一応宣言しときますが、どれだけ本編本編言われても、作者がIF放り投げて本編更新しだすなんてことは絶対ありません。最低限IFで作者が書きたいところまで書いてから本編は書きます。失踪するにしてもイフ書いてる途中でになります。
むしろ言われた分やる気がなくなるからイフの進みが遅くなり、結果本編が遅くなります。
第零章。ある春の日
始まります。
お前は誰だと、声がする。
童話ではよく、呪いを解くのはキスだという話を聞く。これは、口付けすることで生まれる徳だとか愛だなんてものが、穢らわしいとされる呪いに打ち勝つ様を描いている、というのが通説らしい。
痛む頭が、そんな益
「………ティフィ。ソアラ」
乾き切った口で、その二つの言葉を吐き出す。乾き切った脳が欲した音色が、その二つの名前だった。
「ティフィ、ソアラ。ティフィ、ソアラ……!」
泣きそうになりながら、繰り返し繰り返し、そう口にし続けた。
それにしか、頼るものがなかったからだ。だから、それを忘れないよう必死に唱え続ける。唱えて、走り続けた。正気を保つために。自分自身の整合性を保つために。逃げ出すために。
───僕は、誰だ。
その疑問から、目を逸らすために。
『人魚姫』なんかはその有名どころだろう。無償の愛なんてもので救われるのは、万人向けの御伽噺でしか起こり得ない。物事には対価が必要という、現実的で世知辛い話だ。
そして僕の呪いは、少女の献身という対価を得ようと解けることのない、悲劇的なものだったらしい。
ここ最近の記憶自体は、明確に辿ることができる。魔女教大罪司教『色欲』カペラ・エメラダ・ルグニカの暴挙も。エルザ・グランヒルテの教育も。リルの記憶も。与えられた屈辱までもが、鮮明に思い出せる。
ティフィという少女が、『僕』を取り戻してくれたことも。
そこから必死に逃げて、逃げて。気がついたら、なんでもない平野に立ち尽くして、歩いている。
だが。僕の頭に残っているのは、たったそれだけだった。前世のことも思い出せる。この世界に転生したという事実も、根拠はないが思い出すことができた。だが。
「ティフィ……ソアラ……なんで………思い、出せない…!?」
僕の体は、おおよそ見るに7歳程度のものだ。つまり、この世界であの地獄の数ヶ月とは別に、六、七年間過ごしてきた記憶がなくてはならないはず。
だが。そんな記憶はない。僕にとってのこの世界の始まりの記憶は、カペラによって肉体が壊されていく悍ましい光景からだ。少なくとも、あれが僕の始まりの記憶であるなどとは思いたくない。
空白の七年間。僕の頭からは、ぽっかりとその記憶が抜け落ちていた。そこにはきっと、あのティフィという少女と、彼女の言うソアラと過ごした記憶があるはずなのに。
どれだけ思い返そうとしても、僕の頭からそんな記憶は出てこなかった。思い返して出てくるのは、自分の肉体がいとも簡単に変わっていく恐怖と、生暖かい肌の温度と……人殺しの、感触。
「……き、もち……悪い………」
どれをとっても吐き気を催すものでしかなく、反射的に思考を止める。簡単に思い出せない以上、こんな記憶ばかり思い出しても無意味だと、なんとなく察していた。
「………ティフィ……ソアラ……君達は、誰、なの……?」
堂々巡りの疑問。そして、それが終わると考えるのは。
「そもそも。僕は、誰なんだろう………」
リル。ティフィという少女が、何度か僕を呼んだように思えた。それが自分の名前となんとなくわかっていたはずなのに。僕は、その声を聞き取れなかった。
この世界での僕の名前。誰かが知っているはずの、僕のこの世界での居場所を示す証。それがないということが、僕にとてつもない不安を植え付けていく。
仮として、前世の名前を名乗ることを決める。そうだ。僕の名前は──
名前は──
「……………なんで……」
あくま。それが、前の世界の名前だったはずだ。てんし。忘れているわけではない。
だが、声に出そうとすると。頭に思い浮かべようとすると。モヤがかかったように、それがわからなくなった。何か。何かから取った名前だった。意味がないわけではない。だが、いざ文字にしようと、言葉にしようとすると失敗する。
「僕、は……誰……だ……?」
ティフィと、ソアラと。リル。確かに胸の中にあったそれが、失われていた。名前の代わりに記憶を失った二人と、記憶の代わりに名前を失った一人。まるで対称的なそれが、ほんの少しだけ滑稽だった。
名前を無くしました。記憶を無くしました。家族を亡くしました。僕です。
此処はどこでしょう。私は誰でしょう。問いかける相手すらいません。
僕だ。
「……詰んでないか、これ」
探し物はなんですか。見つけにくいよ。そしてその上に多い。どうしろというのだ。
今の僕は着の身着のままというやつで、持っているのは服だけだ。いや、持っているとすら呼べるのだろうか。当然お金もないし、お金どころか水や食料すら持っていない。
そしてここは荒野ときた。ははは、ウケる。名前がないぶんヒノキの棒の勇者より酷い。RTA走者ですら名前:あ か ホモのどっちかがあるのに。
いつから世界はこんなに無情になったのだろう。これも全部鼠色な猫の人が悪いんだ!
自問自答する。調子が出てきた。
こういう時こそ落ち着かなくてはならない。ティフィのことも、ソアラのことも、僕自身のことも、今は全部後回しだ。とりあえず、生きることを考えよう。ここで変にパニックになる方が危険なはず。
とりあえず、今やるべきことは街を探すこと。もしくは、川を探すことの二択。川を探せば水はもちろん、食糧は魚で(獲れるかどうかは別として)補える。街や村を探せば井戸くらいはあるだろうし、食糧も調達できないこともない。そのあたりはちゃんとエルザに仕込まれているし………最悪、金を得る心当たりはある。
というわけで。いつまでも立ち止まっている訳にも行かない。心のモヤモヤを誤魔化すように足を動かし、黙々と荒野を進んでいく。荒野といっても石や大地ばかりというわけでもなく、そこそこの草木は生えている。どちらかと言えば、サバンナという表現が正しいだろう。
となると、前の世界での猛獣に相当する魔獣の存在が気になるが、今のところそういった影は見えない。
この世界での四大国家。ルグニカ、グステコ、カララギ、ヴォラキア。僕がいるのはこのうちのどれかだ。
東のルグニカは魔獣大国と呼ばれていたし、ならばここは別の国なのだろうか。雪が積もっている様子がないし、年中積雪があるという北国、グステコというわけでもなさそうだが。
かといって、最悪なのが南のヴォラキア帝国。帝国主義とかいう強さ至上主義が各地に広まっているとかいう最悪級な場所だ。剣の奴隷、剣奴という制度もあるらしく、コロシアム的な場所で殺し合いをさせられるのだとか。
そうはなりたくないので、残りは西の商業国家、カララギということになるのだが。それもなんだか違いそうな気がする。仮にも商業国家が、こんな見渡す限り草原なんていう広大な土地を残すだろうか。土地の関係とか人口の問題とかで変わってきそうな気もするけれど。
こうなると、『色欲』のアジトが何処だったのかを把握していなかったのは致命的とも言えよう。客の一人にでも世間話として振ることもできたろうに。
自分のバカさ加減にため息をつく。このポンは今に始まった事ではないので、さほど落ち込むまい。
どうにも、日常生活となると僕は失敗や見落としが多い。一番肝心なところはどうにかなるのに、二番三番以降を全て取り逃がすうっかりを平然とやらかしたりするのだ、これが。
腹が鳴る。喉が渇く。人間とは悲しいもので、この手の願望は意識した途端に強くなる。それと……とてつもなく、眠い。
母の前で、リルはずっと気を張り詰めていた。エルザの前でも、母の話題が出るたびに身が締まる思いだった。今でも、あの女の顔を思い浮かべるだけで体の震えが止まらないくらいだ。
そんな環境から、抜け出せた。他ならぬ、ティフィという少女のお陰で。あの一時に何が起こったのかはわからない。だが、そのおかげで『僕』が戻ってこられたのは、何となく予想がついていた。その後の記憶は、これもまた抜け落ちているけど。
だから。
後回しにしよう、なんて考えていたはずのティフィという少女の笑顔を思い浮かべてしまったのは、明らかな僕の失策だった。
「──あ、れ……?」
体から力が抜ける。膝からも力が抜けて、立っていられない。咄嗟に地面につこうとした腕も、力が入ってないからかくんと曲がって、何の役にも立たなかった。
草と土に顔を埋める。懐かしくて、青臭くて。けれど不快にはならない香りに、ついた腕までもがだらしなく伸びていく。
正体に気がついたころには、もう遅い。僕の体には、もうどこにも力が入らなかった。
……毒だ。
安堵という毒が、全身に回っていた。
それは体から力を奪っていき、体の力どころか意識すらも奪っていく猛毒だった。薬漬けにされた僕にも容赦なく訪れる、睡眠という名の生理現象。ずっと張り詰めていたからこそ効く、容赦なく脳が生み出す薬だった。
「──あぁ……これ、マズ………」
言い切る間も無く。僕の意識は、呆気なく安息の闇へと呑まれていった。
世界が、薄れていく。
汚い、汚い。
汚い、汚い汚い汚い汚い汚い汚い。
気持ち悪い。気持ち悪い。
ずっと、そんなことを考えて生きていた。
生理的嫌悪に包まれながら。僕は、私は。心を虚ろにしようと必死に殺してきた。『色欲』を何よりも嫌って、心が壊れてなお、その嫌悪が薄れることはなかった。
だから。
僕が飛び起きたのは、それと全く同種の嫌悪感を感じたからだ。
「おっと、起きちまったか。動くなよ」
「……ん、ぐむっ!?」
目が覚めた瞬間。視界を埋め尽くしていたのは、あまりにも醜いモザイクの塊だった。比喩などではない。実際に、僕の視界いっぱいに広がっていたのはモザイクだったのだ。
その正体は──人の、顔。客に対してもずっとだった。エルザやメィリィやカペラ、ティフィなど、一部の人々を除けば、僕にとって顔はモザイクがかってしか見えなかった。
モザイクから目を逸らして、必死に状況を確認する。
腕、縛られている。材質は縄。足は無事。というか、たった今解かれたらしい。猿轡をされている風ではないが、口に指を突っ込まれて上手く喋れない。気持ち悪い。
周囲は暗い。いつの間に夜になったのだろう。いや。眠っていたから、時間感覚はアテにならない。そこは、天幕の中のようだった。中には乗組員は四人。僕の口に指を突っ込んでいる一人、御者の部分にいる一人。背後に二人ほどの気配を感じるが、そちらを見る余裕はない。木製の床には壺から嗜好品まで様々なものが散見でき、天幕にしては物が多い印象を受けた。
……竜車だ。この世界で、馬車に相当する主な移動手段。ここはおそらくその荷台。拾われた……というより、攫われたのだ。
僕の視界を埋めているのは、かなりの巨漢らしい。のしかかられてもいるようで、自由が効かない。
「おい、ガキに手ぇだすなよ。気色悪い」
「いいじゃねぇの。ここ半月ご無沙汰だったんだ。それに、こんな綺麗な顔のガキは中々手に入らん。汚し甲斐があるぞ。ほら、動くなっての。大人しくしてろ」
御者の文句も聞かない男に、二の腕を掴まれる。獣のような毛むくじゃらの、汚い腕。金持ちの肥え太った手とは違う、筋肉質な腕だ。
不快。不快不快不快不快。不愉快。不快感が、怖気と共に全身を這い回る。
服の下を弄られた。ゴツゴツとした筋肉質な指が、確かめるように腹を、脇を、気持ち悪くもなぞっていく。
「おお、やっぱいいな!肉付きは悪いが、若いと肌の吸い付きが違う。こいつぁ上玉だ!『華獄園』の『邪毒婦』に売りゃ、聖金貨50は下らねぇよ!」
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
だから。
いい加減もう、限界だ。
「んんっ!」
「ぎゃぁぁぁっ!こ、こいつ……指を……!」
未発達の歯で、思い切り口の中の指を噛む。千切るとまではいかないが、当然無事なわけもなく、口内に相当な量の血が飛び散った。気持ち悪い。
そうして手が離れた隙を逃さず、今度は足でモザイク男の頭を挟んで強く捻った。『仕込み』通りの、暗殺術。力ではなく技で、思い切り捻る。ごきり、という骨の外れる手応え。男が口から血の泡らしきものを吹いて倒れ込んだ。
「ご……が……っ!?」
「おい、バカ!なにやってんだドグ!」
御者の男が何かの名前を叫んでナイフを構える。背後でもう二人が何かしている気配があるが、全て緩慢だ。決闘ならまだしも、急な戦闘で混乱している御者の男は、あまりにも隙だらけだった。よくもまぁ、攫おうなどと思ったものだ。
腕を捻る。少し痛むが関節を外して、縄抜け。空いた手で逆に御者のナイフを奪い、足で後頭部を蹴り倒す。背後の二人が視界に入るが、それぞれが手の得物を構えてすらいない有様で、蹴り飛ばされてきた御者の男に巻き込まれて体勢を崩した。
「ちょ……」
「ぐぁ……!」
奪ったナイフを見る。ろくに手入れもされていない、明らかな安物。だが、多少なり物を切る程度なら問題ない切れ味だ。例えば、革とか。
口の中の鉄の味を唾ごと吐き捨て、地竜へと飛び移る。
「───!」
「言うこと聞いて。自由にしてあげる」
口を開いてこちらに文句を言おうとする緑の地竜を黙らせる。一言声をかけると、渋々ながらも納得してくれたらしく大人しくなる。こんな奴らには似合わないいい子だ。
そうして僕は。勒から竜車の木の部分に繋がれている四つの革紐の内、二つを切断する。
「う、おぉぉぉっ!?」
途端。竜者の荷台は片側に傾き、男たち四人が荷台と共にバランスを崩す。全ての地竜が持つ『風除けの加護』の範囲からも外れたらしく、先ほどまで揺れひとつもなかったのに、突然の暴風が僕と宙ぶらりんの荷台をはためかせていた。
僕は地竜に捕まることができるが、捕まるもののない男たちは無様に路上を転げ回った。
このまま不細工な荷台をつけていても仕方がないので、もう二つの革紐をナイフで切断。すると、切り離されて支点を失った荷台は慣性のまま、それはもう面白いくらいに回転して、ぐちゃぐちゃに潰れてガラクタになった。
そうして、残ったのは自由になった地竜に跨る僕だけ。これが、ほんの一分の出来事である。
達成感などない。前世ならあしらうことしかできなかったような輩を瞬殺できた爽快感もまた、なかった。湧き上がってくるのは、ただ一つの感情。
………気持ち悪い。
「────?」
「だ、ダメっ!止まらないで……!ひ、人がいるところまで乗せて走って!そうしたら、解放するから……!」
言うこと聞いたぞ、と言わんばかりにこちらに首をもたげ、足を止めかけた地龍に嘆願する。手綱も何も無く、暴走されてもおかしくない状況下。いくら地竜が人間に友好的とは言え、従ってくれるとは思えなかった。
「─────!」
けれど、緑の地竜は何を思ったのか。首を戻して小さく嘶き、僕を乗せたまま再び走り始める。
『風除けの加護』の効果が切れているので、揺れと風が凄かった。鞍がない分衝撃の伝わってくる下半身が凄く痛いし、風は恐ろしく冷たい。それでもギュッと目を瞑って、耐え忍んだ。
あの木材の塊になった荷台から目を逸らしたかった。あんな場所にずっといるより、痛みは何倍だってマシだったはずだから。
地竜は、僅か一時間程度でその疾走を終えた。
目的地に着いたぞと言わんばかりに尻尾で叩かれて、漸く朧げに目を開けた。視界に飛び込んできたのは、壁に四方を囲まれた、大きな大きな街。街というよりはもう、都。外は夜明けが来たのかずいぶん明るくなっていて、遠目には街道とそこを行き交う竜車が見えた。
「……ありがとう」
呟いてから地竜から降りて、ポンポンと胴体を叩いてやる。竜は一度だけチラリとこちらを見た後、来た方向へと逆走していく。
……元の持ち主のところまで戻るつもりなのだろうか。どうでもいいけれど。
周囲を見渡す。かなり大きい街のようで、正門には門番らしき人影が見える。となると、そこから入る勇気はなかった。こんな布一枚で手ぶらの子供なんて、入れてもらえるはずがない。経歴なんて、素直に話せば即牢屋行きからの拷問だ。
仕方なく、ゆっくりと眼前の壁へと近づく。そして、凡そ50m近いそれを、何の感慨を得ることもなく登っていった。
素手のウォールクライミングは初めてだったが、所々老朽化して掴みやすかったこともあり、『仕込み』の通りにこなせば難しいということはない。手と足の使い方次第で、壁なんてものはいくらでも登ることができる。
………気持ち悪い。
五分程度で難なく外壁を登り切り……景色を見ることなく、下りに入る。大抵こういう場所には警報用の魔法があるから、モタモタしていると見つかる。『仕込み』の時に教えてもらった。
………気持ち悪い。
残り5m近くで、遠くから沢山の足音が近づいてくるのに気がついた。どうやら、もう嗅ぎつけてきたらしい。
仕方なく、柔らかそうな地面に飛び降りて、走る。廃墟や、老朽化した建築物。外壁に相応しくないそう言ったものを観察して、凡そ貧民街に近しい場所であることに見当を付けて、走る。乾いた喉から咳を吐き出し、さらに走った。『仕込み』の通り、脱兎のように、風のように走った。
………気持ち悪い。
「はぁっ……!はぁっ……!」
息が切れて、吐き気がして。それでも、どうしても止まることができなくて。
走って、走って、走って。
目から涙を流しながら、走って。
「ぎ、たない……!」
体を掻き抱きながら、必死に走る。
走らなければならない。そう、体が覚えているから。
「気持ち悪いっ……!」
暫くして、体は止まる。絶対に安全圏だと断言できる場所になって、動かしたくもなかった体はようやく止まった。
止まった時に、足がもつれて転んだ。とても痛くて、痛くて、痛くて。
目から流れる熱い液体は、どうして体と一緒に止まってくれなかったのだろう。
「気持ち悪いっ!気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いっ!!」
腕を、千切れんばかりの力で握りしめる。腹を掻きむしる。口からありったけの唾を吐き出す。あの男に触られた場所が、痒くて、気持ち悪くて。触れられた悍ましい感触が、今にも肌に残っていて。
「
全身を掻きむしりたくて仕方がない。身体中が穢れているようにしか思えなかった。
こんなことを思うのが、初めてだったとは言わない。最初の頃はずっと感じてきた不快感だ。寧ろ、今回は未遂だった分いつもよりは何倍もマシなハズだった。
はず……なのに。
「気持ち、悪い……こんな、体ぁっ……!」
未遂に終わったことですら、今の僕には耐え難い苦痛だった。そもそも、未遂で終わった原因ですら、僕に不快感を与える理由でしかなかった。
あんな動きも、あんな行動も、あんなやり方も。みんなみんな、僕らしくもない。絶対に、僕はあんなことをやらない。できない。あんな躊躇なく人を傷つけるようなことを、犯罪に手を染めるようなことを。僕はできる人間じゃなかった。
『仕込み』という教育の通り動く自分。それはまるで、別人のようだった。自分自身の意思すらなく、他人の命令に従って、言われた通りに動いて。これがどうして、自分の体だと言えよう。
「
これなら。こんなことなら。まだ、カペラのところにいた方がマシだった。こんなことに悩む暇なく、使われ続けていた方が、まだ。
地面の砂を擦り付ける。上書きするように、自分の体を汚した。それでも、体を這い回る嫌悪感は消えない。自分が自分でないような錯覚が、全身を回っていく。
「ティフィ……ソアラぁ……!」
正気を保つために口にした名前も、何の慰めにもならなかった。顔と名前と。それだけしかわからない
ふと。
お前は誰だと、声が聞こえた。
操られているも同然の体を持つお前は。知りもしない技術ばかり身につけているお前は。
僕は、一体誰なのだと。他ならない自分自身が問いかけた。
───僕は。
僕は。
「おい、ガキ。てめーだよ、てめー」
声が。
問いに答える脳に、その声が割り込んできた。
「さっきから汚ねぇだの気持ち悪ぃだの、好き勝手言ってくれやがって。ここが掃き溜めだって意見には賛成だけどな。そんな文句ばっか垂れてんじゃねーよ!そんなにぐちぐち言ってりゃ、見てるこっちがムカついてくるっての!」
幼い声だった。勝気な声だった。声の高さに似合う、快活さを滲ませるような声。それに勝るほどの、乱暴な言葉遣い。一瞬、声の主が男かと疑ったほどだ。
けれど。
ああ、けれど。
「なんだよ。何とか言えよ」
僕の。僕の目に映ったのは。
「綺麗………」
ずっと頭に焼き付いて離れない、金色の髪と、紅の瞳だった。
忌み嫌って仕方なかった、ずっと避け続けていたそれが、太陽の光を浴びて爛々と輝いていて。本当に、凄く、綺麗で。
「は?あ、おい!こら……!」
──僕は、再び安堵という毒に侵されて、気を失った。
やぁーっと出てきました。本ルートメインヒロイン。ちょっと急足だったけど、これで本編のノリが再開できる……
あんな躊躇なく人を傷つけるようなことを、犯罪に手を染めるようなことを。僕はできる人間じゃなかった。(多分どのルートのリル君もやる)
リル君の視界は警察密着24時みたいになってます。人の顔だけモザイクがかかって見えません。男か女かは声でかろうじて判別できます。
誘拐→売春宿→逃亡→売られかける
ってマジリル君の運が終わってる。