レイを誘拐することに成功したマユミの叔父は、部下と共に山荘を訪れ、警戒網の抜穴が見つかるまで待機していた。
なお、レイ自身に対しては興味はないため、山荘の倉庫に放り込んである。もちろん窓は無いため逃げる事はできない。
「それでいつ移動できるのかね」
「予想以上の警戒体制です。ここが見つかっていない事が不思議なくらいです」
「いましばらくお待ちを。これから数名を斥候として県境まで向かわせます。県外に出れさえすればどうとでもなります」
叔父は動けない事に苛立つが、どうしても動けない事を理解すると落ち着きがないまま椅子に座る。愚かではあるが決して無能ではないのだ。
これからの予定として、県外への逃げ道を確保した後直ちに移動。この山荘より圧倒的に警備体制が万全な拠点に身を移し交渉にあたる。マナとマユミも現地で合流するはずだ。
これでレイの身柄と引き換えにどこまでNERVに譲歩させる事ができるだろうか。交渉が楽しみで仕方のない叔父は心の中で高笑いをしていた。
ひとまず誘拐したパイロットの顔でも拝んでやろうと椅子から立ち上がった瞬間、山荘内に部下に配った旧式自動小銃の銃声が響き渡った。
「何事だ!」
「議員!こちらへ!」
叔父を護衛する戦闘員達はカーテンを全て閉め、コンクリートの壁際へ叔父を避難させる。
数秒後、様子を見に飛び出した男が部屋へ戻ってきた。
「敵襲!既に3割ほどやられました!」
「バカな。どうしてここが・・・・・・」
「どうやらNERVの情報収集能力を甘く見すぎていたみたいですね。脱出準備!包囲されている場合に備え人質を前に出して脱出する!」
戦闘員の隊長は素早く指示を出し脱出準備を始める。なぜここまで気が付かなかったというと、単純に特殊監査部が消音器やナイフで敵を無力化していたからにすぎない。
先程の銃声は運悪く引き金を引いたまま倒れてしまったのだ。
怒声と銃声が近づいてくる。下からも音がするということは、2箇所から突入されたのだろうと隊長は察した。
突入部隊を率いているミサトは、次々に押し寄せる敵をあっという間に射殺していく特殊監査部の練度に驚きつつも、自分も愛銃のUSPで反撃する。
「これで6割は殺ったかしら?」
「ええ。下の部隊の報告も合わせるとそのようです」
「旧式とはいえ自動小銃と弾薬をこんなに沢山・・・・・・情報、リツコに送って」
「了解」
ミサトは床に転がる自動小銃を手に命令する。彼女は戦術作戦部の部長ではあるため、保安部や特殊監査部の指揮権は無い。しかしNERVの実質No.3であるため、あまり気にされた事はない。
死体をそばの部屋に押し込み階段を降りようとした時、下の突入部隊から通信が入る。
『緊急事態発生。連中、綾波特務一尉を盾に脱出しようとしています。数は6、内武装は4』
「葛城一佐。この先で少なくない数の敵が防衛線を張ってます」
「まずいわね。β隊は下がって我々の到着を待ちなさい」
『了解』
そう言うと下の部隊からの通信を切る。
ミサトは残りの弾数を確認すると、前の隊員の肩を叩く。
「ちょっち強引だけど覚悟はいいわね?」
「閃光弾と手榴弾を使います。お任せを」
「よーし、後は外ね」
ミサトは次にシンジ達へ繋がる無線のスイッチを入れる。
シンジはミサト達が突入してから鳴り止まない銃声に拳銃を取り出して警戒しながらも、山荘を注視していた
『シンジ君。敵がレイを前に出して山荘から出てくる可能性があるわ』
「はっ!?」
『車はパンクさせているわね?』
「えっと、はい。銃声がしたので全てのタイヤをパンクさせていました」
そう。作戦通り全ての車のタイヤはパンクさせていた。もしレイを人質にして逃げるならどうするのだろうか。
そうこうしている内に、下の扉から特殊監査部が出てきて建物の影に隠れる。警備隊は一斉に銃を構えた。
そしてミサトの言う通り、レイを戦闘に武装した男が4名、主犯格と思われる男が2名出てきた。
「撃つな!人質に当たるぞ!」
隊長格の男がレイに拳銃を向け進み出る。レイは歩けるもののグッタリしていた。脱出する前に薬剤でも無理やり吸わされたのだろうか。
「綾波っ!」
「まて特務一尉。ここは隙ができるまで待機だ」
慌てるシンジの肩に手を置く隊員。向こうからもこちらの姿が見えているのだろう。警備隊のいる方を的確に見ている。
敵は自分達の車が全てパンクしている事に気が付いたのか、もう一歩前に出て叫んだ。
「おい!車を用意しろ!直ぐにだ!」
新たな要求をする犯人達。マユミの叔父も周囲を警戒しているが余計な口は出していない。
だがさらに彼らを焦らせるような事態となる。
山荘の方から軽い爆発音がした。
あれは恐らく手榴弾。自分達は保有していない事からNERV側が使用したのだろう。
となれば時間稼ぎとして残していた部隊は壊滅したと判断しても良い。挟み撃ちになってしまう。
シンジもそれを聞いてゆっくりと移動を開始する。アスカも心配そうな顔をしてついてきてくれた。
犯人達が車を盾にしている一方、山荘を完全に制圧したのか、犯人側の窓が数枚開き、するりと消音器が数cm顔を出す。
目標は武装している者達だろう。
「シンジ。多分武装した奴らは狙撃されるわ」
アスカが小声でシンジの頬を指で押して山荘の方へ向け、窓から顔を出す消音器を確認させる。
「・・・・・・みたいだね」
それを確認したシンジは拳銃の薬室を見て、弾が装填されている事を確認した。
「待って。シンジが殺るなら私が殺る。私の方が慣れてるからっ・・・・・・!」
「ごめんね。僕は逃げちゃいけないんだ。父さんやミサトさんの後を追いかけるって事はこういう事なんだよ」
アスカは小さい頃から・・・いや、培養器の中で目覚めてから今まで軍事訓練を叩き込まれてきた。普通の人間としての生き方も学んだが、圧倒的にエヴァンゲリオンに乗る訓練の方が多かった。
その中には【殺人】という行為をどう行うのかという講義もあった。実際に殺したことはないが、アスカはなんの躊躇も無く敵を屠る事ができるだろう。
シンジは殺人を含め全ての【暴力】が嫌いだった。特殊な環境で産まれ、母親を亡くし、父親から避けられ、周りからは忌み子のように扱われた。
紆余曲折を経て、結果的には父親の後を追うような将来像となりそうだった。それ以外の道もありそうだが、碇シンジとして産まれた以上、その運命からは逃れられない。ならば1番まともな選択肢を選ぶしかないのだ。
暴力が避けられないのなら行使しよう。
大切な人を守るためならば人だって殺してみせよう。
シンジの覚悟に圧されたのか、アスカは小声で「わかった」と言った。無論納得はしていないと思うが。
「聞こえなかったのか!早くしろ!」
レイを抱えながら叫ぶ男。部下も周囲を見渡しNERVの人間を確認しているが、ついに室内から覗く銃口に気がついてしまった。
慌ててそちらに自動小銃の銃口を向けるがもう遅い。特殊監査部の隊員は的確な狙いで武装した敵を狙撃した。
「な・・・に!?」
しかし運悪く、部下の1人が狙撃される寸前に隊長を押し出して位置をずらしてしまう。結果3人は射殺したが、隊長は肩に命中してしまった。
ただ狙撃の反動でレイは解放され、ふらつきながらも林の方へ逃げようとする。
「おい!人質が逃げたぞ!」
マユミの叔父がそう言ったが、彼は彼で狙撃されない場所に避難したため動けない。
隊長は拳銃を拾い直しレイに向けて銃口を向けようとした。
「ダメだ・・・!綾波!」
シンジは茂みから飛び出して拳銃を構える。隊長は突然現れたシンジに驚き、そちらに銃口の向きを変えた。
銃声が2回鳴り響く。
それは一瞬の出来事で、気がついた時にはシンジは引き金を引いており、弾丸は肩と頭に命中した。倒れてなんの反応もない事から即死だったのだろう。
警備隊は一足先に我を取り戻し、レイの保護、犯人の確保を行い、無事奪還作戦は完了した。
倒れた隊長に驚きつつも、シンジは自分が1回しか引き金を引いていない事を覚えていた。ならもう1つの銃声は一体誰の・・・。
ふと後ろを振り向くと、アスカの足元に薬莢が落ちており、彼女が撃った事がわかった。
「アスカ・・・・・・?」
「私も背負うから。シンジを1人にはさせない」
「シンジ君!アスカ!」
アスカがシンジの震える手から拳銃を優しく取り上げる。固まった指を包み込みゆっくりと。
拳銃がシンジの手から離れると、山荘からミサトが飛び出し2人を抱きしめた。
「無事!?無事よね!」
「わっぷ。は、はい」
「ミサト・・・苦しい」
「あ、ごめんごめん」
以外と力持ちのミサトに抱きしめられると豊かな胸で苦しくなる。少し嬉しいが、今はそれどころではないだろう。
「ミサトさん、綾波は・・・?」
「おっとそうだったわ。状況は!」
ミサトが問うと、警備課の隊員が小走りで近づいてきた。
「綾波特務一尉は保護、共犯は眠らせておきました。犯人側の生存者は2名のみです」
「綾波特務一尉ですがガスや薬品の影響で意識が朦朧としており会話ができません。直ちに本部へ搬送します」
「そう・・・作戦終了!これにて撤収する!シンちゃんとアスカもありがとね」
作戦は終了した。
レイは傷1つ付けずにNERVへ帰還する。救出部隊にも被害は無い。ただ、シンジは殺人という永久に治ることの無い傷を負う。
シンジはNERVへ戻った後はカウンセラーの元へ向かい、2時間ほど診断を受けた。しばらくは通う必要があるだろう。
その夜、シンジとアスカ、レイがミサトに連れられて訪れたのは、NERV本部にある独房だ。
まぁ独房と言っても最低限の設備はあるし暮らすに越したことはない。もちろん窓は無く扉は1つで24時間監視だ。
4人が部屋に入ると、マナとマユミは一瞬怯えた表情でこちらを見た後、シンジ達であると認識すると表情を和らげる。
2人は椅子から立ち上がると、シンジ達が口を開く前にペコリと頭を下げた。
「「ごめんなさい!」」
普段大きな声を出さないマユミでさえも、マナと同じくらいの声量だった。
「事情は聞いていると思います。本当にごめんなさい」
「別にいい。碇君が助けてくれたから」
レイは自分が危険な目にあった事は理解していたが恐怖はなかった。意識が終始朦朧としていたという事もあるがらやはりシンジが助けてくれた事が大きかった。
それから二言三言2人はレイとやりとりをしたが、珍しくアスカが口を挟んでくることは無かった。母親が人質になっていた事が効いているのだろう。
知った顔と話したことで心に余裕が生まれたのか、マユミは思い出したかのようにこう言った。
「あの・・・叔父と母はどうなるのでしょうか」
病院の治療代を払っているのは確保された彼女の叔父だ。これで病院から追い出されて母親が死んでしまったら元も子もない。
「安心して。お母さんはNERVの病院に移します。叔父さんは・・・首謀者のため身柄をこちらで拘束します」
「警察には渡さないんですか?」
「我々としてもこの事件は警察やマスコミにあまり触れて欲しくないのよ。だから内々で処理するわ。後は・・・わかるわね?」
「・・・・・・はい」
やはりマユミは優しい子だ。酷い目にあったとはいえ、これから叔父がどうなるかを理解し悲しんでいる。
「・・・・・・私はどうなるんですか?」
「霧島さんは戦略自衛隊に一旦身柄を返します。後は向こう次第でしょう」
「・・・わかりました」
2人が解放されたのはそれから直ぐだった。学校からはマナはお役所関係の用事のため、マユミは身内の都合のため、それぞれ第2新東京市へ戻る事になった。
クラスメイト達は心配したが、担任からは少しすれば戻ってくると説明を受けたので待った。しかし1ヶ月経っても、2ヶ月経っても2人は戻っては来なかったが、夏が終わり木の葉がオレンジ色に染まるころ、マナとマユミは笑顔でクラスに戻ったのだった。
それはともかくマユミの叔父はというと、NERV本部内にいた。それも限られた人間にしか開示されていない秘密の部屋に。
窓が無いため日は当たらず、光や風、室温は全て機械によって調整されていた。
叔父が目を覚ますと、自身が部屋の中央の椅子に括り付けられている事に気がつく。暴れてみたが錠は外れそうにない。
ふと部屋の角に監視カメラがある事に気がつくと、そこへ向かって叫んだ。
「ここは・・・ここはどこだ!誰かいないのか!」
おそらく自分を見ている者がいるはず。そして接触もしてくるはずだ、と思った。
その予想は当たり、部屋に2名の男が入ってきた。
「碇ゲンドウとお前は・・・確か内調の?」
「加持です。あと私の所属はNERVですがね」
部屋に入ってきたのはゲンドウと加持だった。
ゲンドウはいつも通り制服姿だが、意外にも加持はスーツを着用していた。
「さて、山岸議員。何か言う事はあるか」
「なにぃ・・・?」
「特務機関NERVエヴァンゲリオンパイロット、綾波特務一尉誘拐の件ですよ。あなたが主犯なのはわかっています」
「私を警察へ突き出すか。ふん、私は何も話さないし直ぐに釈放されるだろう」
ここまで言うのなら、案外彼の同士は多いことになる。ゼーレは裏から世界を操ってきたため、その影響下にいる人間の数は数え切れない。苦しんだ人もいれば甘い蜜を吸っていた人もいるだろう。
となれば警察やその上に顔が効くのも納得がいく。彼の言う通り釈放されてしまうだろう。それはゲンドウや加持もわかっていた。
「ところでもう1人いただろう?彼はどうした」
もう1人というのは一緒に捕らわれた人間だろう。確かにNERVに連れてきたのは間違いない。
「彼は・・・その、先程まで
加持が言ったのは衝撃の一言だった。一応ストレートに話している訳ではなさそうだが、言葉の意味は嫌でもわかる。これまで行動を共にしてきた同志は死んでしまったのだろう、と。
彼も主犯格の1人。本来ならば警察に突き出すのが普通だが、叔父はNERVが普通の人間でない事を忘れていた。
NERVは敵対こそはしたが元はゼーレの最高戦力。正面戦力から工作員まで、現在では1ヶ国かそれ以上に相当する。
「は・・・・・・?」
「後はお前だけだ。あまり手こずらせてくれるなよ。加持、あとを頼む」
「はい」
「ま、まて!話をしようじゃないか!」
「・・・・・・」
「まぁまぁ。これからたっぷりとお話をしましょうかね」
必死にゲンドウを引き止めるが、止まることはなくそのまま部屋を出て行った。
それから数日経ったある日、長野県の山道にて車が崖下に落ちたという通報があった。
警察と消防が向かった時には車は爆発炎上しており、鎮火して遺体の確認を行うが損傷が激しく外見での身元判明は難しいと判断される。
彼の身内の捜索依頼が出された事もあり、遺体がマユミの叔父がある事がわかったが、原因は突き止められなかった。
結果として叔父の死亡は事故として扱われ、NERVどころか第3者の介入を疑う者はいなかった。
また、対NERV勢力はその筆頭であった男を失い、積極的な活動は停止せざるを得ない状態に陥っていくのであった。