ミサトが仕事を終わらせてジオフロントから出た頃、シンジはコンフォート17のエレベーターに乗っていた。
「帰ったらアスカの荷物があるんだろうなぁ。生活能力がない住人増加・・・・・・はぁ」
この後が憂鬱で仕方がなかった。
しかしここで嘆いていてもしょうがない。シンジは覚悟を決めた。
エレベーターを降りてミサト宅の前に立つと、意を決して扉を開けた。
「うわ汚い」
予想通り、ダンボールが大量に積まれていた。それも玄関まで。リビングに入ると、アスカが冷蔵庫から牛乳瓶を取っている最中だった。
「ん?ああ帰ったのね」
「あのこの荷物・・・・・・」
「あたしここに住むから。あんた出て行きなさい」
「・・・・・・(やっぱりね)」
「お払い箱ってことよ。ほら、ゴミと一緒に出てって!」
アスカは牛乳を飲みながら部屋の前まで行くと、部屋の扉に手をかけ、開け閉めを繰り返した。
チラリと物置を見ると、シンジの荷物がダンボールに放り込まれて物置に押し込まれているのがわかる。今日お墓参りに行く前にできるだけ部屋を片付けておいたため、被害は少なそうだ。
「しっかし日本の家って狭いわねー。荷物が半分も入んなかったじゃない。それに鍵も付いてないなんて信じられない!」
アスカがなんども扉をスライドさせていると、2人の後ろにいつの間にかミサトが立っていた。
「それは日本の心情が察しと思いやりだからよん」
「「うわあぁっ!」」
びっくりする2人。気配すら感じることなくいきなり背後から話しかけられたら驚くのが普通だ。
「ミサト!早くナナヒカリを追い出して!」
「あら、シンちゃんもここに残るのよ?」
「え?」
アスカはあからさまに嫌な顔をする。そこまで嫌がらなくてもいいのに、とシンジは結構傷ついた。
「今2人に足りないのはパイロット同士のコミュニケーション。同じ釜の飯を食って、仲よくしなさい」
「はーい」
シンジはさっさと物置に引っ込み、荷物の整理を始めた。今朝の時点でこのように片付けられても、ある程度元に戻せるくらいには整えてあったため、物置は直ぐにシンジの部屋へと早変わりするだろう。
荷物を再び開け始めたシンジを見下ろしながら、アスカはミサトに尋ねる。
「・・・・・・命令?」
「そうよ。め・い・れ・い!」
ミサトは苦笑いしながら、なんとかアスカを納得させたのだった。
こんな感じの騒動の後、シンジは夕食作りにかかった。
本日の夕食は手作りハンバーグ。材料は今日買う時間はなかったので、昨日の内に肉やなにやら買っておいた。どうせミサトは冷蔵庫の中なんて気にしてないから、多少肉の量が多くてもわからないと思ったからだ。
作り方は本を読んで覚え、事前に手作りのつくねで練習しておいたのが幸いしたらしく、なかなか上手にできた。
「はい!ご馳走様でした!」
「「ご馳走様でした」」
シンジが3人の食器を片付けている間、アスカは風呂に、ミサトは何本目かわからないビールを飲んでいた。
「ぷっはーっ!うまあぁい!シンちゃんの美味しいハンバーグの後はこれよ!」
「はは、ありがとうございます」
いやいつも美味そうに飲んでるじゃん。
そうシンジは思ったが、口に出すことはなかった。
それよりも、アスカが小声だったが「あ、おいし」と言ってくれたのがとても嬉しかった。
現在、日本では肉は9割が人造肉で、天然物100%の物は入手が困難となっている。生産能力がほとんどないからだ。海面上昇により、ただでさえ少ない日本の平地が無くなってしまったため、空いた土地では人間の食料を生産するので精一杯なのだ。
とにかく、シンジは9割人造肉のハンバーグでアスカが納得する料理ができたので、食に関しては自信が持てた。
(ふう、よかったよかった。あれ?そういやペンペンはお風呂に・・・・・・)
皿を吹いている最中、シンジはペンペンが風呂に入っているのを思い出した。
「きゃぁぁぁっ!」
(しまった)
「ちょちょちょ、ちょっとミサト!お風呂に変な生き物が!」
シンジがペンペンの事を思い出した瞬間、脱衣所から悲鳴が聞こえ、全裸のアスカがカーテンを開ける音がした。
前はついアスカの方向を見てしまったが、今回はなんとか皿を拭きながら留まることに成功した。不可抗力とはいえ、あれは防げた事。ここで振り向いてアスカの好感度を無駄に下げる必要はない。
「それはペンギンだよ。ペンペンって言うんだ」
「そうよぉ〜。セカンドインパクト前はたくさんいたんだからぁ」
ミサトはそうとう酔っているらしく、全裸のアスカに対する反応がない。
「あ、そう。ペンギン・・・・・・はっ!」
ここでようやく気が付いたのか、アスカは視線を自分の身体に戻し、今どうなっているのかを察した。
そして顔を赤くし、シンジの方を見る。シンジも背中に視線が突き刺さるのを感じたが、あえて反応せずにフライパンに手をかけた。
シンジが自分の身体を見ていない事に安堵したアスカは、顔を赤くしたままカーテンを閉めた。
「シンちゃーん。今いいのが見れたわよ?」
「勘弁してくださいよ。僕が振り向いたら式波にしばかれるじゃないですか」
「ちぇー。いい肴ができると思ったのにぃ」
全くこの人は・・・・・・。
酔っている時が1番やっかいなミサト。もう少し保護者っぽくしてもらいたいものだ。
一騒動が終わり、シンジとミサトも風呂に入って今はそれぞれの部屋にいる。シンジは教科書とノートを開いて習った事の復習。ミサトは一升瓶を抱えたまま、ものすごい態勢で爆睡していた。
また、アスカもベッドに寝っ転がり、お気に入りのパペットを手にはめて独り言を呟いていた。
「あたしは他の連中とは違う・・・・・・特別な人間。だから1人でやるしかないのよ、アスカ」
アスカはそう自分に言い聞かせた。しかし頭の中から今日初めて出会った少年の事が離れない。
(ナナヒカリが作ったハンバーグ・・・・・・美味しかったな。でも、なんかムカつく)
♢ ♢ ♢ ♢
アスカが第3新東京市に来てから数日が経った。シンジやレイと同じ第壱中学校へ転入したアスカは、他人との関わりを持とうとはしなかった。
勇敢な男子生徒がアスカに話しかけるも、一蹴され相手にもされない。数日前に3年生の男子生徒が無理矢理迫ったと聞くが、現在その行方は知れていないらしい。
教室の中でトウジとケンスケと話しているシンジ。既にクラスの3人組といったらこの男共と決まっていた。
それだけシンジがクラスに馴染んでいたのだが、レイは相変わらず外を見ているし、アスカは携帯ゲーム機で遊んでいる。最初担任も注意したのだが、国語と社会以外の成績が学年トップでNERVの関係者であるため、強くは言えなかった。
そんな生活が続いて、さらに1週間が経過した。
「え?社会科見学?」
この日は土曜日。シンジとアスカは家にいた。と、言ってもアスカは臨時のシンクロテストだったためにほとんど休めていない。
そしてNERVから帰宅したミサトが、開口一番に「明日社会科見学に行ってきなさい」と言ったのだ。
「そ。加持のやろーに頼まれたのよ。自分で言やいいのにさ」
「加持さんがですか」
シンジは加持とは既に会っていた。この世界で正式に会ったのはNERVの廊下でだ。その時に互いに自己紹介をした程度だが、さすがは世界トップクラスの諜報員。シンジの事はほとんど知っていた。
そんな加持にあまりいい印象がないのか、それとも過去になにかあったのか、ミサトは加持を信用していないように見えた。
「あたしパース」
リビングからアスカが声をあげる。
「ダメよー。和を以て貴しとなーす。アスカも行きなさい」
ミサトはビール缶をプシュッと開けながらアスカに参加を促す。
過去に何度か面識があるとその者の性格がわかるのだろう。ミサトはアスカに命令口調で話し、アスカもこれが命令であると察し、こう言った。
「・・・・・・了解」
アスカが渋々参加を決めた頃、宇宙では――
「ここがそうか」
「ああ。月にあるタブハベースだ」
ゲンドウと冬月が月面にあるゼーレ直轄のNERV施設へ来ていた。しかし上陸ではなく、上空からの視察という条件でのみ接近を許された。
「同じNERVでありながら上陸許可を出さんとは。ゼーレめ、よほど隠しておきたい情報があるらしい」
「だがMark.06の建造方法が他のエヴァンゲリオンと違う事がわかっただけでも充分だ」
憤慨する冬月だったが、一方のゲンドウは落ち着いた様子。まだ想定内の事なのだろう。
「しかし碇、5号機以降の建造計画などあったか?」
「おそらく、我々にも公開されていない死海文書があるのだろう」
「ゼーレは我々が違う行動をとりつつあるのを知っててシナリオを進めているのではないか?」
「だろうな」
2人が窓から月面を覗くと、月に掘られたドックのような場所に、Mark.06と呼ばれた巨人が横たわり、装甲板もとい拘束具を取り付けている光景が見えた。
周囲が暗くなるのを感じ2人が上を見ると、複数の輸送機に持ち上げられている1本の巨大な槍が2人が乗っている宇宙船の上を通り過ぎていくのが見えた。
「だが我々は我々の道をゆく。それがたとえ神と敵対することになってもな」
「全くお前というやつは・・・・・・ん?あれは」
ゲンドウの決意を聞いてため息をつき、冬月は再び外を見ると、Mark.06の指の上に人影のようなものを見た。
冬月に続きゲンドウも確認する。その人影は息子のシンジと同じくらいの少年で、上裸で宇宙空間に存在していた。
上裸の少年、渚カヲルも2人の視線に気が付き、そっと呟いた。
「初めまして。お父さん」
エヴァまで2ヶ月切りました。しかし学生にとってはいやーな時期に上映するもんだね。受験とか期末試験とか秋季末試験とか