世の中がゴールデンウィークで各々が休んでいる中、シンジはマリと共にパナマへ・・・正確にはパナマ運河へ向かっていた。
事態が発生したのは3日前。
パナマ運河の両端にあるガツン閘門とミラフローレス閘門が反政府軍によって選挙されてしまったのだ。
NERVの発令所でも突然の警戒アラートに職員達は驚き非常呼集をかけた。
「平日でよかった。休日だったら大変だよ」
「まったくです」
青葉の言葉にマヤは頷く。
確かに休みの日であれば平日のように人は多くない。もちろん24時間365日待機のため出撃には問題無いようにしているが、人間休みが必要なのは仕方の無いことだろう。
「皆!」
アラートに続いて発令所に響いたのはミサトの声だった。
「葛城一佐、既に非常呼集をかけました。もう少しで各所の配置は完了します」
「ありがとうマヤ。日向君、エヴァパイロットはそのまま待機させといて」
「了解です」
ミサトは日向にそう指示を出す。今日はレイとカヲルが待機しており、零号機と陸号機の出撃準備も完了していた。
「葛城一佐。状況はどうか」
ミサトが日向達やスクリーンから情報を収集していると、上からゲンドウの声が聞こえた。
オペレーター達と振り返ると、ゲンドウは冬月を伴いデスクに座っていた。いつの間に・・・・・・。
「はっ。1時間ほど前にパナマ運河の両端にある水門が占拠されました」
「敵の正体はわかっているのか」
「現地諜報員、国連とNERVの偵察衛星で情報を収集中です」
詳細は不明だという。
1時間が経過したのみではさすがに細かい事はわからないのも仕方が無い。
職員が関係各所に連絡をとっていると、ミサトの後ろから不穏な気配がした。
「っ・・・・・・!なんだ加持か」
「よぉ。情報持ってきたぜ」
「遅いわよ」
なにちちくれてるんだか・・・というオペレーター達の視線を受けながら、突然現れた加持は日向のコンソールに小型記録装置を差し込み情報を直接転送した。
機密情報も取り扱う特殊監査部はインターネットを使った情報転送は極力使用しない事にしているのだ。
「報告。敵の正体は【パナマ独立義勇隊】を名乗る武装集団です。規模はおよそ2万人」
「2万人ですって!?」
加持の情報は足りない部分を補足するには十分だった。
パナマ運河は全体を占拠されたわけではないものの、両端を抑えられたために通行ができない。敵の規模は約2万人に達し、それぞれの水門に1万人が陣地を構築済みだった。
最悪なのは後詰めがいる可能性あるという事だ。
現在のパナマは半ば米国の植民地化されており、世界的にはありがたく利用しているがパナマ国民にとっては屈辱だった。故にいつかは爆発するのではないかと各国で思われていたが、まさか今だとは誰も思うまい。
占拠した連中は武装集団とはいうが、パナマ正規軍が武装集団側に組みしているらしく、武装集団程度が入手できないはずのMBTやSAMを用いていた。ちなみに、この世界ではパナマは小規模ではあるが軍隊を保有している。沿岸防衛と治安維持を目的とする4個師団とヘリコプター隊で構成され、国連軍に組み込まれているものの、特殊な環境故に出動要請はほとんど無い。
「つまりクーデターか」
「ええ。驚く事に連中のトップは共和国軍司令長官だそうで」
後詰めの可能性あるとはそういう事だ。
司令長官の名のもとに新たな部隊を反乱させる事もできるだろうし、声明を出せば賛同する国民によって志願兵を募る事が可能だ。
ただし、パナマ共和国政府は独立義勇隊によって制圧され管理下に置かれたものの、アメリカ寄りの閣僚が脱出に成功し、一部の部隊によって保護されていた。
彼は既にアメリカ政府に支援要請をしているらしい。
「という事はアメリカと戦争かね」
「その場合国民感情は反米に傾くだろう。今度こそアメリカ政府はパナマを併合するだろうからな」
冬月とゲンドウはそう結論付けた。
「司令。如何しますか?」
いつの間にか発令所にいたリツコがゲンドウに問う。
「総員、第三種戦闘配置。警戒態勢を維持せよ。最悪の場合は国連の決議に関わらず出撃する」
「了解」
ゲンドウの命令によって、NERVに第三種戦闘配置が発令された。
警戒態勢とはいうが、エヴァンゲリオン全機が出撃できるよう、整備員はケージに走り込んで制御盤に飛びついた。追加のパイロットはまだ呼ばないが、VTOL輸送機による回収準備は完了している。
また、ジオフロントへと新規入場は規制され、一部の列車を除いてモノレールは手前の駅が終点となった。
保安部の警備隊員が第3新東京市やジオフロント内に配備され、重武装ではないが周囲の警戒にあたる。
パナマ独立義勇隊の反乱行動が世界に及ぼした影響は大きい。なぜなら太平洋と大西洋を結ぶ航路として昔から重宝されてきた運河であり、航行日数を10から20日短縮できるからだ。
特にアジア〜アメリカ東海岸をルート設定している会社にとっては大打撃と言っても良い。
その深刻さが国連を動かす原因となったのか、直ぐに国連安全保障理事会が開かれた。
今回の事案にはどこの国も関与していないため、解決に向け動こうという判断は早かった。しかし、今後の治安維持のために国連軍の支配下に無い部隊を配置する事をアメリカ側が求めたため、会議は閉会できなかった。
このままではパナマ運河は完全にアメリカの支配下となってしまう。それは許されざる事だった。
ただ、アメリカとしてもアメリカ大陸の経済と安全の保証を確保したかったし、軍事的にも優位になりたかった。現在パナマ運河は共和国政府によって管理されているものの、運河建設時の影響で前述の通り半ば植民地と化している。
今度こそ本当にアメリカはパナマを完全に支配下に置くだろう。
「――従って、事態が終了した後は我が軍が運河の安全を保証したい」
「だからそれは貴国の都合だろう!それにパナマ政府にはどう話をつけるつもりか。向こうの国民も納得しないですぞ!」
「せめて国連軍の駐留にしていただきたい。なんのために軍隊をまとめたのか?」
会議は踊る・・・されど進まず。
2日経過しても結論が出る事はなかった。
NERV側からの干渉が無いとはいえ、ここまで長引くとは誰も思わなかっただろう。
経済的損失も増えてきている。各国の負担が増えるばかりだ。
「とにかく米軍の駐留は認められん!」
「ですが我が国はパナマ運河の建設に深く関わっている。約四半世紀前は管理もしていた。無関係とは言えない」
「やはりそれか!」
「そうだ!これを機にパナマを併合する気なのか!」
特にヨーロッパとアメリカの応酬は激しく、現状維持を拘るヨーロッパ側が抵抗していた。そもそもイギリス、ジブラルタル海峡はどうしたのだ。
3日目の午後に突入しても会議は収集がつかなかった。
多少国同士の遺恨が残るが採決に移ろうと数個の国が考え始めたタイミングで、日本側が手を挙げて発言した。
「各々、この問題は世界的にも望ましくない事態です。特にヨーロッパ諸国と取引をするアジア各国にとって」
「それはそうですがまずアメリカの問題をどうにかしなくては」
「私の情報ですとNERVが動き始めているみたいですな」
NERV。
この言葉が出た瞬間各国代表の身体は石にされたように固まってしまう。
アメリカも例外ではない。世界最強を謳うのは彼らではなくNERVなのだから。
「彼らは国連直轄機関ですがゼーレ体制の影響で独自権限が多い。このままでは我らの意思に関係なく出撃するでしょう。であるならば、本件をNERVに一任してみては?解決後の治安維持は国連軍が担うという前提で」
そう。
NERVはゼーレがいなくなったとはいえ、その権限は強い。軍事面、エネルギー面では他国に追随を許さない。
実戦経験も豊富。何よりATフィールドによってほぼ全ての武器は無力化されてしまうのだ。
日本としても国内に存在する武装組織を刺激するわけにはいかない。ただでさえ箱根事変の影響で国民からの信頼度は落ちているのだ。これ以上下げるわけにはいかない。
そのため、ここで国連を動かしNERVに要請するよう促したという実績が必要だった。
日本側の提案は「まぁそれなら・・・・・・」と言った感じに受け入れられ、採決が取られた。
結果は満場一致で賛成。直ちに国連安全保障理事会の名のもとにNERVへ出動要請が出された。
そのNERVでも国連の出動要請が発令されると、新たなアラートが発令所に鳴り響いた。
「国連より通達!パナマ運河鎮圧への出動要請が出されました!」
日向がそう叫ぶ。
「ようやくか」
「ああ。総員第一種戦闘配置」
「了解!第一種戦闘配置!」
「エヴァパイロットを全員招集!今日の待機組は誰だっけ」
続いてミサトが命令を出す。今回はエヴァンゲリオンを長距離で移動しなくてはいけない。速さが求められた。
「今日はマリさんとシンジ君です」
「エヴァに乗せて。そこで概要を説明するわ」
「わかりました」
待機室で寝転んでいたシンジとマリ。もちろん男女の営みがあったわけではない。
2人は室内のスピーカーからエヴァに向かうよう指示を受け、小走りで初号機と捌号機が佇むケージへ向かう。
整備員の指示に従いエントリープラグに入る2人。すると直ぐにミサトの声が聞こえた。
『2人とも。ある程度の事はわかるわね』
「はい。パナマ運河ですよね」
『『今回出撃するのは初号機と捌号機。後は本部で待機よ』』
『どうやってパナマまでいくの?』
マリは当たり前の質問をする。
確かに。ここは日本・・・パナマは遠いのだ。
『国連軍太平洋艦隊第2任務部隊よ』
国連軍太平洋艦隊第2任務部隊。
つまるところ元海上自衛隊の艦船で編成された部隊だ。
規模は当時の海上自衛隊をそのまま受け継いでいるため、戦闘艦だけでも数十隻が存在している。今回は2個駆逐隊8隻を除いて全艦出撃となった。
『え?エヴァの輸送に船を使うの?』
『そうよ』
「ミサトさん、輸送機ってありましたよね?」
『よく覚えてるわね。でも残念な事にユーロNERVにあった機体は全部ゼーレが破壊しちゃったのよ』
「そんなぁ」
おのれゼーレ。滅んでもなお邪魔をするのか。
船での移動はリスクが高いのだ。
エヴァンゲリオンは重い。
その分艦隊速力は落ちるし、輸送艦の燃料代も馬鹿にならないし、いい事は何も無い。
ただし、食事に関しては船の方が良いのは言うまでもない。
『第2任務部隊の輸送艦は既に小田原沖に待機しているからこの後は直ぐに移動するわ』
「はい」
そうミサトが言うと、ガコンッと初号機と捌号機の足元がゆっくりと動き出した。
2機のエヴァンゲリオンは運搬用の台車に載せられジオフロント・・・そして地上へ出る。
地上に出たエヴァはVTOL輸送機が吊り上げて小田原沖に佇む輸送艦へゆっくりとその身体を横たえた。この輸送艦は元々タンカーだったのだが、NERVが買取りエヴァンゲリオン専用輸送艦に仕立てたのだ。ただし管理は国連軍に任せてある。
なお、その間かなりの時間が空いていたので、今回の作戦をミサトはシンジ達に話していた。
『じゃあ作戦を説明するわ。今回はアスカのような空中投下はできないから、陸からの攻撃になります』
『同時攻撃じゃなさそうだね』
『ええ。各個撃破の後、現地の治安維持は艦隊に組み込まれた強襲揚陸艦の海兵隊が行います
。まずは西側から攻撃してもらうわ』
「敵の規模は増えてるんですか?」
『残念ながらね。MAGIの予想だとミサイル部隊が組み込まれた可能性があるから油断しないように』
簡単な説明を終えると、シンジ達はそれぞれの輸送艦に設けられた待機スペースで個人の時間を過ごした。
シンジは作戦の都合上マリとしか会話ができなかったが、彼女もシンジを楽しませようと色んな事で話をしてきた。でもアスカとの子供はいつかと聞くのはやめて欲しい。
艦隊速力を最大にして太平洋を西進する第2任務部隊。
さすがのシンジも船内生活に飽きてきた頃、ようやくパナマ沖に艦隊は到着した。
『2人とも準備はいい?現在は水深が比較的浅い所にいるからエヴァの腰の高さまで海水が来る予定よ。だから起動後は輸送艦から降りて移動して』
「なんかカッコよくないですね」
『つ、次があったら空挺降下にするから』
アメリカの支部に所属するVTOL機による輸送も考えたが、輸送中にミサイル攻撃があったら堪らない。向こうはSAMを用意しているのだから。
ただまぁ、海をザブザブと移動するエヴァはシュールだ。実際に目撃した国連軍兵士は微妙な表情をしていたという。そも海水とか大丈夫なのか。
『とにかく各個撃破で頼むわ。重装備品が最優先目標よ。では、エヴァンゲリオン発進!』
「エヴァンゲリオン初号機!」
『エヴァンゲリオン捌号機!』
「『起動!!』」
♢ ♢ ♢ ♢
結論から言うとパナマ共和国のクーデターはあっという間に制圧された。
敵拠点に突入したシンジとマリは近接武器を用いて装甲車両を破壊してまわり、たまに歩兵を薙ぎ払った。
だが合流したといミサイル部隊の姿は見当たらなかった。とりあえずこの場を制圧しようと判断すると、遠くの方から何かが打ち上げられた反応があった。
どうやらミサイル部隊はカリブ海側に配置していたらしい。
ミサイルの中には某国の滑空体が存在し、不規則な動きをするミサイルがシンジ達を狙う。
シンジとマリは映像等の情報をNERVに送りつつ、ATフィールドを展開してそれを防いだ。以前ロシア軍のミサイルを受けた事があったが、それよりも威力が増しているように感じる。
眼下の有象無象をなぎ払い、まるで特撮のワンシーンであるかの様に装甲車両を踏みつけ佇むエヴァンゲリオン。
遠距離攻撃以外の攻撃が止んだという事はこの場はほとんど制圧できたという事だろう。マリは発令所に向けて通信を入れ、自分達は反対側のガツン閘門の鎮圧へ向かう。
この日、NERVが国連の要請によって出動した結果、1日で相手は壊滅した。蹂躙である。
国連の海兵隊が現地入りした際、その恐ろしさ故にパナマ解放を素直に喜ぶ事ができなかったという。
当初の予定通り、反乱軍鎮圧後は国連軍が治安維持を担当する事になり、シンジ達はお払い箱に。
行きと同様国連の艦隊に送られて日本への帰路についた。
『2人ともご苦労様でした』
私服に着替えた2人は、初号機が載る輸送艦の一室にてミサトと話をしていた。マリは大丈夫そうだが、シンジは疲れきった顔をしている。
肉体的にもそうだが、精神的にもキツイ。人を狙って攻撃したわけではないが、シンジの攻撃によりかなりの人間が死んでしまった。一体何人の死者が出た事だろう。どのくらいの家族が悲しんだだろう。
しかし戦争とはそういうものだ。打ち倒される者がいて、打ち倒す者がる。憎まれるのも兵士の仕事。
これからしばらくはシンジのメンタルケアが必要だ。
「可哀想なワンコ君。ゴールデンウィーク無くなっちゃったねぇ」
シンジの隣に座り頭を撫でるマリ。
もう高校生なのだからこういう扱いはやめて欲しいのだが、いくら言っても聞こうとはしない。彼女にとっては甥っ子のようなものなのだろう。
また、ゴールデンウィーク云々の話はシンジもわかっている。老若男女問わずこの長期休みは貴重なもの。明後日は学校に登校しなくてはならないと考えると気分は最悪だ。
『大丈夫。1週間の休みをとったから』
「いいんですか?」
『シンちゃんなら多少の勉強の遅れは大丈夫でしょ?私達もいるんだし』
「そうじゃん。よかったね、ワンコ君」
「はい!」
この後、シンジはメンタルケアという名目で1週間の休みをとった。もちろん本当にケアをするのだが、心の傷が重症ではないと判断されれば本人の好きなように過ごさせようと結論づけられた。
そしてさすがのアスカもこの時ばかりは大人しくしていた。それだけでなくリビングで寝てしまったシンジに布団を掛けてあげていただけ凄いと思う。
今回の作戦で、NERV上層部では速やかな作戦遂行のため、エヴァンゲリオン専用の新型輸送艦と輸送機を調達する事が決定された。
パイロットの控室を設け、輸送中の疲労をできる限り減らそうという工夫が施され、少年達への負担が軽減するよう務めたのだった。