はい、松井准将の過去のお話になります
「敵爆撃機!」
「だめ!間に合わない!」
「…くっ!…こんなところで…っ!」
「!?」
「あ、あれは…九〇式…?」
「…ふぃー……なんとか間に合ったって事でええか?」
「…あ、貴女は…なんで…」
「あはは…なんやー…キミ顔汚れとるなー…」
「…ほらしっかりしーや…」
「…アメちゃん、食べるか?」
いつも明るくて皆を楽しませる彼女の事が私は大嫌いだ
誰よりも身体は弱いくせに誰よりも心が強い彼女が私は大嫌いだ
でも
彼女が見てくれたから私は戦える
彼女がいてくれたから私は私を保つ事ができる
彼女が来てくれたから私は立てる
彼女が助けてくれたから私は生きている
私は彼女を
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昭和93年夏
太陽の日差しが伊豆の海面の所々を真っ白に反射させる
西伊豆の海沿いにあるここ伊豆海軍基地に一人の大荷物を持つ眼鏡をかけた青年が到着する
「…横須賀から遠かったなぁ…ここが伊豆海軍基地…」
青年の目の前に広がる建物群
そこは東海支部直下、静岡3大鎮守府の1つ、伊豆海軍基地だった
「…よしっ!…研修頑張るぞ!」
「こんにちは、東海支部からいらした松井准将補佐官ですね?」
小さく気合を入れる青年に女性の声が掛かる
「…え?」
声がした方を向くが誰もいなく、そこには海軍基地の正門が大きく佇むだけであった
…と、思われたが視線を少し下げるとセーラー服におさげ髪のあどけない、しかし覇気のない表情の少女がそこに立っていた
(…この制服は確か…)
「ええと…吹雪型の…?」
青年がそう尋ねると少女は小さく頭を下げ
「はい、特型駆逐艦、吹雪型二番艦の白雪です。源中将より基地内へお連れするようにと御命令頂きました」
海軍士官学校卒業後、海軍准将の父親のコネで特別に准将補佐官の階級に着いた青年、松井。
今回はそんな実戦経験のない青年の成長の為、父親、そして加藤少将の計らいで静岡3大鎮守府合同の深海棲艦掃討作戦の作戦研修にやってきた
白雪に連れられ基地の正門をくぐる
本館までの道は綺麗に整えられており、建物の外観も清潔感のある色合いとなっていた
周りをキョロキョロ見ながら白雪についていく青年はそんな基地を見ながら思う
(…艦娘がいない…)
東海の海軍基地の中ではなかなかに戦果を挙げている伊豆海軍基地
艦娘の人数も資料を見た記憶を辿ると118人となかなかに多い
しかし基地の敷地内、少なくとも建物の外には艦娘の姿は見られなかった
(…駆逐艦とか敷地内で遊んでるイメージあったんだけどなぁ…)
しばらく歩くと施設本館の入口に到着する
「…どうぞ。准将補佐官」
「…あ、ありがとうございます…」
白雪が入口の扉を開ける
施設内もこれまた小綺麗な内装だった
「…流石…立派ですね…」
「ありがとうございます。閣下は上の階の執務室にてお待ちです」
「あ、はい」
白雪の後を追い、階段を登る
その最中、階段踊場の窓から廃屋のようなボロボロの建物が見える
「…あそこは…?」
青年の言葉で白雪も窓の外に視線を向けると言い捨てるように一言
「艦娘寮です」
「…あ、はい…すいません…」
さっさと案内を終えたいのか、白雪の不機嫌な雰囲気に思わず謝る青年
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
到着したのは4階執務室前
白雪は執務扉を控えめなノックで3回叩く
「白雪です。閣下、松井准将補佐官をお連れしました」
『入れ』
「失礼致します」
野太い、見た目が想像できる男の声が返ってくると白雪は静かに執務扉を開ける
「…どうぞ」
「…し、失礼致します」
執務室に入ると中は煙たい臭いが部屋全体に充満していた
薄暗い執務室、目を凝らすとその部屋奥にある執務机の前の高そうなソファーに士官服を着た3人の男女が座ったまま青年の方を見ていた
「…よく来たな。松井准将補佐官どの…私が伊豆海軍基地司令官、源だ」
偉そうにソファーにふんぞり返る関取のような巨漢の60代手前の中年男性
この部屋の臭いの原因は彼の吸う葉巻の煙だった
「…っ!…と、東海支部より作戦指揮の研修に参りました!松井准将補佐官です!これより作戦終了までどうぞよろしくお願いします!」
一瞬驚いた青年だったが、自分の役割を思い出して姿勢を正し、敬礼しながらはきはきと挨拶をする
すると源の隣に座っていた肩まである長髪の40代の少しチャラついた雰囲気の男性将校がソファーを立ち上がり青年に敬礼
「源さん、流石にその態度は無いでしょ〜…私は駿河鎮守府、今川中将です…どうぞよろしくお願いします」
礼儀正しく挨拶をするように見えるがどことなく青年を見下したような笑顔の今川
「…ちっ……っせーな…」
気怠そうに小声で悪態をつき、源と今川に次いでソファーを立ち上がるのは30代と見られるツリ目の女性士官
「遠江海上防衛基地…中佐の水野です。よろしくお願いしまーす」
これまた面倒くさそうに、苛つきながら青年に敬礼をする女性士官
「…あーあ…信じらんないねぇその態度…」
挨拶を終え、ソファーに座った今川はヘラヘラしながら水野を鼻で笑う
「いや、だってまだ准将じゃないんですよね?海軍の見習いみたいなやつにする挨拶なんてないでしょ?」
「…あ、あはは…」
これには青年も苦笑い
「…今川、水野…彼は大本営の加藤少将も一目置く将来有望な若者だ…きちんと礼儀正しく挨拶しておかなければ貴様らの立場も危うくなるぞ?」
「…いえ、いえいえ!僕なんて全然…!」
将来有望、そんな事を言われて"ええ、有望です"なんて言えるほど青年は図太くない
青年は一歩、眼の前の3将校に近づくと背後から強い視線を感じ
「…それ以上、許可なく閣下に近づくのはご遠慮をお願いします」
はっきりと、芯のある声で背後からそう言われた青年の身体は時が止まったのかのように凍りつく
唾を飲み込み、ゆっくりと後ろを向く
執務室に入ってきた時には気づかなかったが、振り返ると部屋の扉側の壁を背に、3人の艦娘が並んでいた事が分かる
重巡洋艦最上、駆逐艦卯月、そして青年に声をかけた朝潮型駆逐艦のネームシップ。朝潮だった
「…す、すいません…」
まさかの青年も見た目が童女の艦娘に叱られるとは思っていなかったので驚く
「…朝潮…構わん」
源が朝潮に向かってそう言うと朝潮は姿勢を正し源に敬礼
「はっ!失礼しました!」
そう返すと朝潮は両手を背に廻し、警備兵の様に元の配置へ戻る
「…」
呆気にとられる青年
「…安心してくださいよ。彼女達は我々の秘書艦ですよ。補佐官どの」
馴れ馴れしく青年の肩に手を置いた今川はへらへらとそう説明する
「…では、荷物を置いて頂いたら作戦会議とするか…白雪、彼をゲストルームへ案内しなさい」
源が白雪にそう命令すると白雪は敬礼と返事をして青年を部屋の外へと促す
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…見ました?あの顔…間抜け面だったわね」
「まーそう言うなって…あいつだってお坊っちゃんなんだから…現場の空気に慣れてないんだろ?」
「貴様ら私の評価を下げるつもりか?余計なことは言うんじゃあない」
「…はーいはい…ったく…大本営も余計な事を…社会科見学なら別の所行けってんだよ…」
「…加藤の爺さん…私達の事に気が付き始めたのか…?…まぁいい、さっさと掃除を終わらせてあの小僧を送り返すか」
「そうですね…汚いイカ共を焼き払いましょ?」
…これは今から6年前
松井が准将の地位に着く前の…まだ駆け出しの頃のお話
恋と友情と絶望のお話
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゲストルームにて荷物を置き、準備をした松井は会議室前に立つ
「…よしっ…」
扉の前で深呼吸、少しジャンプをして気持ちを落ち着かせる
そんな松井を不思議そうな目で見つめる白雪
「…お願いします!」
松井がそう言うと白雪は執務室の時と同じように会議室の扉をノックして確認を取る
源の返事が聞こえ扉が開かれた
会議室、部屋中央には近海の地図が広げられた広いテーブルがあり、壁に備え付けられたモニターにはここ最近の敵深海棲艦の電探記録と見られる数字が映し出されていた
「さて、始めるか」
源の言葉で作戦会議は始まった
作戦名、菱作戦
半年前より、ミッドウェー島にて深海棲艦の泊地を発見
確認出来た敵の数は凡そ20隻
その中には"最初の深海棲艦"の一隻が確認されているとの話
本作戦は伊豆海軍基地中将、源を総司令とした静岡3大鎮守府の連合艦隊による敵深海棲艦の掃討作戦である
前段階としてミッドウェー島近海にあるグリーンライン島でポイントAとなる泊地を展開
その後、後段階のしてミッドウェー島近海ポイントB.C.Dに艦隊を配置後、ポイントEの敵艦隊へ空からの航空攻撃、そして海上からの艦砲攻撃を行う
ポイントBCDEを線で結ぶと…
「…菱形…?」
松井は一人小さく納得する
今川はあえて松井の一言を無視、引き続き作戦の説明を続ける
「…では航空攻撃のメインを伊豆艦隊、艦砲攻撃メインを遠江艦隊、ウチの駿河艦隊は敵艦隊をポイントEまで誘き出す誘導、遊撃部隊と言う事でよろしいですか?」
「言うのは簡単よね…っていうか"最初の深海棲艦"がいるって…本当なんですか?」
水野は頬杖を付きながら源に問う
「…うむ…不確かな情報だが本当ならこれ程手柄になる目標はおらん」
「あ、あの…」
源が答えると、恐る恐る手を挙げる松井
「…最初の深海棲艦というのは…?」
松井の問いに源、今川、水野は呆れた表情になる
今川はやれやれといった風に松井に返答する
「…その名の通りの存在です…昭和60年にミッドウェーに現れた一番最初の深海棲艦の艦隊ですよ。空母級が4隻に重巡が一隻」
水野が補足
「そいつらをぶっ倒したのがこれまた最初の艦娘って呼ばれた存在なんですよ」
「…そ、そうなんですね…」
「…要は、その生き残りがいるかもしれない、という訳だ。補佐官」
これまた源もつまらなそうに答える
「…まぁ引き続き駿河の方で敵地偵察を続けましょう…もしかしたらもうどこかへ行ってしまったかもしれないですし」
「…」
「では次いで各艦隊の編成を…」
この後しばらく作戦の打ち合わせは続く
ここで松井が驚いたのは3人とも真面目に作戦を話し合っていたことだ
失礼ながら先程の初対面の印象から3人が3人でバラバラに動くと思っていた松井
ちらりと背後に視線を向けると秘書艦の3人が松井に視線を向けていた
(…そりゃあ…まだ信用ないよね…)
(…いやいや!そんな事どうでもいい!今は学ばなきゃ!)
邪な念を払い、将校たちの話を引き続きメモに取る松井
「では決行まで、各々準備に励まれる様に」
源の締めの言葉で作戦会議は終了となった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日の夜、松井は与えられたゲストルームで今日学んだ事を復習していた
「…なるほど…誘導でポイントまで誘い込んで一気に叩く、と…でもその為には見つからないように島へ…」
すると扉からノック音が聞こえてきた
松井はすぐさま扉を開けると、昼間案内をしてくれた白雪がトレーに食事を載せ立っていた
「…御夕食です。お持ちしました」
「…あ、ありがとう…ございます」
松井はトレーを持つ白雪を部屋へ入れる
「…こちらに置きますね」
「…す、すいません。わざわざありがとうございます」
白雪はいえ、と言うとテーブルに食事を置く
そして松井に向き直るとその少し暗い表情で問いかける
「…准将補佐官、伽は何時に参ればよろしいですか?」
「…はぇ?…な、なんだって?」
予想外の言葉に素っ頓狂な声が出た松井
「准将補佐官、伽は何時に参ればよろしいですか?」
「いやいや…復唱じゃなくて…な、なんでそんな事を?」
「…?閣下より准将補佐官への伽を行う様にと御命令頂きました…駄目でしたか?」
「…とぎ、って…いや、そんな事できるわけ無いじゃないですか…っていうか駄目でしょ…」
「…承知しました。では私はこれで失礼致します…食べ終わりましたら食器はそのままにお願いします」
白雪はそういって頭を下げると部屋を出ていく
しばらく呆然と部屋の真ん中で立ち尽くす松井
「…はっ!…いやいや!………なんだこれ……」
その夜、もやもやしたままの松井はなかなか寝付けなかった
…もちろん部屋の内鍵は掛けた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数分後、白雪は基地内の真っ暗な通路を進むと源中将の私室の前に到着する
白雪は顔を歪ませる
何故なら部屋の中から聞こえてくるのは同じ艦娘と思われる少女の喘ぎ声と思える声と、湿気を帯びた何かを打ち付けているような水っぽい音が聞こえていたからだ
意を決して白雪は扉を3回ノックする
ノックをすると打ち付けられていた音は止み、源の声
「…誰だ」
「…白雪です。准将補佐官は"御土産"の方は結構と言って受け取られませんでした」
「…そうか。わかった」
「…失礼致します」
白雪がそう言って扉から離れると、乾いた音と少女の声が再び聞こえてくる
白雪は足早に両手で耳を塞ぎ源の私室を後にした
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
源の私室
「…ふぅぅうう…」
キングサイズのベッドの端に力無く息切れ切れでうつ伏せで倒れ込む全裸の少女
その横には葉巻に火をつけた汗だくの巨漢の男、源が寝転がっていた
「ったく…あの小僧め…私からの贈り物を断るとは…あの様子だとロリコンだと思っていたのだがな…」
源はつまらなそうに力いっぱい隣に倒れ込む少女の臀部を平手打ちする
「っ!…」
ビクリとはしたが声の出せないほど疲れ切った少女
「くくくっ…だがまぁいいさ…どうせすぐにこの基地のルールに従う様になるだろうよ…」
そう笑顔で呟くと源は少女の脇腹を寝転んだ姿勢のまま思い切り蹴り飛ばす
「うぎゃっ!」
蹴り飛ばされた少女は金切り声を上げベッド下へ落とされる
「もうとっとと部屋に戻れ!目障りだ!」
源がそう怒鳴るとふらふらしながら立ち上がり、自身の着てたであろう服を両手に抱え扉の方へ向かっていく
「はぁ…はぁ…御指導…ありがとうございました」
重巡洋艦鳥海は涙目になりながら源へ頭を下げてそう礼を言うと、服も着ずに源の私室から出ていく
「…くくく…明日は青葉でも呼ぶか…」
べろり、と舌なめずりをしていやらしく源は笑う
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「総員起こし!全員目を覚ましなさい!朝です!朝です!」
「…う…」
翌朝
少し遠目から秘書艦と思われる少女の声が聞こえる
艦娘寮とは離れたここ本館のゲストルームにも聞こえてくるほどのスピーカー音
「…もう朝…か…ん…?」
壁にかけられた時計を見ると短針は5時を指している
「…マジですか…」
ゲストルームの窓から外を見下ろすと艦娘寮の出入り口から何人もの艦娘達が駆け足で外に出てきた
「…なんだ?」
艦娘達の向かう先は演習場と見た松井は大急ぎで身支度を始める
最中、扉からノック音聞こえた
「あ、は、はい!今すぐ!」
扉を開けると昨日色々と世話をしてもらった白雪があいも変わらず力ない表情で立っていた
「おはようございます。准将補佐官」
礼儀正しく挨拶をする白雪
「あ、おはようございます…」
松井もぎこちなく挨拶を返す
「…ええと…皆さんは…?」
「皆さん勤行…朝のトレーニングです」
(…勤行って…お寺みたいだなぁ…)
「…あ…ええと…白雪さんは良いんですか?」
「私は作戦期間中、准将補佐官に付くことを御命令頂いたので…昨日の御夕食、お引きいたしますね」
「…あ、ありがとうございます…」
手際よく準備をする白雪
「…閣下より、是非准将補佐官にも演習場へお越し頂きたいとの事です」
「…はい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
演習場に到着した松井の目に入ったのは伊豆海軍基地の艦娘達が演習場広場に整列している光景だった
(…すご…100人の艦娘…壮観だな…)
その艦娘達の前、朝礼台に乗るは伊豆海軍基地提督、源だった
「…伊豆海軍基地ぃ〜海訓〜…称えよっ!」
源が聞き慣れない単語を言い放つと艦娘達は一斉に気をつけの姿勢になると大きく息を吸いこみ
「「「一、閣下に笑顔で元気よく挨拶せよ!」」」
「「「一、閣下との約束を守れ、閣下に嘘はつくな」」」
「「「一、閣下に感謝せよ」」」
松井、驚愕
(…なんこれ…)
源がポーズをとって叫ぶ
「もぉおういちどぉおおっ!!!」
「「「一、閣下に笑顔で元気よく挨拶せよ!」」」
「「「一、閣下との約束を守れ、閣下に嘘はつくな!」」」
「「「一、閣下に感謝せよ!」」」
「更に更にぃもぉおおいっどぉおおおっ!!」
「「「一、閣下に笑顔で元気よく挨拶せよ!」」」
「「「一、閣下との約束を守れ、閣下に嘘はつくな!」」」
「「「一、閣下に感謝せよ!」」」
「声が足りぃぃいいいいんぁあっ!!」
「「「一、閣下に笑顔で元気よく挨拶せよ!!」」」
「「「一、閣下との約束を守れ、閣下に嘘はつくな!!」」」
「「「一、閣下に感謝せよ!!」」」
「ふぅぉおおぉぉぅぅううっ!!」
声が枯れるまで謎の言葉を叫ぶ少女達
テンションの上がった源は朝礼台の上でステップを踏む
その光景をまるで変わらない表情で見つめる白雪に
何が何だか分からない状況に退く松井
「…なん…なんです?…これ…毎朝やってるんですか?…こんなこと…」
「…?はい、もちろんです」
さも当たり前かのように松井に答える白雪
「…そ、そうですか……凄いなぁ…」
朝礼台の上でステップを踏んでいた源が松井の存在に気がつく
「…っ!?…補佐官!こっちへ来なさい!!」
ハイテンションなノリで松井に手招きをする源
「…う…」
この状況に退ききった松井だが相手は格上の上官、呼ばれれば向かうしかない
「…おはようございます、源中将」
色々思うところがあるが、朝礼台の下から松井は源に敬礼
「うむ、おはよう補佐官…どうだ!これが我が伊豆海軍基地の総戦力だ!」
源は両手を大きく広げて眼前に姿勢を正し並ぶ艦娘達を見せつける
「はい…えぇと…凄いです…迫力が…」
「そうだろうそうだろう!…艦数だけなら駿河にも負けんよ!がはははは!」
高笑いの源
松井はちらりと整列する艦娘達に目を向ける
気をつけの姿勢のまま微動だにしない艦娘達、彼女たちの視線もどこを見ているのかすらわからない程だ
そして何人かは顔や腕、足に殴られたようなアザをつけた者たちもいる
「…」
「さぁ、こっちへ…」
「はい…」
源に促され朝礼台を上がる松井
「さてさて…今回の作戦期間中私達と生活を共に送る松井准将補佐官だ!挨拶をしろぉっ!!」
「「「よろしくおねがいします!松井准将補佐官どの!」」」
「と、東海支部より参りました!松井です!作戦期間中、よろしくおねがいします!」
無表情の艦娘達に敬礼し、声を張り挨拶をする松井
(この空気感…早く終わらせたい…)
実のところこの当時松井は人前に出ることを得意としてはいなかった
士官学校時代から同級生たちとは別の教室で学び、特に仲のいい友人もいなかった
それだけにここに来ての大人数の艦娘達の前での挨拶
松井はこころなしか逃げ出したい気持ちでいっぱいだった
「ふむ…ん?…朝潮!」
「はいっ!閣下!」
源が秘書艦の名を呼ぶと列の前に立っていた朝潮が源の前に駆け足で近づく
源は整列する艦娘を見ながらつまらなさそうに朝潮に問う
「三航戦はどうした?何故いない?」
「はいっ!第三航空戦隊は昨夜より遠征任務です!まだ戻られていません!」
「…ふむ…全く…准将補佐官が来ているというのに…あの小娘共めっ!」
「…第三航空戦隊には私、朝潮から厳重に注意をしておきます!」
「…いいだろう。朝潮に任せる…さて、挨拶も済んだ…補佐官、こちらに来なさい」
源が朝礼台を降り、松井も付いて朝礼台を降りようとする、すると朝礼台の前に立つ朝潮と目が合う
「…」
松井を見る朝潮の目つきは鋭かった
きっと源の意を反する行為をすれば
この少女によって不敬罪で懲罰を受けることになるだろう
まだ正式な海軍将校ではない松井はその懲罰の対象者になる可能性がある
そんな鋭い目つきの朝潮に会釈をして源に着いていく松井
松井と源が朝礼台を降りたのを確認すると朝潮は列先頭に並ぶ少女の方を見て合図を送る
するとその少女が他の艦娘達に何かの指示を出すと艦娘達は5列縦隊に並び、演習場の広場をランニングし始めた
演習場から基地本館へと歩いて向かう源、松井、朝潮、白雪
「ふーむふむ…補佐官…昨日は私からのお土産を受け取ってもらえなかったようだね?」
「…え、あ…いや…はい…」
源はそのでっぷりとした下っ腹を揺らしてぐふぐふと笑う
「…そこのガキじゃあもの足りないか…別の艦娘を担当につけようか…?」
「!?」
源がそう言い切ると白雪の肩がビクリと震え、顔面蒼白になる
「…ぃ…いや……」
白雪は小声で震えながらそう呟く
そんな白雪の声を聞いた松井はよくわからないがこの流れはまずいと感じ
「あ、いやいや…昨日から彼女には用意していただいた私室への案内だったり食事だったりでお世話になってますし…!このまま白雪さんをぼ、私に付けていただけると!…はい、助かり…ます?」
両手をわさわさと動かしながら答える松井
「恐れながら朝潮も同感です。今回松井准将補佐官への補佐担当として白雪さんに付いてもらう事は彼女のこれからの成長に繋がる事かと…」
「…ふむ。判断は朝潮に任せようか…必要なら担当を変えてもらって構わん」
「はい!お任せください!」
そう返事をして朝潮は源に敬礼をする
白雪も心なしかほっとしていた
(…なんなんだ…この基地は…)
「うむ、そういえば桑田憲兵巡査部長から報告をもらっていたな…」
何かを思い出したのか源はそんな事を呟いた
「はい!来週より新たな憲兵の方が着任させるようです。名前は清「くだらん!…そんな奴の名などどうでもいい」
「はい!失礼致しました!」
(…自分から聞いたんだろ…)
「…さてさて…では本日は我が基地、伊豆海軍基地をご案内しよう…」
「は、はい!ありがとうございます!」
「…白雪、ご案内しろ」
「…はい、承知しました」
(…中将が案内してくれるんじゃないのか…)
「私は忙しい…朝潮、後で青葉を私の私室に呼びなさい」
「はい!了解しました!」
「ではまたな、補佐官」
「あ、はい…」
そう言って源と朝潮は本館の方へ歩いてゆく
松井と白雪を残して
「…あー…案内、お願いできますか?」
「…はい、どうぞこちらへ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
同時刻
基地施設内の高い木の上に登って演習場の方を見る数人の少女達がいた
「…んー…眼鏡外したらイケメンかもねー」
「い、イケメン!?…時津風!ちょっと早く私にも見せなさいよ!」
「ちょっ…天津風!…双眼鏡の紐引っ張らないでよ!これ雪風の形見なんだから!」
「な~にが形見や…ホレ、はよウチにも見せてや?」
「…わかったわかったって!…はい」
「あっ!…私には見せてくれなかったのに!」
「どれどれ〜新人士官君はどんな顔してるんやろな〜、と」
「おーい龍姐さーん…早くしないと秘書艦に見つかんよー?」
「わーっとるって隼鷹!…ちらっと見るだけやで」
「…ふーん」
「どうどう?イケメンなの?ねえ!龍姐さん!」
「落ち着きなよ天津風〜」
「確かにあのおデブとは全然ちゃうな〜…せやけど頼れる爽やかイケメンってより…なんやろね…」
少女は借りた双眼鏡を目元から離す
「…守ってあげたくなる系男子って感じやな」
右頬に大きな傷を残す少女は双眼鏡越しに松井を見てそう零す
伊豆海軍基地第三航空戦隊旗艦、軽空母龍驤
「もう!か、貸してったら!…………げっ!」
「んー?どしたん?天津風?」
「じ、じ、じ、10時の方角から秘書艦接近!逃げるわよ!」
「あらあら…こりゃあ撤退やな。時津風、天津風…この木から離脱や!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ひゃー!なんか久しぶりに走ったー!」
「うー…あたしあの秘書艦苦手だよ…」
「得意な人なんていないでしょうに」
「ほーらほら、そんなこと言うたらアカンて」
「「はーい」」
「あれ?なになに?龍姐さんなんか嬉しそうじゃーん」
「えー?そう?…そんな事あらへんて、隼鷹」
「そういえば…いつもより楽しそう」
「…飛鷹まで…ウチそんなに顔に出とるかなー?」
「「出てる出てる!」」
「…もしかしてあの新しいイケメン将校さん?龍姐さんもイケメン狙ってるの!?」
「…天津風…こじらせとるなー…」
「…まぁ、そうやなぁ…」
「…彼が…彼がこのどうしようもない基地を変えてくれるきっかけになってくれたらええなって…ちょっちだけ…そう思っただけや…」
次のお話はもう少しお待ちください