どうぞ
ロシアマガダンにて
山下艦隊合同演習2日目
前日と同じく空気も透き通るほどの快晴、海に繋がる演習場に集まった艦娘達は山下艦隊より…
駆逐艦を深雪、涼風、時津風、大潮、秋霜の5隻に旗艦を雷巡北上の水雷戦隊編成
対するマガダン艦隊は軽巡キーロフ、スヴェルドルフ、駆逐艦ミンクス、キエフ、ブイヌイ、ベドヴイといった山下艦隊に合わせたような水雷編成となる
展望台に立ち、両軍の編成を見たチモシェンコは嬉しそうに隣に立つ山下に話しかける
「…どういった訳かオスリャービャがこの編成を組みたいと進言してきたんですよ…なるほど、こういう事か…」
「…ええ…うちも長門が妙に張り切って編成を整えていたので…これは面白い展開になりそうですね」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その張り切っていた秘書艦達はお互い演習場の各陣についていた
「今日の模擬戦では相手に華を持たせることはない!山下艦隊の実力、奴等に見せつけてやれ!」
「「「おおー!!」」
「涼風!やっちまうよぉ!」
「っどぉーーん!!」
演習メンバーを鼓舞する長門、それに答える艦娘達
一方マガダン演習艦隊
「ここは日本海じゃない!同志達よ!勤労奴隷共に目にものを見せてやれ!」
「「「ウルァアーー!!」」」
マガダン艦隊の水雷組もテンションが上がり、駆逐艦達は空へ向け砲撃する
やはり戦艦によるメンバー達へのテンションの上げ方は国籍問わず同じ様だった
こうして、山下艦隊とマガダン艦隊
2日目の合同演習が開始された
「…ぅお…ビックリした…」
マガダン艦隊の空への砲撃で一人腰を抜かしそこねた日本人司令官は冷や汗をかいた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…ここ…は…」
目が覚めるとカーシャは昨晩ホドルコフスキーと身体を重ねたホテルのベッドで目を覚ます
昨夜と変わらず自身は衣服を身に着けていなかった
そして部屋を見回してもホドルコフスキーは居なく、枕横には彼が書いたであろう置き手紙とお金が置かれていた
「…う…頭痛い…」
(昨日のお酒か…逃げられた…か…最悪だ…何もかも…)
昨夜の酒を飲んでからの記憶が全く無いカーシャ
嗚呼、きっと無茶なプレイをされて写真にでも撮られたのだろう
「…あ…行かなきゃ…」
カーシャは置き手紙も見ないでそのまま部屋のシャワールームへ向かう
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カーシャが起きる少し前
ホテル街にてどこかに電話をかけながら歩く男が一人
昨夜カーシャと身体を重ねた中年男性、ホドルコフスキーだった
「やぁ、足の調子はどうだい?」
「ああ…そう…あっはっはっ…そりゃあ最高だな…」
「…ああ…そうなんだ…大特急で仕事を頼みたい…」
「そう……どの依頼よりも大優先で頼む…情報はメールで送った通りだ」
「…身分証と…マガダン海軍基地への…」
「…入場許可証だ…ゲスト用のな…」
「…ええ?なんでかって…?」
「……煩いな…別に良いだろう…?」
「んじゃあ頼むよ?…ニコ…明日には欲しいんだ」
「ああ…ああ……ああ…それじゃあな」
ホドルコフスキーは電話を切り、高そうなコートの胸ポケットに携帯電話を仕舞うと、葉巻に口に咥える
「…あんな話聞いたらなぁ…ただの遊びで終わらせらんねぇよなぁ…」
ホドルコフスキーは葉巻に火を灯すと昨夜の事を思い出す
「…くっ…くくく…ふふふふ…」
ホドルコフスキーは怪しく笑い、カーシャの居るであろうホテルを見上げ
「…ちゃーんと…日本に還してやるぜ?…響ちゃんよぉ」
実は昨夜のカーシャへの杯はホドルコフスキーのビジネス前の習慣のようなものだった
彼は彼に依頼する者を酒に酔わせて真の情報を得て、それを基に偽造書類を作るかどうかを決める事が多い
元艦娘の売春婦からの依頼
せいぜいロシア将校の小ネタでも出てくるだろうと思っていた彼だったが、まさかカーシャの口から自身が日本国軍に所属していた元艦娘という驚愕の情報を知ることになるとは思わず、更には何故ロシアにいるのか、来る前の日本では何があったのかと様々な話を聞くこととなった
最初はカーシャの話を信じていなかったホドルコフスキーだったが、あまりにもリアルな内容、必死な語り、そしてカーシャの涙を見て、彼女の話を信じ、依頼を受けることにした
昨夜のそんなやりとりを思い出すと彼はニヒルに笑い、何処かへと歩きだした
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「またお前か…!何度来てもだめだ!いい加減諦めろ!」
マガダン海軍基地、ゲート
ホテルから直行したカーシャは昨日に続き、またもやゲート前に来ていた
「…頼むよ…少しだけで良いんだ…」
「いい加減にしろ!」
「ブッ…!」
ゲートを守る強面の兵士はカーシャの顔を掌で押し退ける
「…おいっ!やりすぎだ!」
強面の兵士を止めたのはツリ目の兵士だった
「ただの売春婦だ!…どうなろうが誰も気にしないだろ!」
「そうじゃない…やるなら制服を着てない時にしろって話だ」
ツリ目の兵士は尻もちをつくカーシャを見て手を差し伸べる
「ほら、立てるか?」
「…っ!!」
カーシャはツリ目兵士の手を払い除け自分で立ち上がり、走ってゲートから離れる
「…あーあ…フラレちまったな」
強面の兵士はへらへらと笑いながら自動小銃を構え直す
「…うるさいな…」
ツリ目兵士は走り去っていくカーシャの背を見続ける
そんなやりとりをゲートの内側から見ていた者がいた
「…」
若狭の駆逐艦、浦波だった
「浦波?…どうしたの?」
浦波と共に基地内を散歩していた初風がゲートの外を眺めていた浦波に問いかける
しかし浦波は初風の方に顔を向け、小さくニコリと笑い、なんでもないといった風に首を横に振る
「…そう、なら早く中に戻りましょう?そろそろ模擬戦も終わったでしょうし」
初風にそう言われ、浦波は初風に着いていく
しかしその顔は凍ったように無表情だった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ああ…結局入れなかった…そりゃそうだよね…」
午後過ぎ
マガダンからの帰り道、カーシャは空を見上げる
天気予報だと今夜から雨が降るとのこと
「…早く…帰ろう…」
夜から雨が降るとは思えないほど快晴の中、カーシャは昨日と同じくとぼとぼと歩いてアパートへ向かう
(…司令官…会いたいよ…会いたいっ!)
カーシャの視界が滲む
しかしカーシャには一つの信念があった
そう、あの薄暗い輸送船で男達に乱暴されたあの日から決めた一つの信念
『日本に帰るまで決して泣かない』
ぐしぐしとコートの袖で目元をこする
「…帰ろう…まだ明日がある…!」
そう決めた少女の背中はひくりひくりと小さく震えた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕刻…もとい夕方
「「「かんぱーい!!」」」
マガダン基地内にある来客用の大部屋にて本日の模擬戦に参加した山下艦隊水雷メンバー。深雪、時津風、涼風、秋霜、大潮、北上はグラスに入ったジュースで勝利の美酒ならぬ美果汁で祝杯をあげる
「いやーやっぱあたしが旗艦だったのが大きいだろうねぇ」
北上はニヤニヤと笑いながらグラスを傾ける
「なにいってんのさぁっ!あたしら駆逐艦が頑張ったお陰さ!」
負けずに涼風もドヤ顔でその慎ましい胸を張る
「まーまー…やっぱここは間を取ってウチが活躍したってことでまとめようじゃないの」
けらけらと笑いながら涼風の頭を撫でる秋霜
苦笑いの深雪は何も言わずにチップスを食べ
口元に指を当てて考えていた時津風が
「んー…でもやっぱ皆で戦った訳だし…皆が一番って事で良いんじゃないかなぁ?北上さんも凄く的確な指示してくれたし…秋霜もあたしがヤバそうな時庇ってくれたし…涼風も…」
「や、やめろって!はっずいから!」
北上が顔を赤くして時津風を止める
貴重な北上の赤面に「おおー」と珍しいものを見たような深雪と大潮
「…時津風の言う通り、みな十分やってくれた。外から見ていたが…悪くない模擬戦だったぞ」
部屋の扉付近に寄りかかり、メンバーを見ていた長門が締める
「…まぁぶっちゃけぎりぎりだったけどね…」
やれやれといった風に北上はぼやく
「んー…確かに向こうも凄かったですよね…なんていうんですかね…剣幕というか、負けん気というか…」
模擬戦で大破判定をもらった大潮が少しいじけながら零す
そこへ扉のノックが入る
「ん!?…どうぞー」
秋霜が扉の方に向かって声をかける
「…いや、日本語通じるかわからないんだからさ…」
深雪は秋霜にそう言って渋々扉の方へ向かい、扉を開ける
「Давайте тост!ワカサの皆さん模擬戦お疲れ様ー!」
扉が開くと入ってきたのはマガダンの戦艦、オスリャービャと昼間模擬戦で戦ったマガダン艦隊の駆逐艦、ベドヴイの二人だった
「…オスリャービャ?」
「あら、ナガトもいたのね?貴女も飲みましょう!」
ニコニコと上機嫌で長門の肩に手を回すオスリャービャ
「…ベドヴイ…です…よろしく?」
対して少し片言気味でぺこりと頭を下げて挨拶をするベドヴイ
長門にフラレたオスリャービャがベドヴイの横に並び
「ウチで日本語を喋れるのはチモシェンコ司令官と私と、このベドヴイだけなのよ…とは言ってもこのこの娘の日本語は…」
「…私は乾杯しますか?…」
「…なんか…グーグルの翻訳みたいな言葉使いだねぇ」
ベドヴイに対して苦笑いでツッコむ北上
「ま、こんな感じだけどちゃんと意味は通じてる娘だから、ね?」
オスリャービャは長門にウインクを飛ばす
「…私は構わないが…」
長門はベドヴイをまじまじと見て驚く
「若狭にいる…駆逐艦の娘にそっくりだな…」
「あら、そうなの?」
「そうそう…皐月って奴なんだけど…すごい似てるなぁ…」
深雪もベドヴイを見ながらオスリャービャに返す
「ジロジロ見るのもあれだし…よろしくね!ウチは秋霜!」
にこやかにベドヴイに右手を差し出す秋霜
その手を少し恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに握るベドヴイ
「…よろしく…です。」
わいのわいのと賑わう駆逐艦達を見て、やはり駆逐艦同士は仲良くなるのが早いな、と思う長門にオスリャービャが空のグラスを渡す
「…はい…勝利の飲み物よ」
オスリャービャは一本の中身入り瓶を取り出すと、長門の持つグラスへ注ぐ
「…ウォッカか…少し…いや、大分苦手なんだが…」
困り眉になる長門をふふ、とオスリャービャが笑う
「あら?日本の大戦艦はウォッカ程度も「頂こう、満タンで!」
「いいなー…あたしも飲みたいなぁ」
見た目が少女とはいえ地球上の人間達の誰よりも実際は歳上の艦娘
お酒程度なら罪にはならないのだが
「駄目だ!若狭では駆逐艦、軽巡の飲酒は禁止としているだろう!」
長門は手になみなみと注がれたウォッカの入ったグラスを持ったままという普通なら「どの口が言うんだよ!」とツッコミを入れるところだが、もちろん誰が言えるはずもなく、堂々としっかりした口調で叱る長門をよそに、ベドヴイは手に持ったウォッカ瓶の蓋を開け、口の中に流し込む
「長門さん長門さん」
長門の横にちょこんと立つ大潮が長門を呼ぶ
「ん?…なんだ、大潮」
大潮は可愛らしくまんまるな笑顔になると
「…ここはロシアですから!」
そう言った大潮はベドヴイから渡されたウォッカのビンを咥え、腰に手を当てぐいっとビンの底が天に向くよう垂直に立てる
「なっ!?」
大潮を止めようとする長門の肩をオスリャービャの手が乗せられる
「…まーまー…そちらの提督さんも今ここにはいないし…郷に入っては郷に従え、よ?」
悪戯な笑顔で長門にそう言うと、オスリャービャも手に持ったビンを掲げ
「って事で!演習2日目お疲れ様ー!かんぱーい!」
更に賑わう艦娘達
一歩退いて彼女達をやれやれといった風に見つめる長門
そんな長門の意識に一瞬だけある駆逐艦の少女がよぎる
瞬間、長門の眉間にシワが寄る
(…いや…何故こんな時に奴の姿が…)
意識をよぎったのはあの"吹雪"の姿だった
楽しそうに騒ぐ眼の前の艦娘達に混ざって、笑顔で笑い合う彼女の幻覚を長門は見たのだ
(アイツはもういない…居てはいけないのだ…!)
ぶんぶんと頭を振り彼女の事を頭の中から消そうとする長門は手に持ったグラスの水分をぐいっと口の中へ入れた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…ちょっ…長門さん!?大丈夫ですか!?」
深夜 マガダン基地内通路
オスリャービャからの煽りをまともに受け、負けじとウォッカの瓶を数本空にした連合艦隊旗艦は軽巡能代に肩を借りてふらふらとした足取りで秘書艦に用意された部屋に向かっていた
「ああ…はは…すまないなぁ…能代…」
能代も別の客間で休んでいた時に突然北上からのヘルプ信号が来た時は驚いたものだった
(…まさかあの長門さんがこんなに酔うなんて…)
「…おっ…とっ…とっ!」
バランスを崩した長門はそのまま通路の壁に寄りかかるように座り込んでしまう
「…す、すまない…のし……ろ…」
長門が能代の方を見上げる
通路の窓を背に心配そうに長門の顔を覗き込む能代
そんないつか見たような光景を見た長門はつい呟いてしまう
「……阿賀野…」
「えっ…?」
突然呼ばれた姉の名前に能代はたじろぎ、更に長門の表情を見て驚く
「…長門さん…涙が…」
「…ぁ……いや…これは……すまん…」
長門は自身の目元を指で払う
すると能代はハンカチを取り出してしゃがみ込んで長門に差し出す
「…どうぞ?」
「…ありがとう…能代…」
能代からのハンカチを受け取り涙を拭く長門
「…昔…姉が若狭に居たのは知っています…会ったことはありませんが…」
「…ああ…とても良い奴だったよ…仲間想いで…誰よりも…強かった…」
能代は座り込む長門の横にそっと座る
「…そんな素敵な姉と…一度で良いから会ってみたかったです…」
「……そう…だな…私ももう一度…会いたいよ…」
長門はあの運命の日からずっと後悔と自責の念に悩まされていた
最初に吹雪が沈んだ時
阿賀野はひどく落ち込み、荒んだ
…私が出撃メンバーに入っていれば…
磯波が殺された
…私が吹雪を見張っていれば…
山下や浦風が倒れ阿賀野は心を閉ざした
…もっと早く私が助けに行っていれば…
響が井ノ上に連れて行かれた
…提督の命令を無視してでもあの時井ノ上と戦っていれば…
…阿賀野が壊れた
…私達が吹雪を罰している所を見られてしまったから…
……阿賀野が……沈んだ…
………
私が…悪いのだ…
吹雪が若狭に来たからじゃない…
全て私が…
私が…私が…
「…いや…私にはもう会う資格はない…か…」
希望に向かって伸ばしていた手を引くように、諦めるように小声で己に言い聞かせる長門
「…長門さん?」
変わらず心配そうな表情の能代を見て長門はふ、と笑う
(…ふふ…私らしくもない…)
「…みっともない所を見せてしまったな…すまない」
「い、いいえっ!…あっ…長門さん!?」
一人で壁に手をつきながらふらふらと立ち上がる長門
(…私の想いなど…)
長門は能代ににこりと笑い
「後は一人で戻れるさ。ここまで付き添ってくれて礼を言うよ。ありがとう」
(…そんなモノ…ただのクソだ!)
長門はふらつきながら自身に用意された部屋の方へ歩いていった
そんな長門の背を見て能代は彼女の名を小さく呟く
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
合同演習3日目
前日天気予報で語られた通り、しとしとと雨が降っていた
しかし演習とはいえ、戦場ではどんな天候でも戦わなければならない
雨が降ろうとも、雪が降ろうとも
嵐でも、台風でも、オイルが海面を漂う火の海でも
灼熱の中であろうとも
「さあ、今回の合同演習最後の模擬戦だ…みんな気合い入れて、締まっていこう!」
「「おうっ!」」
演習場にて山下を筆頭に円陣を組み、気合を入れる山下艦隊演習メンバー
メンツは1日目と同じく谷風、能代、翔鶴、瑞鶴、榛名…そして旗艦を長門の山下艦隊最高戦力の6人
対するマガダン艦隊もベドヴイを含めた駆逐艦2隻、巡洋艦3隻、そして戦艦オスリャービャを旗艦としたマガダン艦隊精鋭戦力編成にて迎え撃つ
「…ナガト…二日酔いは大丈夫?」
演習場でオスリャービャと向き合う長門
「…ああ…お陰様で最高の気分だよ。オスリャービャ」
前日の夜に何本もウォッカの瓶を空けた長門。二日酔いはかなり来てはいるが、彼女の顔はそんな事を一切感じさせない程、侍の様な武人ぶりであった
「…ふふ…流石は連合艦隊旗艦ね…今日は楽しみましょうね」
「ああ…もちろんだ」
"決闘"
不敵に笑う両者をまさにそんな雰囲気が包む
そして二人をビデオカメラで映す者たちが数名いた
マガダンのテレビ局のスタッフである
結果で言えば1-1の戦い
そして今日の模擬戦で雌雄を決するとなれば、マガダンの街の人間もこの戦いを楽しみにしていた
中にはどちらが勝つか賭けをするような輩まで出てくる始末
それだけこの2艦隊の合同演習は注目されているのだ
テレビ局スタッフがいい絵を撮ったばりに演習場からひとまず出ていく
そんな彼等をオスリャービャは横目で見て、彼等がいなくなったと同時に瞬足で長門に近づく
「ナガトー!ごっめーん!私昨日飲ませ過ぎちゃったわよね!?本当に大丈夫!?大丈夫!?」
数十秒前まで好敵手の様なオーラを放っていたオスリャービャがだったが、スタッフ達が居なくなるとまるで仲の良い友人を心配するかの様に涙目で長門に詰め寄る
「ち、近いっ!…いや…正直最高に頭がガンガンする……だが模擬戦には影響は出ないはずだ…あと今凄く酒臭いと思うから近づかないでくれ…」
顔を真っ青にした意外と乙女な長門が口元に手を当てる
「…お前ら…仲良いじゃん…」
呆れたように戦艦二人を眺める山下
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マガダン艦隊陣地へ戻ってきたオスリャービャ
「…オスリャービャ…何?…わざと呑ませたの?」
不敵な笑みでオスリャービャに問いかける巡洋艦の艦娘
オスリャービャは彼女の方を振り返らずに答える
「……あら、なんの事かしら?」
その一言でマガダン艦隊は震える
この吹雪のような突き刺さる言い方…顔は見えないがきっと山下艦隊の艦娘達の事をゴミを見るような目で睨んでいるに違いない
やはりこの戦艦は怒らせたらいけない、と
しかしオスリャービャの隣に立つ駆逐艦の一言で皆の震えは止まる
「…オスリャービャ」
ベドヴイは前をむいたまま名を呼ぶ
「…何かしら?ベドヴイ」
腕を組み、ベドヴイを見ずに答えるオスリャービャ
「…ガチへこみしてるね?」
「「「え?」」」
マガダン艦隊の驚きの声を聞きオスリャービャの肩がびくんと跳ね上がる
「だ、だって!長門可愛かったんだもの!」
顔を赤くして、涙目でベドヴイの両肩を掴む
「あんなに顔真っ赤にしておきながら必死になってウォッカ飲んで…!見てたらどんどん飲ませたくなっちゃって…!」
ベドヴイは頭を押さえる
(…顔が赤いのは君も一緒だし…だめだこの戦艦…)
「…じゃあ、手を抜くの?後ろめたい気持ちがあるからって?」
「んな訳ないじゃない」
そうはっきり答えるオスリャービャは離れた場所にいる長門を見据える
「…ウォッカなんかでアイツは倒せないわ」
そこにいたのは先程まで涙目になったり騒いだりへらへらしてた女性ではない
マガダンが誇る精鋭、マガダン艦隊の総旗艦。
気高き誇りのオスリャービャだった
「さぁ!…全艦抜錨よ!」
雨の降るマガダン基地内演習場、山下艦隊とマガダン艦隊の最終日の模擬戦がいま、始まる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
前半は壮絶な鍔迫り合いだった
演習場中央での両艦隊の乱戦
主砲を撃って撃たれて
ぶつかり、ぶつかられ
谷風、能代の水雷撃でマガダンの駆逐艦を大破判定にする
次いで翔鶴、瑞鶴で艦載機による艦爆攻撃、そして榛名、長門で砲撃を敢行
しかし爆弾投下と共にマガダン巡洋艦達による砲撃により翔鶴に中破判定。瑞鶴に大破判定。
艦爆、そして榛名、長門の砲撃の着弾によりマガダン巡洋艦2隻大破判定
その後オスリャービャ、ベドヴイ、巡洋艦1隻の総砲撃により榛名、能代に大破判定
山下艦隊はここで谷風、中破の翔鶴、長門が残る
マガダン艦隊は巡洋艦ナヒモフ、駆逐艦ベドヴイ、戦艦オスリャービャが海上に残る
一方そんな6隻を演習場脇のベンチに座って様子を見る山下艦隊演習メンバーの3人
「…不覚…もっと行けると思ったのに…」
制服がボロボロになった能代がぼやく
演習用の特殊模擬弾使用のため怪我自体は軽傷、長門たちを見てる事しかできない能代は悔しそうに拳を握る
「…いや、実際あちらさんも大したものだと思うわよ?…火力自体はそうでもないけど…機銃や単装砲がしつっこいわ…」
同じく制服がボロボロの瑞鶴も足を組み、その膝に頬杖をついて演習場を見ながら呟く
「単装砲って…ちょっとエッチな響きですよね」
ボロボロになった榛名は相変わらずのんびりした口調でそんなことを言い出すが、能代と瑞鶴は広い心でそれを無視
「…っていうかあの…皐月に似た駆逐艦の娘、すばしっこすぎでしょ…やりずらいったら無いわ」
「確かに、あっ!動き出しましたね!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
演習後半、ベドヴイとナヒモフがジグザグに動き回りながら山下艦隊の3人を取り囲むように回り始める
一方オスリャービャは腕を組み、不敵な笑みで長門達と遠目に距離を取る
「チョロチョロと…何してんだいっ!あんたらっ!」
そう叫びベドヴイとナヒモフに向かって谷風は砲撃
「…だめだ…遠い…!」
谷風の砲弾は敵ニ隻の通った海に着弾。海上から煙が吐かれた
その谷風の様子を見たベドヴイは砲撃してきた谷風に向け悪戯な笑顔を向ける
「っ!!カッチーン!こいつぁトサカに来たよっ!」
そう叫び谷風は単身敵ニ隻に向かおうとする
「!?…待て!谷風!…翔鶴!援護を!」
「はいっ!」
ベドヴイとナヒモフに魚雷を準備し、突撃準備に入る谷風
長門も敵ニ隻の方へ主砲を向け、翔鶴も同方向へ弓を引き絞った
「…придурок」
聞こえてくるはオスリャービャの声
一瞬
ほんの一瞬だけ意識を彼女から離してしまった
言葉が分からなくても意味は分かる
愚か者め…
長門は自分に対して心でそう言い放った
「…あぁっ!!」
長門が敵ニ隻に対して砲撃した直後に近くにいた五航戦の姉の叫び声と共に爆風が長門を襲う
「っ!…翔鶴!」
長門は放った砲撃がナヒモフに直撃し、大破判定が出たのを確認するとすぐにオスリャービャの方へ向き直る
撃ったばかりのオスリャービャの艤装、その主砲からは煙がたっていた
「…くっ!…」
「長門さん…ごめんなさい…」
大破した翔鶴は長門にそう謝るとふらふらと蛇行しながら演習場から離脱する
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…わっ!?」
ナヒモフが演習場を離れた直後に
どかん、とベドヴイの方に向かっていた谷風の足元が爆発し、水柱が上がる
実はナヒモフが自身の通った後に機雷をいくつか投下していたのだ
雨の降る海上
ベドヴイを追いかける事に夢中で谷風は機雷に気付くことができなかった
結果、機雷に触れてしまい。爆発
「…ふんっ」
してやったり、といった表情で速度を緩めるベドヴイ
谷風のいた場所は機雷の爆発により煙が上がっていた
「…あのおチビちゃんも大破判定ね…後はアナタだけよ?ナガト」
「…さて、それはどうだろうな?」
長門は背後で繰り広げられるベドヴイと谷風の方へ一切向こうとせずにオスリャービャをじっと見据えたまま動かない
ここでベドヴイが背を向けた長門に攻撃をするのは必至
しかし長門は振り返らない
何故なら長門は信じていたからだ
「…それってどうい「ぁぁぁぁあああっ!!!」
ベドヴイは仰天する
機雷が爆発し、立ち上がる煙の中から魚雷を手に持ったぼろぼろの、満身創痍の谷風が飛び出してきたからだ
判定は中破と大破の中間、といったところ
「こんなモンっ!谷風さんには当たらないってんでぇっ!!」
「…くっ!」
突然の谷風の煙の中からの強襲
態勢の遅れたベドヴイだが辛うじて魚雷発射
谷風の放った魚雷とベドヴイの魚雷が交差し、そして…
「ぅわぁあっ!」
「…がっ!」
谷風、ベドヴイ両艦に大破判定
俗に言う魚雷攻撃のクロスカウンターである
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
同じ時間、基地の展望台から演習の様子を見ているチモシェンコは嬉しそうに拍手をしながら興奮し、隣に立つ山下へ
「いやぁっ!面白い!これは面白い展開ですね!素晴らしい!」
「…まさか戦艦同士の一騎打ちになるとは…」
山下も驚きを隠せなかった
1日目の模擬戦ではマガダン艦隊の様子を見て楽勝だと思っていたが、まさか最終日でこんなに食い付いてくるとは、と
「…隠し玉は最後までとっておくもの、ですよ」
チモシェンコはニヤリと笑いそう呟く
手を抜いていたのはあちらも同じくか、と山下は感じ
「…ええ、参考にします」
自身の慢心を反省しながらそう返した山下
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…うー…ごめんよ長門さん…」
大破判定を受けた谷風は長門には聞こえないであろう弱々しい声で演習場を出ていき、ベドヴイもマガダン艦隊の艦娘達が休むベンチの方へ退場していく
『オスリャービャ』
「…お疲れ様、ベド」
長門と対峙するオスリャービャにベドヴイから通信が入る
『…オスリャービャの願ってた展開になったね。後は楽しんで』
「…ええ。そうさせてもらうわ…」
通信を終えるとオスリャービャは嬉しそうに笑う
「…ナガト」
「…なんだ。オスリャービャ」
オスリャービャは対峙する長門に話しかけ始めた
「…今この演習場には私と長門の二人だけ…他には誰もいない」
「…そうだな」
対峙する二人を強い雨が打ちつける
「せっかくだし、私とちょっとしたゲームでもしましょうよ?」
「…ゲーム?」
ふざけるな!演習中だぞ、といつもの長門ならそう叱るだろう
しかし長門は声を荒げる事なく疑問符を浮かべる
「そ、ルールは簡単で単純」
そう楽しそうに艤装を長門に向けるオスリャービャ
「!?」
「お互い撃ち合って、先に大破…いえ、降参した方の負けっていうの」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はぁっ!?なに言ってんだぃ!?」
ベンチで二人の会話を聞いていた身体を包帯でぐるぐる巻にされた谷風が声を荒げる
「…降参?…それって…」
能代が考える、しかし答えはわかりきっていた
通常艦娘の演習ではルールの一つとして大破判定を受けた艦娘は演習場から退場、もしくは待機場所に戻される。
もちろん演習相手の艦娘も大破判定を受けた艦娘を追撃することは許されない
しかしオスリャービャが提案したのは
"降参するまで"
つまり大破判定を受けても、最悪轟沈してもどちらかが降参するまで戦う、という最早ただの殺し合いであった
「長門さん!そんな勝負受けたら駄目よ!いえ、そんなの勝負ですら無いわ!」
能代が声を張り長門に通信を送る
「そうよ!相手戦艦は負けるのが悔しくてハッタリかましてるだけよ!」
瑞鶴も能代に続いて通信を送る
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方展望台で演習を見る山下は不思議な、よくわかってない表情をしていた
「…あいつら…二人して突っ立って何話してるんだ?」
「ふふふ…さぁ、何でしょうね?」
チモシェンコはオスリャービャが長門に対して何を言ったのかを知っていたように、ほくそ笑む
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…っ!」
オスリャービャを前に、長門は目を瞑り頭を2回ほど横に振る
「…ナガト?」
オスリャービャの呼びかけに長門は神妙な顔つきでふぅ、と息を吐く
「…通信を切った…」
そう、長門は仲間達からの声を遮断した。それはつまり…
「…さぁ、オスリャービャ…お前の誘い…この長門が乗ってやろう!」
かつての連合艦隊旗艦、戦艦長門が殺し合いの呼びかけに応じる
ぞくりと背筋が震えるオスリャービャ
「…ふっ…ふふふ……あっはっはっはっ!!最高よナガト!さぁ!…一緒に遊びましょ!」
オスリャービャ、長門はお互い同時に眼の前の御敵に対して砲撃を始めた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「またお前か…本当にしつこいな…」
マガダン基地ゲート前
強面の兵士が相手をするはマガダンの売春婦、カーシャだった
カーシャはこの雨の中傘もささずに兵士の前で頭を下げる
「…お願いします!ほんの少しの時間だけで良いので…中へ入れてください!」
強面兵士は呆れて何も言えず
そんな中、昨日のツリ目の兵士がゲート横の詰所から傘をさして出てきた
「なぁ、お嬢ちゃん…そんなに中に入りたいのか?」
「あ、ああっ!…お願いだ!」
ツリ目の兵士はわざとらしく大きなため息を吐く、それを見た強面の兵士はやれやれといった風に両手を上げる
「とはいえ俺たちも任務で、賃金を貰って仕事でここのゲートを守ってるんだ」
「…?あ、ああ…」
「つまりお嬢ちゃんを許可なく勝手に入れて、それがバレれば俺らはクビ…最悪粛清されることもあるわけだ」
「な、何が言いたいんだい?」
カーシャは粛清という単語に一歩退く
「つまりは俺らのリスクに合うだけの物がほしいわけだ。わかるな?」
ツリ目の兵士はいやらしく笑う
カーシャはポケットを探る
するといくらかの硬貨が入っていた
「い、今手持ちがないんだ…」
「なら…な?」
ツリ目の兵士はカーシャの横に立ち、その肩に手を置く
「…詰所横にトイレがある…行こうか?」
「…ああ…わかった…」
なんとなくわかってはいたが、カーシャは腹を決めてツリ目兵士の跡をついていく
そんな二人の後ろ姿を見て強面の兵士がツリ目の兵士を馬鹿にしたような態度で呟く
「はっ…信じらんねぇ野郎だな…制服を着てない時にヤレよ…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あれからどれくらい時間がたっただろうか
演習時間はとうに過ぎ、お互い大破
審判を務めるマガダンの艦娘は長門とオスリャービャの創りだした決闘の空気に咽まれ、身体が硬直し、手に持った判定の旗はなんの意味も成していなかった
「はぁっ…はぁっ…!」
「…くっ…はぁ…はぁ…!」
演習場でお互い砲撃し合う戦艦ニ隻
その様子は最早演習などという可愛いものではない
まさに殺し合い
そんな死線の中、先に口を動かしたのは長門だった
「…残念だが私はもう弾切れだ…この勝負…私の「ねえナガト?」
「…?」
半ば諦めたように話し始めた長門だったが、オスリャービャに遮られる
「…私達って…どうして人の形をして生まれ変わったのかしら…当時の軍艦の姿じゃなくて…」
「…さぁな…私にはわからない…」
長門はオスリャービャから視線を外し、そう答えるとオスリャービャは右手を前に突き出し、力強く拳を握る
「…私達艦娘は戦うためだけではなくて…闘えるようにする為、じゃあ駄目かしら?」
「…闘う…?」
「何も砲撃や雷撃が"今"の私達の攻撃方法じゃないでしょう?」
そこでぴんときた長門
「…それは…」
浮かない顔でオスリャービャに返す
それもそのはず、その攻撃方法とは長門自身があの吹雪に行っていた行為に繋がるからだ
〈…ってぇな……ほらっ!さっさと殺したら!?…殺せっ!ゴリラ女っ!〉
長門の頭の中で蘇る吹雪への懲罰の日々
あの時は吹雪に対するあの行いが正しいと、彼女への罰だと、自業自得だと自分に言い聞かせていた
しかしその行為は決して楽しい訳ではなく、気持ちの良いものではなかった
泥を叩く様な感覚
自分の中のそれまで築き上げていた何かが溶けだしていく感覚
今思い出しても気分が悪い
あの頃の私は正義や仲間の文字が書かれているプラスチックで出来たミクロンレベルの薄さの紙切れを高々と掲げていただけの愚か者だった
もしも願いの叶う7つの水晶を持っていたらきっとこう願っただろう
"あの時の私を消してくれ"と
…等と、くだらない妄「ねぇ、やるの?やらないの?」
妄想の世界に入っていた長門をオスリャービャは無理矢理引きずり出した
「…わかった…やろう…」
握る拳を見て、長門はそう答える
「んじゃあナガトからね!」
オスリャービャはすいーっと海上を滑り長門に近づく
まさに目と鼻の先の距離
「…ああ…わかっている…」
オスリャービャの目を見れないまま、長門は右腕を振りかぶる
腕を組み、仁王立ちをしているオスリャービャの顔を目掛けて拳を突きだす
「!?」
ばこり、と言う鈍い音がすると、長門は右手を突き出したままの姿勢に、オスリャービャは腕を組んだままの姿勢で、首から上は長門に殴られた衝撃により天を向いていた
時の止まる演習場
山下艦隊、マガダン艦隊の模擬戦から退場した艦娘達は演習場中央、二隻の様子を見守る
更にベドヴイは念の為、何があってもいいように医療班をベンチ横に待機させていた
「…」
右手を突き出したままの長門の顔は浮かない
全く覇気のない顔だった
「……ふ、ふふ…ふふふふ…」
「!?」
天を向いたままのオスリャービャの笑い声が聞こえてきた
「…言ったわよね?手を抜いたら鉱山送りにする、って…」
今度は長門の背筋がゾクリと凍え、まるで凍土に君臨する雪の女王に身体を凍らされたかのように身体は硬直する
ふぅ、と吹雪のような真っ白の息を吐いたオスリャービャは組んでいた腕を解き、顔を下げる
大雨に濡れた綺麗で真っ白な顔、その整った鼻から赤い筋が一本垂れる
「…今の拳は何?マシュマロを砲弾代わりに撃ったの?…なら次は私の番ね…教えてあげるわ…?」
オスリャービャは左手を振りかぶる
若狭の長門は他の長門型同様長身であり、その身体も他の艦娘に比べ筋肉質だ
それは戦艦というクラスもあり、自身も日々の鍛錬を怠らず、山下のトレーニング好きも関係するのだろう
対してロシア、マガダン艦隊の戦艦オスリャービャは身長こそ長門と変わらないが、大きく違うのはその細さ…まるでモデルと見間違える程のスラリと伸びた手足を見ては肉弾戦を好むようには到底見えない
しかし長門は確かに見た
オスリャービャの握る拳を
とても大きく、強靭そうな拳を
「パンチって…こう打つのよ?」
衝撃
長門は意識が吹き飛びそうになるほどの衝撃を頬に受ける
全く加減されてない拳
艤装が無ければ自分の頭部は出血する事も許されず爆散するところだったろう
しかし流石は長門、吹き飛ばされることはなくなんとか踏み留まる
「…がっ…!…はぁっ!…はぁっ!…」
息を切らす程の力
しかしそんな中でも長門の頭は冷静だった
(…殴られたのなんて…随分と久しぶり…いや…初めてか…)
自分の記憶を辿っても殴られた記憶はない
まさか初めての全力の拳を受ける相手が深海棲艦ではなく、ロシアの演習相手の戦艦だとは思いもしなかった
(なんだろう…この気持ちは…)
「さぁ、次こそはお願いね」
にこりと笑うオスリャービャ
「…ああ、それでは…」
長門は思い切り振りかぶる
衝撃
「ぶっ!!!!」
長門の全力の拳を顔面で受けたオスリャービャは1度目とは違い、上半身が大きくのけぞった
「…ぶぅーふふぅ……いいわねぇ…それじゃあ…今度は私!」
衝撃
「がはっ!!…くっ…くくく…そら、お返しだっ!!」
それからは大雨の降る中での拳のぶつかり合いだった
殴っては殴られ、殴っては殴られ…
様子を見ていた山下は口を開けたまま唖然とし、チモシェンコは嬉しそうに戦艦達を見ており、能代は視界に入らないよう両手で顔を塞ぎ、ベドヴイは長門達の闘いをしっかり見ており、翔鶴と瑞鶴はお互いの手を握り、ナヒモフは驚愕の表情でニ隻を見つめ、様子を見ていた谷風は呟いた
「…長門さん…笑ってる…」
あの時吹雪に懲罰を与えていた時とは全く違う…
血を流しながら、顔を腫らせながら長門とオスリャービャは嬉しそうに、笑いながら眼の前の御敵と殴り合いをしているのだ
まるで波打ち際でぱしゃぱしゃと水のかけ合いをする子供の様に
流石のベドヴイもオスリャービャが心配になってきたのか、隣に待機する医療班に何かの指示をしていた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ねぇナガト!…そろそろ…私…ヤバくなってきたわ!」
一体何ラウンド殴り合ったのか…
片目の瞼が大きく腫れたオスリャービャが叫び、殴る
「…っ!…ああっ!私もだっ!」
潰れた鼻から大量に出血する長門もここ一番の笑顔でそう答え、殴る
「ぶっ!……はぁ、はぁ…戦艦同士の殴り合い…最高ねっ!」
「ぐっ!…ぁあ…胸が…魂が燃え盛る様…だっ!」
およそ10分、二隻の戦艦の殴り合いは終止符を打とうとしていた
「…ナガト…はぁ、はぁ…次で…決めましょう?…」
「…はぁ……はぁ…ああ…そう、しよう…か…」
オスリャービャと長門は同時に腕を振りかぶる。両者とも立っている…もとい海面を浮かんでいることで精一杯だったようで、振りかぶったその腕は小刻みに震えていた
「…ぁぁああああっ!!」
「ぉぉおおおおおおっ!!」
決着
とはいかなかった
満身創痍のニ隻……いや、二人はもうとうに限界を超えていた
両者とも壮大に振りかぶった腕を突き出すがどちらも空振り、二人共海面に倒れ込んだ
「い、医療班っ!二人を救出!」
ベドヴイが叫ぶと医療班の艦娘達が担架を二本持って演習場の海へ駆けていく
(……ああ……こんな戦いで…死ねるなんて……最高だ)
沈みゆく長門は薄くなっていく意識の中で一人満足していた
《…まだよ。こんな所で沈まないで…長門さん》
聞き覚えのある声が頭の中に聞こえると
バチッ、と長門は沈みゆく中で目が覚める
寝落ちしそうになった瞬間に頭を叩かれたように
そして次第に身体中をオスリャービャに殴られた痛みが長門を襲う
(…い、痛い…いたたたた……)
海中で身体をバタバタと動かして海面へと向かう長門
…好敵手の身体を脇に抱えて
「……ぶはぁっ!!!」
海面からミサイルのように浮かび上がる長門
「オスリャービャ!オスリャービャ!!」
長門は海面に顔を出すと、脇に抱えていたオスリャービャの名を叫ぶ
「…う……な、ナガト…?」
眼を覚ますオスリャービャを見て一安心の長門
「おーい!ここだ!」
近づいてくるマガダンの医療班に海面から手を振る長門
こうして、若狭基地、マガダン基地との合同演習最終日はドローという結果で終わった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…素晴らしい…若狭…いや、山下艦隊は大変素晴らしい艦隊だった…」
展望台、拍手をして山下に賛辞を送るチモシェンコ
「…あの娘のあんな楽しそうな顔を見るのは随分と久しぶりだ…ありがとう、山下中佐」
「…いえ…私は何も……戦っていたのは彼女達です」
「それでも、だよ」
チモシェンコは山下に対して1日目に初めて会った時と同じく右手を差し出す
「…こちらこそ、ありがとうございます」
チモシェンコの差し出された右手に両手で対応する山下、すると山下の両手をチモシェンコの残された左手が添えられた
「……本当に、ありがとう」
ここで3日目にして初めて山下はチモシェンコの表情をしっかりと見ることが出来た
山下の目の前にいたのはマガダン基地の司令官…しかしどことなくまるで愛娘を想う父親の様な…そんな優しい表情をしていた
「んん"…さて…演習に参加した艦娘達には高速修復材を使わせましょうか…日本では愛称の一つとしてバケツ、と呼んでいるみたいですね…なるほど本当に面白い国だ」
チモシェンコはそう冗談交じりに言うと、山下に背を向け高速修復材の使用をするように無線で基地内にあるドックにアナウンスする
「…さてさて…本当は今夜にでも改めてパーティーを開こうかと思いましたが…」
「…いえ…せっかくのお誘いですが…前もってお伝えした通り、このまま入渠を終えた後には我々はマガダンを出ます…」
「…そうですか…とても残念だ…しかしあなた方にはあなた方の予定がありますからな…ですが是非またマガダンへ来てほしい…私の為にも…オスリャービャの為にも…」
名残惜しそうに、願う様に語るチモシェンコへ山下はにこりと笑顔を作り
「…ええ!もちろん!…必ずまた来ます!」
山下は再度、チモシェンコと熱く握手を交わす
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
戦艦長門
先の大戦では旧日本海軍の象徴とも言える大戦艦であった
国から、国民から愛されたまさにヒーローの様な存在
そして艦娘としての生を受けた今でも彼女は若狭のヒーローであった
対する戦艦オスリャービャ
ロシアの英雄、ロジオン・オスリャービャから因んで名を付けられたマガダンの主力戦艦
しかしその氷の女王の様な容姿のせいか、マガダンの国民には敬遠、また恐れられており、基地内でもベドヴイをはじめ、数人の艦娘達としか会話をしなくなり、オスリャービャはどんどんと暗く、誰とも話さなくなっていった。
その姿はまるでかつての若狭基地の阿賀野の様な存在だった
チモシェンコはそんなオスリャービャを心配していたが、そこへ来た若狭基地からの合同演習依頼
他国の海軍と演習でも行えばオスリャービャも多少は元気を取り戻すのではないか、とチモシェンコは考え演習依頼を受諾
結果は大正解だった
オスリャービャと張り合うくらいの戦艦長門が現れ、オスリャービャと意気投合
更にまさか模擬戦ではお互い本気の殴り合いを笑顔で行う程の相手と認識するまでになるとはチモシェンコは思いもしなかった
ぼろぼろになりながらも、戦艦の本能を開放したオスリャービャの楽しそうな姿を見たチモシェンコも喜び、山下への感謝の言葉を送った
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あっははは…最高だったわね…ナガト!」
マガダン基地内ドック
マガダンの入渠設備は浴槽ではなく、木造りのサウナだった
胸から臀部にかけタオルを巻き、木の長椅子に向かい合うように座る若狭、マガダンの演習メンバー達
「…ああ…あんな戦い…初めてだったよ」
オスリャービャの眼の前に座る長門も少し恥ずかしそうに答える
「「「………」」」
そんな二人をなんとも言えない表情で見つめる他のメンバー達
「…ええと…なにこれ…」
谷風は思わず突っ込む
「…さっきまで殺し合ってた二人なのに…って…大丈夫?翔鶴姉!」
瑞鶴の隣に座る翔鶴はのぼせたのか頭を抑えて少しふらつく
そこにマガダンの巡洋艦、ナヒモフが翔鶴に濡れタオルを差し出す
「…え?」
「…貴女はそれを使います」
ベドヴイの翻訳語を聞いて理解する翔鶴姉妹
「あ、ありがとうございます…」
そう頭を下げ、ナヒモフからの濡れタオルを受け取り首の後ろに浸す翔鶴
ベドヴイは瑞鶴と翔鶴を見比べる
「…な、何よ…」
「…これが格差…」
「んなっ!!」
「…?」
瑞鶴は顔を赤くして胸元を隠す様に巻いてたタオルの位置を上げ、首の後ろに濡れタオルを浸す翔鶴はなんの事かしらと疑問顔
「ベド…?」
そこへオスリャービャの鋭い名指しにベドヴイは表情を変えないまま、はいはいと両手をあげると、サウナ内に取り付けられたランプが点滅する
「あら、修復完了ね…みんな傷はどうかしら?」
山下艦隊の面々は自身の傷ついていた箇所を見て
「…大したもんだねぇ…もう全快だよ!」
谷風は笑顔でオスリャービャに答えると、オスリャービャはふふ、と笑い
「日本では浴槽式なんですってね?私も入ってみたいわ…さて、そろそろ出ましょうか」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あっははは…最高だったねぇ…お嬢ちゃん」
マガダン基地ゲート横の警備兵の詰所
その横のトイレで着崩れを直すカーシャとツリ目の半裸の兵士
「…これで約束通り…中へ入れてくれるんだろう?」
事を済ませたカーシャは表情を変えることなくツリ目兵士に強めの口調で問う
「え?…ああ…あー…そうだな…後で隊長に許可申請してきてやるから明日また来なよ」
烈火
カーシャの頭が一気に熱くなる
「ふ、ふざっけるな!…お、おまえ…お前っ話がちっがうだろぉ!」
昔から声を荒げる様な少女ではなかったカーシャもこれには大声をだし、ツリ目兵士に詰め寄る
「あはは…悪かった悪かったって…明日には入れるようにしておくからさ…」
「…くっ!…」
そんな時、詰所内側に放送が入る
『お客さんのお帰りだ!お前ら準備をしろ!」
「!?」
外でゲートが開く音がし、カーシャには外から数台の車が基地から出て行く音が聞こえた
「…あ…ああ…!ぁぁあっ!!」
絶望に駆られるカーシャはツリ目を構うことなく、トイレの扉を開ける
しかし出ていった車はマガダン港の方へと走って行ってしまう
カーシャは駆け出した
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…北洋艦隊…ですか?」
マガダン港へ向かう車中、チモシェンコとの話の中で言われた中国の艦隊名
「…ええ。ご存知ですか?」
「…あー…名前は聞いたことはあります…その…あまりいい話ではありませんでしたが噂も、はい…」
チモシェンコは山下の反応を見て渋い顔をする
「以前一度だけ…大分昔に北洋艦隊と演習を行ったことがあります…ですがお世辞にも海軍の看板を背負うには些か…その…野蛮という単語が似合う様な集団でした…」
北洋艦隊…
大清国時代の艦隊名を名乗る中国海軍の問題児…もとい問題艦隊
深海棲艦と戦えば近隣の国に被害が出るほどの過剰な攻撃を行い、他国の海軍と演習をすればルールを破っての行動ばかり
間違えたと称して実弾で撃ってきたり、基地の物資を盗んだり、相手艦隊の艦娘を拉致したり、などなど…
「…いいですね?北洋艦隊から演習の申請があっても絶対受けないように!…煽られても挑発に乗らないようにしてください」
ここ一番の真剣な表情のチモシェンコの迫に圧倒される山下
「わ、わかりました…気をつけます…ですが何故今私に?」
「…ここ最近…彼等の活動が目立ってきています…一度日本の艦隊にコテンパンにやられたことがあったそうですが…また性懲りもなく悪さばかりしているようで…特に日本の艦隊に対して演習の申請をしていると聞きましたので…」
「…ああ…ご忠告、ありがとうございます…」
「さぁ、そろそろ港につきますよ。ご用意を」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はぁっ…はぁっ…!」
マガダン市内、港へ続く裏路地を息を切らして走る白髪の少女が一人
カーシャ…もとい、響だった
響はマガダンから出発した山下達を追いかけ、裏路地、裏通りを使いに使ってショートカットして港に向かっていた
(きっともう港には到着する頃…!チャンスは一度しかないっ!)
港に到着したらフェンスを超えて…もし兵士に捕まってもそこで騒げば山下は気づいてくれる…もし駄目でも若狭の誰かが気づいてくれればいい
そう思いながら汚れたスニーカーを履いた脚は地を蹴って前へ進む
(司令官…!司令官!司令官!!)
あと少し
建物と建物の間にマガダンの海と、山下の乗ってきた戦艦土佐が見えた
「…やっ…」
響の進路の先に誰かの影が見える
建物と建物の間の路地中央にこちらを向いて立っている
その影に近づくと急いでいた脚の速度がどんどん下がった
「……嘘…だろう…?」
そして遂に脚を止める
響は眼の前に立つ少女の姿を見て驚く
なぜならその少女は響の知る少女だったからだ
「…浦波…?浦波だよね?…私だ…響だよ!暁型の!」
約10年ぶりの仲間との再開
響は若狭の艦娘に会えた事、昔の仲間に逢えた事を喜ぶ
しかし対する浦波は眉をピクリとも動かさず、真顔で響を見つめていた
「…久しぶ……浦波…!?」
響が驚くのも無理はない
浦波のその手に持っていたのは軍に属する者が持つには珍しい…
家庭用の包丁だった
浦波は包丁の柄を両手でしっかりと握ると響に向かって走り出した
驚きとここまで走ってきた疲れで浦波のやろうとしていることが理解できない響の腹部に浦波の握る包丁が深く突き刺さる
「…え……え?」
浦波が突き刺した包丁を勢いよく抜く
響の着るコートのボタンが地面にからんと音を立て落ちる
瞬間、ぽたりぽたりと腹部から生温かい水が垂れる
「浦波…?なに…これ……」
再度浦波は響の腹部に包丁を突き刺す
「…やっ…うら…」
とす
とす
…と何度も突き刺しては引き抜き刺しては引き抜き
響の腹部から股下へとまるで壊れた水道の蛇口のように血が滴る
思わずうつ伏せに倒れる響
その響の背に跨ぎ、響の背中に何度も包丁を突き立てる浦波
何度も、何度も何度も…
響は眼の前に僅かに見える…建物と建物の間に見える土佐に向かって手を伸ばす
「…司令官…司令官…」
響の視界の揺らぎが無くなる
もう刺されていない
響の視界に浦波の背中が映る
浦波は響の方を振り返ることなく土佐の見える港の方へと歩いていく
(…司令官…もうすぐ会えるよ…司令官…)
血を吐きながら、イモムシのように裏路地の地面でぐねぐねと動く響
その美しく、白い肌が真っ赤に染まっていく
響の眼の瞳孔が大きく開く
…意識が切れた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「!?」
眼の前からスポーツ飲料の缶がぽーん、と投げられる
キャッチ
うん、キンキンに冷えている
これは良いものだ
「…ありがとう」
気が付くと響は若狭基地内にある演習場裏のベンチに座っていた
溶け出すような陽の光
耳を澄まさないと意識できない程の蝉の大合唱
陽炎で揺らぐ若狭基地の本館の建物
そして眼の前の吹雪
そう、あの吹雪だ
敵戦艦の攻撃で沈んだはずの…
相変わらず艤装がなければどこの田舎中学生かと思うほどのぽやぽやし雰囲気の少女
「…居眠りしてたの?響ちゃん」
「…ああ…とても…とてもとても嫌な夢を見てたようだ…死にたくなるくらいの…」
響はそう言って肩を震わせる
すると吹雪はそっと響を抱きしめる
「…吹雪…」
「…大丈夫…もう大丈夫だよ…響ちゃん…」
「…ああ…ああっ!」
響は自身を抱きしめる吹雪の背に手を回し、二人はベンチで抱き合う
「…やっぱり…響ちゃんだったんだね…」
「…!?…磯波…」
吹雪と響を見守るように、磯波が木陰に立って優しい笑顔で二人を見つめていた
「…なんだろう…磯波…私は君に謝らないといけない気がする」
「…そんなこと、気にしなくていいんじゃて」
「そうそう!」
吹雪と磯波から声のした方へ視線を変える
浦風と阿賀野も響の近くにいた
「…浦風…阿賀野さん…どうしてここに?」
「利根さんも加賀さんもいるわよ…だってここは若狭だもの」
阿賀野も磯波同様優しくそう答える
「それに、響ちゃんがここにいるって教えてくれた娘がいたの!」
吹雪が響の手を握り、変わらずぽやぽやした笑顔でそう答える
「…教えてくれた?」
「そうそう!…えーと…あれ?さっきまでそこにいたのに…」
吹雪はきょろきょろとあたりを見回す
「…猫の娘じゃね?」
「ああ…そういえばさっきいたわね…猫のぬいぐるみを抱いたセーラー服の娘」
「…あれってぬいぐるみなんじゃろか…」
浦風と阿賀野はあれは生きてる、いや、ぬいぐるみだと言い合う
まさかこの光景をまた見れるなんて、と考えながら響は浦風達をぼうっと見ている
「さ、響ちゃんも行こう?」
吹雪はそう言って響に笑顔で手を差し伸べる
「…ああ…」
長い長い悪夢から目が覚めた
帰ってきたい場所へ帰ってきた
ならこう言うしかないじゃないか
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…た…だ………ま……」
口元から血を吐き、腹部と背中の傷からから溢れんばかりの血液を流しながら、元若狭基地第2遠征隊所属駆逐艦響はマガダン港へ続く路地裏で息を引き取った
その眼は涙を流し、虚ろのまま…手は海の方へと向けられたままだった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ああ!浦波…どこに行ってたんだ?探したんだぞ」
戦艦土佐の甲板に立つ山下が点呼をすると一人足りていなかった
駆逐艦浦波だった
艦内を捜索していると防寒用のコートを着た浦波がひょっこり現れ、皆安堵した
「…もう仲間を失うなんてゴメンだからな…見つかって良かった…」
そう言って山下は眼の前に立つ浦波の頭を撫でる
浦波は嬉しそうに笑う
…果たして
浦波は山下に頭を撫でられたから笑ったのか
皆が自分を心配してくれて嬉しくて笑ったのか
馴れない国からようやく出ていけるのが嬉しくて笑ったのか
…騙されたとはいえ、愛する姉を殺害した犯人への仇を取れたから嬉しくて笑ったのか
声を失った少女の心は、少女本人にしかわからない
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マガダン港から出発する戦艦土佐
それを見送るマガダン艦隊の面々の中、チモシェンコとオスリャービャも他の者達と同じく並んで山下達の乗る戦艦を見送る
「…良い、友達が出来たな…オスリャービャ」
「…ええ、本当に…」
オスリャービャは嬉しそうにそう答える
「…しかし彼には言わなくて本当に良かったと思うよ…」
「あら?あの作戦の事?」
「…ああ…彼から長門を引き抜くのは流石に気が引ける…」
「…でも必要なんでしょう?…長門が…」
「…うむ…上からの命令だからなぁ…いっそ建造してみるか…」
「…カーライル…サラトガ…サカワ…あとウチが集めるべき艦娘はドイツ重巡とナガトだけよね?」
「…上の連中はどうかしている…米国と同じ実験をしようとしているとは…」
「……そう、ね…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昨日響とホドルコフスキーが一夜を共にしたホテルの一室
その枕元にはホドルコフスキーが寝てる響に宛てたメモが残されていた
ーーーーーーーー
やぁ、おはようヒビキ
昨日の夜は色々と話してくれてありがとう
必ず身分証と証明書を君に渡せるよう約束する
いつもよりお金は多めに置いておくよ。帰国する為の準備資金にするといい
それじゃあ近いうちにまた会おう
ーーーーーーーー
後日、響は本当の意味で日本に帰ることになる
翌日の早朝、見回りをしていたマガダン港の警備員が地に伏せる響を発見し、通報
最初は近くに落ちていた包丁を見た捜査員曰く
「どこかの男に手を出してその妻にでも刺されたのだろう」
と判断されたが、匿名で響の身分証が警察署に届けられ、その後遺体は丁重に日本へと送られた
約10年ぶりの帰還であった
ロシア編これにて終了となります
響好きの方々はこんな結末ですいません(すいませんとは言ってない)
なお、憲兵察呼びは日本だけとなりますので…決して忘れた訳ではないのですよ
次回、若狭基地編ラストのお話になります
吹雪に会いに行った准将…彼の運命やいかに!