大本営の資料室   作:114

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はい


どうぞ



File9.武藤勝D級除隊案件

ーーーーー

 

 

 

報告書

 

場所

大隅警備府

 

日時

昭和92年11月29日

 

 

 

標題

武藤勝D級除隊案件

 

 

詳細情報

別紙参考

 

 

結果

日本国海軍西海支部元中佐、武藤勝ヲ日本国海軍カラ不名誉除隊トシ、日本国軍特別刑務所二収監スル

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

『お父さん!僕もいつか海上自衛隊になるよ!』

 

 

 

『お父さんみたいな立派な海上自衛隊員に!』

 

 

 

 

『お父さん…深海棲艦って…なに?』

 

 

 

 

『父さん、僕も来年から海軍士官学校へ通うことにしたよ』

 

 

 

 

『うん、うん…毎日が新鮮で勉強になるよ』

 

 

 

『同期になかなかできる奴がいるんだ…本郷って奴なんだけど』

 

 

 

『父さん…僕は海兵に向いてないのかもしれない…いつも本郷に抜かされるんだ…』

 

 

 

『…ごめん…父さん…もう僕は士官学校…辞めるよ』

 

 

 

 

 

 

 

『…ごめん…ご飯いらないから…』

 

 

『勝手に入ってくんなよ!』

 

 

 

『糞おやじ!糞ばばあ!』

 

 

『どうせ俺には才能なんてありゃしないんだよ!』

 

 

 

『ああぁぁーー!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

____本郷の自殺騒動から2週間後の西海支部

 

 

 

(…生)

 

 

 

 

(…先生)

 

 

 

 

「武藤先生」

 

 

 

 

「…ん…」

 

 

 

 

青年の声によって夢の世界から呼び戻される

 

 

目が覚めると男は執務椅子にもたれ掛かり、官帽をアイマスク代わりに目元を隠すように乗せ、寝ていたようだ

 

 

 

「…うん、すまないね…少し寝ていたようだ」

 

 

 

 

この小太りの中年男性は日本国海軍、西海運営支部中佐、武藤勝である

 

 

 

 

「…確りしてください…武藤先生が確りしてくれないと我々の学びが無駄になってしまいますよ」

 

 

 

対するは椅子に住み着く武藤を先生と呼び、嫌味を込めた言い方をするまだ10代の幼さの残る青年の名は鴛渕(おしぶち)、士官学校時代より武藤からの教えを学んだ通称武藤塾の生徒である

 

 

「…先生呼びもやめたまえよ…もうキミは訓練生でもない…立派な海軍少尉だ」

 

 

「先生の教えの賜です……こちら、中国海軍からです」

 

 

 

鴛渕は礼儀正しく礼をし、すぐに手に持っていた封筒を武藤に渡す

 

 

 

武藤は一度封筒をじっと見つめ、鴛渕から封筒を受けとる

 

 

「…中国海軍…ああ、北洋艦隊か…後で確認しておこう。下がっていいよぉ」

 

 

 

「はっ…失礼しました」

 

 

 

 

鴛渕は武藤に敬礼をし、執務室の扉の方へ歩いていく

 

 

その後ろ姿を武藤はじっと見つめる

 

 

 

きっと本当なら今頃は自分の息子も…鴛渕のような…

 

 

 

 

武藤には本州に残してきた妻と一人息子がいる

 

 

息子は幼小から海上自衛官として働く自身の姿をよく見ており、憧れもあって中学卒業とともに海軍士官学校へ入学

 

 

しかし息子はライバル達との闘争に負け、今では家に引きこもり1日中漫画雑誌とにらみ合う大層暇な日々を送っている

 

 

 

我が子がそんな風に育ってしまったせいか、自身の教え子達には同じ道を辿らないように、しっかりとした海兵に育ってもらえるよう勉を振るった

 

 

結果、鴛渕を筆頭に武藤塾の生徒達は増え、自身の評価も徐々に上がっている

 

 

 

「…鴛渕少尉」

 

 

 

「…はっ!」

 

 

 

執務室の扉、ドアノブに手をかけたが武藤の声に反応しすぐさま向き直り敬礼する鴛渕

 

 

「…君も来週からは大隅警備府の司令官だ…これからも慢心せずに執務に励みなさい」

 

 

 

「心得てます」

 

 

 

「…うむ」

 

 

 

「…武藤先生」

 

 

「…なにかね?」

 

 

 

鴛渕は少しばかり間を置いてから続ける

 

 

 

「…恐れながら…大隅の、本郷提督のことを気にされているのかと見受けられますが、私は本郷提督とは違います。決して自決をすることはありません」

 

 

 

「…」

 

 

 

「私は武藤先生の教えを守り、日本国海軍の名のもとに…世の悪と戦う所存です…なので…元気を出してください」

 

 

 

武藤の心は驚きと、もやもやとした感情が渦巻く

 

 

きっとこの青年は知らないのだ

 

武藤自身が本郷を自殺まで追い込んだ主原因であることを

 

 

 

「うん、ありがとう。鴛渕君…」

 

 

 

「………失礼します」

 

 

 

 

 

鴛渕が執務室を出ていった後、武藤はタバコを咥え火を灯す

 

 

(憲兵察に手を回したから自分が追い詰めたとは簡単にはバレまい…しかし万が一ということもある…いろいろ考えなくては…)

 

 

(それに中国…北洋艦隊からなら合同演習か…あんな奴等と顔を会わせることはない。適当に理由を付けてうやむやにするか…)

 

 

 

(ああ…鴛渕の就任式で何を話すか…面倒だ)

 

 

 

「…考えることは多いなぁ…」

 

 

 

武藤はそう一言呟くと、執務机に置いてある黒電話の受話器を取り、ある場所へ電話を掛ける

 

 

 

「…」

 

 

「……」

 

 

 

「…俺だ」

 

 

 

 

「…そうか…見つからないか…」

 

 

 

「………ちっ」

 

 

 

誰かと話した武藤は受話器を強めに戻し、椅子に深く腰掛ける

 

 

 

実は本郷の死後、武藤直属の部下が数人行方不明になった

 

 

相手と有利に交渉するために裏で設立した武藤の盗聴、盗撮部隊だ

 

 

 

武藤の気にする万が一とは彼らのことである

 

 

もし彼らが他の者、他支部の者や敵対する者に見つかれば武藤が長年行ってきた行為が明るみになってしまう

 

本郷を自殺に追い込んだことや、他の支部の将校を脅していること、憲兵察に賄賂を渡していることなどが知れわたれば武藤もただでは済まない

 

 

 

 

「…くそ…面倒だ!」

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

翌日に新提督就任式を迎える大隅警備府

 

 

前提督である本郷が亡くなって、明るかった雰囲気が意気消沈していた警備府は僅かながら活気を取り戻していた

 

 

 

「…ちょっと白露、アンタ掃除サボらないでよ」

 

 

 

大隅警備府、全体ホール

 

50人程度が入れるこの箱を初風、白露、如月が週明けに行う新提督就任式のためにモップがけをしていた

 

 

「えー…こっちはもう終わったよー?初風達がまだ終わらせられてないだけでしょ?」

 

 

 

「むっか!…あのねっ!私達はちゃんと"丁寧"にやってるのよ!」

  

 

 

初風は手に持ったモップの柄先を白露に向け言い放つ

 

 

 

「白露ちゃん?司令官がいたらちゃんと掃除しない白露ちゃんをどう思うかしら?」

 

 

 

如月は優しく白露を諭す

 

 

 

「…ちゃんとやるよぅ」

 

 

そう言って白露も渋々ホールの床をモップで拭きだす

 

 

 

 

 

"あの日"本郷の遺体を最初に発見したのは電だった

 

しかし次に発見したのは白露だった

 

 

敬愛する提督の変わり果てた姿を見て彼女が何を思い、感じたのか

 

 

艦娘達の中で本郷の名が出る度にあの日を思い出し、白露は憂鬱になる

 

 

 

 

「まぁ…」

 

 

白露の意外とずぼらな部分を指摘した初風はホールを見渡して呟く

 

 

 

「…提督が…人が1人亡くなったのにお偉いさん方の動きは早いのね」

 

 

 

現在大隅警備府のホールは壁に紅白の幕が張られ、舞台上には「大隅警備府鴛渕提督就任式」の看板が掲げられていた

 

 

これらは初風達が準備したものではなく、西海支部の職員が数日前に大隅に来て設置していったものだった

 

 

「…出撃数が少ない警備府と言っても海軍の基地だものね…いつまでも席を空けておきたくないんじゃないかしら」

 

 

「…にしても…べっつに良いけど…」

 

 

初風は舞台上部に掲げられた看板をチラリと見て

 

 

 

 

「…名前…読めないわよ…」

 

 

 

 

 

3人のモップがけはもう少しだけ続いた

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

所変わり、執務室

 

 

騒動が起きてからすぐに支部の職員により執務室は模様替えされ、本郷の居た痕跡は完全に消えた

 

 

そんな執務室のソファーには大井と深雪が腰を掛けていた

 

 

 

「…この執務室も変わっちまったな」

 

 

 

「ええ…そうね」

 

 

 

「…前は…楽しかったよな…」

 

 

 

「…そうね」

 

 

深雪と大井はぽつりぽつりと会話をする

 

 

「…新しい司令官は…どんな奴だろうな」

 

 

 

「…わからないわ…でも」

 

 

「?」

 

 

 

「私達艦娘は軍属よ…どんな人が提督になっても…命令通りに動かなきゃ…」

 

 

大井はそう言って優しく深雪に微笑む

 

 

 

「…ああ…そりゃあ、わかってる、けど…」

 

 

 

そんなことは深雪も理解している

艦娘なのだ。

 

元々は国が造った軍艦の魂

 

人の手で使われての兵器

 

 

 

けど今は感情がある、心がある

 

 

 

「深雪さん?」

 

 

深雪が考えていると不意に大井が深雪を呼ぶ

 

 

「…わかってるよ…司令官を追っかけようなんて考えてねぇさ」

 

 

 

「…そう…なら、いいの」

 

 

今回の騒動で2人の艦娘が自主解体した

 

元秘書艦の電、そして戦艦金剛

 

 

 

更に電と金剛の解体後、軽巡川内から自主解体申請書の用紙だけが大井の枕元に置かれており、本人は既に姿を消していた

 

 

後になって騒動の当日、夕張と一緒に居たという話を聞いて大井は夕張に問い詰めたが

 

 

『え?…川内さん…?いえ、私は何も知らないわ』

 

 

の一点張りだった

 

 

 

「…川内さん…本当に解体しちまったのかな…」

 

 

深雪が大井に問いかけるが

 

 

 

「…いえ、建造機には川内さんの解体記録はなかったわ…まだどこかで生きてるはずよ」

 

 

 

 

「…そっか」

 

 

 

深雪と大井は様々な想いを胸に、新提督の着任を待つ

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

週が空け、新提督就任式当日

 

 

その日は朝から大隅警備府の正面口にはいくつもの黒塗りの車が停められていた

 

 

 

「「「おはようございます!!武藤中佐!!」」」

 

 

先に正面口で待っていた十数人の西海支部の職員達が一台の黒塗りの車から降りてきた小太りの男に敬礼をする

 

 

 

「うん、おはようみんな」

 

 

武藤である

 

次いで同じ車から鴛渕も降りる

 

 

「「「おはようございます!鴛渕少尉!」」」

 

 

 

「おはようございます」

 

 

 

武藤と違い鴛渕は敬礼をし、職員達に返す

 

 

 

 

「さてさて…まだ就任式まで時間もあるしねぇ…警備府を案内しようか」

 

 

「はっ!よろしくお願い致します」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

警備府内廊下を武藤と鴛渕は並んで歩く

 

 

 

「…じゃあ、最後に執務室に案内しよう」

 

 

 

ある程度警備府を歩き回った2人は執務室の扉の前に到着する

 

 

 

「武藤先生」

 

 

「ん?なにかな?」

 

 

「ここに来るまでに、いまだ艦娘と会っていない気がしますが…」

 

 

 

「…」

 

 

武藤は一拍考え

 

 

 

「…ああ…彼女達には指示があるまで寮の各部屋で待機させてある。就任式には出席させるよ」

 

 

「…そうですか」

 

 

「さ、入ろうか」

 

 

 

武藤が執務室の扉を開ける、するとそこには大井と深雪が敬礼して立っていた

 

 

 

「…!」

 

 

 

武藤は驚き、一瞬顔を歪ませる

 

 

「お前達…何故「おはようございます!武藤中佐、鴛渕少尉!」

 

 

「おはようございます!」

 

 

武藤の言葉を聞き終える前に大井と深雪が挨拶をする

 

 

「おはよう」

 

 

対して鴛渕も敬礼をし、挨拶を返す

 

 

 

「…お前達には各寮にて待機を命じたはずだ。何故ここにいる」

 

 

 

「はっ!清掃確認をしたところ、まだ行き届いていない箇所がありましたので再度清掃を行っていました」

 

 

大井は武藤に敬礼を向け、説明する

 

 

 

「…何が清掃だ…!お前達立派な命令違「先生」

 

 

 

再び武藤の言葉は自身の生徒に遮断される

 

 

「…きっと武藤先生を想っての事だったのでしょう…彼女たちの気持ちに免じ、命令違反の取り消しを願います」

 

 

 

「…」

 

 

青年の言葉に口を閉ざす大井だった

 

 

 

 

「…今日は就任初日だ……良いだろう…命令違反を取り消す…」   

 

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 

「「ありがとうございます、武藤中佐!」」

 

 

 

鴛渕に続き大井と深雪も礼を言う

 

 

 

「…全く…なんでこんな……あ…」

 

 

 

 

むすっとした武藤は何気なく窓の外に視界を向けると、見馴れない車が正面口に停まっていた

 

 

 

「……あ、あれは…!!」

 

 

 

車から降りてきた影を見て武藤は酷く驚く

 

 

 

「かっ…あ、お、おおお前ら!いや…鴛渕君!ここで待ってなさい!お前ら鴛渕君におかしな事を言うんじゃないぞ!!」

 

 

そう言い捨て武藤はテンパりながら執務室を飛び出していった

 

 

 

「…武藤先生…?」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

執務室に残された鴛渕、大井、深雪

 

 

 

「改めて…初めまして。鴛渕少尉、大隅警備府に着任しました。どうぞよろしく」

 

 

先に沈黙を破ったのは鴛渕の方だった

 

彼は艦娘である彼女達へ確りと挨拶をする

 

 

「よろしくお願いします。軽巡洋艦の大井です」

 

 

「駆逐艦、深雪です」

 

 

 

2人も鴛渕に自己紹介をする

 

 

 

「うむ。正直ここに来るまで艦娘には会えなくてね。少し不安になっていた。君たちに会えて良かった」

 

 

「…そして今回、本郷提督の事はとても残念だった…私は直接会ったことはないが支部ではよく話を聞いていたよ。仕事真面目で優秀だったと…君達もさぞ辛かっただろう」

 

 

「…いえ…お気遣いありがとうございます」

 

 

 

大井と深雪は官帽を外し、礼儀正しく挨拶する青年に素直に驚いた

 

 

 

武藤が連れてくる者だからてっきり傍若無人で絵に描いたような嫌な男だと予想していたからである

 

 

 

「…あんた…武藤中佐とは違うんだな」

 

 

思わず深雪がいつもの調子で言ってしまう

 

 

「み、深雪さん!」

 

 

 

「あ、やばっ!」

 

 

すぐに両手で口を塞ぐ深雪を見て鴛渕はふ、と口元だけ笑う

 

 

「…就任式が始まっていないならまだ私は大隅警備府の提督ではない…今の言葉、不問としよう」

 

 

 

安堵する2人

 

 

「…不問にする代わり、1つ聞いてもらえないか?」

 

 

「…なんでしょうか?」

 

 

 

鴛渕の言葉に少し警戒する大井

 

 

「いやなに…艦娘の寮を案内してほしい。もちろんおかしな真似はしない…ただ単純に、そうだな…好奇心だ」

 

 

 

本当に武藤の部下かよ、と心でツッコむ深雪

 

 

「ええ、わかりました。就任式までまだ時間はありますから…少しだけなら…」

 

 

 

「うむ。よろしく頼む」

 

 

 

 

そう言い、鴛渕は官帽を被り直す

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

大隅警備府正面口

 

武藤の乗ってきた車とは違う黒塗りの車から降りてきた二人の男性

 

 

1人は大本営、東海支部少将加藤

 

 

そしてもう1人、額から右頬にかけてまるで刃物で斬られたような傷跡のある厳格な表情に立派な鼻髭、白髪頭の筋骨隆々の大男、加藤と同じく東海支部、鈴木中将である

 

 

「おは、お疲れ様です!…か、加藤少将、鈴木中将…何故ここへ…?」

 

 

しどろもどろになりながらも、愛想笑いを作りながら対応する武藤

 

 

「んー?お前…」

 

 

鈴木は武藤の階級章をじっと見る

 

 

 

「中佐…?…じゃあおめぇが武藤か?ああ?」 

 

 

 

鈴木中将は武藤の胸ぐらを掴む

 

 

「は、はい!私が武藤です…!」

 

 

 

武藤が萎縮するのも無理もない

 

 

海軍の中枢、大本営の鈴木中将は暴力と支配で中将まで上り詰めた超武闘派の将校

 

逆らったり機嫌を損ねただけでも腰の軍刀を抜刀し斬りつけてくる狂人と噂され皆に怖がられている

 

 

 

 

「ハッ!見ろよ加藤…まるで頭でっかちのねずみ男みてぇだ…情けねぇ…」

 

「鈴木中将…落ち着いてください」

 

 

 

「…ちっ…」

 

 

 

加藤少将に止められた鈴木中将は舌打ちをし、掴んでいた武藤の胸ぐらを離す

 

すると加藤少将が続ける

 

 

「武藤中佐、我々は志木少将、浦和少将両名の代わりに就任式に出席するために来たんですよ」

 

 

志木少将と浦和少将

 

二人とも西海支部の将校であり、武藤の上官でありながら、弱みを握られ武藤の子飼いとされている不憫な将校達である

 

 

 

「…何故…」

 

 

 

「ガッハッハッハ!…昨日の夜に志木達と"話し合い"をした結果だ!大本営からの来賓の就任式だ!嬉しいだろ!」

 

 

 

鈴木中将が大笑いしながら武藤の肩をバシバシと叩く 

 

 

武藤は力無く笑うしかなかった

 

 

 

「あ、はは…あはは…」

 

 

(最悪だ…糞っ!)

 

 

 

「…さ、行きましょうか…武藤中佐」

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

艦娘寮の廊下を深雪、鴛渕、大井の3人が歩いている

 

 

部屋部屋から微かに聞こえてくる少女たちの声   

 

 

「うむ、清掃も行き届いていて綺麗にしてあるな」

 

 

 

鴛渕は深雪に向かって発する

 

 

 

「ああ、司令官…本郷司令官がそういうところはきっちりしてたからな」

 

 

「なるほど」

 

 

「た、ちょっと深雪さん…」

 

 

深雪の"普通"な態度を止めようとする大井

 

 

 

「構わんよ。先にも言ったとおり、私はまだ大隅の司令官ではない…気を楽にしてほしい」

 

 

 

「…はい」

 

 

その時、大井の心には何かがまとわりついてくる感覚を感じた

 

 

 

 

そう話していると、ある艦娘の部屋の扉が開く 

 

 

「誰かいる…の…?」

 

 

 

ひょっこりと顔を出したのは衣笠だった

 

 

 

「…あ、えと…申し訳ありません!」

 

 

 

鴛渕を見た衣笠は驚き、部屋の扉を閉めようとする

 

 

 

「待て」

 

 

鴛渕が声をかけると閉まりかけた扉の動きが止まる

 

 

 

「…良ければ挨拶をさせてくれないか?今は武藤中佐もいない…部屋を出ても命令違反にはならん」

 

 

 

「…」

 

 

 

そう鴛渕が優しく言うと視線を下げたまま衣笠がいそいそと部屋から出てきた

 

 

そして敬礼

 

 

「重巡洋艦…衣笠です…」

 

 

 

「うむ、鴛渕少尉だ…今日から…いや、今日の就任式後、ここ大隅警備府の提督となる。よろしく」

 

 

 

敬礼をした衣笠に対して敬礼で挨拶をする鴛渕

 

鴛渕は衣笠の顔をじっと見る

 

 

「…あの…なにか…?」

 

 

 

まじまじと見つめてくる鴛渕に衣笠は少し引き気味になる

 

 

 

「いや…すまん……ところで他の艦娘も本当に部屋で待機しているのか?」

 

 

衣笠に向け軽く謝罪した鴛渕は大井の方に向き直る 

 

 

 

「え…はい、武藤中佐の指示ですから」 

 

 

 

「そうなのか…」

 

 

 

鴛渕は辺りを見回し、談話室への案内板を見つける

 

 

「…この寮には談話室があるのか」

 

 

 

「はい…と言っても本郷提督が亡くなってからはほとんど使ってませんけどね」

 

 

鴛渕の問いに答えようとした大井の代わりに衣笠が半ば諦めたように鴛渕に説明する

 

 

 

「…そうなのか…見ても構わないか?」

 

 

 

「ええ、こちらです」

 

 

 

大井と深雪と衣笠に案内され、寮の廊下を進む鴛渕

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

衣笠が扉を開ける。そこは少しばかり広い綺麗な洋室だった

 

 

 

「…」

 

 

深雪はぐっと目を瞑り、僅かながら苦痛の表情を作る

 

 

そんな深雪の姿を見た鴛渕は何も言わない

 

部屋の中を見ていると、壁に掛けられたいくつかの写真に気づく

 

 

 

 

「…見ても?」

 

 

 

「…ええ、どうぞ」

 

 

一度何かを考えていたが、大井が答える

 

 

 

 

 

コツ、コツ、と鴛渕と大井の足音だけが談話室に響く

 

 

見れば深雪と衣笠は談話室の外で心配そうに鴛渕と大井を眺めていた

 

 

 

「これは…」

 

 

最初に見た丁寧に額縁に入れられ、飾られた写真、そこにはまだ若く、緊張した表情の青年と、今談話室の外にいる深雪が屈託のない笑顔でVサインを決めている青年と少女だけの写真

 

 

「ふむ…」

 

 

並べられた写真を見ていく

 

 

青年の表情は段々と緊張が解れいくように、一緒に写る少女達も増えていく様子が写真を通してわかる

 

 

 

最後の写真には青年を中心に20数名近くの少女達との写真で、まるで学校でのクラスの集合写真を見ているようだった

 

 

 

「…皆…良い顔をしているな」

 

 

 

最後に飾られた写真を見て鴛渕は小さく呟く

 

 

そんな呟きを大井は聞き逃さなかった

 

 

そして大井の中で何かを決心し

 

 

 

 

「鴛渕少尉…いえ、提督」

 

 

 

大井が鴛渕をそう呼ぶと深雪も衣笠も驚く

 

 

 

「…なんだ、大井」

 

 

大井はまたも驚いた

"まだ提督ではない"と返ってくると思いきや、真剣な表情で返してきたのだ

 

 

「…お話が…あります」

 

 

 

「…ちょっと…大井?」

 

 

 

凛とした態度ではっきりとそう言い切った大井を衣笠が呼ぶ

 

 

 

「…聞こうか」

 

 

 

そう答えた鴛渕は壁に掛けられた時計を見ると

 

 

 

「…いや、執務室に戻りながら話そう…武藤先生が先に戻られていると色々面倒だ」

 

 

 

 

「…はい」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「ったく!…糞ジジイ共が!」

 

 

 

執務室までの廊下を武藤中佐はプリプリと怒りながら早歩きで歩いていた

 

なお加藤少将と鈴木中将は会議室に居させてある

 

 

 

鴛渕を加藤少将と鈴木中将に挨拶させるため武藤中佐は執務室へ向かっていた

 

 

 

 

「鴛渕少尉!すぐに私と来てくれ!」

 

 

 

武藤が執務室の扉をノックもせずに開けながら大声を出す

 

 

 

「…む!」

 

 

武藤が執務室に入るとソファーに鴛渕少尉が座っており、大井と深雪が壁の方に立っていた

 

 

 

「なんだお前たちまだ居たのか!…さっさと寮へ戻…ああ、もうそろそろ時間か…お前らはホールの準備を手伝い…ん?これは…」

 

 

武藤が鴛渕の座るソファー前に置かれた机に目を向ける

 

そこには数枚の資料書のような物が置いてあった

 

 

 

「…ええ、ただ待っているのも退屈でして…警備履歴や前提督が行った執務内容の書類を読んでました」

 

 

 

「…そうか…」

 

 

(なるほど、この紙の束をこいつ等に用意させたのか)

 

 

 

鴛渕は書類をとんとん、と揃え、机の端に置く

 

 

「ん?…鴛渕君、それは血か?」

 

 

見れば鴛渕の掌からぽたりと血雫が机に落ちる

 

 

「ああ…紙で切ってしまったようです…問題ありません。行きましょうか。武藤中佐」

 

 

「そ、そうか…」

 

 

鴛渕の無表情に一瞬ヒヤリとする武藤

 

 

「二人とも……どうもありがとう……もう下がってくれて結構だ」

 

 

鴛渕は立ち上がり、大井と深雪に敬礼する

 

その表情には少しばかり優しさが見える

 

 

「「はっ!失礼します」」

 

 

 

二人も敬礼し、執務室を出ていく

 

そんな不思議な雰囲気で何かを感じた武藤は

 

 

「…鴛渕君…二人に何かされたのかな?」

 

 

 

「いいえ、何も」

 

 

 

「そ、そうか…」

 

 

何よりも加藤少将と鈴木中将の事で頭がいっぱいだった武藤は鴛渕を連れ執務室を出ていった

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

執務室からホールに向かって廊下を歩く大井と深雪

 

 

 

 

「なぁ…本当に良かったのかよ…アイツに話して…」

 

 

 

「ええ、多分彼なら…大丈夫」

 

 

 

「…そっか」

 

 

 

深雪は窓の外に広がる海に視線を向ける

 

まだ2週間…騒動が起きてからたったの2週間しかたっていない今、大井が鴛渕にとった行動は見た人によっては悪い勘違いを起こしかねないのだ

 

 

 

 

数十分前、談話室から執務室に戻るまで、大井は鴛渕に本郷提督がどんな人だったか、どんな人を愛したか、愛されたか、武藤から何をされたか、家族から何をされたか…

 

 

時間が許す限り大隅警備府の近況、というよりも本郷提督の事を彼に話した

 

 

彼は大井の話を聞いていた

 

途中、拳を血が滲むまで握りしめていた場面もあったが、彼は黙って聞いてくれた

 

 

まだ出会って数時間

 

しかも彼女たちの仇である武藤の連れてきた男

 

 

最初の印象は、氷の様に冷たい眼をした怖い印象だったが、話を聞く彼を見て大井と深雪の印象は変わった

 

 

 

"二人とも……ありがとう"

 

 

執務室を出るときに彼にそう言われた言葉に、大井と深雪は不思議な気持ちになる

 

 

少なくとも嫌な気持ちではなかった

 

 

 

「…アイツ…意外と良いやつなのかもな」

 

 

 

深雪が、ぽろりとこぼす

 

 

「…ええ、そうね…」

 

 

 

これは大井にとっての賭けだ

 

もしも鴛渕が武藤に大井達から聞いた話をそのまますれば、きっと大井と深雪は…

 

 

いや、最悪大隅警備府の艦娘達もどうなるかわからない

 

 

 

だが大井と深雪は鴛渕にこれからの大隅警備府の為に僅かながら望みを賭けた

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

同日正午、ホールにて大隅警備府新提督就任式が開かれる

 

 

西海支部の将校達が用意された椅子に座り、大隅警備府の艦娘達もホール内に整列する

 

 

驚いたことにテレビ局のカメラや新聞記者も集まっており、彼らを呼んだ武藤がどれ程この式に力を注いでいたかが伺える

 

 

進行役の職員がマイクで滞りなく段取りを進行させる

 

 

 

「それでは続きまして、本日大隅警備府に着任されました。鴛渕少尉のお言葉になります」

 

 

進行役がそう言うと、舞台上に鴛渕が上がる

 

 

 

整列する艦娘達は鴛渕の姿を見るや顔をしかめたり、目を背けたりと負のオーラを感じる

 

しかし大井、深雪、衣笠は他の艦娘達と違い、真っ直ぐ鴛渕の姿を見る

 

 

 

鴛渕は舞台上の背面に掲げられた日章旗に敬礼、それを終えるとスタンドマイクの前に立ち、艦娘達に敬礼をする

 

 

鴛渕に返すように敬礼をする艦娘達

 

 

 

「本日大隅警備府に着任致しました。鴛渕少尉です。若輩物ではありますが、どうぞよろしくお願い致します」

 

 

 

将校側に座る武藤も鴛渕の姿をニコニコと笑顔で見つめる

 

 

(よぉーしよぉーし…言いつけ通り簡単な挨拶!いいぞ鴛渕!…加藤少将と鈴木中将が大隅に来るというイレギュラーはあったが、それを除けばここまで予定通り)

 

 

武藤はちらりと艦娘達に視線を向ける

 

 

(後は俺が挨拶をして就任式を締め、その後大隅の艦娘達をよその鎮守府へ異動の手続きと、新たに艦娘を大隅に異動させて…) 

 

 

(ふふふ…予定通りだ!)

 

 

そう、ここまではある程度武藤の予定通りだった

 

 

彼が挨拶を続けるまでは

 

 

 

「…以前、この大隅警備府には…本郷岳人という方が着任していました」

 

 

「!?」

 

 

武藤は目を見開き、何も知らない他の将校たちは再度視線を鴛渕に向ける

 

 

鈴木中将は片眉をぴくりと動かし、加藤少将は口元を吊り上げる

 

 

「名前だけは知っていました。ですが会ったことも話した事もありません…仕事に対して真面目な方だと、その程度の認識でした…今朝までは」

 

 

 

艦娘達の不穏な雰囲気が彼の言葉で迷いに変わりはじめた

 

 

 

「とある艦娘に聞きました…本郷提督の事を…」

 

 

 

「仕事真面目で…優秀で…そして、母親を想い、大隅の艦娘達を大切にしている心優しき方だと」

 

 

 

武藤の背に冷や汗が流れる

 

やはり大井達と何かを話したのか?と

 

 

「そしてその本郷提督に対して、西海支部が何をしたのかも…」

 

 

 

会場がザワつく

 

 

 

「お、鴛渕っ!」

 

 

武藤が立ち上がると同時に鈴木中将が武藤を睨みつける

 

 

「おい!今はあの若造の"お話"の最中だろうが!…茶々入れんな!」

 

 

 

 

「…ゔっ…ぐ…」

 

 

 

武藤と鈴木中将のやりとりを見ていた鴛渕は艦娘達の方をまっすぐ見て

 

 

 

「…私は彼の意思を継ぐつもりです…例え、西海支部から圧力がかかり、自決に追い込まれようとも…本郷提督の意思を引き継ぎ、この大隅を、大隅の艦娘達を、九州を!日本を!世界を!」

 

 

 

鴛渕は整列している大井と目が合う

 

 

 

 

「…闘い、全てを護る…所存です…!」

 

 

 

 

鴛渕はそうはっきりと言い切るとカメラのフラッシュがいくつも焚かれる

  

 

 

 

「な、な…な…何…を…」

 

 

 

 

まるで政治家の謝罪会見の様な空気になる会場に、鴛渕の言葉を聞き、力無く椅子に腰掛ける武藤

 

 

 

艦娘達揃っては挨拶を終えた鴛渕に敬礼をする

 

彼女たちを見て鴛渕も敬礼を返す

 

 

鴛渕の視線の先には大井が涙目で敬礼をしていた

 

 

 

 

「あ、ありがとうございました。ええと…続いて西海支部を代表し、武藤中佐、ご挨拶よろしくお願い致します」

 

 

 

「…へっ?…あっ!」

 

 

 

間抜けな声を上げた武藤はいそいそと舞台上に上がる

 

 

 

 

「…こりゃあ見物だな」  

「ええ…本当に」

 

 

鈴木中将と加藤少将は小声でそう話した

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

今回の就任式ではホールに元々設置してある音響関係の機材は使わず、西海支部の用意したマイクやスピーカ等、職員たちの方で用意された機材を使って式を開催していた

 

 

なので舞台上の2階にある音響室には誰も居ないはずだったのだが、何故か音響室内の機材の前に置かれた椅子には一人の少女が上下黒のジャージ姿で片足を上げて座っており、覗き窓から舞台下の景色を眺めていた

 

 

 

「…へぇ、武藤の部下にはあんな奴も…いるんだねぇ」

 

 

 

 

少女、川内は鴛渕の挨拶を無表情で聞いていた

 

 

 

 

 

「あ、そろそろかな」

 

 

若い新提督が挨拶を終えると、憎き中年男がいそいそと舞台に上がってきた

 

 

 

「ん〜ふふんふ〜んふ〜ん、ん〜ふふんふ〜んふ〜ん…」

 

 

ワーグナーの曲を鼻歌に、川内はポケットから1枚のCDディスクを取り出す

 

 

 

「…さぁ、大隅のみんな…川内さんからのちょっと早いクリスマスプレゼントだよ」

 

 

 

誰に向けて言ったのか、川内はそう呟いてディスクを音響室の大型機材に入れ、読み込ませる 

  

 

 

機材に付けられたON AIRのパネルは明るく点灯している

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「あ、え〜…わ、私があの…ええと…西海支部の…む、武藤…です」

 

 

 

舞台上に立ち、マイクスタンドの前で挨拶をする武藤

 

その表情は、目が泳ぎ、焦点は合わず、本来話そうとしてた挨拶も飛び、尋常でない汗が武藤の全身を流れる

 

 

 

(何故だ!?何故鴛渕が知っている!?…あ!あの時俺が席を離したときに…!くっ!くそぉ!しかしここはなんとか適当に挨拶を済ませて…)

 

 

「そそそそのその彼はあの、ふ、わ、私のぉ」

 

 

 

 

(あれ?変だな、口が廻らない)

 

 

会場があの再度ザワつく

 

 

テレビ局のカメラも撮っていいのかわからないのかカメラを下ろして首を傾げる者もいる

 

 

 

「あーあた、新しい時代がっ…ほっ鴛渕君の〜…」

 

 

武藤が挨拶をする最中、ホールの壁に取り付けられたスピーカから"ブツッ"と何かが接続された音がすると、音声が流れてきた

 

 

 

 

『本郷、本日付で貴様を…本郷岳人を大隅警備府の海域司令官から外す。しばらくは軍の病院に通って貰う』

 

 

 

 

「…へっ?」

 

 

その声は今の今までしどろもどろだったものではなく、自信満々にといった風の武藤の声だった

 

 

 

『…まぁ、通いと言っても実質強制入院だがな』

 

 

 

「…なん、だ?…これ…」

 

 

 

 

『…な、何故…何故ですか!?武藤中佐!!』

 

 

 

もう一人の声を聞いてピンとくる

 

今このホールに流れているのはあの日の会話だ

 

 

 

「…て、提督…!?」

 

 

 

整列していた艦娘の一人、五十鈴が気づく

 

 

 

 

 

「や、やめろぁっ!!だっれが!こんな事をっ!」

 

 

 

半混乱する武藤は舞台2階にある音響室に目を向ける

 

 

 

「そ、こかぁっ!」

 

 

 

ドタドタと舞台横の階段を登り、勢いよく音響室の扉を開ける

 

 

 

そこでジャージ姿の川内と対面する武藤

 

ホールではいまだにあの日の音声が大音量で流されている

 

 

 

「き、きき…貴様…!?」

 

 

 

「ハロー、武藤中佐…私からのプレゼント、どお?」

 

 

 

血管が弾け飛びそうな武藤と呑気に武藤に手を振る川内

 

 

 

「んぁああああっ!!!」

 

 

 

武藤は川内の首に両手を伸ばし、その細い線を力一杯込める    

 

 

 

「…ぐ…くっ…」

 

 

 

首を絞められても川内は抵抗することはなく目を瞑る

 

 

 

「お前お前お前お前お前お前ぇぇええええ!!!」

 

 

 

 

「やめろぉっ!!!」

 

 

武藤を後ろから羽交い締めし、川内から引き離す鴛渕

 

意識が半分飛んだ川内は音響室の床に倒れる

 

 

 

「はっなせ!はなせっ!鴛渕!」

 

 

 

羽交い締めにあっても抵抗し、暴れる武藤

 

 

「先生っ!武藤先生!やめてください!」

 

 

 

「ぬあーーーーー!」

 

 

武藤、渾身の蹴りを倒れる川内の腹部に打ち込む

 

 

「っぅぐっ!!」

 

 

「やめろと!言っているだろう!!」

 

 

鴛渕は羽交い締めにしていた武藤の腹に腕を回し、音響室の外へジャーマンスープレックスの様に投げる

 

 

「ん?」

 

 

投げられた武藤は音響室へ続く狭い階段を上がっていた鈴木中将の元へぶつかった

 

 

 

「ん、はっ!つ、つづき中将!?」

 

 

 

鈴木中将に抱きかかえられた武藤に笑顔を向ける中将

 

 

「よぉ、お姫様…下に行こうか」

 

 

 

鈴木中将に連れられ、舞台下へと連れて行かれる武藤

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

倒れ込む川内に手を差し出す鴛渕

 

 

 

「…大丈夫か…息は出来るか?」

 

 

 

川内は腹部を擦りながら、にへっと笑い

 

 

 

「あはは…流石…腐っても海軍の人間だね…結構効いたよ…」

 

 

川内は心配そうな顔をする鴛渕をじっと見て

 

 

「…あんたこそ良いの?…武藤の犬でしょう?」

 

 

 

 

鴛渕はぬぅっ、と唸り

 

 

 

「…心外だな…私は誰の犬でもない…少なくとも、今日の私はな」

 

 

 

「…あ、そ」

 

 

そう一言言って川内は差し出された鴛渕の手を取り立ち上がる

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

鴛渕と川内がホールに戻ると、流された音声もフィナーレを迎えていた

 

 

 

 

『追い詰めて追い詰めて追い詰めて追い詰めて…』

 

 

 

「ちがうっ!これは俺じゃない!俺はあの女に…本郷に陥れられたんだ!」

 

 

 

加藤少将の計らいでテレビ局関係の人間を追い出し、ホールには大隅の艦娘達と西海支部、東海支部の将校達、武藤、鴛渕、川内が残る

 

 

 

「川内さんっ!」

 

 

 

川内の元に駆け寄って来たのは大井だった

 

 

大井は涙ながらに鴛渕の肩を借りる川内を抱きしめる

 

 

 

「いったい今まで何処にっ!」

 

 

 

「あはは…ごめんごめっててて…あんま強く抱きしめないで…」

 

 

 

 

 

「さて…今どんな気持ちだ?武藤」

 

 

 

武藤は鈴木中将、加藤少将、鴛渕に加え、大隅の艦娘達にぐるりと囲まれた中、正座していた

 

 

 

「おれは、わるくないっ!」

 

 

「全部本郷が仕掛けたことです!中将!」

 

 

 

汗だくになり、息遣いも荒くなる武藤は力いっぱいに答えた

 

 

 

「…このっ!」

 

 

「伊勢さん!」

 

 

 

武藤に殴りかかろうとする伊勢を止める大井

 

 

 

もちろん伊勢の行おうとした行為を誰も咎めない

 

なぜなら武藤が本郷へ向けた暴言、その音声を聞いた者達は艦娘も将校も関係なく皆最悪の気持ちになったからだ

 

 

 

「武藤君」

 

 

 

「か、加藤少将…」

 

 

加藤が手を後ろに組み武藤の目の前に立つ

 

 

「西海支部中佐、武藤勝…本日をもって君を日本国軍及び、日本国海軍からD級除隊とする」

 

 

「…え…」

 

 

 

正座する武藤は更に力が抜ける

 

 

D級除隊

 

 

日本国軍では知らないものは居ない、不名誉除隊である。

 

宣告されたものは大抵除隊後、良くて軍刑務所行きか、最悪死刑にもなる

 

 

 

「D…う、嘘だ…嘘でしょう!?加藤少「ええい!うるせぇ!」

 

 

 

加藤少将を押しのけ鈴木中将が怒鳴る

 

 

「元々俺らがここに来た理由はお前をとっ捕まえるために来たんだよ!」

 

 

 

武藤、沈黙

 

 

「…ええ、今流れてる音声、同じ物が先週東海支部に届けられたのですよ…誰か送ったのか知りませんがね」

 

 

 

加藤少将はそう言って川内に視線を向ける

 

 

「…な…」

 

 

 

「ちなみにてめぇんとこのストーカー部隊も壊滅したぞ?命はあるが皆悲惨だったぜ!がはははっ!」

 

 

 

そう、行方不明だった武藤の盗聴部隊は本郷の死後

何者かの手によって壊滅させられていた。同時に盗聴部隊の隠し持っていた"脅迫用"のテープも東海支部に回収されていたことがわかった

 

 

 

「証言も証拠もある…君は最初から逃げ場なんて無かったんだよ。武藤君」

 

 

「そんな…そんな…」

 

 

 

「せめて亡き本郷提督への謝罪があればと思って今の今まで見てたが…残念だ」

 

 

 

正座から力が抜けた武藤は更にへなへなと身体中の力が抜け、四つん這いの様な姿勢になる

 

 

 

「わ、私は…悪くない」

 

 

(俺は息子のために)

 

 

 

「私は悪くない…」

 

 

(恨みを晴らすために…)

 

 

 

「おい」

 

 

 

鈴木中将は近くにいた西海支部の将校を呼ぶ

 

 

「もういい、あの耳障りなテープを止めてこい」

 

 

 

あの日の武藤と本郷のやり取りの録音された会話は終わり、ザーっと砂嵐の様な音になっていたテープを止めるよう鈴木中将は指示をする

 

 

 

 

「いいえ…」

 

 

 

 

一人の艦娘がそれを止める

 

大井だった

 

 

 

「…まだ、提督はそこに居ます」

 

 

 

 

大井の言葉を聞いた川内はその口元を少し吊り上げる

 

 

 

「…何を…『あはは…凄いなぁ…』

 

 

 

本郷の声にホールにいた全員が驚く

 

 

『…執務室が…ぐちゃぐちゃだ…』

 

 

 

 

「…提督」

 

 

本郷の声を聞いた伊勢は自身の手を胸の前に持っていき、握る

 

 

 

『…ええと…拝啓…え、あ…拝啓っているのかな…遺書なんて書くの初めてだし…』

 

 

 

続けて録音されていたのは本郷が遺書を書き、自決するまでの場面だった

 

 

『…ああ…思ったことを書けば良いんだろうな』

 

 

『…思い返すと…色々あったなぁ』

 

 

 

 

『着任したときは初っ端から上からお金がない、って言われたんだよなぁ…』

 

 

 

 

『警備府に着いたら深雪だけがいてさ…ふふふ…思いっきり拗ねた顔してたもんなぁ』

 

 

 

 

あの時の事だと、深雪はすぐに思い出した

 

予算のある鎮守府には着任した提督に付く初期艦を5人から選ぶように言われるが、あまり予算のない大隅警備府では他の鎮守府で建造され、ダブった艦娘、深雪が初期艦として配属されていた

 

 

『あたしはハズレ艦の深雪だよって…でも、深雪がいてくれたから今の僕はあるんだろうなぁ』

 

 

 

『初めて僕のもとに来てくれた深雪は本当に気の良い子で…一緒に警備府を運営して楽しかったなぁ』

 

 

 

(司令官…司令官っ!)

 

 

 

深雪は手で自身の口元を塞ぎ、声が出ないよう泣く

 

 

(皆が泣いてもあたしは…って、思ってたんだけどなぁ…)

 

 

 

深雪は涙を流しながら両膝をつく

 

 

 

『…そういえば…初めての軽巡が川内だったっけ…忍者みたいな身のこなしでかっこよくてさ…その後来た大井と一緒で頼れる姉貴って感じで…」

 

 

川内はその言葉を聞き笑い、大井は驚く。

 

特に大井は本郷からそんな風に思われてたとは知らなかったからだ

 

 

『それに金剛…初めて金剛が来たときには戦艦の彼女がとても眩しく見えたもんなぁ…』

 

 

 

金剛がこの場にいたらどんな顔をするのだろう

誰も想像できない

 

 

 

『真面目な三日月、優しい祥鳳も、お調子者の漣や卯月…毎朝元気に挨拶してくれる白露…』

 

 

「…て、提督…ぐっ…ううぅ…」

 

 

それを聞いた白露も涙と鼻水を垂れ流しながら泣き崩れる

 

 

 

『…若葉、初春、如月…なんだかんだ文句を言いながらも駆逐艦をまとめてくれた初風…由良、夕張、衣笠…伊勢に五十鈴…大隅は艦娘の数が少ないから一人一人の思い出がハッキリしてるなぁ…』

 

 

 

 

『…電には…ずっと迷惑かけてたよなぁ…最後まで…』

 

 

 

『せっかくプロポーズまでしたのに…最後の最後で勘違いされちゃった…』

 

 

 

 

ホール内はまさに葬式の様な空気になる

誰もが静かに本郷の声を聞いていたのだ

 

 

 

『…許さない、とは思ったけど…』

 

 

 

「!?」

 

 

武藤がぴくりと反応する

 

 

 

『…武藤中佐だって…僕にはああ言ってたけど…やっぱりあの人は凄いんだよなぁ…』

 

 

 

「…本郷…」

 

 

『中佐になるまでは、艦娘の力も、妖精さんの装備もなく、本当に自身の力と頭脳だけで上に上がった人だもんな…そりゃあ、妖精が見えるだけで基地の提督になった僕を疎むのは当たり前、か…』

 

 

 

「……く…」

 

 

 

『…って…結局書くこと何もないなぁ…うーん…』

 

 

 

『……よし、と…』

 

 

「提督…やめて…」

 

五十鈴は震えるように呟く

 

 

 

『………ああ…』

 

 

 

『…お母さん…お母さん…』

 

 

 

由良は両手で自身の耳を塞ぎ、目を瞑る

すると伊勢が由良の両手を耳から離させる

 

「…伊勢さん…」

 

 

 

「駄目よ…由良…」

 

 

 

『う…うっ…ふぐっ……ぐすっ…ぅえ…』

 

 

「…」

 

 

武藤は何も言わずに俯いている

 

 

 

『電…みんな……最後に……』

 

 

 

 

『…こんな僕を…許してくれ』

 

 

がたっ、と物が倒れる音がすると、ぎしぎしと縄の張る音が聞こえた

 

 

 

『ぐ、ごが……ぶ……』

 

 

 

そこでぶつりと音が消える

 

 

 

ホールに沈黙が流れる

衣擦れの音すらしないホール

 

 

静寂を破ったのは鴛渕の声だった

 

 

 

 

「武藤先生」

 

 

 

鴛渕にすべての視線が集まる

 

 

 

「…武藤先生の悪い噂は知っていました…正直、本郷提督の件も薄々ではありますが…気づいていました」

 

 

 

 

「…」

 

 

川内が鴛渕の肩から離れる

 

鴛渕は武藤へ一歩近づく

 

 

 

「今朝までは…どんな事があろうとも、茨の道だろうとも、あなたに尽くすつもりでした…大井達の話を聞くまでは…」

 

 

 

「…」

 

 

 

武藤は何も言わない

 

 

 

 

「貴方は私に…私達に海軍を教えて下さりました…人のためにと、国のためにと」

 

 

 

「眼を見ろ、と…相手の眼を見て、意志を感じ、嘘か真かを見定め、行動しろと…」

 

 

 

鴛渕は大井達を見る

 

 

 

「私は彼女たちの眼を見て、強い…強い強い意志を感じました…」

 

 

 

「…鴛渕…」

 

 

 

「…非を、認めてください。武藤先生」

 

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

就任式の騒動の後、大隅警備府近くの波止場

 

 

いまだジャージ姿の川内が寝転がっていた

 

 

 

「…仇は…取れたかな…提督」

 

 

 

虚ろな眼をした川内はぽそりと呟く

 

 

 

就任式で武藤が職員に連れて行かれる最中、どさくさに紛れて警備府から抜け出した

 

 

理由は一つ

 

 

 

「さーて…後始末も終わったことだし…逝きますか」

 

 

 

川内は立ち上がり、海を見つめる

 

 

 

「…何処へ行くつもりかな?」

 

 

 

川内の背後から男性の声が聞こえてきた

 

川内は振り返らずに目を瞑りため息

 

 

 

 

「こんな所まで追いかけてくるなんて…よっぽど私のこと好きなの?」

 

 

川内は振り返る

そこにいたのは加藤少将だった

加藤少将の背後には黒塗りの車が停まっていた

 

 

 

「…何?武藤だけじゃなく私も捕まえるつもり?それとも殺すの?轟沈させる?」

 

 

 

加藤少将は何も答えない

 

 

 

「…あー…捨て艦にでも使う?それとも何?身体目的?私経験ないし発育良いわけじゃないからあんまり楽しめないと思うけど…」

 

 

 

へらへらと加藤少将に向け喋る川内

 

 

「君の力が欲しいんだ」

 

 

 

「無理、意味わかんないし」

 

 

 

川内、即答

これには予想外だったのか、加藤は吹き出す

 

 

「はっはっは!…まさか即答で断られるとは思わなかった…いやいや…」

 

 

 

「もう海軍には協力なんてしないよ。軽巡洋艦川内を私は辞めたからね」

 

 

「艦娘はそう簡単には辞められないよ…」

 

 

 

 

加藤は手に持っていたファイルを川内に渡す

 

川内はつまらなそうにファイルを広げ、内容をサッと読む

 

 

「…何これ…これが何なの?」

 

 

 

「…詳しくはここでは言えない…だが私には…私達には君の力が必要だ…」

 

加藤少将のはっきりしない言い方にだんだんいらついてくる川内

 

 

「…だから、なんで「海軍を…変えるためだ」

 

 

 

 

「…は?」

 

 

 

「今の…腐りきった海軍を…いや、日本国軍を変えるためだ…本郷提督の様な犠牲者をこれ以上出さないためのな…今言えるのはこれくらいだ」

 

 

 

 

川内は心の中で苦笑いをする

 

自分は本当にチョロい女だな、と

 

 

 

川内は本郷に好意を持っている。それは崇拝に近い程。

 

以前も五十鈴が本郷の愚痴を言ったときも川内は五十鈴と喧嘩をし、卯月が本郷をからかうと、彼女に向け2時間の説教をしたり、と

 

 

そして今回もそうだ

 

武藤の盗聴部隊を追い詰めたのは他でもない川内だった

 

 

 

本郷の仕返しをするためだけに夕張に逆探知装置を作らせ、盗聴部隊の基地に潜入し、彼らの両手足を折り、耳を削ぎ落とし、目を潰し、舌を抜いた

 

 

全ては本郷を想う行為であった

 

 

 

故に本郷の名前を出されれば川内は動くことを加藤少将は知っていた

 

 

 

 

 

「…私なんかでいいの…?」

 

 

 

「…もちろんさ。君じゃないと出来ない事だ」

 

 

 

「…話だけは…聞いてあげるよ」

 

 

川内は黒塗りの車に乗り込もうとする

 

 

 

「ありがとう…おや?」

 

 

 

加藤少将が振り返ると、少し離れた場所に肩で息をする大井がそこにいた

 

 

 

「川内さんっ!!」

 

 

 

「…大井…」

 

 

 

「また…またここに戻ってきてくれるわよね!?」

 

 

 

大井の必死の叫びを聞き、川内は悲しそうに笑い

 

 

 

 

「…」

 

 

「…川…っ!」

 

 

 

眼に涙を溜める大井を見て川内はあー、と一つ考えて

 

 

 

 

 

「…じゃあね、大井っち」

 

 

 

 

 

 

本郷提督と一緒にいるときと同じ笑顔でそう言うと、川内と加藤少将は黒塗り車に乗り込む

 

 

 

「いや…嫌よ…川内さん…」

 

 

 

 

「…川内さんっ!!!」

 

 

 

 

川内を乗せた車は無情にもすぐに発進する

 

 

 

大井はまた1人、仲間を失った

 

 

 

 

「大井っ!…はっ!はっ!…」

 

 

 

 

既に車が去ったあと、大井を追いかけてきた鴛渕が大井の元に到着する

 

 

「はぁ…はぁ…何が…あったんだ!?…突然飛び出して…」

 

 

 

肩で息をする鴛渕に大井は袖で自身の目元を拭き

 

 

 

 

 

「なんでも、ないわ…」

 

 

 

 

気丈な態度で、そう一言だけ鴛渕に言い返した

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

その後、武藤は軍を除隊させられ、関東にある日本国軍特別刑務所へ収監

 

 

鴛渕は武藤の不正により自分が大隅警備府に着任することになった事を知り、大隅への着任を辞退したが、艦娘達の強い希望により着任を承諾。

 

しかし武藤の行いとは言え、不正で選ばれた鴛渕をそのまま提督として着任させるわけにはいかず、特別措置として、東海支部の鈴木中将の元で超短期研修を行い、半年後に無事大隅警備府へ正式な提督として着任することになる

 

 

 

なお、軽巡洋艦川内のその後は不明

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

騒動から約半年後

 

大隅警備府正門前に停まるタクシー

 

そのタクシーの後部座席の扉が開き、降りてきたのは鴛渕だった

 

 

 

「…うむ…半年ぶりか…」

 

 

 

 

鴛渕が警備府を見上げながら半年前のことを考える

 

海軍人生、後にも先にもきっとあんな濃い1日はないだろう、と

 

 

「…大井達は…元気だろうか…」

 

 

「ええ、お陰様で」

 

 

 

声がする方に視線を向けると、正門横に設置されたベンチに栗色のセミロングヘアを揺らす少女が片手に本を持ち、まるで公園のベンチで小説を読む文学少女のように座ってこちらを見ていた

 

 

 

 

 

「…優雅だな」

 

 

 

「御世辞が下手なのね」

 

 

 

大井は鴛渕に愛想笑いを返す

 

 

「……それで…その子は?」

 

 

立ち位置的に鴛渕の背に隠れてるように見えた少女の事を尋ねる大井

 

 

 

「…ぁ」

 

 

 

「ああ…私の初期艦だ…さぁ、挨拶を…」

 

  

 

そう言われて、鴛渕に優しく背を押された少女は大井の目の前に立ち、敬礼

 

 

 

 

 

 

「あ!…暁型三番艦、雷よ!かみなりじゃない、わ!」

 

 

 

 

「…雷…さん…?」

 

 

 

 

 

大井は驚き、目を大きく開く

 

 

 

「…もしかして…大隅には既に雷が…?」

 

 

 

鴛渕の声に、大井はすぐに気持ちを切り替える

 

 

「…あ、いいえ…そうじゃないの…」

 

 

「…ふむ、鈴木中将はやめておけと言っていたのだがな…加藤少将が…選ぶなら雷の方が良いと聞かなくてな…」

 

 

「な、なによ…そんな売れ残りみたいに言わないでくれる?」

 

 

 

雷は頬を膨らまして鴛渕に抗議する

 

 

 

「ふむ、そんな事は一言も言っていないのだが…」

 

 

 

 

「…ふふふ」

 

 

 

鴛渕と雷のやりとりを見ていた大井は思わず笑う

 

 

「…大井?」

 

 

 

「…またこんな光景が見れるとは思ってなかったから…」

 

 

 

鴛渕は本郷と電の事は知らない

 

新たな大隅警備府の初日が"こう"なったのは十中八九加藤少将の仕業だろう

 

 

そう考えてから大井は雷に右手を差し出す

 

 

 

「改めて…大隅警備府へようこそ。雷さん…私は軽巡洋艦大井です」

 

 

「ええ、よろしくね!」

 

 

 

見れば見るほど、かつての戦友に瓜二つの様だ

笑顔を見せられると尚更…

 

 

大井から差し出された手が一回り小さい雷の手と繋がる

 

 

 

「…さて…大井、そろそろ…」

 

 

鴛渕の言葉に大井は姿勢を正し、敬礼

 

 

「…承知致しました。どうぞ、鴛渕提督」

 

 

 

「…おい。そんな…」

 

 

 

鴛渕はそこで言葉を切る

 

そう

東海支部、鈴木中将の元では半年間下っ端扱いだったが、ここでは鴛渕がトップ

 

大井のこの改まった反応は至極当然なのである

 

 

 

 

「…ふむ。よろしく頼む、大井」

 

 

 

大井の敬礼に敬礼で返す鴛渕

 

 

 

鴛渕と雷が正門の真ん前に立ち、大井は守衛のいる窓口に向かう

 

大井が守衛に何かを言うと、正門の鉄の門がゆっくりと開いた

 

 

 

「さ、中の艦娘達には通信して提督が到着したことは伝えてあるわ」

 

 

 

 

「うむ」

 

 

 

鴛渕達が一歩門をくぐると、「ポーン」、と警備府全体に響くほどのビブラフォンの様な単音が聞こえたと思うと、次いで少女の声でアナウンスが入る

 

 

 

 

『提督が鎮守府に着任しました。繰り返します。提督が鎮守府に着任しました。これより艦隊の指揮に入ります』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は更新を早めに、そしてお話は短めにします

お楽しみに

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