A.フィアラはAPP18。『綺麗』という言葉にギリギリ収まる範疇で、見惚れずにはいられない。人間の上限。対してリル君はAPP20。芸術品とかそういう域。表す言葉が『綺麗』では足りない。美し過ぎて気持ち悪い。人外の美貌。不気味の谷みたいな話です。過ぎたるは及ばざるというわけでもないけど勝ってるとも言い難い。
本日2月28日はリル君の誕生日です。祝え。ちなみに作者からのサプライズ更新とか、そう言うのはないです。クリスマスの惨劇を作者は忘れてない。その分、この話の描写は力入れてるから許して。
どうも。僕です。
そうだよ。劇的というほどのストーリーもなく、思い出せない名前の代わりをフェルト、もといフェルちゃんから拝借しました。
フィアラ………つまり。
僕だ。
いやぁ。まさか逃げ出した先が王都の貧民街だったとは。登ってる最中に『なんかこの壁高くね?』って思ってたんだよね。王都の壁だしそりゃ高いわ。端にあるのはスラムだから壁の先が貧民街ってのも納得。
まぁ、フェルトに会ってから気絶して、起きたら盗品蔵で押し倒されてたのはビックリしたけど。いやん、もうお婿にいけない。……行けないけどね、元から。こんな体じゃ。
それにしても。フェルトは、やっぱり母さんと似ている。ルグニカ王族の血筋、なのだろうか。紅い瞳に、金色の髪。無邪気とも獰猛とも取れる勝気な顔つき。
あの女相手だと全部アテにならないが。それでも、どこか連想させる容姿をしていることは確かだ。
そして彼女は『見える』。見えるのだ。ロム爺も顔が『見え』て、名前が『わかる』。そのことは、どうあれ僕にとっての救いだった。
その中でもフェルトは、とびきり輝いて見えた。例えるなら、暗闇に太陽が差し込むような。彼女だけじゃない。光り輝く彼女がいるだけで、周囲が何倍も、何倍もハッキリと見える。彼女自身が太陽であるかのように。風景も、建物も、人も、世界も。その明るさを何倍にもして、僕の目に伝えてくれる。
彼女といるだけで、世界が輝いて見える。逆に、彼女がいない時に、世界に光はなかった。
どこか、燻んで見えるのだ。今まで満足がいっていたものが、急にどこか足りないと感じ始める。まるで、致命的な色が欠けているような錯覚。あの場所にいた時と、同じ風景だ。
難しい話はさておいて。
要するに。
推しができました。
わーい!フェルちゃんカワイイヤッター!!八重歯がキュート!金髪ロリっ娘ばんざーい!
コホン。
他に理由は容姿以外にもあったりするんだけどね。それは、『目』について話さなくてはならなくなって長くなるので、また先だ。
さて。推しも出来たところで。僕は盗品蔵の招き猫となった。猫かぶってるし、猫だろう。フェルちゃん曰く僕は犬らしいけど。ワンと鳴いてやろうか。
顔がいいから人も寄って来る。顔がいいから。顔が、顔がいいから。大事なことだから3回言ったよ。
こうなると、カペラの理論も納得はできる。やり方と伝え方がこれ以上なく、というか、人間性や教育方針どころか生まれてきたことそのものが間違っていたけど。その理論だけはあながち間違ってなかった。
人の目を見ればそれは明らかだ。こんな十も過ぎない子供相手に見る目がいやらしい。『ハルウリ』の時に来た大人に比べればだいぶマシだけどさ。フェルちゃんがいれば顔も辛うじて見えるが、いない時は顔にモザイクがかって見えるようなモブは黙って金を置いていけ。
ロム爺よりイカさない男はお断りなんだよ。あの爺さんあれで精神鋼だかんな。引くべき一線をちゃんと弁えてる。紳士だよ、紳士。だから、フェルちゃんがいなくても顔が見えるのかもしれない。
とまぁ、暫くカウンターの端に座って様子を見ていたわけだけども。貧民街は、さすが貧民街というか。貧乏である。パンは不味いし、不衛生だし、臭いし、あと色々と汚い。
う〜ん、掃除してぇ………
というか、時間軸がよくわからなかったけど、殿下がどうこう〜って単語が聞こえたから、まだルグニカ王族は存命……つまり、原作開始数年前らしい。ちなみにこの後、王族はフェルちゃん以外全員が黒蛇の毒で死にます。
知っててもどうしようもないから何も言わないけどね。僕の知る
さて。本題に入ろう。人間とは、実に愚かな生き物である。欲求が満たされると、次の欲求が満たされないと我慢ならなくなるのだ。全く腹立たしいというか厚かましいというか。どれだけモノを望むつもりなのだろうか。
とりあえず睡眠欲、まずいパンで食欲が満たされたら、あとの欲は?
そう、愉悦欲だね。
いい加減環境が落ち着いたから、僕らしく行こうと思う。
フェルちゃん。彼女は、僕にとっての大切だ。彼女とずっと一緒にいたい。いて欲しい。名前をくれた。世界の鮮やかさを見せてくれた。僕にとっての。僕という存在にとっての。なくてはならない存在となった。
──から。いろんな表情が見たい。
今の彼女にとって、僕という存在は単なる邪魔者、余所者だ。ある程度時間さえ置けば、少しでも心を開いてくれるかもしれないが、それじゃあ足りない。
満たされない。満たされない。
大切な人の、人にとっての。僕という存在がそれじゃ、満たされない。
いっぱい、いろんな顔を見せて。その全てを、愛させて欲しい。愛おしいから、精一杯の愛を伝えよう。例えその伝え方が、歪極まりないモノだとしても。
愛されよう。愛させてみよう。僕が大好きなあなたに。
「キミは
髪は洗わずとも綺麗だ。身体は洗わなくても甘い香りを放ち、玉の肌は翳る様子すら見せない。いつものことだ。
お金が足りない、とボヤいていた彼女を少し煽れば、その言を引き出すのは容易かった。僕は彼女の犬だから、せっせとお金を稼いできてあげよう。
僕には、とっておきの売り物があるから。
その呆れ声とも取れる叫び声が盗品蔵に響いたのは、未だ涼しさの残る、爽やかな朝のことだった。
「一晩で聖金貨一枚稼いできたぁ!?」
「うん。がっぽがっぽ」
何でもないように、いつものペースで衝撃の事実を口にして見せる少女、フィアラ。荒唐無稽な話だが、その手には確かに、神龍の意匠が凝らされた白っぽい硬貨が握られている。まごうことなき聖金貨だ。金貨以上のその価値は推して知るべし。少なくとも、これ一枚で暫くは食うものに困ることはないだろう。
「うっそだろ……どうやったら一晩でこんな……」
「頑張った」
「それだけで済むならこんな街はねーんだよ!」
街の存在すら否定する概念。平然として言ってのけるその姿は、昨日盗品蔵を飛び出してから変わった様子もない。一体、どんな手品を使ったというのか。
というか、こんなに平然としているなら、昨日探すんじゃなかった。ロム爺と二人で何か事件に巻き込まれたんじゃないかとヤキモキしていたのが馬鹿みたいだ。
それにしても、まさか聖金貨を持って来るとは。貧民街の子供が1日必死に働いたとて、得られるのは精々銀貨一枚がいいところ。聖金貨はその何百倍か。……フェルトの所持金は、あっという間にフィアラに追い越されたかに思えた。
「はい、フェルちゃん」
「は?」
ポン、と軽い調子で手のひらに分厚い硬貨が載せられる。その重みの正体は、先ほどまで
何の躊躇いもなしに行われたその行動に面くらい、わなわなと震えるフェルトを尻目に。フィアラは軽く背伸びをして、安物の固パンを口に咥えていつものカウンターの端へと座り込んだ。
「えっ!?はっ、はぁ!?ちょっ、フィアラてめっ!わ、わかってんのか!?聖金貨!聖金貨だぞ!?これ一枚で、その固パンがどれだけ買えると……!いや、そういうんじゃなく、おま、お前!」
ドン、とカウンターを叩いて抗議する。言葉にならないあれやこれやの感情がその拳に宿っていた。衝撃がボロい木製カウンターだけでなく、盗品蔵の棚までもがミシミシと音を立てる。
「なんじゃ、朝から喧しいぞフェルト……!」
そんな騒ぎを起こせば、当然ながら奥からのっしのっしと現れる存在。他ならぬこの盗品蔵の主、ロム爺である。
億劫そうに周囲を見渡した巨躯の老人の目は、ちょうど今カウンターに落ち着いた童女に止まった。
「おぉ、フィー。戻っとったか。今までどこに……」
「そう!それなんだよロム爺!こいつ、一晩で聖金貨一枚稼いだとかわけわっかんねーこと言っててよ!しかもそれをアタシに……と、とにかく!どうにかしてくれ!」
まさに自分が追及したかったことに目ざとく気づいたロム爺に、これ幸いと乗っかる。渡りに船というやつだった。このまま情報を聞き出すにしても、交渉慣れしているロム爺の方がスムーズに聞き出せるだろうという目算もあったし、この混乱した頭を整理せずにまともな問答ができるとも思えなかった。
手の中の聖金貨に涎を垂らすやら、困惑して目を回すやらの一人百面相をするフェルトを見て、何が何やらと言う調子で、ロム爺はフィアラへの詰問を始めた。
「……つまり、この一晩で、お主がこの聖金貨を稼いできた、と?」
「ん」
フィアラは、固いパンを咥えたまま首を振って肯定する。
「お主はこの聖金貨の価値をわかっとるか?」
「………一番高級なお金?」
「少なくとも三月は食い物に困らん金じゃ。貴族並みの贅沢をしても数日は無くならん」
「そう」
興味なさげにそう返して、再びパンを咥える。その様子はまさに糠に釘。馬の耳に念仏と言った風体だ。いくら貴族の子だからといって、ここまで世間に疎い……というよりも、興味を持たないのは、いくらなんでもおかしいように思えた。
だがそれも金の光には負ける。ようやく頭が落ち着いたフェルトは、状況を理解した末に金の力に目が眩んだ。具体的に言うと、目の前の金しか考えられなくなるくらいには。
「おっ……おほっ……金……金……聖金貨……!」
「フェルト、お主は興奮しすぎじゃ。淑女……というより、子供があげる声としても酷すぎるじゃろ」
「しゃ、しゃーねーだろ!こ、こんな金見たことしか……!ほ、ホントに貰っちまって良いんだな!?後で返してとか無しだかんな!」
「うん。
「うっひょぉぉ!!」
当人からそう言われ、いそいそとフェルトは自分の財布に聖金貨を仕舞い込む。増えた重みは僅かでも、その価値は計り知れない。まさに笑いが止まらない、と言う具合に、フェルトは忙しなくその重みを確かめていた。
そうしてはしゃぐフェルトを複雑な表情で眺めてから、ロム爺は淡々と問答を続ける。
「……それで。お前さんはどうやってあの聖金貨を稼いだ。盗みか?」
「頑張った」
「………話せないほどのこと、ということか?」
「ううん。頑張った、だけ」
「仕事の内容は?」
「………お仕事は、お仕事じゃない?」
無垢、とも取れる返しに、ロム爺は大きく嘆息する。いくら出生やらが謎に包まれているからといって、たかが子供が聖金貨一枚。……真っ当に働くだけではありえない。何かタネがあるはず。あるはずなのだが。
どうにも、ロム爺自身が思い至る節はない。本人が頑張ったと一言しか言わないのもあるが、純粋に聖金貨を稼ぐ手段が盗み以外に思いつかなかった。たとえ何をしようとも、所詮は貧民街の子供。聖金貨を一枚ポンと渡すような輩がいるとは思えない。それ相応のものを隠し持っていたとしても、買い叩かれて銀貨金貨を手にするのがオチだ。
「おいロム爺!もういいじゃねーか!どーせ知り合いの貴族の誰かさんからかっぱらってきたんだろ?それより、今日はちょっち贅沢しようぜ!せっかくの金だ!使わねーと勿体ねーよ!」
「……お主がそれでは、先行きも不安じゃのう」
嬉しくてたまらない、と言わんばかりに足早に駆け足するフェルト。その素早さに見合ったせっかちさは、フェルト自身の気質だった。
頭を押さえて、二人と一人はいつも通りの日常を過ごした。その晩の飯が、一人を除いて少しばかり豪華だったのが、普段との違いだ。
フェルトかロム爺に勧められれば、食べ物は食べた。だが、それまで。感想は感情の込められていない『おいしい』だけで、数秒すれば再び固パンを咥え始める。……好物なのだろうか、と二人して考えた。
そうして、夜は更けていく。酒に酔った老人は眠り、夜に慣れない子供も床につく。そうして残ったのは、夜を生きる腐敗した人間達。王都で誰よりも闇の中を生きる
夜は間違いなく、
シロップのような、蕩けるような甘さを残して、
揺れるように、落ちるように、無常に。何もかも忘れ去れるような快楽を伴う狂気に浸って。
腐り落ちるモラルと現実の中。あぁ、たまらないと。
そして翌朝。
「せ、聖金貨三枚ぃぃ!?」
「昨日より沢山。がっぽ、がっぽ」
未だ酔いが抜け切らぬ老人を叩き起こさんばかりの大声が、再び盗品蔵で響き渡った。
さらに翌朝。
「せ、聖金貨……六枚………ば、倍……!?」
「いっぱい頑張った。……いらない?」
「欲しいっ!!」
寂しげな表情を吹き飛ばす声量の返答に、満足そうに微笑んで、少女は六枚の白く輝く硬貨を手渡してくれる。目が眩むほどの大金だ。フェルトは嬉しさやら驚きやらに目を白黒させながら、しっかりと懐にしまい込む。
止まるところを知らないフィアラという少女の猛攻。既にフェルトの懐は、幸せ一杯夢一杯の暖かさを知ってしまっていた。
少女を拾って、思わぬ損をしたと顔を顰めていた自分を殴り捨てたい。彼女……彼女、なのかはわからないが……は、金を運ぶ、まごうことなき幸福だった。幸せの鳥。黄金の鵞鳥だ。
たった三日で稼いだその額は、およそフェルトが人生で稼いできた金額を優に超えている。このままの計算でいけば、一ヶ月もすれば貧民街を脱することだって夢では無い。
問題は、どうやってその額を稼いできているかだったが。フェルトは大方予想がついていた。少女は恐らく、自分の家である貴族宅から金を拝借してきているのだ。
ここ数日、誰かの金が盗まれただとか、誰かが行方不明になっただとか、そういう話は一切フェルトの元に入ってこなかった。フェルトだけならともかく、ロム爺にもだ。情報通のロム爺が知らないのなら、盗みという線は薄くなる。かといって、盗み以外にあの量の金を得る手段は他にない。
そうしてフェルトが行き着いたのが、元の家から金を盗んでいる、という仮説だった。毎日通おうが、家の子なら怪しまれることもないだろうし、盗むことだって容易い。貴族ならこんな量の金を持っていてもおかしく無いし、貯金に手をつけられたなら気が付かないことだってあるだろう。
何より。フェルトは昨晩、ほんの少しだけフィアラを尾けていた。良い仕事があるなら知りたかったし、純粋に疑問に思ったというのもある。結果、フィアラが向かったのは貴族達の邸宅が集まる中心街の方向。そこで先の仮説を閃き、フェルトは帰路についたのだ。
そう考えれば、全ての辻褄が合う。その事実は、フェルトに勝手な妄想を真実と確信させるのに十分すぎた。
動機が何かなどフェルトの知ったことでは無い。自己紹介で母親が嫌いだなどと溢していたから、それが原因なのかもしれなかった。金さえ入るなら、そんなものは些細なことだ。
今日も今日とて機嫌良く、フェルトは貧民街の日々を謳歌する。
──フェルトは、気が付かない。
幼さ故の浅ましさを。己が愚鈍さを。強欲を。
そして。
少女の温かな微笑みの裏に隠された、歪すぎる歪に。
その日は、空が曇りきった嫌な日だった。昼から降っていた強い雨が止み、外に出ることこそできるようになっても、分厚い雲が残るせいで外の湿気は消えていない。端的に言えば、暑苦しい夜だった。
こういった雨や湿気は、貧民街で暮らす者にとっては天敵だ。湿気は食べ物をダメにするし、水は木製の家をダメにする。住んでいる場所も場所。雨漏りはするし、汗をかくと水浴びもそうそうできないから気持ち悪い。かといって濡れれば風邪を引いて余計な金がかかる。フェルトとて例外ではなく、雨のことはそう好きではなかった。
雨が降っている時は、基本的にフェルトは盗品蔵に引きこもる。引きこもって何をするというわけでも無し。土砂降りの中でたまに訪れる来客をジロジロと眺めては暇潰しだ。
ただ、謎の白い少女は。フィアラは、そういうわけでも無いようだった。
いつものように固パンを咥えて、カウンター席の端に三角座りで座り込む。それはいつもと変わらない。けれど、その様子はどこかいつもとは違って。フェルトにはそれが、機嫌が良いように見えたのだ。
フェルトは問うた。『雨は好きなのか』と。
フィアラは小さく頷くと、その瞳を閉じた。
何をしているのかわからなかったが、倣って同じようにしてみた。すると、窓ガラスに雨がぶつかる音と、外の水溜りに落ちる音が鮮明に聞こえる。……不思議と、悪い気分はしなかった。
お貴族様のくせして、良い趣味じゃないか、と思った。そうして音に気持ちを傾けていると、不思議と気持ちが落ち着いた。
夜になると、雨が上がった。けれどフェルトは湿気のせいか無性に体が暑くて、いつも寝る時間になっても、寝る気が起きなかった。これと言って活動していないこともあったのだろう。自然と、普段は起きていないはずの夜の時間に足を踏み入れることになる。
やることは、出してもらった薄いミルクを飲みながら、うだうだと育て親の老人と話すだけ。けれど、その時間がフェルトにとっては大切で、かけがえのない団欒の時間だった。
「それでさ、アタシその行商人に騙くらかされそうになって……」
「ほう、そんな手があるのか。こりゃ思いつかなんだ」
「思いついても実行すんなっての!ロム爺が捕まってもアタシしんねーぞ!」
下らない話を肴に、珍しい夜に覚めやらぬ興奮を覚えて、話に熱は籠っていく。普段は言えないようなことも、まるで酔っ払ったようにすらすらと口から出て行った。
その熱を覚ましたのは、終始無言で居座っていたフィアラだった。
「………」
「うぉっ!?ど、どうした!?」
唐突に立ち上がり、無言でスタスタと外へと歩き出すフィアラ。普段微動だにしない姿を見れば、動き出すだけでそれはもうちょっとしたホラーだ。その小さな脚で、外へと繋がる扉に向かって歩き出していく。
フェルトの呼びかけに、ゆっくりと振り向いたフィアラは。
「お仕事」
軽くそうだけ言って、身の丈の三倍はありそうな扉を押し開けた。未だ熱気の籠る外の闇に、白い髪が眩しく光って、消えた。
今日も今日とて、少女は金を稼ぎにいく。盗みに行く、と言った方が正しいだろうか。その恩恵にあやかるフェルトとしては、諸手をあげて送り出したい程だった。
暫く、沈黙が流れる。何を話していたのかを忘れてしまって、ぼんやりした頭でそれまでの流れを重い出していた。
「……追わんのか?」
「ん?」
すると、意外そうな顔でこちらを見るロム爺と目が合った。問われた内容は、はて。何のことかと暫く悩まずにはいられなかった。
「ああ、あいつのことか。良いんだよ。もう謎は解けてる。いつも仕事と銘打って、どこ行ってるのかとかな」
「ほう?ワシが探ってもわからんかったことをそうも簡単に。あれほどの金の出どころ、ずっと疑問に思っとったが……」
ほう、と顔を緩ます。自分よりずっと経験を積んでいる老人が、自分の出した答えを出せていないということが、少し気分が良かった。それは自分が解けた難題を優等生が訊きにきたような。そんな昏い優越感だ。
そしてフェルトは、自慢げに自らの仮説を披露する。ロム爺は途中に何の反応も挟むことなく、淡々と話に耳を傾けていた。
「……ってのが、アタシの考えた真相だ。どうよ?辻褄は合うだろ?」
腕組みをするロム爺に、フェルトは自慢げに言って退けた。何やら顰め面で考え込む姿は、何かに頭を悩ませる親のようだ。
そのまま沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは、ロム爺の思いがけない一言だった。
「………フェルト……お前さん、少し変わったのう。それも、悪い方に」
「……はぁ?」
予想していたどれとも違う言葉に、思わずそんな声が漏れた。言葉を咀嚼し、意味を飲み込むのに数十秒ほどの時間を要する。
……何が。何が変わったというのか。それに、フェルト自身が自覚していない変化を、どうしてロム爺が、それもこのタイミングで理解できるというのか。
「……自覚もなし、か。こりゃあ、重症じゃのう……」
「さっきから聞いてりゃ、随分な言い草じゃねーか、ロム爺!いくらロム爺でも、言っていいことと悪いことくらいあるんじゃねーのか!?大体、アタシの何が変わったってんだ!」
困ったように頭を掻くロム爺の態度が気に入らなくて、激昂する。それも意に介した様子はなく、軽い赫怒はそよ風のように受け流される。
「……話を戻すが。お主がさっき言っておったそれは、無理じゃよ。お前さんが知らんのも無理はないが、貴族の邸宅には大抵、警鐘の魔法が仕掛けられておる。身内だろうが反応する魔法じゃ。一回だけならともかく、二回目以降は成功などせん。持ち出されたのが聖金貨だというのなら、余計にな」
つらつらと並べ立てられるのは、フェルトが知らない真実ばかりだ。だが、目や口調でわかる。長年の付き合いだ。そこに嘘はなかった。
「そ、それじゃ、あいつが消えてった場所はどうなるんだよ!?アタシはちゃんとこの目で見たんだぜ!あいつが中心街の、貴族たちが住むような高い家が並ぶ街に出て行くの!」
それでも。認めたくなくて。どうしてか、自分が間違っているということを、認めたくなかったから。自分が持てる限りの武器で、そうやって反論した。
………それが武器などではなく。何よりも大切な真実の鍵だったと、知らないまま。
「──おっ!?」
突如。視界がぐるぐると回った。そして、額に軽い鈍痛が走る。額を指で弾かれたのだ。殴るに至らない、けれど弱くはない衝撃が、フェルトの頭を揺さぶる。
「……馬鹿もん!!それを早く言わんかっ!?」
それは、夜の貧民街でも大きく響くけたたましい音量だった。叫び声、と言ってもいいかもしれない。
「……あ、……え?」
「フェルト!お主の足なら間に合うかもしれん!今のうちじゃ!早う、フィーのやつを連れ戻さなんだ……!」
状況が理解できないまま、ロム爺に捲し立てられる。その顔に刻み込まれているのは………今まであまり見たこともない、焦燥。一度、フェルトが風邪をひいたときに、同じ表情を見せていたのを覚えている。
ロム爺は今、本気で焦っているのだ。
腕を乱暴に掴まれ、未だ頭の混乱するフェルトに言い聞かせるようにして、ロム爺は続けた。
「いいか?建物にフィーのやつが入ったらそれはもう追いかけてはいかん。ただし。それまでに連れ戻せるなら、何があっても連れ戻せ!もしかするとワシらはあの子に、とんでもないことをさせておるのかもしれん……!」
「何言ってんのかさっぱりだけど。とにかく、フィアラのやつを連れて帰ればいいんだろ?ま、そんぐらいなら、してやるけど……」
叩きつけるような怒声に怯みながら、なんとか言葉を噛み砕く。意訳した言葉にロム爺は強く頷き。
「ワシもできる限りのことはやってみる。じゃが、それじゃあ手遅れじゃろう。フェルト、頼んだぞ!」
「………あー、わっかんねぇ!!とりあえず、わかったけど、わかんねー!てか、アタシに喧嘩売ったのもちゃんと覚えてろよ!?」
捨て台詞のように吐き捨て、とりあえず言われた通りに外へと出る。途端、ムワッとした熱気がフェルトを包み込み、そのやる気と意思を錆びつかせようとする。夜であるから視界も悪く、運動するにしても何にしても、最悪のシチュエーションであることは間違いなかった。
それでも、フェルトは速い。およそ人間の出せる限界近い速度で、以前フィアラを追跡した場所……本来なら近づきたくもない、貴族街へと、走った。
「……ったく。ロム爺のやつ、アタシをこき使いやがって……そもそも、フィアラのやつがどうしたってんだよ。別に、アイツがどうなろうと金が入って来なくなるくらいで、関係ねーじゃねーか」
一人ごちりながら、屋根、柱を足場にフェルトは鳶職人のように跳ね、渋々ながらも街全体からフィアラを探す。街に近づいていくにつれ、街灯の灯りが暗い街並みを照らし、視界に色彩が戻ってくる。
この時間になると、外を歩いているのは飲んだくれの集団と見回りの衛兵くらいだ。フィアラはかなり特異な容姿をしている。街を歩いていたなら目立ちそうなモノだが、どう探そうと見つからない。
探していくうちに、当然ながら王都の中へ、中へと。王城の近く。貧民街とは対照的な、景観のいい貴族街へと足を踏み入れることになる。立ち並ぶ絢爛豪華な屋敷に、噴水。完璧に整備された道には品のいいドレスやスーツに身を包んだ麗人、令嬢などが溢れかえって……正直、吐き気を催す。気持ち悪いというのが感想だ。どうやら、今日はパーティーか何かがあったらしく、人通りは商店街に比べると比較的に多い。この中から人一人を見つけるのは、かなり難儀だろう。
………が。意外にもその影は、屋根を飛び回り、探し始めてすぐに見つかった。
白い髪。ついでに、このあたりに似合わない簡素な白っぽい服。浮世離れした雰囲気に、小さなフォルム。
間違いない。フィアラだ。その足取りに迷いと呼べるものはなく、はっきりと目的地を持って歩いているように見える。
ふと、声をかけようとする。……が、躊躇った。躊躇ったというよりは、好奇心が勝った。
ロム爺の言う通り、フェルトの予想が外れているのだとしたら。一体、どうやってフィアラは金を稼いでいるのだろう、と。そう気になって、暫く様子を見ることにした。
フィアラの足取りはしっかりとしている。普段は意思らしい意思を見せないフィアラにしては、なんだか意外な一面だった。そういえば、今日だって雨音を聴くという人間らしい一面を見ることもできた。
そうだ。どれだけフィアラが浮世離れした振る舞いをしていたとしても。フィアラ自身は人間なのだと、改めて気が付かされる。今は見たことはないが、きっと泣くし、怒るし、悲しむこともできるのだろう。それができる、人間なのだ。
……これが終わったら、もう少しフィアラに向き合おうと。そう決めて、フェルトはフィアラの観察に戻った。
戻って─────
目を、疑った。
ポツリ、と雨の落ちる音がした。空を覆っていた雲は、突然その役目を思い出したかのように、蓄えられた水を雨として地上に落としていく。それに打たれて、人や街が奏でる音が、
「……おい………おい……!待てよ!」
だから、許せなかった。雨に打たれながら、フェルトはその手で、日焼けの様子を見せない白い腕を、無理やり掴んだ。
腕の持ち主は、訳がわからない、と言わんばかりにフェルトを見つめる。その水色の瞳が困惑を、桜色の瞳が、情熱を映し出すようで。
気が狂いそうになりながら、フェルトは叫ぶ。
「……なに?」
「………何って……!お前……なんで、ここに…!此処がどこか、わかってんのか!?」
そこは、貴族街。その中でも『花街』と呼ばれる。…………人の『春』の売り買いがされる、最悪の場所。
人の醜さを吸って悪辣に光る、桃色の街灯。皮肉にも、フィアラの右目と同じ色の、妖しい光。
フェルトがその手を取ったのは、奇しくも、フィアラが店にその第一歩目を踏み入れた、その後だった。
「はい、フェルちゃん。今日のパチスロ代」を無意識にやらせてしまっていた状況。次回は存分にニチャれるね。
今日はリル君とフィアラの誕生日です。(大事なことなので2回言いました)