どうぞ
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結果報告
場所
若狭基地
日時
昭和89年7月15日
標題
特型駆逐艦吹雪型一番艦ニヨル提督ヘノ傷害案件
結果
1.山下提督、全治三週間ノ ヨリ三日間入院
2.特型駆逐艦吹雪型一番艦吹雪ヲ海軍特別治療院ヘ入院サセ 観察トスル
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『みんな!《ザー…》聞こえるか!?直ぐに撤退しろ!これは命令だ!』
『でも司令官!…あと少しで…敵の泊地《ザー…》で…きゃっ!』
『《ザザー…》が命令無視してどうするの!…全艦撤…うきゃっ!!』
『《ザー…》賀野!…吹雪!…直ぐに《ザー…》しろ!』
『…っ!?敵砲撃!《ザー…》』
『きゃあああ!!!』
『吹雪!?《ザー…》ーー!!!』
《ザザーーーーーーーーーーーーー…》
ブツッ
…2年前、北方海域にて深海棲艦と海戦勃発
…艦隊旗艦だった俺の相棒は敵戦艦の砲撃により沈んだ
彼女は俺の初期艦だった
艦隊運営の右も左もわからなかった俺の横に並んでくれて、共に歩んでくれた
真面目で、素直で、海の上に立ち勇敢に敵と戦うその姿は…
とてもとても美しかった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
______2年後、昭和89年7月
日本国軍海軍北陸支部直下、若狭基地
「…っはぁっ!!」
薄暗い部屋、男は寝汗まみれで布団を跳ね除け起き上がった
「…はぁ、はぁ…夢……」
両手を見るとまだ震えていた
「…ぅう……」
思わず両手で自身の顔を覆う
嫌な夢だ…でも忘れていい夢じゃない
俺には何ができた、何をさせればよかった、と
頭が重くなるほど考えていると部屋の扉がノックされる
「提督!声がしたが大丈夫か!?」
自分を心配する凛々しい女性の声が部屋の扉の向こうからする
「提督さん大丈夫ですか!」
もう一つ、少し弱々しい声も男の耳に届く
「…ああ、大丈夫だ…すぐ着替えるよ…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数分後、純白の士官服に着替えた男が部屋から出てくる
「おはよう。提督」
「おはようございます!提督さん」
「ああ、おはよう。長門、磯波」
男に敬礼をし、挨拶するのは秘書艦の戦艦長門、そして秘書艦補佐の駆逐艦、磯波だった
「よし、じゃあ朝礼から始めるか!」
「「はいっ!」」
山下がそう言うと、一人は凛々しく、一人は明るく返事をし、三人はホールへと向かう
山下勲少佐
年齢24歳
ここ若狭基地に着任し、4年目となる
元々少年時代からスポーツが好きで、特に少年野球に所属していたほど野球の好きな細マッチョ系色黒元スポーツ青年である
竹を割ったようなさっぱりした性格で、艦娘達からも信頼は厚い。
「いやー…しかしやっぱ7月だよな!…寝てると汗でぐっしょりになるぜ…」
「代謝が良いのだろう。若い証拠…悪いことじゃないさ」
「そ、それに提督さんもともと汗っかきですし…今更ですよ」
会話をしながらホールまでの廊下を歩く
命がけの職業だが、自分なんかを信じて着いてきてくれる艦娘達がいる
自分の指示を信頼して動いてくれる艦娘達がいる
山下はこの仕事に誇りを持っている
しかしそんな山下には1つ、悩みがあった
「…む」
三人の進む廊下の数メートル先、長門は窓枠に腰を掛けた一人の少女の存在に気づく
「あ…お、おはよう…」
山下は少女から視線を下げ、挨拶する
少女はその挙動を見逃さない
「おはようございます。提督」
軽巡洋艦阿賀野型の長女、阿賀野その人だった
しかしこの阿賀野、他の鎮守府の阿賀野とこの若狭基地の阿賀野は少し違いがあった
他の鎮守府では阿賀野型姉妹の中でも長女、阿賀野はふわふわとした雰囲気があり、マイペースな娘として知られているが、若狭基地の阿賀野はどちらかというと、静かで凛とした、しかしどこか儚いオーラを出している
「阿賀野か、おはよう…じき朝礼だ。遅れるなよ?」
長門がそう言うと、阿賀野は山下達に背を向け歩きだす
「ええ。もちろん…それじゃあホールでね」
「あ、ああ…」
悩みの一つが彼女、阿賀野の事である
先に説明した雰囲気の為、若狭基地では少しばかり浮いた存在となってしまい、誰に対しても必要最低限の会話のみで、常には一人で行動している
山下は密かになんとか皆と馴染めさせたいと思っているものの、お節介だと自身でも感じており、これといって何もしてあげられていない
「…阿賀野さん…」
山下と阿賀野を見ていた磯波は阿賀野の名を呟く
「さ、提督。皆が待っているぞ。急ごう」
「ああ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
若狭基地内ホール
ホール内では所属する艦娘達が綺麗に整列していた
舞台上には山下が中央に立ち、左右に磯波と長門が並ぶ
山下、敬礼
「みんな、おはよう」
山下の声とともに皆元気よく挨拶と敬礼を返す
「さぁ、週の始まりだ!今週も暑くなるだろうから体調管理等怠らないように!…アイスなんかも食べ過ぎて腹を壊さないようにな!」
山下の言葉で小さな笑いが起きる
「それと、以前話をしていたAN作戦に向けての基礎訓練、そして連携の訓練を今週から更に強化していくのでよろしく!…はい!そこの軽巡列ブーイングしないように!」
山下が見る方向には天龍と木曾が親指を下に向けむくれっ面になり抗議する
「よーしっ!じゃあ今週も締まって行こう!」
若狭基地の週始めはまさに部活が始まるような提督、山下の言葉で始まる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…全く…貴方という人は…」
若狭基地執務室
執務椅子に座りくるくると回転する山下、窓側で目を瞑り頭を抱える秘書艦長門と、秘書艦補佐用の執務机で書類記入に勤しむ秘書艦補佐磯波
「我々に対してフレンドリーなのは結構だが、もう少し威厳ある振る舞いをするべきではないか?提督」
「えー…ほら、やっぱコミュニケーションって大事だしさ…」
「…まぁ、艦隊の指揮に影響が出ない程度で頼むぞ?」
「そりゃあもうバッチリさ!なはははは!」
ケラケラと笑いながら返す山下
それを見て長門も仕方のない人だ、と笑う
これがいつもの執務室の光景だった
「さてさて…んじゃあ艦隊、動かしますか」
取り出したのは周辺地図と艦娘の名が記されたリストだった
「とりあえずまだ上からは出撃命令はないから、今日も周辺海域の哨戒だ。熊野を旗艦に…白露、夕雲…天龍は〜…」
山下は朝礼の時に天龍がこちらにブーイングした事を思い出す
「……天龍は訓練組だ。熊野、白露、夕雲に若葉!…んで、あ…あと輸送船護衛任務の追加だ…磯風、浦風、浦波、磯波……あ!」
思い出したかのように山下は真横の秘書艦補佐の机で既に執務作業に入っていた磯波を見る
腕に"補佐"と書かれた腕章を付けた磯波が自身をの名を呼んだ山下をじっと見ている
「あ、はい…輸送船護衛任務ですね!磯波向かいま「あー!あー!嘘!阿賀野に頼もう!」
「うむ、護衛任務には磯風、浦風、浦波、阿賀野、で構わないな?」
「ああ、旗艦は阿賀野で!…あー…阿賀野出てくれるかな?」
長門はふ、と笑い
「大丈夫、阿賀野はやってくれるさ」
その返しに山下はほっとする
「そっか…じゃあそれで行こう」
長門はそう言うと、備え付けられた卓上マイクの電源を入れると"ビー"、と基地内にブザーが響く
『こちら執務室、秘書艦の長門だ。軽巡洋艦阿賀野、重巡洋艦熊野、両2名は執務室に来るように、続いて駆逐艦白露、夕雲、若葉、磯風、浦風、浦波の6名はドックに行き艤装の準備を行うように。繰り返す…』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「阿賀野、参りました」
「熊野、参りましたわ」
館内放送から数分後、旗艦の阿賀野と熊野が執務室に到着する
「うむ、熊野…白露、夕雲、若葉を連れ近海での哨戒任務にあたれ。阿賀野は磯風、浦波、浦風を連れ本日正午に敦賀新港から金沢へ出航する輸送船の護衛任務に着いてもらう」
「「了解(ですわ)」」
長門が説明を終えると、熊野と阿賀野は返事をする
「どちらの艦隊も敵と遭遇し、危ないと感じたら即撤退するように。これは絶対の命令だ」
朝礼時と違い、二人に向け真面目な表情で命令をする山下
「了解ですわ」
熊野、即答
「…了解」
阿賀野は少し思案した後返事をする
「…万が一の時、輸送船の中身よりも阿賀野達の方が心配だ。無事帰投できるよう頼むぞ」
「了解」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
阿賀野と熊野が執務室を出ていく
「…輸送船の護衛…?私は聞いていないぞ」
「ああ…上からの直通通信だ…」
若狭基地では県内にある敦賀新港から石川県の金沢港を経由して、ロシアへ定期的に出る輸送船の護衛任務がある
そしてこの任務は何故か北陸支部から若狭基地宛ではなく、北陸支部のある将校から山下提督へと直接命令が下る
「…上…井ノ上少将か…」
「そ、あの人苦手なんだよなぁ…」
井ノ上少将
北陸支部のトップであり、北陸の海軍基地を統括する老将校
若い提督に対してイジメやパワハラをすることもなく、悪い印象はない…が
山下は執務机に力無く伏せる
伏せた瞬間、山下の目の前にあったであろう書類の山が崩れそうになるが、それを磯波がナイスタイミングで防ぐ
「あー…悪い人じゃないんだけど…なんか、こうー…苦手っていうか…うん、本能的に?みたいな…あの人からの仕事量多いし…」
「それだけ貴方が期待されているということなのだろう」
「そうですよ。提督さん、さぁ執務作業始めましょう」
秘書艦達の冷たいあしらいに山下はふぃー、とため息
「はいはい…んじゃあ、やりますか」
こうして若狭基地の1日が始まる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時刻1030
「んなぁー!んなぁー!!休憩!休憩しよう!」
「何を…まだ始めて2時間だぞ?」
山下はくねくねと執務椅子で小さく暴れる
「…もう文字見たくないんだよ…誰もこんなの見たくないんだよ…」
「あはは…じゃあ、お茶淹れてきますね」
「うむ」
そう言って磯波が立ち上がろうとした瞬間
「や!待て待て待て!俺が行こう!…磯波と長門はここでのんびり待っててくれ!」
山下が颯爽と立ち上がり、お盆を持って執務扉へ俊足で向かう
「…え、でも…」
「いーからいーから!な!?」
「磯波、提督が行ってくれると言うんだ。お願いしようじゃないか」
「…お願いします…」
「オッケ、バッチッス!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
執務室から上手く逃走した山下はそのまま訓練所に向かう
「よぉーし!遊…皆を観に行くぞー!」
…これもコミュニケーションである
本館から外へ出るとやはり7月、日差しは暑く、風もない。
「あづー…お、あいつは」
訓練所のフェンスの外側のベンチに座る影が2つあった
ベンチにぐだる天龍とその天龍をうちわで仰ぐ響だ
「よ、お二人さん」
「げっ」
「…やぁ、司令官」
天龍はやべぇ見つかった、といったリアクションに対し響は涼しい表情
「何だ何だ?サボりか?」
ニヤケ顔で二人に問い詰める山下
「へっ…オレに基礎訓練なんて不要だからな!みんなが終わるまでここで待っててやろうって「天龍さんは軽い脱水だよ。この暑い中調子に乗って水分補給しないで基礎訓練してたからね」
「おい!言うなよ!」
天龍、響を睨むが更に追撃
「大体天龍さんが無理して、それを見た他の駆逐艦が真似したらどうするんだい?…もっと自分の立場を考えたほうがいいね」
「う……悪い」
天龍は少しむくれながらも響に対して謝る
「と、言うわけだよ司令官。天龍さん"は"サボりじゃないよ」
山下は腕を組み少し考え
「…響は?」
問いかけると響は小さく微笑む
「あ、そう…」
そのまま山下はすたすたと立ち去ってしまった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…天龍さん。もう寮戻ったほうが良いんじゃないかな?」
ぐだる天龍にうちわを仰ぎながら問いかける響
「ぅえー…ばかやろー…世界水準甘くみんな…」
「おーい」
「?」
声の主の方を響が振り向くと二本の缶が響に向かって半弧を描く様に飛んできた
「っ!」
瞬時に抱きかかえるようにキャッチする響
缶は自販機で買われたと思うスポーツ飲料水だった
「…これ…」
改めて顔を上げると山下が笑顔で自身もスポーツ飲料水を飲んでいた
「暑いときはコレだろ?熱中症になったら大変だからな!飲め!」
響は貰った缶を1つ天龍に渡す
天龍は何故山下から貰ったか分からないでいるといった表情になる
「さぁ、天龍さん…司令官からの差し入れみたいだよ」
「え…あ、ありが…と…」
「司令官、スパスィーバ」
天龍は顔を赤くし、響は優しく笑い礼を言う
「え?…お、おう!じゃあがんばれよ!」
山下も一言そう言いその場を立ち去る
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次に山下は空母用の弓道場の入り口から中を覗く
中では祥鳳、瑞鶴、翔鶴、加賀の4人が的に向かって弓を引いていた
「あちゃー…まだ上手く当たらないなぁ…」
的を外した瑞鶴が頭を掻きながら零す
「駄目よ。"瑞鶴"」
「…加賀さん…」
五抗戦瑞鶴に声をかけたのは一航戦加賀だった
「…集中力が少し足りてないみたいね」
「う…すいません」
背中を丸くする瑞鶴の頭をぽん、と手を乗せる
「…大方、お昼の献立のことでも考えていたのでしょう…一瞬気を緩めればそれが命取りになるわ…」
「…はい…」
瑞鶴は少し顔を赤くしながらも小さく返事をする
その姿を見て瑞鶴の頭に乗せていた手を下げる
「練度がまだ低いとはいえ貴女は誇りある五抗戦。ちゃんとやれば出来るのよ。練習と言えども気を抜かないようになさい」
加賀はそう言って優しく微笑む
「…はい…」
瑞鶴は手で口元を隠し照れながら答える
((尊い…!))
二人のやりとりを見ていた翔鶴と祥鳳は目を伏せ肩を震わせていた
「…あー…空母組は大丈夫そうだな…」
山下は邪魔になるだろうと思い声をかけずに道場を後にする
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
訓練所と道場を回った山下は基地の本館に戻ってきた
肌を刺すような冷気が山下を襲う
「うひゃー!すーずしぃー!」
外を歩き回って汗だくになった山下は本館のロビーに効いている冷房の冷気を入り口近くに置かれたソファーに座って謳歌する
「外は暑いからな…ほら、冷たいお茶だぞ」
背後からお茶入りのコップが差し出される
「おおっ!気が利くなぁ!…どれ…いただき………」
山下は差し出されたコップを持つ手、その手袋には見覚えがあった
30分程度前に執務室で見た手袋だった
「…お茶を淹れるのが随分遅いのだな…提督は…」
すぐ横から我が秘書艦の声が聞こえた
「…あー……お茶っ葉が無くて…イオンにでも買い出しに行こうかと…」
数分後、片手で山下を抱えて廊下を歩く長門が非番の駆逐艦に目撃された
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
1200
「んくっぁあーーーーっ!お昼だお昼ー!」
ある程度書類を終わらせ伸び伸びと背伸びをする山下
「…まぁ、いいだろう…」
「実質2時間ちょっとしか執務してませんけどね…」
ジト目で見てくる長門と苦笑いの磯波
「あー…聞こえないッス」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ふぃーっと…食った食った!…やっぱ間宮さんの作るご飯は美味しいな!」
食事を終えた山下達は食堂を出てグラウンドの見える渡り廊下を歩く
「…うーん…なかなかに美味だったな」
「はい。お腹いっぱいです」
山下より一歩下がって歩く長門と磯波も間宮の用意する食事に満足していた
「…お?」
山下がグラウンドの方を見ると訓練が終わってもなお体を動かし遊ぶ駆逐艦を子達が目に入る
「…よーし!」
山下はグラウンドの方へ走り出した
「あ!て、提督!」
長門が手を伸ばすも時遅し
「終わったら執務室戻るよー!」
手を振りながら駆逐艦達の方へ走っていく山下
「…全く…」
「ふふふ」
その姿を見て磯波は笑う
「ん?どうした磯波」
「あ、いえ…提督さん…前よりも明るくなったなって…」
「…そうだな」
2年前、山下の初期艦が沈んだ後はそれはもう若狭基地は崩壊の危機に陥っていた
山下は目に見えて元気を無くした、食事をしても味がしなくなるほど。
そして荒れに荒れ、艦娘に手を上げることはなくても執務室に閉じこもり、中で暴れ、半日泣き喚いていたこともあった
しかし当時山下の周りにいた磯波をはじめ、加賀や長門、利根達の力もあり段々と元気を取り戻していった
「…もう、2年なんですね」
「ああ…早いものだ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「よし!3×3でサッカーやろうぜ!」
「やります!」
「やりましょー!」
白いボールを片手に駆逐艦達に提案する山下
駆逐艦達もノリノリでそれに乗った
「ふふん、提督さんには負けないっぽい!」
夕立は文月、深雪、涼風と、チームを組み
「後悔すんなよ夕立!」
山下は大潮、皐月…そしてたまたま渡り廊下を歩いていた霧島を捕まえチームを組んだ
「「うぉぉおおおおおーーー!」」
今、若狭基地で史上最高のミニサッカーが始まる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「くぁー…あそこで霧島がヘボらなきゃなー…」
身体を動かした山下はちゃんと時間通りに執務室に戻ってきた
結果は5-4で夕だチームの勝利だった。
『右です!』と自信満々に叫び右側に飛んだキーパーの霧島に対してゴールの左側に深雪スペシャルが決まり、試合終了となった
試合後、誰も何もしてないのに勝手に顔を赤くした霧島のメガネのレンズが割れたのは若狭基地の7不思議の1つとしておこう
「…あはは…」
「霧島も大変だな…」
山下はぐっと握りこぶしを作る
「よぉーし!明日はリベンジするぜ!」
「リベンジも良いが仕事の方も頼むぞ。提督」
「へいへい、と」
山下の奮闘虚しく、午後の執務が始まる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
気がつくと窓の外は夕日で真っ赤になっていた
この時間になると山下は長門とも磯波とも会話をする事はなく、書類に集中して執務に取り掛かっている
そんな中、執務扉へのノック音が響く
「ん…どうぞ」
扉の方を見ずに答える山下
扉が開くと今朝遠征に出発した遠征組の旗艦、阿賀野と、浦風が執務室に入ってきた
その表情は少し暗い
「おお…お帰り、阿賀野、浦風」
「…遠征艦隊、帰還しました」
阿賀野と浦風は敬礼し、山下は執務椅子から立ち上がる
「うん、お疲れ様!……あー…遠征失敗しちゃったか?」
阿賀野達の空気を読み取って気を使いながら問いかけると山下
「あ、いや…そうじゃないんじゃけどね…えと、その…」
言葉を選んでるのか浦風は落ち着きがないように答える
「?」
「…輸送船護衛の任務は…少しトラブルがありましたが、なんとか輸送船を送り届けられました」
「…トラブル?」
長門が阿賀野に問う
「深海棲艦が現れ、輸送船は攻撃を受けました。被害は小さなコンテナ1つではあったんですが…」
「…ですが?」
「…その後敵を排除し、輸送船を金沢港へ入港させ、帰還するため若狭基地へ向かっていました」
「…おう」
淡々と報告する阿賀野、その報告を真面目に聞く山下
長門と磯波も黙ってそれを聞き、浦風は下を向き、その表情は何かを悩むように歪ませている
「それで…帰りに…その…護衛した輸送船のコンテナの残骸があり、その近くで艦娘を発見しました」
「…深海棲艦の捕縛していた子…か」
「………恐らく…そう、思いたいのですが…」
そう答えた阿賀野の表情はいつもの凛としたそれではなく、何かを諦めたような、誰かに絶望したかのような表情だった
「…?」
山下達にはその表情の意味がわからない
「それで…その子はどこに?」
山下が問うと阿賀野は浦風の方を見て
「…浦風、お願い」
「あ…うん…」
そう返事をし、浦風は執務室を後にする
「…提督…」
浦風が出ていくと阿賀野が山下を呼ぶ
「…ん?」
「その……今回の任務は…」
言いづらい事なのか阿賀野は言い淀む
「…え…?」
阿賀野は拳を握り震わせる
「…貴方は…どこまで…」
その声は少し震えていた
「連れてきました」
阿賀野が何かを言おうとしたとき、浦風が執務室に戻ってきた
一人の少女を連れて
「…!?」
山下の心臓は握りつぶされる様な感覚に襲われる
山下はこの少女を知っている
いや、この艦娘を知っている
そう、提督になったばかりの山下に初めて着いてくれた初期艦
何も知らなかった山下と共に歩んでくれた駆逐艦
そして敵の砲撃によって轟沈した艦娘
山下だけではなく長門も磯波も目を開き驚く
黒髪を後ろを1つに結び、セーラー服を着た素朴な雰囲気の磯波と同年代の見た目の少女
その表情はとても幸せそうにニコニコと満面の笑みを作っている
「はじめまして!特型駆逐艦吹雪型一番艦の吹雪です!よろしくお願い致します!」
夕焼け色の光が執務室に差し込み、吹雪と名乗った少女を赤く…紅く…
照らした