原作で九峪に思いを寄せている、あるいはそう思われるヒロイン候補は何人もいますが、その中で個人的にお気に入りなのがここの彼女だったりします。ですので、やっぱり力が入ります。
後日談の二次創作なので、妄想全開でタップリイチャラブしてもらおうと思います。
では、どうぞ。
長湯城奥の間。九峪が再訪して初日の明け方のまだ早朝に近い時間。寝所の中で穏やかな寝息を立てているのは伊万里である。
「んっ…」
規則正しい寝息を立てている伊万里の表情は、これ以上ないほど穏やかであり満ち足りていた。久しぶりの九峪との再会であり、その初夜で少し前まで何度も激しく愛してもらったことにこれ以上ないほどの喜びを感じているのだろう。その顔は滅多に人に見せないような穏やかで安らいだものだった。
「んんっ…」
その安らぎを更に求めようというのか、愛しい人…九峪を求めて伊万里は手を伸ばす。しかし、その手は空を切った。
(?)
未だ夢の中の住人ではあるが、それでも求めた温もりを手に入れられなかったことに、伊万里はもう一度九峪に向かって手を伸ばした。しかし、結果は先ほどと同じくその手は空を切るばかりである。
(あれ…?)
おかしい…と、気づいた伊万里が意識をゆっくりと覚醒させて眠い目を擦る。が、その眠気は瞬時に吹き飛んだ。隣に九峪の姿がないのだ。
「九峪様!?」
驚いた伊万里が一糸纏わぬ姿を晒すことになることも厭わずに上半身を起こすと寝所を見渡す。だが、九峪の姿はどこにもない。
「そんな…」
つい数刻前までは確かに愛され、九峪自身を自分の最も深い部分で感じていた伊万里はこの事実に愕然とする。九峪愛しさに幻でも見たのかと一瞬考えた伊万里だが、すぐにバカバカしいと首を左右に振った。
(そんなわけない!)
だが、だとしたら今ここに九峪がいないのはどういうわけなのか。そのことに不安になり、急激に胸が押しつぶされそうになった伊万里は急いで寝巻を着直すと寝所を出た。そして、とりあえず奥の間への入口へと向かう。
(九峪様!)
愛しい人を追い求め、伊万里の心と足が逸る。そして奥の間の入口を出た伊万里を迎えたのは夜明けの日の出と、
『おはようございます、伊万里様』
入口の番に立っていた当直の二人の兵だった。
「あ、え、ええ、おはよう」
九峪愛しさに思わずみっともない姿を見せてしまったかなと、伊万里がコホンと一つ咳払いをして心を落ち着ける。そして、
「九峪様は?」
と、兵士たちに尋ねた。九峪が奥の間から出るのであれば、ここを通るしかないからだ。
「九峪様ならば、湯浴みに向かわれました」
兵士の片方が伊万里にそう返す。
「湯浴み?」
「はい」
もう片方が頷いた。
「少し前、こちらに九峪様が見えられまして」
「我々のような者にもご挨拶をいただきました。ありがたいことです」
「そう、それで?」
その先を早く教えてくれとばかりに伊万里が促す。
「はっ、目が覚めてしまったのでこれから湯浴みに行くと」
「もし伊万里様がこちらに見えられたら、そのようにお伝えするように承っておりました」
「そう…」
伊万里が少しだけ拗ねた表情になった。
(私も起こしていただいてよかったのに…)
九峪にその気はないにしても、置き去りにされた形の伊万里は少なからずムッとしてしまう。そんな伊万里の心の機微がわかったわけでもないだろうが、兵士がその辺りを捕捉した。
「は。伊万里様はぐっすりとお休みになられていたので、起こすのが忍びなかったそうです」
「自然に起きられるまで休ませておいてやりたいと。そして、もしこちらにお見えになられたら、先ほども申し上げましたがこのことをお伝えするようにと申し使っておりました」
「そうですか」
九峪の気遣いに伊万里の心が震えた。以前、起こしてくれなかったことに対する文句はあるものの、その変わらぬ気遣いに伊万里の心が一瞬で歓喜に燃え上がる。
「わかりました、ありがとう。まだ早いけど、この後も引き続きよろしくね」
『はっ!』
兵士たちがキビキビとした返事を返すと持ち場に戻った。伊万里も踵を返して奥の間へと戻っていく。浴場は奥の間の一番奥にある。寝所と双璧をなす奥の間の奥の場所だ。
(九峪様…)
愛しい人の居場所を突き止めた伊万里は心なしか速度を速める。その足が向かうのは当然、寝所ではなく浴場であった。
「ふーい…」
長湯城奥の間、浴場。広い湯船につかっている九峪は極楽極楽とばかりに大きく息を吐き出した。九峪の知識を取り入れ、ここは露天風呂の形式をとっている。勿論、現代のような計算されつくされた構造ではないものの、形だけは十分に露天風呂と呼んで差支えのないものになっていた。
「あー…」
湯船で顔を洗いながら思わず大きな息が漏れた。直後、ふああっと大きな欠伸がその口から漏れる。
「あふ…」
口を押さえると、九峪は続けて出ようとしてきた欠伸を噛み殺した。が、身体が温まるにつれてその欲求…睡眠欲が徐々に身体を支配してくる。
(眠い…)
九峪の正直な感想だった。何せ、少し前までは伊万里にせがまれて、彼女が満足するまで夜の営みを行っていたのである。自分の我が儘で彼女たちには普段寂しい思いをさせているため、その要望はできるだけ叶えるのが九峪の責任の取り方だった。とは言え、身体的な疲労はどうしても溜まるわけで。
(いつまでも変わらぬ想いで求められるのは男冥利に尽きるんだけど…)
近頃は加齢もあってか、少しは手加減してほしいなと思っているのも事実だった。その変な精神状態が影響してしまったのか、営みの後に眠りに就いたものの、大した時間も経たずに目を覚ましてしまった。眠気はあるものの眠りに就くことはできず、どうせなら目を覚ましてしまおうと湯船につかりに来たのである。が、それが逆効果になってしまったのか、全身が温まった影響か、今更になって眠気が出てきた。どうせなら、このままここで軽く仮眠しようか…。少し回らなくなってきた頭で九峪がそんなことを考え始めたときだった。ガラガラガラと引き戸が開く音がする。
(え?)
眠気故にいい感じで頭が回らなくなってきたから幻聴かなと呑気に考えていた九峪の振り返った視線の先には、
「九峪様…」
顔を赤らめながら自分にゆっくりと近づいてくる伊万里の姿があった。
「あ、伊万里」
その姿にドギマギしてしまう九峪。そうなってしまったのは予想外ということもあったが、その美しいプロポーションに見とれていたというのも大きな理由だった。
(やっぱり…綺麗だよな…)
初めて夜を共にした日から何度となく見てきたその肢体であるが、今もその美しさに衰えはない。どころか、成熟した色香が増して益々色気に磨きがかかっていた。その魅力的な姿に眠気も飛んでしまい、思わずゴクリと生唾を飲み込んでしまう。と、しずしずと近寄ってきた伊万里はいつの間にか九峪の隣までやってきていた。
「隣、失礼しますね」
「あ、ああ」
雰囲気に気圧された形の九峪が頷くと、伊万里はニコッと微笑んで湯船に身体を沈めた。そして、九峪に寄り添うとその肩に頭を乗せる。
(う…)
湯の温度とはまた違う伊万里の温もりと、その柔らかで性的魅力が満載の身体に九峪が思わず反応してしまいそうになる。
(落ち着け…落ち着け…)
伊万里に気付かれないように深く息を吐きだすと、九峪がどうにか自分を落ち着かせようと努める。が、
「九峪様ぁ…」
それを打ち砕いたのは他でもない伊万里だった。
「ん?」
内心では飛び上がりそうなほどビックリした九峪だったが、それをおくびにも出さずに振り返った。これまでの経験の賜である。そして、振り向いた先にあった伊万里の顔は紅かった。しかもそれは、湯船の温かさに中てられたからのものではない。上手く言えないが、それとは雰囲気が違うのだ。そして、その理由は伊万里の瞳を覗いたときにわかった。
(これは…)
紅らんだ顔の伊万里の瞳が揺れている。そして、その表情は何かを求めているように切ない。更に、その息遣いが乱れていた。ここから弾きだされるのは…
(まさか…)
ある可能性に思い至り、九峪が口を開く。
「伊万里」
「はい」
「もし俺の勘違いだったら、遠慮なく言ってほしいんだけど」
「はい」
「もしかして…」
そこで九峪が伊万里の耳元に口を寄せる。そして、
―――身体に火が点いちゃった?―――
と、囁いた。すると伊万里は紅かった顔を更に紅らめ、コクンと頷いたのだった。
(マジか…)
口には出さなかったが、思わず九峪が絶句する。少し前まであれほど乱れていたのに、もう再点火してしまったのだ。驚きもしたが、それだけ孤閨が長く、それが満たされなかったことの証左でもあるのだ。
「……」
九峪は己の不明を恥じて苦虫を噛み潰したような表情になって後頭部を掻く。そして、伊万里の片腕をとると自分へと引き寄せた。
「あっ…」
驚きつつも拒むことなく、伊万里がなすがままに九峪に引き寄せられる。自然、九峪の胸の中に包み込まれるような体勢になった伊万里が九峪を見上げた。そんな伊万里に、
「一回だけだぞ?」
と、念を押すように九峪が話しかける。
「! はいっ!」
九峪の返答を聞いた伊万里がパアッと顔を輝かせて頷いた。そんな伊万里に内心で苦笑しながらも、自分も同じ穴の狢かと苦笑していた。少し前までたっぷりと相手をしていたのに、この姿を見てまた猛り始めているのを感じているからだ。
(ホント、魔性だよな…)
容姿といい、身体つきといい、そう表現せざるを得ない伊万里に対して生唾を飲み込むと、九峪は伊万里に口づける。九峪の首に両手を回してホールドした伊万里がそれに応え、お互いの口内をたっぷりと蹂躙した。
「ホント素直だなぁ、伊万里は」
自分から離れた後、九峪は伊万里を揶揄するようにそう言う。自分としてももう抑えられないのだが、それを隠すように伊万里をからかった。
「いやぁ…そんなこと、言わないでください…」
そんな九峪の意地悪などわかるわけもなく、伊万里は紅い頬を更に紅らめながらイヤイヤをするように伏し目がちに何度も首を左右に振る。その姿にたまらなくなった九峪が、程なく伊万里と一つになった。
その後暫くの間、浴場からはくぐもった嬌声が聞こえたのだが、奥の間の更に奥の場所であるここでは、他にそれを聞く余人はなかったのであった。
長湯城、評定の間。
「おはよう」
『おはようございます』
姿を現した伊万里に、上乃、仁清、遠州をはじめとする、豊後県を支える文官、武官が揃って立ち上がって頭を下げた。
心なしかいつもより伊万里の肌艶が良いように見え、そしていつもよりも雰囲気が柔らかいように見えるのは気のせいではないだろう。
「みんな、朝からご苦労さん」
『ははっ!』
そして、その伊万里の後から評定の間に入ってきた九峪に、一同は更に傅くように頭を下げた。
(んな仰々しくしなくても…)
と苦笑する九峪だったが、もうこれはどうしようもないので諦めることにした。そして、伊万里がいつもの位置…君主としての座に座ったのを確認した九峪がその斜め後ろに大分離れて腰を下ろす。
「それでは、本日の朝議を始めましょう」
伊万里がそう口を開いたのを皮切りに、豊後県の本日の朝議が始まったのだった。
(様になってきたもんだな…)
朝議の中心になっている伊万里を見て、九峪は素直にそう思っていた。最初の頃は右も左もわからなく、何かとオロオロしてよく割って入ったりして随分と頼りなかったが、今は実に堂に入っている。
(ま、俺だって最初はそうだったからな…)
九洲に召喚されてすぐの頃…それこそ伊万里と初めて出会った頃のことなどを思い出してそんなことを考え、そして成長して豊後県の長として十分に勤めている姿に九峪は万感の思いだった。
今、九峪は県の朝議に積極的に首を突っ込むことはしていなかった。あくまで立場としてはオブザーバー、アドバイザーとして、基本、傍観することにとどめているのだ。それは各知事、あるいはその手足となって働く人物たちの成長を促すとともに、常にその地にいない…言ってみればどこでも余所者である九峪が必要以上に当地に干渉するのは憚られると自分で思ったからだ。
とは言え、九峪の発言力は今も絶大である。九峪に許可を得たい、あるいは視察してほしいといった案件も必ず幾つかはあり、意見を諮られることも少なくない。それについては勿論九峪も口を出していた。しかし九峪の今の基本スタンスは先述の通り傍観とアドバイスなのである。
そして朝議は滞りなく進む。皆も九峪の今のスタンスはもう十分にわかっているため、基本九峪には話を振らない。時々意見を求められるが、それに対して九峪は大まかな筋道を答えるだけである。ハッキリ正確に言ってしまうと、それが採用されてしまうからだ。耶麻台国内において、九峪の発言はそれだけ重要で重いのだ。それこそ火魅子…星華や、火魅子の血を引く各県知事たちの発言よりも。それがわかってるからこそ、九峪は黒子に徹しているのである。
「では、本日の朝議はここまで」
『はっ!』
そうこうしているうちに朝議が終了し、各々が自分の仕事をするために三々五々評定の間を出ていく。そして程なく、九峪と伊万里の二人だけになった。
「ふぅ…」
衆人がいなくなったことで張り詰めた緊張が解けたのか、伊万里が肩の力を抜いて大きく息を吐いた。
「お疲れ」
そんな伊万里を労うために九峪が声をかける。
「九峪様」
振り返り、伊万里は九峪を見上げた。九峪はニコッと微笑むと伊万里の隣に腰を下ろす。
「疲れたか?」
「はい」
九峪の問いかけに伊万里が素直に頷いた。そして苦笑する。
「やはり私は根っからの山人なのでしょうね。いつまでたってもこういうのには慣れません」
「そうか? 随分と堂々としてたぞ?」
「それはそうですよ。だって…」
そこで伊万里の目がまた潤んだ。
「あなたが…九峪様が側にいらっしゃるんですもの。無様な姿は見せられません」
「伊万里…」
伊万里がそっと目を閉じた。九峪はその頬を優しく撫でると、伊万里に口づけをしたのだった。
朝議終了後、九峪は伊万里と一緒に昼食をとる。夜を除けば、二人きりなのはこのときだけだ。そして食後の小休止を挟んで午後からは政務の続きだ。
その多寡は日により、多ければ日没までかかるが少なければ夕方前には終わる。では早く終わった場合、残りの時間をどう過ごすかというと、もっぱら子供たちとの時間だった。とは言っても、遊ぶわけではない。ではどうするかと言うと…
「やあーっ!」
「甘い」
振りかぶって木刀を振るった万里を、伊万里がこともなげに捌く。
「ああ…」
落としてしまった木刀を、万里が慌てて拾った。そしてまた構える。
「まだやりますか、万里?」
「はいっ!」
「いいでしょう」
「えーいっ!」
万里がまた木刀を振りかぶって突進してきた。だが、そんな大ぶりな攻撃が伊万里にあたるはずもなく、勢い余って突っ込んでバランスを崩した万里はそのまま地面につんのめったのだった。
「うーっ…」
口の中に少量とは言え土が入ってしまったのだろうか、ペッ、ペッと唾を吐いて立ち上がると、万里はまた構えた。その姿に、伊万里は相貌こそ崩さないものの内心で温かく微笑む。
万里がそうやって母である伊万里に剣の手ほどきを受けている傍らで、伊万は上乃から槍の扱いを、伊里は仁清から弓の扱いの手ほどきを受けていた。
こうやって母である伊万里と他、上乃や仁清より武術の手ほどきを受けているのである。まだ幼いながらもゆくゆくは豊後を背負って立つ立場になる。英才教育…というわけではないかもしれないが、早いに越したことがないのもまた事実だった。
そして、その様子をニコニコと九峪が眺めている。普段一緒に居れない分、こうして愛娘たちの成長していく姿を直に見れるのが嬉しいのだ。そこはやはり世の父親の一人と何も変わらないのである。また、娘たちも父にいいところを見せたいのか、それとも見てもらっているのが嬉しいのか、いつも以上に張り切っていた。それがわかる大人組は、その健気さにもほんわかしているのである。そして手ほどきが終わると、今度は父親である九峪の出番だった。
「九個の果物を伊万たち三人で公平に分けるとすると、一人何個ずつになるかな?」
「うんと…えっと…」
「一…二…三…」
「うーん…」
初歩も初歩の簡単な割り算だが、それに頭を捻る伊万たち三人。その姿を、九峪がニコニコしながら眺めている。娘たちの様子が気になるのか、部屋の外では伊万里が中を覗いていた。そして、九峪の傍らには助手として遠州の姿もある。
母である伊万里が『武』の面での教師であるならば、父である九峪は『文』の面の教師であった。九峪がいない間の伊万たちの教育は遠州が一手に引き受けているが、九峪のいる間は九峪が教師になるのである。伊万たち三人は遠州からもよく学んでいたが、やはり父親である九峪からの手ほどきだとより嬉しいのか、いつも以上に真剣だった。その姿に、遠州が苦笑したのは仕方のないことである。と、
「はい!」
ようやく答えに至ったのか、末妹の伊里が元気よく手を挙げた。
「はい、伊里」
「さんこ!」
「よくできました」
「えへへ…」
父である九峪に褒められた伊里は嬉しさに顔を赤くした。その一方で、
『む~…』
一人だけ褒められた伊万と万里は面白くなさそうな顔をしている。しょうがないなぁと苦笑した九峪だったが、それを黙殺して続きをすることにした。
「それじゃあ、果物がうんと増えて二十七個あります。これを伊万たち三人で公平に分けると、一人何個ずつになるかな?」
「え!?」
「にじゅうななこ?」
「ちちうえ、おおすぎ~!」
「文句言わない。ちゃんと考えればわかるよ。わからなければ質問しなさい」
「えぇー…」
「むぅー…」
「ふにゃあ…」
途端にへこんでしまった伊万たち三人に、ちょっとスパルタになったかなと苦笑しつつ、九峪はそれに付き合う。こうして三人の王女たちは母と、そして短い時間ではあるが父に教育を受けて武だけでなく、文の面でもすくすくと成長していくのであった。
こうやって、午後の政務の時間が余った時は子供たちと向き合いながら一日の務めを終えた九峪たちは、一家揃って夕食をとる。そして、一緒に風呂に入って子供たちを寝かしつけると、伊万里にとっては最も待ち遠しいお楽しみの時間の夜がやってくるのだ。
九峪がいるときの豊後県の基本的な日常は、こうやって過ぎていくのであった。