………フィアラが、初めて感情を見せた日。ロム爺曰く、『フィアラの誕生』から、三ヶ月。フィアラは徐々に変わっていった。
フェルトが罪悪感故に無理矢理外に連れ出したり、甲斐甲斐しく面倒を見た結果、というのもあるだろう。貧民街の日々は、フィアラを逞しく、強く成長させていく。
深層の儚さや、謎めいたクールさで周囲を魅了していた頃とは違う。上塗りの嘘を、ゆっくり、ゆっくりと剥がして。偽ることのないありのままの良さを獲得した。
もう、盗品蔵のカウンターで座り込んでいたフィアラはいない。最近はよく動くし、笑うようにもなった。
幸せも、人並みのことを当然と受け入れるくらいには。体を売ることも、当たり前だがあれっきりだ。
三ヶ月前の、フィアラと出会ったばかりのフェルトが今の彼女を見たら、きっとこう言うだろう。
「ゆっくり皮を一枚ずつ剥がしていくってなんかエッチだよね。エロスを感じるよね」
いや、お前誰だ、と。
「お前誰だよ」
「フィーはフィアラだよ?」
──やっべ。口に出てた。
理屈はわかる。幼い頃から性知識をアレやこれやと植え付けられ、挙句実践させられて育った歪な子供が、日常会話に盛り込んでくる内容がそこそこエグいのは、まぁ、理屈では理解できなくはない。
できなくもないが………
「どうしたの、フェルちゃん。そんなに思い詰めた顔をして。
「第一と二の候補がそれか。しかもお前が言うなら意味二つとも一緒だろ、多分」
これはなくないか。
フェルトは貧民街の一角を歩きながら、どうしてこうなったのだとため息を一つつく。
そう。フィアラはこの三ヶ月で、出会い頭からフェルトにとんでもないセクハラをかますちょっとアレな子になっていた。
顔と歳が違ったら衛兵にしょっ引かれるところだし、フェルトもフィアラの過去さえ知らなければそうしていた自信がある。
というのも。フィアラがこうなったのには、割と正当な事情があって。
フィアラは、自身が述べた通り実験体だった。その実験の成功とやらの影響でなのか、フィアラは小さな身に余る才を受けていた。人を蠱惑し、否応なく情欲を昂らせる力。
……こと日常で生きていく上において、あまりにも大きすぎるその力を、フィアラは忘れることができなかった。どれだけ本人にとって忌々しいものだろうと、力は力だ。それを無かったことにして生きるのは、そう簡単なことではない。それこそ、一番違和感を感じるのはフィアラ自身だ。
染み付いた快楽の記憶は、フィアラの脳に焼き付いて離れない。
長々と並べたが、要するに何もしないとムラムラして爆発するらしい。そのまま爆発して死ねばいいのに。
……なんにせよ、フィアラはその『色欲』の才能を忘れるのではなく、飼い慣らしてそれを自らのものにすることを決めた。
と言っても、毎度の『ハルウリ』は本人にとってもあまり好ましいものでもなく。フェルト、ロム爺共に望まなかった。だからこそのこの発散だ。こうして『真似事』をすることで、フィアラはフラストレーションを解消している。
故に、セクハラにも意味はある。
意味はある……のだが。
「はっ……!フィアラとフェルト、合わせたらフェ……」
「それ以上言ったら二度と口きかねーぞ」
───殴り飛ばしてぇ。
いっそ無意味であってくれたらどれだけ楽か。下ネタを吐きながらも煽ってんのかと思うぐらい綺麗なカオに、思い切り拳を入れてやれるというのに。
とはいえ、ここで暴力を振るうほどフェルトとて鬼ではない。ここで手を出すのはちょっと良心が痛む。なんだかんだで、フェルトはフィアラに弱かった。三ヶ月前のあの事件は、フィアラが気にした様子こそ見せないものの、フェルトの心にはちゃんと刻まれている。
………しかし腹が立っているのも事実。仕方なく、情の方に訴えかける策に出る。
「ごめんな、ティフィさん。ソアラさん。アンタらの家族をこんな風に育てちまって。アタシ、もう顔向けできねーよ……」
「……ティフィの名前を出すのはズルイと思う」
よよよ、と顔も知らない相手を思って泣き崩れる真似。フィアラの家族だというその二人の名は効果的だったようで、フィアラは気まずそうに目を逸らした。
……ちょっと罪悪感が湧いてくるが、ティフィという少女もこの姿を見ればさぞ悲しむことだろうし、ギリ合法ということにならないだろうか。
ただ、フェルトとしてはフィアラをあまり無碍にできないのも事実。というのも、フィアラは別段、フェルトを性的対象として見ていると言うわけではないからだ。
目的はフェルトの体や反応ではなく、あくまで行為そのもの。視線がいやらしいかと問われればそんなことはないし、肉体関係を求めてくるわけでもない。……なんだか、それはそれで異性としての魅力がないと否定されるようでムカつく気もするけど。
「ち○こ」
「しゅ、淑女がそんなこと言っちゃいけません!」
「そもそもお前はまず自分が女なのかどうかをハッキリさせろよ」
むしろ、こうしてフェルトが意趣返しをすると逆に照れる始末だ。攻めるのは好きな癖に、攻められるのに弱い。せめてやるならちゃんとゲスになって欲しい。そうしたら遠慮なく殴れるのに。というか、三ヶ月も一緒に過ごしておいて性別を明かさないとか、ガードの位置がおかしいだろう。なんかこう、頭撫でようとしたら避けられるけどスカートめくっても抵抗しない的な謎さだ。
「もし性別を確かめるために襲ってくるならばっちこいだよ。ばいばいこっちだよ」
「どっちだよ」
「ドえっち」
「最低だよ」
「いつものことでした」
打ったら予想だにしない方向から響いてくる、快適とはちょっと違う会話をしながらフェルトたちは目的地に到着する。目的地、とご大層なことを言っても、自分たち二人が揃って目的にする場所など大体決まっているのだが。
「あ、フェルちゃん。今日の合言葉、フィーに言わせて言わせて」
「おうおう、好きにしろ。手間が省けて楽でいい」
「わーい」
身軽に扉の前に飛び跳ね、ノックを独特のテンポで繰り出すフィアラ。こう言うところは、見た目相応で可愛いものもあるのだが。
しかしまぁ、腰を後ろに突き出しながらノックするその姿は、何というか。……エロい。凄まじく、エロい。見た目が完全な女子であるというのに、所作の全般がエロい。女のフェルトですら、思わずちょっかいを出したくなる衝動を感じるのだ。
「……大兎に」
「荒れ地!」
履いている
「岩豚に」
「重り!」
階段の段差もあって、少ししゃがめばおそらくその下の絶対領域も覗けるわけで。ヒラヒラと見えそうで見せない布が試すようにフェルトを誘惑する。覗く理由はないが、うん。まぁ、ここは知的好奇心の追求というか。これといって意味はないが、なんか足が疲れたので屈むしかないだろう。うん。
それにしても、出会った当初は縞パンを履いているだとかどうこう公言していたが、あそこまで堂々としているならともかく、見えるか見えないかの狭間というのは意外と──
「……我らが尊きドラゴン様に」
「股間捻り潰す!」
「やめい!想像するだけで痛いわっ!!」
「くそったれ〜」
暢気な声音で呟かれたそれを最後に、大きなため息をバックに木製の大きな扉……盗品蔵の扉が開かれ、家主がのっそりと外へと姿を見せる。
「………フェルト。お主、そんなところでしゃがんで何やっとるんじゃ」
「あぁ、フェルちゃんはスケベだからフィーのパンツ覗こうとしてたんだよ?ね〜?」
当然のように微笑み、いやん、と自分のスカートを押さえて見せるフィアラ。
………気が付かれていた。しかも、割とノリノリで遊ばれていた。
「………フェルト。お前さん、フィーと一緒におる時、ジジ臭さ増しとらんか?」
「うっ、うっせーな!誰がおっさんだ!いいだろ、別に!」
何も良くない気がするが、一応反論する。いや、よくは無いにしても、何が悲しくてこの歳でこの性別でおっさん扱いされねばならないのか。フェルトはこう、そういうのとは違って。ただ、フィアラの下着に興味があったと言うか。
「………えっちぃんだぁ」
「お前は黙ってろ」
今日イチの笑みを浮かべてそう言った口を、両手で物理的に塞ぐ。一番言われたく無い相手に一番言われたく無い一言を言われてしまった。言う隙と理由を与えてしまった。死にたい。
「まぁ、とりあえず二人とも入らんか。ミルクくらいなら出してやる」
「薄めてないのね〜」
「冷やしてあるやつな」
「厚かましい奴らじゃのう……」
ドカドカと、第二の我が家のように無遠慮に入り込んでいく。フェルトはともかく、フィアラは三ヶ月前とは大違いだ。厚顔無恥というか、他人への迷惑のかけ方を知った様子で、何も言わずカウンターに腰掛ける。席だけは変わらず、一番端の特等席だ。
フィアラは、立派に……と言うのもおかしな話だが。貧民街で、強く生きていた。
───ティフィさん。アンタ、どこにいるんだ。……アンタの家族、こんなに強くなったんだぜ?
早く見にきてやれよ、と思った。
誰から目線だ、と笑った。
「………いや、ずっとツッコミ損ねてたけど、やっぱお前の服装おかしくない?」
「どこが?」
フィアラの服は、割と金がかかっている。というのも、件の『ハルウリ』で稼いだ聖金貨。あれをつぎ込んだ。元はフィアラが稼いだ金だ。原因が原因である以上、使うことを惜しむべくもなく、服にはかなり金をかけたが………
「パンツ見えるぞ、ほんとに」
局部と太ももの絶対領域だけを隠す、やたらと丈が短いミニスカート、薄ピンクのダボダボのチャック付きパーカーを身につける姿は、貧乏な印象を受けるフェルトとは違い、どこか家出娘を思わせる風貌だ。
見た目も相まってなんかこう、色々と思うところがある。
「趣味が悪い」
「パンツの柄の話?」
「見えなかったよ!!」
「今日は水色だよ。フェルちゃんとお揃い」
「なんで知ってる!?」
訂正。
やっぱりちょっと頭おかしい子に育った。
ごめんなさい、ティフィさん。しばらく見に来ないでください。
ティフィ「大丈夫、割と元からこんなだった。むしろこれはこれで」
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