シンジの意識が途切れた瞬間、初号機の目は赤く光り、緑の蛍光色だった装甲板も真っ赤に染まった。
ゆっくりと立ち上がる初号機。使徒も何か異常を感じたのか、零号機への接近を止めて初号機の方をじっと見た。
「な、何よあれ」
発令所では職員全員が作業を中断してモニターを見ている。
「碇、まさか」
「・・・・・・覚醒か」
モニターには使徒に向かって走り出した初号機が映っていた。
初号機はパックリ割れている右腕を復元。それ以外の軽傷箇所もあっという間に治ってしまった。
向かってくる初号機に、使徒は腕を円柱状にまとめ、先程と同じように6つの刃を放つ。
しかし初号機は止まることなく左手を前に出し、ATフィールドを展開。全てを防御した。さらに初号機は目から光線を放ち、使徒の防御を全て突破。初めて使徒にダメージが通った。
「まさかエヴァにこんな力が・・・・・・」
「深度180をオーバー!シンジ君が危険です!」
「なんですって!?シンジ君とは連絡取れないの!?」
「取っていますが反応ありません!」
リツコとマヤが必死になってシンジに呼びかけているが、当の本人は意識が無いため反応できない。今初号機を動かしているのは彼の母、ユイであるからだ。
そうこうしている間に初号機の頭上に光の輪が現れる。
そして倒れた使徒に襲いかかり、ナイフで解体作業に入った。
顔面を潰し、危険な腕を引きちぎり、コアをカバーしている所はナイフで切り裂いた。その間使徒は何も出来ず、ただ苦しんでいるだけのように見える。
さらに初号機はミサト達が予想だにしない事を始めた。なんと口を大きく開き、使徒のコアに噛み付いたのだ。
「「「え・・・・・・?」」」
発令所では全員がそうハモってしまった。
言わなかったのはゲンドウと冬月のみ。だが2人もそうとう驚いたらしく、身を乗り出してモニターを見つめていた。
初号機はリンゴでも齧るかのようにコアに食いついたが、なかなか噛み砕けない。使徒は先程よりも激しく暴れるが、その度に初号機はナイフ、もしくは素手で使徒を攻撃していた。
「・・・・・・まさか!」
リツコは初号機のしようとしている事を察した。
「リツコ?」
「初号機は人には無い使徒だけが持つ生命の実を取り込もうとしているのよ」
「それを取り込むとどうなるの?」
「無限のエネルギーを生み出し、肉体の再生能力を備える。そう予想しているわ」
リツコの声が聞こえた者は、それが事実であるならば大変な事だ、と思った。
なぜならエヴァンゲリオンの最大の弱点。活動時間が無限になるからだ。もしそうなるならアンビリカルケーブルはいらないし、自由に作戦行動や移動ができる。
むろんメリットだけではない。デメリットも存在する。それは世界がNERVへの警戒度を高めてしまう事。まぁ確かに、使徒と同程度の能力を持つ兵器が誕生するのは好ましくはないだろう。
本部の上層部が唸る中、発令所の誰かが「あっ」という声を発した。ミサト達がモニターに視線を戻すと、使徒のコアにヒビが入りだしたのが見えた。
「使徒のコア表面にヒビが!」
マヤの報告通り、初号機はようやくコアを噛み砕く事ができた。
噛み砕いた瞬間、使徒はビタっと動きを止める。しかし初号機はそれに構わずコアを食べ続け、3分の2ほど食べ進めた時、使徒の身体とコアは大量の血液をぶちまけながら弾けた。
「使徒殲滅!」
「初号機はどうなっている」
マコトの報告に冬月が質問した。
「現在初号機稼働中!活動時間が表示されません!」
その問いにはマヤが答えた。活動時間はエラーとなっており、残り時間はわからない。そもそもS2機関を取り込んだ可能性が高いため、活動時間という概念が無い場合があった。
使徒を殲滅した初号機はスっと立ち上がり、第3新東京市に空いた穴から、星が見えている夜空を見つめていた。
「停止信号!」
「了解・・・・・・ダメです。受け付けません」
「仕方ない。戦略自衛隊をジオフロントから避難させろ。市民はまだシェルターから出すな」
「了解!」
冬月は的確に指示を出す。どうやら言うことを聞かない初号機はひとまず放っておき、他にできる事をやっておくようだ。
「リツコ、どうする?」
「シンジ君の意思で動かしていない以上こちらから動くのは危険よ」
「そんな・・・・・・」
(初号機は何を待っているの・・・・・・?)
リツコは初号機が何もしない事に疑問を思っていた。何もしない・・・・・・というよりは、何かを待っているようにも見える。
発令所は緊張に包まれたままだった。
♢ ♢ ♢ ♢
――シンジ、シンジ。
「・・・・・・んん・・・・・・あれ?ここは」
シンジは誰かの声で意識を取り戻し、身体を起こして辺りを見渡した。そこはエントリープラグでも、病室でもなく、ただただ真っ白い空間が広がっているだけだった。
ふと後ろを振り返ると、もう会えないと思っていたはずの母親の姿が視界に入った。
「母さん!」
「久しぶりね」
「じゃあここは初号機の中・・・・・・あ!使徒、使徒は!?」
「安心して。私が倒したわ」
「・・・・・・え?」
いつの間にあの使徒を。
そうシンジは思った。
「子供に異物を食べさせるわけにはいかないでしょ?」
「食べ・・・・・・え!?じゃあ使徒を食べちゃったの!?」
「ええ。正確には使徒のコアをね。あんまり美味しくなかったわよ」
あまりにも普通に話すユイ。いやそんなフルーツを食べた訳ではあるまいて。
しかしシンジはユイが行なった行動の意味をすぐに察する事ができた。
「じゃ、じゃあもしかして初号機は!」
「初号機は生命の実を食べて無限のエネルギーを手にいれた。人類にとって最も危険な存在よ」
「よかった・・・・・・これでS2機関ができる」
まさか自分の知らない内にS2機関を取り込む事ができていたとは。
だがこれでNERVの力は格段にアップするだろう。
これをリツコやマヤに分析してもらい、零号機や2号機にも搭載できれば、襲来する可能性がある量産機にも勝てるかもしれない。
「じゃ、そろそろ戻りなさい」
「え?」
「皆待ってるわよ。月のお友達・・・・・・最後の使徒もね」
そうだ。確か前回は初号機が覚醒してサードインパクトを起こしそうになった時、カッコイイ見た目のエヴァンゲリオンが槍を投げてきた。
その声の主は襲来する最後の使徒、渚カヲル。シンジの数少ない友人であり、理解者だった。
まさかもう来るのか。なら早く戻らないと再び槍に貫かれてしまう。
「母さん、また会えるよね」
「ええ。私はいつでも初号機にいるわ」
「・・・・・・うん!またね!」
シンジは意識が現実に引っ張られそうになりながらもユイに別れを告げた。
次の瞬間、シンジはコックピットの座席でぐったりしていた態勢で目を覚ました。
「・・・・・・戻ってこれたかな。ん?」
現実に戻ってきたシンジ。感覚も初号機と一体化しているようなので、もう自分の意思で動かせるようだ。
シンジは上から何か気配を感じたため上を向いた。すると、宇宙からものすごいスピードで何かが降ってくるのが見える。
「あ、あれは!」
まさかガフの扉を開いていないのに投げられるとは思っていなかった。シンジは咄嗟にバックステップで避けたが、その槍は軌道を変えてまっすぐ初号機を目指している。
そう言えば綾波が使徒にロンギヌスの槍を投げた時、槍は使徒のコアを正確に貫いていたな・・・・・・。
シンジはもう1人の自分が体験した世界の事を思い出す。
あの槍は避けられない。ATフィールドも効かない。なら取るべき方法は1つ。
「うう、刺さる前に掴めるかなぁ」
そう。コアに刺さる前に止めるしかない。それでも止まらなかったら仕方ないが、できる事はやっておくべきだ。
ぐんぐん落下してくる槍。
その槍を見つめる初号機。
近づく両者。
そしてついに――
「はぁっ!」
シンジは槍を捕まえる事ができた。
槍もしばらく初号機のコアへ進もうとしていたが、必死に止めていると直に静かになり、槍は無事初号機の手の中に収まった。
しかしこの槍は不思議な形をしている。ロンギヌスの槍よりも頑丈そうだが、何が違うのだろう。
まじまじと槍を見つめているシンジだったが、いきなり通信が入った。
『こちら発令所!シンジ君、大丈夫か?』
マコトの声だった。
「は、はい。大丈夫です。さっき意識が戻りました」
『そうか・・・・・・』
『シンジ君!』
「ミサトさん?」
『無事ね。よかった・・・・・・今そっち行くから!』
ミサトの安堵する雰囲気がこっちにまで伝わる。本気で心配してくれた彼女に、シンジは思わず目頭が熱くなった。
『上空より謎の物体・・・・・・エヴァンゲリオンです!エヴァンゲリオンが接近してきます!』
「え?」
シンジはマヤの声で再び上を向くと、上空よりエヴァンゲリオンが降りてくるのが見えた。
『やぁ碇シンジ君』
初号機にあのエヴァからの通信が入る。
「君は?」
『君は僕を知らないだろうけど、僕は君を知っている。僕は・・・・・・そうだね、シンジ君を救いに来たのさ』
「僕を助けに・・・・・・」
『といっても僕の助けはいらなかったようだね』
そう言って声の主はMark.06を跪かせてエントリープラグを排出した。もちろんシンジも同じように行動した。会ってみたかったのだ。自分を助けようとしたパイロットに。
2人はエヴァンゲリオンから降りて破壊しつくされたジオフロントで向き合う。
「初めまして。僕は渚カヲル。カヲルでいいよ」
「知ってると思うけど、僕は碇シンジ。初号機のパイロット。君には聞きたいことがあるんだ。13番目の使徒の君に」
「っ・・・・・・!シンジ君、まさか・・・・・・」
カヲルは珍しく狼狽えた様子を見せる。そして何かを悟った。
一方シンジも目の前の少年の事をはっきりさせておきたかった。もう1人の自分は彼を殺し、前の世界では自分を救ってくれた。そして今こうして出会うことができた。ここで聞かずしていつ聞くのか。
「・・・・・・そうか。君は――」
そうカヲルは言いかけたが、それは別の者によって遮られる。
「シンジくーん!」
それは軽装甲機動車に乗ったミサトであった。
遅くなりました。
最近別の作業が多くなりこちらに手が回りませんでした。
しかし終章の終わりまでの構成はできているのでご安心を。あとは書くだけ・・・・。