紅の瞳。完璧な顔、端正過ぎる容姿。母さんで間違いない。
「そうそう。てめーの愛しい愛しいお母たまでちゅよ〜。きゃはははっ!どーですか?家族を殺した感想ってのは?」
「……か、ぞく?」
目下、見下ろす。青い髪の少年だ。首元にナイフが刺さっていて、恐らくそれが致命傷。さっき刺したのは自分だ。顔は……
──誰、だろう。
「あちゃあ。それがわかんねーくらいぶっ壊れちまいましたか。家族って呼んで馴れ合ってる奴ら同士の殺し合いとか反応楽しみだったんですが……割と一方的でしたし、失敗でしたか」
「……失敗?失……しっぱ……ぱぃ……?」
失敗。自分は、失敗したのだろうか。
「あらら」
「い、痛いのは……嫌……です……!くるしぃの……嫌、です……ビクビクするの……嫌、です……!ちゃんと働きます……!あ、謝りますからぁ……し、失敗してごめんなさい、使えなくてごめんなさい、愚図でごめんなさい、良い子じゃなくてごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
ごめんなさい。ごめんなさい。
生まれてきてごめんなさい。
生きていて、ごめんなさい。
「………いいんですよー、リル。てめーがどれだけ失敗しても、母親のアタクシはぜーんぶ赦してやりますから。アタクシは、アタクシを愛する奴には寛大なんです。今日の失敗も、ちゃあんと赦してやりますよ」
ふわりと抱擁される。
優しい母さんは、いつも自分の失敗を許してくれる。褒めてくれる。それだけで、救われた気持ちになる。
また赦されてしまった。こんなダメな子供を、母さんは今日も愛してくれる。
たまに機嫌が悪い時もあるけど、母さんは優しい人だ。機嫌が悪い時だって、そんな母さんの感情の機微を察せない僕が悪い。
なら、僕が耐えていれば良い。僕は母さんの子供なんだから。
「だから今日も
「……はい、母さん」
僕が耐えていれば、母さんは幸せになれる。
なれるんだ。
「おお、リルちゃん。今日は宜しくね」
「いや〜助かるよ。リルがいないとどうもスッキリしなくてさ〜」
「リルは人気者だなぁ、ははは」
「今日は
「は……は、い。み、皆さん。お願い……します」
だから、怖くない。辛くもない。
この体が母さんの役に立てるなら。
母さんに捧げられると言うのなら。
こんなに、辛いわけがない。
だから、だから。
──だからきっと。この行為に嫌悪を覚えるのは、僕がまだ未熟だからなのだろう。
「──可哀想な子」
水で体を洗ってくれている相手が、何かを言って気がした。
「エルザ。何か、言った?」
「………いいえ、なんでもないわ、リル」
背中を擦られる。今日はかなり汚れてしまったから、色々なものが混じった液体が肢体を伝って流れ落ちていく。冷たい水は最初の頃こそ肌が痛んだけれど、今では何も感じない。
エルザは好きだ。顔が見えるから。母さんほどハッキリはしないけど、薄ぼんやり、他の人との違いがわかる。光を映さない黒い瞳が、あまり明るくない浴室でじっとこちらを見つめていた。
「エルザ、悩みごと?」
問う。答えは返ってこない。洗い終わったのか、エルザは僕を抱えるように持ち上げて、湯船に座り込んだ。溢れるほどもないお湯が、僕の口元へと届く。
「そろそろ、あなたの仕込みの仕上げをしないとと思って」
「仕込み……?でも、ナイフも、針も、鞭も、おクスリも、毒も、罠も、縄も、読み書きも、作法も、シャトランジも、ぼーちゅうじゅつも、全部やったよ?」
「ええ。飲み込みが早くて助かったわ。剣だけどうしてあそこまでできないのかは謎だけれど」
「ご、ごめんなさ……」
「私を相手に謝る必要はないわ。他のものができるのだもの。剣ができないなんて些細なこと。一つの武器に頼りきるのは逆に危うさを招くこともあるのだし」
そう言ってエルザは、何処か遠い、遠い場所を見るような目をした。慈しむような、憐れむような。そんな遠い目を。
「ソアラ、ヤチェ、テルレ、タミノ。……ほんとうに、愛していたわ。成長したあなたたちと、腸が見られなかったのが心から残念」
「………?」
エルザが何を言ったのか、僕にはわからなかった。ただ、心のどこか。どこかが、痒いくらいの刺激を受けた。
それは、お湯に体を沈めれば消えてしまうくらいのものだった。
ふと、浮かぶ髪が撫でられる感触がした。ロクに手入れもしていないはずの髪は、けれど絹のような艶を放っている。
「………あなたの髪は、綺麗ね」
「この、
「いいえ。それもそうだけど。白の中に、別の色が入っていると言うのが素敵よ。これが人の手が入ってないものというのだから、特に」
僕の髪は一見真っ白に見えるが、その実、内側が紫色だ。よく
………髪は、好きではない。よく抜かれるし、引っ張られると痛いから。そんなこと、エルザだって知っているはずなのに。
「どうしたの、急に」
「………なんでもないわ。それよりも、仕込みの話だったかしら。あの人から急かされてるの。あなた、気に入られているから」
「母さん、が……?」
そんな心の機微より何倍も重大な事実を告げられ、思わず立ち上がった。湯船の水位が下がっていく。だって、それならもっと努力する必要がある。母さんの言うことは絶対なのだから。
このまま怠惰であることは許されない。仕事が終わったからといって、休んでいることは許されない。
「………わかったわ。お風呂から上がったら、仕込みの続きをしましょう」
ため息をついて、エルザは立ち上がった僕の肩を掴む。仕方ない子供でも見るような目で、そのまま僕をゆっくりと湯船に戻していく。
「──だから、そんなに震えないで」
酷い体の震えは、湯船に浸かっても治らなかった。
日々を過ごす。
肉に囲まれた爛れた日々を過ごす。
日々を過ごす。
エルザに打ちのめされる、仕込みの日々を過ごす。
日々を過ごす。
母さんの言う通りのことをやる日々を過ごす。
偶に遠くに行かせてもらった。そこで、偉い人に春を売る。
相手は全員殺した。母さんがそうしろと言ったからだ。僕がそうするべきだと思ったからだ。
痛いから、辛いから、苦しいから。
それらを与えてくる奴は、殺すべきだと思ったからだ。僕を相手に正気を失う相手なんて、生きる意味がないと思ったからだ。
兄弟に会うことがあった。
全員殺した。
姉妹に会うことがあった。
全員殺した。
新しくきた子供も、歳上の子供も、みんな殺した。母さんがやれと言ったからだ。僕がやるべきだと思ったからだ。
こんなところで生きていく必要なんてないと思ったからだ。……僕以外がここにいる必要はないと、なんとなく思ったからだ。
その中でも、メィリィ・ポートルートという少女だけは特別だった。
彼女は、殺せなかった。彼女の顔が見えたからだ。言葉も話せない彼女が、その目で生きたいと訴えていた。母さんが殺せと言わなかったからというのもある。
久しぶりに顔が『見える』相手に出会って、名前が『わかる』相手に出会って。色々と考える。
そういえば、今まで殺してきた相手は、全員名前も顔も知らなかった。見えなかったし、聞こえなかったし、わからなかった。
何が違うのだろう。母さんと、エルザは見えるけれど。他に見えたのは、一度だけここを訪れた母さんの『仕事仲間』だけだった。
ふと、今まで殺してきた肉の塊が、のっぺらぼうみたいな顔で僕を見ている気がした。お前のせいだと、それぞれの声で喚き立てている気がした。
逃げるように、肉に溺れた。
殺すのが、少しだけ嫌になって。それでも、母さんの言いつけ通り殺し続けた。血の匂いが肌にこびりつくようで、不快だった。
夢を見る。
夢を見る。
体を弄ばれながら、夢を見ている。
『俺たちにも人生があったんだぞ』と、喚く顔のない大人たちがいる。
『私たちも生きたかった』と、絶叫する顔のない子供達がいる。
囲まれて、喚き立てられる。顔もわからない肉の塊たちから、そう吠えられる。名前も覚えていないのに、顔も知らないはずなのに。声だけは聞き覚えがあるのが滑稽だった。
───だから、全員殺した。夢の中でも、人を殺すことはできたから。
母さんの言うことに間違いはない。なら、人を殺すのは仕方のないことなのだ。そう割り切った。割り切れた。
血の匂いにも慣れた。人を殺す感触にも慣れた。抱かれることにだって、あるいは慣れたのかもしれない。
そして僕は。
僕は。
僕は。
───
リル君がぶっ壊れた後も抱かれ続けてるのは、純粋に上手くて金になるからです。
白髪にインナーカラー紫という性癖。
次回、ティフィちゃんの名前回。