大本営の資料室   作:114

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今回はロシアでのお話になります
前回はロシア語部分を[ ]で表現していましたが、今回はほとんど通常の「 」で表現しています


…ただ、一部のみ[ ]表記のロシア語がありますが…


…察してください


あとお話のネタを本作を見て頂いた方から頂いたので、ありがたく頂戴し、私なりに調理して大本営の資料室のファイルの1冊として近々御紹介致します



※追記
当作品では所々で創作艦娘出てきますのでご注意を



File16.マッチ売りの少女

…夢を見た

 

 

 

嗚呼…

 

夢を見るなんて何年ぶりだろう

 

 

楽しかったあの頃の…

 

喧嘩しながらも笑い合って…泣き合って…

 

 

でもそんな日々は指先ひとつで軽く押されるだけで崩壊した

 

 

友が死に

 

私は連れて行かれ…

 

 

 

 

 

いつからか私の見る世界は白と黒だけの世界になった

 

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

若狭案件から時は進み、現在

 

 

 

時刻は午前9時を指していた

 

 

空は快晴、海も平穏。

晴れたこの日に一隻の大型の戦艦、そしてそれに随伴する凡そ20名の艦娘達が戦艦を中心に陣形を組み、広い海を進んでいた

 

 

目的地はロシア、マガダン

 

 

艦娘の陣に囲まれた戦艦、その艦橋…ブリッジ内から双眼鏡でロシアの地を眺める男がいた

 

 

 

鍛えられた身体に真っ白の士官服がフィットし、口元にはブラックジャックよろしくな痛々しい傷跡が残る

 

 

「ロシアまであと少し…か」

 

 

そう呟くは若狭基地の提督、山下勲中佐だった

 

 

 

「…なんだ…もう起きていたのか。提督よ」

 

 

山下の背後から声を掛けたのは、第二改装の施された艦娘

 

秘書艦の戦艦、長門だった

 

 

「…てっきり提督はまだ夢の中かと思っていたが…」

 

 

腕を組み、うんうんと昔を思い出すようにそう話す長門に対して山下は少し苦笑い

 

 

「いやなに…なんだか懐かしい夢を見てな…と、言っても懐かしいだけで良い夢じゃあ無かったが…」

 

 

そこまで言うと、長門も苦虫を潰したような表情になる

 

 

「…実は私もだ…正直思い出したくもない…あの忌々しい出来事を夢に見てしまってな…」

 

 

 

ふう、とため息をつき山下は椅子に腰掛ける

吹雪、磯波、阿賀野、響、高橋中佐…

 

山下の見た夢は過去の様々な事を思い出すには十分すぎる内容だった

 

 

 

「…次こそ…響に会いたいもんだ…」

 

 

今回山下がロシアに向かう理由 

 

それは若狭とマガダンにあるロシア艦隊との合同演習

 

しかし山下にとってはあくまでそれは建前であり、本音を言えば、過去に賠償艦としてロシアに送られた響を見つけ、呼び戻すため、そして取り戻すためのロシア渡航だった

 

 

 

「そうだな…今回でロシアとの演習は7回目…そろそろ会えるといいが…」

 

 

 

「…オラ、オホーツク、ケクラ…ヴェールヌイ艦を編成に入れてる艦隊はあったが…"響"とはまだ会ってないからな…」

 

 

 

「…そうだな」

 

 

山下と長門の間になんとも言えない…薄かった希望の光が徐々に薄くなっていく、そんな感覚すら感じる

 

 

 

 

「失礼します、山下中佐。あと20分程でマガダン、到着します」

 

 

ブリッジに入ってきたこの船の船員が山下の横に立ち、直到着を伝えると、山下はうむ、と返事をして表情を変える

 

 

 

「…なに…まだまだ時間はある。慌てずに探そうじゃないか…なぁ長門?」

 

 

「ふふ、そうだな…」

 

 

 

若狭案件…響が井ノ上少将に連れて行かれて10年

 

少将にも聞いてはみたが、当時の事はもう覚えていないとの事。

 

ロシアのどこの海軍基地へ入ったか…どこにいるのか…

 

 

山下達は手探りで響を探すしかなかった

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

山下の乗る大型戦艦"土佐"

 

 

 

41センチ連装砲を5基搭載する対深海棲艦用有人攻撃戦艦、その大型の戦艦を護衛する為に陣を張る艦娘達の一人、初風がロシアの港に掲げられた横断幕を見る

 

 

『Добро пожаловать в Магадан!』

 

 

 

 

初風はその文字を見てなんとも言えない表情をして首を傾ける

 

 

「…だから…読めないのよ…!」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

マガダン、裏路地のアパート通り

 

 

昼間でも薄暗く、地元民にとっても危険なこの裏通りに並ぶアパート郡、それは夜の店の住人達の安眠の地として存在していた

 

 

そんなアパート郡の中の一室、散らかった部屋で数人の少女達は共同生活をしていた

 

 

 

「ねぇ、カーシャ起きてる?…今日港に海外の海軍が来るんだって」

 

 

15歳にも満たないであろう水色のキャミソールを着た赤毛の少女は、手に新聞を持ったまま二段ベッドの上で横になっているカーシャと呼ぶ少女に話しかけた

 

 

「…起きてるよ…何故私にそんな事言うんだい?」

 

 

透き通るような綺麗な白髪に黒いキャミソールを着て、壁の方に向いて寝転がる赤毛少女よりも2~3歳ほど歳上であろう少女が聞き返す

 

 

「え?だってカーシャ海軍の事詳しかったから…あれぇ?怒った?怒ったの?カ~シャ~」

 

 

寝転んでいたカーシャの肩と腰を揺する赤毛の少女

 

 

「…揺らさないでよアン…ジオとニーナを連れて行ってあげれば喜ぶよ?」

 

 

アンと呼ばれた赤毛の少女は涙目のままそっぽを向く

 

 

そんなアンを見てカーシャはやれやれといった風にアンの方に振り返るとその頭を優しく撫でる

 

 

 

「…怒ってないよ…でも私は海軍に興味がある訳じゃないから…」

 

 

 

 

実はカーシャと呼ばれたこの少女。

 

身長が少し伸びて顔つきも少し大人っぽくなったが、かつて暁型2番艦として若狭基地に着任した艦娘、響だった

 

 

響は井ノ上少将に騙されロシア行きの船に乗せられた後、グリゴリー達に陵辱の限りを尽くされ、フィルムに撮られた

 

 

しかし船がロシアに着くと彼らの隙を見て逃走

 

 

だが身寄りの無い外国、当然身分証も無く、人並みの特技や資格もない、さらに艤装も展開する事が出来なくなった身体で生きていくには、やはりその身体を使い春を売る事しかできなかった

 

 

そんなその日暮らしの生活していたある日、ひょんなことからこの辺りを縄張りとする売春斡旋の元締の女性に拾われ、新たな偽名をもらい、今のアパートに住み込みながら男性を相手に生きてきた

 

 

本人曰く

 

 

「公園や駅で野宿するよりは良い」

 

 

とのこと

 

 

 

 

「えー!?行こうよぉ~カーシャ~…!」

 

 

「…どこの国の海軍なんだい?」

 

 

面倒くさそうにアンの持つ新聞を覗き込むと、そこに書かれた文字を見てカーシャは目を開く

 

 

 

「か、貸して!」

 

 

奪い取るようにアンから新聞を取り、食い入る様に見る文面には"若狭"、そして"山下中佐"の文字が見える

 

 

 

「……司令官……司令官がロシアに…」

 

 

 

カーシャはまさかと思った

 

 

(まさか私を探す為に…?…いや…でも…)

 

 

カーシャはこれまで幾度となく山下の事を考えた

 

 

 

何故私を捨てたんだろう?

 

いや、司令官に限って捨てたりしない

 

いや、本当はいらない子だったから?

 

いや、全ては井ノ上のせいだろう

 

 

 

 

しかしそんな考えは新聞の文字を見て吹き飛ぶ

 

早く、一分一秒でも早く会いに行かなきゃ、と

 

 

 

「ちょっ!カーシャ!?何処へ行くの!?」

 

 

カーシャはすぐにベッドから降りると、キャミソールの上から毛皮のコートを羽織り、スニーカーを履くとアパートの部屋を飛び出していく

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、山下中佐…ようこそマガダンへ」

 

 

「素晴らしい歓迎をしてくださり、ありがとうございます。チモシェンコ司令官」

 

 

マガダン港

 

 

厳重な警備の敷かれたこの港にはロシア、マガダン艦隊の将校達と少し離れたフェンスの向こうにいる一般人達が山下達を歓迎していた

 

 

チモシェンコ司令官と呼ばれたスキンヘッドの中年将校が敬礼から右手を差し出すと、その差し出された手を山下が両手で握り、丁寧な握手をする

 

 

「なんでも以前から各地のロシア艦隊と交流演習を多く行っていると聞きました。素晴らしい向上心だ」

 

 

「いえ…恐縮です」

 

 

「演習時間まではまだあります。船旅でお疲れでしょう?部屋を用意してあるのでゆっくり休んでください」

 

 

 

チモシェンコは愛想良く笑うと、いくらか山下の緊張も解かれた

 

 

 

 

[見て見てー!日本人の将校よー!]

 

[顔傷だらけよー!]

  

[マガダンへようこそー!]

 

 

 

「!?」

 

 

そこでようやく山下は港を囲うフェンスの向こうで自分に対して騒ぎ、喜ぶ人々に気づく

 

 

(…言ってる事わからないけど…これ、歓迎されているのかな?…なら有り難いことだな)

 

 

 

もともと山下はロシアに送られた響を探す為に多くのロシア艦隊と合同、交流演習を行っていた

 

 

山下本人は響だけを想い、周りを気にせずに演習や遠征を行っていたが、それが幸を成し、他の日本国軍海軍、またロシア海軍の上層からは仕事真面目な若狭の青年提督と評価されており、山下の評判はロシアでも非常に良かった

 

 

 

「ああ…マガダンの街を見てもらっても構いませんよ。必要なら護衛も付けましょう」

 

 

 

「…そんな……はい、色々と感謝します…チモシェンコ司令官…それと…日本語、お上手ですね」

 

 

「ふふふ…親日の第一歩として確りと勉強させてもらいましたよ」

 

 

 

(やべー…俺もロシア語ちゃんと学べばよかった)

 

 

 

何度かロシア艦隊と演習は行っていたが、大抵通訳を入れての挨拶だった為、語学を学ぶ事を怠けていた事を後悔する山下

 

 

しかしそんなことを考えている山下をよそにチモシェンコはああ、そうだ、と一言付け加え

 

 

 

「…マガダンの花娘達には気をつけてくださいね。小さい少女に売春をさせている宿もありますから…」

 

 

 

「…え?はな?……ば、売春「ゔゔんっ!」

 

 

そこへ山下の背後に立っていた長門が咳払いをする

 

長門の反応を見たチモシェンコは少し頭を下げ

 

 

 

「…おっと…艦娘とはいえ女性の前で失礼しました…それではご案内しましょう」

 

 

 

「あ、は、はい!…ええと…ところでそちらの艦隊でヴェールヌイの…」

 

 

山下はチモシェンコと演習の話をしながら用意された車の方へ向かう

 

長門も二人に付いていこうとすると

 

 

 

 

「あら、貴女はこっちよ?」

 

 

長門が呼ばれた方を見るとそこには短く切り揃えた銀髪の女性が腕を組み立っていた

 

 

「Привет…マガダン艦隊秘書艦の戦艦オスリャービャよ。初めましてニホンの艦娘さん」

 

 

「…若狭基地、山下艦隊旗艦戦艦長門です。今回の合同演習、どうぞよろしくお願いします」

 

 

話しやすく、フランクな雰囲気で挨拶をするオスリャービャに対してびしりと敬礼で返す長門

 

そんな長門を見てオスリャービャは、ふふ、と口元を緩める

 

 

「あら、真面目そうな戦艦さんなのね。もっと楽にしてもいいのよ?」

 

 

 

オスリャービャと話していると、どうも長門型の妹と話してるような気分になる長門

 

 

 

(…まだ会った事はないが、な)

 

 

 

「さ…今回はお互い楽しみましょうね?ナガト」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「だめだ、許可証も身分証も無い売女が…!」

 

 

 

マガダン海軍基地へ続くゲート、その入口で響…もとい、カーシャはロシア兵に止められていた

 

 

 

「…うっ……頼む!私の知り合いが今日来るんだ!」

 

 

 

ロシア兵はちらりとカーシャのコートとスニーカーの間から見えるふくらはぎに視線を向けるが首を横に振り

 

 

「何を言っても駄目だ!訳のわからん部外者は基地内には入れさせられない!すぐに戻りなさい」

 

 

 

 

「…くっ」

 

 

 

結局中へ入れなかったカーシャはゲートを背にし、中に入る事を諦める

 

 

 

(…艤装が展開出来ればあんなゲート…!くそっ!)

 

 

 

カーシャはしばらく来た道をとぼとぼと歩いて戻っていると、前方から数台のロシア海軍の軍用車が走ってきた

 

 

 

 

しかし俯いて歩くカーシャは前方から近付いてくる車に気づかず、車とカーシャはすれ違う

 

 

 

(…司令官……会いたいよ……司令官…)

 

 

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  

 

 

 

「…本当にあんな若い子が…」

 

 

「ええ…大抵ああいった毛皮のコートの下から素脚が見える子は売春婦です」

 

 

 

すれ違ったカーシャを車内から見ていたチモシェンコと山下はそんな会話をしていた

 

 

「…いやぁ、まさか……顔は見えなかったですけど…相当若かったですよね?今の子…」

 

 

「…ふふ、どうでしょうか…それよりもヴェールヌイですよね?…マガダンにも一隻います。お知り合いかどうかは分かりませんが…会ってみますか?」

 

 

 

「え、ええ!是非!」

 

 

 

山下達の乗る車はマガダン基地のゲートを潜り、基地本館の方へ走っていく

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

夕刻

 

マガダン港から少し離れた砂浜

 

カーシャは砂浜に倒れる木をベンチ代わりに腰を下ろして海の向こう側を眺めていた

 

 

 

「……もう夕方…なんだ…」

 

 

沈んでいく夕日を見てカーシャははっとする

昼間からここでずっとこうしていたのだ

 

 

「…あ……仕事…戻らなきゃ…」

 

 

黄昏れていたカーシャは立ち上がり、自身の住むアパートを目指し、またとぼとぼと歩きだした

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「カーシャー!どこ行ってたの!?もー!」

 

 

夜、アパートに戻るやいなや頬を膨らますアンに怒られながら夜の仕事用の服装に着替える

 

 

「…うん、ごめん…新聞も…」

 

 

「でもやーっぱりカーシャも気になってたんだね!?ニッポンの海軍凄かったよ!」

 

 

 

「…うん?…そう」

 

 

なんだ、アンもあの港に行ってたんだ

 

そう思いながらブラシで髪をとかすカーシャ

 

 

「マガダンの艦娘と戦ってさ!あの…大きい女の人?…ガート?って名前の艦娘が凄かったんだ!」

 

 

「…へぇ」

 

 

 

(…ん?)   

 

そこでカーシャは不思議に思う

 

何故アンは演習をしてた場面を知っているんだろう、と

 

 

「…アン…なんで…」

 

 

「なんか明日も放送するみたいだからさ!カーシャも一緒に観ようよ!テレビ!」

 

 

「…テレビ?」

 

 

ちゃんと新聞を読まなかったカーシャは知らなかった

 

 

若狭とマガダンの合同演習が3日間続く事を

 

その演習の様子をテレビ中継でマガダン市内だけで放送することを

 

勿論艦娘達の装備や基地の内部詳細を省いてだが、日中に行われる演習の様子が観れる

 

 

その事でマガダンの都市は盛り上がっていた

 

 

 

「…って、カーシャ?」

 

 

 

 

カーシャはアンの情報を聞いて部屋から飛び出し、共有のテレビが設置してあるリビングの扉を開ける

 

 

散らかったリビングの破れたソファーには今朝居なかったアンと同年代に見える黒髪の少女が脚を上げ、未だこのアパートでは現役のブラウン管テレビでつまらなさそうなアニメを部屋の電気を消して観ていた

 

 

「んー?カーシャ?どしたの?」

 

 

「ニーナ!番組変えていい!?」

 

 

 

思わず声を張るカーシャにニーナと呼ばれた少女は少し驚き

 

 

「え、別に良いけど…」

 

 

 

すぐにカーシャはテレビ本体のチャンネル変更のボタンを何度も押す

 

 

 

『…こちらが本日行われた日本国軍海軍の山下艦隊とマガダン艦隊との演習の様子です』

 

 

ちょうどタイミング良く今日の演習の様子がダイジェスト編集で放送されていた

 

 

 

『山下艦隊の編成は駆逐艦タニカゼ、軽巡ノシロ、空母ズイカク、ショウカク、戦艦ハルナ…そして旗艦は戦艦ナガト、といった編成に対してマガダン艦隊の編成は巡洋艦オレーク、装甲艦ドミトリー…』

 

 

 

「…長…門……さん…」

 

 

当時より少しばかり服装と見た目は変わったが、テレビに映る若狭の艦娘達

 

カーシャは彼女達の活躍を見て息を飲んだ

 

 

谷風が水雷撃を行い相手が大破判定を受けるシーン、攻撃を受けた直後の榛名の砲撃カウンターがきまったシーン、翔鶴と瑞鶴の完璧とも言えるコンビネーションのシーン

 

 

(みんな……強くなったんだね……)

 

 

何よりも昔から何度も助けてもらっていた山下の秘書艦、戦艦長門の勇姿

 

 

 

そして

 

 

(…司令官…!)

 

 

ダイジェストの最後の方には演習場を見渡せる展望台から日本の艦隊とロシア艦隊が模擬戦を行う光景を眺める山下とチモシェンコの姿が映し出される

 

 

(…司令官…あの頃よりも逞しくなったね……それにその口の傷…)

 

 

カーシャが気になったのはやはり口元の傷

 

 

(…何が…あったんだろう…)

 

 

戦いで付いたものか、事故で付いたものか…喧嘩なのか、上官からのものか…

 

 

 

カーシャはテレビに映された山下を心配するが、意味の無いことだと自嘲し、首を振る

 

 

若狭とマガダンの合同演習一日目の模擬戦は両軍とも接戦だったが、谷風、能代、瑞鶴が大破判定、榛名が中破判定

 

一方マガダンは2隻大破判定、2隻中破といった結果となり、マガダンの勝利となった

 

 

 

「…ありがとう…ニーナ」

 

 

「え?…うん…あ、カーシャ…ジオがなんか様子変だったんだけど…なにか知ってる?」

 

 

「…いや?どうかしたの?」

 

 

 

「なーんか…熱がここ最近ずっと上がりっぱなしで下痢が止まらないんだって…」

 

 

「…そう……なら私からイリーナさんに話しておくよ…あと、ニーナはジオとは違う部屋に変えてもらった方が良いよ」

 

 

 

「え?そうなの?…カーシャが言うなら…わかった」

 

 

 

あまり興味なさそうにニーナはそう返事をするとテレビ番組をアニメに戻す

 

 

 

カーシャはリビングから出て行くとアンのいる寝室へ戻る。寝室の二段ベッドの下でファッション雑誌を寝転びながら読むアンに尋ねる

 

 

「…ねぇアン、明日…イリーナさん出てくるかな?」

 

 

「うーん…イリーナさんも忙しそうだし…なんかあったの?」

 

 

「…ジオが…その、病気したみたいで…」

 

「ああ、そうなんだ。エイズ?」

 

 

言い淀むカーシャに対してあっけらかんとした言い方で返すアン

 

 

アンにとっては色々と面倒を見てくれるイリーナとカーシャ以外の人間に対しては淡白だった

 

 

 

「…え…うん…多分ね…アン、ジオが心配じゃないの?」

 

 

「うん!むしろジオに通ってたお客さん取れるから助かるよー!あははっ」

 

 

 

「……そう、だね…」

 

 

 

こんな幼い見た目で全くもって逞しい

 

 

そう思うカーシャだった

 

 

「それよりお仕事お仕事!カーシャ!行こう!」

 

 

 

 

アンに手を引かれ、今夜も男達の薄汚れた欲をそのか細い身体で発散させるためにカーシャはアパートを出ていく

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

ロシア滞在一日目の夜

 

 

山下達はチモシェンコの招待のもと、マガダン基地内にあるパーティ会場で歓迎会をされていた

 

 

将校達やマガダンの艦娘達と共に丸テーブルを囲い食事をする山下一行

 

 

 

「いやいや…流石は若狭の若き将校殿だ…大変素晴らしい演習でしたな!」

   

 

 

チモシェンコ直々から杯を貰う山下

 

 

 

「いえいえ…!マガダン艦隊の娘達もとてもお強くて…」

 

 

 

「そうでしょうそうでしょう!あっはははは!」

 

 

 

上機嫌で大笑いをするチモシェンコ

昼間の真面目そうな彼からは想像できないほど出来上がっていた

 

 

 

(…やっぱお酒好きなんだろうなぁ…さすがロシア人…)

 

 

 

 

将校達をよそに会場のバルコニーで一人シャンパンを飲む長門

 

 

 

「お嬢さん…お隣、宜しいですか?」

 

 

声の方を見ると昼間演習をした相手、戦艦オスリャービャがシャンパングラスを持って立っていた

 

 

 

「…オスリャービャ、だったか…」

 

 

「正解。覚えてくれてて嬉しいわ。ナガト」

 

 

 

オスリャービャはクスクスと笑いながら長門の隣に立つ

 

 

「…演習お疲れ様…凄いわね。貴女達の艦隊」

 

 

「…オスリャービャ達も凄かったさ。まさかあの態勢から魚雷の「ふふ、そうじゃないわよ」

 

 

 

「?」

 

 

長門の言葉を切ったオスリャービャが笑いながら否定する

 

 

「…間違いなく貴女達の方が強いのに…わざわざ演習時間ギリギリまで引っ張って…私達を勝たせるなんてね…」

 

 

「…さて…なんの事か…」

 

 

「…ありがとうね。ウチの司令官の顔を立ててくれて」

 

 

 

「……嫌じゃないのか?…こんな戦い方されて…」

 

 

オスリャービャはバルコニーの手摺に肘を乗せ、外の景色に視線を向ける

 

 

「そりゃあ…勿論ムカつかないって言えば嘘になるけど…」

 

 

「…」

 

 

 

しかしそこまで言うとオスリャービャはニコッと笑い

 

 

「…これは戦争じゃないもの…今日は貴女達からの花束…頂くわ」

 

 

 

「…でも!明日の模擬戦は今日みたいには戦わせないわよ!また手を抜いてきたりなんかしたら…コルィマ鉱山行きにしてあげるんだから!」

 

 

「…オスリャービャ…」

 

 

オスリャービャはそう強く言い切ると、長門に自身のシャンパングラスを差し出す

 

長門は中身の揺れるオスリャービャの差し出されたグラスを見てふ、と笑うと自身の持つシャンパングラスも同じように差し出す

 

 

キン、とグラス同士が当たる

 

 

「勿論だ…明日こそ我等が山下艦隊が勝利しよう!」

 

 

日本とロシアの戦艦の二人は何か通じるところがあったのか、お互い楽しそうに乾杯する

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

   

 

 

「ふぃーっ♪良かったよぉカーシャたん!」

 

 

 

 

市内のホテルにて、客との情事を終えたカーシャは裸でベッドに力無く横たわり、シャワー室から出てきた腹の出た中年男性が上機嫌でカーシャに声を掛ける

 

 

カシュッと中年男性は缶ビールの栓を開けると一気に喉に流し込む

 

 

 

「んふぅいーっ!…なーんか今日反応良くなかったけど…何かあったのかな?」

 

 

中年男性はソファーに座り、眼鏡を掛けるとベッドで横になるカーシャを見ながらニタニタと笑う

 

 

 

「…ホドルコフスキーさん…確かホドルコフスキーさんってどこかの会社の社長さんだったよね?…」

 

 

「んん~…何ぃ?お金貸して欲しいのかい?」

 

 

カーシャはううん、と否定しながらベッドから起き上がる

 

 

「…実はホドルコフスキーさんの"副業"の噂を知ってるんだ…」

 

 

 

ホドルコフスキー

 

マガダンでは有名な石油会社を経営するこの男

 

しかし裏の世界では中々に名の知れた偽造士だった

 

 

 

「あ、そう?」

 

 

噂の事を話に出されても表情を変えないホドルコフスキー

 

 

「それで…その"副業"でお願いしたい事があるんだ…」

 

 

カーシャがそう言うとホドルコフスキーと呼ばれた中年男性は笑顔が固まる

 

 

「…カーシャちゃん…何が欲しいんだい?」

 

 

「…身分証明と…マガダン海軍基地への入場許可証が…欲しいんだ…」

 

 

 

 

カーシャはぼそぼそとそう呟くと、ホドルコフスキーは眼鏡をくいっと上げカーシャを見つめる

 

その表情は少女を買った下衆た男の表情ではなかった

 

 

 

「…身分証明?…許可証?」

 

 

「…うん」

 

 

「…カーシャちゃんさ…敢えて聞かなかったけど、君艦娘だろう?」

 

 

 

「なっ!?」

 

 

カーシャは心臓を掴まれたの如く驚く

 

(…バレてたのか…)

 

 

「…僕がカーシャちゃんを一体何年間買い続けたと思ってるの?…初めて出会ってから数年経つのに、君の容姿の成長が遅すぎる…最初はそういう病気かと思ったけど……元艦娘だとすれば納得できるよ」

 

 

 

ホドルコフスキーは嬉しそうに葉巻を咥える

尽かさずカーシャはマッチの火をつけ、ホドルコフスキーの葉巻の先端に近づける

 

 

「ンポっ…ポッ…ポフッ……んん~…ありがとう」

 

 

ホドルコフスキーは火を点けられた葉巻の煙を吸い込み、そして吐き出す

 

その煙はシナモンの様に甘い甘い香りの煙だった

 

 

「…元ロシア…いや、マガダン艦隊の艦娘って所かな?…で、元の艦隊に戻りたいから証明書等々が必要…と、そんな感じかな?」

 

 

 

かなり見当違いの答えだがカーシャは話を合わせ頷く

 

 

「…そう、なんだ…なんとか出来ないかな…?ホドルコフスキーさん」

 

 

 

「良いよ」

 

 

意外にもあっさり承認

 

 

「お代もいらない…その代わり…」

 

 

 

「…その代わり?」

 

 

ホドルコフスキーは空いているグラスにウォッカを注ぎ、カーシャに渡す

 

 

「…一緒に、飲んでほしいんだよね~…大丈夫!僕こっちのビジネスは騙したり変な事しないからさ~」

 

 

「…」

 

 

カーシャは恐る恐るグラスを受け取る

 

普段は客とは酒を飲まないようにしていたカーシャ

 

 

以前仕事仲間から聞いた話で、ウォッカを客から誘われ、数杯飲んで意識朦朧となったところを暴行され財布を盗まれた少女もいると聞いていたので警戒はしていたが…

 

 

「…わかった…頂くよ…」

 

 

 

証明書の代金として一杯飲むくらいなら、とカーシャは警戒を緩めてしまった

 

 

 

 

 

 

 




次回もよろしくお願い致します

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