「これより、NERV小田原造船所第1号艦進水式を始めます」
アナウンスが造船所の一帯に響き渡る。
ここはNERVが小田原に作った造船所だ。将来的にS2機関搭載の軍艦を建造するにあたり、技術の情報漏洩を防ぐためにNERVが運営する必要があった。
しかし、カヲル達が地軸などを元通りにした影響で海面が元の高さに戻る可能性は否定できないのが心配だ。仮に戻ったとなるとこの場所に造船所があっても無意味だ。
専門家は地球が元に戻っても、海面は戻らないと言っていたが、まだわからない。カヲルも海の色と気候は数年のうちに戻るそうだが、海面に至っては専門家と同じ意見だそうな。
さて、そんな訳でNERVは最低でも四半世紀は海面が戻らないと結論付け、小田原に造船所を建設。戦略自衛隊と共同で試作潜水艦の建造を始めた。
日本の海の戦力は自衛隊を吸収した国連軍しかいない。そこで日本国政府は戦略自衛隊の戦力増強を決定。潜水艦隊の保有が認められた。なお、水上戦力は現段階では考えられていない。
現在2016年6月。もともと国連軍の保有していた数年後に退役を迎える原子力潜水艦を3月に買い取り、3ヶ月という恐るべき速さで試験潜水艦へ改造、それを完成させた。
NERVで開発した試製艦船用S2機関を搭載し、原潜同様長期間の潜水行動ができる。違いとしては燃料が不要かつ通常動力潜水艦と同等の静粛性を誇っていること。メンテナンスは10年に一度ではあるが、それを含めても優れた潜水艦になるのは間違いない。
とはいえエンジンに苦戦したのは言うまでもない。パイロットを必要としないS2機関は現在のNERVでも正式採用されておらず、未だにパイロットを必要とするのだ。
それでも試験的なエンジンが完成したのは、ひとえにカヲル(ダミープラグ担当)とリツコ(ダミーシステム担当)の持つ技術のおかげだ。
今後は正式な量産型の潜水艦を建造する予定。垂直発射管を備え、巡航ミサイルを装備可能な攻撃型潜水艦だ。さらにこれは計画段階だが、SLBMを搭載したタイプも取得したいとは日本国政府は思っているらしい。
造船所にいるのは日本国政府から防衛大臣などの要人、戦略自衛隊の統合幕僚長、NERVからは冬月副指令と葛城ミサト以下数名が参加した。
潜水艦の船体には幕が張られ、艦名がわからなくなっている。式が進むと、戦略自衛隊の代表が壇上に立ち、艦名が書いてある用紙を読み上げた。
「この船を・・・【相模】、と命名する」
潜水艦を命名し、用紙を台に置くと代わりに斧を手に持ち、シャンパンを固定しているロープに叩きつける。
すると固定されたシャンパンは潜水艦に勢い良くぶつかり、心地よい破裂音を立てて船体を濡らした。
同時に音楽隊が軍艦行進曲を奏で、参加者全員が拍手で進水を称える。これは日本復活への第1歩なのだ。これから相模は就役するとS2機関搭載型潜水艦の母として様々な実験に取り組んでいくだろう。
進水式にはNERVの代表らも参加しているが、そこには何故か加持の姿も見えた。席は1番後ろのため、あまり目立ってはいない。
加持は心根も無く拍手をしていると、隣に座っている政府関係者が話しかけてきた。
「加持」
「はいなんでしょ」
「目出度い場だが態度くらい直せ・・・・・・まぁいい、手短に話すぞ。そちらのパイロットを誘拐しようとする連中がいる」
「・・・・・・は?」
唐突に予想だにしない事を言われた加持は低い声でそれに反応して男の方を向いたが、この場の事を思い出し慌てて前に向き直った。
加持に話しかけてきた男は内閣情報調査室に所属しており、箱根事変の際に発生した日本国政府の上層部粛清の影響で組織のNo.2となっていた。
加持とは互いに若い頃からの縁で、時には味方、時には敵として諜報の世界に生きてきたのだ。
「誰です?そんなバカな事をしようとする輩は」
加持は口元をほとんど動かさずに質問する。この進水式はメディアには公開されていないものの、どこで誰が見ているかわからないので、読唇術には注意している。
それでもわかる者にはわかってしまうだろう。それだけ急ぎの件だったのは言うまでもない。
「野党議員連中が動いている。前政権の暴走で上層部は粛清されたとはいえ、連中のシンパは国会内にまだいるのさ。誰が誰を、というのは調査中だが近々実行されるのは間違いない」
「わかりました。しかしそちらで対処できないので?」
「馬鹿言え。たったこれだけの情報でワッパはかけられん。ましてや国会議員の暗殺なんて以ての外だ」
本当なら動く前に無力化したいところだが、それは難しいらしい。色々面倒な事があるようだ。
つまりNERV側が対処する必要があるのだう。確かにNERVは未だ超法規的な武装組織。爆撃はもちろんミサイルの類は通じないし、総理大臣を変えてみせるくらいの政治力はある。
「なるほど。では式が終わり次第検討するとしましょう」
それ以降2人に会話はなかった。
この内調の人間からの情報が話題に上がったのは、加持がNERVに戻りゲンドウに報告した時だった。
「情報は信用できるのだな?」
「ええ。彼は敵ではありませんから」
「味方でもないがな」
「・・・・・・それでどうしますか?」
ゲンドウと冬月に加持は今後の対策を問う。
「新たな情報が入るまでさらに警備を増やすしかあるまい」
「ああ。下手に動けば敵は雲隠れしてしまうだろう」
「承知しました。直ちに警備の増員を命じましょう」
先月の会議で警備は増やしたつもりだったが、そろそろ本腰を入れないといけないタイミングになってきたようだ。
NERVは戒厳令も視野に入れつつも、相手に気取られない程度で最大限の警戒態勢を敷くことになった。
3年E組教室。
帰りのホームルームも終わり、一同が帰ろうとしている頃、シンジは自分に近づいてくる2人分の気配を察知しそちらへ視線を向ける。
マナとマユミだ。
2人が転校してきてそろそろ1ヶ月が経つ。対照的な2人だが優しい性格ですっかり学校に馴染み、放課後や休みの日にはクラスメイトと遊びに行っているそうだ。
「碇くん。今日一緒に帰ってもいいかなぁ?」
この言葉に教室の空気は一気に凍る。
2人はシンジと交流を持ちつつも一定のラインは超えなかった。アスカがいた事もあるが、時期尚早だと判断していたのだ。
いつもならここで
「え?」
「マユミも一緒にさ。碇くんと帰り道同じ方向なのよ」
「うーん・・・・・・いいよ。でも綾波もいるから少し待って」
「はーい」
マナは断られるかと思っていたが、案外簡単に事が進み嬉しくもあったし、逆に警戒心も持つ。実際シンジに興味があるのは間違いないが、今回はマユミがシンジと帰ってみたいと言っていたので、代わりに彼に提案したのだ。
そして帰り道、4人はたわいも無い会話をしながら帰り道を歩いていた。
ある一角を歩いていると、急に綾波が立ち止まった。
「綾波・・・・・・?ああ、あのマンション解体するみたいだよ?」
「え?あのマンションに綾波さんが住んでいたのですか?」
「うっそー!あそこ内装がほとんどないみたいよ?」
シンジ達が視線を向けたのは以前レイが住んでいたマンション。内装工事が中途半端な状態で工事が止まっていたが、どうやら建設を止めて解体するらしい。
むしろなぜ竣工していないのにレイを住まわせていたのか疑問だが、今はもういいだろう。
「そうなんだよ。ね、綾波?」
「ええ・・・・・・」
「どうしたの?」
「今度のお休みの日はここに来るわ。あそこで工事を見たいの」
レイは反対側にあるビル、そこにあるカフェを指差す。
しばらく自分が住んでいた場所が壊される。悲しいかと聞かれればNOと答えるだろうが、興味はあった。
自分の意思でこうしたいと言った事に関してシンジは驚きつつも、人間らしさを取り込みつつある彼女に少しだけホッとしている。
「でも施工途中のマンションを解体するなんてもったいないですね」
「そもそも施主がわからないからなんとも言えないけどね」
「あはは・・・あ、そうだ。僕も付き合おうか?」
「いい。1人で見る」
そう言ってレイは再び歩き出す。
最近レイは頑固になってきた。自分の意見を突き通す事を覚えていた。
こんな事を言われてしまってはシンジも引き下がるしかない。元々優しい性格の彼は、無理に人について行くという判断をしないのだ。
だが、これが間違いであると知り後悔したのはそれから3日後であった。
そしてマユミは表面では微笑みつつも、後ろで組んだ手は小さく震えていた。それに気がついたのはマナだけだった。
その夜、夜遅くにも関わらずある男達が集まっていた。
「先程マユミから連絡があった。近々パイロットが1人になる可能性があるらしい」
1人の男、マユミの叔父はプロジェクターにシンジ達パイロットの画像を映し出し、同志達に説明をしていた。何枚かの写真をスクロールしながらパイロットの顔を確認すると、1枚の写真で画面が固定された。
そこに映っていたのは人より白い肌、空色の髪、赤い瞳を持つ少女、レイだった。
「対象は綾波レイ。彼女に関しては情報が一切無い。どこで産まれどこで育ったのか全て・・・まぁそれはいい。対象は3日後に以前住んでいたマンションが解体される事になり、そこへ向かうということだ」
「護衛は当然いるのでしょう?」
「そこは陽動含め我々のみでどうにかする。最悪近くに人がいてもかまわない」
作戦としては近くで爆発を起こし、護衛の目を引く、もしくは護衛の位置を炙り出す。そして民間人に扮した仲間が車でレイを回収という内容だ。その際護衛の生死は問わず無力化できれば良い。
上手くいく保証は無い。失敗すれば対策を取られ2度目の成功確率は0%になるだろう。
そのため、せっかくのチャンスをふいにはできないのだ。たとえ成功率が五分五分でもやらなくては・・・・・・。
「作戦決行は3日後。各々抜かりなく」
♢ ♢ ♢ ♢
(あそこは私が住んでいた場所。でも今は違う。冷たくない、暖かい場所・・・そこが私の居場所)
レイは特徴的な赤い眼で、解体されていくマンションを見つめながら注文したアイスコーヒーをストローで飲む。
最近はこれまで分の給料を貰ったはいいものの、滅多に使わなかった貯金を少しずつ使い始めていた。まだ肉を食べる事には抵抗があるが、それ以外の事にはヒトの世を知ろうという欲を覚え、こうして買い物をしている。
のんびりと解体工事を眺めていると、突然爆発音が鳴り響き地面を揺らす。カフェの窓からは都市の外環道の方から黒煙が上がっているのが見えるでは無いか。しかもその影響か停電が発生し、カフェの設備は全て停止している。
防衛設備の弾薬でも爆発したのかと思いリツコに連絡しようと携帯端末に手を伸ばそうとした途端、「ピンッ!」と何かを抜く音が聞こえる。そちらへ顔を向けると、服屋の紙袋を足元に置いていた客が袋を置いてトイレに引っ込んだのが見えた。
(あの袋・・・・・・ッ!?)
爆発での混乱に拍車をかけるように、紙袋から白い煙が吹き出す。突然の事だったため、客も店員もそちらを時が止まったかのように注目した。
これがいけなかったのか、換気扇も止まっているために行き場を失った煙はたちまち店内に充満し、その効果を表す。
(意識が・・・これは催眠効果のガス?)
耐性の無い一般市民は既に倒れている。レイは慌てて外へ向かおうとしたが、その手を掴む者がいた。先程トイレにたった男性客である。
男はガスマスクを装着しており、逃げようとするレイを拘束した。当然抵抗したが、ガスの影響で力が入らない。
(碇司令、碇君、助け・・・て)
レイは意識を手放した。
対象が完全に沈黙した事を確認した男はレイを担ぎ外へ出る。
外には黒塗りの車が1台停まっていた。彼らの足元にはパイロットの護衛数名が倒れており、無力化されている。実は爆発現場は案外近い所にあり、警備隊としても1番近い位置にいたため、半数をそちらに向かわせてしまったのだ。
男達は護衛を放置し、レイを連れ去ってしまった。
護衛が再び目を覚ましたのは、監視カメラの映像が途切れたため、慌てたミサトが増援を向かわせ、彼らが到着した時だった。
「なっ・・・!おいしっかりしろ!」
「うっ、小隊長・・・・・・?」
「何があった!」
「わ・・・かりません。爆発があったのでそちらに人を半分向かわせました。その後です。いきなり歩行者が襲いかかってきて・・・・・・」
まさか彼らも普通の歩行者が襲ってくるとは思ってもみなかったのだろう。多少は抵抗したが、完全な奇襲だったためにやられてしまった。
「一体なぜ・・・・・・まて、綾波特務一尉はどうした!」
「特務一尉はそこのカフェにいま・・・す・・・まさか!」
隊員は慌ててビルに突入し、カフェに入ってレイの事を探した。だが店内は停電し、従業員や客が倒れているだけでレイの姿は無かった。
客の首元に手をやり息がある事を確認し、死んでいない事がわかる。
「まだ息がある。催眠系のガスか?」
「小隊長!特務一尉の姿がありません!」
「こちらにはガスの噴射装置が!」
部下が次々に報告を入れてくる。
突然の爆発、監視カメラ無効化やカフェの停電、催眠ガス噴射装置、姿の無いレイ。
これらからの状況から導き出される答えはただ1つ。
「バカな・・・誘拐だと!?本部へ連絡!急げ!」