火向編二話目。では、どうぞ。
「う…」
明けて早朝、九峪が呻きながらゆっくりと目を覚ました。ぼんやりと見えてくる天井に、自分がどこにいるのかようやく思い出してくる。
(そうか、ここは…)
昨日、一年ぶりの火向に到着したことを思い出した九峪が伸びをしようと手を動かそうとする。が、
「あん…」
すぐ側から可愛い声が聞こえ、慌ててその声のした方向を見た。そこには清瑞が満たされた顔で安らかに寝息を立てている姿があった。と同時に、左腕に清瑞の身体の重みを感じ始める。
(…そうだったな)
その姿を見て、九峪は意識を失う前のことを完全に思い出していた。昨夜は清瑞に貪欲に求められ、そのまま精も魂も尽き果てて気を失うと言っていいような状態で眠りに就いたのだった。ここしばらくは火魅子…星華と伊万里との夫婦の営みの日々だけだったため、久しぶりに九峪を独占できることに清瑞が己を抑えられなくなった結果の出来事だった。
恐ろしいとは思いつつも、暫く時間が経てばまたこの温もりが恋しくなるのだから清瑞も他の妻たちに負けず劣らない魅力の持ち主である。そんな清瑞も久しぶりの九峪との逢瀬で張り切り過ぎたのか、彼女にしては珍しく深く眠りに就いていた。乱破として、護衛としてはあるまじき失態とは言えるが先述のように久しぶりの逢瀬だったこと、ここが火向の県都である川辺城の最奥部であること、そして何より信頼できる者たちがこの場所を護っていることで安心したのだろう。そのため、普段の清瑞が見せそうもないような穏やかな、そして甘えるような表情で九峪に抱き着いて深い眠りに就いていたのだった。
「……」
そんな清瑞を起こしてしまわないように慎重に慎重に九峪が身体を離す。他の妻たちもそうだが乱破だからだろうか清瑞は特にこういった変化に敏感なため、ちょっとでもしくじればすぐに目を覚ましてしまうだろう。それはそれでしょうがないことではあるのだが、せっかくこうやってぐっすりと眠っているのだから自然に目を覚ますまでゆっくりと眠っていてほしかった。その想いが功を奏したのか、九峪は何とか清瑞を起こさずに寝台から抜け出すことに成功する。
「ううん…」
寝台から起き上がる時に少し大きめの寝言が聞こえたので起こしてしまったかと冷や汗を掻いて振り返った九峪だが、幸いなことに清瑞はまだ目覚めていなかった。
(良かった…)
ホッと胸を撫で下ろした九峪がその後も清瑞を起こしてしまわないようにソロリソロリと足音を忍ばせ、何とか寝所を脱出することに成功した。
「ふぅ…」
寝所を抜け出した九峪が少し離れて思い切り伸びをする。そして、身体を解すようにコキコキと肩を鳴らした。廊下の隙間から所々日の光が射しているのがわかる。
「いい天気のようだな。仕事日和ってわけか」
早速今日から火向各地へと巡察へ回ることになるだろう。通年のこの各県への訪問は仕事と同時に家族と過ごすことも大きな目的になっている。そのため、どうしても伴侶や子供たちたちがいない県での滞在期間は短くなってしまうのだ。だからこそ、その短い期間は他のところ以上に精力的に仕事をこなさないといけない。
「今日も一日、頑張ろうかね」
そう呟くと、九峪は用を足すのと顔を洗うために王城の外へ出た。と、
「くたにさま」
そこには寝ずの番の姿があった。偶然かそれとも必然か、そこにいたのは清雅だった。
「清雅」
「おはようございます」
己の名前を呼ばれた清雅が恭しく頭を下げる。
「ああ、おはよう」
その姿に感心しつつも同時に寂しさと申し訳なさを感じた九峪だったが、それは表に出さずに続けた。
「今日の番は清雅だったのか」
「はい。ほんとうはふたりなのですが、もうひとりがいまかわやにいってまして」
「そうか。お勤めご苦労さん」
「ありがとうございます」
九峪に誉められた清雅が嬉しそうに微笑んで再度頭を下げた。その姿に今度は九峪も嬉しさを隠せなかった。が、これも表に出さない。
「でも、くたにさまのしんじょはとうりょうがまもってますから、ごしんぱいなく」
「そ、そうだな」
清雅の無垢な言葉に九峪がちょっとだけ言葉を詰まらせる。まだ子供の清雅は清瑞が忠実に任務をこなしていると思っているのだろう。だがその実は、仕事と私事が半分ずつだったりするのだが。その辺り、清雅以外の乱破衆は当然心得ているので余計なことは言わないし清雅にも吹き込まない。それが何よりありがたかった。
「まあとにかく御苦労さん。交替になったらしっかり休んでくれよ」
「はい」
「よし、いい返事だ。それじゃあ俺は顔を洗ってくるから」
「わかりました、おきをつけて」
そう言って頭を下げる清雅に軽く手を振ると、九峪はその場を後にした。
「あー…さっぱりした」
清雅と朝の挨拶をかわした後厠に行ってから顔を洗い、眠気を飛ばした九峪が寝所に戻りながら呟いた。
「さて…」
寝所の引き戸に手をかけた九峪が音をたてないようにゆっくりとそれを開けていく。が、少し動かしたところで、
「九峪様」
中から声が聞こえてきた。声の主は当然、清瑞である。
(ああ、起きてたのか)
その声を聞いて清瑞が目を覚ましてしまったことがわかった九峪は、一変して普通に引き戸を開けた。
「おう、清瑞。おは…」
軽く朝の挨拶をしながら寝所に戻った九峪だったが、それ以上言葉を続けられなかった。何故なら入口入ってすぐのところで清瑞が腕を組んで仁王立ちしていたからである。
「き、清瑞?」
早朝から剣呑な気配を感じた九峪がおっかなびっくり清瑞に話しかける。と、
「閉めてください」
仕事モードの雰囲気になっている清瑞が九峪にそう伝えた。
「え?」
「いいから、早く閉めてください」
「ちょっと待て、それって「いいから」はい…」
有無を言わせぬ態度と口調に九峪が冷や汗を掻きながら慌てて引き戸を閉める。と、引き戸を閉めた直後、
「どういうおつもりですか?」
ずいっと九峪に顔を寄せて清瑞が詰め寄った。
「な、何が?」
ビックリしながら九峪が聞き返す。
「私を置いてお出掛けとは、どういうおつもりかと聞いているんです」
「え、いや、お前良く寝てたし…厠と顔洗いに行っただけだし…」
「あのですね、九峪様」
九峪の返答を聞いた清瑞が少し苛立たし気に口を開く。
「どこの世界に護衛に気を使う主人がいるんですか。御身に何かあったらどうするおつもりなのです」
「いや、大丈夫だろ。ここは九洲だし、それに戦争が終わってもう何年経ってると思ってるんだよ。今更「言い訳は結構」」
九峪の言い分を最後まで聞く前に清瑞が遮った。
「いや、でも…ごめんなさい」
それでも反論しようとする九峪だったが、清瑞からじろりとねめつけられてそれまでの勢いは何処へやら、小さくなって謝っていた。
「全く…」
呆れたように溜め息をつく清瑞だったが、実はこれは照れ隠しである。九峪が自分を気遣ってくれたことはたまらないほど嬉しかったが、それ以上に乱破でありながら深々と眠ってしまって己の護衛対象であり何よりも大切な良人の側にいられなかったことに深い自責の念を抱いているのだ。しかし性格からそれを素直に認められずこうして、表現は悪いが九峪に八つ当たりしているのである。
とは言え、いつまでも自分の八つ当たりを正当化するわけにもいかない。九峪が自分を気遣ってくれたことの歓喜をこの身で感じているのもまた紛れもない事実。だから、清瑞は少々強引にこの場をまとめることにした。
「んっ」
いきなり顔を寄せると、九峪に口づけをしたのである。
「んっ!?」
予想しなかった展開に九峪が驚いて離れようとするが、そのときには清瑞の両腕はもう九峪の首筋に回っており離れることができなかった。十年ほど耶麻台国…九洲で過ごしてきたとは言え、元々この世界で生まれ育った人間との肉体的な性能差はやはり埋めがたく、ガッチリホールドされた九峪はなすすべを持たない。そして、
「ふー…ふー…ふー…」
清瑞はそれをいいことに九峪の口内を思うがままに蹂躙する。その感触と、ピチャピチャという濡れた音が耳に届き、否が応でも気持ちは盛り上がる。だがこれから迎えるのは朝であり夜ではない。そのため、熱烈な口づけを楽しみながらも少しして清瑞は九峪から離れたのだった。名残惜しい気持ちは多分に持ちながらも。
「ぷあっ! き、清瑞…?」
解放された九峪が酸素を求めて呼吸を荒くする。
「ふふ…」
それに応える清瑞は口元を拭うと妖艶に微笑んだ。そのあまりの色気に九峪がゾクッと背筋を凍らせたのは内緒である。
「今はこの辺で勘弁してあげますよ。その代わり、今日の夜は覚悟しておいてくださいね」
「わ、わかった」
蛇に睨まれた蛙のごとく、九峪はコクコクと頷くしかなかった。正直な話、これ以上盛り上がったら歯止めが利かなくなってしまうのだろう。九峪も、そして清瑞も。それを止めるギリギリの線での中断だった。
「では」
九峪から離れた清瑞は軽く一礼するとその場から姿を消した。何とか身体と気持ちと落ち着けた九峪が、着替えて寝所から出てきたのはそれから少し経ってからのことだった。
火向に到着して翌日、九峪は志野に連れられてさっそく精力的に動いていた。この訪問では九峪の妻や子供たちがいない県での滞在期間は短く、割を食っているという表現がピッタリと言っていい。だからこそ九峪はその限られた時間で己の役割を果たすべく、妻や子供たちのいる県以上に精力的に働く必要があった。
九峪がこの生活スタイルを確立してからもう何年も経っていることもあり、知事や幹部たちも手慣れたもので九峪が動きやすいよう、処理がしやすいように巡察の順序や報告・陳情の内容がまとめられている。そのことにいつも深く感謝をしながら、今回もこの一年の間で溜まった仕事を片付けていく。各知事には県内での自治権・行政権などは勿論与えているが、どうしても九峪へと諮りたい、お伺いを立てなければいけないような事案も発生してしまうのだ。そして、それは仕方のないことだった。
そんな九峪を当然のように護衛するのが乱破衆。戦争が終わって危険度も著しく低くなったため、九峪のこの巡察に従う人員はこれでも大分減らしている。どうしても年間通しての仕事になってしまうため、乱破衆各個人の家庭的な事情もあり、志願と持ち回りを上手く融合させた人員選抜を毎年行っていた。そんな中で毎年当然のように従っているのが清瑞である。
乱破衆の頭領という立場故に当然のことではあるのだが、九峪が九洲に来てからの一番の古株の護衛ということと、何より清瑞自身が九峪との時間を確保したいという理由がもっとも大きいものだった。そうなると当然、
「清雅、先導して次の目的地までの安全を確保しなさい」
「はい、とうりょう」
その子である清雅も清瑞に付き従って過ごすことになった。まだ幼い清雅であるが、本人としては母と共に過ごせることと、厳しくも愛情のある教育を母自ら手ほどきされることに満足しているようで、愚痴や不満を漏らすことは少なくとも九峪の知る限りではなかった。清雅の立場で言えば、いずれは清瑞の後を継いで乱破衆の頭領になるのだから今はその勉強中ということで当然なのかもしれない。しかし、
(清雅…)
九峪としては清雅に対して複雑な心境を抱くのは仕方のないことであった。と、そんなことを考えていた九峪の首筋にいきなりふーっと吐息がかけられた。
「ひえっ!?」
予想しなかった事態に九峪が普段出しそうもない悲鳴を上げた。その声が予想外に大きかったためか、予想以上に周囲の注目を集めることになった。
「な、な、なっ…」
慌てて振り返ると、そこには悪戯っぽい笑みを浮かべて口元を隠しながらクスクスと笑っている志野の姿があった。
「志野ぉ…」
「ふふふ、すみません」
志野がコロコロ笑いながら軽く頭を下げた。
「でも九峪様、そんな顔しちゃダメですよ」
「そんな顔?」
九峪がペタペタと自分の顔に触れる。
「どんな顔してたんだ、俺?」
すると志野は声を潜め、
(清雅くんが心配で心配で仕方ないって顔ですよ)
と、そっと耳打ちしたのだった。
「えっ…」
「時機を見て…でしたはずでしょう? それまではちゃんと公私のけじめはつけないといけませんよ。清瑞さんの血を引いてるんですから、勘の鋭さは一級品のはずですから、そんな顔してたらいずれ本人にもバレちゃいますよ?」
「う…そうだな。気をつけるよ」
「はい♪」
楽しそうに微笑みながら身体を離した志野に、面目ないといった感じで照れ笑いする九峪。その表情や仕草、二人の雰囲気から微笑ましい光景ではある。が、それも色眼鏡をかけて見ていなければの話しなわけで。
「ははうえ?」
二人の姿を目の当たりにした清瑞の雰囲気が若干変わったことに気付いた清雅が清瑞を、見上げる。が、反応がない。言ってしまってから頭領ではなく母と呼んでしまったことに気付いた清雅がしまった、という顔をして慌てて口を塞いだのだが、それですら清瑞は気付いていないようだった。
「???」
清瑞の視線の先…仲の良さそうな九峪と志野の姿はとても好感の持てるものだった。しかし、母である清瑞はその二人の姿に何故か剣呑な雰囲気を醸し出している。
「???」
どうしてだろうと考えた清雅だったが、その理由はいくら考えてもついぞわかることはなかったのだった。
「九峪様」
「はい…」
その日の夜、川辺城の王城最奥の寝所にて。当然のようにそこには九峪と清瑞の姿があった。年頃の男と女が寝所に…それも体の関係がある二人が二人きりとなれば当然甘い雰囲気に包まれていても良さそうなものだがそんなことはなく、九峪は寝台の上で正座をさせられていた。そして、その九峪を清瑞がねめつけている。
(なんか、今朝と全く同じ構図だな…)
今朝のことを思わず思い出していた九峪だったが、そこに思いを馳せる余裕はない。何故なら、
「昼間は、志野様とずいぶん仲が良かったですねぇ?」
とこのように、詰問されているからである。浮気を見つかった旦那というわけではないのだが、せっかく今は自分が独占できる時間というだけあって、普段蓋をしている清瑞の想いに歯止めが利かなくなっているようだった。
「いや、ちょっと窘められただけだよ」
「へえ、そうですか。あんなに身体を寄せ合って親密に?」
「他の連中の耳に聞かせたくなかったことだと志野が判断したからああなっただけだってば」
「ふーん…」
清瑞はいたぶるようにチクチクと尋問する。清瑞としても本当のところはわかっているのだが、それでも目の前で自分の良人が自分以外の、それも自分と同格の立場である妻ではない女性と親密にしている様子を見せられるのは面白いものではない。そのため、その憂さ晴らしというわけでもないが九峪に教育中というわけである。とは言え、せっかくの逢瀬の時間をこんなことで費やしたくないのもまた事実。
「全く…」
呆れながらも清瑞がつかつかと九峪に近寄り、その身体を寝台に押し倒した。いつもは押し倒す側の九峪なのだが、今は攻守交替して押し倒される側になっていた。
「あの…清瑞?」
「んふふ♪」
舌なめずりしながら微笑んで見下ろしてくる清瑞をみて、思わず『蛇に睨まれた蛙』という単語が頭の中に浮かんできた九峪だった。そして、それを現実とするかのように、
「今朝言った通り、覚悟してくださいね♪」
実に楽しそうに清瑞がそう言うと、九峪の首筋に顔を寄せた。そして、昨日以上に濃密で長い閨の時間が始まったのだった。
「なあ、清瑞…」
長い長い閨での攻防がやっと収まり、清瑞から解放された九峪がその清瑞に話しかけた。
「はい」
九峪に身を寄せてその胸にスリスリと顔を擦り付けていた清瑞が顔を上げる。満たされたその表情には先ほどまでの不満の色はなくうっとりとしていた。が、
「清雅のことなんだけど…」
その一言に、蕩けていた清瑞の表情が戻る。
「あの子がどうかしましたか?」
「うん。いや、何かしでかしたとかじゃないんだ。ただ…」
「はい」
「もう少し、甘えさせてやってくれないか?」
「……」
その九峪の言葉に返答せず、清瑞はジッと聞き役に徹している。
「今の俺が言えた義理じゃないのは百も承知。あの子のことをお前に全て任せているのも申し訳ないと思ってる。でも父親としてあの子に接することができないから、どうしても気になって…」
清瑞の様子を窺いながら九峪がポツリポツリと心情を吐露していく。そう、今の発言の通り清雅の父親は九峪である。九峪が表向き正妻としているのは火魅子の血を引く各県の県知事の中の、それを望んだ者たちだった。個人名を上げると星華、伊万里、香蘭の三人である。だが、それ以外にも九峪を伴侶としたいと思う者は少なからずいた。九洲の総大将であり、長い時間苦楽を共にすることによってその人間性や、自分たちとは違う物の見方・価値観などに惹かれ、耶麻台国復興を果たしたときには相当数の人間が九峪に惹かれていたのだった。
そうなってしまったことに当時相当悩んだ九峪だったが、最善ではないものの次善として採ったのが今の形態である。その代わり、表向きは妻を火魅子の血を引く三人で公表していた。それ以外の者とも関係がある、関係することができるとわかったら、内外にいらぬ波風を立てることになるのが手に取るようにわかるからである。最高幹部クラスの者たちにとっては公然の秘密というやつだったが、それ以下には徹底して緘口令を敷いていたため、九洲の民衆や各地の豪族クラスでも九峪の妻は火魅子の血を引く三人だけと思われていた。
それでも、その辺の機微に敏感な人間は九峪の周辺の人間関係が怪しいのは何となくわかっていたようだが、余計なことを口走ったり、妙な動きをする者はいなかった。何故なら、ポッと出の豪族や地方の有力者が九峪との関係を強化するために縁者を輿入れさせようにも、正妻としている三人やそれ以外の妻たちがそれを許さなかったからである。長い時間を共に過ごし、積み重ねてきたものがあったからこその今の結びつきであり、彼女たちからしてみれば九峪の妻の座を政争の道具や権力確保の手段とされたらたまったものではない。自分たちと、それ以上に九峪を冒涜しているようなものである。許すはずもないのは火を見るよりも明らかというものだった。
そんな手前、九峪は正妻としている三人以外との間に生まれた子供たちについてはノータッチとするしかなかった。厳密には立場を考慮しての関わりはしていたが、親子として触れ合うことはできなかったのである。そして、清雅もその一人だった。とは言え、この清雅こそ公然の秘密の最たるものと言ってもいいかもしれない。清瑞にとって良人としての選択肢は九峪以外になく、何より命名した“清雅”という名前からもそれは窺い知ることができた。表向きは父である伊雅から一時拝領したということになっている。それも間違いではないだろうが、それ以上に九峪の名前…“雅”比古からの拝領であるというのは、九峪の本名を知る者は容易に思い至ることができたのだった。そんな事情もあって、どうしても父親として清雅と関われない九峪は甘くなってしまうのである。清雅だけではなく、同じ立場の子供たち全員に共通するのだが。と、
「九峪様」
九峪のその発言に色々思うところがあったのだろうか、暫くしてから清瑞が口を開いた。
「ん?」
「相変わらず、お優しいですね」
「な、なんだよ、急に」
清瑞の返答が予想しなかったものだったため、思わず顔を赤くして口ごもってしまう九峪。そんな九峪にふふ…と微笑むと、
「ご心配なく」
と、清瑞が返した。
「え?」
「九峪様がご存じなのは任務中の私たちのことだけでしょう? 家や、あの子と二人になったときはちゃんと母親をしていますから」
「そうなのか?」
「ええ。あれでもあの子、家では甘えん坊で困るんですよ。まだまだ子供ですね」
「そうか…」
クスクスと笑う清瑞の姿を見て、九峪がその発言に救われたようにふーっと大きく息を吐いた。清瑞がすぐわかるような噓を言うとは思えなかったし、楽しそうに笑うこの姿からも本当のことなのだろう。残念なのは、その姿を父親として見ることができないことだが、それは仕方のないことと割り切るしかなかった。
「あの子が一人前になるまで、もう暫くお待ちくださいな」
「ああ、わかってる」
九峪が頷いた。これもまた取り決めの一つである。父親が九峪であることは当人の子供たちには内密にはしているが、いつまでもそれが隠し通せるものでも通すつもりもない。基本はいずれ機を見て打ち明けることにはなっていた。それは各々のタイミングに任せているが、やはり子供が成人、あるいは親目線で一人前になってからというのが大体の線引きのようだ。
「…そうだ」
「ん?」
九峪が清雅に対してそれなりに後ろめたさを感じていることを知った清瑞があることを、思いつく。どうしたんだろうと思った九峪が清瑞に顔を向けると、
「ねえ、九峪様?」
清瑞が顔を上げて九峪を覗き込んでいた。
「どうした?」
「清雅のこと、そこまで気にかけてくれているんですか?」
「当たり前だろ?」
「私のことも?」
「な、なんだよ、急に」
「い・い・か・ら。どうなんです?」
「…いやまあ、そりゃ当たり前だよ。複雑な立場にしちゃったし、それを受け入れてくれたし、感謝してる」
「そうですか」
九峪の返答を聞いて満足げに微笑む清瑞。感謝をしているし気にもかけているが、それは清瑞だけではなく同じ立場を受け入れてくれた正妻以外の三人に対しても同様だったりする。だが、それを口に出したら清瑞の機嫌を損ねることになりかねないのでそこは胸に留めておいた。それぐらいの気遣いは九峪にもできるようになったのである。と、
「でしたら、それを行動で示してもらえませんか?」
「行動って?」
どうしろというのだろうと首を傾げた九峪の耳元に、清瑞が顔を寄せた。
「私まだ、清雅一人だけしかいないじゃないですか」
「ああ」
「あの子ももう七つですし、そろそろ、二人目が欲しいかなって」
「ゑっ!?」
九峪が驚いたのとほぼ同時に清瑞が九峪の首に手を回して己に向かって引っ張った。
「うわっ!?」
強引に引っ張られた九峪は不格好ながら清瑞の上に覆い被さる形になり、清瑞が手を離した。直後、九峪が慌てて身体を離すと己の下には一糸纏わぬ姿の清瑞が期待に目を輝かせている。
「さあ、九峪様…」
そうして、清瑞は九峪の腕を取ると己の胸にそれを導いた。
「あん♪」
弾むような嬌声に思わず九峪がゴクリと生唾を飲み込む。先ほどまで何度となく抱いたというのに、また劣情を催すのは今の発言のせいだろうか、それとも愛故にだろうか、はたまた何度味わっても飽きないその魅力的な肢体ゆえだろうか、九峪にはわからない。わかるのは、蜘蛛の巣にかかった獲物のごとく、己がフラフラと清瑞に搦め取られていくということだけだった。
胸に導かれた手をゆっくりと動かしながらもう片方の手は股間に伸び、そして口は空いている胸へと吸い付く。
「ああっ、九峪様!」
三点からもたらされる快感に、清瑞が快感に顔を歪めながら大きな歓喜の声を上げた。
「清瑞!」
「はあっ、九峪様! 好き! 大好き!」
「~っ!」
そのストレートな告白に最後の理性が切れた九峪が再び清瑞に覆い被さった。そしてこの日、二人は結局この後も長い長い夜を過ごすことになったのだった。
人物紹介
清雅
九峪と清瑞の間にできた息子。年齢は七歳。名前は両親から一文字ずつ。(表向きには祖父である伊雅からの拝領となっているが、九峪と清瑞の関係をわかっていて九峪の本名を知る者たちにとっては公然の秘密)
母親である清瑞の教育の賜か、七歳にしてはとてもしっかりしており素直。現時点では将来は清瑞の後を継いで乱破衆の後を継いで乱破衆の頭領になる予定。
耶麻台国は女系国家のため、傍系とはいえ火魅子の血を引いていても王座には無縁の存在になるだろうというのも理由の一つ。
容姿的には今のところ母親である清瑞よりの容姿。但し、声質や髪質など、あまり目立たないところで父親である九峪の特徴がチラホラ見られるようになってきている。
立場的に父親が九峪とは本人に明かされていないため表向きは母一人子一人だが、その分母親である清瑞を深く敬愛し尊敬している。