NERVのシンクロテスト施設。
L.C.L.に浸けられたエントリープラグが並ぶ巨大なプールで、実験が行われていた。
『パイロット、2次シンクロ状態に異常なし。精神汚染濃度、計測されず』
シンジ、レイ、アスカの3人は、データ収集のため、エントリープラグに入ってシンクロテストを受けていた。
『あーあ・・・・・・退屈ぅ。使徒が来ないからシンクロテストばかりじゃない』
アスカは聞こえるように不満を漏らす。第8の使徒を倒してから約3週間が経過したが、使徒が来る気配はまだなかった。
早く使徒と戦いたいアスカとは違い、シンジは訓練と勉学に充実した日々に満足していた。どちらかと言えば戦いたくはないため、平和な日常はありがたい。
また、コントロールルームでは、ミサトが回転する椅子に乗り、ぐるぐる回りながらそれを聞いている。
「あらいいじゃない。使徒の来ない、穏やか〜な日々を願って暮らした方がいいわ」
「昨日と同じ今日、今日と同じであろう明日。繰り返す平和な日常を謳歌。むしろ感謝すべき事態ね」
リツコはコンソールに寄りかかりながら、コーヒーを飲んでいた。その時、何かを知らせるアラームが入る。
「チェック終了です。モニター、感度良好」
マヤの報告を受けて、リツコはパイロットに通信を入れる。
「皆お疲れ様。あと3分したら上がっていいわよ」
シンジは、L.C.L.の中でモニターに映されたレイを見る。しかし、直ぐに通信が途切れてしまう。マヤが切ったのだ。
『L.C.L.排水開始、3分前!』
♢ ♢ ♢ ♢
「僕が言うのもなんですけど、こうも損傷が激しいと作戦運用に支障が出てます。バチカン条約、破棄していいんじゃないですか?」
シンジ達パイロットがテスト用のエントリープラグから出たのを確認したミサト達は、戻るために従業員用の列車に乗って移動していた。
そこでマコトはエヴァの横を通り掛かった際にぼやく。
「そうよねぇ。一国のエヴァ保有数を3体までに制限されると稼動機体の余裕ないもの」
ミサトもその意見には同意している。
そもそもバチカン条約とは、第13条第1項によって各国のEVA保有数は3機までに制限する条約だ。
3体以上はなぜダメなのか、誰が条約を締結しようと言い出したのかはわかっていないが、表向きの理由として、過度な戦力を持たせて軍事力を偏らせたくないというものがある。
日本は零号機、初号機、2号機を保有しているため、これ以上は保有できない。しかし、それが仇となってきているのだ。
「今だって2号機優先での修復作業です。予備パーツも全て使ってやりくりしてますよ。まぁシンジ君のおかげで初号機と零号機は軽傷で済んでますけど」
マヤがそう話す横では、修復中の2号機が巨大な体を横たえていた。この前の戦闘で負った被害は9割がた修復を終えている。
「条約には各国のエゴが絡んでいるもの。改正すらまず無理ね。おまけに5号機を失ったのを知ったユーロNERVがアジアを巻き込んであれこれ主張してるみたいだし・・・・・・政治が絡むと何かと面倒ね」
さすがのリツコも面倒くさそうに言う。
「人類を守る前にすることが多すぎですよ。せめてエヴァがもう一体欲しいです」
と、マヤ。彼女の言葉は全く正論。ミサト達は無言で頷いた。
列車から降りたミサトとリツコはそのまま食堂へ向かう。ミサトはカレー、リツコは定食を手に取ると空いているテーブルに座った。
しばらく互いに無言で食べ続け、ミサトは食べ終わるとトレーを横に置いてテーブルの上にびた〜っと伸びた。
「あーあ。温泉行きたーい」
「夏なのに?」
「夏でも身体は疲れるのよ」
「・・・・・・言えるわね」
味噌汁を飲みながらリツコは同意した。
すると――
「ん?」
リツコの携帯にメールが入る。
「どったの?」
「いい知らせと悪い知らせ。どっちを先に聞きたい?」
「んー・・・・・・良い方」
「よかったわね。浅間山の温泉に行けそうよ」
ガタン!
ミサトは勢いよく立ち上がる。その顔は喜びに満ちていた。
「そして残念だったわね。浅間山火口で正体不明の物体が見つかったわ」
ストン・・・・・・。
今度は固まった顔のまま椅子に座った。
忙しい人だね。
「で、でも温泉・・・・・・」
「調査が終わってからにしなさい」
「はい」
「じゃ、パイロット達には伝えておいて。そうそう、レイは本部待機だから」
「わかってるわよ」
そう言ってミサトはトレーを持って立ち上がる。使徒と認定されたわけではないが、浅間山に行く理由ができた。彼女の頭は温泉と日本酒で埋め尽くされた。
その夜、ミサト宅のリビングに、アスカの声が響き渡った。
「えぇぇーーっ!温泉ー!?」
「そうよん」
「・・・・・・ミサトさん。本当に温泉に行けるんですか?」
「うっ」
ピタリと止まるミサト。
アスカも少し落ち着いてシンジに同調する。
「確かに。ミサト、何か隠してるわね?」
「か、隠すつもりはないわよ?」
2人に問い詰められたミサトは、何も悪いことをしていないのに、取り調べを受けている気分になった。
まぁ隠す事ではないので、浅間山へ行く理由を説明する。
「正体不明の物体?使徒ですか?」
「それがわかんないから確認しに行くのよ」
「あんたねぇ、火口に普通の生物が存在するなんてありえないでしょ。やっぱり使徒よ」
アスカはテーブルに突っ伏して項垂れる。
「そうよねぇ。どうする?行く?」
「あったりまえでしょ。帰りに温泉入ってやるんだから」
「じゃ、決まりね。明日リツコのとこで詳細を説明するわ」
ミサトはやることはやったと言わんばかりにビールのプルタブを開け、中身をあおった。
その夜。
シンジとアスカは温泉へ行く準備を進めていた。アスカはウッキウキなテンションで、鼻歌までしながら荷物をバッグに詰めていた。
シンジは最低限の準備を終わらせ、既に布団に入っていた。
(前にはなかった展開だ。でも確か・・・・・・)
あの公園で出会ったもう1人のシンジの記憶に、同じような展開があったのをシンジは思い出す。
(熱膨張・・・・・・?でアスカが倒したんだよね)
そう。アスカが火口に入り、使徒を殲滅したのだ。
今回は正直強敵だ。羽化した直後でもマグマの中を普通に動き回れるほど使徒は丈夫なのだ。もし外へ出たら大変なことになる。
そもそもあの使徒はどうやって第3新東京市へ来るのだろう。火口から外へ出て飛んでくるのか、穴を掘って直接ジオフロントやターミナルドグマまで来るのか、シンジにはわからない。ただ、後者だとするならば浅間山で倒しておかないと大惨事になる。
今回も2号機が突入するだろう。ならばどれだけアスカをサポートできるかがシンジの課題だ。
色々考えている内にシンジは寝てしまい、気がついたらもう朝だった。
朝食を食べると、シンジとアスカはNERVの実験施設へ向かった。そこで待っていたのは、リツコの他に変な巨大潜水服だった。
「来たわね。では作戦を説明するわ」
「作戦?使徒と認定されたんですか?」
シンジが聞く。
「いいえ、まだよ。でも仮に使徒だった場合、即刻突入してもらうわ。だから今説明するの」
「わかりました」
「じゃ、説明するわね。今回は――」
今回は初号機と2号機で作戦を行う。レイと零号機は本部で待機だ。作戦開始時刻は明日の午前8時。
まず無人探査機を送り込み、それが使徒であるのかないのかを確かめ、もし使徒だった場合、耐熱防護服を着た2号機が火口に入る。初号機は山頂で何かあった時のために待機。火口に入った2号機は特殊な捕獲装置を持って未確認物体を捕獲する。
「――以上よ」
「捕獲するんですか?」
「ええ。サンプルが欲しいの」
「もし暴れたらどうするのよ」
「その時は倒してちょうだい。臨機応変に、ね」
「「はーい」」
作戦の説明が終わる。しかしアスカは前の巨大な潜水服が気になるようだ。
「ねぇリツコ、もしかしてあれって・・・・・・」
「ご明察。あれは2号機の耐熱防護服よ」
「うっそーー!ださーい!」
予想通りの反応。シンジもスマートなエヴァンゲリオンに関取みたいな格好はさせたくない。
「文句言わないの。あとそのプラグスーツも改良しといたから、そこのボタン押してみて」
「これ・・・・・・・・・?キャッ!」
アスカが手首のボタンを押すと、ボンッと音をたてて、彼女のプラグスーツは大きく膨らんだ。
いきなりの事にアスカは困惑し、シンジは吹き出しそうになった。だがシンジは耐えた。ここで笑ったら殺されると思って。
「な、な、な、なによこれーーーっ!」
さっきよりも大きな声が部屋に響く。気持ちはわからんでもない。
「それがないとダメなのよ。我慢して」
「くっ・・・・・・」
その後、アスカはプラグスーツを元に戻すとさっさと更衣室へ戻って行った。シンジも後を追いかけ、NERVから出ながらアスカの機嫌を直さなければいけなくなった。
なんとかミサト宅に着くころには落ち着かせる事に成功したシンジ。だが、実験施設での出来事を聞いたミサトが夕食でその話をぶり返し、再びアスカの機嫌は最低ラインまで下がってしまった。
そしてアスカを怒らせてしまったミサトは、シンジによりビールを取り上げられ、作戦終了までアルコール無しという非情ともいうべき罰を受けた。
3号機が来ると思った?残念。浅間山です。
この世界は必ずしも前の世界と同じわけではありません。
それは使徒も例外ではなく、今回のように今のシンジが経験しなかった使徒も出てくるのです。