大本営の資料室   作:114

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はい

どうぞ



File25.第三航空戦隊反逆案件⑥

 

「…ええと…君が…?」

 

 

「はい!朝潮型駆逐艦、朝潮です!司令官の初期艦として、これからどうぞよろしくお願い致します!」

 

 

 

 

 

 

「…建造?…開発?」

 

 

 

「大丈夫です司令官!朝潮と一緒に少しずつ覚えていきましょう!」

 

 

 

 

 

 

「おお!朝潮!君のお陰でついにあの海域を開放したぞ!?これからも一緒に頑張ろうな!」

 

 

「はい!…朝潮は…朝潮は司令官と共に!…どこまでもついていきます!」

 

 

 

 

 

「…司令官?…この書類の山は…?」

 

 

「ああ…朝潮か…1つ海域を攻略したら次の海域へ…その次の海域へと命令が下ったよ…」

 

 

 

 

 

 

「…司令官…まだ起きてらっしゃったんですか?」

 

 

「…ああ…赤城も着任したしな…まだまだ執務も残っているし…私はまだやることがある、朝潮はもう先に休んでいなさい」

 

 

 

 

 

「…赤城さんと…ケッコン…ですか?…おめでとうございます!」

 

 

「あはは…カリ、だがね…ありがとう。朝潮」

 

 

 

 

 

 

「…赤城が……轟沈…?」

 

 

「申し訳ありません!提督!…私が…私が付いていながら…!」

 

 

「…いや、気にするな…お前のせいではないよ…翔鶴」

 

 

 

 

 

 

「…司令官?…この…薬は…?変な臭いも…」

 

 

 

 

 

「…あー……ああ?…これはな…ふふ、ぐふふふ…」

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

日が上り始める頃、源や松井等を乗せた対深海棲艦迎撃巡洋艦"韮山"は下田の港から出航する

 

 

巡洋艦韮山を護衛するは伊豆海軍基地の水雷戦隊の面々

 

 

既に今川艦隊や水野艦隊の面々もポイントAであるグリーンライン島へ向かっているとのこと

 

 

 

 

「…朝潮!到着までは?」

 

 

巡洋艦韮山のブリッジにて提督椅子に座る源は朝潮に問う

 

 

「ハッ!およそ3日程度かかります」

 

 

「遅すぎる…今夜には着くようにしろ」

 

 

「…申し訳ありません。ポイントAのグリーンライン島までは約2000海里の距離があります…この巡洋艦ではどんなに頑張っても2日半掛かります…周りの護衛艦を置いていくわけにもいきませんので…どうぞ御容赦を…」

 

 

朝潮は源に敬礼し、そうハッキリと答えると源はムスッとした表情になり

 

 

 

「…なら…朝潮に任せる」

 

 

そう言って提督椅子から立ち上がり、ブリッジから出ていってしまう

 

 

 

 

「…ふぅ…」

 

 

 

源の姿がなくなると、小さくため息を吐く朝潮

 

 

「…いつも…大変ですね。朝潮さん」

 

 

松井はブリッジ内の別の椅子に座り、朝潮にそう声をかける

 

 

「…余計なお世話です、松井准将補佐官。…これが菱本作戦に参加する伊豆、駿河、遠江の艦娘の名簿になります。しっかり目を通しておいてください」

 

 

そう言って朝潮は松井に10枚以上はあるのではないかと思われるA4用紙の紙束を渡す

 

 

「……あ、これ…朝潮さんが?」

 

 

そこに書かれていた文字は機械で印刷された無機質な文字ではなく、ボールペンで書かれたであろう手書きの名前と艦種、役割がびっしりと書かれていた

 

 

 

「…閣下からの貴方への無茶な命令…理解しています。私もできる限り協力しますから…」

 

 

 

「…朝潮さん…」

 

 

 

その時の朝潮の声は今までの松井へ向けていた態度と違い、とても優しい声だった

 

 

 

「…それと、今回の作戦には支部や各鎮守府から…数名の衛生士官と施設工兵、憲兵察といったポイントAの泊地を運営する上で必要な方々もこの巡洋艦に乗っています…折角ですから挨拶しに行かれてはどうでしょうか?」

 

 

 

「…え?あ、はい…」

 

 

(遠回しに源中将の代わりに挨拶に行けって事なのかな?)

 

 

 

優しい声でそう話すと、朝潮は白雪を呼ぶ

 

 

「松井准将補佐官を案内してあげてください」

   

 

「はい」   

 

 

 

返事と敬礼で朝潮にそう返す白雪  

 

白雪の返事を聞いて朝潮は少し浮かない表情になり

 

 

 

 

「…あ、白雪さん…その…」    

 

 

「…?はい?」

 

 

 

朝潮は白雪にまっすぐ向き直ると、頭を下げた   

 

 

「…昨日はごめんなさい…閣下の前で怒鳴ってしまって…あんなに怒るつもりはなかったんですが……ええ、それだけ…です」

 

 

 

朝潮はそう言って頭を上げるとスタスタと姿勢良く歩き、ブリッジを後にする

 

 

残されたのは数名の操縦士や通信士…そして松井と白雪だけだった

 

 

 

 

「…知ってますよ…そんなこと…」

 

 

 

白雪がぼそりと零した言葉を聞いて松井は何も言わない

 

白雪はもういない朝潮を想い、右手を胸の前へ持ってきて強く拳を握る

 

 

 

「………さあ、松井補佐官…こちらへどうぞ」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

巡洋艦韮山、その甲板にて遠のく本土を見ながら煙草をふかす憲兵察が一人

 

 

 

「…あー…なーんでこんな事になったんだろうなぁ…」

 

 

グリーンライン島泊地の巡回、警護班の一人に選ばれた清原

 

 

まさか配属数日で作戦部隊の1つに配属されるとは夢にも思わなかった

 

海を見ると韮山を護衛する十数隻の艦娘達が辺りを警戒しながら韮山と並行する

 

 

 

「…俺…まだ仕事なんにもしてねぇのになぁ…」

 

 

 

 

「…憲兵さん?」

 

 

不意に背後から声が掛けられる

清原が振り向くとそこに立っていたのは三航戦がひとり、天津風だった

 

 

「…おー…嬢ちゃんは昨日の…なんか用か?」

 

 

 

今日は隼鷹も龍驤もいない

なんとなく緊張する清原だった

 

 

「…朝日が綺麗だったから…あなたに用があったわけじゃないわ…龍姐さんじゃなくてガッカリした?」

 

 

悪戯な笑顔で清原の隣に立ち、バウレールに両肘を乗せる

 

 

 

「…なんだよ…その意味ありげな言い方は…」

 

 

吸っていた煙草を携帯灰皿にしまい、天津風と同じ様にバウレールに両肘を乗せる

 

 

 

「…ねぇ、龍姐さんの事…どう思ってるの?」

 

 

 

突然天津風から聞かれた謎の質問

 

 

「…はぁ?…どうって……まぁ、良いやつなんだろうなって思うけど…?」

 

 

清原の返答に天津風はその切れ長の眼を少し吊り上げ、首元のスカーフをいじる

 

 

「そ、そうじゃなくて…!…その…好きとか嫌いとか…」

 

 

 

「…俺にロリコンの気はねーんだけどな…」

 

 

 

清原は再度煙草の箱を取り出し、一本口に咥える

 

 

「…なっ!?…あのねー…私も龍姐さんも背は小さいけど…艦娘は見た目に関わらず、ちゃんと成人扱いされてるのよ?」

 

 

「…ぁ?…そうなのか?」

 

 

 

天津風からのまさかの真実に驚く清原

清原は海上を滑る護衛艦の1人、野分に視線を送る

 

すると清原からの視線に気づいた野分は警戒態勢を少しだけ緩めて恥ずかしそうに清原に小さく手を振る

 

 

清原も小さく手を振り返す

 

 

 

「…あんなんでも…成人……なんでもありだな…艦娘…」

 

 

「…え?何?」

 

 

 

思わず本音を呟いてしまった清原は咳払いをして煙草に火を点ける

 

 

「いや…んー…成人してるなら話は別だな…成人してるなら、な」

 

 

「…あなた…信じてないの?」

 

 

 

腰に手を当て、呆れたようにジト目で清原を睨む

 

 

 

「……俺は軍属じゃねぇからな…艦娘のこと…そんな詳しく知らねぇし…」

 

 

 

「…道のりは遠いわね…龍姐さん…」

 

 

去り際に零した天津風のぼやきを清原は聞こえないふりをして遠くの空を眺める

 

 

 

 

「…なんか…天気悪くなりそうだなぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 

 

 

 

 

「野分、陣形崩れてるぞ。なにしてんだ?」

 

 

 

「ご、ごめんなさい…嵐…しゅ、直ぐに戻ります!」

 

 

 

「…ったく…もう少し時期が早かったら第4駆逐隊揃ったってのにな…」

 

 

 

「…しぇ、折角萩風も着任したのにね…」

 

 

 

「…ああ……にしても萩風をあんな目にあわせて…舞風を殺したあのクソ司令はいつか俺がぶっ殺してやる…」

 

 

 

「…嵐…」

 

 

 

 

「嵐、野分、聞かなかったことにしてあげるから任務に集中して!」

 

 

 

「す、すいません…五十鈴さん…」

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

巡洋艦韮山 船内にある客室の前に松井と白雪は立ち、扉をノックする

 

 

「失礼します」

 

 

松井が扉開けると、中には作業着を着た白髪交じりの中年男性、官帽を取った憲兵巡査部長桑田、ポロシャツを着た頭髪が薄い中年男性の3人が机を囲んでコーヒーを飲んでいた

 

 

扉を開けて顔を覗かせた松井に視線を向ける3人

 

 

 

すると頭髪の薄い男性が椅子から立ち上がり、松井の方へ向く

 

優しい雰囲気をまとったポロシャツの男性はニコリと笑い松井へ問いかけた

 

 

「…えーと…貴方は…?」

 

 

 

「…今回行われる作戦の研修のため伊豆海軍基地へ着任しました。松井准将補佐官です…」

 

 

そう挨拶し、松井とその横に並ぶ白雪は3人に敬礼する

 

 

「…なんだ…准将補佐官って…将校じゃねぇのか…?」

 

 

「は、原さん…」

 

 

 

松井の挨拶を聞いた作業着を着た白髪交じりの男性は吐くようにそう言うと、桑田が止める

 

 

 

「…将校になるべく現場で学んでいる…と、言ったところですかね?…私は軍医部隊の一員として作戦参加します、東海支部所属の小林軍医大尉です」

 

 

小林と名乗る頭髪の薄い中年男性は松井と白雪に優しい表情で敬礼する

 

 

 

「…静岡憲兵察警備課所属、憲兵巡査部長の桑田です」

 

 

次いで桑田も立ち上がり敬礼

しかし椅子に座ったまま松井に視線すら向けずに白髪交じりの男性はぼそぼそと自己紹介をする

 

 

 

「…技術少佐の原だ…もう挨拶は済んだろう?ならとっとと失せろ。准将補佐官」

 

 

 

面白くなさそうに、ぶっきらぼうにそう言った原はカップを口に付け、コーヒーをすする

 

 

 

「…あ…はい…」

 

 

原の態度にテンションの下がった松井は引きつった笑顔でそう答える。しかし小林が松井の肩をぽん、と叩き

 

 

 

「…原少佐はああいう方ですから気にしないでください。これからの作戦期間、よろしくおねがいしますね」

 

 

そう言う小林の声はとても優しかった

 

松井は目の奥から熱いものが込み上がる感覚になるが、息を吸い敬礼

 

 

 

「…こちらこそ、どうぞよろしくおねがいします!…失礼します」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…心…折れそう…」

 

 

「まだ作戦は始まったばかりですよ?元気出してください。松井補佐官」

 

 

船内通路の壁にいじけて寄りかかる松井を元気づける白雪だった

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

韮山を護衛する艦娘は朝と夜で交代し、松井は源以外の伊豆の士官達と、清原は桑田部長達憲兵達と船内で過ごした

 

 

基地の時と違い白雪、野分、菊月はテレビを観れずに…

 

龍驤達も松井や清原のところへ遊びに行けずに…

 

 

しかし源の私室からは誰かしらの喘ぎ声が一日中聞こえていた

 

 

 

そんなこんなで航行2日目が過ぎた

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

菱作戦ポイントA グリーンライン島 0800

 

 

日本より南東に2000海里ほど離れた島

人は住んでおらず、無人島となっている島である

 

日本海よりも透明で透き通った海、緑豊かな森林に真っ白なビーチはまるで観光地の様だ

 

 

 

 

伊豆海軍基地を出発して3日目、巡洋艦韮山はグリーンライン島、静岡連合泊地に到着する

 

 

 

「ふぅぅ…全く…ヘリであればすぐなのにな…」

 

「申し訳ありません。閣下」

 

 

 

韮山からタラップで桟橋降りる源と朝潮

 

 

見れば大小様々なコンクリート調の建物が何軒もビーチから森奥へと連なっていた

 

 

 

「いやぁ、源さん。ようこそ、グリーンライン泊地へ」

  

 

 

ヘラヘラとした態度で源に寄ってくる駿河鎮守府提督今川中将

 

 

「…まるで犬小屋だな…まぁいい。首尾はどうだ?」

 

 

源の問いに今川はサムズアップ

改めて彼を見ると、地元のチャラついた中年サーファーにしか見えないと感じる源だった

 

 

 

「パーペキですよ。船旅お疲れでしょう…シャワーの準備は出来ていますよ?…良ければうちの子達がお手伝いしますよ?」

 

 

今川がそう言って小さな建物の1つを指差す

その扉付近には今川の艦娘と見られる駆逐艦の娘達が数人こちらを笑顔で見ていた。皆作り笑いなのがすぐわかる

 

 

「いや…アンタの所の艦娘は私には合わない…その仕事はあの軽巡にやらせよう…朝潮」

 

 

 

「…ハッ!お任せください…」

 

 

源はアトランタを呼ぶ様に朝潮に命令する

朝潮は敬礼すると通信で誰かに連絡を送る

 

 

 

「…」

 

 

そんな朝潮の一挙手一投足を粘着くような目で見つめる今川

 

 

「…朝潮ちゃんも…シャワー浴びていくかい?僕がお手伝いしようか」

 

 

顔を近づけ甘えるように朝潮を誘う今川

朝潮は退くことなくはっきりとこう言った

 

 

「結構です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…マジでロリコンかよ…信じらんねーな…」

 

 

「?…清原巡査?」

 

 

「あ、いや、なんでもないっす」

 

 

 

源に続き乗船していた士官達もぞろぞろと巡洋艦韮山から降りてくる

 

 

周りの景色を見ると駿河、遠江の艦娘達が忙しそうに走り回っている   

 

 

 

どうやら伊豆海軍基地の到着が一番遅かったようだった

 

 

 

 

 

三航戦も揃って桟橋に降りてきた

 

 

 

「はぁー…艦娘が船乗るなんて笑い話にもなんないよねー」

 

 

 

「…隼鷹、そういうこと言わないの」

 

 

 

隼鷹と飛鷹はいつものノリで会話を続け、時津風は初めての透明な海に感動し、初風は綺麗な海に飛び込もうとしている時津風を必死に止めていた

 

 

 

「…んー…」

 

 

龍驤は船から降り、桟橋からキョロキョロと辺りを見回す

 

 

まるで誰かを探してるかの様に

 

 

天津風はそんな龍驤を見てふふ、と笑う

 

 

 

 

「大丈夫よ、龍姐さん…彼ならもう降りて屯所の方へ向かってるはずよ?」

 

 

 

天津風の一言にビクン、と龍驤のツインテールが飛び跳ねる。顔を赤くした龍驤は天津風の方へ向き直りあたふたと手を振る

 

 

「にゃ、な、なんでやねん!うち清やんなんて探しとらんし!探しとらんし!」

 

 

 

「…憲兵さんの事だなんて言ってないけど?」

 

 

天津風はくすくすと笑うと三航戦の面々は龍驤と天津風のやり取りを見て笑顔になる

 

 

 

「…くー…天津風…覚えとけやぁ〜…」

 

 

悔しそうに、恥ずかしそうに唇を横一文字に結ぶ龍驤

 

 

 

「三航戦、邪魔よ。早くどきなさい」

 

 

 

「「!?」」

 

 

 

微笑ましい空気も束の間、三航戦の背後から声をかけてきたのは一航戦の瑞鶴だった

 

 

瑞鶴の後ろには先に源と降りた朝潮を除いた一航戦の面々が三航戦が桟橋から退くのを待っていた

 

 

 

「ホント、邪魔ね!…遠征しか出来ない航空戦隊の面汚しの皆さん」

 

 

ニコニコとそう毒を吐くは一航戦の1人、瑞鳳だった

 

 

 

「…言ってくれんじゃん…おチビ軽空「隼鷹〜…道空けや」

 

 

 

一航戦を睨みながら文句を言おうとした隼鷹を龍驤は止める

 

 

すると三航戦の面々は龍驤に従い、一航戦が通りやすいよう道を空ける

 

 

「そーそー☆最初からそうすればいいんだよっ!」

 

 

 

笑顔で桟橋を進む瑞鳳

その背を初風は睨みつける

 

 

「…なによ…あの態度…」

 

 

「お初、気にせんでええて」

 

 

 

 

そんな龍驤達を見ていた翔鶴は瑞鶴と長良を促す

 

 

 

「…さあ、行きましょう。瑞鶴、長良」

 

 

「ええ」

 

「あ、はい…」

 

 

瑞鶴はふん、と鼻で笑い、長良は申し訳無さそうに三航戦の作った道を歩く

 

 

 

「…一航戦様は相変わらず偉そうね…」

 

「…龍姐さんも言ってたじゃん。気にしちゃ駄目だよ、飛鷹」

 

 

 

「よっし、ほんならうちらもとっとと降りよっか」

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「…なーんか気になるなぁ…」

 

 

「…え?」

 

 

 

グリーンライン島泊地基地、その喫煙所のベンチに座りタバコを吸う清原は無理矢理連れてきた非喫煙者の松井にそう零す 

 

 

「いや…だってあの船旅の3日間…全然戦闘なかったじゃん?」

 

 

「…あ、確かに…そうですね」

 

 

 

巡洋艦韮山だけではない、今川や水野が乗ってきた船も航行している最中深海棲艦からの襲撃、会敵は一切無かった

 

 

各空母勢が索敵機を飛ばしていても敵影は無し

 

この事を清原は気になっていた

 

 

 

「流石に海軍じゃねぇ俺でも不気味に思うぜ…」

 

 

「…島へのルート確保と言っても数日もあれば敵も何かしらの動きがあるはず…それが1度も敵と会わないとは…うーん…」

 

 

二人が頭を捻り唸っていると少女が声を掛けてきた

 

 

 

 

 

「…まるで誰かがうちらを誘い込んでる、って感じやな?」

 

 

 

三航戦、龍驤だった

 

 

「龍驤さん」

「嬢ちゃん」

 

 

 

にひひ、と龍驤は笑い、清原と松井の座るベンチの間にちょこんと座る

 

 

 

「なんだ。よくここがわかったな」

 

 

「清やんのタバコの匂いなら2キロ先でもわかるで?」

 

 

「お前は犬か」

 

 

ふ、と笑う清原

 

 

「…仲、良いんですね…お二人共…」

 

 

「「まっつんに言われたくない」」

 

 

 

「あはは…」   

 

 

そうツッコまれた松井は自分が間宮にも同じ事を言われたのを思い出す

 

 

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「クシュッ!」

 

 

「しぃ、白雪…?風邪?」

 

 

 

「ん…違うと思う…」

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「…んで?誰かが誘い込んでるってのは?」

 

 

 

清原は改めて龍驤に問う

 

 

「…前もな…似たような事あったんや…」

 

 

 

「…前…桜龍に乗っていた時のことですか?」

 

 

 

せや、と龍驤は松井の顔を見て頷く

 

そして遠い昔を思い出すように喫煙所の天井を見ながら

 

 

 

「…あん時は強襲作戦やった…敵にも会わずに目標地点へスイスイ進めて…そうやなぁ…今思えば敵の作戦にまんまと誘い込まれてたんやな。」

 

 

龍驤は自笑するように

 

 

「…船に乗ってた皆もこのまま行けるって気ィ緩めとった…もちろんうちもな…せやけど艦長は、艦長だけは最後まで気を抜かんかった…猛省や…艦長に合わす顔あらへん」

 

 

 

 

「…」

 

 

 

清原と松井は無言で話の続きを待つ

 

 

「…変な空気になってもうた…とにかく、あん時と…似てるんや。今の状況が…」

 

 

 

 

「…それ…あの豚提督に話したのか?」

 

 

「…言ったところで鼻で笑われて終わりや」

 

 

 

舌打ちをして頭をボリボリと掻く清原

 

 

 

「…なら、僕から具申しましょうか?」

 

 

 

 

松井がベンチを立ち上がり、源の所へ行こうとする

 

すると喫煙所の外から男性の声が松井達に掛かる

 

 

 

「あーやめときなやめときな」

 

 

 

「「「!?」」」

 

 

 

 

喫煙所に入ってきたのは駿河鎮守府提督、今川だった

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 

 

 

 

 

グリーンライン泊地

遠江艦隊に用意された寮

 

 

その奥にある部屋の扉を開ける源

  

 

 

 

「…て、提督…ふぅ…ふぅ…」   

 

 

 

「黙りなさい!最上!」

 

 

 

「…も、もう僕…限……界…」    

 

 

 

「…これは命令よ!手を止めるな!」

 

 

 

「…ん…はぁ…はぁ…」

 

 

 

 

 

 

「…ふん、相変わらず下らないことを…」

 

 

 

最上と水野のやり取りを見ていた源はつまらなさそうにそう言い捨てる

 

 

「…あら…源中将…?」

 

 

「…部屋の明かりもつけずに…わざわざここまで来てやる事か?それは…」

 

 

 

「…源中将には言われたくねぇですねぇ…ここは乙女の聖域…用事が無いのなら殿方には出て行ってもらいてぇんですが?」

   

 

 

「…ふん、用事が済めばすぐに出ていく」

 

 

源は興味無さそうにそう返すと水野はため息を吐くと入り口にある机を指差す

 

 

 

「いつものやつはそこにありますよ。中国産のキンキンのやつ」

 

 

「…ふむ。金はいつもどおりに口座に振り込んでおこう…それではな」

 

 

源は水野が用意した封筒を手に部屋を出ていこうとする

 

 

「…いつも忠告してますけど…」

 

 

 

「わかっている。貴様の名は出さんよ」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

源は水野に用意された封筒を受け取ると部屋を出ていった

 

息絶え絶えの最上が水野に問う

 

 

「…て、提督…?…あれ…はぁ…はぁ…なんなの?」

 

 

 

 

「…」

 

 

 

水野ははぁ、と大きくため息

 

 

 

「あー!!!やめやめ!集中力切れたわっ!くそっ!」

 

 

 

水野は閉め切りだった部屋のカーテンを思いっきり開ける

 

ほぼ真っ暗だった部屋に朝日が鋭く射し込む

 

 

「うわっ…ま、眩しいよ!提督!」

 

 

 

部屋が明るくなると、最上と水野は並べられた机でなにかの作業をしていたことがわかる

 

 

 

「あー…あの豚のせいでやる気削がれたわ…もが!タバコ!」

 

 

水野は窓を開け、手のひらを最上に向ける、最上ははいはいといった風に水野の鞄から銘柄ピアニッシモの箱を取り出し一本水野に渡す

 

 

「…結局夏コミ間に合わなかったし…クソッタレが…

ん…」

 

 

タバコを咥え、そうぼやくと最上はライターで水野の咥える煙草に火を点ける

 

 

「…仕方ないよ。菱作戦は最優先…上からの命令でしょ?」

 

 

「はぁ…秋雲も馬鹿なモノ残して沈んだもんよね…」

 

 

 

水野は机の上に散乱しているA4用紙に目を向ける

 

用紙のタイトルには『風雲、輪姦学校へイク R―18』と書いてあった

 

 

「…でも文句を言いつつ秋雲の残した未完成作品を描いてあげてるんだもんね…やっぱり提督は優しいね」

 

 

徹夜で原稿を描いて疲れたのか、最上は大きく欠伸をする

 

 

 

「…別に…暇だったからよ…」

 

 

遠い目をしながら窓の外を見る水野

 

 

 

「…ふふふ。そう?」

 

 

 

 

 

 

「…でも私なら死んだ後に身内にこんなの見られたらマジでたまらないわ…」

 

 

「…うん…同感だね…」

 

 

「…なんかムカついたからこの同人誌ハッピーエンドにしてやるわ」

 

 

「あはは…」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「…今川…中将!」

 

 

喫煙所に入ってきた今川に松井、清原、龍驤はすぐに立ち上がり、敬礼する

 

 

「あーいいよいいよ…喫煙所なんだから…それよりも面白そうな話してたけど…今回の作戦は桜龍の行った作戦とは関係ないからさ…余計な事は言わなくていいよ?松井君」

 

 

 

「…し、しかし…」

 

 

「しかしも、かかしもないの。もしそこの龍驤ちゃんの言うことが本当だとしたら…最初の深海棲艦がいるならまーた艤装の装備替えなきゃならないし…それにうちの偵察部隊も空母は発見されなかったって言ってたんだからさ…だいたい…」

 

 

 

すすす、と今川が煙草に火を付けながら喋っている間に龍驤はさり気なく喫煙所から出ていった 

 

 

 

(あいつ…)

(…龍驤さん…)

 

 

「…だってのに…わかる?松井君?これも勉強だよ?」

 

 

 

「え、あ…はい」

  

どかり、と清原と松井の向かいのベンチに座る今川

 

 

「…んで?君が噂の憲兵君?」

 

 

じっと清原を見る今川

 

 

「ハッ、静岡憲兵察警「あー挨拶は良いからさ」

 

 

 

 

ぴくり、と清原の眉間が動く

 

 

「…噂が何かは存じませんが…」

 

 

「ゲテモノ食いの憲兵がいるって源さんから聞いてるんだけどね?」

 

 

ぴくりぴくりと清原の眉間が反応する

  

 

 

「…ゲテモノ?」

 

 

今川はその無駄にすらりと伸びた足を座ったまま組む

 

 

「そこの龍驤ちゃん…あれ?いなくなってんのか…まぁいいや…今そこにいた龍驤ちゃん…顔にあんな傷あんのに君喰ったんだろ?ゲテモノ食いじゃーん」

 

 

ぴくりぴくりぴくり…

 

 

 

きっと今川は伽のために清原の部屋へ行った龍驤の事を言っているのだろう…

 

なんだか嫌味な感じだな、と思いながら笑顔が引きつり、清原の方をちらりと見る松井

 

 

「!?」

 

 

清原の顔を見た直後、松井はすぐに視線をそらす

 

 

(…清原さん…めちゃめちゃキレてる!!)

 

 

 

清原は今川の話をニコニコと額に青筋を作りながら聞いている

 

このままでは…と、そう感じる松井が汗を大量にかいているのはきっとこの島の気候のせいではないはずだ

 

 

「…お言葉ですが、今川中将」

 

 

「ん?なに?」

 

 

清原は鼻で笑いながら

 

 

「…ゲテモノって意外と美味いもんすよ?…毎日スウィーツばっか喰ってる人にはわかんねーでしょうがね」

 

 

 

「…何ぃ?」  

 

 

 

「顔の傷がどうしたってんすか?…そもそもあの嬢ちゃんはゲテモノなんかじゃねぇよ…むしろあんた自分の面を鏡でじっくり見てみろよ。きっと鏡に映るのはゲテモノ以下の生ゴミだからよ」

 

 

 

 

清原は吸っていた煙草を逆さに持ち、火のついた先端を今川の目の前で握りつぶす

 

 

「…んなことより…あんたスウィーツのビデオ撮んの趣味みたいすけど…あんま調子乗んない方がいいすよ?」

 

 

「…な、なんのことかな?」

 

 

清原の言葉にだらだらと冷や汗をかき始める今川

清原は灰皿の上で潰した吸い殻を捨てる

 

 

「…サイバーポリスとかしつこいっすよー?…ま、別に良いけど…んじゃあ失礼しますわ、これでも巡回任務とか忙しいんすよ。行きましょー、松井准将補佐官」

 

 

松井の腕を掴み、喫煙所を出ていく清原

松井は今川に頭を下げながら喫煙所を出ていく

 

 

「し、失礼します!」

 

 

「…!ま、待てよ憲兵!!」

 

 

 

焦りながらも自身のプライドを傷つけた腹いせをする為清原を呼ぶ今川

 

清呼ばれた原は足を止め

 

 

 

 

「…強制わいせつ及び強制性交、児童買春処罰法違反、児童福祉法違反、他の奴にヤラせてんなら売春防止法違反…ビデオ撮ったんなら児童ポルノ禁止法違反…」

 

 

「…ゆ」

 

 

今川、思考停止

同時に汗が吹き出す

 

 

「被害者も証人もいる…将校だからって誰でも金で動くと思わないほうが良いすよ?まだブタ箱行きたくないっしょ?…あと憲兵じゃなくて清原憲兵巡査っす。んじゃ」

 

 

「…ぐ…清原ぁ…!!覚えとけよコラァ!」

 

 

悔しそうに拳を握る今川を残し、清原と松井は喫煙所を後にする

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「かー…ちっとだけスッキリしたわ」

 

 

 

ビーチをのんびり歩く清原と松井

 

 

「だだだだ大丈夫なんですか?あんなこと言って…」

 

 

「は?なにがよ?」

 

 

 

「いや…被害者とか証人とか…」

 

 

 

清原はあー、と水平線を見て考えるが

 

 

 

「適当だよ…被害者も証人も俺が知るわけねぇじゃん…ただのフカシだよ。それに天津風?って嬢ちゃんから艦娘は既に成人扱いされてるんだって聞いたからな…落ち着いて聞いてりゃああんなハッタリ…海軍将校なら気がつくだろ…普通」

 

 

松井、脱力

清原はくくく、と笑う

 

 

「それよりあのおっさんの顔見たかよ?適当に言ったのにまさかの真実かもな」

 

 

「…」

 

 

このとき改めて清原を敵に回すのはやめよう、と決意する松井

 

 

 

「…嬢ちゃんどこ行ったんだろうなー…」

 

 

「…多分今夜会えると思いますよ?」

 

 

「あ?…なんで?」

 

 

松井は朝潮からもらった資料の束を見ながら

 

 

「…今夜は3鎮守府で前夜祭だそうです…」

 

 

「はぁあ?…なーに考えてんだよ…海軍は…」

 

 

「…全くです…」

 

 

 

流石に清原も呆れる

 

 

「…前夜祭ったって、どうせ提督3人のアバンチュールだろ?…くっだらねぇ…」

 

 

そういった清原はポケットにしまった煙草の箱を…

 

 

 

 

「ん?…あれー…?」

 

 

「どうしました?清原さん」

 

 

 

上着、ズボン、と知る限りのポケットを探るがどうも煙草の箱を落としたようだった

 

 

 

「…喫煙所か…くそ…」

 

 

「…あはは…忘れたんですね…」

 

 

「ま、いいや…どうせ鞄には予備のタバコあるし…」

 

 

 

ビーチを歩く青年2人の姿を、今回の泊地に用意された艦娘寮の窓から見つめる駆逐艦がひとり呟いた

 

 

 

「…びーえる…」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

同日夕刻 

 

 

 

ポイントA、グリーンライン島泊地士官寮

 

 

各部屋4畳半程度の広さの各鎮守府の士官に割り当てられた部屋

 

設置された家具はベッド、小机、椅子が2つ、ロッカーのみという簡素なものだけ

 

 

なおトイレとシャワーは別の建物にある

 

 

椅子に座り、松井は朝潮の資料を真剣に見ていた

 

 

 

「…第二航空戦隊…二航戦?…」

 

 

松井は唸る

 

見れば見るほど丁寧な内容の資料に感心していた

 

 

今回菱作戦に参加する戦力は大きく分けて3つ

 

伊豆海軍基地より第一、第二、第三航空戦隊総勢18隻による空母機動部隊

 

駿河鎮守府より第一、第二、第三陽動部隊総勢12隻の敵を陽動する駆逐艦部隊

 

遠江海上防衛基地より第一艦隊所属第一、第二戦隊、第二艦隊所属第三、第四水雷戦隊総勢24隻による戦艦、巡洋艦攻撃部隊

 

 

静岡連合総勢54隻の大艦隊

 

 

26隻の深海棲艦相手にやりすぎだと感じはするが、これこそ静岡3大鎮守府の強さであり、戦い方である

 

 

 

 

「…オーバーキル…か。それにしても朝潮さんの資料は本当に…うん、凄いな…読みやすいし…意外と…」

 

 

 

 

「…可愛らしい文字、ですか?松井補佐官」

 

「ぶっぉっほっふぅおあっ!!?」

 

 

入り口の扉を背にしていた松井に落ち度があったのか、いつのまにか部屋に入っていた白雪は松井の背後に立っていた

 

 

「なななな…白雪さん!?」

 

 

 

「…ちゃんとノックはしましたよ?」

 

白雪は少しムッとしながらジト目で松井を睨む

 

 

 

「あ、あはは…設営のお手伝いお疲れ様です」

 

 

「…お陰様で無事終わりました…私の任務は本当は松井補佐官の補佐、なんですけどね…」

 

 

まあまあ、と松井は白雪のために椅子を引く

 

「…あ、ありがとうございます」

 

 

「どういたしまして」

 

 

きっと数日前なら想像もできなかった光景だろう

 

見習いとはいえ、士官が部下である艦娘のために椅子を引くなどとは…

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

椅子に座る白雪の前に手のひらサイズの缶を置く

 

 

「…これは…?」

 

 

プシュッと音を立てて蓋を開ける松井

 

 

「カフェオレだよ。清原さんが白雪さんにってくれたんだ」

 

 

 

「あ…ありがとう…ございます…」

 

 

白雪は初めて見るであろうカフェオレの缶をまじまじと見つめる

 

 

「…カフェオレ…」

 

 

(…いちいち反応がかわいいなぁ…)

 

 

そんな事をしみじみと考えながら松井はブラックコーヒー缶の中身を口の中に流し込む

 

 

(…なんか味が物足りない…いや、考えちゃだめだ…)

 

 

白雪もプシュ、と松井のマネをして蓋を開け、匂いをかぐ

 

 

「…あ、いい香り…」

 

 

白雪は小さく笑い、飲み口をそのピンク色の唇に近づけ…

 

 

 

「…うん、とっても美味しい…です」

 

 

 

「うん、よかった」

 

 

ふふふ、と松井が笑うと白雪もふふふ、と笑い返す

 

 

 

窓から夕日が差し込む

 

 

お互い缶飲料を飲み干し、静かな時間を過ごす

 

 

白雪は幸せだった

 

基地に着任した当日から同時期に着任した吹雪型の妹が源により沈められ、意味のない復唱を毎日やらされ、練度が低いから、と源の指示で見知らぬ男に付けと言われて…

 

絶望への淵へ近づいていっている最中、松井という男に救われた

 

 

そして凍結しかけていた白雪の心を松井の優しい暖かさで包んでくれた

 

 

龍驤に襟首を掴まれようとも、清原に殴られようとも、源に無茶な命令をされようとも…

 

 

彼は曲がることはあっても決して心が折れることはなかった

 

 

そんな松井のことを白雪は…

 

 

 

「…松井…司令官…」

 

 

「…え?」

 

 

初めて白雪の口からそんな単語を聞いて松井は視線を資料から白雪に向ける

 

 

「…貴方が伊豆の提督だったら…良かったのに…」

 

 

 

消え去りそうなか細い声で、静かに泣きながら白雪はそう言った

 

 

「し…白雪さん…」

 

 

 

すると突然部屋にノック音が聞こえた

 

 

 

「朝潮です。白雪はいますか?」

 

 

秘書官朝潮の声だった

 

白雪はぐしぐしと目を拭い

 

 

「い、います!今行きます!」

 

 

 

「…あ…う…」

 

 

松井、何も言えずにヘタる

 

 

 

扉の方へ向かった白雪は1度足を止め、松井の顔を見てにこりと笑い、部屋を出ていった

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

同日夕食時

 

 

夕食は今川の提案により、ビーチにて3大鎮守府合同のバーベキューとなった

 

今川曰くお互いの艦隊同士のコミュニケーションを培うため、とのこと

 

 

しかし司令官の源は将校達に用意された部屋で艦娘と情事に励み、水野は最上と原稿を仕上げる為バーベキューを欠席

 

コミュニケーションを、と言う割には楽しんでいるのは艦娘以外の士官達

 

伊豆の艦娘達は源の命により艦娘寮から出ることは禁じられ、遠江の艦娘達も寮で各々夕食を取っており、ビーチで酌をし、料理を作り提供しているのは駿河の駆逐艦達だけであった

 

 

そんな会場のビーチの一角の席には今川が両隣に駆逐艦達を侍らせて楽しそうに酒を飲んでいる

 

 

ほぼ強制的に参加させられた松井も今川の居る席の近くに座らされ、他の士官同様に延々と今川の自慢話を聞かされ、少し離れたところに立つ白雪はそんな松井を心配そうに見つめている

 

 

 

「…へっ…まっつんは愛想笑いが下手だな…」

 

 

遠目に松井を見てそう呟く清原

 

彼は憲兵察警備科として会場の巡回を…

 

 

 

 

「…よく他の士官共はあの糞ロリコンの話聞いて笑ってられるな…ま、俺には関係ねぇな」

 

 

サボっていた

 

 

清原はどこかのテーブルから拝借したワインボトルを上着に隠し、薄暗い桟橋の方へこそこそと歩いていく

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

バーベキュー会場より離れた桟橋の端

 

 

清原は遠くに聞こえる賑やかな声を無視し、用意した紙コップにワインを入れて一人静かに呑んでいた

 

 

暗く、青い青い空

全てを引きずり込む真っ黒な海

 

 

清原を照らすは月光のみ

 

 

「…なんで俺ここに居んだろうなぁ…」

 

 

そう呟くと予備で用意していた煙草、キャメルのメンソールの箱を取り出し、ビニールを千切り煙草を一本取り出す

 

 

それを咥えライターで火を点ける

 

 

 

すぅー、と煙草のフィルターから喉へ、肺へ身体に悪い煙を吸い込むと息を一瞬止め、身体の外へと吹き出す

 

 

「…ふぅー…」

 

 

「おや…先客でしたか」

 

 

不意に掛けられた男性の声

 

清原が後ろを向くと、ポロシャツの上に白衣を着た髪の薄い中年男性が酒の入ったカップを片手に立っていた

 

 

 

「…憲兵察の方ですか…」

 

 

「…あー…巡回任務の途中で…迷子のワインボトルがあったもんで…こりゃあ呑んでやらないと化けて出られるなって思ったんすよ…」

 

 

清原は誰が聞いてもわかる適当なことを言うと男性はくくく、と笑い

 

 

「なるほどなるほど…なら呑んであげないといけませんね」

 

 

「ははは…」

 

 

「…東海支部の小林軍医大尉です。お隣…良いですか?」

 

にこり、と笑い清原に挨拶する小林

 

 

「静岡憲兵察の清原憲兵巡査っす…敬礼した方がいいすかね?」

 

 

「いいえ…僕はたまたま桟橋に歩いてきたらたまたまそこにいた"清原くん"と出会っただけですから…お気になさらず」

 

 

「…どうもっす」

 

 

 

小林はすっ、と静かに清原の隣に座る

 

 

「…乾杯…ではないんですよね…本当は」

 

 

「…んー…まあまだ作戦は始まってないんすもんね…」

 

 

よくよく見れば小林のコップに入っているのはお茶だったのがわかる

 

 

「…桑田さんから聞いてますよ…艦娘達と良好な関係を築いてる青年がいる、と」

 

 

清原はガシガシと頭を掻き

 

 

 

「んあー…どうすかね…今日も一人余計な事言って傷つけちまったかもしれない娘もいたし…っつか桑田部長知ってたんすか…自分の事…」

 

 

 

「…傷つけちまった…ですか…艦娘の事を想ってそう言えるのは素晴らしいことですよ」

 

 

小林はそう言うとお茶を一口飲む

 

 

 

「…そーすか…」

 

 

 

 

「今川中将も源中将も…あれは人の皮を被った畜生ですよ。艦娘を物としか、性欲処理の為の物としか考えていない…栄誉ある日本国海軍の将校が情けない…」

 

 

背を丸め、悔しそうにそうぼやく小林はお茶をぐいっと飲み干す

 

 

 

「…貴方や松井准将補佐官のような…海軍と艦娘との絆を深められる…橋渡しの出来る若者が増えてくれればな、と勝手ながら思いますよ…」

 

 

清原はまだ真っ暗な水平線をぼうっと眺める

 

 

 

「…絆…ねぇ…」

 

 

「…僕はこの作戦が終わったら海軍を離れるつもりです…のんびりと田舎で診療所を経営するのも悪くない…」

 

 

清原はくくく、と笑う

 

 

 

「…海軍が簡単に解放してくれますかね?…前線が無理なら軍の病院に居てくれって泣きつかれますよ?」

 

 

「ははは…それも悪くない…少なくとも…源中将や今川中将の様な将校のいない職場ならそれもありですね」   

 

 

 

小林はそう笑うとふとビーチの方を向く

 

 

 

「…さて、またゆっくりお話しましょう…今度は松井准将補佐官も交えて…」

 

 

 

そう言って立ち上がると清原に背を向ける

 

 

 

「あれあれ?…戻っちまうんすか?」

 

 

「ええ…一応立場上、あそこで呑んだくれてる今川中将をヨイショしておかないと医療班の連中から嫌な目を向けられますからね…それに…僕以外でも貴方と話したい人がいるようだ…」

 

 

「?」

 

 

 

桟橋を戻っていく小林の背を見ていると、ビーチから小さな影が清原の方へ向かってくるのが見えた

 

  

 

 

「……なんだ、まっつんの言ったとおりになったな…」

 

 

正直、清原は今まで少しテンションが下がっていた

 

 

昼間に松井から「夜にはまた龍驤と会える」と言われていたが、会場を見れば忙しなく動き回ってるのは駿河の艦娘達だけであり、この様子だと今夜は嬢ちゃんと会うのは無理だな、と考えていたからだ

 

 

 

故に、ビーチの方から桟橋を駆け足で近付いてくる少女の登場に無意識のうちに心が喜んでいたのであった

 

 

 

「…よぉ、嬢ちゃん」

 

 

「や、やぁ…清やん」

 

 

 

もじもじと、目を泳がせながら清原の目の前に立つツインテールの軽空母

 

 

「…寮、出てきても良かったのか?」

 

 

「……あー…ホントは駄目やけど…」

 

 

 

変だ

 

 

初めて会った時から不思議な少女だとは思っていたが、ここに来て一番変だと清原は感じた

 

 

 

「…あー…よく俺がここにいるってわかったな…」

 

 

「…た、タバコの匂い……あの…うん…いるかなって…思て…」

 

 

 

清原は少女の態度に吹き出しそうになる

 

何故なら少女は喋る度にどんどん顔が沸騰しているのではないかと思えるくらい赤面していくからだ

 

 

「…ふ…なんだ、どうし「そ、そもそもあの嬢ちゃんはゲテモノじゃねぇよ!…な、なーんて…」

 

 

 

「…!?」

 

 

 

突然少女は清原の質問に被せるように最初ははっきりと、後半は消え去るようにそう言った

 

清原、少女の声に一瞬驚くが、少女の言った台詞には覚えがあった

 

 

「…なんだ…嬢ちゃん…あん時喫煙所の外にいたのか…」

 

 

仮設の建物だとよくあることだ…

部屋の中の声など簡単に外に漏れる

 

 

 

「…ど、どうしても話の内容が気になって…あ、あのー…ええとー…」

 

 

「…」

 

 

緊張してドギマギしている龍驤を見てるこっちが恥ずかしい、と清原は思った

 

龍驤はさっきから全く目を合わせてくれない

なによりもあの台詞が本人に聞かれていたと思うと…

 

 

 

 

「…死にたい…」

 

 

「な、なんやそれ!」

 

 

清原は片手で両まぶたを隠し、龍驤はツッコむ

 

 

 

「…あの…清やん…あのとき言ったこと…ほんまにそう思ってるんか?」

 

 

「当然だ」

 

 

清原、何をとも聞かずに即答する

 

 

 

「…お前はゲテモノなんかじゃねぇよ…それどころか抜群に美人だと思うぜ?…なぁ、龍驤?」

 

 

「え…?」

 

 

龍驤、思考停止

直後、じわじわと熱くなってくる龍驤の身体

 

 

 

「なっ…!え!?…い、今っ…!うちの事っ…!」

 

 

パタパタと両手を動かし、変な動きになる

 

 

 

「って…!美人って…にゃっ!…!……」

 

 

 

色々と理解した龍驤はきゅ〜っと両目を瞑り

 

 

 

 

「んにゃーー!!」

 

 

 

「うわっ…ぉ、おいっ!」

 

 

龍驤は桟橋に座る清原の背後に足速に周り、彼の頭を両手で触りはじめた

 

 

「…なーにやってんだよ…」

 

 

 

「う、うー!…うち!全然美人ちゃう!清やんのクリクリボーズかわええな!…美人ちゃうで!」

 

 

 

 

「…ったく……美人だよ。お前は…」

 

 

背後から清原の頭をさわさわと触り、恥ずかしそうにしながら龍驤はぼそぼそと喋る

 

 

「ほっぺたの傷もあるし…こんなんで誰かの隣なんて恥ずかしくて歩けへんて…」

 

 

「…うるせーなー…」

 

 

清原は立ち上がり、龍驤の方を向く

 

立てば龍驤の頭は清原の胸辺りの高さになった

 

 

「…そんなに傷が気になんならよ…」

 

 

「…へ…?」

 

 

清原は龍驤の傷のある頬に手を優しく添えた

 

瞬間、龍驤の手がビクッと震える

 

 

 

「…こうすりゃあ、傷は見えねーよ」

 

 

 

清原は少しだけ片膝を曲げ、視線を龍驤に合わせる

 

 

お互いの顔がはっきり見える

 

 

龍驤は自分の頬に添えられた清原の手の上に更に自分の手を添える

 

 

「…清やん…」

 

 

 

「…こうして近くで見るとやっぱ美人だな…」

 

 

どくん、と龍驤の心臓は熱くなる

 

心が火照り、心拍数は上がる

 

 

「…清やん…うち…」

 

 

「…ん?」

 

 

 

龍驤は眼から一筋の涙を流し

 

 

 

 

「…清やんの事…好き…かも…」

 

 

 

 

 

その小さい口から発せられた小さい声で伝えられた清原への想い

 

清原はくくく、と小さく笑い

 

 

 

「…好き、かもか……そっか」

 

 

龍驤と出会って初めて

 

 

 

 

彼は優しく笑う

 

 

 

そして

 

 

 

「…俺もだ」

 

 

 

 

 

青暗い帳、月の光が差す桟橋で

 

 

青年と少女は唇を重ねた

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇   

 

 

 

 

 

「…初めて会ったあの駄菓子屋で…清やんはうちの事を助けてくれたやん…」    

 

 

 

「…ああ…お前があのあんちゃんに殴られそうになった時か…」

 

 

 

桟橋に胡座をかいて座る清原

 

その胡座の上には龍驤が座る

 

 

龍驤は清原の胸に頭を付けて甘える様な姿勢で初めて清原と会った時のことを話し始めた

 

 

 

「…一目惚れ…やったんかな…今思えば…あれからずっと…清やんに会いたいなって思っててん…」

 

 

「…そっか…」

 

 

 

「…これ…いけない事なんかな…?」

 

 

 

提督と艦娘の、ではない

 

 

海軍基地では大して権力もない憲兵察と艦娘の恋

 

 

言わば許されざる恋なのだ

 

 

 

 

「…さぁな…誰かに言わなきゃわからねぇさ…」

 

 

「…なら…今だけ…もう少しだけ…お願い……」

 

 

 

青年は少女を強く、しかし優しく、愛でるように抱き寄せた

   

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

翌朝

 

 

水平線から太陽が現れ始めた頃

 

 

桟橋で仰向けに寝転ぶ清原は眼が覚める

 

 

 

「…ん…んん…」 

 

 

 

 

首だけ動かし辺りを見るが龍驤の姿は無かった

 

 

 

 

「…」

 

 

よっこいしょ、と清原は起き上がり、水平線を眺める

 

 

 

夢でも見ていたのか…

 

 

それとも幻覚か…

 

 

 

お互い告白をし、キスをして、抱きしめて話をしているうちに酒が回ったせいか寝てしまった…

 

 

 

タバコを吸おうとポケットに手をやると違和感を感じる   

 

 

何かがポケットに入っている

 

 

 

清原はそれを取り出市確認するともう一度桟橋で仰向けに寝転がる

 

 

 

 

「…夢じゃ、無かったみたいだな…」    

 

 

 

 

そう嬉しそうに呟く清原の手には龍驤の物と思われる形代が1枚握られていた

 

 

 

形代の真ん中には"護"と達筆で書かれている

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「おっはよー!」   

 

 

「朝やー!朝やでー!皆起き―や…って…ちゃんと起きてるやんか…」

   

 

「…龍姐さん…」  

 

 

「どないしたんや?隼鷹…そんな暗い顔して」

 

 

「…作戦発動時刻が決まったよ…」  

 

 

「…え?いつや?」

 

 

「…今日の……正午に…出撃よ」 

 

 

 

 

 

「…え」

 

 

 

 

「…え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回も張り切ってまいりましょうー!
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