大本営の資料室   作:114

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はい

どうぞ


File22.第三航空戦隊反逆案件③

 

 

 

太陽が水平線から顔を覗かし始めてから1時間程

 

 

 

伊豆海軍基地最寄りの駅、その近くのハンバーガーショップ店内でトレーにアイスコーヒーのカップを乗せた青年が誰かに電話をかけていた

 

 

「…はい、はい…ええ…あはは…いやー…予定より早く着いちゃって……え?まだ寮空いてない…?…あー…ですよねー…」

 

 

とんとんとテーブルを指で叩いて相手の反応を伺う青年

 

 

「え…着任前倒しにできるか提督さんに相談してみる!?…はい!…はい!ありがとうございます!……あ、すいません…失礼します」

 

 

スマホの通話終了ボタンをタップしてコーヒーの乗るトレーにぽん、と置く

 

 

 

「…桑田部長良い人すぎだろー…怒られなくてよかったー…」

 

 

 

 

力なく笑う青年の名は清原大吾。20歳

 

 

 

憲兵察学校を卒業して最初は神奈川憲兵察警備課に配属されたが、配属された当日に上司と喧嘩

 

怒らせた上司の優しい計らいで、静岡憲兵察へ左遷。

 

さらに誰もやりたがらない伊豆海軍基地の常駐警衛、警備担当に配属が決まった

 

 

「佐々木クソ部長はマジクソだったが桑田部長なら仲良くなれそうだな…よっし!…仕方ねぇ行くか!」

 

 

青年はそう気合を入れるとアイスコーヒーを一気に喉へ流し込み席を立つ

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

伊豆海軍基地 演習場

 

 

 

「「「一、閣下に笑顔で元気よく挨拶せよ!」」」

 

「「「一、閣下との約束を守れ、閣下に嘘はつくな」」」

 

「「「一、閣下に感謝せよ」」」

 

 

 

「よぉおおし!今日も走り込みだぁっはぁ!」

 

 

 

日課の海訓で喉を整えた艦娘達は演習場でランニングをし始める

 

 

 

「補佐官、今日は工廠での建造を見せてやろう!」

 

 

「え?…け、建造ですか?…ありがとうございます」

 

 

 

テンションの上がった源より突然の建造見学命令が下る

 

 

(…訓練見せてもらおうと思ったのに…)

 

 

 

「いやなに…愚かな部下のせいで輝かしい戦績を持つ我が艦娘達が沈没してしまってな…欠員補充の為だ……なぁ朝潮?」

 

 

 

「はっ!閣下の仰る通りです」

 

 

源の前に立つ朝潮はびしりと敬礼し返事

 

しかしどことなく敬礼する腕が震えていた

 

 

 

(…訓練の筋肉痛かな…?)

 

 

 

 

「では工廠へ行きなさい!立派な艦娘を創るように妖精さんに頼んでおけよ?私は青葉と"建造"でもするか!がははは!」

 

 

 

源はそう悪そうに笑うと昨日に引き続き青葉の肩を力強く撫でる

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「んぁぁああ〜」

 

 

 

伊豆、下田近海を航行する三航戦面々

 

 

 

「大あくびしないでよ、隼鷹さん!」

 

 

先頭を進む隼鷹が大あくびすると後ろにいた初風がジト目で隼鷹を睨む

 

 

 

「わーるい…やっぱ朝一番の資材集めは眠くて…」

 

 

「任務なんだから…緊張感持ちなさいよ…」

 

 

 

良くも悪くも仲良くしている三航戦の面々見て龍驤は優しく微笑む

 

 

「…よっしゃ…ちょいと任務は中断や!…みんな近くの港で待機しててや!」

 

 

 

龍驤がそう指示を出すと三航戦は嬉しそうな顔をする

 

ぼやいてた初風もその指示が嬉しいのか、顔を赤くしてそっぽを向く

 

 

 

「あっ?今日は行くんだね?龍姐さん」

 

 

 

「おうっ!…ちーっと待っててや!」

 

 

龍驤は時津風向かってにかっと笑うと、三航戦の陣は下田沖から下田の船着き場の方へ航路を変えた

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

下田市柿崎

 

 

森林の多い海岸側の土地、民家が並ぶ静かなこの土地に紅い狩衣を着た少女が一人ぽてぽてと歩いていた    

 

 

 

「お、ここやここや…」

 

 

少女がとある一軒の民家の前で足を止める

 

そこは今の時代ほとんど見なくなった昔懐かしの雰囲気のある駄菓子屋だった

 

入り口から見える色とりどりの小さいお菓子達

 

それらが子供の目線に合わせた高さの台に所狭しと並べられている

 

 

 

「おーい!ばーちゃーん!」

 

 

少女は入口から奥に見えるガラス戸に向かって声を張る

 

 

「…ぁあ…はいはい…あら?龍ちゃんじゃない」

 

 

するとガラス戸を開けて背中の曲がった笑顔の眼鏡をかけたお婆さんが出てきた

 

 

「えへへ〜…また来たでー!フネばーちゃん!」

 

 

少女…もとい龍驤は笑顔でお婆さんに手を振る

 

その光景はまるで祖母の所に遊びに来た孫のようだった

 

 

 

 

「随分と久しぶりだねぇ…」

 

 

「先週も来たやん!たった一週間やで?」

 

 

龍驤がそう返すとお婆さんはクスクスと笑い

 

 

「そうだねぇ、一週間ぶりだねぇ…お茶でも飲んでく?」

 

 

「うん!」

 

 

満面の笑みで龍驤は頷く

見た目相応の少女の様に

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「あららぁ…ばーちゃんエアコンつけてないやんか!この暑いのにあかんでー?」

 

 

 

民家、今に上がった龍驤は室内に付いてるエアコンが可動してないことに気づく

 

 

 

「なんだか…電気代が勿体無くってねぇ…」

 

 

「何言うてんねん…ばーちゃんが熱中症なったら治療するほうがお金かかるやんかー」

 

 

 

そう言って龍驤は壁に付けられたエアコンのリモコンを操作

 

 

「…27度設定で…微風でええか…ばーちゃん夏の間だけでも付けなあかんで?」

 

 

 

「うんうん」

 

お婆さんはニコニコしながら龍驤の言葉に頷く

 

 

「おーい、ばーちゃん生きてっかー?」

 

 

 

突然表から酒焼けした様な男性の声がした

 

「あぁ…はいはい」

 

 

「ええよ、うちが出るから」

 

 

 

立ち上がろうとしたお婆さんを龍驤が止め、店の入り口の方へ向かう

 

 

 

「おっ?龍ちゃん!来てたのかい?」

 

「やっほー浦野さん」

 

 

声の主はキャップを被ったこれまたご老人だった

表に軽トラックが停まってるのを見ると、このお爺さんが運転してきた物のようだ

 

 

「久しぶりだなー」

 

「…せやから…一週間前会ったやろ?」

  

 

苦笑いで龍驤がそう答えると浦野と呼ばれたお爺さんはひひひと笑い

 

「ジジババになると一日が長くてな…一週間なんて1年前みたいに感じるもんだよ」

 

 

「…そーゆーもんなんか…」

 

 

「そーゆーもんだ」

 

 

 

そう言って浦野お爺さんは駄菓子屋の外に設置してあるベンチに腰掛ける

 

 

「浦野さんもそろそろ免許証返納した方がええんちゃう?」

 

 

「あはは…まだまだ動けるから大丈夫大丈夫!」

 

 

 

そう笑いながら浦野はキャップを取って毛の無いつるつるな頭部をタオルで拭う

 

 

 

「…無理せんといてな?浦野さん」

 

 

「ああ、ありがとうね龍ちゃん」

 

 

 

浦野お爺さんに礼を言われると龍驤は自身の服の袖を捲くる    

 

 

 

「…よっしゃ…ほんなら、うちもちゃっちゃとやったるか!」

 

 

 

壁に掛けられたハタキと箒を手に取ると龍驤は気合いを入れる

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

それは龍驤が三航戦に配属されてしばらく立った頃だった

 

 

資源集めの任務にあたっていた所、間違って沖に出すぎてしまった漁船を襲う深海棲艦群と遭遇、これを撃退した

 

その時漁船を操縦していたのが、ベンチに座る浦野お爺さんだった

 

 

浦野お爺さんは龍驤達に助けてくれた礼を言いたいと申し出たが、源中将の耳に入れば謝礼だなんだと余計な事を言ってくるのは必至

 

 

そこで龍驤は礼ならば、と1つだけお願いをした

 

 

"アメちゃん頂戴"と…

 

 

その後、紆余曲折あり浦野お爺さんの知り合いだった駄菓子屋の店主、フネお婆さんとも顔見知りになり、遠征任務で下田の近くを航行する時は基地には内緒で寄る様になった

 

 

フネお婆さんは龍驤が顔を見せるたびにアメちゃんをあげていたが、流石にタダで貰い続けるのは良くないと龍驤も考え、時間がある時はこうしてフネお婆さんの身の周りの手伝いをするようになった

 

 

 

 

「おらおらおらおらおらー!!」

 

 

龍驤、瞬速の掃き掃除

 

地に伏せるゴミ達を凄い勢いで掃討すると、チリトリで丁寧に集めてゴミ袋に捨てる

 

 

 

 

「あーららららーい!らーいらーい!」

 

 

龍驤、爆速の草むしり

 

え?僅か一週間でこんなに伸びる?と思ってしまうほど伸びた駄菓子屋前の道の雑草を凄い勢いで毟る

 

 

 

「ととととととととととと!」

 

 

龍驤、神速の肩叩き

 

艤装を展開しない龍驤は見た目相応の少女の持つ力を使い御老体×2の肩をマッサージ機よろしくな速度で叩き、揉みほぐす

 

 

 

 

「…ふいー…終わりやで、ばーちゃん、浦野さん」

 

 

フネお婆さん宅の居間にて、艦首デザインのサンバイザーを外し額の汗を拭う龍驤

 

フネお婆さんと浦野お爺さんは座布団に座り嬉しそうに龍驤にお礼を言う

 

 

「ありがとな!龍ちゃん!」

「ええ、ほんと…助かったわぁ」

 

 

「ええってええって!」

 

 

 

「ごめんくださーい」

 

 

 

龍驤が御老体方と話していると店の入口から男性の声がした

 

 

「あらあら…いたた…」

 

 

座布団から立ち上がろうとしたフネお婆さんだったが龍驤が止め

 

 

「だからええって…うちが見てくるわ」

 

 

 

そういって龍驤は店の入口の方へと向かった

 

 

 

「はいはーい♪お客さんですかー?」

 

 

 

「…あ、はい…?」

 

 

 

ガラス戸を開けると、どこで学んだのか龍驤は営業スマイルで対応しようとする

 

 

店内にいたのはざんばら頭の憲兵巡査、清原だった

 

 

 

「…なんだ…嬢ちゃん店番か?父ちゃんか母ちゃんいねぇかな?」

 

 

 

「…嬢…ちゃん?」

 

清原の物言いに若干イラッとくる龍驤

 

 

(誰が嬢ちゃんや…うちは龍驤ちゃんや!)

 

 

「…兄さんこの店になんか用?」

 

 

龍驤が少し冷たくそう返すと清原はそのざんばら頭をぽりぽりと掻き

 

 

「いやー…スマホの充電無くなっちまってさ…道聞きたかったんだけど…」

 

 

「…どこ行きたいんや?」

 

 

「ん?…ああ…伊豆の海軍基地に行きたいんだ…嬢ちゃんわかるか?」

 

 

 

龍驤は表情を変えない、しかし眉がピクリと反応した

 

 

「…海軍さんになんか用なんか?」

 

 

「ああ…実はさ…「おーう!ここやってっかー?」

 

 

「「?」」

 

 

龍驤と清原が話してると更に店の外から別の若い男性の声がする

 

 

「いやっしゃま~……せ…」

 

 

にこやかに、愛想良く元気いっぱいに挨拶をしようとした龍驤だったが、そうはいかなかった

 

 

駄菓子屋に入ってきたのは清原とはまたベクトルの違う若い男性、ゴツい指輪を着け、ちゃらちゃらとした雰囲気の色黒の男性だった

 

 

龍驤は外にちらりと視線を向けると浦野お爺さんの軽トラックの前に黒いワンボックスカーが停められており、その車の屋根に取り付けられているものが龍驤を真顔にさせた原因だった

 

 

 

 

若さとは時として無謀な行為を促進させることがある

 

 

禁止されている事をあえて行い、"俺すげーだろ"と自慢する輩もいるだろう

 

龍驤と清原の眼の前にいるこのチャラい青年もその一人だ

 

 

現在日本国内では、漁業など市や国から許可を得た者以外による海での遊泳やサーフィン等は政府から禁止されている

 

沖に出ていつ深海棲艦の被害に会うかわからないからだ

 

 

しかし青年の乗ってきたであろう車の屋根にはどう見てもサーフボードにしか見えない板が3枚積まれている

 

 

いや、きっとこの後伊豆から長野の山まで向かうのだろう。サーフィンではなくスノーボードだろう

 

 

 

龍驤はそんな妄想を数秒間で考えていた

 

 

「あんさぁ、缶ビールとか置いてないの?」

 

 

チャラい青年が店の中をじろじろ見ながら龍驤に問いかける

 

 

「…ここは駄菓子屋やからな…ビールも焼酎もないで?」   

 

 

「ちっ…んだよ…コンビニ無いからって寄ったの失敗だったわ…」    

 

 

 

「…コンビニやったらこの道の先行ったとこにあるはずや。そっち行ってや」

 

 

 

「……」

 

 

龍驤が腕を組みながらそう言うとチャラい青年、チャラ男は龍驤をじっと見る

 

 

「…一応俺客なんだけどさぁ〜なんかムカつくな…お前」

 

 

「大きな子供やったらなんも買わんやつは客ちゃうで?…あと表の車の屋根に積んでるやつ、アレなんや?」

 

 

「あ?ボードに決まってんだろ?俺、海人だから」

 

 

「…」

 

 

龍驤とチャラ男のやり取りを、清原は足元の台に並ぶお菓子達を見ながら聞いていた

 

 

 

(…さてさて…どーすっかなー…)

 

 

チャラ男は完全にクロ、禁止されているをサーフィンを行う気マンマン

 

(現逮…いや、でも俺の着任来週だし…かといってこのまま見過ごすのもなー…うーん…うーん…)

 

 

 

「ガチャガチャうるせぇガキだなぁ…痛い目見んぞコラァ!」

 

 

「なんや!やってみいや!」

 

 

 

ついにチャラ男は龍驤の服の襟を掴み拳を振りかざす

 

 

流石に目を瞑る龍驤

 

 

 

「はい、そこまで」

 

 

ここで清原も動く

 

龍驤を掴むチャラ男の手を清原が更に掴む

 

 

「あ!?なんなんだテメェは!?」

 

 

「ん」

 

 

清原は答える代わりに自身のスマホの背面をチャラ男に見せる

 

 

「???…っけわかんねぇ「録音…させてもらったから」

 

 

「「は!?」」

 

 

チャラ男、龍驤共に驚く

 

 

「とりあえず嬢ちゃん掴んでる手…離しなしゃーい」

 

 

「っ!」

 

 

そう言うとチャラ男の腕を掴む力を強める清原

 

 

「…ってぇな!これ暴行だぞ!?暴行!」

 

 

チャラ男は素早く手を引く   

 

そしてさり気なく清原に強く掴まれた腕を擦る

 

 

「ん」

 

 

 

スマホを見せたまま、更に反対の手で清原は黒い手のひらサイズの手帳をポケットから取り出し、開いてチャラ男に見せる

 

 

憲兵察の証だった

 

 

「…あ?……憲兵…巡査…?…おまわりさん!?」

 

 

チャラ男、清原の見せた憲兵察手帳を見て気をつけの姿勢に早変わり

 

 

「け、憲兵察やったんか…」

 

 

「そう、お巡りさん…いや〜…流石に手を出すのは駄目だろ…こんなお嬢ちゃんによ?」

 

 

「や、お、お前…アンタ…憲兵察のくせに俺に暴行…」

 

 

「海人だっけ?凄えじゃん」

 

 

「…う」

 

 

「サーフィン…国から禁止されてんの知ってるよな?…んで海人?笑わせんなよ。陸に囲まれた県民のくせに」

 

 

「ぐぬぬ…」

 

 

チャラ男は自身の乗ってた車のナンバープレートに表示された文字を見て悔しそうな表情になる

 

 

「兄さんがサーフィンやりにいくって自供したボイスレコーダーもちゃんとあるからよ…んじゃあとりあえず免許証見せてくんねぇか?」

 

 

 

「う、うるせぇ!死ね!クソポリが!」

 

 

チャラ男は顔を真っ赤にして店を出ていくと、すぐさま車に乗り込み猛スピードで走り去った

 

 

 

「…あーあ…コンビニは逆方向なんになぁ…」

 

 

「…大丈夫か?嬢ちゃん」

 

 

 

「…へーきや。あんなん怖ないわ」

 

 

清原、龍驤を心配するも当の本人はケラケラと笑っていて一安心

 

 

「…そっか」

 

 

「それに嬢ちゃんやない」

 

 

「んぁ?」

 

 

 

「うちは「おーいなんかあったのかい?」

 

 

龍驤と清原が店の入口で話してるとガラス戸を開け浦野お爺さんが顔を出した

 

 

「なんか騒がしかったけど…どうした?」

 

 

「なんもないで?浦野さん」

 

 

にこっと笑顔で浦野お爺さんにピースサインを送ると、店内の壁に掛けられた時計の指す時間を見て龍驤は頬をぽりぽりと掻く

 

 

「…ほんなら、うちはそろそろ行かなあかんな…ばーちゃん!また来るでー!アメちゃんありがとやでー!」

 

 

「はいはい。またおいでー」

 

 

龍驤はとんとんっ、と軽快な足取りで店の外に出る

清原はそんな龍驤を目だけで追う

 

 

「ああ…そやった…伊豆海軍基地な、ここより全然西の方やで」

 

 

「え…あ、ああ…」

 

 

 

チャラ男とのエンカウントですっかり忘れてた清原

 

 

「この道…海沿いの道歩っとったら見えてくるはずや」

 

 

「ああ、サンキューな」

 

 

「…こっちこそ、さっきは助けてくれて…」

 

 

 

龍驤は清原の目を見ずに顔を少し赤くさせ

 

 

「あ、ありがん……うん、ありがとう…」

 

 

 

一瞬噛んだが、改めて清原に向けにこりと笑い礼を言う

 

…と、同時に港の方へ走って行ってしまった

 

 

 

「…変な嬢ちゃんだな…」

 

 

 

ツインテールの少女の姿が見えなくなると清原はふふ、と笑いながらそう呟いた

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「龍姐さんおそいっしょー」

 

 

「ごめんごめんて…」

 

 

近くの船着き場で待機していた三航戦と合流した龍驤はブーブー言う隼鷹に平謝りをする

 

 

 

「…龍姐さん…顔赤いよ?」

 

 

「そうかな?日焼けや日焼け」

 

 

飛鷹の言葉をあしらうと龍驤は自身の顔をムニムニとマッサージする

 

 

「ほら!はよ行かんと!な?…な!?」

 

 

 

 

「「「はーい」」」

 

 

 

その日龍驤は基地に帰投するまでニヤニヤすることになる

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

伊豆基地工廠

 

 

「あら、補佐官さん。おはようございます」

 

 

艦娘建造機の前にいたのは工作艦、明石だった

彼女の姿を見ると何故か口の中が苦くなった

 

 

「お、おはようご「明石さん!准将補佐官に対してその略称はどうかと思います!自分の立場を弁えてください!」

 

 

松井が明石に挨拶をしようとすると朝潮が凄い剣幕で明石を怒鳴る 

 

 

「…あー…失礼致しました。准将補佐官殿…昨日に続き、この様な場所へ足を運んで頂き感謝の極みにございます」

 

 

明石はわざとらしくそう言って深々とお辞儀して挨拶をし直す

 

 

そんな態度に何も言わず明石を睨む朝潮に何とも気まずそうな白雪、そして若干冷や汗をかく松井

 

 

「…閣下から聞いています。建造ですよね?…何隻分にしましょうか」

 

 

 

「3隻、お願いします…資材はいつもの分を使ってください」

 

 

「…了解」

 

 

明石は朝潮に背を向けそう返事をすると建造機のモニターの操作を始める

 

明石の作業する姿を見て松井は士官学校で習った事を思い出していた

 

  

 

 

艦娘の建造

 

艦娘建造機に特殊な資材を用いて使用する事で新たな艦娘が建造される

 

資材の量によって艦種も様々であり、基地によっては大型建造の出来る艦娘建造機が設置してある場所もある  

 

 

 

ふと、そんなことを思い出していると手慣れた手つきで建造の準備をしていた明石がよし、と準備完了の声を出す

 

 

「時間は…お昼すぎるくらいだと思います…秘書艦さんもコーヒー飲みます?」

 

 

明石はそう言って作業台横の棚から例のコーヒー粉の入ったパックを持ってくる

 

「いえ。結構です…私は閣下の元へ戻ります」

 

 

朝潮は即答し、工廠の扉の方へ向かう

 

 

「まるで忠犬ですねー!秘書艦さんは〜」

 

 

明石はまたもやわざとらしく声を大きくして朝潮に嫌味を言う

 

「…」

 

 

朝潮は明石の言葉を気にすることなく扉を開け、工廠を出ていった

 

 

 

「…ったく…閣下閣下って尻尾振っちゃって…」

 

 

 

(うわぁー…女性のこーゆー所…見たくなかったなぁ…)

 

 

松井は朝潮の態度にムスッとする明石を見てついそう思ってしまう

 

 

 

「…あー…なんか…ごめんなさいね。補佐官さん」

 

 

明石は手に持ったコーヒー粉のパックを再び棚に戻すと近くにあった椅子に腰を下ろす   

 

 

「あの子…いつもあんな感じなんですよ…いつもイライラしててすぐ怒鳴ってきて…やっぱ秘書艦って司令官に似るんですかねー」

 

 

「…あ、あははでどうでしょう…」

 

 

「…で、でも…」

 

 

「「!?」」

 

 

 

投げやりに説明する明石に苦笑いの松井

しかしそこへ今まで静かにしてた白雪が口を開く

 

 

「…あ、朝潮さんだって…優しいところは…あります…」

 

 

「…あの万年生理娘が?」

 

 

「ちょ、明石さんっ!……ええと、白雪さんには…優しいって事…ですか?」

 

 

 

松井の問いに白雪は首を横に振り

 

 

「…朝潮さん。私だけではありません…駆逐艦の娘達には優しく接してくれます」

 

 

「…そうなんですか…」

 

 

 

意外だと松井は思った

 

秘書艦、一航戦…表現は悪いが源の右腕、忠犬。

 

いつ如何なる時も松井を睨みつけてくるあの少女が、基地でも階級はかなり上であろうあの少女が駆逐艦には優しいとは…

 

 

「昨日…補佐官に朝食を出したほうが良いと教えてくれたのも朝潮さんでした…」

 

 

「…あ」

 

 

昨日の朝、朝潮が白雪に耳打ちしていた光景を思い出す

 

 

(…そうだったんだ…)

 

 

「…あー…なるほどねぇ…」

 

 

そこで明石も納得する

 

「…巡洋艦の人とか戦艦の人って、あの子嫌ってる人多いんですけど、駆逐艦の娘からあの子の悪口聞くことってあんまり無いんですよねぇ」

 

 

明石は椅子から立ち上がり、形が違うカップを3つ用意すると棚から一度しまったはずのコーヒー粉のパックを取り出す

 

 

「…でも三航戦の娘達は駆逐艦でも苦手そうだけど…」

 

 

「さ、三航戦の方達の事は私は知りませんが…でも朝潮さんは…はい、本当は優しい人なんです」

 

 

「…」

 

 

明石は何も言わずに3つのカップにドバドバとコーヒー粉を入れる

 

 

「…後で…謝らなきゃなー…」

 

 

ぼそりと聞こえた明石の声を聞き、松井はふ、と笑う

 

 

「…いい娘なんですね。朝潮さんは…」

 

松井が白雪に微笑むと白雪も少し恥ずかしそうに、しかし目をそらすことなくこう答えた

 

 

 

「…はい」

 

 

 

「さ、建造されるまでまだまだ時間は掛かりますから…どうぞ?」

 

 

 

明石は松井と白雪に飲み物の入ったカップを差し出す

 

 

 

飲み物を口に含んだ数秒後、松井と白雪は毒霧を噴いた

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

『折角だから今のうちに艦娘の訓練を見てきたらどうです?…気分転換に』

 

 

 

 

工廠で毒霧を噴いた後、グロッキーな松井と白雪へ向けて明石が良い笑顔でそう言ったのがきっかけだった

 

 

 

もともと訓練の見学をしたかった松井にはありがたくこの申し出を聞き入れた

 

 

そして明石は絶対松井達のコーヒーの反応を楽しんでいる

 

 

結果、午前最後のメニューを行っていた艦娘達の訓練を見る事ができ、松井は着任3日目にしてようやく海軍基地らしい光景を見ることができた

 

 

 

「いやー…流石凄かったですね。みなさんやっぱりお強い」

 

 

「恐縮です」

 

 

食堂までの道を進みながら松井と、3日目にして表情の柔らかくなった白雪は会話をする

 

 

すると訓練を終えた艦娘達が食堂に入っていく光景が広がる

 

 

「…う…」

 

 

その光景を見た松井は足が止まる

 

松井の止まった足を見て白雪は察し

 

 

 

「…やはりお部屋で食べますか?」

 

 

気まずいとはいえ、いつまでも避けているわけにはいかない

 

松井は腹を決め

 

 

「いえ…行きましょう。食堂へ」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

ボロボロの食堂の扉を開き中に入るとまるで教会のように静かだった

 

辛うじて聞こえてくるのは食器の当たる音や衣擦れの音、そして咀嚼音だけだった

 

厨房と食堂を繋ぐカウンターでは食事を作った間宮が列を作る艦娘達に配膳している

 

 

「…ふぅ、よし」

 

 

松井も改めて気合を入れると艦娘達の列の後ろへ並ぶ

 

 

 

 

「「頂きます」」

 

 

昼食メニューは米七麦三のご飯、フキノトウの味噌汁、たくあん

 

 

トレーに載せた昼食を持って壁側のテーブル席につくと、両手を合わせてから食事を始める2人

 

 

 

 

「うひゃー腹減ったー!」

 

「ごはんごはんー!」

 

 

食堂の扉を開け、賑やかに入ってきたのは三航戦の面々だった

 

初風がいないのは源に遠征の報告に行っているからだろう

 

 

 

「お?あれは…」

 

 

龍驤は壁側の席で食事をする松井達を見つけると近づき

 

 

「やあ、おはようさん白雪、補佐官さん!」

 

 

気さくに挨拶をする龍驤に軽く頭を下げる松井

 

 

 

「…こんにちは、龍驤さん。朝から遠征お疲れさまでした」

 

「龍驤さん。お疲れ様です」

 

 

白雪はともかく、松井の言葉を聞いて龍驤は意外だといった風に驚く

 

 

「…へぇ、ご苦労さんやなくてお疲れさん…か…ここ来て閣下以外の士官さんには初めて言われたわ」

 

 

「そうなんですか?龍驤さんたちのおかげで皆さんも助かっているとお聞きしましたので…」

 

 

「えへへ…そう言われると嬉しいなぁ」

 

 

「龍姐さーん!こっちこっち!」

 

 

少し離れた席につく隼鷹が龍驤に手をふる

 

 

「ほいよー、ほんならうち行くわ」

 

 

「はい」

 

 

松井達に小さく手をふると龍驤も隼鷹たちの座る席へ向かう

 

 

 

「…昨日も思いましたけど…龍驤さんって明るい方ですね…皆さんからも人気なんじゃないですか?」

 

 

「はい…あ、いえ……皆さんはあまり三航戦の方達とは話しません…その…朝潮さんがあまり良くないお顔をされるので…」

 

 

「朝潮さんと龍驤さんは仲が悪いんですか?」

 

 

 

ちらりと三航戦の方を見ると龍驤達は楽しそうに食事をしているが、周りの艦娘達は全く気にする様子もなく食べ物を自分の口に運んでいる

 

 

「…お二人の過去に何があったのかはわかりませんが…そうですね、少なくとも仲が良い風には見えませんね」

 

 

「…難しいですね」

 

「…そうですね」

 

 

松井が白雪にそう言うと、口元に米粒を付けた白雪も苦笑いで答える

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「んぁーー!なんでやー!時津風!なんで今うちのたくあんたべたんやー!」

 

 

「ぼさっとしてるからだよー」

 

 

スキを見て龍驤からたくあんを一枚拝借する時津風

若干涙目で箸をあむあむする龍驤

 

 

「んー…まぁええけど…」

 

 

「ええならあったしもー!ひゃっはー!」

 

 

シラフとは思えないテンションで龍驤の白い陣地(皿)へ隼鷹の右手から二本のミサイル(箸)が飛ばされる

 

 

「くっ!…対空っ!」

 

 

龍軍は黄色の自軍の物資(たくあん)の前に2本のバリケード(箸)を突き立てる

 

 

「甘いよっ姐さんっ!」

 

 

2本のミサイル(箸)は右手から左手に装填し直され(持ち替え)立てられたバリケード(箸)を左側に避け隼軍のミサイル(箸)は黄色物資(たくあん)に突き刺さる

 

 

「んなアホなっ!」

 

「へへんっ!あたしは両利きなんだぜっ!」

 

 

「う、うちのたくあん(黄色物資)がぁぁぁああ!」

 

 

 

こうして龍軍から奪還された黄色物資(たくあん)は隼鷹の口の中へ吸い込まれていった

 

 

「た、タクアンゼロや!くっそー!!」

 

 

 

 

 

 

「…楽しそうだなぁ…」

 

 

遠目で龍驤達のやりとりを見る松井はそう思って言葉に出した

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

龍驤たちが昼食を終える頃、初風が食堂に入ってきた

 

 

「おかえりーお初ー」

 

初風は低めのテンションで間宮の方ではなく三航戦の方へ近づく

 

 

「…どないしたんや?お初?お昼食べなあかんで?」

 

 

龍驤が初風の服を見るが乱暴をされた形跡はない

顔も殴られた跡もない

 

しかしその表情はひどく落ち込んでいた

 

 

「あ、あのね…龍姐さん…」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

「うん…食後の緑茶はいいなぁ…」

 

 

「…はい」

 

 

こちらも昼食を終えた松井と白雪も食後の緑茶を味わっていた

 

 

すると突如鳴る鈍い音、そして食器の割れる音

 

 

 

「なんやと!?…っざけんなやっ!!」

 

その小さな体からとは思えないほどの怒号

龍驤のその声で食堂にいた艦娘の視線は彼女に向いた

 

 

「…龍驤…さん?」

 

 

「…」

 

 

驚く松井にじっと下を向く白雪

 

 

 

「どっ…!やめろって!姐さん!?」

 

「そうだよ!駄目だって!」

 

 

 

「どきやぁっ!あんブタぶっ殺したらぁ!!」

 

 

 

隼鷹と飛鷹が鬼の形相で歩く龍驤の腰にしがみつき止めようとする

 

 

三航戦のいた席には床に座り込み泣く初風を天津風と時津風が肩を撫でていた

 

 

 

「ちょ、ちょちょっ…待ってください龍驤さん!」

 

 

「ぁあっ!なんや!!アンタもうちの邪魔するんか!」

 

 

 

思わず飛び出してしまった松井だったが龍驤の迫に圧される

 

 

「…アンタ知ってたんか…追風と疾風が沈んだ事…!」

 

 

確かに松井は今朝源より二人が沈んだことを聞いた

 

しかし沈んだ二人と対面していない松井にはまだ実感が湧かなかった

 

 

 

「み、源中将よりお二人が沈んだとお話は聞きました…!でも、それは深海棲艦の攻撃でやられた訳でしょうし…源中将が「アホっ!」 

  

 

「…あいつは…!…長良がせっかく朝潮に撤退許可の通信入れたんにな!…それ無視して大破進軍させたんや!」

 

 

 

「龍姐さん!」

「姐さんっ!」  

 

 

龍驤は勢いよく松井の胸ぐらを掴む

 

 

「深海棲艦の攻撃で沈んだ!?結果的にはそうやろうな!…でもその結果になる様にしたんはあのクソブタやっ!」 

 

 

 

そう言って龍驤は掴んだ松井の胸ぐらを押し離す

 

 

「姐さん!」

 

 

隼鷹の呼び掛けも虚しく、龍驤は食堂を飛び出てしまった

 

白雪は松井を心配して近づく

 

 

「…だ、大丈夫…大丈夫です。白雪さん」

 

 

 

「…わ、私が…私が余計なこと言ったから…」

 

 

「初風のせいじゃないよ…」

 

「そうよ…気にしないで?初風…」

 

 

 

三航戦の駆逐艦達を見ていた松井は何もできない無力な自分を憎んだ

 

 

「…くっ…」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

本館 執務室前

 

 

 

扉の前には源の秘書艦、朝潮がガードマンの様に立っていた

 

 

「司令ーー官ーーー!!!」

 

 

龍驤の怒号に流石の朝潮も肩をビクリと震わせる

 

 

 

「…り、龍驤さん…!?」

 

 

 

「あんブタいるんやろ!?そこどけや朝潮!」

 

 

「や、やめなさい!龍驤さん!」

 

 

龍驤は止めようとする朝潮の肩を掴み扉前からどかす

 

 

「今日は誰連れ込んでるんや!?戦艦か?軽巡か?…邪魔するでー!!」

 

 

 

龍驤はそう怒鳴りながら執務室の扉を勢い良く開く

 

 

「…うっ…」

 

 

執務室の中は薄暗く、気持ちの悪いモヤが部屋中に充満しており、流石の三航戦旗艦も自身の服の袖で口と鼻を覆う

 

 

 

「なっ!何だ!誰だっ!」

 

 

 

全裸の巨漢は小さな来訪者の突撃に驚きベッドルームから転げ落ちる

 

そしてベッドには汁だらけの女体がうつ伏せになっていた

 

 

「……こ、小むす…いや、龍驤か…執務中に何の用だ!?」 

 

 

 

 

「はっ!…なぁにが執務や!このアホたれがっ!」

 

 

龍驤は執務室に一歩入ると全裸の源を睨みつける

 

 

「…聞いたで…追風と疾風……大破進軍させて沈めさせたんやってな!」

 

 

 

源は龍驤の言葉でははぁ、と理解して全裸のまま執務椅子にどかりと座る

 

 

「…そんな事か…」

 

 

「…そんなこと…やとぉ?」

 

 

「止めなさいっ!!」

 

「んげっ!」

 

 

今にも掴みかかろうとする龍驤、しかし朝潮が背後から龍驤の腕を掴みそのまま床に組み伏せさせる

 

 

 

「…龍驤さん…気持ちはわかります…でも我慢…我慢してください!」

 

 

「…!?」

 

 

倒れる龍驤の耳元、小声でそう訴える朝潮

 

そこで龍驤は頭が冷え、ようやく気づく

 

 

辛かったのは同じ戦隊だった朝潮も同じなのだ

 

 

 

(…くっ…うち…なんで気づかんかったんや…朝潮だって辛いに決まってるやろ…)

 

 

 

「……すまん…朝潮……」

 

 

龍驤がそう謝罪をすると朝潮は龍驤の拘束を解く

 

 

腕を抑えながら立ち上がる龍驤

 

 

「…す、申し訳ありません…閣下…御無礼を…」

 

 

源の顔を見ずに悔しそうにいやいや謝罪する龍驤

源はそんな彼女を見て何かを思い出し、鼻で笑う

 

 

 

「いや…これは上官への冒涜…暴行未遂…反抗、反逆だ…貴様には罰を与えよう」

 

 

(…解体か…?それともなぶり殺しか…?…このクソブタが…!)

 

 

爪が食い込むほど拳を握る龍驤

 

 

 

「この基地の常駐憲兵として1人、新たに来週…いや、変更がかかって明日か…うむ、明日から着任する者がいる…そいつの相手をしろ」

 

 

 

「…ぁあ?…なん…ですか?…相手って…」

 

 

源は葉巻を咥え火を灯す

 

 

「ぷひゅー…分かるだろう?伽だ、伽…憲兵察なら最初に弱味を握っておけば後々楽だからな」

 

 

「…んな事…うちがやるわけ無いやろ!」

 

「龍驤さんっ!」

 

 

 

「…別に嫌ならやらなくてもいい…その代わり三航戦の奴等にお前の代わりをさせるだけだ…それか三航戦の駆逐艦共を今川の馬鹿にでも抱かせるか?薬漬けにされて帰ってくるのは目に見えているがなぁ!がははははは!」

 

 

 

「…くっ!……!!」

 

 

 

「…なんだ…言い返さないのか…なら決定だな。日はおって伝えよう」

 

 

 

源が勝ち誇ったように笑うと龍驤は下に俯く

 

 

「…ふ…ふふふ…くふふふ…」

 

 

「「!?」」

 

 

突然笑い出す龍驤

源と朝潮はその不穏な雰囲気に息を飲む

 

 

 

「…別にええで…ポリ公と寝るくらい…ワケないわ」   

 

「…龍驤…さん…?」

 

 

龍驤は顔を上げ、源を睨みつけながら、不敵に笑いながら腕を組む

 

 

 

 

「閣下…いや、司令官…これからは艦娘はもっと大事にせなあかんで?」

 

 

 

「…なにぃ…?」

 

 

 

「…あんまオイタが過ぎると…アンタの枕元に立つでぇ?…"艦長"が……!」

 

 

「…ゔっ…何故…お前が…奴を知っている!?」

 

 

 

 

歴戦の軽空母は勝ち誇ったかの様に…いや、もしくはそれはハッタリ込みの虚勢だったのか

 

 

しかし不敵に笑う少女に圧されたのは巨漢の方だった

 

 

源は先の行為とは関係の無い脂汗が流れ、自身の座る執務椅子の肘掛けを強く掴む

 

 

怒りと恐怖が入り混じった源のこんな表情を朝潮は見たことがなかった

 

 

「…ナーイショやで!…それよか野郎の一人や二人…何晩でも寝たろやないか!!」

 

 

そう吐き捨て龍驤は執務室を出ていく

 

 

 

 

 

「…ぐ…くそがぁ!…死人までもが私を馬鹿にしおって!!」

 

 

源は執務机に積み上げられた書類を力強く薙ぎ払う

 

 

「…」

 

 

そこへ源に内線が入る

 

イラつく源は受話器を荒っぽく取り

 

 

 

「なんだ!何の用だ!!…明石か…ん?…そうか」

 

 

沸騰していた巨漢は明石の言葉で冷めたのか冷静に話をする

 

 

そして受話器を置くと朝潮に声をかけ

 

 

「…建造が終了した。朝潮、見てこい」

 

 

 

「は!了解です」

 

 

そう返事をすると朝潮は執務室を出ていく

 

 

 

 

 

 

 

「…龍驤め…あの小娘まさか……」

 

 

そう呟いた源は再び受話器に手を伸ばした

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

食堂

 

艦娘達は午後の艦隊演習に参加しているため食堂には間宮と龍驤だけだった

 

 

 

「…はぁぁあぁぁぁ…」

 

 

地の底まで響きそうなため息を吐き、龍驤はテーブルに伏せる

 

 

 

「…何が何晩でもや…ただのビッチやん…うち…」

 

 

"まだ"乙女な龍驤にしてはとんでもないセリフの啖呵を切ったなと後悔し、テンションが酷く下がっていた

 

 

 

「…龍驤さん?」

 

 

「んぇあ?」

 

 

グロッキーな表情のまま自身に声を掛けた主を見る

 

 

「…あ…補佐官…」

 

 

 

眼鏡をかけた准将補佐官が中身入りのコーヒーカップを持って心配そうに龍驤を覗いていた

 

 

「…大丈夫ですか?…その…さっきは余計なことしてしまって…すいません」

 

 

「…あー…いや、うちも…っていうかうちの方が酷いこと言ってたわ…ごめん…なさい…」

 

 

ぼそぼそと龍驤が反省の言葉を呟くと松井はニコリと笑って

 

 

 

「…気にしてませんよ。これ、よろしければどうぞ」

 

 

手に持っていたコーヒーカップを1つ龍驤に渡した

 

 

「…」

 

 

「…」

 

 

 

「…あの…」

 

「…キミさっき執務室の近くにおったやろ…なんとなくわかるけど…心配せんでもええよ」

 

 

「…盗み聞きするつもりはなかったんですけど…」

 

 

 

松井はあの食堂の一件の後、万が一の事を考え執務室に向かっていた

 

そこで源と龍驤とのやり取りを聞いていたのだ

 

 

 

「…中将には幻滅しました…艦娘に…あんな事をしていたなんて…」

 

 

「…伊豆の日常や…もう慣れたわ」

 

 

「…この作戦が終わったら…僕から東海支部に源中将の事を相談します!」

 

 

「…へぇ。敵ボスの首切り落として…残されたうちらはどうなるんや?」

 

 

 

龍驤は頬杖をついて松井に問う

 

 

「…え!…あ、その…それは…」

 

 

「ひひひ…気持ちは嬉しいんやけどな…もっと考えてから行動したほうがええで?」

 

 

「り、龍驤さんには言われたくないです!」

 

 

悪戯な笑顔で笑う龍驤に顔を赤くして反論する松井

 

 

 

「…あの…」

 

 

「ん?…なんやー?」

 

 

 

「…"艦長"って…誰のことですか?」

 

 

 

「え?…んー…あー…」

 

 

龍驤は視線をあちらこちらへと向ける

明らかに動揺していた

 

 

「……うちが…前に世話になってた司令官や…」

 

 

「…司令…?龍驤さんはここで建造されたんじゃないんですか?」

 

 

「…まーね…色々あって…うん、補佐官ならまぁ良いかな?…」

 

 

 

龍驤は松井から貰ったコーヒーカップを両手で持ち食堂の壁…ヒビの入った窓ガラスを見つめる

 

 

その仕草はまるで過去を懐かしむように、思い出すように

 

 

 

「…補佐官…桜龍って知っとる?」

 

 

「お、おうりゅう?…艦娘の誰かですか?」

 

 

「いんや…まぁそう思うよね…」

 

 

 

(桜龍…桜龍…?…聞いたことないなぁ…)

 

 

松井は士官学校で習った事を思い出すが関係する単語は何も思いつかなかった

 

 

 

「…特務空母桜龍…うちの前いた移動鎮守府や」

 

 

 

「え!?…移動って…」

 

 

特務ならば松井の様な海軍新米士官なら知るはずもない

 

龍驤は松井の反応を見てけらけらと笑う

 

 

「…まぁ元々は全然別の鎮守府で建造されたんやけどな。そこのアホ司令官が『正規空母いるから軽空母はいらへん』言うてうちは解体もされずに捨てられたんや…そんな時にうちを拾って面倒見てくれたんが桜龍の司令官…みんなからは艦長って呼ばれてた人やったんや」

 

 

「…艦長って…そういう…」

 

 

「せや!…まぁ艦長は東海支部じゃあ結構有名な人やったみたいでな?あのブタ司令官も頭上がらんかったみたいやな」

 

 

龍驤は天井を見つめる

 

 

「…ホンマ…ええ人やった…うちにとっては…いや、桜龍に乗ってたうちら艦娘にとってホンマ…親父やったなー…厳しくも優しくて…正義感に溢れて…は、おらんかったけど…」

 

 

「…会ってみたいですね」

 

 

「あはは…そら無理や…作戦途中で深海棲艦にやられたわ…うちらを逃がすための囮となってな…」

 

 

 

「…司令官が…艦娘を?」

 

 

 

龍驤の話を聞いていると松井の中の日本国軍のイメージが崩れていくような気がした

 

 

 

艦娘は兵器

 

 

艦娘はモノ

 

 

 

士官学校でも常識の1つとしてそう教えられた

 

 

しかし龍驤の話す"艦長"はそんな常識を無視し、艦娘達を我が子のように可愛がっていたのだろう、とさえ感じる

 

 

でなければ司令官である艦長が艦娘を逃がす為の囮となるはずがない

 

 

 

「…そんな軍人に…僕もなりたいです…」

 

 

「ぷっ…あははは!」

 

 

松井がそうつぶやくと龍驤は声を上げ笑う

 

 

 

「道のりは遠いでー?…まぁがんばりや、まっつん」

 

 

 

「ま、まっつん!?」

 

 

突然龍驤から呼ばれた呼び名に戸惑う松井

 

 

「あらら?…上官に対してアダ名は失礼やったかな〜?」

 

 

ニヤニヤしながらそう聞くと松井もふ、と笑い

 

 

 

「…いいえ、アダ名でなんて初めて呼ばれました…僕からすれば失礼なんかじゃありませんよ」

 

 

 

「意外とノリええんやなー…あ、貰ったコーヒー冷めてまうわ!頂きますやで!」

 

「そうですね、頂きましょう」

 

 

 

 

(…ごめんな…追風、疾風……いつかお前らの仇……うちがとったる!)

 

 

 

 

松井と龍驤はコーヒーカップの中身を口に流し込む

 

 

 

 

「ぶっふぉぉおっ!くっっさ!!にっがぁっ!!」

「ぐぶっふぉあ!ヴォエッ!!にっがぁっ!!」

 

 

 

毒霧を噴き出した

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

翌日早朝 伊豆海軍基地の正門

 

 

 

その前では真新しい憲兵巡査の制服を着た青年が、上司と思しき男性巡と並んで立っていた

 

 

 

「ぃよっしゃ!今日からバリバリ働きますよー!桑田部長!」

 

 

細身で眼鏡をかけた中年巡査部長、桑田はハンカチで流れる汗を拭きながらはは、と笑う

 

 

 

「清原巡査はやる気満々ですね…そりゃあ到着の日にちも早くなりますか…」

 

 

「や、ほんと…すいませんでしたっす…」

 

 

清原、桑田へ平謝り

 

 

 

「ああ、いやいや…うん、元気なのはいいことだから…」

 

 

 

「ああそうだ…提督さんを呼ぶ時は閣下、とお呼びしてくださいね」

 

 

「…閣下…ですか?」

 

 

「うん…ほら、提督さんは将校だから…ね?」

 

 

「は、はぁ…わかりました…」

 

 

 

 

正門が開くと二人の憲兵察は基地敷地内へ入っていく

 

着任の挨拶を閣下にする為に

 

 

 

 

 

 

 






あと2話くらいで松井さんの過去編は…終わるかなぁ…

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