「・・・・・・・・・ユイ?」
「まぁサングラスなんてかけちゃって。表情がわからないわよ、あなた」
ゲンドウの前には初号機に取り込まれたはずのユイが立っていた。彼女の姿は初号機に取り込まれる前の白衣を着たものだった。
「ここは・・・・・・初号機の中か?」
「そうよ。ねぇあなた、さっきここに変なプラグ入れたでしょ?」
「エヴァンゲリオンを無人で操るダミープラグだ。あれがあればパイロットはいらん」
不機嫌そうに窓の縁に寄りかかるユイ。ゲンドウはユイが遠回りに「シンジを無視するのか?」と言っている気がしてムッとする。
「ここから全てを見ていたわ。あなたがここで私に呼びかけていたのも。シンジが初号機で使徒を殲滅するのも」
ユイが初号機に取り込まれて11年。ゲンドウは結構な頻度で初号機のゲージに行き、中にいるユイに話しかけていた。ユイを失ってから一応別の女性と関係を持ったが、その女性はある事故で死亡。彼女が死んでからは、さらに別の女性と関係を持ったが、前ほど上手くはいっていない。
頭の中で話す日もあったが、たまに声に出して初号機に話しかけた日もあった。まさか聞かれていたとは夢にも思わなかっただろう。
「私がダミーシステムを拒絶したのはシンジを信じていたからよ。3号機のパイロットを絶対助けるという意思が私をそうさせた。まぁ息子を信じるのは親として当然よね」
チクチク刺すような言い方でユイはゲンドウに言う。
「それでね。お願いがあるの」
「願い?」
「あなたと冬月先生が進めているゼーレとは違う人類補完計画。あれ止めて欲しいの。もちろん本来の計画も」
その言葉にゲンドウは驚き、ガタンと席を立つ。彼らしくない行動だった。
「わ、私はお前に会うために・・・・・・」
「今話せてるじゃない。半年に1度くらいはこうして会うのもいいわよね」
「だがそもそも人類補完計画は――」
「ええ、計画の原案は私が考えた。でももういいの。完全な生命体なんて存在しない。初号機の中でその事を悟ったわ」
ユイの表情は清々しいものだった。ゼーレが進める人類補完計画。その恐ろしい計画の原案を考えた者がする表情ではない。
話を聞いているゲンドウは、ユイの言いたい事がなんとなくわかっていた。
死者は蘇らない。
過去には戻れない。
人は人間を辞められても神にはなれない。
だから過去に生きるのではなく未来に生きろ。
そう言っている気がした。
「ユイ・・・・・・」
「ね、お願い」
「だが契約はどうする?人類ではリリスやアダムスを止められんぞ」
「アダムスはともかく、リリスならなんとかなりそうじゃない?」
「・・・・・・レイか」
ゲンドウの頭の中にレイの姿が浮かぶ。
「そ。あの子は私の遺伝子を使った人工の身体にリリスの魂を居れたものでしょ?」
「よくわかったな」
「初号機の中にいればそれくらいわかるわ。あなた、レイちゃんにずいぶんとご執心なようね」
ギクリとするゲンドウ。
NERV本部では、一般職員が話すほどゲンドウとレイの謎は深かった。
曰く、レイはゲンドウの隠し子である。
曰く、死んだ子供の変わりの養子である。
等々。
さすがに妻の遺伝子を使った依代にリリスの魂が入ったモノだとは誰も思わなかったようだが・・・・・・。
ともあれ、レイが一人暮らしを始めるまで彼女にべっとりだったゲンドウにいらない疑惑が少なからずあったのは間違いない。
「止めて。夫がロリコンだなんて耐えられないの」
「・・・・・・」
「せめて親戚の女の子として扱ってあげて。私は私よ。いくら見た目が似てても碇ユイは私だけ。変わりなんていない」
「・・・・・・わかった。またここで会えるなら」
「ええ。会えるわ」
「私はずっとユイの事を探していた。そうか・・・・・・
ユイは安堵した。これで自分に縛られていたゲンドウを解放できたと。
「計画通りあの2人の関係は良好だ。ユイの言う通りなんとかなるだろう」
「あの子、自分の魂がリリスである事は知らないのよね?」
「レイは自分が何者であるかはわかっていない。だがそれも時間の問題だ」
ゲンドウの言う通り、レイに関しては時間の問題だった。
レイはシンジとの関係が深まるにつれ、自分の事にも興味を示してきていた。彼女は自分が何者なのかわかっていないが、いつかは真実に気がつくはず。特に渚カヲルと出会った時がその時になる可能性が高い。
その時レイはどうなるのだろう。受け入れるか、混乱するか。それは誰にもわからない。
「それでもレイはシンジを信じるはず。私があなたを信じたように。結局私達大人には解決できない問題よ。全てはあの子達に託されたわ」
「・・・・・・そうだな。シンジ達に任せてみるか」
(よかった。また優しい顔が見れて)
ユイはNERV本部内で「人生で2度も見られない」と言われているゲンドウの優しい顔を見てホッとした。
「じゃ、そろそろね」
「ユイ!!」
ゲンドウはいつの間にかユイと研究室が薄れていくのに気がついた。
「次は全てが終わった後に会いましょう。元気でね、あなた」
消えていくユイがそう言うと、一気に研究室が光に包まれてゲンドウの視界をくらました。至福の時間が終わってしまう。ゲンドウは無駄だとわかっていながらも、ユイに向かって手を伸ばしたのだった。
(せっかくお前を見つけたのに・・・・・・!ユイ!ユイ!)
♢ ♢ ♢ ♢
「――り!碇!」
「・・・・・・先生」
「どうしたんだ。固ま――」
ゲンドウは冬月に肩を揺すられてハッとなった。腕時計をチラリと見ると、初号機に触ってから1分も経っていないらしい。
しばらく固まっていたゲンドウを不思議に思った冬月は声をかけ、振り返ったゲンドウを見てある事に気がついた。
「お前・・・・・・泣いているのか?」
「先生。ユイに、ユイに会ったのです」
「ユイ君に!?」
ゲンドウは初号機の中での事を冬月に話した。冬月は最初は信じられなかったが、珍しく穏やかに話すゲンドウを見てそれが本当だと感じるようになった。
「まさか初号機が・・・・・・いや、有り得ん話ではないか」
「・・・・・・先生、人類補完計画を中止しようと思っているのですが」
初号機を見つめる冬月に、ゲンドウは人類補完計画の事を話す。
「何?中止するだと?」
「はい。ユイと決めました。私が進めている計画と、ゼーレが進めている計画。両方を中止して未来へ生きていきたいと思います」
「ユイ君がそれを望んだのか・・・・・・」
「ここまで私についてきてくれたのには感謝しています。ですが――」
「言うな。君と彼女がそれを望むのなら文句はないさ」
「・・・・・・ありがとうございます」
ゲンドウは深々と頭を下げる。この時初号機の中でもユイは同じことをしていたが、2人が気づくはずもなかった。
あれほど長い間計画に付き合ってきた冬月が反対しなかったのには驚くが、彼を良く知る者からすると当然の事だった。
彼もユイに会うために計画に参加した。ゲンドウと同じく彼女を愛する男として。
ならばユイの言葉、意志を受け入れるのは当然の事と言えよう。
「だがこれからが大変だぞ。人類を滅ぼしかけた罪もある」
「はい。まずは使徒を全て倒します。それからです」
「問題はその後だ。ゼーレの連中、我々が計画を拒んだらNERV本部に国連軍を突入させかねんぞ?」
「私が責任をとって処理します。先生にも力をお貸し願いたい」
「いいだろう。地獄までお前に付き合ってやるさ」
人類を滅ぼし、神になって愛する女性と再会しようとした2人の男達の計画はここで潰えた。だが2人に後悔はなく、未来を、明日を望むため、動き始めたのだった。
シンエヴァの公式が上映中のCM第2弾を放送しました。
私はそれに流れている「this is the dream beyond belief」が劇中で1番気に入った曲です。
彼女の覚悟を表したような曲で、とても盛り上がる場面でした。しかしその反面、「もう止めてくれ」と私が叫びたくなるようなシーンでもありました。あの迫力が私の心に刺さったんですね。
さて、今回で「破章」は終わりです。次回からは別の章に突入します。お楽しみに。