直接表現がなければセーフですよね?
「第三航空戦隊!遠征の報告もせずに何をしているの!?」
伊豆海軍基地、艦娘寮前にて鬼の面を着けたような表情の秘書艦朝潮を前に正座させられる第三航空戦隊面々
そのメンバーは龍驤、隼鷹、飛鷹、時津風、天津風、初風の6人だった
朝潮は旗艦の龍驤を睨みつけ声を上げる
「…軽空母にしては異常に高い能力だけを認められて第三航空戦隊の旗艦に選んでくださった閣下への恩義を返そうという努力が見られませんね。龍驤さん」
「ちがうんや〜…たった今帰投したとこやで。せやから走って閣下のとこ行こうとしてたやろ?」
苦笑いで言い訳をする龍驤
「いいえ、貴女達は完全に私から逃げていました!」
「そーんなわけないやろ、なぁ隼鷹?」
「そ、そうそう!あたしら閣下のところに行こうとしてたんだよぉ」
「言い訳無用!貴女達にはペナルティです!このまま再度資材集めの遠征に行きなさい!」
朝潮がびしりとそう指示をすると三航戦の面々はお互い顔を見合って不思議な顔をする
「…はいはい…ほんなら、隼鷹。この娘達連れて先に港行っててー?」
「あ、ああ…わかったよ。龍姐さん」
龍驤が遠征準備の指示をすると、隼鷹達はいそいそと港のあるドックの方へ走っていく
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…んー…ペナルティ…ちょっち軽いんやない?」
正座から立ち上がると龍驤はスカートについた土埃をぽんぽんと払う
「貴女達には十分です」
朝潮は龍驤の顔を見ずにそう返す
龍驤はそんな朝潮の様子を見てはぁ、とため息を吐くと自分の頬の傷をポリポリとかいて一言
「…なぁ…朝潮…この後一航戦は例のポイントまで出撃するんやろ?うちもついてこうか?」
「…必要ありません!一航戦だけで十分です」
「…んー…でもなぁ…」
「貴女も早く行ってください!」
龍驤は朝潮に何かを言おうとしたが、朝潮は龍驤の言葉を遮り鋭く睨む
「はいはい……ん?おやおや…?」
龍驤は朝潮の後ろに目を向けるとわざとらしく反応する
「…?」
朝潮も釣られて背後を向くと20メートル程度離れた所に松井と白雪が朝潮達のいる方へ歩いてきていた
「…あ、どうも…」
相変わらず松井を睨む朝潮に少し圧されながら会釈
「はろー」
龍驤は松井達に向かって手をひらひらと振る
「あ…ええと…初めまして、松井准将補佐官です」
龍驤の前に立ち、敬礼する松井
「伊豆海軍基地第三航空戦隊旗艦、軽空母の龍驤や!よろしくやで!」
(…軽空母…てっきり駆逐艦の娘だと思った…)
隣に立つ朝潮とはそんなにかわらない身長、まだ艦娘に詳しくない松井がそう思い込むのは無理もない話だった
「…んー?なんやキミ、今うちのこと見て失礼な事考えとらんかった?」
腕を組んで頭を横に傾け、ジト目で松井の顔を覗き込んでくる龍驤
「えっ!?…いや…」
どきりとする松井をよそに朝潮は声を張る
「龍驤さん!准将補佐官に対して失礼ですよ!早く港へ向かってください!」
「ああ、はいはい…了解」
そう言って龍驤もドックの方へ小走りで走っていく
「…ええと…今の方は…」
「…彼女の自己紹介聞いてませんでしたか?第三航空戦隊の艦娘です」
恐る恐る問いかけた松井はやはり朝潮の強い返しに撃墜される
「…そうじゃ……いえ、はい…すいません…」
昨日から睨まれ続けてからの強い返し
流石に松井もションボリと肩を落とす
「…白雪さん」
「…はい」
白雪は朝潮の方へ行くと朝潮は白雪に何か耳打ちする
(…ああ…なんか僕の事言われてるのかな…嫌だなぁ…)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
伊豆海軍基地 ドック
「お、きたきた…龍姐さーん!」
艤装の装備を終えた時津風がドックに入ってきた龍驤に手を振る
「ほいほいっと」
返事と共に龍驤も艤装を展開、入水する
「龍姐さんも来たし…んじゃあ行きますか!」
にひひと隼鷹が笑うと龍驤もにっ、と笑い
「…おっしゃ!…ほんなら三航戦…お仕事お仕事っと!」
「「「了解!」」」
龍驤の声と共に第三航空戦隊はドックを出発した
沖の方へ向う三航戦
その小さくなっていく後ろ姿をドックの上階から見つめる伊豆の秘書艦朝潮
朝日に照らされた彼女の表情は見えない
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…あの…」
突然、ふいに呼びかけられた
「…はい?」
演習場から伊豆基地内の施設を案内している最中、案内役の白雪は松井に話しかけた
と、当時に松井は少し驚く
昨日よ反応だと松井から何かを言っても一言二言でしか返答しなかった彼女
まさか白雪から話しかけられるとは思っていなかったからだ
「…お腹…空いてませんか?」
「…え?…まぁ…はい」
朝起きて突然演習場広場に連れて行かれて、更に朝潮に怒られる、と…少しばかり気持ち的に落ち込んでいた為気づかなかったが、確かに小腹は空いている
「施設を御案内する前に…ご朝食を用意しますね」
「…え、あの…皆さんは朝は食べなくて大丈夫なんですか?」
「はい…ここでの食事は基本的には昼と夕方の2回です…閣下が朝食べられない方なので…」
(中将に合わせて艦娘達も朝は抜いてるって事かな…っていうか朝ご飯抜きでさっきのあれやるんだ…)
思い出すは先の演習場広場で行われたブラック企業の朝礼の様な光景
自分なら空腹であれだけの声を出すのは無理だな、と思う松井
「ゲストルームにお持ちしますので…」
「あ、あー…いや…もし良ければ食堂とかで食べてみたいなー…なんて…」
あんな事を毎朝やるような海軍基地…
なんとなく…なんとなく艦娘達の生活が気になってしまった松井はそう白雪に言ってしまった
「…承知しました。どうぞ」
白雪の案内のもと、施設案内の前に食堂へ向かう事にした松井と白雪
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…うーん…これは…」
艦娘寮 食堂
想像以上、そう思う他なかった
本館と違い木造の建物
歩けば床の木板は軋み、壁は所々穴が空いておりガラスにはヒビが…
ヒビを塞いでいる透明テープがまるで戦時中の民家の窓を思わせる
「…あら、おはようございます…昨日から着任された准将補佐官様ですね?」
人気のない食堂と厨房を繋ぐのれんをくぐり挨拶をしてきた女性
「はい、松井と言います」
「…給糧艦の間宮です。よろしくおねがいします」
白雪と同じく覇気のない雰囲気で頭を下げる間宮
「…食堂へはどういったご用事でしょうか」
「…あ、ええと…その…」
「准将補佐官は朝食を御所望とのことなのでこちらへ来ました。間宮さん、お願いできますか?」
緊張して言いよどむ松井の代わりに間宮に説明する白雪
「…え?…朝食を?」
「…あー…突然過ぎましたよね…すいませんやはり今言ったことは忘れ「何か御希望のメニューはありますか?」
「…はぃ?……え、良いんですか?」
「はい、もちろんです。お客様としておもてなしするようご指示を頂いていますので…」
間宮はそう言って松井に頭を下げる
「…いえ…僕はただの海軍の見習いのような者です…普通に接していただけると助かります」
松井も苦笑いで返答する。するとくぅ、と松井の腹の音が鳴った
(…あー…恥ずかしいやつだよ…これ)
「あ、す、直ぐにご用意いたしますね!」
間宮はそう言うと急ぎ足で厨房へと入っていく
その様子を見たあと、松井は椅子を2つ引く
「…?…椅子を2つご使用されるのですか?」
「…え?いや…白雪さんも一緒に…と思って…」
「…ですが…」
「…お腹、空いてませんか?」
「…それは…」
白雪は右手で自身の腹部に手をあてると少し悩む
「…駄目…ですかね?」
白雪は右へ左へ視線を動かすと、申し訳無さそうに
「…失礼します」
松井の隣の席に座る
「…」
のれんの隙間から松井と白雪を見てた間宮は二人分の茶碗を取り出した
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数分後、トレーに朝食を載せた間宮が松井達の席へやってきた
「…どうぞ」
「ありがとうございます」
「…ありがとう、ございます」
しかし用意された朝食は3人分
「…えーと…これは?」
松井が配膳する間宮に問いかける
「…あの…もしよろしければ…その…私もご一緒させていただけませんか?」
少し恥ずかしそうに、申し訳無さそうに答える間宮
「も、もちろん!3人で頂きましょう!」
「「「頂きます」」」
席に着いた3人は手を合わせて朝食を食べ始める
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
白米、麩の味噌汁、漬け物
質素だがとても美味しい
空腹の胃にいい具合に刺激される
「うん、とても美味しいです!」
「…ありがとうございます」
味噌汁の湯気に眼鏡を曇らせながら美味しそうに食べる
そんな松井を見て間宮は思う
自分の作った食事をこんなにも美味しそうに食べてもらうのは随分と久しぶりだ、と
松井の隣に座る白雪も隣で食べる青年の影響なのか、表情は変わらないがいつもより箸の進みが早く見える
「…お優しいんですね。准将補佐官様は」
突然の間宮の言葉で箸が止まる松井
「…あー…え?…な、なんでですか?」
「…だって白雪ちゃんの席を用意してくれました」
「…いや、眼の前に白雪さんいるのに一人で食事なんて出来ません…それに誰かと一緒に食べた方が食事がより美味しく感じますしね」
頬にご飯粒を付けた松井はそれと、と間宮に続ける
「…准将補佐官"様"はやめていただけませんか?…源中将がいらっしゃらない時は補佐官で結構ですよ」
「…わかりました。補佐官さん」
間宮はここで初めて松井に笑顔を見せる
それは満面とは言えないが、なかなか歩き出せなかった間宮の脚が…少しだけ、ほんの少しだけ前に進んだような小さな小さな笑み
「白雪さんもよかったら……って…」
「…あ…」
松井が白雪の方を見るとなんと白雪は松井や間宮よりも早く食べ終わっていた
「…え、と…その…これは…」
きっと育ち盛りなのだろう
表情は変わらないが恥ずかしさは伺える
少しばかり慌てて食器を隠そうとする白雪
「…おかわり、しましょうか?白雪ちゃん?」
間宮が優しくそう言うと白雪はでも、と遠慮する
それもそうだ、他の仲間は朝から食事をしないで昼前までトレーニング。その後訓練、演習と行いその後の十数分の休み時間がお昼の時間となるのだ
一人だけ、しかもまだ伊豆に着任して日の浅い新人艦娘がそんなにのんびりなんて…
「…作戦期間中は僕の担当ですもんね?なら僕に合わせてしっかり食べないと頭が回転しませんよ?」
間宮に続いて松井も推してくる
ならば白雪の判断は1つ
「…も、申し訳ありません…おかわりを…ください」
「…はい!」
恥ずかしそうに両手で空いた茶碗を間宮に申し訳無さそうに差し出す白雪に笑顔で答える間宮
それまでなんの色も付いていなかった半透明な食堂の空気にようやく淡い色が着色されたように感じた間宮だった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「「「ご馳走様でした」」」
朝食を終え、両手を合わせる3人
「いやー!美味しかったです。ありがとうございました間宮さん」
「いいえ。こちらこそ…こんなに誰かと話した朝は随分久しぶりで…楽しかったです」
「またお昼来ても良いですか?」
「はい!もちろ……あー…どうでしょう…」
にこやかに話してた間宮だったが一気に表情が暗くなる
「…あ、あれ?…ええと…」
「…お昼は基地の艦娘達が食堂に来るので…もしかすると准将補佐官には辛い空気になるかと…」
白雪は朝礼の時の松井を思い出してそう伝える
きっとこの人のことだ…大勢の艦娘達と、あの空気の中で食事が喉を通るはずがない、と
松井も同じことを想像したのか両手を膝において間宮に向き直り頭を下げ
「…や、やっぱり部屋で食べます…」
「…ごめんなさい」
しおしおと縮む松井に何故か頭を下げる間宮
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
同時刻 執務室
提督、源の前に並ぶ少女達
「それでは第一航空戦隊旗艦翔鶴、出撃任務に行ってまいります」
艶めく真っ黒でロングの髪を揺らし、源に敬礼する旗艦翔鶴。その横には瑞鶴、瑞鳳、長良、疾風、追風と並ぶ
伊豆海軍基地第一航空戦隊
黒髪の翔鶴を旗艦とした伊豆の主戦力である空母機動部隊
本来は朝潮もメンバーの一人だが、菱本作戦が開始するまでは代わりに軽巡長良が編入された
執務机の向こうにふんぞり返る源に敬礼する一航戦メンバー
「うむ、いい戦果を期待しているぞ」
隣に立つ青葉の臀部を撫でながら源は嬉しそうに翔鶴達に激を送る
「…それでは一航戦…出撃せよ!」
執務机の前に立つ朝潮がそう令を出すと一航戦は源に最敬礼、執務室を出ていく
「…さて…朝潮のいない一航戦…果たして上手く回るかな?」
変わらず青葉の身体を撫でながら朝潮に問う
朝潮はちらりと青葉を見る、青葉の表情は無表情のまま壁の一点を見続ける
「…閣下の編成なさった部隊が堕ちるはずはありません。ご安心を」
「うむうむ…それでは私はこれから青葉に"指導"を行う。朝潮は私の命令があるまで基地内で待機せよ」
「はっ!失礼します」
源に敬礼して執務室を出ていく朝潮
「…くくく…さて。指導指導…と」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…あー…腹減ったぁ…」
「こらこら隼鷹、陣形乱さないの!」
南西海域に入ったのは資源集めの遠征任務中の第三航空戦隊
「飛鷹さんの言う通りよ?…ちょっ…ふらふらしないでよ」
「龍姐さん〜…飛鷹と初風がイジメる〜」
「しゃーないなー…ほーれ、アメちゃんやで」
龍驤は包装されたアメちゃんを手に持つと隼鷹目掛けて親指で弾く
「…オーライオーライ〜…はいキャッチ!」
放物線を描いて飛ぶアメちゃんを隼鷹は見事キャッチ
手慣れた手つきで一瞬にして包装紙を開きアメちゃんを自分の口へジャンプさせる
「んん〜…たまりまへんな〜」
ころころと口の中でアメちゃんを転がす隼鷹
それをみた時津風も龍驤に熱い眼差しを送る
「ほいほいっと」
龍驤、アメちゃん5個を指で飛ばし全員見事キャッチ
試合が終わった後、ヒーローインタビューで龍驤はきっとこうコメントするだろう
『ハナクソ味とちゃうから安心したってや』
どこにも無いカメラ目掛けてVサインを作る龍驤に飛鷹がため息混じりに一言
「…ほんと…龍姐さんいなかったら私達はとっくに沈没してるわね」
「何言ってんねん…うちがおらんでも飛鷹達は立派にやってたやろ」
「…いろいろと指導してくれる先生が良いから私達はこうして生きてるのよ」
そっぽ向きながら恥ずかしそうに恥ずかしいセリフを吐く天津風をイジる隼鷹
「そーそー…でも今でも思い出すよねぇ…初めて龍姐さんが三航戦に配属された時の事はさ…」
今でこそ三航戦のメンバーから姐さん呼びをされて慕われてはいるが、実のところ龍驤は伊豆海軍基地の古参メンバーではなかった
それどころか三航戦の中では一番の新入りである
龍驤は今から約3年前にここ伊豆海軍基地に来た
そう、支部から正式に着任した訳でも建造された訳でもない
その日、基地近海で非常用ボートが流れ着いた。発見したのは近海を哨戒していた駆逐艦達の一人、朝潮
ボートに乗っていた11人の傷だらけの艦娘。しかし息があったのは龍驤だけでそれ以外の艦娘は皆絶命していた
その後哨戒班旗艦、朝潮の独断指示で源には報告せずに秘密裏に龍驤を基地のドックへ入渠させ、伊豆海軍基地の新規の建造艦として迎え入れた
「懐かしいね…"調子に乗ったチビを痛めつける"ってイキってたのに私達がコテンパンにやられてさ…」
「そーそー…アタシらの方が調子乗ってたよな〜」
懐かしそうにそう呟く飛鷹とけらけらと笑う隼鷹
「それに何故かその後龍姐さんに式の指導されてたもんね?」
三航戦は楽しそうに前に進んでいると、全方の空から黒い点が3つこちらに向かって飛んでくるのが見えた
「はい…そ・こ・ま・で!…やーっと二式帰ってきたわ…ちゅーか、天津風もキミらもよくそんな昔のこと覚えとるな…」
龍驤は飛行甲板型の巻物を開くと戻ってきた索敵機を着陸させる
「あれー?龍姐さんは覚えてないの?」
龍驤は問うてきた時津風の方を見ずに少しだけ恥ずかしそうに頬の傷をぽりぽりと掻きながら
「アホ、忘れるわけないやろ…三航戦の思い出の1つや」
そんな龍驤を見て三航戦の面々はくすくすと笑うと恥ずかしさの限界を超えた龍驤は手をぱんぱんと叩き
「はいはい!目的地周辺に敵無し、さっさと資源集めてとっとと帰投するで!」
「「はーい」」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
伊豆海軍基地
食堂から始まり艦娘寮前までの案内、雷撃用演習場、弓道場、ドックと案内して最後に工廠へとやってきた松井と白雪
時刻はそろそろ正午を指す
「ここが工廠…いやー…伊豆はどの施設も…」
外観ボロボロの艦娘寮と食堂の景色か脳裏に浮かぶ松井
「…一部除いて立派な建物ばかりですね」
何かを察した白雪ははい、と頭を下げる
「…閣下は外見を非常に気にされる御方です。毎日行う各施設の掃除も大変なんですよ」
相変わらず表情の変わらない白雪は淡々と答える
…いや、今朝の食堂の一件から少しばかり表情筋が緩んだような気もしない事はない
「…あ?白雪ちゃん?」
松井と白雪が工具や板金などが散らかった工廠内を歩いていると、奥から目の下を真っ黒に染めた桃色ヘアーの工作艦がのそのそと現れた
「…あ…えーと…初めまして?…工作艦の…明石です…」
明石は松井に向かって敬礼
松井も明石へ敬礼し
「…松井准将補佐官です。どうぞよろしくおねがいします」
「…補佐?…そうですか…工廠になにか御用ですか?」
気持ち苛つきながら松井達に問う明石
誰が見てもわかる。この女性はまともに寝ていないのだろう
「いえ、准将補佐官に施設の案内をしているところです」
白雪が松井に気を使い明石に答える
「…あー…まぁなにもないところですけどゆっくりしていってください…コーヒー飲みます?」
「…え、あ、はい…頂きま…」
明石は近くにあったいつ使ったかもわからない汚れたマグカップにインスタントコーヒーの粉をガバガバと入れる
大さじ…カップ1杯以上
「「………」」
マグカップから溢れるほどコーヒー粉を入れると明石は工廠内に取り付けられたシンクの方へ行き、キャップも付けられていない水道水の蛇口を撚るとそのままカップへ水を入れる
(…これは…カップを洗ってるのかな?…っていうか出てきた水道水が一瞬サビ色に見えたんだけど…)
「はい、どーぞ」
明石から出されたマグカップ
ドロドロとしたそれはまるで固める前のチョコレートのようだった
(…これは…いや、しかしせっかく明石さんが作ってくれた物…いや、なにこれ)
脳内会議を終え腹を決めた松井は明石が丹精込めて挽いたインスタントコーヒーだったものをぐいっと口の中へ流し込む
(…これは…水分を吸ったコーヒー粉がまるでお汁粉のように…意外と悪く……いや……カップの底の方は粉のままだ!まだ溶けてな
「ぶふぉっ!ばはぁっ!!にっが!」
悪役プロレスラーの毒霧のように茶色い粉を噴き出す松井
立ったまま両膝に手をおいてむせる松井の背をぽんぽんと叩く白雪
「あははは…いやいや…冗談が過ぎました…すいません」
「げほっ…げほっ…いえ……ぶふっ……ほっ…ほっ…」
弱った松井をじっと見つめる明石
すると何を思ったのか自身の顎に手を当て
「…お詫びに…この先何か仰っていただければ何でも造りますよ?兵器とか」
隈の残った目で明石はそう笑う
「…げほっ…それは…どうも…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
基地ドック 夕刻
船着き場に立つ秘書艦朝潮
彼女はそろそろ帰投してくるであろう一航戦を待っていた
「……来た…」
夕日が照らす海、その地平線より数人の影が基地の方に向かって来ていた
「…ふぅ」
「出撃任務お疲れ様でした」
帰投した一航戦、翔鶴達だった
しかし出撃する前とは人数が変わっていた
旗艦翔鶴、次いで瑞鶴、瑞鳳、そして長良がドックに上がる
朝潮は最後に上がった長良に話しかける
「長良さん。追風と…疾風は…どこへ?」
朝潮に話しかけられた長良は目を泳がす
「…え、えと…あの…その…」
どくん、と朝潮の心臓が大きく鼓動する
…まさか
そんな朝潮と長良のやり取りを見た翔鶴は艤装を外しながら少し面倒くさそうに
「…敵の攻撃で沈んだわ。でも任務は成功…無事グリーンライン島へのルートを確保したわ」
「…沈…んだ…?」
氷の様に冷たい視線を朝潮に向け、淡々と答える翔鶴
「そうそう、任務は成功。あの駆逐艦2人はちゃーんと私達の盾となって攻撃を受けてくれたんだもん、名誉の戦死ってやつでしょ?」
ニコリと笑顔でそう付け加える瑞鳳に
「…閣下に御報告しなきゃだから。またね、朝潮」
興味なさそうに踵を返す瑞鶴、そして何も言えず申し訳無さそうに着いていく長良
朝潮はそんな一航戦達の背を姿が見えなくなるまで立ち尽くして見ていた
「……追風……疾風……」
一航戦における朝潮の同僚艦娘、追風、疾風
特別仲がいいわけではなかったが、同じ駆逐艦と言うのもあり、3人でいる時間は決して嫌いではなかった朝潮
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから数十分後、三航戦もドックへ帰投してきた
「…ん?…あー…ありゃりゃ…秘書艦様だ…」
小声でぼやく隼鷹
朝潮は立ち位置が変わることなく海に背を向けたまま立ち尽くしていた
「……三航戦、戻ったで」
三航戦はドックに上がり、朝潮の背後、少し距離を空け立つ
掛けられた龍驤の声にはっと我に戻る朝潮
「「「!?」」」
三航戦の方へ振り向いた朝潮の目は赤く腫れていた
その目を見た三航戦は皆驚く
「…あ…」
「…どないしたんや?朝潮」
龍驤が三航戦の皆に朝潮の顔を見せないように一人朝潮の眼の前まで寄ってくる
「…な、なんでもありません!…三航戦、資材集めの任務ご苦労さまでした。直ぐに閣下の元へ報告に行ってください」
「…私が行ってくるよ。みんなは先に寮に戻ってて」
朝潮の言葉に飛鷹がすぐに反応して三航戦の面々にそう伝えると本館に向かってへ歩きだす
「…すまんな、飛鷹」
龍驤は視線を朝潮に向けたまま飛鷹にそう呟くと飛鷹は目を瞑り首を横に振る
「はいよ!じゃあみんなとっとと戻るよ!」
隼鷹もニコっと笑い天津風、時津風、初風を急かす
「…で、でも…」
「…天津風…行くよ」
朝潮を心配する天津風を初風が止める
ドックには朝潮と龍驤の二人だけが残る
「…朝潮…」
「…」
龍驤は優しく呼びかける
朝潮は視線を下げたまま何も言わない
「…朝潮」
「…ぅ、うるさい!私の事はもう放っておいて!!」
朝潮はそう声を張りドックから走ってどこかへ行ってしまった
「…不器用な娘やなぁ…」
走り去った朝潮の背を見て龍驤は頬の傷をぽりぽりと掻く
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ドックから、龍驤から走って逃げ出した朝潮。
気がつくと正門の内側までたどり着いていた
「…はぁ…はぁ…はぁ…」
肩で息をする朝潮の足元にはぽたりぽたりと水滴が滴り落ちる
「…はっ…ぐっ…ぅ…うう……ごめん…ごめんね……二人共……」
仲間二人を失った想い
失った仲間への関心がない空母勢への想い
艦娘を道具としか考えない源への想い
龍驤へ素直になれない自分への想い
全ての想いが溢れ、人気のない場所で涙を流す朝潮
(だめ、駄目よ朝潮…私がしっかりしないと…!)
(泣いてなんかいる時間はない!前を見なさい朝潮!)
(誰にも頼らないって決めたでしょ!朝潮!!)
朝潮はフー、と大きく息を吐くと背筋を伸ばし、ハンカチで目元を拭う
そこに本館からのアナウンスが聞こえた
『駆逐艦朝潮、駆逐艦朝潮…至急執務室へきなさい。至急執務室へきなさい』
その野太い声は源のそれだった
朝潮は拳を強く握ると本館に向かって歩き出す
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「今日は案内ありがとうございました」
1日白雪に施設を案内してもらい、ゲストルームに戻ってきた松井は白雪にそう礼を言う
「いえ…私こそ朝食と昼食を頂いて…ありがとうございます」
今朝よりも更に表情の柔らかくなった白雪を見て松井は思わずふふ、と笑う
「明日は艦娘達の訓練を見学してみたいですね。源中将のあの様子だと作戦指揮もまだなさそうなので…」
「了解しました。朝潮さんにもお伝えします」
白雪はそう言って頭を下げるとゲストルームから出て行こうとする
しかしちらりと松井が着任した時に持ってきた鞄が視界に入る
「…准将補佐官…あの…失礼ですが…これは?」
「…え?………ぁ…」
白雪に問われた松井は彼女の視線の先にあるものを見て戦慄する
研修で伊豆海軍基地に配属…もちろん遊びに行く訳ではないので、個人の私物などは持ち込みの制限をされる
当然准将補佐官の松井も例外ではないし、松井自身もゲームや携帯電話、音楽プレイヤーなども持ってきてはおらず、せいぜい洗面用具とハンドクリーム、下着類だけだった
しかし白雪の視線に入ったのは鞄の中身ではなく鞄のファスナーに付いていたキーホルダーの人形だった
(マズイ…取り忘れていたんだ!!…って…よりによってあれは…!)
ピンク色の髪をツーサイドアップに、またほぼ全身ピンク色のふわふわのゴスロリ風なミニスカートの格好をして笑顔で弓矢を持つたアニメの女の子のキャラクターの人形を凝視する白雪
(まどかー!…見ないで白雪さん!…あーこれ終わったな…どうせ僕はアニオタのイタいもやしっ子ですよ。どうせ白雪さんも"ああ…明日からの担当、変えますね"とか言われるんだろうな…だいたいかわいいキャラクターをかわいいと思って何がいけないんですか!?僕は誰に何を言われようがまどかを捨てることなんて
「…かわいいお人形さんですね」
「いや!違うんです!取り忘れ…え?今なんて?」
お互い「え?」といった空気が流れる
白雪は少し驚いて
「…かわいいお人形だと…申し訳ありません」
「わ…」
ここで松井のテンションが急上昇する
「解りますか!?そう、この子可愛いですよね!実は3年前くらいのアニメの主人公キャラクターなんですけど!もうなんといってもマミさんとの絡みが!…あ」
白雪、呆然としながら松井を見る
全てを理解した松井はん"ん"っと咳払いをして
「…すいません…取り外すのを忘れていて…すぐ外しますね…あー…できれば源中将には内緒にしていてもらえると…」
「ぷっ…」
頭をぽりぽりと掻きながら今朝朝潮に怒られたときのように小さくなる松井を見て吹き出す白雪
「ふふ…ふふふふ…」
腹を抱え声を殺し笑う白雪
「も、申し訳ふふ…ありません…でも…ふふ…なんだか面白くて」
「あ…あはは……ん?」
(おかしい…あのアニメ…結構大々的にコマーシャルでも放送してたのに…僕だって士官学校でも何度か見てたのに…)
「ええと、白雪さん?…そのキャラのアニメって知ってます?」
白雪は首を傾げ
「きゃら…?いえ…存じません」
(おっと…これは…)
「白雪さん…つかぬことをお聞きしますが…テレビって知ってますか?」
「え?…はい、もちろんです」
松井は一瞬考え
「観たことはありますか?」
「いいえ…ちゃんと観たことはありません」
「あー…」
「…ですが」
そう呟くと恥ずかしそうにちらちらとゲストルーム備え付けてあるテレビに視界を向ける白雪
「……興味無いことは…ありません…」
「…夕食まで時間があるのなら…ここで観ていきますか?…テレビ」
「………はい」
間を置いてから顔を赤くした白雪は首を縦にふった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
執務室 夕刻
報告を終えた翔鶴がいなくなり、源と朝潮のみの執務室
窓から照らされるは真っ赤な夕日
源は執務椅子に座り壁の方を向き、朝潮は姿勢を正し執務机の前に立つ
「…追風と疾風が沈んだ」
「…はい」
「何故だ?誰があの編成を組んだ?」
「…」
「…誰が組んだ?」
「…私です…私が編成を組みました」
「そうだろう…うむ、そうだろうそうだろう…」
「…申し訳ありません、閣下」
「…罰を…与えないとなぁ…朝潮」
「…はい」
「安心しなさい…今川の馬鹿と違って私はお前のような子供を抱く趣味はない…」
「…はい」
「だから……今回の罰もこれで許してやろう…」
「…はい」
「さぁ、服を脱ぎ壁に手を当てなさい」
服を脱いだ朝潮は壁に手を当て源に背を向ける
その脚は震えている
源は手に持った警棒のようなものを振り上げ、力いっぱい朝潮の背に向かって振り下ろす
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
伊豆急下田駅 深夜
「あっちゃ〜…こりゃやっちまったか〜…?」
大荷物を持ったざんばらの様なヘアスタイルの青年が駅のホームでスマホの画面を見て諦めたように立ち尽くす
「っははは…あーあ…日にち間違ってやんの…ばっかでー、俺…」
青年はそうぼやいて駅の改札の外に出ると、辛うじて灯された街の明かりを見回す
「…んー…下田って初めて来たけど…横浜と全然違うのな…漫喫ねーかな…」
ぽりぽりと頬を掻く青年は短パンのポケットから煙草の箱を取り出す
その銘柄はキャメルのメンソール
「…ん」
タバコを加え、火を点ける
「ふぃー……日にち違くても入れてくれっかなー…」
「…伊豆海軍基地さんはよ、と」
海軍基地近くの駅に立った青年の背負うカバンには静岡憲兵察指定のネームプレートが付けられ、そこには清原、と名前が書かれていた
新型コロナの感染者多いですね。皆さん気をつけてくださいね