「赤木博士」
ホッとしたような空気に包まれた会議室。ゲンドウはいきなりいつものトーンでリツコに話しかけた。
「はい?」
「以前君個人がMAGIで計算した結果をここに出したまえ」
「え・・・・・・は、はい」
まさか見られていたのか。あの個人ログは本人しか確認できないはず。
そうリツコは思ったが、命令された以上出さない訳にはいかない。
リツコは以前MAGIを使って出した計算結果をモニターに映し出す。
『計算結果』
・使徒殲滅後のNERVへの日本政府による干渉
90%
・使徒殲滅後のNERVへの国連による干渉
95%
・上記の組織からの要求を断った場合の国連軍や戦略自衛隊によるNERV侵攻作戦
99%
・現時点の戦力でのNERV防衛戦の勝率
10%
「な、何よこれ」
ミサトが目を見開いてモニターを見る。
「赤木博士。解説を」
「はい。これは以前私がMAGIで計算した使徒殲滅後の周囲の行動よ。まず――」
リツコの言ってることはこうだ。
まず、使徒を全て殲滅した場合、日本国政府から干渉がある可能性は高く、国連に至ってはほぼ確実と言ってもいい。
理由は簡単。NERVを独立した組織のまま放置できないからだ。NERVは国連の超法的武装組織とはいえ、国連の方が偉いというわけではない。むしろNERVの方が立場は上だろう。
日本は世界でも最強の軍隊と謳われる1つ、戦略自衛隊を保有している。彼らには陸上戦(野戦以外)だけなら国連軍を相手にしても勝つ自信があった。
それに加えてNERVも指揮下に入れることが出来れば世界を仕切る事も夢ではない。そのため、使徒殲滅という大任を終えたNERVを接収しようとするのは当然だ。
国連は国連で、NERVを今度こそ自分達の指揮下に置けるチャンスが到来するため干渉は確実。しかし、そうなるとエヴァンゲリオンの技術は世界中に広まるだろう。その結果、エヴァンゲリオンを使った戦争が始まり、シンジ達のような少年少女が戦う事となる。
そうなれば世界大戦の始まりだ。せっかく人類を救ったのに人が大勢死ぬ。なんのために殲滅したのだろうか。
ならばNERVの取る方法は1つ。
どちらの要求も断る事だ。
となると日本と国連の反発は確実。MAGIの計算によれば国連軍や戦略自衛隊のNERV侵攻作戦は99%。絶対と言っていいほどNERVは戦争に巻き込まれるだろう。
その場合、NERVの勝率は極めて低い。いくらエヴァンゲリオンが強くてもアンビリカルケーブルが切断されれば終わりだし、本部が歩兵によって制圧される方が早い。そもそもNERVは正規軍、プロの戦闘員ではないため正面からぶつかると負けは必須。勝ち目はない。
「――以上がMAGIの結果よ」
「要求をのんでも断っても私達は戦争に巻き込まれるのか・・・・・・」
「敵はゼーレ、国連、日本政府。使徒より厄介なのでは?」
ミサトの言葉にマコトが反応する。
「司令、対策は何か考えておられますか?」
「ああ。戦う事は避けられん。なら我々を強化する必要がある。葛城一佐、まずは現段階での君の考えを述べたまえ」
ゲンドウはミサトにそう言う。
少し考え込んだミサトは、モニターの画面を共有しているパソコンに自らの考えを打ち込んだ。
①NERVの所有する全ての旧式兵器の破棄
②多目的ミサイルの長射程化
③対人兵器の増産と弾薬の備蓄増
④戦略自衛隊を懐柔
⑤ロシアNERVとの関係強化
「こんなものでしょうか」
「ふむ。では赤木博士」
「はい」
今度はリツコが文字を打ち込む。
⑥S2機関の開発と量産
⑦エヴァの遠隔操作システム開発
「技術者としての意見はこのような感じです。後は葛城一佐と変わりません」
「では赤木博士は直ちにS2機関の開発に移れ。葛城、日向両名は対人戦の作戦計画。エヴァパイロットも対人戦闘の訓練を怠るな」
「「「はっ!」」」
会議は終了した。
真実といっても、まだ全てを話したわけじゃない。レイについて何も言及していないのだ。まぁ使徒を全て倒していないため、ここでレイの中にリリスがいるとは言い難いのだろう。
♢ ♢ ♢ ♢
あの会議から1ヶ月が経過した。
真実を知った者達は最初の数日はぎこちなくしていたが、1週間も経つといつも通りの生活へ戻って行った。
あれからNERV職員全員が大忙しだった。第3新東京市の修復、使徒迎撃兵器の近代化、旧式兵器の破棄。それでも1番忙しかったのは技術部だろう。
何せS2機関や新兵器の開発で徹夜する者が大量に出る始末だったからだ。
だがさすがは天才集団。その成果は確実な物となり、既にミサイルに至ってはほとんど開発を終えていた。
今までのような短距離ミサイルだけでなく、中高度、高高度防空ミサイルも生産できるようになった。
これまでNERVは精密機器と射程を減らし、炸薬量を増やしたミサイルしか保有してこなかったが、今度は国連軍が装備しているようなミサイルを手にすることとなる。また、現在は弾道ミサイルを迎撃できるミサイルを開発中だ(職員には第8の使徒のような使徒に対抗するためと説明済み)。
だがS2機関はまだ開発が終わらない。大きさはエヴァンゲリオンのコアと同じであるため、目標の大きさはわかっていた。
しかし、天才集団でも完成はしなかった。形はできていたのだ。形は。そもそも2週間でここまで出来た事を褒めるべきだろう。
「赤木博士、どうします?」
技術部の職員がリツコに尋ねる。
「何かが足りないのよ。やはりヒトに生命の実は作れないというの・・・・・・?」
「4号機のデータもハッキングで取り寄せましたがそれでも完成しません」
S2機関を開発していたアメリカ。第2支部は消滅してしまったが、4号機のデータくらいは第1支部にあるはず。そう思ったリツコはMAGIを使って第1支部をハッキング。今も向こうから何も言ってこないという事は、ハッキングは成功したのだろう。
ともあれ4号機のデータを入手したNERV本部。さすがにS2機関の設計図はなかったが、無限機関を搭載できるエヴァンゲリオンとして研究された4号機の細かなデータはあった。
「それでもやるしかないわ。これがあれば無制限に動けるのよ」
「「はい!」」
技術者達は頭をフル回転させてS2機関の開発に力を注いだ。
さて。一方作戦課長様はNERVの個室で対人戦闘について作戦を考えていた。
(兵器は90%以上交換できた。ミサイルも最低限長射程化できた。警備隊の訓練も進んでいる。後はなんだろ・・・・・・無人兵器?)
この日ミサトは1人で作戦を練っていた。内容が内容なだけにメインオペレーター以外に話せる者はおらず、彼らは現在使徒の警戒にあたっているため、1人でやるしかなかった。
(遠隔操作の機関銃とかがいいかな)
ひとりぼっちでの作業は続く。
また、シンジとレイはアスカの病室を訪れていた。場所は第3新東京市ではなく、NERV本部内にある一室。使徒に侵食された人間を普通の病院に置いておけるはずがないからだ。
病室の前には保安部の人間が立っており、他の人を寄せ付けない空気を出していた。シンジは臆すことなく話しかける。
「あの、アスカの見舞いにきたんですけど・・・・・・」
「君達か。まぁ君達なら大丈夫だろう。病室は隔離されてるから、手前の部屋からだけだぞ」
そう言って男は扉を開けてシンジとレイを中に入れた。
部屋は1辺がガラス張りとなっており、病室が見えるようになっていた。
だがアスカは見えない。頭部は箱のような物が被せられ、首から下はシーツで隠されていたからだ。むろんあのシーツの中もいろんな機械が取り付けられているだろう。
それでも前よりはマシになったというのだから、案外早く治るのかもしれない。
「・・・・・・アスカ。また皆でご飯食べようね」
シンジは椅子に座ってアスカを見つめる。レイも無表情でシンジとアスカを交互に見ていた。
そしてNERVが未来へ向けて動き始めた時、ついに厄災はやって来た。
『使徒接近!国連軍と戦略自衛隊が既に交戦中!総員第一種戦闘配置!繰り返す!第一種戦闘配置!』
警報音が鳴ると同時に、マコトの声がNERV本部内に響き渡る。
その頃、月ではレイとどこか似た雰囲気の少年がプラグスーツを身につけていた。
「時が来たね」
人と戦う前にまずはこいつを片付けないとね