ミサトの家で歓迎会をやった翌日、シンジはリツコの研究室に訪れていた。理由はもちろん初号機の件について。
正直それだけの話で終わるとは思っておらず、何かしらの追及はあるとシンジは思っている。
「さて碇シンジ君」
「はい」
「これからいくつかの質問をするわよ。まず、初回からシンクロ率が高かったのはなぜかしら?」
「なぜ?あんなものじゃないんですか?」
シンジはとぼけた表情でリツコを見る。
「初回は40%もシンクロしていればすごい方なのよ。でもあなたはその倍以上。不思議がらない方がおかしいわ」
エヴァンゲリオンは未だNERVにとって完全には理解できておらず、パイロットに頼っている部分もある。特にシンクロ率は補助としてプラグスーツを開発しただけだった。
なので最初のシンクロ率は50%もいかないはずなのだ。
だがシンジは軽々と初号機を操り、ATフィールドも発生させ、使徒を殲滅した。普通はありえない話だ。
「実は乗っている時・・・・・・母さんがいるような気がしたんです。だから身を委ねたら上手くできました」
なんとか誤魔化すため、シンジは頑張って説明する。
「っ!?」
「赤木さん?」
「なんでもないわ。じゃあ次にいくわよ」
明らかに様子がおかしいリツコ。
そう。彼女はシンジが初号機に母親・ユイの存在を感じた事にびっくりしているのだ。
リツコは初号機の実験でユイが取り込まれたのを見たわけではないが、ゲンドウや亡き母ナオコから聞いたり、1部の者しか見れない資料を読んで知ったのだ。そもそもE計画の中核として知らないはずがない。
実験当日、シンジはあの場所にいた。だが取り込まれた時の記憶は彼から取り除かれているはず。それなのに初号機の中でユイの存在を感じているシンジに驚きを隠せない。
しかし真実を知らないシンジ(実は知っている)にそれを教えるわけにはいかず、強引に次の質問に移った。
「ATフィールドを使えたのはなぜかしら?それも偶然には思えない。しかもナイフに纏わせていたわね?」
「それは・・・・・・」
少し厳しい質問だ。
サードインパクトが起きた世界のシンジの記憶から、ATフィールドは心の壁、つまり他者を拒絶し自らを守るためのバリアと認識している。
しかしその存在を14歳の少年が知るはずもなく、なぜ攻撃に使ったのかが疑問なのだろう。
「通常兵器が効かないほどの強度ならそれを纏わせればいいんじゃないかと思ったんです」
少々苦しい答えだが、シンジにはこれ以上の返答は思いつかない。
「・・・ふぅん。一応説明しておくけど、ATフィールドは破壊できないの。同じATフィールドを持つ者だけが中和、無力化できるのよ」
リツコは言う。
「はぁ。じゃ、今回の戦闘は偶然ってことにしておくわ。今回はね」
なんと、偶然ということになってしまった。もちろん完全に納得したわけでは無さそうだ。その証拠に疑っている姿勢は崩していない。
「それじゃ碇シンジ君。パイロットの君からしてこれからどうなると思う?」
「え?」
「私はエヴァンゲリオンを管理する立場よ。パイロットの意見も聞く必要があるわ(実験材料として、でもあるけど)」
この時シンジはリツコが自分の事をモルモットとして見ていると察した。もちろん人間として扱っているだろうが、自分を見る目が普通の人と違う事に気がついたのだ。
でもいい質問をしてくれた。リツコはMAGIを動かしても不審に思われない立場だ。ここで未来の事を示唆してもいいかもしれない。
「えっと・・・・・・使徒はまだ来るんですか?」
「ええ」
「ここに来るんだったら、やっぱり戦力を集中させて守るしかないんじゃないでしょうか?」
「その通りね。ま、及第点ってとこか」
「あと・・・もし使徒を全部倒したら、その後怖いのは人間ですよね」
「どうしてそう思うのかしら?」
リツコは驚いてペンを落としそうになる。
「だって、使徒がいなくなったら世界で1番強いのはNERVじゃないですか。もしかしたら戦争になるかも。人間の1番の敵は人間なんですよ」
シンジの言葉には一理ある。
使徒を倒すために生み出されたエヴァンゲリオン。使徒を殲滅したら世界中の人に「敵は殲滅しました」と発表しなければならない。隠し通しておける問題ではないからだ。
そして世界のトップは思うだろう。
ゼーレ抜きで世界で最も力を持つ者。それは国連軍でもなく、戦略自衛隊を保有する日本でもなく、ATフィールドを展開できるエヴァを持つNERVであると。
NERV職員の中でも同じような事を考えた人はいるが、その先が怖くて中々言い出せずにいたのだ。
「面白い事考えるわね。続けて」
「僕だったら圧力をかけてNERVを解体させます。もちろん受け入れられそうにないですけどね」
「それで?」
「国連軍とか戦略自衛隊に動いてもらってNERVを制圧、もしくは殲滅させます」
「・・・・・・なるほど。もういいわ。あ、ミサトから聞いてると思うけど、明日から学校よ」
「え?聞いてませんけど」
「はぁ・・・?全く相変わらずね」
ミサトのずぼらな性格にリツコはため息をつく。ちなみに、この時使徒襲来に備えて対策を練っていたミサトが盛大にくしゃみをしたのは誰も知らない。
「それじゃ失礼します」
「ええ、ご苦労さま。そうそう。君の他にも綾波レイっていうパイロットがいるから、早めに挨拶しときなさい」
「はい」
シンジを見送るリツコ。
再び1人になるとデスクに向き合い、先程のシンジの言葉を思い出す。
(人間の1番の敵は人間・・・・・・か)
リツコはタバコに火をつけて考え事を始めた。
さっきのは14歳の少年にしては考えすぎな意見だ。
しかし、とてもリアルな未来。彼は誰も深く考えたくなかった話を追究し、口に出した。
(さすがはあの2人の子供ってとこかしら?)
シンジはNERVにおいて天才的な頭脳を持った2人の子供。頭が悪いはずがないのだ。リツコはそう結論付けると、パソコンに手を伸ばした。
♢ ♢ ♢ ♢
マンションに帰ったシンジは、玄関にミサトの靴が置いてある事に気がつく。
「あれ?ミサトさん帰ってるのかな?」
廊下を歩いていてリビングに出ると、ミサトが書類に埋もれていた。
「ただいま」
「おかえりぃ・・・・・・」
「なんです?それ」
「今回の使徒を参考にした使徒殲滅作戦案と使徒による被害報告書等々よ。数が多くてやになっちゃう」
「お茶でもいれますよ」
「おっ、サンキュー」
家でやる必要は無いだろうとシンジは思ったが、顔に出ていたのかミサトが説明してくれた。本来なら本部でやる仕事だが、今回はパイロットとの交流を増やすために早く帰れと言われたそうだ。
しかし仕事の量は変わらず、こうしてペンを握っているわけらしい。
お茶を飲んで一息つく2人。
するとミサトが思い出したかのように椅子から立ち上がる。
「あっそうだ。シンジ君」
「はい?」
「これ」
そう言ってソファに置いてあった箱から渡されたのは黒い制服だった。
袋から出してみると、それがNERVの制服であると分かる。上下の色は黒色だが、上着は黒い下地に紫と蛍光グリーンのラインが並んで縦に入っている。階級章はない。
「パイロット専用の制服よん。成長期だから少しダボつくかもしんないけど我慢してね」
「は、はい。ありがとございます」
前回こんなものは無かった。もう1人のシンジの記憶にも無かった。この瞬間、今いる世界は本当に前と違う世界だとシンジは悟る。
「えー、では碇シンジ君、君をNERVの特務一尉として任命します。改めてよろしくね」
「特務一尉?」
「それがNERVでの君の階級。パイロットは人数少ないし、命懸けで戦ってるんだからこれくらいの階級は必要なのよ。軍隊みたいな権限はないけどね」
「は、はぁ。まぁこちらこそよろしくお願いします。ミサトさん」
笑いながら敬礼をしたミサトに、シンジも敬礼で返した。
ミサトの言う通り、特務一尉とはNERVのパイロットのみに与えられる階級だ。一応大尉だが、軍隊のような権限はほとんどない。あるとするならば、作戦行動中において作戦内容に意見具申できるくらいだ。だから部隊を率いる権限はない。
「あ、そういえば赤木さんから聞いたんですけど、僕明日から学校なんですってね」
「・・・・・・あーーーーーっ!」
シンジの発した言葉に一瞬固まったミサト。そして夕日で赤く染まったコンフォート17に、彼女の声が響き渡った。
その夜。
NERVのMAGIにある個人専用のログには、このような事が書かれていた。
『計算結果』
・使徒殲滅後のNERVへの日本政府による干渉
90%
・使徒殲滅後のNERVへの国連による干渉
95%
・上記の組織からの要求を断った場合の国連軍や戦略自衛隊による
NERV侵攻作戦
99%
・現時点の戦力でのNERV防衛戦の勝率
10%
この時のNERVは対使徒の装備がほとんどだし、そもそも第3新東京市の装備も射程を減らして威力を増したものが多いから正規軍に勝てるわけがない。
エヴァを出してもアンビリカルケーブルを狙われて終わり。運良くエヴァが勝てたとしても、歩兵に発令所が制圧されてる。