目が覚めたら難易度ナイトメアの世界です   作:寝る練る錬るね

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 次回、ニチャるよ。

レイミーさんからいただきました。なんかエモそうな強キャラポーズしてる本編リル君です

 なお、この話を読めばもう本編リル君という単語を使わずにイフルートとの差別化ができるようになります。

前回のあらすじ:■■君、目覚めて早々フェルトを口説く。



フェルト√ あなたの名前は

「……おい。どうするんじゃ、アレ。起きるなり、なんの説明も求めずにカウンターの端に座り込んでしまったが……」

 

「知るかよ!こういう時、貴族ならもっとこう……動揺するもんなんじゃねーの!?無言で隅っこで縮こまるとか想像できっか!」

 

 ヒソヒソ、とロム爺と密談を交わす。その対象は、起きてから一言も発さず、カウンターの端の席で三角座りで座り込む少女。さもそこが自分の居場所とでも言わんばかりに文字通り居座り、特に何をするでもなくじっと一点を見つめている。

 

 何もせず自前の白く細い膝に顔を埋めるその様子は、年相応とは言えどどう見ても貴族には見えない。というか、道端で気絶して起きた後の反応としておかしい。普通、此処はどこの一言くらい言いそうなものだが。その言葉すら発さず、少女は沈黙を貫いていた。

 

 二人で再び顔を見合わせる。……流石にずっと黙ったままともいかないので、何かしらの質問をしなければならないと思いつつも、尻込みしているのが現状だった。

 

「……の、のう……お嬢さんや」

 

「……?………あぁ。……なに」

 

 おずおずとロム爺が声をかける。数秒の沈黙を待って、少女が反応らしい反応を示した。数十分ぶりの、いかにも可愛らしい声音で。

 

「お前さん……此処がどこかとか、こう……疑問を持たんのか?」

 

「…………ない」

 

 再び、沈黙。ロム爺もこの対応には困り果て、代われとフェルトの肩を小突いた。仕方なく、それっぽい質問を考えて同じように口にする。

 

「なぁ、お前、名前は?」

 

「…………人に名乗るときは自分から名乗るのが筋だと思う」

 

 気怠そう、ではないが、無愛想にそう返ってくる。

 

 控えめに言ってムカつく……が、一応会話のやり取りが成っているということで怒りは抑える。

 

「……アタシはフェルト。こっちのデカいのはロム爺だ。ほら、名乗ったぞ」

 

「………フェルト。ロム爺……」

 

 噛み締めるように。何か、特別なことでもあったかのように、その韻を味わう少女。そして。

 

「フェル……フェルちゃん?」

 

「急に距離詰めてきたな!?」

 

 突然馴れ馴れしく渾名で呼ばれるという、無愛想なのかそうでないのかわからない珍妙な体験にツッコミ。……存外、面白い奴なのだろうか。

 

「……んで。そういうお前はどこのどちらさんなんだよ」

 

「ロム爺、フェルちゃん。ティフィとソアラ、知らない?」

 

「聞けよ!」

 

 脈絡のない発言。傲岸、と言えばそうなのかもしれないが、どちらかと言えば天然寄りな気がする。その表情からは感情を読み取れないが、どことなくそう感じさせる。

 

「知らない?」

 

 ゴリ押しだ。とんでもない力技だった。

 

「……残念ながら、そんな名前は聞いたこともないのう」

 

「アタシもだ。つーか、名乗れ。名乗ってくれ」

 

「………名前、なんだったか忘れたから。勝手に呼んで」

 

「名乗るなら自分からとか言ってた癖に!?」

 

 少女の明らかな嘘に、流石のフェルトも憤慨しようとする。が、その前に少女が続きを早口で捲し立てた。

 

「………性別は不明。身長は1〜2m。年齢は多分七歳。趣味はない。好きなものもない。嫌いなものは母親。終わり」

 

「アテにならんの!性別くらいハッキリせんか!娘っ子じゃろどう見ても!」

 

「……………」

 

「………えっ?」

 

「………えっ?」

 

 ……………えっ?

 

「男……?」

 

「少なくとも、精神は」

 

「……肉体は?」

 

「…………パンツ、いる?」

 

「頭おかしいんじゃねーの!?」

 

 ぶっ飛んだ返しに二人して頭を抱える。まさか此処まで意思疎通が困難であるとは思わなかった。いや、顔を見せたらどこぞの変態には高く売れそうだけども。盗みはしてもそこまでの外道に手を染めたくはなく。というかその手の輩とは関わり合いにすらなりたくなく。

 

「てか、ありえんのか……!?その面と声で、男ぉ……!?おま、……えぇ……!?」

 

「……全てはパンツが知っている。普段は需要に応えたウサさんパンツを履いているけど、今は無難に白と黒の縞パン」

 

「パンツのことになった途端饒舌だな!?訊いてねーしそこ掘り下げる気もねーよ!」

 

 無駄も無駄な情報をつらつらと並べ立てられ、ムキになって反論する。淡白な反応を相手にしていると、気分はまるで暖簾に腕押しだ。

 

「そう。それじゃ、よろしく」

 

 呑気というか、厚顔というか。なんでもないようにそう言って、再び顔を膝に埋めた。何がよろしくなのか。あんな風に叫んでおいて、目が覚めたらこんな場所で。それがどうしてこの狂気とも取れる行動に繋がるというのだろうか。

 

 ……本気で頭が痛くなってきた。

 

「………てか、そのティフィとソアラとか言うやつは、お前にとってなんなんだ?」

 

「二人とも、家族。その中でも、ティフィは人生をくれた。大切な人。……ソアラは顔も知らないけど、多分大切」

 

「曖昧か!作り話にしてももっと作り込め!前半でちょっとしんみりしたアタシの感動を返せよ!」

 

「ワシのもじゃ!」

 

 キャンキャン喚くフェルト達を尻目に、再び少女……少……子供は、深く椅子に座り直し、膝にその口元を埋めて。

 

「嘘は言ってない」

 

 強い口調で。この騒がしい盗品蔵でもよく通る声で、言った。

 

「……自分の名前も。家族の顔も、声も、思い出も。……思い出せない」

 

 迷子になって、途方に暮れた子供のような声だった。盗品蔵という広い広い世界に迷い込んだ、その果ての世迷言(よまいごと)のようだった。

 

 そう考えた途端。フェルトには、少女が膝を顔に埋めるのが、その不安を隠すための仕草のように思えた。どうしようもなく不器用な、ひとりの幼児の強がりのように。

 

 それを見て、どうにかしてやりたいと、そう思ってしまって。

 

「…………っだぁぁっ!!」

 

 考え始めたら、もう止まらない。つくづく、自分の甘っちょろい性格が嫌になる。

 

「ど、どうしたんじゃフェルト。突然叫んだりしおって……あまり老人を驚かすもんじゃないわい」

 

「いや……面倒な拾いもんしちまったな、と思っただけだ」

 

 ぶつくさと文句を垂れるロム爺に、面倒ごとを持ち込んだことを謝ろうとして………やめる。元より家族同然の相手だ。わざわざ改まって断りを入れる理由もない。そういえば喧嘩中だったし。

 

「わかった、わかったよ。てめーの好きにしろ。ここにいたきゃいてもいい。えーと、何だったか。名前はアタシが決めていいんだったな?」

 

「……うん。名前は忘れた。新しい名前は、フェルちゃんが頂戴」

 

「わーった。んじゃあ、てめーの名前は……そう、あの……ほら、ロム爺!」

 

「ここでワシに振るのか!?」

 

 仕方ない。いい名前が咄嗟に思いつかなかったんだから。『ガキ』とか『年中発情パンツ』くらいしか。しかも口に出したら本気で名乗りそうだ。

 

「そうじゃのう……お前さん、人を探しとるんじゃったか。ならいっそ、その名前から取ってみたらどうじゃ。名乗る時に、知っている者なら何か反応があるやもしれん」

 

「おお、そりゃ名案だ!さっすがロム爺!んじゃあ……ソ、ソ……テァ……ツェ……マロ……ノロ………フィアラ……?どれだ?」

 

「名前を覚えとらんならわざわざ口にする必要なかろうが!最後ので良いじゃろ!フィアラで!」

 

「じゃあそれ。フィアラでいこう。見た目に合ってっし。てな訳で、強く生きろよ。フィアラ」

 

 雑に決まった名前。もっと悩みようもあっただろうが、どちらにせよ(仮)だ。少女……もとい、フィアラに本名がある以上、あまり意味を成さないと思われる。

 

 しかし、こうして名付けに悩んでいると、ペットに名前をつけている気分だ。……拾ってきたのが犬猫かその他かと言う違いだけで、概念としては間違っていない気もする。

 

「……フィアラ。……フィアラ。……うん。ボクは……フィーは、今日から、フィアラ、です」

 

 反応自体は小さいものの、明らかに目を輝かせて喜ぶフィアラ。先の話題の色眼鏡で見てみるとなんだか、犬っぽい。

 

 そう考えれば、見た目も相まって可愛げもなかなかあるように思える。うん、なかなかいい犬だ。

 

「そんじゃま、フィアラ。ここで世話んなれよ。アタシはウチに帰るから」

 

「何を!?ふ、フェルト貴様……ワシにこの娘っ子……フィアラを預かれと!?」

 

 ちなみに、フェルトのボロ家とこの盗品蔵とは別である。そしてフェルトは、ここにフィアラを置いていく気満々だった。早速の動物虐待、飼育義務の放棄だ。

 

「しゃーねーだろ。アタシの家、二人だとちょい窮屈だし。風通しもいいから騎士サマが来たらそっこーでばれっぞ」

 

 そうなれば、躊躇なくロム爺を売ろう。子供が子供を攫うより、老人の女子児童誘拐監禁未遂の方が、騎士サマもさぞ正義感が刺激されることだろう。……実際にするかどうかは別として。

 

「ぐぬぬ……!自分で拾ってきておいてその言い草とは……!」

 

「ま、アタシもちょくちょく面倒見にくっから。お前も、そっちの方が過ごしやすくていいだろ?」

 

「……フィーは、どっちでも。ロム爺かフェルちゃんの、どっちかと一緒にいられるなら」

 

「んじゃ、決まりだ。あとは頼んだぜロム爺!じゃあな!」

 

 そして、フェルトは逃げ出した。もう色々面倒だったので、ロム爺にフィアラを押しつけて、逃亡した。それはもう風のように。沈む太陽の十倍は早く走った。マッハ11だ。ソニックブームで周囲2kmの建物は全壊する勢いで逃げた。

 

 残されたのは、放置されたネグレクト犬と、その飼い主を育てた老人。

 

「フィアラ。お前さん……」

 

「フィーでいい」

 

「そうか。まぁ、お前さんのような歳でも、この世間では色々とあるじゃろうて……」

 

「………いい。二人に、こうして会えたし。こういうのも、嫌いじゃない」

 

 フィアラと名付けられた子は、再び顔を深く埋める。

 

 その頬に刻まれた、醜悪とも取れる歪な笑みを隠すために。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 フェルトがフィアラを誘拐してから、三日が経った。三日だ。三日なのだ。男子会わざれば刮目して見るべき、三日が経過した。

 

 何もなかった。ほんっっとうに何もなかった。フィアラを探しに騎士が押しかけてくることも、秘められた力的な何か発生することも。フィアラ自身が自分の家庭事情を話し出すことも。何もなく、新しい置物が増えたくらいの変化だけを伴って三日間が過ぎた。

 

「いや!何もなさすぎだろ!もっとこう、物語みてーな不思議な冒険的な何かがあると思ったのに!」

 

 頭を抱え、大袈裟に嘆く。親から育て金代わりにと金が贈られるようなことも特になく。フェルトは至って普通の毎日を過ごすことになっていた。

 

 当のフィアラといえば、市場で最安値の固パンを黙々と齧りながら、定位置のようにカウンターの端の席を占領。膝を抱えて座り込んでいる。それだけで絵になるのは、破茶滅茶に顔がいいことの利点だろうか。

 

「何を期待しておったやら。まぁ、ワシは助かっておるがな。フィー目当てでここを訪れるもんが増えて、売り上げが上がりおる。どうやら、この子は誰に幸運をもたらすべきかわかっておるようじゃぞ?」

 

「納得いかねー!何で拾った張本人のアタシがなんもなくて、ロム爺だけ儲かってんだよ!てか、フィアラはなんもしてねーのに役に立ってる感がより納得いかねー!」

 

 そう。確かに、フィアラを目当てに盗品蔵を訪れる人は増えた。何せ、フィアラ自身は黙っていれば絶世の美少女だ。話したら性別すら危うくなるが、そこはフィアラがロム爺とフェルト以外にはほとんど口を開かないのが幸いする。

 

 開口一番に『ティフィとソアラ』の二人の名を尋ね、知らないと答えたら二度と喋らない。知っていると答えても今のところ全員知ったかぶりを看破され、同様の処遇を受けていた。これといって仕事をしない代わりに、余計なこともしない。そうすると、一目見ようと普段は盗品蔵を訪れない輩も、見物料代わりに金を落としていく。

 

 要するに、現在のフィアラは黙っている体のいい客寄せワンコなのだ。ついでに、そういう手で寄って来る客は盗みたいものなどないから、フェルトの依頼は実質的には増えない。

 

 じっとフィアラを見つめる。パンを齧るその様子以外に、今のところフェルトはフィアラが行動を起こすところを見たことが無かった。何の冗談か、見ている限りでは厠に立つことすらない。ひたすら美味しくもない固パンを齧り、淡々と座り込んでいる。とはいえ、完全無視というわけでもなく、問いかけをすれば淡白な答えが返って来るくらいの受け答えはする。それで人生楽しいのだろうか。

 

「ま、アタシが言えた口じゃねーや……はぁ、仕事は来ず、アタシの財布は不景気か……」

 

「そう落ち込まずとも、食うものに困ったら多少は助けてやるわい。……フェルト、ワシは少し空けるぞ。カドモンのやつと商談があっての」

 

「あの厳ついにーちゃんかよ。あれで果物屋とか、大丈夫か?」

 

「大丈夫じゃよ。逆玉の輿じゃからのう、あやつ」

 

 フェルトが顔面に傷のあるカタギで無さそうな男の姿を思い描いている間に、ロム爺はその巨躯をのっしのっしと動かし、盗品蔵を出て行く。

 

 残ったのは滅多に口を開かないフィアラと、財布の中身を見て落ち込むばかりのフェルトだ。

 

「………はぁ。一枚……二枚………こんだけじゃ、目標にゃ到底足りねぇ……どうすりゃいいってんだ、もう……」

 

 財布をひっくり返し、落ちてきたのは銀貨が二枚。1日の食費程度の金しか残っていないという現実にひしひしと打ちひしがれ、フェルトはだらしなくカウンターに突っ伏した。仕事がない。当然ながら、だからこそお金もない。

 

 日常生活に支障をきたす程なら老人も手を貸してくれるだろうが、それは最後の手段だ。どうにかして、金銭を得なければ──

 

「………フェルちゃん。お金、欲しいの?」

 

「うぉっ!?」

 

 突然聞こえてきた鈴のような声。飛び跳ねて確認すると、いつもの席を離れて、こちらを覗き込むフィアラの姿があった。

 

 ──お前、立てたのか。と、本気でフェルトはそう口にしかけた。

 

 そのくらい、フィアラは動かなかったのだ。名付けるなら『不動』のフィアラだった。『無音』というほどではなかったが、動くことはそりゃあもう珍しいことだった。

 

「……お金、欲しいの?」

 

 フェルトの反応をよそに、フィアラは反復して、同じことを尋ねてくる。先ほどと全く同じトーンで、その声音からは、およそ感情というものを読み取ることができない。

 

「………あんなものが、欲しいの?」

 

 が、金の話になら何でも飛びつくのがフェルト。金の大事さは、他の誰よりも知っているつもりだ。そのフェルトが大切な金をあんなもの呼ばわりされて、黙っているわけにもいかなかった。

 

 端的に言えば、金持ちに金の存在を軽く見られてカッチーンと来た。

 

「あんなものとは、言ってくれんじゃねーか。金はすげーんだ。金さえありゃ、何でもできる!お前の食べてる固パンよりもっといい食い物が買える。服も買える。家が買える!……こんなクソみたいな環境から、アタシらが抜け出すことだってな」

 

 お前みたいなぼんぼんには、わかんねー話かもしれねーけど、と付け加える。

 

 金は大切だ。その重要性は、貧民街で生き抜いてきた自分が何よりもよく知っている。それを手に入れることの、厳しさも。

 

 だから。

 

「わかった。待っててね、フェルちゃん」

 

 フィアラがそう言って、盗品蔵を出て行った時。フェルトは、世間を知らない貴族のガキが、安易な考えで金を稼ぎに行ったのだろうと。勝手に決めつけて、結論づけた。

 

 暫くすれば、フィアラも世間一般の厳しさというものを知って、泣きながらでも帰って来るのだろうと。そう思っていた。

 

 けれど。待っても待っても。ロム爺が帰ってきてから探しても。結局、その日のうちにフィアラが帰って来ることは無かった。

 

 意固地になって、色々な場所で働けるように頼んでいるのかもしれない。そう考えて、その日は眠った。

 

 ───次の日の朝。フィアラは、外に出た時と同じような、何でもない平然な顔をして帰ってきた。

 

 

 その小さな掌に、白く輝く聖金貨を手にして。

 

 

 




 主人公の名前を変えるなわかりにくくなる?馬鹿野郎!元のままだったら『死んだと思っていた家族の面影がある人と再開したが別の名前を名乗ってる。別人?それとも……』ムーブができないだろ!

 さぁ、ニチャァ……の準備をしろ。

 ちなみに、■■、もといフィアラくんちゃんが顔を膝に隠すのは顔面にやけてるのを隠すため(作者の趣味)です。

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