碇シンジはやり直したい   作:ムイト

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第10話 綾波レイという少女

 

 

 シンジがNERVへ来る少し前――

 

「起動システムに異常発生!」

 

 零号機の実験中に、異常を知らせるステータスを感知してマヤが声を上げる。同時に部屋全体に警報音が鳴り響く。

 

『第3ステージにも問題発生!中枢神経組織も内部拒絶が始まっています!』

『頭連動システム、混線』

『パルス逆流!せき止められません!』

 

 オペレーターの対応も効果がないまま、事態は悪化していく。零号機も苦しそうに頭を抱えている。

 

『直通モニター、断線しました!』

 

「プラグ深度不安定、エヴァ側に引き込まれて行きます!」

 

「コンタクト停止。6番までの回路を緊急閉鎖!急いで!」

 

 マヤの次の報告にリツコが素早く指示を出す。

 

「駄目です信号が届きません!零号機、制御不能!」

 

 しかしマヤが声を上げた途端に、零号機が固定器具を破壊して暴れ始める。実験室の床が落ちてきた固定具で陥没した。

 

「実験中止!電源を落とせ」

 

 見ていられなくなったのか、ゲンドウが指示を飛ばす。

 

「はい!」

 

 リツコが緊急用のコックを引く。零号機の背中に付いていた、アンビリカルケーブルが外れて床に落ちる。

 

『零号機、予備電源に切り替わりました』

『完全停止まで、あと35秒!』

 

 零号機は頭を抱えながら苦しみ悶えるようにして暴れまわる。先程より悪化しているらしい。

 

『自動制御システムが作動しません』

 

 そして零号機はコントロールルームに近づくと、窓ガラスを殴り始めた。エヴァの強力な力によってコントロールルームの窓枠が大きくひしゃげる。同時に窓ガラスにひびが入り、粉々に砕け散った。

 だが窓ガラスの前に立っていたゲンドウは、そのまま避けようとしない。

 

「碇司令、危険ですから下がってください!」

 

 リツコがゲンドウに向かって叫ぶ。

 

「オートイジェクション、作動します!」

 

 マヤがモニターを見て報告する。

 

「いかん!」

 

 それを聞いたゲンドウが、零号機の方に身を乗り出す。

 次の瞬間、零号機の背中のハッチが開き、エントリープラグが強制的に射出された。射出されたプラグは、ジェット推進の勢いで天井に激突すると、壁の隅を伝って部屋の角へ滑って行く。そしてジェット推進が切れて降下したプラグは、勢い良く床に叩きつけられてしまった。中はL.C.Lで満たされているため衝撃は和らげられるだろうが、ここからが問題だ。

 

「特殊ベークライト、急いで!」

 

 暴走を止めない零号機は、壁に頭を打ちつけて壁を破壊し始める。リツコは、硬化するベークライトを注入して、零号機の足を固めるように指示を出す。このままではエントリープラグを踏んづけてしまう可能性があるからだ。

 

「レイ!」

 

 ゲンドウは落下したエントリープラグを見て珍しく叫ぶ。マヤが零号機の暴走が止まるまでのカウントダウンを開始する。

 

「完全停止まで、あと10秒・・・・・・5秒、4、3、2、1、0。零号機、停止します!」

 

 零号機は何度も壁に頭を打ち付けた後にガックリと停止した。

 ゲンドウはすぐさま下に降り、落下したエントリープラグの方へ駆け寄っていく。プラグのハッチは高熱で焼けるように熱くなっていた。しかし、ゲンドウは素手でそれをこじ開けると、中に入ってレイの無事を確かめた。

 

「レイ、大丈夫か、レイ!」

 

 床に落ちたゲンドウの眼鏡が高熱によってフレームが歪み、レンズにひびが入る。もう使えないだろう。

 

「そうか・・・・・・」

 

 コックピットにもたれかかったレイが体を起こす。それを見たゲンドウは安堵の表情をレイに向けた。それは1人を除いて決して見せない表情だった。

 

 

 ♢ ♢ ♢ ♢

 

 

「え〜、あの碇司令が?にわかには信じられないわねぇ。シンジ君を見てると本当に親子なのか疑いたくなってくるわよ」

 

 リツコが語る過去の出来事を聞いたミサトが感想を漏らす。2人は現在シンジの格闘訓練と射撃訓練を見に来ていた。

 

「正規の報告書では削除されているけれど、紛れも無い事実よ」

 

 タバコを吸いながらリツコが言う。

 

「そんな暴走事故を起こした零号機の凍結解除、ちょーっち急過ぎない?」

 

 ミサトがこれまでの流れに疑問を呈す。話を聞く限り、あんなにレイを大切にしていたゲンドウが、暴走してしまった零号機に彼女を乗せて出撃させる事はしないように思えたからだ。

 

「使徒は再び現れた。戦力の増強は我々の急務よ」

 

 リツコは当然のように理屈で答える。

 

「それはそうだけど・・・・・・」

 

 ミサトは何か釈然としない思いを残しながらも、一応うなずく。作戦課長という立場故にリツコの言っている事は誰よりも理解している。

 だがどこか納得できないでいたのだ。

 

「レイの再起動実験はすでに検証済み。零号機本体に今のところ問題は無いわ。神経接続の調整が済めば・・・・・・」

 

「即、実戦配備。というわけね」

 

「2人を死なせないのもミサトの仕事よ。あ、この後のシンクロテストが終わったらシンジ君にこれ、2枚とも渡しといて」

 

 リツコがミサトに渡したのはシンジとレイのセキュリティカードだった。

 

「なんで私が・・・・・・ん?2枚とも?」

 

「ええ」

 

「なるほどねぇ〜。わかったわ」

 

 ミサトはリツコの意図を察した。女だからそういう話には敏感だ。酒の肴にもなる。久しぶりに悪そうな顔をしたミサトは、セキュリティカードを受け取った。

 

 シンジは格闘訓練と射撃訓練が終わると一旦シャワーを浴び、休憩した後初号機でのシンクロテストを行った。

 

(綾波・・・・・・どうしよう。前はビンタされちゃったし)

 

 テスト中はコックピットの中でレイを見ながら、どうやって親睦を深めようか考えていた。零号機から降り立ってゲンドウと親しげに話すレイの姿を見て、シンジは改めて妙な気分になる。久しぶりに見る笑顔で会話しているレイの姿。自分には見せない表情をレイに向けるゲンドウ。そのどちらもシンジには意外な光景に映った。

 

 レイはパイロットとして頑張っている自分を認め、親しくしてくれるゲンドウに信頼を置いている。

 一方ゲンドウはレイを通して碇ユイを見ている。ゲンドウにとって綾波レイという個体は、ユイに似たただの人形でしかない。

 

『エヴァ初号機は第3次冷却に入ります。第6ケージ内はフェーズ3までの各システムを落としてください』

『先のハーモニクス、及びシンクロテストは異常なし。数値目標を全てクリア』

『了解、結果報告はバルタザールへ』

『エントリープラグのパーソナルデータは、コールレンジにてメルキオールへコピー。データ送りします』

 

 オペレーター達はシンジにはわからない言葉を次々に発しながらテストを進めていく。

 

『回路接続。第3次冷却スタート』

『カスパーの状況データを、メルキオールへコピー』

『現在、初号機の最新値は0.8』

『各タンパク壁の状態は良好。各部、問題なし』

『零号機の連動試験再開まで、マイナス150分です』

 

 やはりわからない。ただ、メルキオールはあの公園で出会った前のシンジが「使徒に侵食された」と言っていたのを覚えている。

 でも知らない言葉が多すぎる。

 

『了解。定時シンクロテスト、第508プログラム終了。シンジ君、お疲れ様』

 

 マヤがテストが終了したことをコックピット内のシンジに音声で告げた。

 その後シンジはもう1回シャワーを浴び、ロッカーから出るとミサトからセキュリティカードを預かる。そう言えば新しいカードを渡してたな、と思い出したシンジ。ニヤつくミサトに「ビール減らしますよ」と言うと必死にペコペコしてきた。ミサトの扱い方がなんとなくわかった気がする。

 

 その夜はミサト宅での夕食だったため、戦勝祝いにミサトがステーキ肉を買ってきてくれた。

 米を炊いて肉を焼き、ついでにもやしも炒めて今夜の夕食となった。

 

 夕食後、ミサトは報告書作りのため部屋に籠り(ビールも持っていったので内容は進まないと見える)、シンジも歯磨きをして部屋に戻った。

 

(明日は綾波にカードを届けなくちゃな。第6の使徒が来る前に少しでも仲良くしておこう)

 

 レイのセキュリティカードを見つめながらそう決意したシンジは、訓練の疲れでいつの間にか寝てしまった。

 

 翌日。

 シンジはさっそく綾波が住んでいるマンションへ向かった。そこは相変わらず工事しており、マンション自体もなんの装飾もない無機質なものだった。

 レイの家の前まで来るとシンジはインターホンを押した。

 

「・・・・・・あれ?綾波ー!」

 

 押しても声をかけても反応がない。

 

「おっかしーなぁ・・・・・・。あ、そう言えば」

 

 そういえば綾波はシャワーを浴びてたような気がする。

 シンジの頭の中に前回ほぼ全裸の綾波を押し倒してしまった記憶が蘇った。あの時は1人でパニックになってて大変だった。今思うと恥ずかしい。アスカにバレたら思いっきりバカにされそうだ。いや、それどころかネタにされてずっと使い走りにされるかもしれない。

 

 辺りに監視カメラが付いていないのを確認したシンジは玄関前の地面に座り込み、綾波がシャワーを終えるのを待った。

 音で判断しようにも工事の音がうるさくて聞こえない。時間でなんとかするしかない。

 シンジは鞄から教科書を取り出し、勉強できていないところを読んで時間を潰し、15分ほど経つとパタンと教科書を閉じた。

 

「さてと」

 

 もう1度インターホンを押す。

 すると扉が開いて制服のレイが出てきた。

 

「・・・・・・何?」

 

「おはよう綾波。ミサトさんからセキュリティカードを渡してくれって。ほら」

 

「そう・・・・・・」

 

 やはり素っ気ない態度。セキュリティカードは普通に受け取ってくれたが、まだ警戒されているようだ。

 

 レイはカードを受け取ると扉を閉めて歩き出した。シンジもそれに続く。

 2人の距離間は微妙だったが、シンジはここで挫けてはだめだと思い話しかける。

 

「なんで綾波はここに住んでるの?」

 

「碇司令に命令されたから」

 

「父さんに?」

 

「そう」

 

 やはりそうか、とシンジ。

 ゲンドウはレイに対して一定以上の想いはあるのだろうが、プライベートになるとそこまでこだわってはいないようだ。

 

「あなたは何故ここにいるの?」

 

「・・・・・・僕は父さんに呼ばれたんだ。あまり仲良くはないけど」

 

「碇司令の子供なのに?」

 

「父さんは僕が小さい頃1人でどっか行っちゃったんだ。捨てられたのかなって思ったよ」

 

 この時レイは初めてシンジの顔を見た。

 自分に優しくしてくれるゲンドウが実の息子に対してそこまで冷たいのか。ではなぜ自分だけに親しくするのか。パイロットだから親しくしているのではないのか。

 様々な疑問がレイの中を巡る。こんな事は初めてだ。

 

 そんなレイの様子にシンジは気が付かない。というかレイは元々、感情をめったに表に出さない。なので何を考えているのかがわからないのだ。

 

「でもいいんだ。僕は僕だから。自分なりに結果を出して、認められればそれでいいんんだ」

 

 以前のシンジはゲンドウに認められたくてパイロットをやってきた。ゲンドウに見て欲しくて戦ってきた。一応褒められはしたが、それでも最後までその願いが叶う事もなかった。

 

 だが今度は違う。今度は碇シンジという1人の人間として生きていく。ゲンドウとは道は繋がらなくてもいつかは重なる時が来る。不器用なところが似ている2人はそれくらいの距離が丁度いい。そう、今はまだそれでいいのだ。

 

 そんなシンジをレイは珍しい物を見るような目で見ていた。

 

(碇司令とは違う・・・・・・なに、この気持ち。こんな人初めて。こんな人・・・・・・この人・・・・・・碇、君)

 

 それからNERVに行くまで2人に会話はなかった。 ただ、これだけ話せたのなら十分な戦果だろう。

 NERVに到着するとこれまたニヤついたミサトが2人を出迎える。この人は何故いつもこうなのか。

 

 この日は2人とも訓練日。レイとシンジで内容は違うため会うことはない。シンジは着替えると戦略自衛隊の教官が待っているトレーニングルームへと向かった。




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