大本営の資料室   作:114

25 / 96
朝霜「キメるってなんだったんだ?」


清霜「…日常編を終わらせるって事だよきっと」


File24.第三航空戦隊反逆案件⑤

 

 

 

「…ふぃー……なんとか間に合ったって事でええか?」

 

 

「…あ、貴女は…なんで…」

 

 

「あはは…なんやー…キミ顔汚れとるなー…」

 

 

「…ほらしっかりしーや…」

 

 

 

 

「…アメちゃん、食べるか?」

 

 

 

 

 

 

「…え?礼?ええよ…そんなん…」

 

「そういう訳にはいきません!…何か私にできることはありませんか!?」

 

 

「近い近い…せやなぁ…なら…」

 

 

 

「…いつか、うちがピンチになったら助けてや。それでおあいこっちゅうことで…」

 

 

 

 

 

「はい!…この朝潮!……約束します!…その時は必ずお力になります!」

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

松井が清原に殴られてから半日

 

 

松井、白雪は食堂で間宮と遅めの昼食を取っていた

 

 

 

「…まぁ、それでそのアザを?」

 

 

「あはは…まぁ、はい…」

 

 

 

あの後五厘刈りになった清原はゲストルームへ戻った後そのまま職務へ、龍驤も三航戦の所へ戻りそのまま遠征に向かった

 

 

明石特製の痛み止めを貰って午前中は工廠でそのまま休ませてもらった松井

 

 

その間白雪も一緒に居させてもらい、明石よりからかわれていた

 

 

 

「…本当に…あの時龍驤さんが叫んであの憲兵を止めなかったら松井補佐官のお顔がもっと腫れているところでしたよ」

 

 

「…あはは…ごめんね、白雪さん」   

 

 

プイッと頬を膨らませる補佐官担当艦

 

松井はぽんぽんと白雪の頭を撫でる

 

 

「…あらぁ…」

 

 

そんな松井と白雪のやりとりを見ていた間宮は目を丸くする

 

 

「…?何か?」

 

 

「あ、いえ…随分と仲良くなられたんですね…お二人共…」   

 

 

「そうですか?」

「そうでしょうか?」

 

 

 

「…」 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「くぁぁあ〜…」

 

 

 

伊豆海軍基地を囲む塀の外、海沿いの道にて憲兵察の制服を着た清原はあくびをしながら巡回任務に励んでいた

 

 

「うそやん、何が巡回任務や。サボりやんか」

 

 

「なんだ…嬢ちゃんか…ビビらせんなよ…」

 

 

 

前言撤回

 

清原は巡回任務という名のサボりに海沿いの道に来ていた

 

直ぐに被り直した官帽を取り、さり気なく隠したタバコを再び吸い始める

 

 

 

「っつーかお前アレだろ?エンセー任務なんだろ?」

 

 

「ふっふーん」

 

 

ドヤ顔の龍驤

 

 

「うちら三航戦は資材調達にうってつけのええ場所見つけたんや!せやから時間いっぱい使ってサボりまくるんやで」

 

 

「俺と同罪人じゃねぇか…っていうかよく俺がここにいるのわかったな」

 

 

清原は近くに設置されたベンチに腰掛ける。すると龍驤も一人分空け隣に座る

 

 

「そら海軍でもないのにそのクリクリボーズは目立つで?にひひ」

 

 

「…あっそ」

 

 

ケラケラと笑う龍驤に対し吸った煙をぷぅー、と正面に吹く清原

 

 

「…」

 

 

「…」

 

 

二人の間に沈黙が流れる

 

 

しかし決して気まずい沈黙ではなかった

 

龍驤は水平線に目を向けぼぅっとし、清原も空に顔を向け煙を吐く

 

 

まだ出会って3日目のはずなのに二人は旧友の様にそこに並ぶ

 

 

「…そーいや…今日もあの駄菓子屋行ってきたのか?」

 

 

「…あー…今日は飛鷹…あ、いや…三航戦のうちの仲間が行ってるわ…多分かき氷作ってるんちゃうかな?」

 

 

「ふーん……よっこい…しょっ…と…」

 

 

清原はタバコの火を消し、ベンチから立ち上がる

 

 

 

「ん?どしたん?」

 

 

「…仕事だ仕事…つっても俺らより強いって艦娘がいる基地を警備するって…意味あんのかね?」

 

 

「…そらあるやろ」

 

 

「…なんで?」

 

 

ベンチに座ったままの龍驤は形代を取り出し指先でふよふよと浮かせる

 

 

「…艦娘を泥棒や暴徒から守るっちゅーより、艦娘から泥棒や暴徒を守るって考えた方がええで?…うちの基地の…特に戦艦や重巡辺りの奴らは人間相手でも加減を知らんからなぁ…」

 

 

 

 

 

あのふくよかなマスコットキャラクターの様な源中将の人柄のおかげで、地元の人間で伊豆海軍基地に近づく者はいない

 

 

しかし稀に県外から来た好奇心旺盛な若者だったり、軍の情報を手に入れようとする異国の人間などが夜のうちに不法に侵入してボロボロの状態で基地から追い出されることがある

 

 

こう聞けば衣服が破け、軽く殴られて追い出されたんだろうなと思うかもしれないが、侵入し、見つかって暴行された者達は重症で、骨折であったり後遺症が残るくらい頭を殴られたり…と、実際はなかなかに笑えなかった

 

 

 

 

「…あー…なるほどな…納得した」

 

 

 

そこまで龍驤が教えると、色々察した清原は官帽を被り直す

 

 

 

「…なー…」

 

 

「あん?」

 

 

 

ベンチに座ったままの龍驤は足をパタパタと動かす

 

 

「明日もここ来るん?」

 

 

「…どうだろうな…配属2日目でサボっちまったからな…まぁでも多分来るだろうな…巡回自体は暇だし…」

 

 

「…そっか!」

 

 

 

龍驤はニカっと笑ってベンチから立ち上がる

 

 

「…なぁ嬢ちゃん…お前さんのその傷も…野郎にやられたのか?」

 

 

 

腰回りの装備を確認しながら清原が問うと龍驤は頬の傷をぽりぽりと掻く

 

 

「いんや?…これは前からや…」

 

 

 

「…そうか…変なこと聞いて悪かったな」

 

 

 

「…ほんなら、うちももう行くわ…えーと…なんて呼んだらええかな?」

 

 

「はあ?…そりゃお前…清原憲兵巡査とか清原さんとか…まあまお巡りさんでも良いけどよ…」

 

 

「なら清やんで!」

 

「なんでだよ!…って別になんでもいいけどよ…じゃ、松井補佐官によろしくな」

 

 

「あいよー…見回り、ご苦労さまやで!」

 

 

そう言うと龍驤は足を揃えて笑顔で清原へビシッと敬礼する

 

 

清原はそんな龍驤の姿を見て、へっ、と笑うと龍驤に敬礼を返す

 

 

「…おうっ!……またな」

 

 

 

清原は再び基地の巡回へ、龍驤は海の方へ向かう

  

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

その日の夜 

 

松井のゲストルームの扉に少し強めのノックが鳴る

 

 

「…はい…あ、清原さん」

 

 

「どもっす、今大丈夫すか?」

 

 

 

扉を開ければ出家した憲兵がビニール袋を持って訪ねてきた

 

 

「…ええと…何かあったんですか?」

 

 

松井がそう聞くと清原はビニール袋を持ち上げる

中には缶ビールが数本入っていた

 

 

 

清原が部屋に入ると少女が二人、椅子に座り並んでテレビを見ていた

 

 

白雪と野分だった

 

 

 

実は夕食後、白雪は松井の部屋に自身と同室の艦娘である野分を連れ訪ねてきた

 

 

名目上は

 

"松井准将補佐官担当艦臨時補佐艦"

 

しかし実際は白雪から聞いたアニメの話に興味を持ち、抑えきれない好奇心から白雪にお願いをし、今こうして白雪と並んでアニメを観ている

 

 

「…もしかして昨日からいたんすか?この娘ら」

 

 

テーブルにビニール袋を置いた清原は白雪達を見て頭を捻る

 

 

「…あ、こんばんは」

 

「きょ、ここ、こんにゃんわ!」

 

 

 

少しばかり睨むように挨拶する白雪に、キョドりながら白雪の服の袖を掴み挨拶する野分

 

 

「…あー…こんばんは…」

 

 

そう返し、清原も軽く頭を下げるとビニール袋を覗き込む松井が答える

 

 

「…いや…ついさっき部屋に来まして…」

 

 

 

「…へー…そっすか…」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「…あのー…」

 

 

「…どうぞ、松井補佐官」

 

小さなテーブルに向かい合うように座る松井と清原

 

テーブルの上には空のグラスが2つと、4本の種類別の缶ビール

 

 

「いやー…聞いたところこの基地で歳近くて男なのって松井補佐官しかいねぇ…じゃなかった…いないって聞いたもんすからね」

 

 

 

そう言って清原は缶ビールを一本持ちフタを開ける

 

 

《プシュッ》

 

 

「…」

 

 

《コッコッコッコッコッ…シュワァア…》

 

 

清原は松井の目の前のグラスにビールを注ぐ

 

ビールと泡を8対2に注ぎあげる清原

 

 

真夏のむし暑い夜、キンキンに冷えたビールはきっと犯罪的だろう

 

しかし松井は苦い一言を申し上げる 

 

 

 

「…僕はまだ19です…憲兵察の方が未成年に…良いんですか?」

 

 

「…」

 

 

 

アニメを見つつ清原の行動も見逃さない白雪は清原と松井のやりとりを監視する

 

 

 

「大丈夫大丈夫!…バレなきゃ問題ないすよ」

 

 

ケラケラとそう笑って松井の手にビールの注がれたグラスを持たせる

 

「ちょっ…僕飲んだことないんですけど…!あ…こ、溢れるからっ…!」

 

 

 

「まぁまぁ…良いではないかーっと」

 

 

「の、飲みませんから!!」

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「…ヴェ…」

 

 

 

奮闘虚しく顔を真っ赤にした松井はベッドにダウン

 

頭からは角を生やした白雪は清原を床に正座させる

 

 

 

「…はっはっは…まさか缶ビール一本でダウンするとは…本当に済まなかった…」

 

 

「一体何を考えているんですか!?急性アルコール中毒だったらどうするつもりなんですか!?…というより貴方憲兵察ですよね!?まだ19歳の人にお酒飲ませるなんて…!」

 

 

 

(…なんかお母ちゃんみたいだな…)

 

 

白雪が憲兵にカミナリを落としている最中も野分は構わずアニメを見ていた

 

 

…枕を抱きながら

 

 

 

「いやいや…悪かったって…昨日のこともあったから…コミュニケーションを取ろうと思ってさ…飲みニュケーション、なんてな」

 

 

ぼそりと最後に呟いた言葉を聞いて白雪は更に怒る

 

 

「は、反省をっ!「…し、白雪さん…もうその辺で…」

 

 

「「!?」」

 

 

顔を赤くした松井がベッドに半分顔を埋めながら白雪をなだめる

 

 

「…僕は大丈夫ですから…清原さん…貴方の誠意は十分わかりましたから…」

 

 

「…連日申し訳ねぇ…です」

 

 

清原は視線を下げる、松井はそんな清原を見てふふ、と笑うと

 

 

 

「…無理に言葉遣い丁寧にしなくても良いんですよ…源中将や他の士官の方に対しては駄目ですけど…どうせ僕は将校見習いですし…」

 

 

そう言ってごろりと清原と白雪に背を向け不貞寝する松井

 

 

(…あちゃー…こりゃあもしかして…)

 

 

清原は片手でクリクリボーズをパチンとはたく

それを見た白雪も何かを察する

 

 

 

「…どうせ僕なんて余計なことしかしませんし…源中将や今川中将の…この基地じゃあただのお荷物…いや…お荷物以下の存在ですし…龍驤さんには胸ぐら掴まれたし…明石さんのコーヒー苦いし…飲むとなんか喉痛いし…清原さんにも勘違いで殴られるし…明石さんのコーヒー美味しくないし…」

 

 

 

松井は酒が入ると愚痴と病み状態になる事がたった今わかった

 

 

飲ませた清原は猛省する

 

 

(…面倒くさいタイプの奴だった…)

 

 

「ま、松井補佐官はお荷物なんかじゃありませんよ!」

 

焦りながら白雪はフォロー

 

 

「お、おいおい…酔っぱらいにマジで説得するなって」

 

 

「そ、それに…その、そ、そう!少し失敗するくらいの方が松井補佐官らしいというか…あ、えーと…」

 

 

 

(…なーんて下手くそなフォローだよ…っつかそれフォローじゃねぇし…)

 

 

 

「…ほわぁー…」

 

 

一方野分は目をキラキラさせてアニメに夢中だった

 

 

 

 

「くっ!」

 

 

半泣きで清原を睨みつける白雪

 

 

「…わかったわかったって…」

 

 

清原はグラスに水を注ぐと、それを持って松井の寝転がるベッドへ腰掛ける

 

 

「ほら…水だ。まず起き上がろうぜ?補佐官」

 

 

「…補佐官ですよ。補佐官…まともな階級にも就けないで静岡に放り出されて…」

 

 

「…あー、わかったわかった……よっと…」

 

 

清原がぶつぶつと愚痴る松井を抱き上げ、その口元に水の入ったグラスの口を当てる

 

 

 

「どうせ僕なんて鳥…ガボガボガボガボ…」

 

 

「はいはい、とりあえず水飲んでくれよ補佐官さんよ」

 

 

 

 

多少無理矢理にでも水を飲ませる清原 

 

 

 

そんな清原と松井を野分は何故かキラキラした眼で見つめていた

 

 

野分の観ていたテレビではフィギュアスケートの"男性"選手と外国人"男性"コーチとの恋愛模様を描くアニメのエンディングが流れていた

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

数分後、制服の上着を片手に清原は誰もいない暗がりの廊下をとぼとぼと歩いていた

 

 

「っくそー…補佐官め…俺の一張羅にゲロりやがって〜…」

 

 

 

清原は汚された紺の憲兵察の制服、その上着を洗いに行くため洗濯が出来る部屋を探していた

 

 

 

「…ねーなー…やっぱ部屋の風呂場で洗うしかねぇか…ん?」

 

 

 

なんとなく、ほんの僅かに誰かの視線を感じて後ろを振り向く

 

 

 

 

「あ」

 

「お?」

 

 

 

この時間、基地本館は清原以外の憲兵察が巡回をしている

 

朝潮や特別な命を受けた艦娘以外がいるはずはなかった

 

 

しかしいつの間にか、清原の後ろを歩いてたであろう少女と目があった

 

 

ツーサイドアップにした橙色の制服を着た艦娘の少女と

 

 

「…あー?…ああ、艦娘か…」

 

 

少女、軽巡川内は清原の顔を見て驚いており、ギギギ、と強張って動いていた

 

 

 

「…たしか夕飯後は寮の部屋から出たら駄目なんだろ?…黙っててやるからさっさと自分の部屋帰んな」

 

 

「え!?…は、はーい!失礼しましたー!」

 

 

川内はニコニコと、しかしどこか慌てる様子で愛想笑いをしながら廊下の奥へ走っていく

 

 

 

「…あーゆー奴もいるんだな…」

 

 

 

この2日間、清原の出会った艦娘は龍驤や白雪達を除いて反応の薄い、どこか暗い顔をした少女ばかりだった

 

なのでまさかあんなテンション高めの艦娘もいるとは思わなかった

 

 

 

「…部屋戻るか…」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「…はぁ…」

 

 

翌日午前中

 

 

 

昨日同様ある程度巡回を終えた清原は昨日龍驤と会った海沿いのベンチでタバコをふかしていた

 

 

 

「なーんや、いい若いもんがため息なんて」

 

 

「出たな嬢ちゃん」

 

 

「せや、出たで…ん?清やんなんか臭わへん?」

 

 

 

龍驤はくんくんと清原の周りで匂いをかぐ仕草をする

 

清原はさり気なく身体を逸らせる

 

 

「失礼なこと言うなよ…」

 

 

 

「そう?…うち、清やんの匂い嫌いやないで?…って臭っ!なんや!げろげろっ!」

 

 

「…」

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「あっはっはっはっは!う、うひーっ!ははははは!」

 

 

 

清原の横に座り大笑いする龍驤

 

 

 

「あっ…ひっひっひっ…け、ケッサクやなぁ…!」

 

 

「しかたねーだろ…まさか缶ビール一本でゲロるとは思わなかったぜ…」

 

 

自分の脇腹をとんとんと叩き、笑いがひきつる龍驤

 

 

 

「く…くっくっ…い、痛…いたたた…笑いすぎて脇腹が…」

 

 

「…笑いすぎだろ…流石に傷つくわ…」

 

 

 

「ごめんごめんて…ふふふ…あーおもろかった」

 

 

 

ヒーヒー言いながら笑い疲れるとぐったりする龍驤

 

だらりとベンチの背もたれにもたれる

 

 

「…ゔー…笑い疲れたわー」

 

 

「けっ…楽しそうでなによりだっつの…」

 

 

「…あー…でもそれやったらウチもまっつんとこ遊びに行けば良かったわ」

 

 

 

清原、聞き慣れない単語に反応

 

 

 

「は?まっつ?」

 

「まっつんやまっつん…松井補佐官」

 

 

清原は呆れた様に笑う

 

 

 

「はっ?…お前…さすがに上官(の様な奴)にアダ名はないだろ…」

 

 

「あれあれ?上官(の様な人)殴った人に言われたないなぁ?」

 

 

 

直後、清原はベンチの上で膝を抱え込み小さくなる

 

 

 

「…だから、勘違いなんだって…」

 

 

(意外と傷つきやすいんやなぁ)

 

 

 

「ちわちわーっす」

 

 

「ん?」

「お?」

 

 

 

ベンチに座る龍驤と清原に掛けられる明るい声

 

 

海の方から手を振りながら笑顔で近づいてくるのは…

 

 

「…隼鷹?…それに天津風?」

 

 

龍驤は2人に近づいてくる人物の名を呼ぶ

 

 

「やっほーこんちわでーっす!龍姐さんの言ってた憲兵さんですね?三航戦の隼鷹ですー」

 

 

「…同じく三航戦の天津風です」

 

 

隼鷹は明るく、天津風は礼儀正しく礼をして清原に挨拶する

 

 

 

「…ああ、清原、です。…えーと、なんか用…すか?」

 

 

「…」

 

 

初対面の艦娘に対し少しばかり警戒する清原。龍驤は隼鷹と天津風の態度を見てなんともいえない表情になる

 

 

「いやいや、うちら龍姐さんから話を聞いてましてね〜…良い憲兵さんがいるって」

 

 

「…それで…折角だからご挨拶を、と思いまして」

 

 

隼鷹は飄々とした態度で答え、天津風は清原を見定めるような眼で答える

 

龍驤は呆れるように頭を抑える

 

 

 

「…そっか…嬢ちゃんの……」

 

「嬢ちゃんやないけどな」

 

 

 

龍驤のツッコミを軽く流すと清原は吸ったタバコの煙を吐きながら笑う

 

 

「律儀なのは良いが…んなビビりながら挨拶されても気分は良くねぇな…別にとって食おうってつもりはねぇんだ。肩の力くらい脱いてくれよ」

 

 

 

「「!?」」

 

 

 

隼鷹、天津風はぴくりと驚きの反応し、龍驤も眉を上げて目を開く 

 

 

…が、清原はどこ吹く風といったふうに龍驤の背に手を付け、隼鷹達の方へ押し出す

 

 

「…嬢ちゃんの妹分達が心配ししてるみたいだからな…行ってやれ。あともうここ来んな…お巡りさんは職務で忙しいんだ」

 

 

冷たく、しかし残念そうな声でそう言うとタバコの火を消してベンチを後にした

 

 

「ちょっ…!清やん!」

 

 

 

「じゃーな」

 

 

 

龍驤が声をかけるも清原は見向きもせずに手を振って行ってしまった

 

 

 

 

「…あ…龍…姐さん?」

 

 

「…な、なんだかごめんなさい…」

 

 

 

隼鷹と天津風は龍驤が心配で様子を見に来ただけだった

 

 

しかしこれも伊豆での生活の影響か…

 

三航戦の面々も仲間内なら笑い合えるが、大人の男性に対してはまだ警戒しており、隼鷹と天津風も龍驤から清原の話は聞いていたとはいえ無意識に清原の事を警戒していた

 

 

その警戒を清原に見抜かれてしまったのだ

 

 

 

「…大丈夫やて…ごめんな、心配かけて…」

 

 

龍驤は自分達から離れていく清原の背を見ながら小さくそう答えた

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

蝉の声が止み、鈴虫の鳴き声が聴こえてくる時間帯

 

伊豆海軍基地を夕日が真っ赤に染めあげる 

 

 

今日も資材集めを終えた遠征班がおぼつかない足取りで艦娘寮へと入っていく

 

 

 

そんな光景をゲストルームの窓越しに暗い表情で見下ろす白雪

 

 

 

その白雪の背後、椅子に座る清原は口を横一文字にして険しい顔をしていた

 

原因は目の前で正座する准将補佐官だった

 

 

 

「…いや…意味わかんねんすけど…」

 

 

 

「…け、けじめを…」

 

 

松井が手にしていたのは明石特注のバリカンだった

 

 

つまりはこうだ

 

 

昨夜酔って清原にリバースした責任を取るため、清原と同じく頭を剃って反省の誠意を見せようとしていたのだ

 

流石に白雪も呆れて何も言わずに松井に付いて清原のゲストルームへ来たのであった

 

 

 

「…別にいいっすよ…っていうかビール一杯であんな滝みたいに出すなんて思わなかったっすよ」

 

 

 

「…う…この度はご迷惑を…」

 

「だからいいってのに…」

 

 

ちらりと白雪を見た清原は「あ」と何かを思い出す

 

 

「じゃあさ、俺もまっつんって呼んでいいすか?あとタメ語も!」

 

昼間龍驤が松井の話をしている時にそう呼んでいたことを思い出し、ダメ元で聞くと松井は首を傾げ

 

 

「…?そんなことくらいなら「だめです!だめだめ!」

 

 

 

白雪が両手でバツを作り松井と清原の間に割り込み却下

 

 

「…白雪さん…」

 

「貴方は伊豆海軍基地の警備担当憲兵ですよ!?閣下に雇われた存在です!そんな人が上官にあたる松井補佐官に対して…!私は許しません!!」

 

 

 

「いや…別に今みたいなオフな時だけだって…流石に職務中にアダ名なんて呼びゃあしねぇよ」

 

 

「DA・ME・DE・SU!」

 

 

 

(…仲いいなぁ…ふたりとも…)

 

 

白雪と清原のやり取りを見ながら松井はのほほんとそんな事を考える

 

 

「松井補佐官も迷惑ですよね!?こんなの屈辱ですよね!?」

 

「いや?…僕は全然…むしろ仲良くなれそうでありがたいですけど…」

 

 

「んじゃあ決定ってことで」

 

 

 

「んーーー!!」

 

 

 

顔を真っ赤にして肩に力を入れる白雪

清原は涼しい顔

 

 

「そんじゃ…まぁお互い色々あったけど…よろしくな。まっつん」

 

 

 

「ええ…こちらこそ。清原さん」

 

 

 

 

二人は握手をする

 

片や勘違いでの半本気パンチを謝罪するように

片や思い切りをリバースした事を謝罪するように

 

 

お互い深くは追求はせずに固く握手をする

 

 

 

そこへゲストルームの扉がかちゃりと控えめに開き、野分がひょっこりと顔を覗かせる

 

 

 

「…ほしゃ、補佐官…お部屋に…お客さん…き、来てます」

 

 

「え?…ああ、ありがとうございます。野分さん」

 

 

 

松井が笑顔でそう答えると野分は清原と松井を交互に見て一言

 

 

「…びーえる…」

 

 

 

と、顔を赤くして呟き、扉を閉めてしまった

 

 

 

「…今なんて言ったんだ?あの娘は」

 

 

「…あー…あはは…さぁ…」

 

 

 

よく聞こえていなかった清原と、しっかり聞こえて意味も理解した松井

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

自室のゲストルームに戻ってきた松井と白雪

 

面白そうだと付いてきた清原

 

 

 

部屋に入ると昨夜と同じく野分はちょこんと椅子に座りテレビに夢中になっており、その横には更に人が増え、同室の菊月も野分と並んでテレビに夢中になっていた

 

 

そしてその奥、外の景色の見える窓を開け、窓枠に肘を乗せた松井のお客さん…軽空母龍驤が松井達に背を向けて項垂れていた

 

 

 

「なぁーん…まっつん聞いてや~…うち清やんに嫌われたかもしれん〜…って」

 

 

「いよっ」

 

 

手を上げて挨拶する清原

清原の姿を確認した龍驤は段々と顔を赤くしていく

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「…来なきゃよかったか?」

 

「…いや…そんなことは…ない…けど」

 

 

 

窓枠に肘を乗せる龍驤の横に並んで煙草を咥える清原

 

 

清原の吸う煙草の煙はもわもわと窓から外に流れる

 

 

 

部屋内ではテレビの前で白雪、野分、菊月が並び、松井は小机で何かの書類を眺めている

 

 

最初は白雪が魔法少女のアニメを…次いで野分が女性向きのアニメを…そして今回の菊月は…

 

 

 

「…当たらなければ…どうってことはない…か…確かにそうかもしれないな…」

 

 

片目を眼帯で覆った菊月はロボットアニメを視て静かに興奮していた

 

 

 

 

「…なぁ、あいつ…まっつんはここで託児所でも開くつもりか?」

 

 

半分呆れ気味に隣の龍驤に問う

 

 

「…それも悪ないかもなぁ…」

 

 

たはは、と笑い半分に答える龍驤

 

 

 

「…」

「…」

 

 

昨日のベンチの時とは違いなんとも言えない沈黙が流れる

 

 

「…あ、あの、さ…昼間はごめん…隼鷹達のこと…許してやってほしいんや…あいつらも悪気があってあんな態度「わかってるよ、んなこと」

 

 

 

そう言って清原は携帯灰皿に吸っていた煙草の吸い殻をしまう

 

 

「…嬢ちゃんのこと心配して話したこともない俺ん所来たんだ…大した度胸じゃねぇか…いい仲間だな」

 

 

カカカ、と気持ちよく笑う清原

 

そんな憲兵を見て龍驤は恥ずかしそうに頬の傷をぽりぽりと掻く

 

 

「…うん。最高の仲間や」

 

 

 

清原に対してなんとも言えない不思議な感情になる龍驤

 

 

「…この部屋の状況…あのチビ助に見つかったらどやされそうだな…」

 

 

そんな龍驤の感情を知ってか知らずか次の煙草を取り出しながらそんなことを呟く清原

 

 

 

「あっ…き、菊月!…今野分がみひぇ…視てたのに!」

 

 

「戦いとは常に二手三手先を読むものだ…野分よ」

 

 

「2人とも喧嘩しないで!…ここはほむらの過去の話を…」

 

 

駆逐艦たちはテレビのリモコンを取り合い

 

 

 

 

「…ふふーん」

 

 

一人鼻歌を歌いながら松井は作戦資料を見ていた

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

同時刻 源の私室

 

 

甘い甘い香りのする香が焚かれた暗い部屋

 

しかしその部屋は僅かに血の臭いも混じっていた

 

 

裸の巨漢はこれまた裸の巡洋艦、アトランタにベッドの上で馬乗りになり、少女の顔に何度も拳を叩き込んでいた

 

 

 

「…ぶふぅ~…ぶひぃ~…」

 

 

 

気の遠くなるような時間続いたアトランタへの暴力が終わると、源はベッドから降りて飲み物を勢いよく口の中へ流す

 

そして息を大きく吸うと

 

 

 

「朝潮ーー!あざじおぉおおお!!」

 

 

大声で発狂するように秘書艦を呼ぶ

 

 

すると扉がノックをされて朝潮が私室に入ってくる

 

 

 

「は!閣下!朝潮はここに!」

 

 

 

「あがぎ!赤城を呼べ!すぐにだ!赤城ぃぃいいい!!!」

 

 

 

「…り、了解しました!直ぐに」

 

 

 

朝潮がそう答えると、意識の薄くなっているアトランタを抱えて部屋を出ていく

 

 

「…!?」

 

 

源の私室を出ると、部屋の前には長い黒髪を揺らした翔鶴が立っていた

 

 

 

「…翔鶴さん…」

 

 

アトランタに肩を貸した朝潮は翔鶴が私室の前にいた事に少し驚く

 

 

「…閣下の声…廊下まで聞こえてきたわ…後は私が対応します。貴女はその軽巡を入渠させて来なさい」

 

 

翔鶴はそう言って鉢巻きを片手で外す

 

 

 

「…よろしく…お願いします」

 

 

 

 

朝潮はアトランタに対して何もできなかった自分に劣等感を抱きながら翔鶴に頭を下げ、アトランタを抱えて廊下を歩きだす

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「…閣下」

 

 

 

ノックをし、源の私室に入る翔鶴

 

翔鶴の存在に気がついた源は喜びながら翔鶴へ近付いてくる

 

 

 

「おお!おお!!…来たか!…待っていたぞ!?……赤城よ!」

 

 

「…はい、一航戦"赤城"…閣下のご希望により参りました」

 

 

 

赤城

 

 

自分をそう名乗った翔鶴は源に優しく微笑み、敬礼する

 

 

 

「ああ!…お前が沈んでしまった夢をミデ…しまったのでな!安心しろ!お前を沈めた深海棲艦はワダジが殴り殺しておいた!」

 

 

片目が白目を向き、口の端から白い泡を噴きながら源は嬉しそうにそう話す

 

 

翔鶴はちらりと源のデスクに視線を向けると、机の上には源が個人的に購入した"鎮静剤"の注射器が使用された状態で置かれていた

 

 

 

「…閣下…赤城はここにおります。どうかお気持ちをお鎮めください」

 

 

そう言いながら翔鶴は源の胸に抱きつく

 

 

 

「ぐふ…ぐふふふ…そうだな。そうだなぁ…おまえはコゴにいる…赤城よ…アガキ…ふふふ…ぐふふふふ…」

 

 

 

脂ぎった手で翔鶴の頭を撫でる

 

翔鶴は嫌がらずに大人しく撫でられている

 

 

 

「…大丈夫です。閣下…私は……赤城は…ずっと貴方と共におりますから…」

 

 

 

 

 

 

 

(永遠に……貴方と共に…)

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

翌日 午前

 

 

 

伊豆海軍基地の本館前に数台の黒塗りの車が停まる

 

 

「…客が来るからって聞いてたが…なんなんだ?アイツら…」

 

 

本館より少し離れた花壇の陰でしゃがみ込んだ巡回中の清原は一人そう呟く

 

 

「…少し言葉を謹んだほうがええで?静岡3大鎮守府の提督達や」

 

 

清原の横にしゃがみ込み、同じ方向を見る龍驤が答える

 

 

 

「…なぁ嬢ちゃん…なに当たり前のようにここにいる訳?」

 

 

現在三航戦は遠征中、にも関わらず旗艦の小さな軽空母は清原と共にいた

 

 

「…それにまたお前らかよ…」

 

 

「えへへ…どうもっす」

 

「…こんにちは」

 

 

 

そう答えるは昨日清原と初対面した隼鷹と天津風だった。ふたりは申し訳無さそうに清原に頭を下げる

 

「…俺昨日結構カッコイイ感じに去ったから今この状況スッゲーこっ恥ずかしいんだけど……え?俺の話聞いてる?」

 

 

3人は有意義に無視

 

 

 

「…ま、別に良いけどよ…んで?提督達って事はあの豚提督と同格って事だよな?どんな奴らなんだ?」

 

 

 

「…あのロン毛のチャラついたのは今川中将…駿河鎮守府の司令官で…駆逐艦大好きのヤバいロリコンや…いつもうちんとこの朝潮をやらしい眼で見よる」

 

 

 

「…ロリコンだぁ?」

 

 

遠目に見える今川と秘書艦の卯月を睨む清原

 

 

 

「…裏じゃあ駿河印のビデオまで出回ってるそうだよ?」

 

 

「…ホント…信じらんない」

   

 

 

「…ビデオだぁ?」

 

 

 

隼鷹と天津風の補足を聞いて眉をピクピク震わせる清原

 

 

 

「…んで、あっちの化粧ケバいおばはんが水野中佐…遠江海上防衛基地の司令官や」

 

 

 

「…おばはん、って歳には見えねぇがな」

 

 

遠目に見える水野と秘書艦の最上を見てつまらなさそうに呟く清原

 

 

 

「…前任やった水野大佐が亡くなって…側近で娘やった水野中佐が遠江の司令官になったみたいや…」

 

 

 

「あの中佐は同性愛者らしくて…秘書艦の最上に毎晩やらしい事してるって噂だよ」

 

 

「…確かに…一緒にいるあの重巡少し顔色が悪いわね…」

 

 

 

隼鷹達の補足に清原はなんとも言えない表情になり

 

 

 

「…同性愛者か……うーん、ってところだな…俺はそーゆー事はなんとも言えねぇ…」

 

 

 

そこまで説明を聞くと清原は吸っていた煙草を携帯灰皿にしまう

 

 

 

「…ロリコンの今川に……レズビアンの水野…んでヤク中の源か……海軍ってのはこんな奴等しかいねぇのかよ…」

 

 

「…なんや…ブタちゃんのこと知ってたんか…」

 

龍驤は源が薬物中毒だと言うことを清原が知っていたことに少しだけ驚く

 

 

 

「…まぁな…最初あそこ…執務室?…入ったときは…ああ、ハッパでもやってんだろうなって思ってたけどよ。本人に近づいての生臭さでよくわかったわ…アイツシャブもやってんだろ」

 

 

 

「…よくわかるね」

 

 

 

隼鷹も驚く

 

 

 

「…特殊技能の1つだ…憲兵学校で学んだ。どうやら俺は人より嗅覚や察知能力が強いみたいでな」

 

 

憲兵学校時代があまり良いものではなかったのか、清原は渋い顔で説明する

 

 

「…へぇー…憲兵察って凄いのね…」

 

 

 

清原の事を珍しい物でも見るかの様に見つめる天津風

 

 

 

 

「…まぁ俺の見立てだと…多分シャブよりもっとヤバいモンやってんじゃねぇか?」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

伊豆海軍基地本館 会議室

 

 

ここに静岡3大鎮守府の提督達が長机を前に並んで座っている

 

 

 

「…」

 

 

当然准将補佐官の松井も参加している

 

 

 

 

「…とりあえず、目標地点には最初の深海棲艦はいません。敵地偵察に出たうちの部隊が何度も確認していますから。そしてポイントAとなるグリーンライン島には既に我々静岡連合の泊地を展開済みです」

 

 

「…そうか…」

 

「あーあ…残念ね」

 

 

 

今川の報告内容を聞いて、最初の深海棲艦がいなかった事を目に見えてがっかりする源と水野。しかし、と今川は続ける

 

 

「敵勢力は大方把握はしました。駆逐級12隻、巡洋艦級7隻、敷設級2隻、輸送級4隻…それに未確定ですが戦艦級1隻…海上で確認されたのは以上26隻の深海棲艦ですね」

 

 

「…数は多いがどうせ中破艦や大破艦ばかりだろう…我々の相手にもなりはしないな」

 

 

「…艦娘達は海上戦装備に…対潜水艦装備で十分でしょう」

 

 

「…そうですね。空母級は確認されなかったので…そちらの心配は恐らくいらないでしょう」

 

 

 

3提督は作戦会議を続け、少し離れた席に座る松井は内容をメモに書き記す

 

 

 

 

「…しかしなぁ…作戦指揮は私がするにしても…前線で指揮をとってもらう者がいるな…」

 

 

源がそう言うと3提督は松井に視線を向ける

 

 

 

「…え?…ぼ、わ、私ですか?」

 

 

 

「…なに、簡単ですよ。君は源さんからの指示を現場の艦娘達に伝えれば良い…」

 

今川はにこっと笑い、そう松井に伝える

 

 

「…え、で、ですが…」

 

 

言うのは簡単だ。しかしこの提督たちはとんでもない事を松井にやらせようとしているのだ

 

 

「…か、閣下!…松井補佐官はまだ正式な階級にもついていない方です!そん「白雪!」

 

 

反論しようとする白雪の名を源の後ろに立つ朝潮が叫ぶ

 

 

「閣下の許可なく発言する事は許しません!下がりなさい!」

 

 

「…ぅ…」

 

 

今にも白雪に掴みかかろうとする朝潮を見て恐怖し、言葉が詰まる白雪

 

 

 

「…これは命令だよ。松井准将補佐官…この作戦の手柄で堂々と准将の階級を手に入れるといい」

 

 

「………う、いや……」

 

 

源からの命令。

しかし松井は何も言えず下を俯く

 

 

「ウダウダ言ってんじゃないですよ。坊っちゃん…テメェは言われた事やりゃあ良いんですよ!」

   

 

水野も松井を見てにやにやと笑いながらそう話す

 

 

 

 

「………了解…しました…」

 

 

 

松井がそう答えると、白雪も苦い顔をする

 

 

提督達は上機嫌になり

 

 

秘書艦達は表情を変えずに松井を見つめる

 

 

 

 

 

 

「…それでは、各々準備が整い次第ポイントA…グリーンライン島へ出撃だ。武運を祈る」

 

 

松井が着任した初日と同じく、源が会議を締める

 

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

伊豆海軍基地 夕刻

 

 

 

「申し訳ありません…松井補佐官…私がもっとハッキリ反論していれば…」

 

 

ゲストルームにて椅子に座り資料を見ていた松井にまっすぐ頭を下げる白雪

 

 

 

「…顔を上げてください…僕は大丈夫ですよ」

 

 

 

ぽん、と松井は優しく笑い、頭を下げる白雪の肩に手を置く

 

 

「遅かれ早かれ僕は戦場に立つ必要があったので…」

 

 

 

「でも…!でも前線に立つと言うことはそれだけ敵の標的にされやすくなります!…そんな危険な事…!」

 

 

松井は驚いた

 

顔を上げた白雪は泣いていたのだ

手と足元を震わせ、頬を涙が伝い

 

眼を潤わせて鼻を垂らす

 

 

 

 

「…白雪さん…」

 

 

 

ごくり、とつばを飲み込む松井

 

片手を白雪の頬に当てると白雪は目を伏せ

 

 

 

 

 

 

「いや、そりゃ軍隊ならしかたねーだろ」

 

「せやな。習うより慣れろ、や」

 

 

 

野分、菊月と共に並んでテレビを見ていた清原と龍驤がそう答える

 

 

 

「だ、だれでも!最初はひょ…初心者…です!」

 

 

「…殴られもせずに一人前になったやつがどこにいるものか…」

 

 

おどおどしながらも気を使う野分にどこかで聞いた台詞を遠い目をして言う菊月

 

 

 

 

「…そうですね…確かに現場でないと学べない事もあると聞きます…」

 

 

「…でも!…」

 

 

 

まだなにか言いたげな白雪

そんな白雪を見て清原は椅子から立ち上がり、白雪の頭にぽん、と手を乗せる

 

 

 

「…危険な場所に行くんだろ?…ならお前がまっつん守ってやんな。その為の補佐官の担当艦だろ?」

 

 

 

「…そう、ですね…わかりました」

 

 

白雪は清原の言葉を聞き、何かを決心する

 

 

そして感じた。まさかこの憲兵にこんな事を言われるとは、と…

 

 

 

「清やんその頭ポンはセクハラやで?」

 

「…ああ…セクハラ、だな…」

 

「しぇ、セクハラですよ!」

 

 

 

「お前ら俺の事嫌い病か?そーゆーいたずらやめろよ…なぁ?白雪の嬢ちゃんよ…」

 

 

そんなやり取りをする清原達を見て白雪はふふ、と笑い

 

 

 

 

「…はい、セクハラですね!」

 

 

 

その夜の松井のゲストルームはほんの少しだけゆったりした時間が流れた

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

 

 

松井のゲストルームの前に立った源の秘書艦朝潮はそんな彼らの笑い声を聞いて眉間を歪ませる

 

 

まるで今にも泣き出しそうな表情になるが、首を振ると廊下を再び歩きだす

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

ミッドウェー島

 

 

 

静岡連合の目的地、今回行われる菱作戦の要の島

 

 

以前は飛行場があり、軍関係者だけが上陸する事が出来たが、現在は過去の深海棲艦達との戦いの影響で人影無く、建物は崩れ、野生動物やはぐれ深海棲艦達のいる泊地となっている

 

 

 

そんなミッドウェー島の沖、日本があるであろう方角を向いている女性が一人海の上に浮いていた

 

 

 

 

 

ボロボロの白い道着、ミニスカート調の黒い弓道袴

 

 

左肩にはこれまたボロボロの飛行甲板型の艤装のようなものを着け

 

 

真っ白な髪をサイドテールに纏め、死体のように真っ白な肌の女性

 

 

その眼は怒りに満ち溢れたかの様に真っ赤に光る

 

 

 

その真っ赤な眼で女性は水平線の先をまっすぐ見据えて何かを呟いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




徐々に縮まっていく龍驤と清原との距離


伊豆海軍基地の日常編はこれにて了となります。

次回菱作戦編をお待ち下さい



ここでちょっとした補足

1.源さんの服用している鎮静剤は俗に言う"冷たいやつ"です

2.野分の喋り方は着任当初に源から受けた暴力のせいで精神が幼児退行したものです

3.菊月の隻眼も野分と同じ理由で、源の暴力により失明したものです

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。