火魅子伝 九洲後記   作: ノーリ

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おはようございます、お久しぶりです。いつもの不定期投稿は相変わらずですがご容赦ください。

今回で豊後編は終わりです。最後ということで最後を飾るのは当然ここでの主役であり、九峪の妻のうちの一人である彼女です。最後なのでこれまで以上に濡れ場の量が多くなりました。なので、もういっそのこと18禁にしてしまおうかと少し悩んでいる今日このごろです。(笑)

では、どうぞ。


NO.06 妻 伊万里

九峪が豊後に赴き、久しぶりに妻である伊万里と三人の娘、伊万、万里、伊里との再会を果たした。彼女たちにとっては実に一年ぶりの再会である。

逢えない時間を取り戻すかのように伊万里たちと三人の娘は九峪と濃密な時間を過ごした。しかし、時間は誰の上にも平等に流れる。そして平等に流れる以上、再びの別れのときもまた避けることができないのは道理であった。

 

 

 

 

 

「……」

 

豊後県県都、長湯城の最奥。九峪と伊万里の寝所にて、伊万里が櫛を手に髪を梳いている。時間は夜。これからはお楽しみの時間なのは間違いないのに、その表情は杳として冴えない。どころか、沈んでいた。

 

「……」

 

これじゃ駄目だと伊万里自身もわかっているものの、その表情は一向に冴えない。髪を梳くその手が、自分のものではないように重かった。と、

 

「ふぅ…」

 

戸を開けて、九峪が戻ってきた。それに一瞬身体をビクッと震わせる伊万里。だがすぐに振り返ると、

 

「お帰りなさいませ」

 

と、微笑んで会釈をした。

 

「いや、参ったよ」

 

そんな伊万里に、九峪が苦笑しながら近づいた。

 

「三人とも、中々離してくれなくてさ」

「でしょうね。容易に想像はつきます」

 

自分のすぐ側に腰を下ろした九峪に対し、伊万里はクスッと微笑んだ。

 

「一年会わなかったから当然肉体的な成長は見て取れたけど、中身はまだまだ子供だなぁ…」

「それはそうですよ。明日にはまたお父様とお別れなんですから」

 

そう言った伊万里もまた、その事実に心がジクジクと痛んだ。そう、九峪が豊後に滞在するのは今日まで。明日には次の地…火向へと出立するのである。つまり、今回九峪と肌を合わせられるのも今日が最後だった。明日になれば、次はまた一年後なのだ。

 

(一年…)

 

その事実に、また伊万里の心が悲鳴を上げる。そして、精一杯の微笑みも消えてしまった。

 

「あー…」

 

それに目敏く九峪が気付く。こういうところに目端が利くのは流石に耶麻台国を率いて狗根国に勝利した神の遣いであったが、今の伊万里にとってはその視野の広さはありがたくなかった。

 

「……」

 

九峪がしまったというような表情になって自分の頭を掻く。耶麻台国復興以降、この生活を続けてからいつも最後はこうなるのだから今回も当たり前の反応といえた。それは逆に言えば、思いを寄せられている女性たちに未だに愛されているということなのだが、だからこそ別れの前にこんな顔、想いをさせてしまうことに思わぬことがないわけはなかった。

 

(それでも…)

 

それでも、こうするしかないのだ。一人に絞れない自分の優柔不断さが原因とはいえ、一人に絞ったらそれ以外の全員は報われない。ならばこうするしかないと自分で決めたのだから。

無論、想いを寄せてくれている女性たちみんなといい想いをしたいというスケベ根性もあるし、自分がそこまで求められてると思うのか、自惚れるなと叱責されることだってあり得た。しかし良いのか悪いのか、今のところ自分に好意を寄せてくれている女性陣は皆今も自分を慕ってくれているし、そのような叱責を受けることもなかった。そして身体の関係を持ってからの年月は個々人によって違うが、それでも女性陣の九峪に対する想い、熱量は九峪に恋い焦がれたときから変わってはいなかった。だからこそ、別れの前日はいつもこんな顔をさせてしまうのだが。

 

(俺ってやつは、いつまでもこういうところはどうしようもないな…)

 

二十代後半になったのに、女性の心情の機微については未だに敏くない自身に辟易しながら九峪は伊万里に近づいた。そして、その身体を優しく抱きしめる。

 

「あー…そのー…」

 

無論そんな男なのでこんなときにふさわしいセリフなど浮かぶわけもなく、

 

「毎度のことだけど、ゴメン」

 

そう、詫びる他はなかった。

 

「…わかってます」

 

そんな九峪に対し、伊万里は顔を俯けたまま答える。

 

「わかってるんです。こうなるのはいつものことなんだから」

「うん」

「でも…でもやっぱり、寂しいんです」

 

そして伊万里はその想いを体現するかのように電光石火の早業で九峪の首に腕を回し、その唇に口づけをした。

 

『んっ…』

 

二人の吐息が重なる。九峪は驚きながら、伊万里は惜しむかのように。その吐息の意味は違いながら、しかし二人の想いは重なる。九峪も伊万里の身体を抱きしめる腕に少し力を加え、そしてお互いの口内を貪った。たっぷりと時間を費やしてピチャピチャという小さな水音が寝所に響き渡り、そしてどれぐらい時間が経ってからだろうか、どちらからともなくゆっくりと離れた。

 

「ふぅ…」

「あぁ…」

 

互いの口と口を結ぶ唾液の橋がツーっと途絶える。そして、

 

「今夜はずっと、私を抱いてください。来年逢えるその日まで、また私が頑張れるように」

 

伊万里は熱っぽい表情、仕草、吐息、視線、その想いの全てを載せて九峪の胸の中に飛び込んだ。

 

「っと!」

 

何とか抱きとめようとした九峪だったが、いかんせんフィジカルの差は未だに埋めがたく、残念ながら押し倒されてしまった。そして、

 

「九峪様ぁ…」

 

熱に浮かされたように伊万里が九峪に襲い掛かったのだった。

 

 

 

「あっ…ああ…く、九峪様」

 

寝台にて伊万里が嬌声をあげている。自分の眼下で淫らに乱れる伊万里の姿に九峪はいつも通り興奮を覚えていた。こうして今回最後になる伊万里との夫婦の営みを始めてからどれくらい経っただろうか。すでに結構な時間が経っているはずだが九峪はちっとも治まらなかった。

それは、今夜の夕食がこれ見よがしに即効性がある上に精が付くもので固められていたというのもあるし、忌瀬に処方してもらっている精力剤のおかげというのもあるだろう。だがそれと同じぐらい、伊万里との営みが自分を興奮させてくれるからというのもあった。

初めて伊万里を抱いてからもう何年経っただろうか。そして、何度伊万里の中で、伊万里と共に果てたことだろうか。覚えているわけもない。だが年月も回数も覚えていないほど抱いてきたおかげで、何処をどうすれば伊万里がどんな反応を返すのかはもう十分にわかっていた。もっとも、それは伊万里だけではない。同様の関係にある他の女性陣もそうなのだが。と、

 

「くっ!」

「あっ!」

 

またも九峪と伊万里はほぼ同時に果てた。そして身体に力の入らなくなった九峪がそのまま伊万里にのしかかる。呼吸が乱れている伊万里も身体に力が入らないのは九峪と同様だったが、それでも条件反射なのか無意識なのか、それとも九峪を離したくないのか、伊万里の手は九峪の後ろに回り、ぎゅっとその身体を抱きしめていた。

抱きしめられたことで、九峪は伊万里の柔らかい身体を押し付けられることになる。特にその豊満な胸の感触に、果てたばかりではあるが九峪はまたムラムラしてきた。男としては当然なのだが、それでも大分長い時間夫婦の営みをしてきたのにまだ性欲が治まらない。

 

「……」

 

伊万里に応えるように九峪も伊万里の背中に腕を回す。そして、未だ夢見心地の伊万里の頬に優しく口づけをした。

 

「あっ…」

 

そのくすぐったい感触はわかってもそれが何なのかは理解していないのか、伊万里が小さくさえずる。その反応を楽しむかのように九峪は軽い口づけを小刻みに繰り返しながら頬から滑るように移動していき、そして、

 

「んっ…」

 

口へと到達した。九峪が舌でちょんちょんと伊万里の口内をつつくと、夢見心地が冷めやらぬ伊万里であったが条件反射のように口内を開き、そして九峪の舌に己の舌を絡ませた。それがスイッチになったかのように、伊万里が九峪に応える。今日何度目になるかわからない濃密な口づけをたっぷりと交わし、九峪は伊万里から離れた。そして伊万里の頬に優しくその手を当てる。

 

「伊万里」

「九峪様…」

 

うっとりとした表情で己の頬に当てられた手を自分の両手で包む伊万里。そんな伊万里の姿に満足しながら慈しむようにその頬をゆっくりと撫でると、同じようにゆっくりとその手を離した。その九峪の手を追いかけるように己の手を伸ばそうとした伊万里だが、

 

「ああっ!」

 

それは叶わず、伊万里の嬌声がまた寝所に響いて身体をのたうち回らせた。九峪が伊万里の胸の先端を口に含んだからだ。ゆっくりとなぞるように舌を絡ませ、そうしながらも左手はもう片方の胸の先端をいじり、そして右手は股間に這わせていた。

 

「ああっ! あっ! あああっ!」

 

伊万里の嬌声に加えて淫らな水音が寝所に響き渡る。そしてその音が聴覚から再び二人を燃え上がらせる。

若鮎のように肢体をビクンビクンと寝台の上で何度も跳ね上がらせながら伊万里は何回も果てていく。だが、何度も果てているのに身体の奥に燻ぶった肉欲の炎は一向に消えない。理由はわかっている。九峪自身を感じられていないからだ。確かに何度も絶頂して果てているものの、一人でのこれでは孤閨をかこつのとそう変わらない。身体の中に九峪を感じ、そして共に達して果てたいのだ。だから、

 

「く、九峪様ぁ…」

 

伊万里が普段の彼女からは考えられないほどの弱々しい声を上げる。

 

「ん?」

「お願いします…。もう…もう…」

「どうしたんだ?」

 

しかし九峪は応えない。伊万里が何を求めているのか十分にわかっている。わかっていてわざと応えないのだ。焦らしているのである。武では今も伊万里に遠く及ぶべくもないが、寝所での勝負は九峪に軍配が上がっていた。まして伊万里はその奥ゆかしい性格故に自分から口に出して求めることはあまりない。だが、

 

「もっと…抱いて! 私を滅茶苦茶にしてください!」

 

あまりないだけで、限界を突破してしまえば堰を切ったように求めだす。そして箍が外れてしまえば、普段の伊万里からは考えられないような顔を見せる。普段が真面目だからこそ、反動は大きいのだ。

 

「こ、これ、早く!」

 

伊万里が九峪の股間に手を伸ばし、九峪自身を手にして懇願したのだった。もうこれ以上待てないとばかりにはぁはぁと息を荒くしながら情欲に支配された表情で九峪を求める。

 

(ッ!)

 

股間を刺激され、九峪も表情を歪めた。伊万里を焦らしてはいたものの、興奮していたのは九峪も同じである。少々の刺激でまたすぐに果ててしまいそうなほどに九峪も昂っていた。

 

「ああ」

 

だが男としての矜持か、それともこの場ぐらいは自分が優位に立ちたいのか、努めて平静を装いながら九峪が答える。傍から見れば九峪が無理しているのは丸わかりなのだが、それでも今の伊万里にはそれがわかるわけもなかった。今の伊万里を支配しているのはただ九峪と共に絶頂を迎えたい、それも何度もという肉欲だけだった。九峪を誘うように伊万里は己の体勢を整える。

 

「早く、早くそれを下さい!」

「わかってるって」

 

急かす伊万里を九峪が抑えながら伊万里の股の間に己の身体を割り込ませる。そして、伊万里の秘所に己の股間をあてがうと一気に腰を押し込んだ。

 

「ああっ!」

 

散々焦らされた甲斐あってか、伊万里は貫かれた衝撃だけで果ててしまう。少しの間身体をブルブル震わせて硬直し、そして弛緩させた。

 

「あ…ああ…あああ…」

 

口の端から涎をたらしながら顔を紅潮させ、舌を出してだらんと緩んだ悦楽の表情を晒す伊万里。こんな顔は九峪以外には見ることができないだろう。それがわかる九峪はそのことに情欲の火を燃え上がらせ、伊万里を征服していく。

 

「伊万里!」

「あ…」

 

激しく律動を開始する九峪。伊万里は未だ身体を弛緩させているため、まだ反応が鈍い。しかしそれも少しのこと。

 

「あ…ああ…あああっ!」

 

すぐに感度を取り戻して燃え上がり始める。九峪と伊万里は再び互いの情欲をぶつけ合った。

 

「伊万里!」

「く、九峪様、もっとぉ!」

「ああ!」

 

伊万里の腰を掴むと律動を力強くする。それに反応して伊万里が寝台の上で淫らに跳ね上がる。

 

「あああっ! あああああっ!」

(ッ!)

 

伊万里も九峪から与えられる極上の快感に酔いしれているが、それは九峪とて同じこと。伊万里から与えられる極上の快感にいつ果ててもおかしくはなかった。だがそれでも、焦らされていた分絶頂に達するのは伊万里が早く、そして多い。

 

「ああっ!」

 

何度目になるかわからない絶頂に伊万里が絹を裂くような叫びをあげる。何度となく果てているので本来ならば疲労しても良さそうなものなのだが、元山人という経歴と今回の逢瀬での九峪との最後の夜ということもあり、伊万里の身体はまだまだ満足していなかった。

 

「うあっ!」

 

少し遅れて、九峪も絶頂に達する。伊万里より少し余裕があったとはいえ、よく耐えたという表現がピッタリかもしれない。それほど伊万里から与えられた快感は極上だったからだ。

 

「っ!」

 

そのまま倒れそうになった九峪が思わず手をつく。寝台と思ったそれだったが、寝台とは違った柔らかさと、そして寝台にはない温かさが九峪の掌に伝わった。

 

「あ…」

 

伊万里が声を上げたので九峪が顔を上げると、自分の手が伊万里の胸に置かれている光景を目の当たりにしてしまった。

 

「もう…九峪様ったら…」

 

息も絶え絶えだった伊万里が窘めるように口を開く。その表情は怖気が走り、そして再び昂らせるほど淫らだった。

 

「まだ可愛がってくれるんですね」

「あ、いや、その…」

「ふふふ、まあ、違ったと言っても逃がしませんけど」

 

そして伊万里は自分の足を九峪の腰に絡める。

 

「伊万里?」

「逃がしませんから。まだまだ夜は長いですわ」

「えぇ…」

「ふふ、そんな顔をしてもダメです」

 

伊万里は妖艶にそう笑うと九峪の両手を取って己の胸に導いた。そうしながら、自らは九峪の首に自分の腕を絡め、上半身を起こすとそのまま口づけをする。

 

「んっ!」

 

伊万里のその行動に目を剥いた九峪だったが、首筋をガッチリホールドされているために離れることなどできもしない。さっきまでのお返しとばかりにたっぷりと口内を蹂躙される。ならばと九峪は己の手を動かして伊万里の豊満な胸を揉みしだいた。

 

「んんっ!」

 

今度は伊万里が目を剥いた、だが、それも一瞬。すぐに目をとろんとさせ、同時に顔を紅潮させて鼻息も荒くさせていく。お互いに再び身体を昂らせ、そして、

 

「ぷは…っ」

 

伊万里が九峪から離れた。九峪の口内を蹂躙していたせいか、また唾液の橋が架かっていたがすぐにそれも途切れる。

 

「あふ…ん」

 

そして悩ましい吐息が漏れた。九峪の両手が未だ伊万里の胸を蹂躙していたからだ。

 

「もう、九峪様ったら…」

 

伊万里はそれに気分を害することもなく、妖艶な笑みを浮かべる。

 

「本当に胸がお好きなんですから」

「否定はしないよ。ただ、付け加えるんなら、好きな女性のってつくけどね」

「本当かしら?」

 

九峪の訂正に伊万里がクスッと微笑む。

 

「試してみるかい?」

 

それに応えるように九峪が言った。と、

 

「ええ」

 

伊万里が頷き、そしてまた寝台に横になる。

 

「もっと一杯、私を愛してください。それで確かめさせて」

「…こりゃ、一本取られたか」

「ふふふ…」

 

楽しそうに笑う二人。だがすぐに見つめ合い、そして、

 

『んっ…』

 

再び口づけをかわしたのだった。

 

「さあ九峪様。たっぷりと私の身体を味わって? まだ時間はありますから。それで今の言葉に偽りがないか確かめさせてください」

「了解」

 

そして再び、九峪が伊万里へと覆いかぶさっていく。直後、再び伊万里の嬌声が寝所に響き渡ることとなった。別れを惜しむかのような最後の夜の夫婦の営みはこの後も、夜が白み始めるまで続いたのだった。

 

 

 

 

 

夜が明け、そして別れのとき。伊万里をはじめとする豊後県の重臣たちすべてが九峪一行の見送りのために城外に出てきていた。住民たちからも別れを惜しまれたが、それは城内にとどめられた。今ここにいるのは正真正銘九峪たち一行と伊万里たち豊後県の重臣だけである。それに加えて、

 

「……」

「……」

「……」

 

九峪と伊万里の三人の娘…伊万、万里、伊里もいたのだが、三人とも口を開こうとしない。ジッと黙って、恨めしそうな寂しそうな表情で九峪を睨みつけるだけだった。

 

「姫様」

 

そんな三人を慮ってか、遠州がいつものように優しい口調で伊万たちに話しかける。

 

「九峪様にご挨拶は宜しいのですか?」

 

膝を降り、目線を同じ高さにしてそう促す。

 

「そうですよ?」

 

そこに仁清が加勢する。

 

「次に九峪様がいらっしゃるのはまた来年なのです。それまではお会いできないんですから」

 

遠州と同じように仁清もそう促した。だが、

 

『……』

 

三人ともブスッとした表情のままで変化は見られない。

 

「あなたたち「いいんだ、伊万里」」

 

流石に母親としてその態度を注意しようとした伊万里を九峪が押しとどめる。

 

「でも…」

「いいから」

「…はい」

 

そう言われてはそれ以上口を差し挟むことができず、伊万里は軽く頭を下げて一歩退いた。それを合図にしたかのように九峪が娘たちの許に歩み寄る。怒られると思ったのか、三人はビクッと身を竦ませ、そしてお互いをかばうかのようにその身を寄せ合った。

 

「……」

 

そんな娘たちに九峪は何も言わず、遠州と同じように膝を折って目線を合わせる。そして、

 

「ごめんな」

 

謝ると、三人の頭を優しく撫でたのだった。それが、三人の娘たちのやせ我慢を崩壊させるスイッチになった。

 

「とうさまー!」

「ととさまー!」

「ちちうえー!」

 

伊万、万里、伊里の三人が次々に九峪の首筋に飛び込んで抱き着く。みんなわんわん泣いてしまっていた。

 

「……」

 

やれやれといった感じで九峪が顔を上げると、伊万里、上乃、遠州、仁清が微笑ましい表情でその光景を見ている。子供たちとしてはしっかり父を見送らなくてはという思いも当然あったのだろうが、そこはやはり子供。そういった感情よりお別れする寂しさの方が上回ってしまっていたのだ。それでも何とか頑張っていたものの、さっきの九峪の行動がとどめとなって堰が崩壊してしまっていた。

 

「まったく…」

 

窘めるように、しかしあくまでも優しく九峪が三人に声をかける。

 

「もうお姉ちゃんなのに、困った子たちだな」

「だって…だって…」

「次会えるの、また来年なんでしょ?」

「そんなのやー!」

 

愛娘たちに泣きながら拘束され、九峪の心が苛まれた。伊万里に顔を向けると、娘たちのように行動にこそ移さないものの、先ほどの伊万、万里、伊里と同じような表情になっている。その姿がまた九峪の心を苛む。

それでも、いつまでもこうしているわけにはいかない。次の地が待っているからだ。

 

「ごめんな」

 

だからこそ、九峪は娘たちに誠心誠意謝るしかない。その背中をゆっくり優しく撫でていくと、やがてしゃくりあげる頻度、度合いが少なくなってきた。

 

「また来年になったら、一杯遊んであげるからな」

『……』

 

それでも、三人は一向に九峪の首筋から離れようとしない。そんな九峪と伊万たちを見かね、上乃、遠州、仁清が三人を諭す。

 

「伊万様、その辺にしてあげなさい。私はそんな泣き虫に手ほどきをした覚えはありませんよ?」

「あがの…」

「万里様、お父上が困ってらっしゃいます。お父上を困らせるような真似、万里様はこれ以上なさいませんよね?」

「えんしゅう…」

「伊里様、それぐらいにしてあげてください。あまりわがまま言うと、つぎの手ほどきは厳しくしますよ?」

「じんせい…」

『さあ』

 

上乃、遠州、仁清が声を揃えて伊万たちに九峪から離れるように促した。上乃たちに促され、渋々ではあるが三人は九峪から離れる。無論その顔は不満を隠そうともしていないが。しかし上乃たちもその仏頂面を咎めることはしない。わかっているからだ、大人の意見に子供が納得することなどないということが。自分たちが幼い頃もそうだったのだから。

それでも何とか三人を九峪から引き剝がすことに成功した上乃、遠州、仁清の三人が九峪に視線を送る。九峪は伊万たちにはわからないように三人を拝んだ。

 

(すまん)

(((いえいえ)))

 

会話こそなかったが視線でそう言葉を交わし、九峪がゆっくりと立ち上がった。そして、伊万里に視線を向ける。

 

「伊万、万里、伊里のこと、よろしく頼むな」

「はい、お任せください、九峪様」

 

伊万里が会釈した。本当は自分だって九峪には行ってほしくない。だが、それは自分の我が儘であることはわかっている。そして、九峪が自分の生き方を決めたとき、それでもいいからと結婚した時点でこうなることもわかっていた。だから止めはしない。今は寂しくても、年が変わればまた逢えるのだから。そして、そのときにはまた目一杯愛してもらうのだから。

 

「それじゃあ。三人ともちゃんと母上の言うことを聞いていい子にしてるんだよ?」

「うん…」

「わかった…」

「はい…」

「よし、いい子だ」

 

九峪が三人の頭を順番に撫でる。そして、

 

「それじゃあ」

 

簡単な別れの挨拶を告げるとその身を翻した。九峪はそのまま真っ直ぐ進み、少し離れたところで待っていた清瑞たちと合流すると用意してあった馬に跨って進みだしたのだった。清瑞たち護衛の者がその周囲を囲むように出立するその光景を、伊万里と三人の娘たちはその姿が見えなくなるまで見送ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後年の豊後県について

 

九峪と伊万里の間に生まれた三人の姉妹はこの後もすくすくと成長をしていく。そして三人の齢が二十歳前になったある日、三人の成長を一番傍で見てきた伊万里が代替わりしても支障がないと判断し、豊後県は速やかに伊万里から次代への代替わりを果たしたのだった。

 

長女、伊万…母の命によって次代の豊後県の当主に就任。自身の才覚に加えて万里、伊里という二人の有能な妹の補佐もあり、先代の母、伊万里の治世より更に豊後県を発展させることになる。

次女、万里…幼い頃からの才能が開花し、将としての才覚を発揮。軍事面で姉であり主君でもある伊万にとって欠かせない存在となる。豊後県での外敵による海岸線からの侵略がないのは、もっぱら万里の働きによるところが大きい。

三女、伊里…幼い頃からの得意分野に磨きをかけ、軍師として才能を開花させる。政務、外務において伊万にとって欠かせない存在となる。姉である伊万の良き相談相手にもなり、豊後県を更に豊かにすることに大きな貢献を果たした。

 

また、三人とも母である伊万里譲りの容姿のため求婚相手には事欠かず、多くの男性から引く手数多であった。後年、民衆から『豊後の華』とも称されることになった三人の恋物語については、こことは違う何処かで。

 

 

 

追記

妻、伊万里…伊万に豊後県の当主の座を譲り、譲位後の県内の政情が安定したことを確認すると、伊万里はさっさと隠居してしまう。そして数日の後には姿をくらましたのであった。もっとも、何処へ行ったのかは公然の秘密である。

 

その件について娘たちの談話

 

「母様がまだ十分現役でも務まるのにさっさと隠居したのは、絶対に父様と一緒に暮らしたかったからだよ」

「間違いないな。だから、とっとと姉様に地位を譲って父様のところへと向かったのだろう」

「今頃遠慮なく父上に甘えてるんでしょうね。いつまでもお熱いんだから。羨ましいけど困ったものよね、ほんと」

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