目が覚めたら難易度ナイトメアの世界です   作:寝る練る錬るね

90 / 99
おくれてごべぇぇん!!
熱を出した作者を許してくれ。




フェルト√ おくすりのめたね。塗り薬だけど

 ルグニカの輝かしい歴史を物語る、広大な土地に聳える王城。それを中心として立ち並ぶ、絢爛豪華な王都───

 

 ───の。端の端の端。貧相で見ている側が息苦しくなりそうな埃っぽい掃き溜めの、さらに端。王都の壁に面さんばかりの、それなりにしっかりした木造建築……盗品蔵と呼ばれる建物の中に、二人の子供がいた。

 

 一人はカウンターに突っ伏し、退屈そうに。もう一人は真剣に、ビーカーもどきと向き合っていました。

 

 はーい、僕でーす。

 

「………………」

 

 現在、無言で盗品蔵の中で実験してます。側でフェルちゃんが退屈そうにしてるのを見てると飽きないね。これ豆知識だよ。

 

 僕だ。

 

 つーわけで、僕は現在、三ヶ月前の金で買ったフラスコやらを使って対暴漢用のお薬を作っている。治癒魔法で薬とかほとんど必要ないと思うんだけど、ちゃんとガラスのフラスコとか売ってるんだね。電池とかも陰属性と陽属性の魔石で代用効くし。流石異世界。パネェですわ。

 

 盗品蔵で薬を作るとか結構ヤンチャをしていると思うが、ロム爺は黙認してくれている。フェルちゃんも不承不承ながらも一緒にいてくれているし。最初こそウキウキワクワクしていたが、やってること自体は地味なので秒で飽きてうだうだしてる。ロム爺は別件で盗品蔵空けてるしさ。

 

 三ヶ月前のあの日。僕が花街で『ハルウリ』してから、目に見えて二人の態度は変わった。うへへ。ロム爺はともかく、次の日のフェルちゃんの態度といったらもう最の高以外に表す言葉がなかったよね。

 

 だんだん素が出てきたせいで今は扱いがアレだけど、自分のせいで相手に体を売らせたという事実は子供にとっては大きすぎる。相手が僕だったから尚更で、見事にフェルトは僕に罪の意識を持ってくれた。あびゃぁ。

 

 ……まぁ僕、ホントは体とか売ってないけどね。

 

 え?『ハルウリ』?やだよ。面倒くさいし気持ち悪い。春なんて売りとうない。愉悦のためでも、他人に抱かれるとか普通に気持ち悪いんだよ。拭いきれないトラウマなんだよ。いくらなんでも限度がある。

 

 じゃあどうやって稼いだかと疑問に思ったそこの君。江戸時代のプロの嬢、花魁の平均価格を調べてみよう。目が飛び出るような金額だから。

 

 僕はそのたった十倍程度の値段をふっかけたに過ぎない。もろちん、体を一つも汚さずに。やったことはせいぜい、耳元で言葉を二言三言囁くくらいだ。

 

 あと、お薬代わりに唾液を飲み物に混ぜた。きったね。あの女のせいで僕は体液媚薬とかいう薄い本体質になっているのだ。

 

 いやぁ、楽だったね。ヴォラキアとかに比べれば王都の貴族はチョロい。適当にテクニック使うだけで簡単に財産搾り取れたわ。店長くんもサンキュー!ぶっちゃけ君が一番不快だったけどね!自分の店とはいえ(品物)にベタベタ触るな!穢らわしい!

 

 そんなこんなで、僕は無血開城ならぬ無接触愉悦を果たしたわけである。でも嘘は言ってない。一言も嘘は言ってないから。

 

 なんにせよ、『色欲』は伊達じゃないということだね。まさかあそこでの経験が生きるとは思ってなかったけど。生かしたくも無かったし。

 

 まぁ、現在進行形でそれを生かしてたりするんだけど……

 

「………だぁぁぁっ!暇だぁ!!」

 

 うわっ、ビックリした。急にフェルちゃんがカウンターに突っ伏して悶え始めた。揺れる揺れる。危ない。

 

 二つの電極から泡を出しながら揺れるビーカーもどきをなんとかキャッチし、ほっと一息。

 

「フェルちゃん、急に暴れられるとお薬溢れちゃう」

 

「なんだよ薬、薬って!結構な頻度で作ってるが、そんなに大事か?傷くらい唾つけときゃ治んだろ」

 

 そこは治癒魔法とかじゃないのか。民間療法はどの場所でも変わらないね。

 

 ううむ。しかし、治癒魔法は便利そうだから使ってみたい。ほんとに薬要らずだしね。人生初魔法は既にあの場所で使ってしまったが、僕の魔法は便利さが実感できるものではないし。

 

「陰魔法と陽魔法の使い手って聞こえはいいけど器用貧乏だし……」

 

 陰属性、陽属性。それが僕の使える魔法の属性二つらしい。陰魔法はデバフ、陽魔法はバフの効果を持つ。二つとも希少な属性であるので、両方持ってれば最強!!

 

 ……というわけもなく。パッとしない。攻撃手段がマトモにないというのも要因の一つだ。てか、希少で使い手が少ないってイコール教えてくれる相手が少ないってことだからね。陽魔法はともかく、陰魔法は得意な方ではない。そもそも使う機会がないけど。

 

 あの女なら色々知っていそうではあるけど。というか、ぶっちゃけ僕の属性もあいつに改造された結果なんじゃなかろうか。流石に陰陽(いんよう)二つセットって特殊すぎる気がするし。陰陽(おんみょう)だよ。おんみょーん。

 

「……なんかクッソくだらねーこと考えてそうな面だな」

 

「フェルちゃんの今日のパンツの色について」

 

「一笑に付したらそれはそれで問題な話題が飛んできた!?見せねーよ!」

 

 下着を見せぬようズボンを押さえるが。ふっ……甘い。白だな。スカートの僕よりガードが甘いとはまだまだじゃのう。

 

 見たわけじゃないけど。

 

 誰が洗濯してると思ってるんだ。掃除とか洗濯とかほとんどしてなかったから代わりに僕がやってるんだぞ。そりゃ下着の色くらい知ってるわ。着回しだし。

 

 と、推しの下着談義に花を咲かせていると、フェルちゃんは退屈そうに薬の精製を続ける僕を見つめて、頬杖をつく。

 

「……てか、お前どんな薬作ってんだ?血止めとか?」

 

「ん?これはね。『ぶっかけると皮膚がただれてめちゃくちゃいてー薬』だよ」

 

「曖昧なニュアンスでとんでもないもん錬成すんのやめてくんねーかな!?」

 

 指とかならぽろっと逝くよ。そんなお薬です。

 

 治療目的ならそれこそ治癒魔法でいいからね。毒薬劇薬作りの経験がまさかこんな形で生きるとは思ってなかったけど。前職のスキルは思わぬところで役に立つね。

 

 ちなみに、『ぶっかけると皮膚がただれてめちゃくちゃいてー薬』はその中でも材料が簡単に揃う。作る時臭いのが欠点ちゃ欠点だけど。

 

「……今まであんま触れてこなかったけど、今までお前が作ってきたのってなんの薬なんだ?」

 

 退屈さとかそういうのがまとめて吹っ飛んだらしいフェルちゃんは、恐る恐るといった様子で尋ねてくる。ふむ、何から紹介したものか。

 

 雑に作り置きの薬を放り込んである棚をごそごそと弄り、机の上に置いていく。

 

「うーんと……これは『腹に風穴空いたみてーにくるしくなる薬』で、こっちが『脳みそほじくりかえして記憶ごとすっからかんにする薬』ついでに『あたまおかしくなるくれーきもちよくなる幻見せる薬』がこれ」

 

「おかしいな。ここいつから武器倉庫になったんだ?」

 

 ちゃんと蓋してるからへーきよへーき。それに、だいたい直接使うものじゃないし。仕込み針とか、ナイフとかに仕込んで使うものだ。わざわざ飲んだりしなきゃ害はない。

 

 ………わざわざ飲んだら、命の保証はしかねるけど。

 

 恐れと好奇心で揺れ動いたフェルちゃんは、どうやら好奇心の方に欲望が傾いたようで、徐に薬品棚を漁り始める。といっても、その手つきは慎重そのものだ。めっちゃビビってるし後ろから肩叩いたら瓶割りそう。

 

 面白そうなものでも探しているのか、瓶のラベルを見ては外へと出していく。そんなものないけどね。

 

「お前、意外と字綺麗だよな」

 

「そういうのも必要だったから」

 

「………あっそ」

 

 むへへ………明らかに語気が暗くなったね……うんうん。こういうこまめな愉悦の摂取は大切だねぇ。

 

 実際、教養は知性に直結するから大事です。知性がない相手には興奮できないタチの相手もいたからね。そのまま興奮できずに死ねばいいのに。

 

 ちょうど顔を曇らせたフェルちゃんは、棚の奥からある一つの遮光瓶を取り出す。ラベルは貼られていない。明らかに、他とは分けられているものだ。

 

「あっ………そ、それは……」

 

「おっ、どうしたんだよ。言いにくそうにしやがって……なんだぁ?こんな几帳面に分けてるっつーことは『飲んだらメロメロにさせちまう薬』だったりするのか?」

 

 うーん、そういうのは僕の唾液とかで十分なんだよね。それ実は……

 

「クロロ硫酸かな」

 

「急に明確な薬品名が出てきた!?この流れだと下手な説明よか怖い!」

 

「飲んだら死ぬよ」

 

「だろうな!」

 

 それはマジで危ないからね。目に跳ねたら失明するし。だから取っといたんだ。

 

「………てか、そんなに作ってどうすんだよ。使い道あんのか、これ」

 

「自衛」

 

「過剰防衛の別称?」

 

 そんな。やられたからには徹底的にですよ。一度ちょっかいかけてきたからには殺される覚悟があるってことですよね?

 

「使う機会があったらお披露目する。……フィーは、これでも結構強いから」

 

「………ま、アテにせずに待ってるよ」

 

 信用してない顔だ。というか、子供の強がりを生暖かい目で見る親のような顔だった。

 

 いや、嘘じゃないが。ほんとに強いが?物語中盤で出てくる主人公が初めて負ける相手ぐらいには強いが??

 

「うん。きっと証明してみせる。薬の効果は」

 

「そっちはお披露目する必要ねーから」

 

 ええ?割と効き目あるよ?下手したら人がコロッと逝くくらいには強いよ?それ使ったら僕が強いってことにならない?

 

 ならないかぁ………

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 と。

 

 そんな会話をしたのが、フェルトの記憶では3日前だった気がする。

 

「待てぇぇぇっ!ガキぃぃっ!!」

 

「こんな危機を招きたいって言ったわけじゃねーんだけどな!?」

 

 フェルトは王都を走っていた。それはもう全速力で走っていた。というか、逃げていた。スリを生業とするフェルトにとって、それは明らかな緊急事態だった。

 

「止まれぇっ!」

 

「わりーがお断りだ!こっちも生活がかかってるんでな!」

 

 後ろから崩壊気味の顔面を晒しながら、しつこく追いかけてくる礼服の男。はしたなく膨らんだでっぷりとした腹は、いかにその男が裕福なのかを表している。今回のフェルトのターゲットだった貴族の男だ。

 

 依頼人は、この男の弟。二日前にフェルトに盗みを依頼してきた。生まれながらに怠惰だった兄に対しなまじ優秀だった弟。弟としては家督を継ぐ気もなかったそうだが、跡目争いに巻き込まれ、家、婚約者、金銭から何までを奪われたらしい。どうも、腹芸に関しては兄の方が上だったそうだ。

 

 盗みの対価は、なけなしの銀貨十数枚。目的は母の形見であるという指輪。盗みの相手は貴族と来た。明らかに割に合わないこの依頼を、フェルトは引き受けた。

 

 理由を端的に述べると悪徳貴族から善のために物をせしめる義侠心的なアレが刺激されたからなのだが、現在、フェルトは依頼を受けたことを心から後悔していた。

 

「待て、待てぇぇっ!」

 

「づぁぁあ!しつっけーんだよオッサン!魔法使えるとか聞いてねーぞ!」

 

 指輪を盗み出すところまではよかった。嫌が応にでも目立つフィアラに目を軽く引いてもらえば、隙なんてものはいくらでも作り出せる。

 

 ……………女児のスカートが風で捲れかけるのを見て、デレデレと鼻の下を伸ばす豚を相手にスるのは非常に容易かった。

 

 が。そこからが面倒で。

 

 魔法使いの貴族、ついでにタイミング悪く居合わせた、金で雇われたと言うそこそこ腕の立つ護衛。いくらフェルトが速かろうが、相手の数が多ければできることは限られている。それも包囲するように貧民街への道を塞がれてしまえば、なおさら。

 

 逃げ先が塞がれていては、折角の逃げ足も無用の長物だ。袋の鼠、というのが現状のフェルトに相応しい言葉だった。

 

 魔法使いは人目を関係なく魔法をぶっ放してくる。それを躱し、かつ護衛を撒いて包囲網を抜けるとなると、流石のフェルトでも厳しい。

 

 ──変にカッコつけて安請け合いするんじゃなかった!

 

「やはり金……世の中金……!」

 

 教訓を胸に刻みながらも、フェルトは目的地すら分からずひた走る。

 

 護衛が無能であってくれたならまだ良かった。だが、貴族がわざわざ雇う護衛は残念ながら優秀で、フェルトが適当な挑発をしたくらいで持ち場を離れたり、冷静さを欠いたりはしてくれなかった。しかも、貴族様がわざわざ大声を出してくれるおかげで位置がバレる。このままでは、捕まるのも時間の問題だ。

 

 それならいっそ、指輪を返して見逃してくれる可能性に賭けるかと思っていたのだが。

 

「待てぇぇぇ!ワシの女ぁぁっ!」

 

「誰がてめーのだぁぁっ!!」

 

 貴族は変態紳士(ロリコン)であった。それはもうたいそうな変態紳士(ロリコン)であった。熟れる前に果実をもぐのが好きな大変な変態であった。明らかに子供なフィアラのスカートが捲れるのを目をかっ開いてガン見するくらいには変態紳士(ロリコン)だった。

 

 その眼中には最早母の形見の指輪などない。あるのはただ、盗みで捕まえたフェルトを合法的にどうこうしてやると言うギラついた欲望だけだ。それが原動力になるのか、重たそうな体を動かす足は止まらない。

 

「い、今なら監禁するだけで済ませてやるっ!早く止まれぇっ!」

 

「そんなこと言われて止まるかバーカ!バーカ!」

 

 気持ち悪い。言うまでもなくお断りだ。視線を向けられるだけで不快になり、背筋にゾクゾクとした悪寒が走る。貧民街でも、ここまでの危機感を感じることはなかった。

 

 だがしかし。フェルトが追い詰められているのも事実だ。フェルトとてずっと走り続けられるわけもない。このままいけば、捕まるのは確実。

 

 捕まる覚悟などない、ただ、この現状を打ち破る術を、フェルトは持ち合わせてなど……

 

「お困りのようだね、フェル太くん」

 

 鈴の声。揺れる白髪。覗く色は紫。フェルトよりもう少し小柄な、細い白樺のような少女に見える言動がちょっとアレな子。その正体は……

 

「フィアラ!?てめ、どっから湧いて……」

 

「フェルちゃんの汗から」

 

「気持ち悪っ!?てかそれでいいのか!?お前という存在の発生源ほんとにそこからでいいのか!?」

 

 いつもと変わらない無表情でふざけたことを抜かすフィアラ。だが、ツッコミですら息が苦しい現状。逆にフィアラに来られてもなんの解決にもならない。むしろ……

 

「め、女児(メスガキ)が二匹ぃぃっ!」

 

「なんか加速したぁぁっ!?」

 

「誰がメスか、誰が」

 

 摩訶不思議の面白パワーで貴族が強化。撃ってくる魔法の氷塊も数が多くなる。考えうる限り最悪の展開だ。

 

「おいフィアラ!逃げろ!お前一人ならなんとかなる!アタシはその間に──」

 

「やだ。フェルちゃんの傍からフィーは絶対離れない。そう決めてる」

 

「なんだそりゃ!?言ってる場合じゃ……」

 

 言いかけて、違和感に気がつく。

 

 ──なんで、会話が成立しているのか。

 

 というか、どうしてフェルトはフィアラを視認できるのか。

 

 今、フェルトは文句なしのトップスピードだ。貧民街でもピカイチの逃げ足を誇るフェルトの最高速度。なら、それに平然と並走して話すフィアラは、一体なんだ。

 

 懐に手を入れ、試験管を取り出すフィアラは……

 

 ………試験管?

 

「おい!?その中身もしかして!」

 

「『ぶっかけると皮膚がただれてめちゃくちゃいてー薬』だけど?これあのオッサンに使う」

 

「流石に胸が痛まないか!?」

 

 効果が名前でなまじわかるだけに、使おうと言う気が微塵も湧いてこない。あんな変態相手でも、流石にその薬を使うのは気が咎める。フェルトだって人間だもの。

 

「………じゃあ、このクロロ硫酸を……」

 

「それ多分効果一緒だろ!!変わらず胸が痛ぇよ!」

 

「……」

 

 図星だったのか、フィアラは無言で取り出した二つの試験管を仕舞い込む。三日前も思ったが、平然とそういうことをしてしまうのはどうかと思う。

 

 だが、結果的に状況は何も変化していない。どころか、貴族に変なブーストがかかった分悪化する始末だ。

 

「……使うっきゃないのか!」

 

「いや、フェルちゃんが使いたくないならいいと思うけど?」

 

「……」

 

 この状況で何言ってんだ!と叫びたい衝動を抑える。一度止めたのはフェルトの側だ。簡単な情に駆られて、正当なフィアラの行動を身勝手で止めた。

 

 正しいのはフィアラだ。こういったことを想定し、準備をしていたフィアラが正義だ。わかっている。ただ、殺しでないにしても、人を傷つける覚悟が未だできていないフェルトには、流石に『皮膚がただれてめちゃくちゃいてー』を引き起こすのは躊躇われた。

 

 ……だが、これもいい機会なのかもしれない。貧民街で生きていく身の上だ。いつまでも、そんな甘っちょろい覚悟ではいられまい。

 

 そもそも、盗み自体が法に反することだ。今更その手を汚すのを躊躇うような綺麗事を抜かす資格が、果たしてフェルトにあるのか。

 

「………使ってもいい。でも、わざわざフィアラが手を汚す必要はねー。アタシが──」

 

「え!?使っていいの!?」

 

「あれ!?想像の百倍ウキウキしてる!?」

 

 予想とだいぶ違う反応に困惑。『あれ、もしかしてこいつ、自衛とか関係なく使いたいだけなんじゃねーの疑惑』が浮かび上がってくる。

 

「あ、でも残念。行き止まり。これじゃ使っても逃げられなさそう」

 

 徐に、フィアラは取り出したビン類を仕舞った。迷路のような路地裏を駆けていたが、夢中になって逃げた先には、無機質な壁が広がっている。

 

「ここで袋小路かよ……っ!おいフィアラ!壁登ったりとか……」

 

「できないこともないけど……もう遅いと思うよ?」

 

「………ぜ、ふぃふゅ……!ふぃ、ふぃふぇふぇ……ようやく追いついたぞぉ、ガキぃ!さぁ、大人しく捕まってメイド服と共に縞のニーズソックスを履けぇ!」

 

「む、メイド服に合うニーソは白こそ至高。そしてフェルちゃんに似合うのはこのボロい黒タイツ。価値観の相違」

 

「何の話!?」

 

 何段飛ばしだと言わんばかりの話にちゃんとついていくフィアラ。さっぱり理解できないが、なんとなく一生理解できないでいいと思った。

 

 だが、追いつかれてしまった。しかも、こんな袋小路ということは。

 

「お、チビちゃんおいつめられてんじゃーん!走るのもう疲れてたから助かるわ〜」

 

「てか、隣の上玉誰よ!?うわ、嫁にして〜!幼妻とか最高じゃん!」

 

「ばっか!ああいうのは義理の妹にするもんだろ!」

 

 荒い呼吸を繰り返す貴族の後ろから、続々と護衛たちが集まってくる。全員がフェルト、というかフィアラに下衆な視線を向けている。

 

 これがチンピラなら、まだ何とかなるだろう。だが、これでも貴族の護衛だ。見てわかる。これは、フェルトが太刀打ちできる相手ではない。それが、目に見えるだけで五人以上。

 

 ……勝てるわけがない。

 

「………おい、フィアラ。アタシが大人しく捕まるから、お前は……」

 

「妹にするか嫁にするかで争われる……悪くないシチュエーション」

 

「おいちょっとぉ!?」

 

 シリアスな気分でフェルトが自己犠牲しようとした頃には、フィアラは単身、貴族連中へ向けて歩き出していた。止めようにも、いつの間にか手の届く場所にはいなくなっている。

 

 そしてフィアラは、いつも通りの平然とした表情で、何の気無しに護衛たちに襲いかかった。

 

 速………くはない。寧ろ、遅い。その動きは、フェルトの動体視力でも容易に捉えられた。

 

 捉えられることが、問題だった。

 

 目が奪われる。その動きに、仕草に。

 

 フィアラが懐からナイフを取り出した。ただ、それだけのこと。

 

 それが、あまりにも流麗で、自然な動作で。

 

「ぅぇ……?」

 

 武器を引き抜かれたことに気がつけず、一番先頭にいた護衛が首筋をナイフの逆刃で強打されて地に沈む。

 

 それに真っ先に反応した貴族は、咄嗟に手に持つ杖で魔法を放とうとするが……

 

「ばぁ」

 

「おほぉっ……」

 

 それを、フィアラは自分のスカートを捲るという想定外すぎる動きで阻害する。一瞬。ほんの一瞬、貴族の頭が真っ白になった。

 

 その隙を逃さず、フィアラの足は迷いなく貴族の股間へ──

 

「ほぎゅぅっ!?」

 

「は〜い、じっとして〜」

 

 蹴りから繋がる返し様に、細い両手が護衛二人の顔を捉える。ナイフという武器だけを警戒していた護衛は、当然ながら反応できなかった。顔と言っても、正確には鼻の穴。そこに指を引っ掛けるようにして、フィアラは軽々と護衛を投げ飛ばして見せる。嫌な音を立てて正面から壁に激突した二人は、当然ながら気絶。目に留まらない早業ではない。ただ、あまりにも教科書の外の動きばかりで、反応することが許されない。

 

 最後に、フィアラは飛び上がる。当然、ミニスカートで飛び上がるのだから、それを見上げる護衛に見える光景は一つ。

 

「水ぃ……」

 

「えっちぃ」

 

 次の瞬間。綺麗な踵落としが、護衛の脳天を直撃した。

 

 沈黙。つい先ほどまで人が密集していたはずの路地裏には、綺麗に護衛と貴族が気絶して転がっていた。

 

 30秒。それだけあったのに、フィアラは相手の行動を一切許さず、何気ない、日常のような動作で敵を全滅させた。

 

 ──正直、口だけだと思っていた。

 

 相手を誘う(トラップ)調子(ペース)を狂わす歩調(ステップ)。自分をどうこうするのではなく、相手をたらし込むことしか考えていない。……動きそのものが、全て究極のハニートラップだ。

 

 理解不能の強さではない。研鑽は確かに感じる。が、ただその在り方が異常。努力という普遍を積み重ねたが故の非凡。凡人が行き着ける想定や理想を超える幻想の中。夢幻の領域。

 

 ───ヤッベェ……フィアラ、コイツ……

 

「超、強ぇ……!」

 

「え?あれ?褒めた?ねぇねぇ、今フェルちゃん、フィーのこと褒めた!?褒めた!?褒めてくれたの!?」

 

「いや鬱陶しいっ!?」

 

 一瞬凄いと思ったが、やっぱり気のせいだった。

 

 なんか、色々と残念なやつである。

 

 




フィアラたんの属性はカペラに弄られまくって変わってます。今、光と闇が合わさっておんみょーん。魔法の効果自体は大したことないです。単に陽魔法がフィアラたんに合うなぁと思ってただけです。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。