「アスカー!朝だよ!入学式だよ!」
朝食の準備を終えたシンジは、アスカの部屋の前で声をあげる。いつもの事なので気にはしていないが、今日は早く起きてもらわないと困る。
なんせ今日は高校の入学式なのだから。
制服は試しに着たので問題ないが、通学に関してはデータ上でしかシミュレーションをしてないので、実際のどのくらいの時間がかかるのかはわからないのだ。
「うるさいわねぇ・・・・・・起きた、起きましたよ」
高校生にもなったのに2人の生活は変わらない。
寝ているアスカをシンジが起こす。
休日は彼女の方が早く起きるのだが、学校がある日はこうせざるを得ないだろう。
朝食を食べ、アスカが洗面所にいる間に食器を洗い、彼女が部屋に籠って着替える頃にはシンジの準備は整っていた。
ちょっとグータラなアスカだが、軍隊生活によって染み付いた習慣なのか、出発5分前にリビングへ戻ってきた。
「じゃーん!」
「うんうん、似合ってるよ」
「・・・・・・なんかテキトーに流してない?」
既に制服の着合わせは終わっている。もちろん互いの姿は見ているので新鮮味は無い。
とはいえ、こういったアスカに対して服装の感想を言わないとうるさいのだ。
第壱高校の制服は中学校とは異なるデザインだが、このちゃんとしたデザイナーが監修しているため少しオシャレな制服に仕上がった。
子供から大人へ成長する過渡期を過ごすために下手なデザインは受け入れられない。結果、かなり良さげな制服だった。
後の話だが、制服でこの高校を受験する中学生が増えたらしい。
「それよりそろそろ出るよ」
「はーい」
2人は玄関から外へ出る。
アスカはシンジと一緒に登校できる事が嬉しかった。もちろん顔には出さないが、内心テンションは上がっている。
アスカは正式に大学を出ているので学歴に問題は無い。そのため高校に行く必要はないのだが、彼女自身の願いで通う事が決定した。
ウッキウキでエレベーターへ向かおうとするアスカだったが、視界にはなぜかシンジ以外の同僚の姿が映り込んでいた。
「・・・・・・ちょっと、なんであんた達がいるのよ」
「だって・・・同じ学校」
「なんでとは心外な。僕達も第壱高校へ通う事くらい知っているだろう」
・・・・・・まぁ同じ建物に住んでいればかち合う事もあるだろう。さらには同じ高校へ行くのだから登校時刻も同じになってしまう。
というか2人がシンジのいない学校へ通う事はありえないだろう。
アスカに睨まれたレイとカヲルは不思議そうな顔をして答える。
天然か?と思いたいが、一切悪気が無いとは言い難い。
シンジに対して一定以上の感情を抱いているため、付き合っているとはいえ彼と共にいる事を諦めたわけではないのだ。
「まったくしょうがないわねぇ。行くわよ!」
ただし、最近はアスカも慣れてきたのか、以前の様にキーキー叫んで追い出そうとはしなくなった。
いくらレイやカヲルがシンジに接近したとて、正式な彼女はあたしなのだという自信があったのだ。
第壱高校は第3新東京市都市部から少しだけ離れた場所にある。といっても第壱中学校より数百m遠くなっただけではあるが。
通学にはモノレールを使うので凄い遠いと言うほどではない。
高校の最寄り駅に降り立つシンジ達。
駅には高校の校章がプリントされた腕章を付けた誘導員が配置されており、シンジ達と同じ制服を着た生徒達を高校の方向へ誘導している。
「第壱高校は北口の階段を降りて大通りを真っ直ぐ進んでください!」
という声に誘導され、シンジ達は北口へ向かう。
誘導員は交差点毎に配置され、新入生が迷わないようにされていたため、シンジは第壱高校へ無事到着することができた。
「やっとついた・・・・・・」
「なかなかいい所じゃない」
「古い校舎を改修したらしいからね。築数年ってとこでしょ」
校舎を見ながら話すシンジとアスカだったが、後ろの2人からは言葉は出てきていない。何かあったのだろうか。
「綾波?カヲル君?」
「いや何。こっちを見てる人が多いと感じただけさ」
「まさかスパイ!?」
「違うわアスカ。多分NERVの人」
レイとカヲルは周辺の警戒をしていたらしい。
しかし監視していたのがNERVの人間である事がわかると険しい表情が一変した。
NERVというと保安部警備第三課か特殊監査部だが、チルドレンの警護であるならば保安部の方だろう。
シンジも周囲を見てみると、保護者にしてはあきらかに場違いな男達があちらこちらに見られた。この分だと宙からも観ているに違いない。
「てことはこの会話も聞かれてるのね。変に慌てちゃったじゃない」
アスカの言う通り、この会話はNERVの総合技術部(リツコがトップとなり再編された部署)お手製の盗聴器によって発令所に筒抜けとなっていた。
なお、この後にNERVへ行った際、今後は会話の盗聴は行わないと言われた。まぁ会話をモロに聞かれないだけマシというもの。
「おや、注目を集めちゃったみたいだね」
「「え?」」
カヲルの言葉に促されるように周囲を見回すシンジとアスカ。
彼らの周りを通り過ぎる生徒達、在校生・新入生に関わらず、4人に注目していた。離れた箇所には野次馬の如く立ち止まって観察している者達もいる。
原因は明らかだ。
こんな美男美女が1箇所に固まっていると目立つに決まっている。
シンジはアスカ達の美しさは当たり前だと感じていた。特にアスカはまだ中学生っぽさが残っているものの、中3の1年間は彼女の成長を促すには十分な時間だった。
レイとカヲルは言わずもがな、相変わらずの見た目だった。一応ヒトと同じように成長していくらしいが、シンジにはそこまで変わったように思えない。まさか30代や40代になってもこんな感じなのだろうか。
とは言え、シンジも決して例外ではない。
顔は母親のユイに似ているため中性的だが、男っぽさも相まっていい感じに仕上がっている。上手くやれば30歳になっても20代だと言えるだろう。
「なぁ、あれ1年生だよな」
「ああ。総じてレベルが高い噂は事実だった」
「特にあのこは段違いだ」
という男子や、
「あの人イケメンすぎない?」
「肌白!なんで!?」
「隣の1年男子とはどういう関係かしら」
という女子もおり、特に在校生側の声が大きかった。
「どうやら見る目はあるみたいね」
腰に手をやり周囲に視線を飛ばすアスカ。
彼女に言い寄ろうとする男子はいるだろうが、彼らはアスカの本性を知らない。
(可哀想に・・・あの人達はアスカがシマエナガじゃなくて鷹なのを知らないんだ)
シンジは今後彼女の本性を知る者達へ向け心の中で合掌した。
「ちょっとシンジ、変な事考えてるでしょ」
「キノセイキノセイ。さ、クラス分けを見に行こう」
まだゴリラと例えられないだけありがたいと言うべきだろう。
勘のいいアスカからの追求を躱し、シンジは昇降口横に掲示されているクラス分けの表に向かって行く。
クラス分けの表が張り出されている場所には入学してきた1年生がひしめき合い、押すな押すなと言いながら自分のクラスを確認していた。
シンジ達は自分のクラスを確認しようとした時、隣にいたグループから声がかかる。
「センセ?センセやないか!」
「え、碇君?」
「トウジ?それに皆!」
話しかけてきたのはトウジだった。
まぁ同じ高校なのだから会うのはわかっていたが、このタイミングだとは思わなかった。
「やぁ碇。アレ見ろよ」
ケンスケの指す方へ視線を向けると、そこにはシンジを始め、いつもの友人達の名前が全員載ったクラスがあった。
その他に第壱中学校のクラスメイトの名前も何名か見受けられた。中3のクラスではおよそ半数が第壱高校へ進学しているのだ。
去年の事といい、試験結果は無いだろうがクラス編成には何らかの力が働いているの可能性あった。
まぁパイロットは1箇所の方がいいのはわかる。
「すごい!皆一緒じゃないか」
「また碇君と一緒になれるね?」
「よろしくお願いいたします、碇さん」
マナとマユミもこれから3年間は一緒の学校に通う。
あんな事もあったが、それより良い思い出を作りたいとシンジは考えた。
「ほら皆行きましょうよ。混んできたわ」
相変わらず彼らを動かすのはヒカリだ。委員長の癖が抜けていないのか、これが彼女自身の性格なのか・・・・・・。
シンジ達がクラスへ到着すると、既に2割ほどの生徒が座席に座っていた。
教室へ入ってきたシンジ達(主にパイロット)を見た彼らの反応は、声をあげる余裕すら無かった。
それから入ってくる生徒達から、アスカに見とれる者が続出し、担任教師もが一瞬呆気にとられた。いやあんたは写真で知ってるだろう。
「コホン、1年E組担任の一木だ。今後1年は僕が持つからよろしく」
「「「よろしくお願いします」」」
「さっそくだけど入学式は体育館で行うから、A組から体育館に移動するよ。呼ばれるまで今から配る書類に必要事項を書き込むように」
そう言って一木はシンジ達に何枚かのプリントを配る。教材やお知らせの届け先に変更はないか、どうやって登校しているのか、何か学校側へ伝える事はないか等を記入するらしい。
シンジ達は変更無しにチェックを入れるだけ。
ただし、NERVの事に関してはそちらが優先される。使徒がいなくなったとしても、世界規模の治安組織を謳うNERVは、その任務を遂行しなければならない。それが力を持つ者の義務なのだから。
一木は書き終わったプリントを回収していると、廊下が騒がしくなってる事に気がつく。もしかしなくても移動が始まったのだろう。
「お、始まったな。じゃあ移動準備!貴重品は持つように!」
その後、シンジ達は係りの者に呼ばれ体育館へ向かう。
入学式はなんの問題も無く終わる。どこかで見たことのある顔があちらこちらにいたが、これも警備の一環として諦めた。まるでVIPだ。
今日は入学式のため半日で学校は終わった。しかし、下校したのが12時過ぎであったため、このまま帰るのも億劫だ。
トウジやケンスケ達は先に帰ってしまったが、パイロット達はNERVへ向かう事に。食堂で昼食をとるためだ。
NERV職員に対しての福利厚生は充実しているが、中でも特殊な任務に付く者はさらに手当が貰える。
中でも、エヴァンゲリオンパイロットは本部待機を命じられる事もあり、食堂利用費がタダなのだ。無論売店は例外だが、これだけでもかなりありがたい。
というのも、成長期である彼らは肉体の成長が再開したため、トレーニングや訓練後に摂取するエネルギー量が増えたのだ。
シンジなんて1食の量が1.5倍になってしまった。太らないという事は、摂取したエネルギーを余すこと無く消費しているという事だ。
「こんにちはー」
「あら碇特務一尉・・・おや皆さんお揃いで」
食堂のおばちゃんはシンジと後ろにいるアスカ達に気がついた。
「綾波特務一尉はいつものね?」
「お願いするわ」
「後はどうしましょうか?」
シンジ達は悩んだ末、全員カツ丼を選んだ。
少しの間待つと、カツ丼定食が3つと豆腐ハンバーグ定食が出てきた。
「お待たせしました」
「はーい!」
良い声で返事をしたアスカを先頭に、それぞれがトレーを持って席へ向かう。
とある大学は安いものの「とても美味しい」とは言えない飯が出てくるという。しかも味に飽きがきてしまうので、少し値上げをしても良いから質を上げてくれと要望が絶えないらしい。
「いっただきまーす!」
席に着くなり昼食にありつくシンジ達。あんな時間に学校から放り出されたらこうなってしまうのも必然だろうに。
そして相も変わらずこの食堂の飯は美味しい。外から来たお客さんもここの食堂の人気は高いらしく、「出前よか食堂で」という方もいるのだ。
シンジも毎日自炊するが、毎回はここまで上手に作れない。
いつかこの食堂で料理をつくってみたいなぁと考えるシンジだった。
食べ始めてから10数分。
用意された昼食はあっという間にシンジの腹の中へ消えた。レイでさえいつもより食べるスピードが早かったので、よほど空腹だったのかがわかる。
「ふう、食べた食べた。シンジ、お茶」
椅子に寄りかかり一息つくアスカ。
少し怠惰ではないだろうか。
「自分で入れてきてよ・・・・・・」
「シンジ君のは僕が入れてこよう」
「アスカ、私ほうじ茶」
「ぬわぁんであんたのお茶をあたしが持ってくるのよ!」
仲がいいのか悪いのか、2人のこういったやりとりは前と変わらない。互いに嫌ということでは無いらしく、大人になっても続くのだろう・・・・・・アスカには成長して欲しいが。
「ほら特務一尉達、デザートよ」
するとタイミング良く先程のおばちゃんがそう言ってシンジ達の前に追加の皿とコップを置く。
コップの中身は紅茶だろうか。
「これ何です?」
「葛城一佐の命令よ。入学祝い」
彼女が持ってきた皿にはケーキが乗っていた。さすがに大量生産品ではないだろう。とは言え店舗で作った物とは言い難い。
「もしかして手作りですか?」
「正解。NERVにもお菓子作りが得意な職員がいてね、彼女達に手伝ってもらえたのよ。さぁ食え新入生!」
「「「いただきまーす」」」
人の想いが込められた料理は美味しい。
いつも量産品で済ませているシンジ達は、普段は食べない手作りケーキを味わった。
今年度でシンジ達は今年で16歳になる。
思えばミサトがこの歳の時にはセカンドインパクトが起きていたのだ。
爆心地にて神を目撃し、父親を失い、自分も大きな傷を負った。セカンドインパクト前は平和な日々を過ごしていた。
人はシンジ達チルドレンを【運命を仕組まれた子供達】と呼ぶが、逆にミサトの年代に近い者達こそ、【運命を変えられた子供達】と呼ぶべきではないだろうか。
しかし、シンジ達はその運命を断ち切った。
使徒やゼーレの呪縛、裏死海文書の予言に打ち勝ち自由を手にする事ができたのだ。
これからの人生はシンジ達自身のもの。
彼らの物語は新たなる章へ移行したのだった。