目が覚めたら難易度ナイトメアの世界です   作:寝る練る錬るね

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 実は今週の日曜日、2月28日はリル君の誕生日だったりします。どうでもいいことですけどね。

 繋ぎの話です。


フェルト√ 魔法の言葉

 

 

 

 少女は、至極不機嫌だった。不機嫌だったから、柄にもなく一銭にもならない朝腹の散歩なんかに出かけていたのだ。

 

 きっかけは、育て親代わりの老人との口論だった。長い付き合いだ。軽い口論、お遊びのような口喧嘩は、これまで幾度となく繰り返してきた。だが、今回はその中でも割と規模が大きい方だったのだ。

 

 少女は、ルグニカ王国貧民街の出身だ。貧民街、という単語が指し示す通り、少女には金がなかった。その日凌ぎの金なら老人の蓄えでどうにかなる。だが、少女は今の環境に満足していなかった。貧民街なんて埃っぽい場所を抜けて、王都で真っ当に暮らしてやろうという野望を持ち合わせていたのだ。それには当然、莫大な金がいる。

 

 が、しかし。貧民街出身の、それも子供に仕事を与えてくれる奇特な人間など、そうはいやしない。それが人口が多い王都というなら尚更。必然、貧民街の子供はチンピラ紛いの組織に与するしかなくなる。それも下っ端の下っ端。鉄砲玉もいい扱いをされるのが関の山と知って、だ。

 

 少女は、それを良しとはしなかった。群れることを嫌い、たった一人と、少しばかりは育て親の力を借りて生き抜くことにしたのだ。少女フェルト、齢十にも満たない頃の決断であった。

 

 では、彼女は何を生業としたか。真っ当に靴磨きでも始めたか……違う。彼女が商売としたのは、大人顔負けのその足と身軽さを売りにした盗みだった。

 

 育て親の老人。クロムウェル、通称ロム爺は、盗品蔵などという場所の主人をやっていた。フェルトがそのツテを使い、盗品を売り捌くようになるのに時間は要らなかった。

 

 たとえ大人だろうと、子供のフェルトの足には追いつけない。ただでさえ身軽ですばしこいフェルトが複雑かつ広大な貧民街に逃げ出せば、見つけることは困難だ。仕事自体は簡単だった。スられたことに気がつかない間抜けまでいる始末だ。

 

 だがつい昨日のこと。フェルトは、そのロム爺から盗みを止められたのだ。お前の歳でそれを生業にするのは危険だ。もっと安全性を考慮すべきだ、と。

 

 勿論、それがフェルトを心配しての言であろうことは容易に想像がついた。しかし、フェルトからしてみればそれは自分の実力にケチをつけられたに等しい。端的に言えば、カッチーンときたわけだ。

 

 あとは売り言葉に買い言葉。走り始めた口はもう止まらない。盗品蔵史上何度目かになる、盛大な爺孫喧嘩の開幕であった。

 

 およそ二時間に及ぶ問答の末、二人の言論の終着はこうだ。

 

『徒党を組む協調性もないお主に盗みの依頼などが務まるものか!』

 

『ソイツはアタシの協調性がないんじゃなくて貧民街のしみったれ共がくたびれてっからだって何度も言ってんだろ!?あんな奴らと手を組むなんて、こっちから願い下げだね!』

 

『そんなものは言い訳じゃろうが!悔しかったらその尖りきった角を削って協調性の一つでも身に付けて来ることじゃの!』

 

『じょーとーじゃねーか!私の器のデカさってもんを見せつけりゃ、子分の一人や二人くらい直ぐに集まるってもんよ!そん時吠え面かくなよ!?』

 

 とまぁ。デットヒートして相手の欠点の言い合い明かし合いと、なんともありがちな結末を迎え、半ば喧嘩別れのような形で、フェルトは単身盗品蔵を飛び出したわけである。

 

 そしてさて、どうするかと。その夜は特に何することもなく眠り、翌日の朝にない頭を使うために散歩をしていたらなんということか。妙ちくりんなやつと遭遇してしまったわけだ。

 

 朝からギャースカギャースカ。貧民街が汚いだの気持ち悪いだの散々悪口を言っておいて。挙句文句をつけたらそのまま一言呟いて気絶する。言動からして、明らかな変質者だ。

 

 ………綺麗、などと。フェルトを見て、そんなことを漏らす奴は初めてだった。悪い気はしないが、なんかこう、胸の奥からムカムカと湧いて来る気持ち悪いものがある。

 

 そして現在。

 

「……さて、と。どーすっかね、コイツ……」

 

 朝から死体のように道端で倒れる同い年くらいの子供を前に、ひとりごちる。これで過程を見ていなかったら縁起が悪いったらない。いや、過程を見ていても感想はさほど変わらないものの。

 

 剥ぐような身包みもなし。見たところ所持品は服だけという有様。この王都で、そんな格好で出歩く子供なんていない。否、そもそも。

 

「ったく。どこの貴族の嬢ちゃん(・・・・)なんだか。キレーな顔しやがって」

 

 シミどころか、日に焼けた様子すらない透き通った白い肌。目を閉じていてもわかる、長いまつ毛に彫りの深い顔。世間一般では確実に美少女と呼ばれるタイプの人間だ。フェルト自身、自分の顔が多少なり整っている自覚はあるが、目の前のこれは別格。貧民街でこんな子供がいるなら、噂の一つや二つは立とうと言うものだ。

 

 貧民街で汚い汚いと連呼していたあたり、よっぽどいいところの生まれなのだろう。その割に、服は豪奢どころか貧相なものなのがちぐはぐな印象を受けるが。

 

 なら、放置していけば護衛的な存在が回収しに来てくれるだろうか。だがしかし。ここは貧民街。その前に厄介事に巻き込まれる可能性の方が絶対的に高く。というか、十割そうなるわけで。そうとわかって見捨てるわけにも。かと言って、それで自分が火の粉を被っても本末転倒というもので。

 

「………いいこと思いついたぞ。流石アタシ」

 

 ああでもない、こうでもないと自問自答していると、ふと、自分の頭に天才的なアイデアが過ぎる。自分のこの状況を打開し、かつフェルト自身の利も両方せしめる素敵な作戦。

 

 名付けて『子分として紹介することで協調性をアピールし、かつ金持ちにたっぷり恩を売って大金をせしめよう作戦』である。内容は読んで字の如し。

 

 そうと決まれば話は早い。未だ間抜け面を晒して寝ている少女を担ぎ上げ、手っ取り早く盗品蔵へと攫い……もとい、保護するのだ。

 

 肩に手をかける。眠りは深いようで、このくらいでは起きる様子はない。そのまま脇の下に手を入れ、肩を貸すような体勢で持ち運ぼうとする。身長はフェルトより少し高いくらいで、それでなんとかなると思っていたのだが。

 

 ──軽っ!?ちゃんと食ってんのかコイツ……

 

 羽のよう……とまでは行かないが、小動物のような想像を絶する軽さに肩透かしを食らう。その重さは、子供のフェルトがおぶっても十分動けるほどだ。運ぶのが楽で、こちらとしては助かるが。

 

 改めて、気絶している少女を背負う。額がフェルトの後頭部に当たらないよう何度か調節すると、いつも通りとはいかないものの、走れそうではあるくらいのちょうどいい負担がかかってくる。この苦労がお金に代わるのだと思うと、なかなかどうして気分は悪くない。

 

 ふと、横の顔に気がついて目を向ける。至近距離で見ると、人形のような美しさはより際立って見えた。キメの細かい肌と、手入れされているのであろう艶のある髪。……白の内側に紫があるという特殊な色合いは、見ていると吸い込まれそうな魅力を放っている。もし起きたなら、きっとその容姿に見合う礼節を節々から感じることができるだろう。

 

「──なぁにが綺麗、だ」

 

 自分と比較する気も失せる美貌を持つ少女をおぶり、フェルトは一人、皮肉げにそう漏らした。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「フェルト……お前さん、いくらワシに一泡吹かせたいからと言って、子供を攫って来るのは色々と問題があるじゃろう……」

 

「ちっげーよ!ボケてんじゃねぇ!攫ったんじゃなく拾ってきた!ついでに、あんだけ馬鹿にしたアタシの子分第一号だ!」

 

「拾ってきて子分とはまた勝手な……しかもよりにもよってまた厄介そうな子供を……」

 

「ああ、だろーな。ここに来る途中、なんか近衛騎士の連中が騒いでたし。その分、こいつを子分にして恩を売りゃ得ずくめってもんだろ?」

 

「今ここに近衛騎士が押し入って来でもしたらワシもお主も縄にかかるがの。……全く。これを機に同い年の友人の一人や二人作ってはどうかと思ったら、とんだ誤算じゃったわい……」

 

 持病の頭痛が、と言わんばかりに頭を大仰に抱えるのは、大柄で禿頭の老人だ。本名バルガ・クロムウェル。通称ロム爺。フェルトにとっては育て親に当たる、巨人族の好々爺。

 

 此処、盗品蔵の主人でもあり、何かと横の縁が広かったりする謎の多い部分もあるが。フェルトにとっては、生まれ育ってからずっと一緒にいる家族だ。本人には絶対言わないが。

 

 というか、友人とか。そんなことを企んでいたのか、と。そこまで怒っていなかったことへの安堵やら気恥ずかしさやらを誤魔化し、フェルトはコップに注がれている白い液体に口をつける。

 

「うげっ。このミルク薄めてんだろ。不味いぞ?」

 

「タダで出してやっとるもんになんたる言い草じゃ。薄めとらん」

 

「……水3にミルク7ってとこか?」

 

「そんなケチケチするわけがなかろう!水2にミルク8じゃ!」

 

「やっぱ薄めてんじゃねぇか!」

 

 ダン!とボロのカウンターを叩いて抗議する。ちなみに、フェルトの特技は利きミルクだ。古いか新しいかならわかるという、絶妙に使い所がない技術を持っていたりする。

 

「……それで。どうするんじゃ。その童っ子。今はまだ寝ているようじゃが、目が覚めて暴れられでもしたらどうする」

 

「あ〜。ロム爺見てビビってそうする可能性はあんな。ロム爺、ちょっと顔変えてきてくれ」

 

「生憎、ワシの顔は生まれてからずっとこの顔と付き合ってきていてな。取り外しはできん。そもそも、こんな娘っ子なら貧民街のどこに行っても泣き喚きそうなものじゃが」

 

「違いねぇ。実際、アタシが見た時には汚いって泣き喚いてたしな」

 

「ははは、耳が痛いわい。お貴族様に貧民街はさぞ息苦しかろう。……しかし……ワシは今の貴族やらの顔は大体知っておるが……はて。こんな目立つ娘っ子がいたかのう……?白髪の貴族なぞ、一度見れば忘れなさそうなものじゃが……」

 

 なにやら一貧民街の住人にあるまじきことを呟きながら、仔細にソファに横たわる少女を観察するロム爺。確かに、嫉妬の魔女の伝説がある以上、それに似た白い髪は誰しもの目を引く。一度見てから忘れると言うことは考えにくい、か。

 

 そうして冷静になってみると、そういえばと。あの時連呼していた罵詈雑言の中に、彼女の身元に繋がりそうな発言があったことを思い出した。

 

「ああ、そういや……名前みてーなこと呟いてたな。なんだったかな……フ……ふ、……フィー?に、な、なんちゃらアラ……?」

 

「なんじゃその曖昧なのは……拾ってきたと言う癖に何にも知らんとは……」

 

「う、うるっせーな!いいだろ、別に!」

 

 返す言葉もなく、再び荒っぽくカウンターを叩く。ボロの木製のそれは、いくら子供のフェルトのものとは言え、衝撃に耐えかねてミシミシと音を立てた。

 

 果たして、それがいけなかったのか。もしくは、先ほどまでのフェルトとロム爺の大声の会話が悪かったのだろうか。

 

「ぅ……ぁあ……」

 

 少し離れた場所で眠っていた少女が、苦しそうに軽く呻き声を上げた。

 

「………!」

 

 途端、喧騒に満ち溢れていた盗品蔵が一転。沈黙の満ちる無音空間となる。

 

 ロム爺と見つめ合い、連れてきたんだしどうにかしろ、という視線に、ロム爺のがガキ得意だろ、という視線で答える。長年の付き合いが生んだ無駄なアイコンタクトのやり取りだった。

 

 幸いにして、少女が起き上がる様子はない。どうやら眠りが浅くなっただけのようだが、それでもこの状況下で喋る勇気は二人にはなかった。

 

 ほっ、と安堵の息を吐くも、根本的な問題は解決していない。再びロム爺と睨み合いをすることになり、結局、面倒を持ち込んでバツも悪いフェルトが少女を見に行く形となる。

 

 そろり、そろり、と足音を殺して忍び寄っていく。と言っても、忍び寄るほど遠い場所というわけでもない。ほんの数歩行けば、フェルトの歩幅でも顔を観察できるくらいの距離だ。

 

 ゆっくりとかがみ込み、その顔……主に、目元あたりに焦点を合わせる。眠っているのか、起きかけなのか。それだけでも判断できるように。

 

 ──にしてもまぁ、やっぱ綺麗なカオしてんなぁ。

 

 と、その視点をおろせば、当然目が行くのはその端正な顔なわけで。

 

 美しい、とは、少し違う気がする。可憐……と言うにも、大人びている。言うなれば……そう。まるで、蝶のような。(あで)やか、と言うべきだろうか。色気だとか、放っておけない、儚さとでも言うべき何かを感じさせる顔。思わず手を伸ばして、捕まえたくなってしまう危うさを孕んでいた。

 

 思わず、手を。

 

「ん、ぅ……」

 

 再び漏らされた声にフェルトの体がビクリと跳ねる。そして、自分でも無意識のうちに伸ばしていた手が止まった。

 

 頭の熱が冷め、すぅぅっと冷静さを取り戻していく。

 

 ──今、何しようとした?

 

 震える自分の手を見直し、開閉する。思う通りに動く。確かに、これは自分の手だ。間違いない。だというのに、ついさっきはそれを疑うほど制御が利かなかった。

 

 自分が自分で無くなったような、と言う表現は正しくない。手を伸ばしたのは、確かに自分だ。自分なのだが。何か。自分の中のとんでもない何かが、堪えきれずに溢れ出したような。そんな感覚に襲われる。

 

 その恐怖は当然、伸ばした手の先の少女にも向けられて。

 

「………ぅ、あ……や……だ……」

 

 ふと、少女がそんな声を上げた。

 

 すわ狂乱か、と身構えるも、その目は閉じられたままで、何やら寝言を呟いているらしかった。

 

 しきりに唸ったり、心なしか険しくなっている目元を見るに、魘されているらしい。

 

「やだ………置いてかないで………フィー……」

 

 貴族の令嬢が、苦しそうに呻いている。それだけ見れば、いつもならスカッとしそうなものだ。

 

 だが、その言葉を聞いたフェルトの胸を過ぎるのは、下卑た快感とは全く別の感慨。………どこか、悲しくて。

 

 今度は、自分の意思で手を伸ばす。浮かんでいる汗と涙を、なんとかして拭ってやろうと。そう考えて。

 

 バキッ、という音と共に、フェルトの足下の床板が折れた。

 

「うぉっ!?」

 

「フェルト!?」

 

 無論、その上にいたフェルトが驚かないわけもなく。大きな声を上げながら、バランスを崩した拍子に前につんのめる。体勢が体勢だっただけに転ぶことこそなかったが、この状態で前に傾くことは、それ即ち。

 

「………」

 

「…………」

 

 押し倒す様な形で、ぱっちりと目を開いた少女と目が合った。最悪のタイミングで、目が覚めてしまったらしい。

 

 水色と桃色の大きな瞳が、太陽の光を受けてフェルトを映す。透き通った二色の瞳が硝子のようだ、と柄にもなく思う。困惑や恐怖といった翳りを見せず、その目は真っ直ぐにフェルトの目を貫いていた。

 

 沈黙が流れる。遠くで見ているはずのロム爺が、声も出さない。至近距離で、ただその二つの目と向き合う。

 

 そうして、何秒、何十秒、何百秒見つめあっていたか。

 

 少女は、その白磁の腕を、ゆっくりとフェルトの顔に這わせた。くすぐったい感触と、ほんの少しの冷たさを感じさせる手で。そして。

 

「───やっぱり、綺麗………」

 

 綺麗、と。

 

 あの時と同じ言葉を、愛らしく艶がかった声で呟いた。

 

 これが、フェルトと少女の、実質的な初対面だった。

 

 …………そしてこの後、十数分にわたって少女が言葉を発することはなかった。




ちなみに、リル君の性別は現時点で不明です。全てはリル君の縞パンが知っています。

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