大本営の資料室   作:114

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はい

どうぞ




File13.若狭基地傷害案件③

 

 

「合同…演習、ですか?」

 

 

『ああ、どうだろう?…と言うよりも君の所に断る権利は無いと思うがね』

 

 

 

 

 

 

若狭基地、時刻は2030

 

 

 

執務室にて夕食を終え、山下、長門、吹雪が執務を続けていると、突然執務室の黒電話が鳴った

 

 

この時間に黒電話が鳴るということはまた輸送船の護衛任務だろうか、と山下は考えはするものの、はて…次の護衛任務にしては随分早いなと考え直していた

 

 

しかし上官である井ノ上少将から放たれた言葉はいつものそれとは違っていた

 

 

 

それは隣県にある能登(のと)防衛基地との合同演習の誘いという名の命令だった

 

 

 

 

「…はい…了解しました」

 

 

 

 

 

 

それは先日の輸送任務に関係していた

 

 

 

任務内容として、福井の敦賀新港から出航する輸送船を若狭基地の艦娘達で石川の金沢港まで護衛し、金沢港からロシア領海手前までを能登防衛基地の艦隊が護衛、それを更に引き継いでロシア領海からロシア本土までをロシア海軍の艦娘が護衛していく

 

 

…と、いう風になかなかに手順を踏む任務だった

 

 

だが今回、敦賀新港から金沢港までの間で深海棲艦に輸送船を襲われ積荷の一部が破壊されるというトラブルが起きてしまい、ロシア海軍から北陸支部へ遠回しに責任を取れ、と圧をかけられてしまった。

 

 

 

そこでロシア海軍に謝罪したのが能登防衛基地の提督であった

 

 

何をどう謝罪したのか、詳細は山下の知らない所

 

とにかく若狭の失態を知らないうちに能登が補ってくれた事により、結果能登防衛基地へ借りを作ったのだ

 

そして合同演習にてその借りを返せ、と言われた訳である

 

 

 

「はい……はい……いえ、それでは失礼致します……」

 

 

 

井ノ上少将が電話を切ったのを確認して山下も受話器をそっと戻した

 

それと同時に吹雪が山下に問いかける

 

 

 

「合同演習…ですか?」

 

 

「…ああ…相手は能登防衛基地だ…新設した艦隊の練度を上げるのを手伝ってほしい、ってな」

 

 

 

「はぁ、練度をですか…」

 

 

 

山下がこの執務室から離れる

 

そう解ると、ここにきて吹雪は目に見えて不機嫌になった

 

 

笑顔なのはいつものことだが、片足をパタパタと動かし、ビンボー揺すりをし始める

 

 

 

「…あー…井ノ上少将の顔にドロは塗れないし…能登には借りがあるし…だな」

 

 

恐る恐る、といった風に山下は吹雪を説得する

 

 

「………わかりました。合同演習…行いましょう」

 

 

 

 

ほっとする山下と長門

 

 

 

「では演習メンバーの選出を「いや!ここは長門に任せようと思う!」

 

 

 

「「!?」」

 

 

少し裏返った山下の声に吹雪と長門は驚く

 

 

「な、なんでですか!?私じゃ駄目なんですか!?」

 

 

思わず吹雪は拳を握り、席を立ち上がる

 

 

 

「ああ、こればかりは吹雪じゃ駄目だ」

 

 

山下、若干テンパりながらもはっきりと言い切る

 

 

 

「長門は若狭基地では古参の艦娘だ。現状誰よりも戦術に詳しい!…演習とはいえこちらも全力で挑みたい…って…考えー…なんです…けど…」

 

 

山下、冷汗を流しながら吹雪の反応を見る

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 

「…………………わかりました…合同演習の件、長門秘書艦、お願いします」

 

 

 

 

吹雪の長い沈黙が続いたがなんとか許可が降りた

 

山下、内心脱力する

 

 

「じ、じゃあ長門、演習メンバーと作戦立案、頼む。明日の朝には迎えのバスが来るみたいだ」

 

 

「心得た。任せてくれ」

 

 

 

長門はにこりと笑い

 

 

 

「最高のメンバーと作戦を用意しよう」

 

 

 

優しく笑うその眼は何を見ていたのか

 

 

 

長門にしかわからない

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

翌日0700

 

支度を終えた演習選抜メンバーは用意されたバスに乗り込む

 

 

 

「あ…と…じゃあ吹雪…基地を頼む。明日の夕方辺りには戻れるようにするよ」

 

 

「はい、気をつけて行ってきてください!」

 

 

バス乗り場、オドオドする山下は見送りに来た笑顔の吹雪に挨拶をする

 

 

「司令官」

 

 

「ああ…わかってるよ。2時間おきに連絡を入れればいいんだろう?」

 

 

「はい!必ずお願いしますね」

 

 

 

「…わかった」

 

 

 

「…それと…能登の司令官さんによろしくお伝えください」

 

 

 

 

「…?…ああ、わかった」

 

 

 

 

吹雪への挨拶を終え、山下もバスに乗り込む

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

無事バスは出発した

 

 

今回用意されたバスは井ノ上少将が若狭基地用に用意したものだ

 

 

 

中に乗っているメンバーは

 

 

 

席の前方にから山下、北上、長門、加賀、利根、浦波、浦風、阿賀野、と提督を抜き、実力ある若狭の艦娘7人である

 

 

ちなみに今回は基地の外に出る為、軍指定の制服ではなく、皆私服に着替えている

 

 

「提督も食べる〜?」

 

 

山下の座る席の後ろからチョコ菓子の箱を差し出すのは雷巡、北上だった

 

 

 

「ああ、サンキューな」

 

 

北上からの菓子を1つ受け取り、ポリポリとかじる山下

 

 

「…はぁ…」

 

 

「お疲れ様。提督」

 

 

脱力し、安堵の表情で椅子に寄りかかる山下

 

 

そんな山下に労いをかける長門

 

 

そう、今この場にはバスの運転手を除き山下にとって気兼ねなく接する事ができる者しか居ない

 

 

山下にとってまさに心の楽園

 

 

 

 

「…なんだか…この面子で揃うのも久しぶりだねー」

 

 

北上がへらへらとそう呟くと、長門が反応

 

 

 

 

「…そうだな…加賀も任務以外ではほとんど瑞鶴達と一緒にいるからな」

 

 

 

長門にそう言われた加賀は窓の外に目を向け

 

 

 

「…ええ。あの子達…少し無茶するから。…常に一緒にいるのはそれを心配してるからかしら…」

 

 

 

そう呟く加賀の表情は優しいものだった

 

 

 

「うむうむ…しかしなんだな…まさか阿賀野と浦波が今回の合同演習に選ばれるとは吾輩は思わなかったぞ?」

 

 

 

利根がそう言うと、視線は後ろ側に座る浦波と更に後ろに座る阿賀野に向けられる

 

 

「…わ、私なんかが合同演習に参加して良いのでしょうか…」

 

 

「長門さんと提督さんが選んだんじゃ!当然ええんじゃて!」

 

 

ビクビクしながら阿賀野と浦風に問いかける浦波に、笑顔で返す浦風に対して、我関せずといった風に外を眺める阿賀野

 

 

 

…が、内心阿賀野は緊張していた

利根や浦波の声が届かなくなる程に

 

 

山下と同じ空間に…更に他の艦娘達の中でもより話しやすい古参ばかりが乗るバス、これは山下とコミュニケーションを取るチャンスでは、と思ってはいるが…

 

 

 

 

(阿賀野姉…ビビっとるなこりゃ…)

 

 

 

浦風にはバレバレだった

 

 

 

 

 

利根は窓の外の風景を見ながら思う

 

 

 

(…皆、今日の訓練は吾輩が居なくて大丈夫だろうな…?)

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

 

「あー…あっちぃ…」

 

 

 

若狭基地 演習場 

 

時刻は1330

 

 

この日も軽巡天龍はフェンス裏のベンチで溶けていた

 

 

そこへ白銀の長髪少女がひょっこりと現れる

 

 

 

「…また今日も無理をしたね。天龍さん」

 

 

「…響か…別に無理なんてしてねぇよ」

 

 

 

「…」

 

「…」

 

 

 

「…なぁ、響…」

 

 

「…司令官の事だね?」

 

 

 

「……俺…あん時酷え態度とっちまったからな…もう合わせる顔がねぇよ」

 

 

 

ぐったりと項垂れる天龍

力なく見えるのは訓練の疲れだけではない

 

 

 

「…そう、だね…ちゃんと謝ったほうが良いと思うよ」

 

 

「…だよな…うっし…提督戻ってきたら俺謝りに行ってくるわ…あんがとな、ひ「天龍さん?…何してるんですか?」

 

 

 

「「!?」」

 

 

 

天龍と響が声を掛けられた方を向くと、クリップボードを手にした秘書艦補佐が笑顔で二人を見ていた

 

 

 

「…ちっ…んだよ、吹雪かよ」

 

 

「…熱中症でね…ここで休んでいたんだ」

 

 

 

天龍が吐き捨てる様に、それを響がフォローする様に答える

 

 

 

「そうですか…じゃあ、訓練に戻ってください」

 

 

 

「…は?いやいや…お前…マジで言ってんのかよ」

 

 

吹雪は笑顔で続ける

 

 

「訓練に戻ってください。士気に影響が出るので」

 

 

 

「…」

 

「…」

 

 

「聞こえないんですか?…旧式は耳まで古いんですね」

 

 

 

「…っ!?お前!」

 

 

カッとなり、ベンチから勢いよく立ち上がる天龍。しかし、直ぐに足もとがふらつく

 

 

「…無理したら駄目だよ。天龍さん」

 

 

 

響は吹雪を睨む

 

 

「…訓練って…君が今朝から指示したのはただの走り込みと筋トレだけだろう?」

 

 

「朝起きて走り込みして筋トレ、朝飯食ってすぐ走り込みして筋トレ…昼食ってすぐ走って筋トレ…次は紅茶片手にティータイムしながら走り込みか?」

 

 

 

天龍が鼻で笑いながらそう嫌味を言うと吹雪はそれも良いですねと一蹴り

 

 

 

「…砲撃訓練も雷撃訓練も無し…君の訓練メニューをやってると利根さんの訓練メニューの建設的内容の良さを感じるよ」

 

 

「…」

 

 

響の言葉に吹雪は何も答えない

 

 

 

「陣形訓練も座学もなんもねぇ…お前の言う訓練なんて「司令官、まだ天龍さん達の事怒ってますよ?」

 

 

 

天龍の言葉を遮り、吹雪ははっきりとそう言い切った

 

 

言葉の詰まる天龍

 

 

「…ここで"また"天龍さん達が面倒事の原因になった、って司令官が知ったら…どんなお顔されるんでしょうね?」

 

 

 

「…ぅ…」

 

 

 

「きっともう遠征任務すら貰えずずっとドックに居ることになるんだろうなぁ…」

 

  

 

 

「…くそっ!」

 

 

 

「…天龍さんっ!」

 

 

吹雪を睨む天龍を抑える響

 

 

 

「面倒掛けたな、響…俺、訓練戻るわ」

 

 

そう言った天龍はフラつきながら演習場へと向かう

 

ベンチ前にて二人きりになった響と吹雪

 

 

 

 

「…吹雪…この訓練、本当に司令官がやっておけと命令したのかい?」

 

 

「私が嘘つくと言うんですか?」

 

 

「…たった1日2日きついトレーニングしただけで力になるとは思えないけどね…これじゃあ皆ただ疲れるだけだよ」

 

 

 

「じゃあ、疲れないための訓練です」

 

 

「…」

 

 

 

その吹雪の返答を聞き、言い返すことを諦めた響

 

 

くるりと演習場の方へ向き、一言

 

 

 

「吹雪…君が私達や司令官達に向けるその笑顔…」

 

 

 

 

響は振り返らずに

 

 

 

「…まるで能面が張り付いたみたいで気味が悪いよ…」

 

 

 

 

 

そう低く、冷たい声で呟き、響も演習場の方へ歩いていった

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

天龍も響も居なくなった演習場裏のベンチの前に立ち尽くす秘書艦補佐賀一人

 

 

 

吹雪は片足を膝位置より少し低く上げ

 

 

 

 

「クソッ!!!…クソッ!クソッ!…!!」

 

 

 

天龍と響が座っていたベンチに向かってがしがしと何度も蹴る

 

 

「あの…っ!…白髪チビがっ!…クソぉっ!」

 

 

そこにいつもの笑顔は無く、まるで般若の様に眼を見開き、鬼の如き勢いでベンチを蹴る吹雪の姿だった

 

 

 

「何が能面だっ!……ぅ、ぐぐぅ…くっ!…」

 

 

 

「…ふぅぅー!ふぅぅー!…あいつ…!…許さない…!!」

 

 

 

興奮しっぱなしの吹雪だが、しばらくすると1つ呼吸をして、自身の頭を右手で抑え、何かを思い出すような仕草をする

 

 

 

「…びき…ひびき……いや…ぅん、そう…そうだ……」

 

 

まるで本棚に並ぶ大量の本から1冊の本を探すように、自身の中にある記憶を追いかける

 

 

 

「……22番艦……へぇ……」

 

 

 

 

吹雪は何らかの確信を得て、不気味に笑う

 

 

 

 

「…そうだ…邪魔なやつはまた消せばいいんだ…ふ、ふひ…ふひひひ…」

 

 

 

そう呟いてふらふらと基地施設の方へ歩いていった

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

「…え?吹雪が…?」

 

 

 

能登防衛基地に向かう為、高速を走る若狭の艦娘一行の乗るバス内

 

加賀の言葉に眼を開き驚く山下

 

 

 

「ええ…言うべきか迷ったけれど…一応提督の耳にも入れといてもらおうかと…貴女も見てたでしょ?」

 

 

 

「んー…まぁね…駆逐艦達の事だったからあたしは関与はしなかったけどね…」

 

 

 

 

北上と加賀が言うには、昨夜の夕食時、皆食べ終わり自分達の寮に戻る艦娘がちらほらと出る頃

 

 

吹雪、睦月、夕立は食堂に来たという

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 

 

 

 

 

 

 

「ゔー…やっと倉庫の片付け終わったっぽいー…」

 

 

 

ぐで、とテーブルに顔を伏せる夕立

 

それを見て睦月はあはは、と笑い

 

 

「ほんと、こんな時間になるまで掛かるなんて思わなかったよ〜」

 

 

 

「…でも司令官の命令だから仕方ないよね」

 

 

 

倉庫の整理作業、これは司令官から指示された仕事だと吹雪は睦月と夕立に話した

 

 

 

「はい、お疲れ様。こちらどうぞ?」

 

 

 

間宮から3人のテーブルに置かれたのはセット定食と、デザートのパフェだった

 

 

 

「…え、頼んでませんけど…」

 

 

吹雪は間宮に注文してないパフェを指差しそう伝えると、間宮はふふ、と笑って

 

 

「3人とも、提督さんからのお仕事頑張ってたんでしょう?ならこれはサービスですよ」

 

 

 

「いや…でも「やったぁっ!パフェだっ!」

 

 

 

「ぽいっ!ぽいっ!」

 

 

 

「…」

 

 

 

パフェを見た睦月と夕立は倉庫整理の疲れが吹き飛び、目をキラキラ輝かせる

 

睦月達のテンションに食堂に残っていた艦娘達の視線が向けられる

 

 

その中には鬼怒とお喋りする北上、そして翔鶴とコーヒーを飲みながら瑞鶴の話をする加賀の姿も見られた

 

 

「…ありがとうごぞいます。間宮さん」

 

 

 

吹雪も笑顔で間宮にそう言うと、彼女もはい、と笑顔で返事をし、厨房の方へ戻っていった

 

 

 

その後十数分間、3人は和気あいあいと定食を食べ、デザートタイムに入った時、出来事は起きた

 

 

 

「間宮さんのパフェはとっても美味しいっぽい!吹雪ちゃんもきっと好きになるっぽい!」

 

 

夕立はまるで愛らしい子犬のようにデザート用のスプーンをはむはむと口に咥えながらニコニコと笑顔でパフェの器を自身に引き寄せる

 

 

 

「…これは、甘いのかな?」

 

 

 

「うん!とっても甘くて美味しいんだぁ…間宮さんのパフェ、私も大好き!」

 

 

 

吹雪は笑顔で目の前に座る睦月と夕立のふにゃけた表情を見て、スプーンを持ち、クリームを一口分持ち上げ

 

 

 

「んー!おいひいっぽい!」

 

 

「うん!もう最高っ!」

 

 

 

 

「…ぁむ…」

 

 

 

すぐにパフェを食べ喜ぶ二人に対し、恐る恐るゆっくりと一口を口に運ぶ吹雪

 

 

 

「どう?どう?吹雪ちゃんも、美味しいっぽ……ぃ?」

 

 

 

ここで夕立と睦月は吹雪の異変に気づく

 

 

 

吹雪にはいつもの笑顔は無く、蔑むような、見下ろすような眼でパフェを見て、食器トレーに乗せられた紙ナプキンに手を延ばし

 

 

 

「…ぅえ…」

 

 

 

 

 

「…吹雪…ちゃん?」

 

 

 

 

紙ナプキンで口を隠し、何かを紙ナプキンに吐き出す

 

 

 

 

「……甘い…凄く……甘い」

 

 

 

「…」

 

 

 

吹雪のその動作に睦月は固まり、夕立はジッと吹雪を見つめる 

 

 

 

「…砂糖の塊…粘り気が気持ち悪いし…香水の匂いの様に甘い…甘すぎてこんなの…」

 

 

 

吹雪は低い声でそう呟き、まだ大量に残るパフェを片手で持ち上げ

 

 

 

 

《ガシャン》

 

 

 

 

床に落とした

 

 

 

 

「…舌が腐りそう…」

 

 

 

「「!?」」

 

 

 

軽食器の割れた音が食堂に響き、時が止まったかのように視線が吹雪に集まる

 

 

「…え、なん…で…」

 

 

睦月が何が起きたのか分からず隣に座る夕立の方を見ると、夕立は冷静にふう、と1つ息を吐き

 

 

 

「…行こう、睦月ちゃん」

 

 

 

そう言って残った自身のパフェに目もくれず席を立つ夕立

 

 

 

「え、でも…」

 

 

 

「いいから」

 

 

 

夕立は睦月にそう言い、二人は空の器が乗るトレーを持って席を離れる

 

 

 

その場には吹雪だけが残った

 

 

 

 

 

 

「…え、なになに…どうしたの?」

 

 

「…さーね」

 

 

 

たまたま吹雪達の席に背を向けていた鬼怒はなにが起きたのか分からずに向かいに座る北上に問うが、北上は知らんぷり

 

 

 

 

 

「…喧嘩…でしょうか…?」

 

 

「…そうは見えなかったけど…」

 

 

また、翔鶴と瑞鶴談義をしていた加賀も吹雪達の雰囲気の悪さを読み取っていた

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「…その後、食器の割れた音を聞いて駆け付けてくれた間宮さんに吹雪さんは謝ってたけど…」

 

 

 

「…なんでそんなこと…」

 

 

 

加賀が説明をし終わると、山下は信じられないとばかりに顔を歪ませる

 

 

 

「…なーんか、常にイライラしてるよねぇ。あの特型の子」

 

 

北上も面倒くさそうにチョコ菓子をぽりぽりとかじる

 

 

 

「だ、大体倉庫整理なんて頼んでないぞ!?」

 

 

 

「…うむ、私もそんな命令は聞いた覚えはない…」

 

 

 

 

「どういうことじゃ?提督さんも長門さんも頼んどらん事をあの子はやっとったんか…」

 

 

山下と長門の反応に不思議そうな表情で浦波を見る浦風

 

 

 

「…え、いえ…私も何も言われてないので…」

 

 

 

「ねえ、浦波…磯波はどうなの?最近あまり寮から出てきてないけど…」

 

 

 

それまで黙って話を聞いていた阿賀野が浦波に問いかける

 

 

「え?…えーと…はい…秘書艦補佐を降りてからは部屋から出ることはありませんが、磯波姉さんは元気です」

 

 

 

「…そう、少し気になってたから…」

 

 

浦波の返答に安心した表情の阿賀野

 

 

そんな阿賀野をにやにやとした表情で見てくる浦風

 

 

 

「…何?」

 

 

 

「んー、べっつにぃ?…安心した?」

 

 

 

浦風のイタズラなイジりに当人はぷいっと窓の外に顔を向ける   

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

昼過ぎ、北陸自動車道の渋滞に巻き込まれながらもなんとか金沢、能登防衛基地前に到着する若狭バス

 

 

 

 

「ああ、今着いたよ……ああ……ああ、わかった。じゃあな」

 

 

 

プツリ、と山下は自身のスマートフォンの画面を閉じ、通話を終わらせる

 

 

 

 

「…大変ね。提督」

 

 

「…いや?そんな事無い」

 

 

 

加賀の言葉に少し悩みながらも返す山下

 

 

正直バスの中での会話の後だと色々考えてしまう

 

 

 

 

「よぉー!お疲れさん。若狭さん」

 

 

 

若狭一行がバスから降りると山下と同タイプであろう色黒短髪の大柄な男性が手を降って声を掛けてきた

 

 

 

「…あ…ええと…能登防衛基地の…?」

 

 

「ああ、能登で提督やってる高橋だ!階級は中佐!…あんたが若狭の山下少佐だろ?よろしくな!」

 

 

 

前を開けた真っ白の士官服を身にまとい、右目に黒い眼帯を付けた無精髭の大男は山下の右手を取って勝手に握手する

 

 

 

「はい!若狭基地から参りました!山下少佐です…この度は「あーあー、そういうのいいからさ!」

 

 

 

「…え?」

 

 

 

若狭一同がキョトンとする

 

 

「合同演習で来たんだろ?暑いし、中入ろうぜ」

 

 

 

 

「…初対面にしては態度が良くないわね」

 

「…ああ」

 

 

 

加賀は小声で長門と話すと

 

 

 

「ちょっと!何よその態度!」

 

 

山下は思わずびくつく

若狭の誰かが言い放った言葉だろうか、と

 

 

しかし声は前方、高橋中佐の背後からしたので山下はほっ、と胸をなでおろした瞬間

 

 

 

「っうおっ!?」

 

 

 

目の前にいた大男は背後からの衝撃によりバランスを崩し地に膝をつける

 

 

 

 

「…うー…いてて…あにすんだよ…」

 

 

高橋は自身の背後にいた小柄な少女に向け恨めそうに睨む

 

 

 

「初対面でそんな偉そうに言う奴がある!?信じらんない!」

 

 

鈴の付いた髪留めでその薄紫色の長い髪を纏める少女は山下達に左手で敬礼

 

 

 

「改めて…ようこそ能登防衛基地へ…左手での敬礼は許して頂戴…今右手がこんなだから…」

 

 

 

そう言って少女は包帯が巻かれ、首から下げられた三角巾に乗せられた右腕を見せる

 

 

 

「ああ、構わないよ。山下少佐だ」

 

 

 

「高橋提督の秘書艦、綾波型8番艦の曙よ。よろしく」

 

 

 

「…たくっ…何が偉そうにだよ…お前も人のこと言えねぇじゃねぇか」

 

 

 

ボリボリと後頭部を掻きながら立ち上がり、曙の横に並ぶ高橋

 

 

「ま、んな訳だ。よろしくな、山下少佐」

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

能登防衛基地

 

 

県内にある金沢港近くにある日本国海軍の海軍基地、その名が示す通り、主な任務は海上護衛任務や深海棲艦による海からの攻撃の防御、及び近海敵船団の鎮圧、など

 

 

艦娘の数は若狭基地の半分程度で練度もそこまでは高くない

 

 

そして何より他の鎮守府と違うのは…

 

 

 

 

「…ケガ人が多いな…」

 

 

「…そうね…建物も…何かしら…工事中?」

 

 

 

高橋と曙を先頭に基地敷地内を歩く若狭の面々

 

 

その中長門と加賀は基地内の風景を不思議に思う

 

 

 

出会う艦娘達は皆身体のどこかを怪我してたり、力なくぼうっとしてる娘が多く居たのだ

 

 

それに数か所にガレキ等がまとめられていたり、案内板や建物の一部が壊れていたりした

 

 

 

「…何じゃ…まるで被災地みたいじゃのう」

 

 

 

思わず浦風がそう呟くと、それが聞こえたのか高橋の足が止まる

 

 

 

「…まぁ見ての通り、ウチはボロボロでな。大してくつろげないだろうが、ゆっくりしていってくれ。演習は明日の朝から開始するからよ」

 

 

 

なんてこと無いように高橋は元気よくそう伝えるが、山下を始め若狭の面々は言葉に詰まる

 

 

 

「…空気読みなさいよ!」

 

 

そんな高橋の膝を曙は一蹴り

 

 

 

「えーと…一体何が?」 

 

 

 

意を決して山下は高橋に問う

 

 

「…あー…春先にちょっとな…身内のトラブルってやつだ…んじゃあ俺はちょい席外すから、曙!後は頼んだぞ!」

 

 

そのままスタコラと去ってしまった高橋

 

 

「あ!…アイツ…もう!…じゃあ若狭さん達、こっちよ」

 

 

 

若狭の面々は声を張り、少し顔が赤くなった曙に着いていく

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

曙に連れられ若狭の面々は能登の艦娘寮、その空き部屋に長門達は入室し、着替えをする

 

 

 

「ん?どうしたんじゃ?浦波?」

 

 

 

荷物を置いて、小さなため息を吐く浦波に気づいた浦風

 

 

「…え、ああ…いや…なんか…基地内のいろんな人に見られてた気がして…」

 

 

 

たしかに、と浦風は思い出す

 

 

 

確かに他鎮守府の艦娘達が来るのは珍しいのかもしれない

 

しかしここの艦娘達の眼は珍しいものを見る眼ではなかった

 

 

…むしろ

 

 

 

 

「…歓迎はされてないようじゃな」

 

 

 

髪をいつものツインテールにまとめた利根が答える

 

 

 

 

「…何があったのかは知らないが、基地がこんな状態なんだ…歓迎出来るような雰囲気ではないだろう」

 

 

 

「…そもそも基地がこんな状態なのに他鎮守府との演習だなんて…」

 

 

長門に続き加賀も呆れ気味にぼやく

 

 

 

「…ん?…阿賀姉は?」

 

 

 

阿賀野の姿がないことに気づき、浦波と部屋から廊下へ出た浦風は廊下の先からトレーに人数分のお茶を乗せ、こちらの部屋へ歩いてくる阿賀野の姿を見つける

 

その横には曙の姿もあった

 

 

 

 

 

「…悪いわね。お客さんなのに…」

 

 

「気にしないで…私が手伝いたかっただけだから」

 

 

 

「…正直、助かるわ。…ありがとう」

 

 

 

「ふふ…どういたしまして」

 

 

 

 

阿賀野と曙は初対面とは思えない程に打ち解けていた

 

 

「…阿賀野さんって…あんな顔するんだ…」

 

 

 

「…そっか、浦波は前の阿賀姉を知らんかったんじゃな…本来の阿賀姉は面倒見が良くて…駆逐艦の子達からも慕われてたんじゃて」

 

 

不思議そうな表情の浦波にドヤ顔で説明する浦風

 

 

「…磯波姉さんからも聞いてなかったから…」

 

 

浦波はもう一度阿賀野と曙を見て

 

 

 

 

「…こっちの阿賀野さんの方が…好きだなぁ…」

 

 

 

「…ほんまじゃ」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

所変わり能登敷地内グラウンド

 

 

女性陣が着替えるため部屋から締め出された山下

 

 

曙の許可を取って敷地内をふらつく内にグラウンドへ来てしまったのはスポーツ好きの性なのか…

 

 

 

 

「…はぁー…」

 

 

 

山下が思い出すのはふらつき許可を取るときに曙と会話した時のことだった

 

 

 

『明日の朝からの演習は誰がメンバーで出るんだい?』

 

 

 

『は?まだ決まってないわよ?』

 

 

『え?…どういう…』

 

 

『基地がこんなだもの。演習に気を回す余裕なんてないわよ。井ノ上少将が勝手に決めただけだしね』   

 

 

『…はあ…』

 

 

『今日中にはメンバー決めるって提督も言ってたから、基地内なら好きに見て構わないから、もう少し待ってて頂戴』

 

  

 

 

『…はい』

 

 

 

 

…否、ふらつき許可は取ったのではなく、勝手に出されたのだ

 

 

 

「…お?」

 

 

 

山下の目に入ったのはグラウンド脇に設置してある屋根付きベンチ、その上にある野球グローブだった

 

 

「…懐かしーな」

 

 

 

少年時代を思い出しながらグローブを左手にはめる

 

 

「…グローブ持ったら…と」

 

 

ベンチ裏にある小物カゴを漁る

 

サッカーボールに何に使うのか大きなメジャー、三角コーンにバドミントンラケットまであった

 

 

 

「…意外とスポーツ好きなのか…?」

 

 

 

山本の脳内にアゴヒゲ眼帯の大男がテニスウェアを着込みラケットを振る姿が映し出される

 

 

 

「…まさか、な」

 

 

 

「おー、なんだ、あんたか」

 

 

 

声を掛けられ振り向くと高橋が立っていた

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「ねぇ、ここで一体なにがあったの?」

 

 

 

若狭の面々にお茶を配り終え、給湯室に戻ろうとする曙に阿賀野は問いかけた

 

 

 

「…あんまり気持ちのいい話じゃないわよ?」

 

 

 

神妙な顔つきで阿賀野にそう話す曙

 

しかし阿賀野は本能的に感じていた

 

 

 

「…なんとなく、聞いとかないといけない気がしてね…駄目かしら?」

 

 

 

「…」

 

 

 

給湯室に入った曙は2つ椅子を用意し、お茶を2つ淹れる

 

 

 

「ありがとう、優しいのね」

 

 

「…時間、掛かるわよ」

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

同時刻、グラウンド

 

 

今このグラウンドでは色黒の少佐と中佐がお互い少し離れてキャッチボールをしていた

 

 

パシッ

 

 

 

「よっ…と…いやー!やっぱ楽しいねぇ!男とキャッチボールすんのはさ!」

 

 

パシッ

 

 

 

「…!…そうですねー!…なんか、久しぶりです。こーゆーの」

 

 

パシッ

 

 

 

「艦娘達と生活してるとよー…っと!…なんかやっぱ物足りなくなんだよなー!」

 

 

 

パシッ

 

 

 

 

「っ!…そーですね!」

 

 

 

パシッ

 

 

 

「…!…えーと…なんだっけ…名前…」

 

 

 

高橋によって流れが止まる

 

 

「山下です!」

 

 

 

「あーそうだったそうだった……よっ…あれか?少佐って呼んだほうがいいかー?」

 

 

 

 

パシッ

 

 

 

「…!…お好きなように呼んでくださいっ」

 

 

 

 

パシッ

 

 

 

 

「…おーう、じゃあ山下だなー!」

 

 

パシッ

 

 

 

 

「高橋中佐ー!」

 

 

パシッ

 

 

 

「んー?」

 

 

 

パシッ

 

 

 

「先日の輸送任務の件…申し訳ありませんでした!」

 

 

ボールを握ったグローブを外し、深々と頭を下げる山下

 

高橋は表情を変えない

 

 

「我々の失態を能登の皆さんが「おーい、ボールボール」

 

 

山下が顔を上げると高橋はグローブを早く投げろと言わんばかりにパクパクさせる

 

 

 

「…はい」

 

 

 

パシッ

 

 

 

 

「…そういうのはいいよ。別に」

 

 

パシッ

 

 

 

 

「…」

 

 

 

 

パシッ

 

 

 

「高橋中佐」

 

 

 

パシッ

 

 

 

 

「んー?」

 

 

 

 

 

パシッ

 

 

 

 

 

 

「一体能登で何が…あったんですか?」

 

 

 

山下が投げたボールを高橋はキャッチする

 

しかし山下へボールは帰ってこなかった

 

 

 

「…あー…まぁ、なんだ……んー…言いづれぇなぁ…」

 

 

 

高橋はグローブを外し、ボールをグローブに挟むと小物カゴに投げる 

  

 

 

「…言いにくいのであれば…その…大丈夫ですけど…」

 

 

 

「…駆逐艦にな…たった一隻の駆逐艦にやられたんだわ」

    

 

 

「…は?」

 

 

 

 

駆逐艦にやられた

 

山下は最初高橋が何を言ってるのか理解できなかったが

 

 

「…深海棲艦…ですか?」

 

 

「いや?艦娘よ。…元、身内のな」

 

 

 

山下は少し言い淀み

 

 

 

「…クーデターですか?」

 

 

 

高橋はどかりとベンチに座ると、隣の席を手でポンポンと叩く

 

 

お前も座れ、と言ってるようだ

 

 

 

高橋は胸ポケットからタバコを取り出し

   

 

 

「…吸うか?」

 

 

 

「いえ…」

 

 

 

タバコに着火

 

 

 

「…ふー…今でこそ艦娘の数も減っちまったがな…春先までは今の3倍近くの人数が居たわけよ」 

   

 

 

 

 

「…はい」

 

 

 

「みんな仲が良かったし、練度もまぁまぁ良くてな…有馬さんとこみたいな勢いは無かったけど…まぁまぁ強かったんだぜ?ウチ」

 

 

 

「ええ、昨年の観艦式も拝見させてもらって…凄い強い艦隊だった記憶があります…確か…第3艦隊まであるんですよね?」

 

 

 

「あー…3艦隊…16人いたのももう2人しか残ってないがな」

 

 

 

 

「え?」

 

 

能登の防衛艦隊は練度の高い事で北陸では有名だった。

どんな深海棲艦が襲ってこようとも、被害は最小で抑え、自軍の轟沈撃沈数は北陸でもかなり少ない方であった

 

 

 

「去年の冬頃かねぇ…新たに艦隊に加わった奴がいてな」

 

 

 

「…はい」

   

 

 

「だがどーも様子のおかしなやつでな…常にニタニタ笑っててなんでもソツなくこなす…聞けば船おろしをされた元人間だって奴でよ」

 

 

 

「船下ろしって…建造された同型艦よりも強い艦娘ですよね?…凄いですね」

 

 

 

山下の反応に高橋はへっ、と鼻で笑い、タバコをグラウンドに捨てる

 

 

 

「吹雪型のネームシップだ…そばかす顔の気持ちの悪いやつだったよ」   

 

 

 

高橋の言葉を聞いて山下は自分の体温が下がったのがわかる 

 

 

吹雪型…ネームシップ…そばかす…笑顔

 

 

カタカタと心の中のパズルが埋まっていく

 

間違いない…

 

 

 

 

 

 

…吹雪だ

 

 

吹雪がここにいたんだ

 

 

 

 

「…吹雪…が…」

 

 

 

 

「そう、その吹雪型…えらく暴力的でな…深海棲艦と戦えば敵の身体がぐしゃぐしゃになるまで攻撃したり、演習になれば相手を半殺しになるまで追い詰めたり…」

 

 

 

「…」

 

 

 

「誰ともつるまねぇでずーっと一人でニタニタしててなー…」

 

 

 

「ある時、そんなアイツを見かねて俺はキャッチボールに誘ったんだ…」

 

 

 

高橋はグラウンドの方を見つめる

 

 

「…アイツ…すっげー楽しそうにキャッチボールしてくれてよ…あの張り付いた笑顔じゃなくて…こう…年相応っての?」

 

 

 

「…高橋中佐」

 

 

自身を呼ぶ山下に視線を向けると視界が滲む

 

高橋ははっとする

自身の目から涙を流していたからだ

 

 

ぐしぐしと袖で拭き

 

 

「…悪い悪い…まぁ、なんだ…それからなんだよ…アイツが本格的におかしくなったのは…」

 

 

 

「…」

 

 

 

 

「突然秘書艦になって…ああ、ウチの秘書艦は立候補制だからよ…んで、他の艦娘達にすげー厳しくしたりよ…」

 

 

 

「…当然先に着任してた奴等は文句文句の嵐よ。んである日アイツに言ったんだわ…やりすぎだってな」

 

 

 

「…はい」

 

 

 

高橋はもう一本タバコを咥え、火をつける

 

 

 

「そうしたら泣くわ喚くわ暴れるわ…もう執務室がしっちゃかめっちゃかよ!」

 

 

山下は親指と人差し指で目頭を強くつまみ、強く思う

 

ああ…これあの吹雪だわ。間違いないわ、と

 

 

 

 

「…そんなある日な…当時よく俺の秘書艦をしてた艦娘が行方不明になって、翌日海で死体で見つかった…胸には大きな穴が空けられてな」

 

 

 

予想もしてない内容に山下は声が出ない

 

 

 

「…犯人はわからなかった…いや、分かってはいたがな…証拠もなんもねぇ…」

 

 

 

「それから毎週…誰かが怪我をして、誰かしら死んで、誰かしらが居なくなっていった…春先まで続いたなぁ…そんなある日の夜…事件は起きた」

 

 

 

「…事件…」

 

 

 

高橋はとんとん、と自身の眼帯を指で叩く

 

 

「アイツがな、俺の寝てる布団に勝手に入ってきてよ…俺の上に跨ってきたわけよ。何故かフォークを持ってな」

 

 

 

「…」

 

 

 

「普通の男ならやったぜチクショウって具合なもんだが…その時の俺はマジで身体が凍りついたよ…ああ、ついに俺の番か、ってな」

 

 

 

「…俺の上に跨ったアイツ…耳元でなんて言ったと思う?」

 

 

 

「…わかりません…」

 

 

 

 

山下はもう高橋の顔が見れなくなっていた

 

 

 

「…仲のいい友達に軽く話しかけるように、俺にこう言ったんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

『司令官のその奇麗な眼、頂きますね』

 

 

 

 

 

「…もう無いから見せらんねぇけど、実は俺元々オッドアイでな…左はこげ茶で右は金色…いや、黄色?…だったんだよ…アイツはそれが気に入ったみたいでな。事あるごとに司令官の眼綺麗ですね綺麗ですねって言ってきてな…」

 

 

 

山下は既に気分が悪くなっていた

あの吹雪が…

 

 

信じられなかった

 

信じたくなかった

 

 

 

 

「…俺の叫び声を聞いた奴らが助けに来てはくれたんだがな…アイツが貼り巡った罠が作動して…」

 

 

 

高橋はグラウンド横にある施設に手を向ける

 

建物はところどころ穴が空き、瓦礫で崩れた箇所もあった

 

 

「…信じらんねぇよな…俺の眼盗むために基地施設に武器倉庫から拝借した爆弾やらなんやら仕掛けて他の奴らに邪魔させないようにしたんだぜ?」

 

 

 

「…」

 

 

 

 

「被害は甚大…大多数の艦娘は爆発に巻き込まれて…死亡。ほとんどの施設も崩壊…俺の眼も無くなって残ったのは基地の一部機能と数名の海防艦、軽巡…十数人の駆逐艦達…」

 

 

 

「艦娘達に捕まえられる直前にアイツがとった行動…わかるか?」

 

 

 

「…アイツな、俺からくり抜いた眼ん玉…喰いやがったんだよ…ははっ…笑えねーって…」

 

 

 

高橋の指に挟まれたタバコは先端から白い灰となって高橋の指に伸びていく

 

 

「…後日、軍病院に入院した俺は井ノ上少将に報告して、なんとかしてアイツを引き取ってもらえるよう頼んだ…俺の目玉を盗った事以外に、殺しも爆破もアイツがやったって証拠はなかったからな…」

 

 

 

「………」

 

 

 

「…まぁ、そんな井ノ上少将にも、ちっとばかり黒い噂があってな…」

 

 

 

「え…井ノ上少将が…ですか?」

 

 

 

 

高橋は頷き続ける

 

 

 

「…実はロシアと繋がってて、艦娘をロシアに売ってんじゃねぇかっ、てな…」

 

 

 

「…ロシアへの定期便の手配をしているのも少将でしたね…」

 

 

山下は心ここにあらずといった風に返答する

 

 

 

「…んー…」

 

 

 

「…」

 

 

 

「…」

 

 

 

 

暗い表情で何かを考える山下を凝視する高橋

 

 

「…まぁなんだ…俺もアニメやドラマの鈍感男じゃねぇからなんとなく分かんだけどよ…」

 

 

 

頭をボリボリと掻きながら1つため息

 

 

 

「お前ん所に…若狭基地にいるだろ?今話した吹雪は…」

 

 

 

「…!?」

 

 

 

山下は目を開き驚く

 

自分はそんなわかりやすい反応をしていたのか、と

 

 

 

「な…えっ!…どうし…なんで、ですか!?」

 

 

 

 

「…反応見てりゃあ分かるわ…お前は思春期の男子かよ…」

 

 

 

「…井ノ上少将の所でもなんかやったんだろうな…アイツは…多分それで少将もキレてロシアに売っぱらおうとしてたってとこだろ」

 

 

 

 

「…だが輸送船の…アイツの収容されてたコンテナが深海棲艦の攻撃で破損…何も知らない若狭の艦娘達は敵の捕縛してた艦と思って若狭に連れ帰った…違うか?」

 

 

 

「…その、通り…です。…多分」

 

 

 

「あの護衛任務の日に若狭から引き継いだうちの遠征隊から話を聞いてな…なんの装備も着けてない吹雪型が若狭のメンツの中にいたってな」

 

 

 

「たまたまウチの遠征隊は新しく着艦した艦ばかりでな…アイツのことを知る艦娘がいなかったから誰も気づけなかった」

 

 

 

「だが俺は話を聞いた瞬間ピンときたよ…ああ、アイツか、ってな」

 

 

 

 

そう言い終わると高橋は山下の肩を引き寄せる

士官服についたタバコの匂いが山下の鼻を刺激する 

 

 

「…なんで俺が少将を通じてまでお前と演習したいって、お前と会いたいと言ったかわかるか?」

 

 

高橋は真面目な、少し焦りの色を含んだ表情を作り

 

 

 

「…いいか山下…悪いことは言わねぇ…少将にバレる前に直ぐに基地に戻ってアイツを…吹雪を解体しろ!」

 

 

 

「…な、なんで…ですか!?」

 

 

 

突然の行動に驚きながらも山下は小さく反論

 

 

「お前んとこも北陸支部から資材提供受けてんだろ?少将に吹雪の事がバレたら資材も届かなくなるぞ?んなことになりゃあ活動は縮小されて艦隊運用も大変なことになる…」

 

 

 

「これは人生の先輩からのアドバイスであり、海軍の上官からの命令だ!」

 

 

山下は高橋を押しのけベンチから立ち上がる

 

 

 

「…吹雪は…吹雪は俺が更生させます!…中佐には迷惑をかけません!」

 

 

 

山下の決意を決めたその言葉を聞き、高橋は更に声を張り、ボールなどが入った小物カゴを蹴り飛ばす

 

 

「馬鹿野郎!…このままじゃテメェも、テメェの基地も…艦娘も取り返しのつかねぇ事になんぞ!」

 

 

 

「それでも俺は…俺は吹雪を信じます!」

 

 

 

 

「…っテメェ…!」

 

 

高橋はゆっくりと立ち上がり山下と向かい合うように対峙する

 

 

 

「…お前はバカだ…どうなっても知らねぇぞ…」

 

 

 

 

「…わかってます」

 

 

 

まさに一触即発

 

山下も体を鍛えている方だが目の前の大男は身長が山下よりも頭半分ほど高い強面男

 

 

 

ぶっちゃけ山下は握った拳を震えさせていた

 

 

 

ブブブブブ…ブブブブブ…

 

 

 

瞬間、山下からバイブ音が鳴った

 

 

 

 

「…」

 

 

 

ブブブブブ…ブブブブブ…

 

 

 

 

「っち…出ろよ。どーせアイツだろ?…俺と会ったって言うな。面倒くさいからよ…あと俺のこと話すなら高橋中佐って言うな。提督さんって言え」

 

 

 

山下は頷き

 

 

 

 

 

 

 

 

「…もしもし」

 

 

 

「…ああ、悪い…色々準備してたら電話するの忘れて…いや、遅れてしまって…」

 

 

 

山下は高橋から少し離れる

 

 

 

 

「…いや…提督さんとは会ってないんだ…どうやらあちらも忙しいみたいでな……ああ、秘書艦の娘にいろいろやってもらって……え?…いや、違うって…違う誓う…」

 

 

 

「…面倒くさそうだな…馬鹿が…」

 

 

 

 

高橋はそう呟き、本日何本目かわからないタバコに火をつける    

 

 

 

 

 

「…え?…新しい装備を?…ああ、構わないよ…吹雪に任せる…ああ、ああ…じゃあまた連絡する」

 

 

 

そう伝え、山下は電話を切る

 

 

「…高橋中佐…」

 

 

「あ?」

 

 

 

 

「演習中止ならば、我々は若狭に戻ります」

 

 

 

「…勝手にしろ…少将には俺から適当に説明しておいてやる」

 

 

 

 

高橋は山下に目もくれず軍帽を深く被る   

 

 

 

 

「…失礼します」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  

 

 

 

 

「…そんなことが…」

 

   

 

給湯室、涙ながらに説明した曙に答える阿賀野

 

 

 

 

「……ね?つまらない話だったでしょう?」

 

 

 

「いいえ…話してくれてありがとう…」

 

 

 

 

曙は阿賀野の言葉が意外だったのか、目を丸くする

 

 

 

「…こちらこそ…なんか話せてスッキリしたわ」

 

 

 

 

「…阿賀野…!ここにいたのか」

 

 

 

走ってきたのか山下は汗だくで給湯室にいた阿賀野に声をかける

 

 

 

 

「…提督…さん」

 

 

「若狭に戻るぞ。今回の演習は中止だ」

 

 

「…そう、ね…その方がいいかも…」

 

 

阿賀野の態度に山下は曙の方を見る

すると曙は一瞬山下と目が合うが、すぐにそらして黙ってしまう

   

 

 

「…曙に、聞いたのか…?」

 

 

 

「…ええ。能登で何かあったのか教えてもらったわ…提督さんも?」

 

 

 

 

「ああ…演習中止になった以上いつまでもここにいたら邪魔になるし、基地が心配だ。すぐに戻ろう」

 

 

 

山下に言われ阿賀野は頷く

 

 

「分かったわ…皆に伝えてくる」

 

 

 

そう言って阿賀野は若狭の面々が待機する部屋へ走っていった

 

 

 

「…なんだか、邪魔したみたいで悪かった」

 

 

山下は曙に申し訳なさそうにそう一言

 

 

「…別に…どちらにしてもウチはこんなだし…早く帰ってあげた方がいいわよ」

 

 

 

「…ああ…ええと…その…」

 

ぎこちなく給湯室内をキョロキョロとする山下

 

 

「…?…何よ?」

 

 

 

「…高橋中佐の…その、眼って…」

 

 

そこまで言うと曙もああ、と理解して

 

 

 

 

「…信じらんないと思うけど、提督のオッドアイは本当よ?…提督、おじいさんがドイツの人らしくてね…」

 

 

 

「…そう、ですか…」

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

   

 

 

 

同時刻、若狭基地

 

 

 

秘書艦補佐…もとい臨時秘書艦吹雪は静かに受話器を置いた

 

その表情は笑顔ではなく真顔

 

 

 

「…今の…どこに…電話してたの?」

 

 

執務室のソファには磯波が小ぢんまりと座り、怯えながら吹雪型の長女に問いかける

 

 

 

「…」

 

 

 

長女は席を立ち上がり、怯える妹を真顔で見下ろし、しばらく見つめる

 

 

 

「…?」

 

 

 

磯波は彼女の目に恐怖する

 

まるで肉食動物のような眼、下手な事を言えば即座に噛み付いてきそうな雰囲気すら漂わせる姉のその眼で見られると、磯波まて胃が痛くなってくる

 

 

 

磯波がそんな事を思っていると、吹雪は口角限界まで唇を三日月形に歪ませ

 

 

 

「んもぉ〜…怖がる磯波ちゃんかわいい〜♪」

 

 

 

吹雪はソファに座る磯波の隣に腰を下ろすと、磯波の両頬に手を当て、顔を引き寄せ

 

  

「…え?…ぃや…ん、んむっ…!」

 

 

 

吹雪は磯波の唇に自身の唇を当て、吸い付く

 

無理矢理キスをされた磯波は必死に吹雪の袖を掴み、離そうとする

 

 

その際、吹雪の袖部分が破けた

 

 

 

「れろれろれろれろ〜♪」

 

 

「ん!…んぶ…むむむー!」

 

 

そして磯波は吹雪を突き飛ばす

 

 

 

「っぱぁっ!…たまんない…たまんないよ!磯波ちやん!」

 

 

 

息を荒くした吹雪は扉の前まで全力疾走する

 

 

「…ふぅ〜!…ふ、ふふ…ふひひひひ…いひひひひ…!」

 

 

 

吹雪は不気味に、小さくいやらしく引き笑いをしながら扉の内鍵を閉める

 

 

 

「い、いひひ…磯波ちゃん…」

 

 

 

「…ふ、吹雪ちゃん……その腕…」

 

 

恐怖で動けなくなる磯波の眼からは涙が流れる

 

 

一歩、また一歩と磯波に近づく吹雪 

 

 

 

その時吹雪の破れた袖から見えたのは手首に付けられたいくつもの切り傷だった

 

 

「……ひひひ…見ちゃったね…磯波ちゃん…」  

 

 

 

 

「…いや…いやっ!…」

 

 

 

「磯波ちゃんは……痛い事と…苦しい事と…どっちが好きぃ?…ひひひ…」

 

 

 

 

 

「…し、司令官さん…司令官さんっ…!」

 

 

 

ソファからずり落ち、四つん這いで執務机の前まで逃げる磯波

 

 

「か、可愛いから……ひひひ…両方…してあげるね…!」

 

 

 

 

吹雪は磯波に覆い被さる、そしてその手にはどこに隠し持っていたのか、ペンチが握りしめられていた

 

 

その顔は悦に入ったとても嬉しそうな、狂った笑顔だった

 

     

 

 

 

「悪い娘は……やっつけちゃうんだからっ☆」

 

 

 

 




次回こそ若狭編、ほぼ完結します


よろしくお願いします

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