今回は次女編のこの子のお話になります。話の筋立てとしては前回とはあまり変わりませんが、楽しんでいただければと思います。そして今回もしっかり九峪と伊万里はイチャラブしてますので、そこはご安心を(笑)。
では、どうぞ。
九峪が見事に(?)父親として長女の伊万のわだかまりを解消してから数日が経った。
今回の訪問時に九峪が伊万から感じた違和感はなくなり、今は以前と同じ様子で日々の鍛錬に励んでいる。と言っても、本当に些細な違和感だったので伊万がそもそもわだかまりを抱いていたなど気づく者はいなかっただろうが。父親であり、そして普段は一緒にいない九峪だからこそその些細な変化に気付いたと言える。母親である伊万里は常に一緒にいたために、逆にその変化に気付けなかったのだ。
「さあ、伊万。続きをやるわよ」
「はい、あがのおねえさま!」
「うんうん」
元気に鍛錬に励む伊万の姿に、主教官である上乃が満足げに微笑む。上乃自身も遠州との結婚により子を成しているが、まだよちよち歩きの本当に子供なのである。いずれは遠州と共に文武の教育を施すつもりではあるとはいえ、今の段階ではまだ早い。そのため、上乃は今は伊万の専属であった。いずれ来る自分の子供に教育を施す日を夢見ながら、しかし今は目の前の大切な生徒に今日も上乃は手ほどきをしていた。
(うんうん)
その姿を眺めながら、九峪が内心で満足げに頷く。普段一緒にいられない分、こういうときにはしっかりと父親の役割を果たさなければならない。そして、
(今度は、あっちだな)
当座、心配のなくなった伊万から目を離すと、九峪はそのまま視線を滑らせる。その先には、
「わっ!」
母である伊万里にあしらわれ、地に倒れ込んだ万里の姿があった。
「うう…」
万里がぺっぺっと唾を吐く。倒れた際に口の中に土が入り込んでしまったのだろう。そのまま服の袖で顔に付いていた泥や土を拭った。と、
「どうしました、万里?」
教官である伊万里が、そんな万里に頭上から言葉をかける。
「もう終わりですか」
「……」
万里は答えなかった。その代わり、木刀を拾い上げて構え直す。
「おねがいします!」
「宜しい」
満足そうに頷くと伊万里も構える。その姿に、
(実の娘相手なのに、容赦ないなぁ…)
と、呆れ半分・関心半分といった心持ちで九峪が伊万里を見ていた。そんな二人の姿に、
「おお…」
「流石、万里様」
「伊万里様に生き写しじゃ」
「血は争えませんな」
聞こえるとも聞こえないとも言えないような大きさの感想がどこからともなく、しかし確かに九峪の耳に入ったのだった。
「んっ…」
目を閉じて顔を上げた伊万里の顎に手を添えると、九峪はその想いに応えるかのように唇を重ねた。
「あっ…はぁ…」
息苦しくなりつつも、九峪と口づけをかわしていることに目がとろーんと蕩けてきた伊万里が夢中で続きを求める。そんな伊万里の求めに応じ、九峪も夢中になって伊万里の唇を貪った。淫らな水音が少し続いた後、どちらともなく離れる。
「ふぅ…」
「はあぁ…」
そしてお互い、新鮮な酸素を求めた。そうしながら九峪は伊万里に視線を移す。その顔が赤くなっているのは決して今の状況だけが原因ではないだろう。現在は夫婦の時間ということで当然夜なのだが、今日は寝所ではなかった。今二人は浴場で湯浴みをしているのである。そのため、体温も当然上昇しているのだが、伊万里の顔が赤いのはそれが原因ではないだろう。いや、従的な原因ではあるかもしれないが、主的な原因ではないはずだ。それが証拠に、
「九峪様ぁ…」
呼吸が整ったからか、顔を赤らめた伊万里が再び近づいてくる。その表情は更に赤くなり、淫欲にまみれていた。こちらのことが、伊万里の顔が赤い主たる原因だろう。
「もう一回」
「はいはい」
九峪もその要望を断るなどという選択肢があるはずもなく、再びその唇を奪う。
「んっ」
伊万里がそのまま九峪の首の後ろに手を回してきた。それに応えるように、九峪は伊万里の背中に手を回す。裸で密着した二人はそのまま、先ほどよりも長時間お互いの口内を貪った。
「ぷはぁ…」
それでも、やがて呼吸は続かなくなる。そしてそれは伊万里の方だった。肉体的な頑健さ、強靭さでいえば今もって九峪より伊万里の方が遥かに上なのだが、こういった場面で先に音を上げるのは伊万里である。それは何故か。
簡単なことで、九峪が伊万里を求める以上に伊万里が九峪を求めるからだ。一年中、側に誰かしらいる九峪とは違い、伊万里やそれと同じ立場にいる者は自分たちのところにいるときしか九峪とは共に過ごせない。だから再会したときには想いが燃え上がり、その想いが爆発するのである。そのため、肉体的には上な伊万里が先に音を上げてしまうのだ。
「はぁ…はぁ…」
そしてそのまま、再び新鮮な酸素を求めて荒い呼吸を繰り返す。しかし今回はそうしながらもそれでは終わらなかった。呼吸を繰り返しながらゆっくりと身体を移動させ、九峪の上に跨ったのだ。そしてそのまま九峪の屹立を自分自身にあてがう。
「……」
「うん」
窺うように伊万里が九峪を見ると、九峪は拒否することもなく頷いた。許可が出たことに伊万里が表情をぱあっと弾けさせ、そして自分の腰を沈めていく。
「あ…あ…あ…」
自身の内部で徐々に九峪を感じていくことに伊万里が歓喜と快感の声を漏らす。だが、それは九峪も同じこと。
「くっ!」
奥歯をギリッと嚙み締めて伊万里から与えられる快感を必死に耐える九峪。もう何度も夜を共にしているが、伊万里が与えてくれる快感は衰えることがない。逆に女として美しさに磨きがかかる年代になってきたからか、初めての頃よりも的確に要点をついているようにも思われた。それほどに全方向から間断なく快感が九峪自身を襲うのである。と、
「はっ…はぁ…はぁ…」
腰を下ろして下半身を密着させた伊万里が倒れ込んできた。そして、九峪に抱き着く。当然、自身の胸板で押し潰される形になっている伊万里の胸の感触もまた新しい刺激になり、九峪はいつ果ててしまってもおかしくなかった。
「どうしたんだ、伊万里?」
そんな自分を誤魔化すため、九峪が伊万里を覗き見る。が、伊万里は答えなかった。…というより、正確には答えられなかったと表現した方がいいかもしれない。
「ーッ!」
九峪に声を掛けられたのとほぼ同時に伊万里が眉間に皺を寄せて自身の身体を硬直させた。そして少し後、その身体を弛緩させて力なく九峪に全身で寄りかかる。眉間に皺の寄ったその表情は、今は身体同様にだらしなく弛緩していた。
(まさか…)
その伊万里の状態に、九峪がある可能性に思い至った。そのため、単刀直入に尋ねてみる。
「飛んじゃったのか?」
「ッ!」
伊万里は赤くなっている顔を更に真っ赤にしたが、まだ身体に力が入らないのだろう。身体を離すこともできずに力なく寄りかかったままコクリと頷いた。
(うわぁ…)
出来あがってるなあと思いながら、一方で九峪は納得もしていた。先ほどの快感はいつも以上のもので、経験のない、あるいは浅いときの自分だったら間違いなく果てていたであろう強烈なものだったからだ。それも、伊万里が絶頂に達した故のものだとわかれば納得もいく。
(でもまあ、この状態じゃ自分からは動けないよな…)
快感に全身を支配されている状態の伊万里を見下ろしている九峪がそう判断した。そのため、今日は九峪が主導権を握ることにする。すんでのところで果てそうだったが時間をかけて何とか持ち直すと、九峪は自分から動き始めたのだ。
「あっ!」
九峪からの刺激に伊万里が声を上げる。まだ身体に力が入らないのか、それに抵抗もできず、必死にしがみつくことしかできなかった。
「そのままでいいよ。俺が暴発するまで、好きなだけぶっ飛んでくれ」
「あ、ああ、九峪様…」
愛する夫の気遣いの言葉に胸を打たれ、そして身体に強制的に与えられる暴力的な快感に飲み込まれながら、伊万里は必死に九峪にしがみついた。そして伊万里の口から出る嬌声は、この後もしばらく続くことになったのだった。
「ふぅ…」
「はぁ…」
寝所にて。浴場で夫婦の時間をたっぷりと楽しんだ九峪と伊万里は肩を並べてお互いの身を寝台に投げだしていた。九峪は伊万里の肩に手を回し、その身体を抱き寄せている。そして伊万里も、それを当然嫌がることはなく受け入れ、寧ろ自分から積極的に身体を密着させ、猫のマーキングのように九峪の身体に自分の身体をスリスリとこすりつけている。
その様子にフッと微笑んだ九峪だったが、天井に目を移す。そしてそこをぼーっと眺めながらあることを考えていた。それは万里のことである。今日の鍛錬で周囲が囁いていたこと、そして万里のちょっと固い表情がどうにも気になったのだ。
「……」
いずれ娘たちはこの県の跡取りになる。それは自分と伊万里の娘として生まれてきた以上、どうしようもない規定事項である。それ故に、普通の市井に生まれた女の子としての生涯は全うできない。しかしだからこそ、それまでの間は好きなように生きてほしいし、些末なことでは頭を悩ませてほしくなかった。常に一緒にいることはできないが、父親としてそう思うのは当然の感情である。いや、常に一緒にいることができないからこそ、より強くそう思うのだろう。男親だからこそ、娘は息子以上に気にかかってしまうという感情もあるのだろうが。
(我ながら度し難いな)
実にそう思う。ただ、伊万里の地位を直接継ぐのはよっぽどの何かがなければ長姉である伊万のため、万里と伊里は極端な話、良縁があればそちらに嫁ぐことも可能ではある。結婚が女の幸せなどと言い切るつもりはないが、その点ではまだ長姉である伊万とは違い、選択肢の余地がある万里と伊里は幸せかもしれなかった。とは言え、縁談などまだまだ先の話であるため、万里の固い表情の理由はこれではないのは明白であるが。
(聞いてみるか…)
九峪は天井から目を離すと、隣の伊万里に目をやった。伊万里は今なお、頬を赤く染めながら夢見心地で九峪の身体にスリスリと自分の身体をこすりつけている。肩に回した手を解き、その長くて艶やかな髪を梳くとくすぐったそうに、しかしうっとりとした表情になって伊万里が大きく息を吐いた。
「伊万里」
「はい」
愛する夫に名前を呼ばれ、伊万里が九峪に視線を向ける。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「聞きたいこと…ですか?」
「ああ」
「何でしょう?」
少しだけ表情を元に戻した伊万里が九峪に尋ねる。
「ああ、万里のことなんだけどさ…」
「万里…ですか?」
伊万里の問いかけに、九峪がうんと頷いた。
「あの子がどうかしましたか?」
「うん。万里に武芸の手ほどきをしているのは伊万里だよな」
「はい。剣の筋はあの子が一番ありますので。…あ、でも、伊万と伊里に筋がないって言ってるわけじゃないですよ」
「わかってるよ」
慌てて否定した伊万里に、苦笑しながら九峪が頷いた。
「で、その万里なんだけどさ」
「はい」
「最近、変わったところはないかい?」
「変わったところ…ですか?」
その九峪の一言に、伊万里が怪訝な表情になる。
「うん。おかしなところ、と言い換えてもいいかもしれない」
「……」
九峪の言葉に伊万里が眉間に皺を寄せて少しの間考え込んだ。そして、
「いえ…」
返ってきたのはその返答だった。
「申し訳ありませんが、私は何も…。九峪様がお見えになられて嬉しそうにしているのはわかりますが…そういうことではないのでしょう?」
「うん」
九峪が頷く。
「では申し訳ありません、私には…」
「そうか」
伊万里の返答にガッカリしながらも、しょうがないなとも九峪は思っていた。常に一緒にいるからこそ見えなくなることもあるし、久しぶりに会ったからこそ見えることもある。と、
「あの子がどうかしたのですか?」
心配になったのだろう。伊万里が尋ねてきた。
「うん、ちょっとね。だから伊万里は何か感じ取ってるかなと思ったんだけど、そうじゃないなら仕方ない。本人に聞いてみるよ」
「申し訳ありません…」
「いいって。俺のただの思い過ごしかもしれないし」
「そうですか。…では、よろしくお願いいたします」
「うん」
頷いた九峪が髪を梳いていた手を放し、再び肩に回した。そして今一度抱き寄せる。それに再び伊万里が心地良さを感じて、うっとりとした表情で目を閉じた。先日の伊万のときのように、娘であっても他の女の名前を出したのに今回は大人しいのはもう十分今日は満足したからなのだろう。その証拠に、伊万里は目を閉じてそのまま眠りに就いてしまっていた。
その様子に苦笑しながら九峪は伊万里に布団をかける。そして自身もその布団に潜り込んだ。そうしながら目を閉じて眠りに就く前に、九峪はもう一度昼間の万里の様子を思い出していた。
(万里…)
思い過ごしだったらいいんだけどな…そんなことを考えながら、九峪もそのまま就寝の床に就いたのだった。
「よし、今日はここまで」
『はい!』
明けて翌日、お勉強の時間が終わり三人の娘が声を揃えて返事をした。流石に三つ子だからか、こういうタイミングというか息がピッタリになることが多い。そのことに九峪が内心でクックッと笑っていると、伊万と伊里が立ち上がった。そして、キャッキャと楽しそうにお喋りをしながら部屋を出ていく。しかし万里はそのまま動こうとはしなかった。
「? 万里様、どうかされたのですか?」
その様子に、九峪の補佐役である遠州が尋ねた。と、
「いいんだ、遠州」
答えたのは九峪だった。
「九峪様?」
「万里とちょっと話したいことがあってね。残ってもらったのさ」
「成る程、そういうことでしたか」
納得した遠州が腰を上げた。
「それでは、私もお邪魔でしょうからこれで」
「ああ、すまない。明日もよろしくな」
「はい。では、失礼いたします」
「うん」
「えんしゅう、またあしたね」
「はい、万里様」
万里ににこやかに微笑みかけ、そして九峪と万里に恭しく一礼をすると、遠州もまた伊万たちの後を追うかのように部屋を後にした。部屋には九峪と万里が残された形になる。
「さて…」
部外者がいなくなったところで九峪は万里に視線を向けた。伊万里の産んだ三人の娘の中では、顔立ち的に一番九峪の遺伝子を色濃く受け継いでいることもあって、やはり気にかけてしまう回数が自然と多くなってしまう。
(本当はこれじゃいけないんだけどな…)
扱いに差をつけないように十分に気をつけることを自戒して九峪は万里に声をかけようとした。と、
「ととさま」
タイミングが良いのか悪いのか、図ったように万里の方から声をかけてきたのだった。
「何かな?」
機先を制される形になった九峪だったが、それは表情に出すことなく万里に尋ねる。
「おはなしってなんですか?」
万里の口から出てきたのは当然の疑問だった。自分にだけ話があると言われればそう思うのは当然のことだろう。
「うん、万里」
九峪が頷くと、娘の名前を呼ぶ。
「はい」
「父様の思い違いだったら遠慮なく言ってほしいんだけど」
「はい」
「最近、何か気にかかることでもあるのかい?」
「……」
その一言に万里の表情が固まってしまい、そして口を噤んでしまった。その様子に、やっぱり何かあったのかと九峪が内心で渋面を作る。
(さて、どうしたものか…)
どうやってそれを聞き出そうかと思案を始めたが、それはいらぬ心配だった。
「…きらい」
ぼそっとだが、しかししっかりと万里が自分の意思を口にしたからだった。
「え?」
その一言は九峪の耳にも届いていたが、聞き間違えたかと思って念を押した。と、
「…ねえさまのわるぐちをいうひとが、きらい」
今度はもう少し補足して自分の意思を述べたのだった。
「どういうことだい?」
聞き捨てならないその一言に、九峪も再度尋ね返す。
「ねえさまのわるぐちいうひとがいるんです」
「そうなのかい?」
九峪の問いかけに、万里がコクリと頷いて返した。
「悪口って…どんなの?」
「…ねえさまが、かかさまのあとつぎにふさわしくないって」
「え? そんなことを?」
「……」
再び万里がコクリと頷いた。
「それで、まりがかかさまのあとつぎにふさわしいって…」
「…その人たちは、どうしてそんなことを言ったんだい?」
「わたしが、かかさまからけいこしてもらってるからって…」
「…え?」
一瞬、九峪は万里が何を言っているのかわからなかった。そんなことで? という感情しか浮かばなかったからだ。だがそれは、九峪の聞き間違いではなかった。
「ねえさまはかかさまのあとつぎなのに、かかさまとおなじけんじゃなくってやりをつかうから、かかさまのあとつぎにふさわしくないっていってました」
「そう」
「わたし、ねえさまとあらそうきなんかないのに…」
「…そっか」
万里の吐露した心中を聞き、九峪がそっけなく答える。そっけなく答えたが、九峪の心中はかなりお冠だった。勿論、余計なもめごとを作ろうとする、火のないところに煙を立てようとする連中の下卑た思惑に対しての怒りもある。現状に満足していない連中が、その現状を変えるために内紛を利用しようとするのはよくある話だ。確かにそれも問題だがそれよりも、
(子供に余計なもの背負わせやがって…)
そっちの方が九峪にとっては腹立たしかった。先日も思ったことだがいずれ娘たちは伊万里の後を継ぐことになる。だからせめて子供の時分は自由にのびのびと育ってほしかった。しかし今、その子供を利用しようとしている不心得者がいるようだった。九峪は昨日の稽古のときに聞こえた、万里を称賛する声のことを思い出していた。
(お家騒動は珍しいことじゃないけど…)
問題がないのにわざわざ起こすようなことでもない。それでも起こす…起きるではなく、“起こす”のは、それによって利を得る者がいるからだ。とは言え、じゃあその人物を厳罰に処せるかと言うと必ずしもそうとは言えないのも痛いところであった。領国経営の観点から見れば、欠かすことのできない人材だった場合は強引な手段をとるわけにもいかない。その結果、豊後の治世が破綻しては元も子もないからだ。あるいは、自分のその立場をわかっていて、手出しできないだろうと高を括っているのだとしたら尚更手に負えないが。
(それでも、少しは痛い目を見てもらわないといな)
目の前の愛娘を見る。まだ六歳の…九峪が生きていた時代でいえば小学校に入る前の子供に、大人の世界の事情を押し付けたくはない。内紛を煽っている(かもしれない)立場の人物が誰かは知らないけど、落とし前は取らせることを九峪は誓っていた。
「良くわかったよ」
事情徴収を終えた九峪が、努めて明るい表情と穏やかな口調で万里に話しかけた。そして、
「万里」
九峪が万里の名前を呼んだ。そして、ちょいちょいと手招きする。
「?」
何だろうと首を傾げた万里だったが、とりあえず立ち上がると九峪の…父の許へと向かった。すると、ポンポンと九峪が自分の足を叩いた。現在の九峪は胡坐を搔いているためこの状態でのこの仕草はここに座れという意味なのだろう。
「えと…」
万里が少し戸惑いながら九峪の顔を見た。九峪は変わらずニコニコと笑っている。
「父様の膝の上は嫌かい?」
「そんなことない!」
フルフルと首を振ると、慌てて万里が九峪の膝の上に座った。そして九峪は、その万里を包み込むように後ろから抱きしめる。そして、ポンポンと優しくその頭を叩いた。
「辛かったかい?」
「え?」
今一つ言葉の意味がわからず、万里が首を傾げた。そんな万里に微笑むと、九峪は言葉を続ける。
「ごめんな、万里にそんな想いさせちゃって」
「ととさま…」
「その、伊万の悪口言ってた人には父様が後で注意しておくよ。だから、万里はもう心配しなくていいからね」
「ほんとう?」
「ああ、本当だよ」
そして九峪は、万里を抱きしめたまま身体を軽く前後に揺らし始めた。万里をあやすかのように。
「万里は姉様想いのいい子だな。父様は嬉しいよ」
「ほんと? わたし、いいこ?」
「ああ。父様の自慢の娘だ」
「えへへ…」
九峪に手放しで誉められたことに万里が相好を崩す。そして、ギュッと九峪に抱き着いた。
「ととさまぁ」
「うん?」
「だいすき」
「父様もだよ」
「うれしい!」
九峪の返答を聞いた万里が更にギュッと九峪に抱き着いた。その万里を包むかのように九峪も更に抱きしめる。そしてその穏やかな時間は、夕飯の時間になって迎えがくるまで続いたのだった。