大本営の資料室   作:114

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はい


どうぞ




File12.若狭基地傷害案件②

執務室の窓から差し込む夕日

その赤い光が彼女を照らし思わず一言零す

 

 

 

「…吹雪…」

 

 

 

目の前にいるのは確かに吹雪型のネームシップ

 

 

しかし山下の初期艦の吹雪とは微妙に顔の作りが違った

 

 

眼の前にいる吹雪は執務室に入ってきてからもずっとニコニコと笑っており、その頬にはうっすらとそばかすがあった

 

 

そして何より服装が違った

 

吹雪型の代表的とも言える夏服セーラー服ではなく、手首まで隠れる長袖のセーラー服を彼女は着ていたのだ

 

 

 

「はい!吹雪です!私にできることがあれば何でも申し付けてください!」

 

 

 

笑顔で敬礼をする吹雪に少したじろぐ山下

 

そんな山下を見て長門が椅子から立ち上がる

 

 

 

「よく来た。吹雪…私は秘書艦の長門だ。そしてこちらは山下少佐…ここ若狭基地の提督だ」

 

 

きっかけを作ってくれた長門のお陰で山下はゔゔん、と咳払いをし敬礼

 

 

「山下少佐だ。よく来たな、吹雪…君を歓迎するよ」

 

 

そう言って山下は吹雪と握手するため右手を差し出す

 

吹雪は差し出された山下の手をじぃっと見つめ

 

 

 

「…あ、いきなり過ぎだったかな?」

 

 

艦娘とはいえ、見た目は女子

 

セクハラと勘違いされたかと山下は一瞬まずいと思ったが、山下の一言を聞いた吹雪はまたニンマリと笑顔を作り、両手で山下の手を取る

 

 

「いえっ!そんなことありません!どうぞ…どうぞよろしくお願いします!」

 

 

 

「そりゃよかっ…いてでで…ちょっと強いかな!」

 

 

「あ!ごめんなさい!」

 

 

思わず強く握ってしまった手をバッと離し、一歩下がる吹雪

 

 

「いやいや…元気があるのは良いことだからさ…そうだな…阿賀「お断りします」

 

 

 

山下が何かを言う前に阿賀野は山下の言葉を切る

 

 

「私達はまだ入渠を済ませていないので…ここで失礼します……行こう。浦風」

 

 

 

「あ…うん…失礼、します」

 

 

そう言って阿賀野と浦風は執務室を出ていく

 

 

「…」

 

 

 

山下は自分の額をパシリと叩き、後悔する 

 

 

 

(あー…マズった…阿賀野に吹雪はまだ早かったか…)

 

 

「えぇと…司令官?」

 

 

何かあったのかと山下の顔を覗いてくる吹雪

 

その表情は山下を心配しているのがわかる

 

 

「え、あー…いや、なんでもないんだ…あ!そうだ!写真、一緒に撮っていいかな?」

 

 

 

「え!?写真…ですか!?」

 

 

「ああ!吹雪が着任した記念ってことで…駄目かな?」

 

 

 

「いえっ!…私なんかで良ければ…」

 

 

手をワタワタと動かす吹雪

その表情は笑顔のままだ

 

 

山下は執務机の引き出しを開けて一冊の緑色のファイルを取り出す

 

「っとと…これこれ…ほら」

 

 

山下は吹雪にファイルを開いて中を見せる

 

「…アルバ厶…ですか…」

 

 

 

ファイルだと思っていた物はアルバムで、中には山下と艦娘とでツーショットを撮った写真が丁寧に透明シートで挟まれていた

 

 

 

「そうそう…着任した子とは一緒に写真を撮るようにしてるんだ!…まぁ、その…君が良ければ、だけど」

 

 

吹雪は開かれたアルバムをじっと見る

その表情は山下からは見えない

 

 

しかし直ぐに笑顔で顔を上げる

 

 

「はい!是非!」

 

 

 

ほっとする山下

 

 

「よーし!じゃあ長門!カメラカメラ!」

 

 

「ふふ…わかったよ。提督」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

山下と吹雪は執務机を背に並ぶ

 

 

「よし、んじゃあこれ…で…」

 

 

山下がふと吹雪の方を見ると吹雪は山下の顔を笑顔で見ていた

 

 

「司令官…失礼ながら…少し距離が遠い気がします…」

 

 

 

「え?…あー…そう?」

 

 

山下が気を使って吹雪から数十センチ離れて立っていたことを指摘する吹雪

 

 

すると吹雪の方から山下へピッタリとくっつく

 

山下の左肩側に吹雪の頭部が並ぶ

 

 

 

「…近すぎやしないかい?吹雪…」

 

 

「記念、ですから!ほら、手も…」

 

 

そう言って吹雪は山下の左手を自身の左手肩に乗せる

 

 

その姿はまるで

 

 

 

 

「…カップルの様だな。提督」

 

 

 

長門がジト目で山下を睨む

 

 

 

「え!?あ、あはははは…早く撮ろうか!」

 

 

 

 

《カシャッ》

 

 

 

こうして緊張した山下と、頬を少し赤面させた満面の笑みの吹雪とのツーショット写真が撮れた

 

 

「うむ、撮れたぞ」

 

 

 

さっと吹雪から離れる山下

 

 

「じ、じゃあこれからよろしくな!吹雪!」

 

 

 

吹雪は山下に敬礼し

 

 

「…はい!よろしくお願いします!」

 

 

変わらない笑みで返事をする

 

しかしその視線は山下から一瞬だけ、執務机に置かれたアルバムに向けられていた

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇   

 

 

その後、執務室へ睦月と夕立が呼ばれ、吹雪に若狭基地を案内するように命令を出した山下

 

 

 

 

「いやー…なんか、想像してたより積極的な娘だったな」

 

 

「そうだな…なんというか…不思議な娘だったな」

 

 

 

執務椅子に座った山下がそう零すと、カメラを本棚の引き出しに仕舞った長門が答える

 

 

 

「…」

 

 

山下、長門と違って表情の暗い磯波

 

 

「…どうかしたのか?磯波」

 

 

そんな磯波を心配し、心配そうに問いかける長門

 

 

 

「あ、いえ…なんでもないです」

 

 

 

と言った磯波だったが、実は何でもないことはなかった

 

磯波は見てしまったのだ

 

 

彼女側しか見ることができなかったものを

 

 

 

 

阿賀野と浦風が執務室を出ていく瞬間の吹雪を

 

 

山下にアルバムを見せてもらっているときの吹雪を

 

 

 

 

「…あ、あの…」

 

 

磯波がそれを伝えるため、声を出そうとしたときだった

 

 

「よーし!んじゃあ吹雪の歓迎会と、夕食食べに行くか!」

 

 

 

「ああ、行こうか」

 

 

 

先に山下の言葉で磯波の言うタイミングは無くなってしまった

 

 

 

「…はい」

 

 

磯波は自分が見たものはきっと勘違いだと、そう思うことにした

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

1900

 

若狭基地、食堂

 

 

この食堂では給糧艦間宮が艦娘達や職員達に料理を提供している

 

味はもちろん、雰囲気も良く、艦娘達にとって憩いの場でもある

 

 

 

そんな食堂に艦娘達は勢揃いで席に座り、山下達の方へ皆視線を向けていた

 

 

「皆!今日から若狭に新しい仲間が増える!…さ、立って」

 

 

 

山下が隣に座っていた吹雪に声をかける

 

吹雪は笑顔のまま山下の隣に立つ

 

 

その吹雪の姿を見たものは大半が喜び、彼女を歓迎する

 

 

そして少数の…

 

 

"当時"、吹雪を助けられなかった者達は驚く

 

 

加賀もその一人だった

 

 

 

「…吹雪…さん…」

 

 

勿論以前いた吹雪とは別人であるが、そのシルエットを見るとあの時助けられなかった事を思い出してしまう

 

「…加賀さん…?大丈夫ですか?」

 

 

 

加賀の隣に座っていた瑞鶴が心配そうに問いかける

 

 

「ええ…大丈夫よありがとう、瑞鶴…祝の席なのにごめんなさいね」

 

 

「え…ううん…ならいいんですけど…」

 

 

(情けないわね…吹雪型というだけで関係ない人を見て昔のことを思い出すなんて…)

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「特型駆逐艦吹雪型の一番艦、吹雪です!皆さんの足を引っ張らないよう努力します!よろしくお願いします!」

 

 

 

元気よくハッキリと笑顔で挨拶をする吹雪

 

 

それに対して皆拍手をし歓迎する

 

 

吹雪が山下の方を見ると、山下も笑顔で拍手をしていた

 

 

 

「そういう訳だ!みんなも仲良くしてやってくれ!んじゃあ、乾杯!」

 

 

山下がそう言うと艦娘達も一斉に乾杯の声をあげる

 

 

 

 

 

「…お茶、だけどねぇ…」

 

 

 

誰かがぼそりと言った言葉は皆には聞こえない

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

翌日訓練所

 

 

 

若狭基地では訓練担当艦として、重巡洋艦の利根が駆逐艦達の訓練を見ている

 

 

 

「うむ。なかなかやるな」

 

 

 

利根を唸らせたのは昨日艦隊入りした吹雪だった

 

 

筋力トレーニング、ランニング、砲撃、雷撃

 

 

駆逐艦にしてはなかなかに練度が高い動きをする

 

 

 

「吹雪ちゃんすごいっぽい!」

 

 

「やるねぇ、吹雪ちゃん!」

 

 

 

近くで見ていた体操着に短パン姿の夕立も睦月も目を大きくして驚く

 

 

 

「えへへ、そうかなぁ」

 

 

 

上下ジャージを着込み、息が切れてる様子もなく笑顔で二人に返す吹雪

 

 

「吹雪ちゃんも秘書艦になりたいっぽい?」

 

 

 

「…秘書艦?」

 

 

 

夕立はふふん、とドヤ顔をして説明を始める

 

 

「訓練の成績が優秀だと、秘書艦補佐になれて、出撃艦隊にも入れて活躍できるっぽい。それで、更に作戦でも活躍できると秘書艦に任命されるっぽい!」

 

 

 

「…絶対ってわけじゃないけどね…」

 

 

苦笑いで情報を追加する睦月

 

 

 

「へぇー…」

 

 

夕立と睦月の話を聞いて吹雪は口元に手を当て何かを考える 

 

 

 

 

 

 

「…秘書艦……」

 

 

 

「吹雪ちゃん上下ジャージで暑くないの?」

 

 

 

睦月の言葉など吹雪には聞こえてなかった

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「えぇ!?吹雪がか!?」

 

 

「うむ、悪くない動きだったぞ!」

 

 

 

昼食を終え、執務室に戻った山下達を利根が待っていた

 

 

新人の吹雪の成績について利根から話を聞いた山下は嬉しそうに笑う

 

 

 

「そっか……そうか…」

 

 

「…前の…吹雪に比べればまだまだではあるがな…」

 

 

 

「いや、ありがとう利根。彼女を見てくれて」

 

 

山下が利根に礼を言うと、利根は少し照れながら、しかしドヤ顔で穏やかな胸を張る

 

 

「なんてことはない!吾輩は吾輩の仕事をしたのみだ!駆逐艦達は吾輩がしっかり鍛えよう」

 

 

 

こういったとき以外では山下と利根が顔を直接合わせることはまずない

 

久しぶりに山下にお礼を言われた利根は上機嫌で執務室を出ていく

 

 

 

「さてさて…午後は何をしよ…う…か…ん?」

 

 

午後の執務を抜け出して何処へ遊びに行こう、山下はそんな事を考えながら執務室の窓から下のグラウンドの方を見る

 

少し遠くで昨日のサッカーメンバーが元気よく走り回っていた

 

 

「おお…元気いっぱい…」

 

 

少し視線をずらす、走り回っている駆逐艦達と距離が離れたところに吹雪がこちらを見て立っていた

 

 

「…吹雪…?」

 

 

吹雪と目線があったような気がすると吹雪はニコリと笑った

 

 

それを見て山下も吹雪に向かって手を振る

 

 

 

「…まだ2日目だもんな…すぐには仲良くなれない…か」

 

 

 

そうだ、と手を叩く山下

振り返り、秘書艦達に提案する

 

 

「なぁ、吹雪を秘書艦補佐にしてみないか?利根の話だと成績も悪くないみたいだし…」

 

 

「…そうだな…練度の問題があるからすぐには作戦艦隊に編入は難しい…秘書艦補佐として学んでから作戦艦隊に加えるのも手か…」

 

 

 

長門の反応は悪くなく、提督がそう言うなら、と納得

 

 

対して小さな秘書艦補佐はあまりの乗り気の様子ではなかった

 

 

「あ…磯波さん的には…駄目だったかな?」

 

 

 

「あ…ぅ…いえ……駄目、と言うわけではないのですが…」

 

 

もじもじと答える磯波

なにか言いたげなその姿に山下と長門は首を傾げる

 

 

 

「…吹雪ちゃん…何故かわからないんですけど…怖いのです…」

 

 

 

磯波のその言葉を聞き、山下は思った

 

 

以前いた吹雪は敵の攻撃により轟沈した

 

言わば死んでしまった事に近い

 

しかしまたこうして仲間として吹雪がいる。一度居なくなってしまった仲間がまた同じ場所にいる事が磯波にとっては気味が悪いことなのだろう、と

 

 

 

 

だが山下の考えは大きく外れていたことに彼は気づかない

 

 

 

 

「大丈夫だ、前の吹雪の時の様に接してくれとは言わないよ。だから若狭の先輩として彼女に接してあげてほしい」

 

 

そう言って山下は磯波の肩に手を置く

 

肩に手を置かれた磯波は少し黙ってから一言、はい、と答えた

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

「私が秘書艦に…ですか?」

 

 

 

その日の夕方、皆が夕食を食べている頃、執務室では長門に呼ばれた吹雪がそう聞き返した

 

 

 

 

「…補佐、だがな。先に説明したとおり提督は吹雪の事を期待している…ここで更に成長し、艦隊の力となってほしい」

 

 

山下は執務椅子に座り、長門の言葉に続ける

 

 

 

「どうだい?やってくれるかな?」

 

 

 

これは命令ではない。暗に後は吹雪の判断に任せるよ、と伝える

 

 

 

「やります!…やらせてください!」

 

 

 

 

吹雪は笑顔で即答した

それは誰の目から見てもやる気に満ち溢れた少女のそれだった

 

 

 

「そっか…じゃあ改めて明日から頼むぞ!秘書艦補佐!」

 

 

山下も笑顔になり、そう伝えると吹雪は敬礼と元気いっぱいの返事を返す

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

2200

 

「ふぃーっと…疲れたぜ…」

 

 

 

磯波と長門を先に上がらせた山下は一人執務作業を行っていた

 

 

「うう…」

 

 

ぶるりと山下の身体が震える

 

 

恐怖で

 

 

違う

 

 

怒りで

 

違う

 

 

そう、この震えは…

 

 

 

 

 

「トイレ行ってもう寝よう…」

 

 

 

そう呟き山下は執務室を出る

 

電気の消えた廊下は暗く、夏だというのに少しヒンヤリする

 

 

思い出すのは中学時代

 

部活動が終わり、部員達で帰ろうかと言うときに教室に家の鍵を忘れて取りに行った時を思い出した

 

 

あの時も薄暗い廊下を一人で歩いたものだ、と

 

 

 

 

「…うー…ちょっと怖いな…ん?…」

 

 

 

執務室からトイレに向かう途中、誰かが廊下の窓枠に腰掛けていた

 

 

 

「…まだ起きてたのか?阿賀野」

 

 

 

「あら、私が遅くまで起きてたら不満かしら?」

 

 

 

軽巡阿賀野だった

 

いつもの制服ではなく、薄着でラフな格好をしている

 

きっと彼女の寝間着だろう

 

 

 

「…俺はトイレ行って寝る…阿賀野も早く寝ろよ。長門達に見つかったらまた小言言われるぞ」

 

 

 

「ねえ」

 

 

山下の言葉を流し、阿賀野は山下に問いかける

 

 

「…提督……今の吹雪は…前の吹雪とは違うのよ?」

 

 

 

 

「…」

 

 

 

「たった一日で秘書艦補佐?大したものね。羨ましいわ」

 

   

「…彼女には期待をしている。だから秘書艦補佐にしたんだ」

 

 

山下は阿賀野の目をそらしながら説明する

 

 

「嘘」

 

 

はっきりとそう言われた

 

なんの迷いもなくはっきりと

 

 

「…は?」

 

 

思わず山下は間抜けな声が出る

 

阿賀野はそれ以上何も言わずに艦娘寮のある方へ歩きだしてしまった

 

 

 

「…阿賀野…」

 

 

 

山下は吹雪に特別な感情を持っている 

 

 

今いる吹雪にではなく

 

 

 

"吹雪"そのものに

 

 

 

それは恋愛感情でも憎悪でもない

 

 

 

呟いた山下は男子トイレに向かった

 

 

 

「…」

 

 

 

そんな阿賀野と山下のやり取りを聞いていた駆逐艦が廊下の柱からまるで幽鬼のように現れる

 

 

その表情は文字通りの無表情

 

いつもの満面の笑みはそこには無く、まるで真っ黒い感情を抑えつけるように阿賀野の後ろ姿を見ていた

 

 

 

「……あの軽巡……邪魔だなぁ…」

 

 

 

 

少女はそう呟いた

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

艦娘寮、阿賀野、浦風部屋

 

 

 

「あら?阿賀姉?どこ行ってたんじゃ?」

 

 

 

ベッドに寝転がり本を読んでた浦風が部屋に入ってきた阿賀野に気づく

 

 

 

「…うー…」

 

 

 

どさり、と阿賀野は自分のベッドに正面からタイブし、沈む

 

 

「…あー…提督さんかな?」

 

 

 

浦風に問いかけに、顔を枕に埋めたお陰で表情は伺えないが、後頭部がこくこくと動く

 

 

 

 

「…浦ちゃん…私…駄目な子だよ…」

 

 

元気無く、泣き出しそうな声で浦風に助けを求める

 

 

 

他の艦娘とはほとんどコミュニケーションを取らない阿賀野だが、"あの日"共に出撃していた同僚達は別で、特に浦風とは以前から姉妹艦の様に仲がいい

 

 

「…提督さんにちゃんと思いを伝えられんかったんね?」

 

 

 

「…うん…」

 

 

他の艦娘には見せない素の阿賀野

 

その姿は見た目相応の少女だった

 

 

 

「…提督さん…阿賀姉のこと怒ってるとは思えんけどなぁ…」

 

 

「…わからないもん…吹雪ちゃんが沈んだのは私がちゃんと助けてあげられなかったのが原因だし…」

 

 

 

 

 

そう、なにも阿賀野は最初から皆に対して一歩退いた態度をしていた訳ではなかった

 

 

寧ろ艦隊を盛り上げるムードメーカーの役割も担っていて、浦風をはじめ、他の駆逐艦や軽巡からも好かれていた少女だったのだ

 

 

では何が彼女を変えたのか

 

 

 

2年前に起きた吹雪の轟沈である

 

 

 

「…ほら、阿賀姉…冷たいお茶じゃ」

 

 

 

「…ありがと…」

 

 

阿賀野は枕から顔を離し、ゆっくりと起き上がってから浦風が持ってきてくれたお茶入りのコップを受け取り、コップの縁に口をつけぐいっと飲む

 

 

「はい、ちり紙」

 

 

次いで浦風は阿賀野にちり紙を2枚渡す

 

 

 

「ん」

 

 

空いたコップを浦風に渡し、差し出されたちり紙を受け取ると阿賀野は鼻に当て

 

 

 

《ズビビビビー!》

 

 

盛大に鼻をかんだ

 

 

「…あはは…」

 

 

そんな阿賀野の姿に乾いた笑いの浦風

 

阿賀野は鼻ティッシュをくしゃりと丸め、部屋の隅にあるクズ入れに投げる

 

 

 

「ねぇ、阿賀姉…」

 

 

「ん?」

 

 

浦風はベッドに座る阿賀野の隣に座る

 

 

2年前のあの日、吹雪は敵の砲撃によって沈んだ

 

目の前で戦友が沈む姿を見た浦風もトラウマになった

 

 

浦風だけじゃない

 

加賀も、利根も、あの長門でさえ

 

 

あの時あの海に、あの戦場にいた者達は皆少なからず心に傷を負った

 

 

今も彼女達はあの時の光景が夢に出るし、阿賀野と同じく"自分がなんとか出来ていれば"と考える日もあった

 

 

でもそんな彼女達を優しく抱きしめてくれるのは他の誰でもない、阿賀野だった

 

 

自分だって辛いくせに

 

誰よりも吹雪の近くにいたから後悔してるくせに

 

 

 

当時、吹雪と阿賀野は本当に仲が良かった

 

 

磯波や深雪といった吹雪型内でも仲が良かったが、阿賀野と吹雪は常に一緒にいるくらい、姉妹の様に仲が良かった

 

 

だから吹雪が沈んだ時、山下と同じくらいに阿賀野も落ちに落ち込んでいた

 

 

だが

 

 

 

「…一番辛かった阿賀姉が提督さんを…ウチを、利根さんや加賀さん…長門さんを救ってくれたんじゃ…だーれも怒っとりゃせんよ」

 

 

「…浦ちゃん…」

 

 

浦風の話を聞いた阿賀野はジュルリ、と美少女な鼻水を垂らし、涙目になる

 

 

「新しく艦隊に入った子達は今の阿賀姉をただ怖がっとるだけじゃ…前みたいに皆に接してくれたら…もっともっと素敵な艦隊になると思うんよ」

 

 

浦風は優しく、笑顔で阿賀野の鼻にちり紙を当てる

 

 

《ブジュルルルル!》

 

 

 

「…うん、ありがとう…」

 

 

 

 

阿賀野は理解している

 

 

浦風の自分に対する想いを

 

自分が何をするべきか

 

 

山下とちゃんと向き合い、自分の気持ちを打ち明けよう、と

 

 

「…私…提督…さんと、ちゃんと話してみる…」

 

 

「うん!その意気じゃて!」

 

 

 

やはりこの少女には勝てないな、と嬉しいため息を吐く阿賀野

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇   

 

 

 

翌日の早朝、朝日が水平線から顔を覗き、朝方特有の涼しい風が若狭基地をやさしく撫でる

 

 

数時間後には熱帯の地となるであろう基地内のグラウンドを走る駆逐艦が一人

 

 

 

「はっ…はっ…はっ…はっ…!」

 

 

 

若狭基地の新人艦娘、吹雪だった

 

 

 

「…ふぅ……ふぅ…」

 

 

上下ジャージ姿の吹雪はグラウンド内に設置されたベンチにすとん、と腰掛け、首に掛けてたフェイスタオルで顔を拭う

 

 

 

「…あーあ…」

 

 

もやもやとした気分を発散するようにため息を吐く吹雪

 

 

「よっ!朝からご苦労さん」

 

 

「ひゃっ!?」

 

 

 

突然声をかけられ吹雪はびくりと肩が上がる

 

 

振り返るとそこにいたのはTシャツにジャージズボン、と動きやすそうな格好をした山下がストレッチをしていた

 

 

「し、司令官…!?」

 

 

「え、いや…なんか悪い…そんな驚くとは…」

 

 

 

「あ、いえ…その…まさか司令官と朝から会えると思ってなくて…」

 

 

今ばかりは吹雪も笑顔ではなく、突然の山下に驚きを隠せないでわたわたと手を動かす

 

 

 

「…やー…なんかスッキリしたくてさ…走るの嫌いじゃないし」

 

 

 

肩をストレッチで伸ばしながら答える山下

しかしその心は

 

 

(また吹雪の夢見ちまったからな…少しでも体を疲れさせて…夢を見ないくらいに爆睡するために…ってのは言えないよな…)

 

 

 

 

「…スッキリ…ですか…」

 

 

何を思ったのか吹雪は頬を赤くし、視線を低くする

 

 

「?…吹雪?」

 

 

「あ、いえ…その……私で良ければ…」

 

 

「???」

 

 

吹雪は艶っぽい表情をし、山下に近づき、ゆっくりと山下の腰辺りに手を伸そうとしながら小さい声で…

 

 

「……いの…悦ばし方なら…多少は心得が…あるので…」

 

 

 

「喜ぶ?……ああ、そういう…」

 

 

山下は吹雪の言葉に何かを思いついたのか、伸ばされた吹雪の手をとって

 

 

 

「一緒に、ランニングしようぜ!」

 

 

 

 

にかっと笑い、低い位置にあった吹雪の手を頭の上ちょいまで引き上げてハイタッチをさせる

 

 

 

「一緒に走ってくれるなんて嬉しいよ!…まぁ吹雪も走ってたんだろう?一緒に走る時間は短めでいいからなっ!」

 

 

 

「………はい」

 

 

こうして山下と吹雪のランニング(吹雪2回目)が開始された

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「司令官、今朝はありがとうございました!」

 

 

 

ランニングを終え、お互い着替えた山下と吹雪は執務室までの廊下を並んで歩く

 

 

 

「なーにを…俺の方こそ付合わせて悪かったな」

 

 

 

山下がそう言うと吹雪は笑顔になり

 

 

 

「いえ!…司令官とご一緒できて…幸せです!」

 

 

 

「…大袈裟だな…ん?」

 

 

視線を吹雪から正面に向ける

 

すると前には阿賀野がこちらを向いて立っていた

 

 

 

「…阿賀野…」

 

 

 

「あ…そ、その…おはようございます…提督……さん」

 

 

 

 

阿賀野は少し恥ずかしそうに、視線を下げ山下に挨拶する

 

 

 

「…おはよう。阿賀野」

 

 

 

山下は阿賀野の態度に警戒する

 

いつも山下に素っ気ない阿賀野が何故こんなもじもじとしているんだろう、と

 

 

 

「あ…あの……今日もしどこかで時間が空くようなら…「あー!!司令官!執務に遅れます!長門秘書艦に怒られますよ!」

 

 

 

 

阿賀野が何か言おうとした瞬間

吹雪が阿賀野に被せるように声を張り、山下に時間が無いことを伝える

 

 

 

「え?あ、ああ…そうだな…悪いな阿賀野。またな」

 

 

 

「え…あ……はい」

 

 

 

 

吹雪は山下の手を引っ張り、足早に執務室へ向かう

 

廊下では阿賀野一人が取り残された

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

その後、午前は執務、昼は食堂で済まし、午後も山下、長門、磯波、吹雪は特に滞る事無く執務を終わらせる

 

 

 

 

1730 夕方

 

 

 

「っやー!疲れたー!」

 

 

 

一日の執務を一段落させた山下は自身の座る執務椅子で大きく背伸びをする

 

 

「ふふ、お疲れ様。茶でも淹れようか」

 

 

 

「あ、私淹れに行きますね」

 

 

 

長門の提案に磯波が椅子を立ち、執務室を出ていく

 

 

 

「いやーしかし吹雪はなんでも出来るんだな!正直こんなに執務作業が進むなんて思わなかったよ」

 

 

「いえっ!これも司令官を想ってこそですから!」

 

 

 

吹雪は笑顔でそう言うと、椅子から立ち上がり、山下の執務机の前に立つ

 

 

 

「司令官…お昼…あの駆逐艦の子たちと子達と野球してましたよね?」

 

 

 

笑顔で、しかしどことなく冷気を感じるような声で山下に問いかける

 

 

 

「え?…ああ!今日は夕立達が4番バッターが「あまり!」

   

 

 

「…え?」

 

 

「あまり他の子達と遊び過ぎるのはどうかと思うんですよ」

 

 

 

書類に目を通していた長門が吹雪に視線を向ける

 

たじろぐ山下

 

 

「…あんまり他の子と遊び続けて情が移りすぎると…いざという時に判断が鈍りますよ?」

 

 

 

 

「…判断…?」

 

 

 

吹雪の言葉にあの日の光景がフラッシュバックする山下

 

 

同時に吹雪の顔から目をそらす

 

山下の背中に汗が流れるのがわかる

 

 

 

 

「…吹雪」

 

 

 

時が止まっていたかのような執務室の空気を和らげたのは長門だった

 

長門は見ていた書類を自身の執務机に置き、真っ直ぐ吹雪の目を見る

 

 

 

「あれは…ただ遊んでいた訳じゃない…ああして艦娘達とコミュニケーションを取ることであの子等のテンション…戦意は上がる。それは戦いにも影響するし、戦果にも現れる」

 

 

 

「そ、そうそう…」

 

 

 

「…へぇ〜そうだったんですね。変な事言ってすいません。司令官」

 

 

 

長門の説明を聞くと吹雪は山下に頭を下げ、自身の執務椅子に戻る

 

 

吹雪が椅子に戻る最中、山下は長門に向けありがとう、とジェスチャーした

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

「あれ?…ペンがない」

 

 

 

翌日、書類に書き込むためにと愛用してる万年筆を取ろうとした山下が、万年筆が無いことに気づく

 

 

「ぅあーれー?…どこだ?」

 

 

ゴソゴソと机の引き出しを開けて探しては閉めての動作を繰り返す山下

 

 

「…どうした?提督」

 

 

 

「え…いや……まぁ、いいか…」

 

 

 

長門にそう返し、違うペンを取り執務に入る山下

 

 

 

「…」

 

 

吹雪の隣で書類制作に入っていた磯波は山下のそんな姿をなんとも言えない表情で見ていた

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

数時間後

 

バンッ、と勢いよく執務室の扉が開かれ、天龍と谷風が髪が少し濡れた状態で入ってきた

 

 

 

「お前達、突然なんだ!?」

 

 

長門が声を張るも、天龍の表情は怯むことなく

 

 

 

 

「おい!提督!お前何してくれてんだよ!?」

 

 

「お?…昨夜からの遠征から戻ったのか「んなこたぁいいんだよ!」

 

 

 

昨夜から天龍を旗艦とした数名を資材集め任務に充てていた山下が、労いの言葉を言おうとした時、谷風に遮られる    

 

 

 

「お前…俺達が入渠してたのに…勝手にお湯を抜きやがって!おかげで修理に時間掛かっちまったじゃねぇか!」    

 

 

 

 

「…はぁ?なんだよそれ!」

 

 

 

山下も机を叩き言い返す

そんな山下を谷風はジト目で睨み

 

 

 

「確かに、遠征から戻って直ぐに報告しなかった谷風さん達の落ち度はあったさ!でも中破した子もいたし、そんなに時間もかからないから先に入渠してから報告しようとしてたんだよぉ!」

 

 

 

「それなのに…お前…」

 

 

 

「待て待て待て待て!俺はそんなことしてないって!」

 

 

 

「かぁーっ!これ見てもまだ嘘つくんかい!」

 

 

 

そう言って谷風は山下の執務机の上に強めに何かを置く

 

 

 

「…あ…」

 

 

それは今朝山下が探していた愛用の万年筆だった

 

 

 

「…え…これ…どこに…」

 

 

「脱衣所だよ!…わざわざ脱衣所なんかまで来て……」

 

 

 

谷風は涙目で山下に訴えかける

 

 

 

「待て、提督はずっと執務室に居たぞ?」

 

 

「トイレには行ってましたけどね」

 

 

 

長門がフォローするが笑顔の吹雪が長門のフォローを打ち砕く

 

 

 

 

「はんっ!本当に行ったのは便所か?」

 

 

「…おまえら…」

 

 

 

天龍の悪態に言葉が出ない山下

 

 

「…もういい、谷風…行くぞ」

 

 

 

「…お、俺じゃないって…」

 

 

「へいへい、そういうことにしといてやるよ。次はこんなことやめろよ?」

 

 

そう残し、天龍と谷風は報告書を執務机に押し付け執務室を出ていく

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「…俺じゃないのに…」

 

 

 

執務椅子に背を預け、いじける山下

その姿を見た長門が山下の肩に手を置き

 

 

「…私の方からも話をしておく…天龍達も遠征の疲れがあったんだろう…」

 

 

「…なんなんだよ…ったく」

 

 

 

 

「あ、あの…」

 

 

今まで黙っていた磯波が席から恐る恐る立ち上がる

 

 

「ねえ、磯波ちゃん。お茶、淹れに行こうか」

 

 

 

 

吹雪も笑顔で席を立つ

 

 

「え…あの…」

 

 

「ね?行こう?」

 

 

「うむ、磯波、吹雪…頼む」

 

 

 

「あ……はい…」

 

 

 

長門の一言で磯波と吹雪は執務室から出ていく

 

 

 

 

「何かの…間違いだろう…元気を出してくれ。提督」

 

 

「…ありがとうな。長門…」

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

執務室から少しだけ離れた給湯室

 

この狭い部屋の壁側に磯波は追い込まれていた

 

 

俗に言う吹雪からの壁ドンであった

 

 

 

 

「ねぇ磯波ちゃん?さっき司令官達に何を言おうとしたの?」

 

 

 

「ふ、吹雪ちゃん…」

 

 

「ねえ、答えてよ?ねえねえねえねえ?」

 

 

 

吹雪が磯波の額に自身の額をぐりぐりと押し付ける

 

傍から見ればまるでキスをしているんじゃないかと思うくらいに二人は近かった

 

 

 

「…吹雪ちゃん…提督さんの…万年筆盗ったよね…?」

 

「……そうだよ?でもなんで?今そんなこと関係ないよね?それより司令官に何を言おうとしてたの?教えてよ〜?ねえねえ〜」

 

 

「ドックに万年筆持っていけるのも吹雪ちゃんだけしか…!」

 

 

 

吹雪は壁から手を離し、磯波の両肩を掴む

 

 

「ぅ、い、痛い痛い!…止めてっ…吹雪ちゃん…!」

 

 

 

「磯波ちゃんってさ、補佐以外の時間はいつも浦波ちゃんといるよねぇ?」

 

 

 

「…え」

 

 

 

吹雪は磯波の耳元に顔を近づけ小声で、しかし甘ったるい喋り方で

 

 

「浦波ちゃん…可愛いよねぇ…あんな可愛い子の"痛がる顔"…きっといつもよりももっともっとたまらないくらい可愛いんだろうねぇ」

 

 

 

「!?」

 

 

 

吹雪のその表情に磯波の背筋は凍りつく

 

悦に入るような、とろけそうな、そして嬉しそうな表情だった

 

気持ち息も荒くなっていた

 

 

「…や、やめて…浦波ちゃんは…関係ない…」

 

 

 

「ふ…ふひひ…磯波ちゃんのその顔も…凄くいいよ…すごく…すごく…ひひ…」

 

 

 

「れぇろぉぉおおんっ」

 

 

「ひっ!?」

 

 

吹雪は磯波の頬を美味しそうに舌でべっとりと舐め上げる

 

 

 

「…ひひ…浦波ちゃんが大事なら……基地の皆には、ナイショだよ?」

 

 

 

 

 

「…磯波ちゃん♪」

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

「どうぞ、司令官!」

 

 

「ああ、ありがとうな!」

 

 

「どうぞ…長門さん…」

 

 

「うむ、ありがとう。磯波」

 

 

 

給湯室から戻った磯波と吹雪は山下と長門にお茶を配る

 

 

「さ!元気出して午後の執務もがんばりましょう!」

 

 

 

「…おう!そうだな!よし、やろう!」

 

 

 

「…」

 

 

 

笑顔で元気に声を出す吹雪を直視できない磯波だった

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

艦娘寮、吹雪型の部屋

 

 

 

この部屋は磯波と浦波が入室している二人の部屋である

 

 

磯波が窓からぼんやりと外を眺めていた

 

 

「磯波姉さん…まだ起きてたんですか?」

 

 

「浦波ちゃん」

 

 

 

動きやすそうなシャツと短パン姿で部屋に入ってきた浦波

 

 

 

「…また走り込み?無理しないでね」

 

 

 

「大丈夫です!…吹雪姉さんも着任しましたし…浦波も吹雪姉さんや磯波姉さんに負けないよう頑張ります!」

 

 

 

 

生き生きとした笑顔で浦波はガッツポーズをする

 

そんな浦波を心配そうに見つめる磯波

 

 

(…同じ…笑顔なのにな…)

 

 

 

吹雪と浦波

 

同じ笑顔のはずなのに感じるオーラは全く別物

 

 

恥ずかしそうに笑う浦波を見ていればこちらの心も暖まる

 

しかし吹雪の張り付いたような笑顔を見るとどうも磯波の心は凍りついていくような錯覚を起こすのだ

 

 

「…はぁ…」

 

 

嫌な事を頭の中から払拭しようと、寝間着に着替えるために服を脱ぎ始める

 

 

裏波はなんの気もなしに、自身に背を向けて着替える磯波を見る    

 

 

 

「…磯波…姉さん…?」

 

 

 

「…え?」

 

 

それは磯波が今まで聞いたことのない浦波の声だった

 

思わず胸を脱ぎかけの服で隠し、振り向く

 

 

すると磯波の身体を見て驚きの表情を作っていた浦波と目が合った

 

 

「…どうしたんですか…その肩…!」

 

 

 

磯波は自身の身体に興味がない…

吹雪型としても目の前の浦波よりも起伏の乏しい胸、臀部も失礼ながら同じ駆逐艦の浦風や磯風達に比べれば平凡

 

美を気にすることもなく、鏡を使うのは髪を結わう時程度…故に気づかなかった

 

 

数時間前に吹雪に両肩を強く掴まれていたことを

 

 

浦波の視線で自身の肩を見ると

はっきりと両肩に青アザができていた

 

それを確認した磯波はゾッとし

 

 

「…あ…」

 

 

磯波は思わずしゃがみ込む

 

 

「いやっ…これはっ…違うの!見ないで!」

 

 

「…姉さん…」

 

 

 

ふらふらとしゃがみ込む磯波に近づく浦波

 

磯波のその目元には涙を溜めている

 

 

 

「…お願い…浦波ちゃん…見ないで…」

 

 

そう言われた浦波は目を瞑り、磯波と同じ目線の高さにしゃがみ、磯波を抱きしめる

 

 

「…!?」

 

 

「…はい、浦波は何も見ません……でも、何があったかは…いつでも構わないので必ず話してくださいね」

 

 

 

 

あの時吹雪に耳打ちされた時と同じ姿勢だというのに、浦波の安心感は吹雪のそれとは全く違った

 

 

 

しかし安心感よりも、提督へ、阿賀野へ、浦波への何もできない、言えない罪悪感に染められた磯波の心は酷く磨耗していた

 

 

「…ごめんね…ごめんね…」

 

 

「大丈夫…大丈夫ですよ。姉さん…」

 

 

(姉さんは必ず…浦波が…!!)

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

翌日、体調不良を訴えた磯波から暫く秘書艦補佐を外してほしいと訴えがあり、執務には山下、長門、吹雪で進めることになった

 

 

それから数日

 

毎日誰かしら執務室に来て山下の身に覚えのない文句を言いに来るようになった

 

 

天龍と谷風が山下がドックの水を抜いた、から始まり

 

翌日は五十鈴と祥鳳が倉庫にあった索敵機を山下が勝手に廃棄した、と言いに

 

その翌々日は夕立と大潮が遊戯用のボールを山下が勝手に捨てた、などなど

 

 

 

竹を割ったような性格だった山下もどんどん元気を無くしていき、極めつけは

 

 

 

「司令官。この書類、書き間違いありますよ?」

 

 

「え…?あ、ああ…悪い…」

 

山下の記入した書類を少し強めに執務机に押し付ける吹雪

 

 

「司令官って、中学卒業してすぐ兵学校入ったんですよね?じゃあ文字もちゃんと見れないのは仕方ないですね。でも支部に届ける書類ですよね?ちゃんとした物を届けないと井ノ上少将に怒られますよ?それに文字もあんまり綺麗じゃないし…1と7が見づらいんですよ。司令官は。よくそれで少佐の階級に着いてますよねー。私が上官だったら絶対官僚にはしませんけどねあははは」

 

 

 

「吹雪」

 

 

 

「なんですか?長門秘書艦」

 

 

「…そういう言い方は無いだ「言わなきゃ分からないじゃないですか。大体長門秘書艦や磯波ちゃんが司令官を甘やかせてるのもありますよね?朝礼の司令官の言葉聞きました?同級生と話してるんじゃないんですから…あんなの他の鎮守府でやったらクビですよ?クビ。そりゃあ他の艦娘からの信用もありませんよねー。ほんと規律もクソもないですよ。今敵に攻め込まれたら、まともに応戦出来ずに壊滅ですよ。それに……」

 

 

 

「…」

 

 

 

吹雪の笑顔から出る強い口調での嫌味である

 

 

磯波が秘書艦補佐から外れた日から毎日、毎時間これが続き、長門は正論で黙らせられ、山下は大分疲れてきている

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

執務では吹雪に嫌味を言われ、執務室から逃亡するも直ぐに吹雪に見つかり執務室に戻され長時間の説教

 

 

朝昼晩の食事も吹雪が運び、執務室から出されることは許されず山下だけ缶詰状態

 

逃亡しようとすれば癇癪を起こし、執務室の物は壊されそうになる始末

 

 

 

 

そんな時だった

 

 

 

「…提督…さん…大丈夫なの?」

 

 

 

「ん…?ああ…阿賀野か……遠征お疲れ様…なんか久しぶり…」

 

 

阿賀野が資材集めの遠征から帰投、長門は席を外し、同時刻に運良く吹雪は演習に出ていた時だった

 

 

薄い無精髭を蓄え、疲れ切った山下を前に阿賀野は驚いていた

 

 

「…吹雪、あの子…基地内ではあまり良い評判を聞かないわ…なんでもかんでも口を出してきてウザイ、って…」

 

 

 

「いや、吹雪も若狭を良くしようとしてくれてるんだ…俺のことも…よく視てくれてる…」

 

 

 

「…そう…」

 

 

 

山下は壁時計に目を向ける

 

 

 

「さ、そろそろ吹雪も戻ってくる…阿賀野ももう下がった方が良い…報告、ありがとう」

 

 

 

そう力なく山下は言い、阿賀野は後ろの扉の方を向く

 

 

 

「…失礼します」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あー……野球やりてー…」

 

 

 

 

執務室という名の鳥かごの中、一人呟く青年だった

 

 

 

 

 

 

 




二話構成で終わらせるつもりでした


無理でした

次回、吹雪編本編終わらせます

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