はい、反逆編本編のラストのお話になります
どうぞお楽しみください
グリーンライン島に撤退するため未だに大雨、荒波の中を航行する巡洋艦郭
その貨物室では郭に避難した艦娘達でごった返していた
伊豆、提督秘書艦の朝潮も薄暗い貨物室の隅で膝を抱え小さくなっていた
「…萩風…」
陣をはぐれた二航戦、三航戦だけでなく、嵐の被害は一航戦にも出ていた
松井が翔鶴へ郭に避難する様にと通信を行った際、翔鶴はすぐに返事をしなかった
忠義を尽くすべき本当の主は出撃前に"何があろうとも進撃すべし"と厳命したからである
なので翔鶴は松井からの通信を聞き1度目は即答するものの、2度目の通信を聞いて迷ってしまった
万が一、波に呑まれて自分が沈んでしまっては作戦が失敗し、源の顔に泥を塗ってしまうのではないか、と
そして悩んだ上で作戦を成功させるため、戦略的撤退の1つと決め、やむなく了解の返事をした
しかしこの迷った時間が悪かった
翔鶴が変な意地を張らずにもう少しだけ早く了解して避難していれば萩風が波に呑まれることもなかった
「…萩風…ごめんなさい…萩風……萩風…」
萩風と秋月を一航戦に編入させたのは朝潮だ
少しでも源の手から離れられるようにとの気遣いであった
しかし練度が低いまま、まともな訓練も出来ずに作戦参加、しかも嵐の吹き荒れる海での航行…
運命の女神は萩風と言う名の少女を嫌っているのだろうか
彼女の波に呑まれる瞬間の表情が朝潮の脳裏から消えない
源に乱暴されてから魂が抜けたかのようになってしまった彼女はずっと暗く、波に呑まれるあの瞬間も表情が変わることはなかった
追風、疾風、萩風…
たった数日間で一航戦の仲間達は沈んでしまった
自分のせいだ、自分が助けられなかったから、甘かったから、と朝潮は後悔し、抱えた膝に頭を押し付け、右手で左腕を爪が食い込むまで強く強く握る
「あらあら…駄目よ?朝潮さん?」
誰かに声をかけられたと気付くまでタイムラグがあったが、見上げると駆逐艦の少女がぽやぽやした笑顔で朝潮の前に立っていた
「…荒…潮?」
「はぁい、こんにちは。朝潮さん」
朝潮型の同型艦、荒潮
過去に沈んだ自分の姉妹艦かと一瞬錯覚したが、声も見た目も違う、恐らく駿河艦隊の荒潮だと朝潮は考えた
荒潮は両手に紙コップを持って笑っている
「伊豆の朝潮さんでしょう?…はい、これ…元気になるジュースよ」
そう言って荒潮は紙コップを1つ朝潮に渡そうとする
「…どうも…でもなぜ私に?」
朝潮は立ち上がるもコップを受け取らずに警戒しながら荒潮に問う
荒潮は指を自身の顎に当て何かを考えると
「艦隊が違うとはいえ、同じ朝潮型の艦娘だもの…それにそんな縮み込んでたら心配にもなるわぁ」
「…縮み込んでなんかっ!」
恥ずかしさから思わず声を張ってしまった朝潮は周りの艦娘からの視線に気づき
「…あ、ごめんなさい…大声出して…」
朝潮が謝ると荒潮はうふふ、と笑い
「大丈夫よぉ〜朝潮ちゃんの気持ちはわかるわぁ…ねぇ?私達もう少しだけ仲良くならない?」
荒潮はコップを持ったまま朝潮の顔に自身の顔を近づけ、小声でそう囁く
普段から香水をつけているのか、甘ったるい匂いと雨で濡れた生乾きの様な匂いと混ざってなんとも言えない匂いを朝潮は感じた
「…あっちにシャワーの付いた部屋を見つけたの…もちろん、八駆のみんなと一緒に…ね?」
荒潮はそう言うと、貨物室の扉近くに視線を向ける
朝潮も釣られてそちらに目を向けると、多くの艦娘達が部屋内で休んでいる中、駿河艦隊の第二誘導部隊の大潮と満潮が扉近くに立って朝潮達を見ていた
「…?…あれって…」
なにより朝潮が気になったのは大潮の首からぶら下げられた防水のデジタルカメラだった
朝潮の反応を見て荒潮は少し焦ったように弁解する
「あ、アレは…司令官からの指示なのよ!…作戦状況をカメラに収めなさいって言われて…ね?」
「…」
そう言われた朝潮は少し距離の離れている大潮をじっと見つめる
朝潮達の会話が聞こえてないようで、視線に気づいた大潮は朝潮達に向かって笑顔でシャッターを切る
「…あ…大潮姉さん……ちっ…余計なことを…」
「…」
朝潮は荒潮のその言葉でおおよそ理解した
同時に自分の頭の中が怒りで沸騰するのがわかる
「…貴女達…こんな状況になっても……そんな、くだらない事をっ……!」
自分たちの乗るこの船でさえも嵐で沈む可能性があるというのに、目の前にいるこの荒潮たちは今川の為と言って朝潮の裸の写真でも撮るつもりなのだろう
「…司令官が出撃前に時間のある時でいいからって…司令官…貴女に随分お熱なのよ?一枚くらい…」
朝潮は荒潮が持っていた中身入りの紙コップを奪うと勢いよく荒潮の顔に紙コップごと投げつける
「…ふざけないで!…それと、作戦内でも作戦外でも二度と私の前に現れないで!」
そう叫び朝潮は貨物室を出ていこうとすると、突然貨物室内の艦内に設置されたスピーカーに「ブツッ」と音が入る
『…かっ!…おいっ!!聞こえとるか!こちら三航戦!……たら返事せえっ!』
嵐ではぐれたはずの三航戦旗艦、龍驤の声だった
貨物室の艦娘達はスピーカーに視線を一斉に送るが、長い黒髪を揺らした空母の女性だけは龍驤の声を聞き、眼を見開く
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
艦橋では松井と通信士が龍驤の直接通信に応答していた
「龍驤さん!…龍驤!こちら巡洋艦郭!無事ですか!?いまどこにいますか!座標を!」
『おおっ!まっつん!元気そうやな!こっちはちょっち…っていうかめっちゃやばいわ!!あっはっはっ!』
安心したのも束の間、松井は通信先から龍驤の声だけでなく明らかに爆撃の音が聞こえる
「龍驤さん!一体何が!?」
『三航戦と遊撃部隊卯月っ!…んがー!くっそー!現在敵空母と戦闘中や!』
郭内はザワつく
貨物室にいる遠江の最上と金剛も龍驤の通信を聞き驚く
「…やっぱりいたんだ…空母級…」
「そのようデスネ…シィット!…嵐を抜けられれば加勢に行けるのに…!!」
「…空母…敵は何隻ですか!龍驤さん!」
『…一人や!…最初の深海棲艦の……空母級や!間違いない!』
「…くっ!…時間がかかりますが我々もそちらへ向かいます!」
『いらへん!こんバケモンはうちらに任せときや!そんなことより爆撃機がホームの方へ飛んでった!すぐ戻りや!…んがーーー!しつっこいねんボケー!!!』
「そんな…爆撃なんて…!!」
頭を抱えるのは今日だけで何度目だろうか
この感じ…龍驤を放っておけば彼女たちがやられる…龍驤達の元に向かえばグリーンライン島への爆撃被害が大きくなる
『ええか!?…うちはなんべんも囮役なんてやっとる!せやから気にせんでホーム戻って対空迎撃しときや!ほな!』
そう残し龍驤の通信は切れる
「…僕は…!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ちょっ!翔鶴姉!どこに行くのよ!」
ぶつぶつとなにかを呟きながら翔鶴は貨物室から出て艦内通路を歩く
「…の女が…あの女…いつもいつも…」
「…翔…!」
幽鬼のようなオーラを纏った翔鶴は付いてきた瑞鶴と瑞鳳の方を向き
「…違反…よね?」
「「え?」」
「…命令…違反よね…代行は撤退を指示された…でもあの女は…残って敵を倒す、と…」
瑞鶴は姉の顔を見て背筋が凍りつく
嬉しそうに口元をつり上げ、眼を歪ませて狂ったような笑顔になる翔鶴
「命令違反っ!よね!?瑞鶴!?」
初めて見た姉の歪んだ笑顔を見た瑞鶴は一歩退く
「…の、残ってって…三航戦は代行の命令を知らな「違反!命令違反だよ!うん!」
喰らいつくように笑顔で肯定する瑞鳳
「そうっ!…そうよね!…あの女…!閣下の気を引きたいが為に一人だけ戦果を挙げるつもりよ!?…そんなこと許されないわ!」
そう嬉しそうに興奮する翔鶴は手の爪を噛み始める
「命令違反よ…これは閣下に対する反抗よ…反逆よ…!許せない…許せない許せない許せない!!」
「…翔鶴姉…」
瑞鶴が翔鶴に声を掛けようとすると瑞鳳が瑞鳳の肩を掴む
「…ここは旗艦の判断に任せましょ?瑞鶴」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「っ!ぁぁああああ!!」
「お初!」
なんとか嵐の海域を抜けた三航戦
しかし抜けた先に待っていたのは最初の深海棲艦の空母級と見られる一隻の敵艦だった
放心状態で海に立っていた卯月を抱え、敵空母の飛行隊から逃げる三航戦面々
「…大丈夫っ!…じゃないけど…まだ戦える!」
航行しながら龍驤が心配して初風に声をかけるが初風は龍驤にサムズアップ
「あーっ!くっそー!こんなんじゃ反撃する事もできねぇよっ!」
「卯月っ!しっかりしなさいっ!」
敵空母の召喚した航空隊の猛攻に叫び声を上げる隼鷹と卯月を抱き抱えながら放心状態の彼女に声を掛け続ける天津風
「…姐さん!アイツなんなの!?…私達の知ってる空母級の深海棲艦と姿が違うけどっ!強いの!?」
並行する飛鷹は遠目に見える敵の正体を龍驤に問いかける
「最初の深海棲艦やっ!…桜龍…いや、うちらは"カガ"って呼んどった…アレでも大破艦なんやで!?ウケるやろ!それにアイツ一人ならそこまで問題ないわ!」
(…先制されとらんかったらな…)
そう無理矢理笑って龍驤は答える
(…桜龍ん時は他にも仲間がおったから応戦出来たけど…流石に7人…いや、天津風と卯月が戦えんから実質5人…こんなんじゃ先制取られたら全然攻撃でけへん!…せめてもう少しでも戦力が増えれば…!)
逃げ惑う三航戦とプラス1名
空を駆け廻り、三航戦達を攻撃する敵航空隊
龍驤にカガと呼ばれた空母級は三航戦上方に向かって弓を構える、矢は持っていなかったが、カガが矢を引き構える姿勢になると黒い霧のような物がカガの手から吹き出て真っ黒な矢が形成され
"ビシィンッ"
と、鈍い音と共にカガから矢が放たれる、黒いゼロ戦へと召喚され空へ飛び上がる
「龍姐さん!なんとかなんないのかよぉ!?炎を纏った艦載機出せるとかさぁっ!」
隼鷹がそう叫ぶと龍驤も内心苦笑い
「アホっ!うちはどこの女王や!…とにかく今は逃げや!んで機銃で少しでも敵機を撃ち落とすんや!」
そんなことを逃げながら話していると三航戦近くを爆撃される
「…こぉのっ!」
「落ちなさいよっ!」
時津風と初風は敵航空隊に向け砲撃
「…きりがないよぉ…」
「ん…ぁ…?ぴょん…」
天津風に抱えられた卯月は目を覚ます
「…!卯月!」
「あっ!ああっ!!…ごめんなさい!ごめんなさい!」
錯乱する卯月
「しっかりせえや!生き残っとるんはお前だけか!?」
「ぴ、ぴょん?…みんなやられたぴょん…もうこんなところにいられないぴょん!」
逃げ出さんとしようとする卯月だが天津風が逃さない
「…緊急事態や!お前を一時的に三航戦として編入するで!対空装備はあるんか?」
「んなっ!?なに勝手なこと…!」
「ほんなら一隻で帰るか?一緒にいたほうが助かる可能性あるで?」
龍驤にそう言われ、卯月は一瞬悩むが
「…高角砲なら…」
「よっしゃ!…うぉっ!…なら応戦や!」
気を失っていた卯月が戦列に入ったことで天津風も戦えるようになり、一隻の敵空母に対して軽空母3、駆逐艦4の戦力差となった
「よっしゃ!反撃開始や!駆逐艦砲撃や!」
「「「「了解!」」」」
天津風、時津風、初風、卯月は我が物顔で空を翔ける敵航空隊に向け砲撃、射撃を開始
「んでもって…うちらもお仕事しよっかー!!」
龍驤、飛鷹、隼鷹も飛行甲板の巻物を広げ、形代を発艦させる
空を翔け上がる三航戦航空隊は敵航空隊と航空戦に入る
「ふぃー…艦戦爆載せしといて正解やったわ…ヒトシクン人形貰えるわ…」
一つ息を吐き安堵する龍驤
駆逐隊が敵機を攻撃し、いくつもの敵機が落ち、隼鷹と龍驤の艦戦が航空戦にて敵機を落とし、飛鷹の艦爆、艦功がカガを攻撃する
「…!!」
カガの足元に水しぶきが上がる
龍驤達を睨むカガは再度弓を構える
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「翔鶴さんたちが!?」
艦橋にいる松井に報告に来たのは遠江の最上だった
「は、反逆行為だって言って一航戦引き連れて勝手に海へ出ていったんだよ!」
「は、反逆って…なにを…」
驚きを隠せない松井
一緒に話を聞いていた他の士官や白雪も驚く
「おい、嬢ちゃん…それいつくらい前だ?」
通信士と通信機を修理していた清原が最上に問いかける
「ええと、ほんの5分ぐらい前だよ…」
「まっつん」
清原は松井を呼ぶ
「清原さん?」
青筋を立てた清原は艦橋の扉を勢いよく開ける
少しだけ嵐の勢いが落ち着いたとはいえ、外はまだ大雨が降っていた
「…その三戦隊?と二戦隊迎えに行ってくるわ」
清原の言葉に艦橋内にいた全員が驚く
「ど、どうするつもりですか?」
ばさり、と清原は抜いでいた上着を羽織る
「翔鶴ってあの細身で黒髪の女だろ?…前々から不気味な女だとは思ってたけどよ…あの女達より早く見つけてここに連れ戻すわ」
そう言った清原はにかっ、と笑い
「"龍驤達は海で遭難し、憲兵が救助した"…そういう名目がありゃあいつらは命令違反になんねぇだろ」
命令違反もなにも龍驤たちは松井の撤退命令を知らない
それに言ってしまえば現在命令違反をしているのは翔鶴達だ
清原はそんな理不尽な翔鶴達の弁に抗うようにそう言ったのだ
「無茶です!だめですよ!そんなんなら僕も行きます!」
松井は清原の腕を掴む
すると清原は"あー"となにかを思い出したかのような顔をする
(…そうだ…こいつはこういう奴だった…自分の立場分かってんのか分かってねぇのか…仕方ねぇな)
清原は松井を見てにこーっと笑う
「…え?」
瞬間、掴まれていた腕を逆に掴み直し、逮捕術を利用して松井を半回転させ、背後から松井の手首ごと抑える
「おーっしお前ら!動くなよ!こいつがどうなるかわかんねぇぞ!?」
何故か松井を人質にとる清原
「え?え?…は?いたたた…」
清原以外の者はこの空気に混乱
誰も動けずにいた
「おい嬢ちゃん」
清原は最上に声をかける
「今取るべき判断…わかってんだろ?…あとは諸々頼んでいいか?」
「…え?…あ、うん…」
困惑しながらも頷く最上
「は、離しなさい!松井補佐官を離して!こんな時に何をしているんですか!」
顔を赤くして怒鳴る白雪に対して清原はどこ吹く風、といった風に
「見ての通り人質を取ってる……じゃあな」
「ま、待ちなっさい!」
清原は松井を捕まえたまま艦橋の外に出て行ってしまった
「…こ、これ…」
追いかけようとした白雪が床に落ちたなにか白い紙を発見する
それは松井が龍驤から貰った形代だった
表面に"攻"の文字が書かれている
白雪はそれを拾い上げ、制服のポケットに仕舞う
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おー…あったあった」
艦橋の外に出た清原と松井
降りしきる大雨の中、清原は松井を開放し、ある場所へ一直線に進む
目的は艦橋横に備え付けられていた脱出艇のモーターボートだった
「清原さん…まさかこれで…?」
清原はボートに括り付けられていたロープを器用に解き、クレーンを使って甲板と同じ高さになるように降ろす
「あいつらの速度は知らねぇけど……でも確実にこっちの方がはえぇだろ」
「確かに…でも速いと言っても翔鶴さん達よりほんの僅かですよ!?」
「十分」
そう簡単に返し、クレーンの操作盤を手にボートに乗り込む清原
「…どうすんだ?来るのか?来ねぇのか?」
「…う…」
悪天候の海、こちらを攻撃してくるかもしれない翔鶴達、敵空母
どれを考えても松井がボートに乗って手に入る良いカードなんてない
しかし友が大事な人を助けに行こうとしている
松井は悩み、拳を握る
「…行きます!」
腹を決めてそう叫んだ松井は清原の乗るボートに飛び乗る
するとそこに白雪が甲板に遅れて到着し、雨に濡れながら両手を胸の前で握り、松井を見ている
「松井補佐官!!」
叫ぶ白雪に向かって手のひらを彼女に向け、静止するような仕草をする松井
「白雪さんは駄目だ!ここに残るんだ!」
「でもっ…!でも!!」
「大丈夫!必ず戻るから!!」
松井がそう返すとクレーンの脱着装置からボートと繋ぐ金具が外れ、二人の乗るボートは荒れる海面へと着水する
「松…!!……ー!!」
着水したボートに向かって叫ぶ白雪の声は大雨でかき消されてしまう
「白雪さん!危ないよ!こっち来て!」
最上に抱きかかえられ船内に連れ戻される白雪
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おっしゃあ!とっとと行こうぜ!」
大きく揺れるボートにてテンションの上がる清原
松井は必死な表情で問う
「き、清原さん操縦できるんですか!?」
「できねぇ!!頼むぜ相棒!!」
「…あ、あはは…」
こうして松井が操縦する炎のペイントされたモーターボートは嵐の吹き荒れる海を高速で進み始める
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
松井と清原が船を降りた後の艦橋内
ここでは司令代行がいなくなったことにより、士官達が混乱していた
「どういうことだ!?」
「俺が知るか!」
「あの憲兵が代行を人質にしていたぞ!?」
「どうするんだこれから!」
そんな中、肩からタオルを最上に羽織らせられ、椅子に座る白雪はぼうっとしながら慌てている士官達を見ていた
「はい、少し温めのコーヒーだよ…夏とはいえ身体を濡らしたままだと良くないよ」
最上が淹れてくれたコーヒーを受け取り礼を言う白雪
「…やっぱり心配?」
最上は白雪の顔を覗き優しく問う
「いいえ…なんとなくこうなると思っていたので…」
白雪がそう返すと最上はくすくすと笑い
「でもあの憲兵…随分演技がわざとらしかったね…」
「…はい…でも…」
清原は松井を人質にとった
そして松井を人質のまま龍驤達の元へ行ってしまった
つまりこれは松井の指示ではなく清原の独断による犯行である
"僕も行きます"
そう言った松井が動けばそれこそ艦隊を大混乱させる原因になるし、取り切れない責任を取らされるのは目に見えている
清原は松井自身に出る被害が最小限になる様に一芝居打ったのだ
「さて…じゃあ僕らは僕らでやるべきことをしよう」
最上はそう言って艦橋にいる士官たちに指示をし始めた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
海を滑る清原たちの乗るモーターボート
「よお!まっつん!場所わかんのかよ!」
「全然!…とにかくミッドウェー島の方へ向かってます!」
「まぁオッケーだ!きっと見つかるさ!」
「龍驤さん達…大丈夫ですかね!?」
「なにー?」
「龍驤さん!大丈夫ですかね!?」
「わかんねぇよ!信じるしかねぇ!もっと飛ばせー!」
この時清原は気が付かなかった
ポケットに入った龍驤からの形代に書かれた"護"の文字がうっすら紅く光っていた事に
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「がぁぁああああ!!あいつなんなんだよ!!なんで倒れないんだ!」
カガと戦闘中の三航戦、ボロボロの大破状態の隼鷹が叫ぶ
相変わらずヒット&アウェイで戦う龍驤達
敵航空隊からの攻撃を最小限で受け、それらを撃ち落とし、逃げながらカガへの攻撃を続ける
「…前もそうやった…あいつらの精神力は異常やで…なんやアレや…常に天皇陛下万歳状態なんや…」
同じく大破状態の龍驤がそう答える
満身創痍のカガは海上に片膝をつきながら、艤装と見られる機械部分は火災を起こし、片腕を失いながらも残る腕で弓を構えると、弦に顔を近づける
「…アイツ…まだ戦うぴょん…?」
卯月もカガの異常な戦意に身震いする
片腕で弓を掴み、自身の歯を使って黒い矢を引き絞る
"ビシュッ"
発艦するのと同時にカガの歯が一本抜け、宙を飛ぶ
「くっそぉがぁ!!」
「飛鷹!隼鷹!叩くで!!」
「任せて!!」
三航戦空母勢は残り僅かな艦載機を発艦させる
三隻の様子を見る駆逐隊も声を上げる
「やっちゃってー!!」
時津風が吠え
「お願いぴょん!!」
卯月が願い
「はぁ…はぁ…頼むわよ…」
初風が息を切らし
「…終わって…!」
天津風が祈る
カガの放った矢は艦載機に変化することなく途中で霧状に消え、一方で艦載機として召喚された龍驤達の航空群がカガに向け爆弾を投下する
弓を握っていた腕をだらりと垂らし、空を見上げるカガ
彼女から見えるこの光景には覚えがあった
「…ああ…マタ、ナのね…」
カガは呟き、眼を閉じると一滴の涙を流す
「ゴメンなさイ…提督…」
龍驤達の攻撃により、カガのいた海面を爆炎が包む
カガは1942年以来2度目の轟沈を経験することになった
「敵艦…沈黙!!」
双眼鏡でカガが爆散し、沈む様子を確認した時津風がそう叫ぶ
「よっしゃああっ!」
隼鷹が飛び跳ね、初風と卯月が海面に座り込む
「お…終わったぴょん…?」
安堵する卯月
戦果は勝利
旗艦龍驤、隼鷹、飛鷹、初風、卯月が大破、天津風と時津風が中破となった
「…ちっ…まだや…見てみい」
龍驤は空を見上げるとカガの発艦させていた航空隊がグリーンライン島の方へ向かうのが見える
「…うそ…空母は倒したのに…」
飛鷹が顔を歪めるも龍驤はため息
「…後はあいつらに任せるしかないわ…うちらの仕事はここで終わりや」
流石に疲れの見える三航戦面々
しかしこの一瞬の気の緩みが悪かった
「…ふぅ……ん?」
初風は海面に蛇のような波を立てこちらに何かが向かってきているのが見えた
それが魚雷で龍驤の方へ向かっていることがわかると、初風は魚雷の直線上に飛び出す
「みんな!魚ら!ぎゃああっ!!」
「お初!」
初風の声に驚く三航戦の面々
魚雷の直撃した初風の下半身は炎とともに爆散する
初風の上半身はそのまま海面へ叩きつけられ、沈んでしまった
「お初!お初―!!」
「駄目よ龍姐さん!」
飛鷹は龍驤を背後に移動させ、魚雷の飛んできた方向へ前に出る
「…う、うそ…なんで…あいつら…」
飛鷹の見る方向にいる人物を見て時津風が驚きの声を上げる
「…残念…外したのね…」
そう嬉しそうに呟くのは一航戦旗艦、翔鶴だった
翔鶴の周りを一機の艦功が旋回している
そして翔鶴の他に瑞鶴、瑞鳳、朝潮、秋月も共に陣を組んで龍驤達を見ていた
「…お、おまえぇぇ!!」
翔鶴の言葉を聞いた時津風は歯をむき出しにし、主砲を翔鶴に構え、砲撃
「時津風!やめや!」
しかし時津風の放った砲撃は外れ海に落ち、着弾した海面からは煙だけを吹いた
「…頂きっ!!」
瑞鳳は楽しそうに時津風の方に向かって弓を構え、艦載機を飛ばす
飛ばされた艦爆は高速で時津風の頭上に旋回、爆弾投下の準備に入る
「あかんあかんあかん…逃げやぁ!時津風!」
「…ぅ…」
一瞬身体が硬直する時津風
時津風目掛け艦爆から爆弾投下
爆発の瞬間、時津風の半身が海面に爆散
するのが見えた
「と、時津風っうわぁぁぁぁ!!やめろやぁゴラァっ!」
「逃げるんだ龍姐さん」
「早く!」
隼鷹は龍驤を抱きかかえ、飛鷹と天津風と共に一航戦と逆方向に逃げ出す
しかし卯月は単身龍驤達と違う方へ逃げる
(うーちゃん関係ないぴょん!うーちゃん関係ないぴょん!!)
卯月は振り返らずともずっと後ろから聞こえているプロペラ機の音に気づいていた
「…いやだぁ…沈みたくない…ぴゃぁぁあ…」
涙と鼻水を垂れ流しにしながら卯月は炎に包まれた
「…翔鶴さん…卯月は駿河の艦娘です…こんなこと…」
「朝潮さん?彼女はそもそも仲間の駆逐艦と共に命令違反をしていました…これはその罰です…貴女ならわかるでしょ?」
翔鶴にそう言われると背中の傷に痛みが走る朝潮
「…」
一方何も知らずに来た秋月は顔色を悪くし、震えている
「…な、仲間内でこんな事…私、無理です…出来ません…」
ぼそぼそとそう言う秋月の肩に手を触れる翔鶴
秋月はビクリと身体を跳ねさせる
「…練度が低いとはいえ貴女も一航戦…なら、やりなさい?やり遂げなさい?」
溶けそうなほど満面の笑みで秋月にそう耳打ちする翔鶴
「…さあ、反逆者に裁きを…」
逃げる龍驤達を追いかけようとする翔鶴だったが、瑞鶴が止める
「…翔鶴姉…何かくる…!」
「…敵かしら…索敵機は?」
翔鶴が瑞鳳に問うと。瑞鳳は首を横に振る
「知らないよー。索敵は二航戦の仕事だもん」
翔鶴達の背後から猛スピードで一隻のモーターボートが近づいてくる
「「「!?」」」
清原と松井が乗ったボートは翔鶴達の横を止まることなく追い越していった
「なっ…!?」
まさかの松井達の登場に驚く朝潮
「…追いかけるわよ、一航戦」
出発しようとする翔鶴は一人付いてきてないことに気づき、生ゴミでも見るかのような眼で付いてこない少女を睨む
「……役立たずが…」
駆逐艦秋月だった
秋月は両手で顔を隠して泣き崩れ、その場に座り込んでしまう
連装砲も心配そうに秋月を見ている
「…朝潮さん、瑞鶴、瑞鳳…行くわよ」
「「「…」」」
秋月を残し、一航戦は三航戦を追いかける
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一航戦から逃げ出した龍驤以下3人
「なんっ…!なんなんだよ!なんであいつらアタシ達を殺そうとしてんだよ!」
ボロボロになりながらも必死に速度を上げて逃げる隼鷹は叫ぶ
「…っ!…知らへん!…元々おかしかった頭ンネジがついに取れたんやろ!?…とにかく死にたなかったら逃げるんや!あいつら…特に翔鶴はヤバいわ!」
「…っ!電探感あり!…龍姐さん!」
「!?」
翔鶴達が?
それとも艦載機?
つばを飲み込み覚悟を決める面々
「っおおーいっ!龍驤ーーー!」
「!?」
龍驤にとっては聞き覚えのある声が背後からかかる
速度を保ったまま後ろを振り返ると、松井の操縦するモーターボートに乗った清原が大きく手を振って龍驤達を追いかけていたのが見えた
「きっ!…清やん!!…なんで…」
「…マジ…かよ…!」
龍驤と隼鷹は驚きの声を上げ、飛鷹と天津風も松井達の存在に声を出さずに驚く
三航戦達と並行して海を走るモーターボート
嬉しさで表情が崩れそうになる龍驤だったが、唇をきゅっ、と噛み
「な、なんで来たんや!ってかどうやってうちらのいる海域わかったんや!」
「ああ!まっつんのカン通りに進んでたら思いっきり迷ったけどな…多分お前から貰ったこいつのお陰だ!」
風を受けながら龍驤から貰った形代を取り出し見せてそう説明する清原
形代の隅がほんの少しだけ焦げて小さくなっていた
「すっげーなこれ!なんか引っ張られるようにお前らん所来たぜ!」
「…他の三航戦の方達は!?」
ボートを操縦しながら龍驤に問い掛ける松井
しかし龍驤は顔を少し下げ、首を横に振る
「…そうか。悪いな…来るのが遅くなっちまった…」
「…そんなことあらへん!…そんなこと…あらへんて…」
龍驤は数分前に沈んだ仲間達を思い出し苦渋の表情になる
「……皆さん!早くボートへ!」
沈んだ空気を払拭する様に松井がそう言ってボートの速度を下げ、停止する
隼鷹、天津風、飛鷹は龍驤に気づかれないように3人で目を合わせ、何かを確認し合う。
そして天津風が龍驤の背に手を当て
「…龍姐さん…先に乗って」
「ん?…う、うん…」
天津風に促され、満身創痍の龍驤は上半身をボートに乗せ、息を切らしながらよじ登る
「んょっこいしょ…ん?どないしたんや…お前らも早く…」
ボートに乗った龍驤は未だ海面に立つ三航戦を見て変な雰囲気を感じる
「へへへ…」
隼鷹は悪戯な笑みをつくり
「…龍姐さん、ごめんね…私達はここまでよ」
天津風も眉をひそめ、小さく笑う
「は…?何言ってるんや…」
まさか、と龍驤は思い、天津風達の行動の意味を瞬時に理解する
しかし怪我と、艤装を解除したせいで上手く身体が動かない。
龍驤はボート内に倒れ込んだまま天津風に手を伸ばす
「…天津風…!」
「…まっつんさん…清やんさん…龍姐さんをお願い…」
天津風は松井と清原に涙を流しながらそう頭を下げる
「…くっ…!」
松井は目を伏せ、清原はしっかりと天津風の眼を見る
「…いいんだな…?」
「へへっ…当然でしょ…今の龍姐さんは足手まといだからねぇ」
清原が問いかけるもケラケラと笑い返す隼鷹
「嫌や…なんでそんなことするんや!…うちはお前たちと離れたくなんて…」
なんとか上体を起こしてボートから身を乗り出した龍驤
「…龍驤!!」
隼鷹は龍驤の名を呼び捨て、抱きしめる
「龍驤…龍驤!!…あんたはさ…あんたは生きなきゃ駄目だよ!!」
抱きしめ、そう言って龍驤から離れる
龍驤はそこで初めて隼鷹が溢れるほどの涙と鼻水を流していたことを知る
「…隼鷹…」
「…姐さん…隼鷹も…天津風も初風も時津風も…みんなあんたに感謝してる…いつか…いつかお礼をって考えていたんだ…」
飛鷹は後方を見張りながら…しかしその声は震えているのがわかる
「…そうよ、だから…生きて!…お願い」
天津風も龍驤の伸ばされた手を握る
「嫌や!うち…うちの方こそ…お前らに…っ!」
「…来た!!早く行って!」
飛鷹がそう叫ぶ
松井が後方の空を見上げると翔鶴達の航空隊がこちらに向かって近づいていた
「…行きます!」
「ああ!…出せっ!まっつん!」
松井は船速レバーを上げ、ボートは発進しだした
「みんな!嫌や!停めやアホ松!くそー!!隼鷹!飛鷹!…天津風ー!!」
隼鷹達から離れていくボート
「さぁて…旗艦の居なくなった三航戦…どこまで時間を稼げるか…正規空母並みの実力見せてやるわ!」
飛鷹が飛行甲板の巻物を広げる
「メインの花が無くなったってあたしらは桜の木に変わりはないさ…ぱ〜っとやろうぜ!」
隼鷹も巻物を広げる
「…大丈夫…いい風が吹いてるもの……きっと…!」
三航戦、飛鷹、隼鷹、天津風は意を決し、戦闘態勢に入る
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕日が傾き、水平線をオレンジ色に染まる頃、すっかり晴れたグリーンライン泊地沖にて巡洋艦郭から海へ着水した遠江艦隊主力部隊を中心にカガの放った航空爆撃隊の対空戦闘に入っていた
「撃て撃て撃て撃て!すべて撃ち落とせぇ!」
「やってるヨ!長門も喋ってないで応戦するデス!」
戦艦各艦が敵航空隊に向け三式弾を、巡洋艦駆逐艦で主砲や高角砲、機銃等で敵機を撃ち落とす
しかし300機以上の敵航空隊を全て撃ち落とせるはずはなく、撃ち漏らした敵機は泊地ビーチにいる各基地からの対空装備を施した基地待機艦娘達でなんとか応戦していた
「…この光景…まるで…真珠湾攻撃だな…」
対空射撃を行いながら、グリーンライン島へ爆撃するカガの航空隊を横目に長門はそう零す
「…そうですね…」
隣で砲撃する比叡が空に視線を向けたまま長門にそう返す
「…日本がかつて米国に行った行為ネ…これも因果応報デスかね…?」
「「「…」」」
金剛の言葉に遠江の艦隊達は口を閉ざす
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
泊地ビーチ
今朝まで士官たちが寛いでいた跡はもう無く、辺りは火の海と化していた
士官や工兵、艦娘の焼死体等が横たわるこのビーチで陽炎型の少女が一人の少女を抱えて座り込んでいた
菱作戦、巡洋艦韮山の護衛の任に着いていた伊豆の駆逐艦、嵐だった
「野分!…野分!しっかりしろよ!」
「…あ…らし…」
嵐に抱えられた野分は爆撃の被害にあったのか、右腕と右足が無くなっており、辺り一面にはおびただしい量の血と、野分の艤装の部品と見られる鉄の塊も散乱していた
「そうだ!俺だ!嵐だ…しっかりしろ!野分!…のわっち!」
名を呼ばれた野分は閉じられた眼の片方を薄っすらと開け、唇を震わせながら笑顔になる
「…の…のわっち…だって…ふ、ふふふ…」
「だ、大丈夫だのわっち!すぐに入渠すれば治るからな!」
抱えられた野分は震える手で嵐の襟を掴み、自身の額を嵐の胸元に当てる
「…し、しに、ししし…死にたくない…痛い…痛いよ…あらし…たす…け…て…」
ボロボロと泣きながら声を震わせる野分
「だ、だいひょうっ…大丈夫っ…の、のわ…」
だらりと垂れた野分の腕
嵐は自分の呼吸が苦しくなるも決して野分を離すことは無かった
「…のわっち…やめてくれよ…いかないで…置いてかないで…」
砂浜に力なく尻もちをつく嵐
遠くからは男か女か…誰かしらの叫び声が聞こえ、爆発音が聞こえる
「…大丈夫だ……俺も…すぐにそっち行くよ…のわっち…舞風…」
そんな事を呟くと、背後から女性の怒鳴り声とも感じられる声が聞こえてきた
「おーいっ!ゴラァっ!そこの艦娘!」
「…え?」
現れたのは純白だった士官服をすすだらけにした遠江の提督、水野だった
「その制服…あんた陽炎型ね!?…その娘は…!」
水野は抱えられている野分を見て驚く
「…俺の…親友さ…でももうただの廃船だ…」
嵐は皮肉るようにそう吐き捨てる
「馬鹿野郎!なーにが廃船だ!…かっこつけてるんじゃねぇわよ!」
こんな場面で怒られた嵐はキョトンとする
「あたしゃ今生存者探してんだ!あんたも一緒に来い!」
キョロキョロと当たりを見回すと、嵐に手を差し向ける
「ち、ちょっと待てよ…司令…伊豆の提督は!?」
「ああっ!?あいつら二人でとっとと逃げちまいやがったよ!だからあたしがこうやって駆け回ってんだろうが!…とにかく一緒に来い!」
「…いや…俺はここに残るよ…野分を一人ぼっちになんてさせられねぇさ…」
嵐がそう吐き捨てると水野は嵐の後ろ襟を掴む
「クソ馬鹿野郎がっ!てめぇそれでも陽炎型か!?」
水野の勢いに抱えてた野分を落としそうになる嵐
「…あたしの知ってる陽炎型はもっと闘うことに誇りを持ってる…!逃げるのも闘いだ馬鹿がっ!!」
水野がそう怒鳴ると同時に、ばきばきとコンクリートが剥がれ、近くの建物が崩れる
「!?」
「…おらぁぁぁああっ!」
間一髪
水野が嵐達を引いた事により崩れてきた瓦礫に巻き込まれることはなかったが…
「…ぐぅ…」
「お、おい!水野提督!」
飛んできた木片が水野の太ももに突き刺さっていた
「…んなもん屁でもねぇわよ…!」
そう言うと水野は半狂乱状態の嵐を勢いよく抱きしめる
「!?」
その包容は強く…しかしどこか安心する抱かれ心地だった
「あんたの気持ちは痛いほどわかる…でも今は悲しんでる時じゃない…!…頼むよ…これ以上…あんたら陽炎型の死ぬ姿を見たくねぇのよ…」
「う…うう…」
嵐にとって伊豆の基地では決して感じられることのなかった誰かからの感情、暖かさ
「…うん…うん!わかった…行くよ、一緒に行く!」
「…良い娘だ…さぁ!付いてきな…!」
野分を抱え、足を曳きながらの水野とともに燃え盛る浜辺から逃げる嵐
水野は沖に浮かぶ郭の姿を見て願う
(…死ぬんじゃねぇわよ…坊っちゃん共…!)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
グリーンライン泊地、仮設基地跡
爆撃が起きて建物が半崩壊してからは医療部隊が即席の治療所として小林大尉を中心に人、艦娘問わず怪我人を治療していた
「痛ぇ、痛ぇよ…!」
「鎮痛剤!」
「こっち運んでください!早く!」
「う…うう…」
現場は大混乱
衛生士官でなくても医療班に付き添って治療を手伝う者や、怪我人を即席の診察台に乗せる手伝いをする艦娘等、表に落ちる爆弾と砲撃の音を聞きながら彼らは慌ただしく活動していた
「先生ー!診てあげてー!」
そう叫び、現場に飛び込んでくる水野
「…水野中佐!?…ああ、良かった!ご無事だったんですね!?」
ところどころ破れた白衣を着て片方のレンズにヒビが入ったメガネを掛けた小林が、飛び込んできた水野の姿を見て驚く
水野は木片の刺さった足を引きずりながらパイプ椅子にどかりと座り込む
遅れて入ってくる嵐
「くぁーっ!…ええ、なんとか元気にやってますよ…!証拠にダンスでもしましょうか?」
「あはは…いえ、結構です…それよりも、私の方でもさっきから総司令官と今川中将に無線呼び出しを行ってるんですが…」
衛生士官が水野の治療をするために近づくと水野は手を振って衛生士官を止める
「あー!あたしは良いから嵐達を…そっちの艦娘を診てやって!早く!」
士官にそう怒鳴り、嵐達を指差す
指示を受けて嵐達に近づく衛生士官
「…!?」
衛生士官を警戒する嵐
野分を抱きかかえる腕には力が入る
「安心しなさい…獲って食いはしない…彼女を診せなさい…」
衛生士官の真剣な顔を見て嵐は野分の傷口を衛生士官に見せる
「…」
野分の容態を診た衛生士官は険しい顔をする
「な、なぁ…野分は…治るよな!?なぁ!?」
嵐の必死な問いかけに衛生士官は首を横に振る
「…残念だが…」
「ざっ「ざっけんなゴラァ!!てめぇ医者だろうが!…いっててえぇ!」
嵐よりも先に怒鳴ったのは別の衛生士官に治療をされてる水野だった
「水野中佐!…他にも患者はいます…お静かに」
小林がそう叱ると水野は黙る
「…!!くそ…」
傷口の手当をされてる水野は顔を天井に向ける
「…あー…ごめんな…嵐…あたしがもっと早くあんたらを見つけてたら……」
泣き顔を見せまいとの行動だったのだろう
水野は鼻を啜りながら嵐にそう詫びる
「…いや、良いんだ…ありがとう…水野提督」
ビーチの時と違い、冷静にそう返す嵐
水野は小林に顔を向け
「…先生…源も今川も…あいつらとっとと逃げましたよ…奴らに無線を入れる必要はねぇわね」
そう水野に教えられた小林は目に見えて肩を落とす
「…なんて事だ……」
「あぁっ!どけどけ!…どくんだ、邪魔だっ!」
腕を抑えてそう言いながら治療所にずかずかと入ってくる恰幅のいい男性
駿河の将校だった
「…少将…?どうされたんですか?」
小林は将校の肩の階級章を見てそう尋ねる
「ああ…軍医か…いや何…東の海岸でバーベ…食事をしていたら爆撃に巻き込まれてな…大怪我をしてしまったのだ。早く治療しろ」
そう言った将校は小林に腕を見せる
しかし大怪我と言う割には数本引っかき傷がある程度で消毒を塗る必要すらないかすり傷だった
「…少将…申し訳ありませんが他にも重「早くしろ、軍医」
「…お待ち下さい」
将校の言葉を聞いて薬品の置いてある棚の方へ向かう小林
「…ん?…おい、駆逐艦…貴様艦娘のくせに何故こんな所に座り込んでいる?」
将校は野分を抱え、診療台に腰掛ける嵐に絡む
そして野分の状態を見て顔をしかめる
「ああっ!?なんだよコイツ…死体なんて抱えやがって気持ちわりぃな!」
「ぅあっ!」
将校は野分を蹴ろうとしたが、咄嗟に野分を庇った嵐に蹴りが入る
「「「!?」」」
その光景を見てた衛生士官達は将校に視線を向ける
こめかみに青筋を立てた水野も傷口を縫われながら真横に立つ点滴スタンドに気がつき、将校にぶん投げてやろうかと思い手を伸ばす
「ぐがっ!!」
だがその時、嵐や水野、他の士官たちよりも真っ先に将校に殴りかかった者がいた
「…あんた…なんで…」
目の前で行われた行為に目を丸くして驚き、呟く嵐
がしゃん、と医療器具の置かれた台にぶつかり、倒れる将校
将校を殴りつけたのは小林だった
「…はぁ、はぁ…!」
きっと治療をする事があっても人を傷つける事などした事はなかったのだろう
将校を殴りつけた小林の右手は震えていた
嵐は足元に当たった何かに気づく
「…!」
それは殴られ、転倒した際に将校が落とした拳銃だった
嵐は水野や小林を見るが誰も気づいていない
「くっ…い、痛い…!何をするクソ軍医!?」
肩で息をする小林は投げつけられた暴言を無視し、頬を抑えて座り込む将校を見下ろす
「…殴られたのは初めてですか?…駿河の将校は随分と貧弱ですね…その怪我も大方、駆逐艦の少女を連れ込んで引っ掻かれて逃げられたのでしょう…可哀想に…」
「…くっ…な、何を馬鹿な事を…!」
図星を突かれた将校は反論しようとするが言葉が出ない
小林は続ける
「それにこの娘は死体ではありません。…遺体です!…艦娘を物としか…道具としか見ない愚か者を治療する者は私の部隊にはいません…」
小林はそう言ってガーゼと薬品の小瓶を座り込む将校の足元にゴミを捨てる様に落とす
「…治したければご自分でどうぞ。貴重な薬品ですが少将殿の為なら仕方ありませんね。差し上げます」
「………」
黙って、悔しそうに落とされ地面を転がる薬品の瓶を見つめる将校
「…被害地や災害地…戦場で医者に逆らわない方が良いですよ…それは死に直結する愚かな行為ですから…それに階級が上でも、お金を持っていようとも脅されようとも…我々は重症者を優先します。御理解できましたらどうぞお引取りください」
「…クソがっ!」
最後っ屁に暴言を吐いて治療所から走って去っていく将校
小林は落ちた薬品等を回収し、嵐の目の前にしゃがみ込み視線を嵐に合わせる
「…大丈夫でしたか?…怖い思いをさせてすいません」
小林は嵐に対して頭を下げて謝罪する
「…あ、いや…大丈夫…す」
「…あっはははは!いい気味だわあのクソ少将!…くくく…良い啖呵だったわ!小林先生!いたたた…」
足に包帯を巻かれた水野は小林の行為を大絶賛、腹を抱えて大笑いをする
「…笑わないでくださいよ……さぁ、これを」
「…これ…は?」
恥ずかしかったのか、顔を赤くした小林は嵐に濡れタオルを差し出す
「それでその娘のお顔を拭いてあげなさい…そんなに汚れたままじゃあせっかくの可愛らしいお顔が台無しですよ」
「あ…ああ…ありがとう…ございますっす…」
嵐はぬれタオルを受け取り、丁寧に、優しく野分の顔を拭いてあげる
「…うん、お上手ですよ…ほら、綺麗なお顔だ…」
「…うん…ありがとう…先生…」
嵐と小林がそんなやり取りをしていると、水野の持つ無線機が機械音を発する
「「「!?」」」
その場にいた士官たちも水野に視線を向ける
「おぅ!モガか!?」
『あ!提督!やっと繋がった!そっち大丈夫!?』
秘書艦最上の声を聞いて気持ち安堵する水野
「…ああ、あたしはなんとかな…だが泊地は地獄だ…今川と源のクソッタレコンビもトンズラこいちまった…」
『そ、そんな…!……提督……疲れてるだろうけど…僕達ちゃんとした指示がほしいんだ!』
「…まかせな!あのゴキブリ2匹が居なくなったからむしろやりやすくなったわ!…そっちの戦力はどうなってる?」
『半分近くが嵐で遭難!伊豆の航空部隊はゼロ、駿河の誘導部隊は一戦隊のみ、ウチは全員いるよ!』
最上の無線を聞いた水野はすぐに考える
とんとんとん、と自分の足を指で叩くと、"うん"と一言
「モガ!菱作戦続行だ!だが編成、作戦内容を変更!ざっくり説明するわよ!」
『了解!…その前にもう一つ報告が…』
「…あん?なんだよ…」
「………はぁ?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「しぶといわね…三航戦…」
龍驤達がいなくなってから航空戦を展開していた翔鶴達と隼鷹達
「…酒が…あれば…もっとしぶとくなれるよ…へへ…」
隼鷹達を追い詰めたのは翔鶴、瑞鶴だった
飛鷹、天津風と沈め、隼鷹の航空戦力をも沈黙させた
戦闘が終わり、翔鶴と瑞鶴は身体が海面に半分沈む隼鷹を見下ろしていた
なお瑞鳳と朝潮は、翔鶴達の攻撃を受けていた隼鷹達のすきを突いて三航戦の陣をかいくぐり、先に龍驤達を追いかけに行ってしまった
「へへへ…飛鷹も天津風も沈んじまった…よく仲間を沈められるよな…一航戦様はさ」
「貴女達も瑞鳳を攻撃していたじゃない…それに、貴女達はもう仲間なんかじゃないわ…ただの反逆者よ」
氷のような眼差しで海面に辛うじて浮かんでいる隼鷹を更に強く睨む翔鶴
「…反逆者…ねぇ…そりゃあ…あん…た…だ……ろ…」
そう言い残し、そのまま静かに海に沈んでいく隼鷹
彼女が沈みきるのを確認すると隣に立つ妹に声をかける翔鶴
「…さぁ、朝潮達のもとに行くわよ、瑞鶴…」
「…翔鶴姉…やっぱり…こんなの…」
顔を歪ませる妹を見て翔鶴は笑顔になる
「…大丈夫よ瑞鶴…この娘達は命令に背いて連合艦隊を危険な目に合わせようとした反逆者…作戦報告にもそう書かれるわ…だからなんの心配もないの」
「…」
「さぁ、瑞鶴…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「んなアホな…そないな理由でうちらを殺そうとしとるんか…あのヤンデレ鶴は…」
ボートで逃げはじめて十数分
翔鶴達が勝手に郭から飛び出していった経緯を松井が龍驤に説明すると、龍驤は呆れたように呟く
「…ああ…馬鹿げてるぜ…」
清原も悔しそうに拳を握る
「…こんな事…絶対に許してはいけません…今回の事は加藤…いえ、僕の直接の上官に報告をして彼女達には然るべき処罰を受けてもらいます!」
「…あとブタ提督とロリ提督の事もな…あいつらやってる事が人間じゃねぇ…」
清原の言葉に松井は強く頷く
「…もちろん…!…その為にも今は逃げ切って…このまま水野中佐の元へ行きましょう!」
龍驤は水野の名を聞いて驚く
「…水野…遠江の提督…大丈夫なん?」
清原は力無く座席に寄りかかる龍驤の頭をガシガシと撫でると笑う
「…まっつんから色々聞いてな…あのオバちゃんなら信用できるぜ」
「…ええ、水野中佐ならきっと協力してくれます!」
松井はそう言ってボートの速度を上げる
「…!?まっつん!?」
清原が驚き、バランスを崩しかける
「…後方!…航空隊接近!!」
松井が叫び、龍驤がボートの後ろを見ると数機の艦功が近付いてきていた
瑞鳳の艦載機だった
「あーっ!くそっ!小さくてもやっぱ戦闘機だな!…追いつかれる!」
「…!やっぱりうちは降りる!清やんやまっつんにこれ以上迷惑かけられへん!」
「駄目だっ!お前は…絶対死なせねぇよ!なぁ、まっつん!」
「…ええ!もちろん!」
「…まっつん…清やん…」
龍驤が松井と清原を見つめるも、直後に瑞鳳の艦功から機関銃射撃をされる
「!?」
数発被弾、更に弾丸に弾かれたボート後方のハッチの破片が松井の後頭部に直撃
「「まっつん!」」
清原と龍驤は松井の名を呼ぶも当人は舵輪に覆い被さったまま気絶してしまった
エンジン部分にも被弾したせいでボートは黒煙を上げ段々と速度が下がっていく
「…くそ…!」
「…き、清やん…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…やぁーっと捕まえた!…もう、めちゃくちゃ疲れたんだから!」
ついに停止し、波に揺れるボート、気絶する松井を抱きかかえた清原は海面で仁王立ちする瑞鳳を睨む
「…やぁ、瑞鳳…なんや…メイクでも落ちたんか…?」
力無く瑞鳳にそう声をかける龍驤
見れば朝潮こそ小破状態で目立つ怪我は無かったが、隣に立つ軽空母瑞鳳は道着がボロボロになっており、何よりもその愛らしかった顔の半分が、片方目が潰れ、こめかみから顎にかけて大きなキズが出来ていた
「…面白い冗談ね…!これはあのガキがっ…!天津風のバカにやられたのよ!」
声が裏返りながらそう叫ぶ瑞鳳
「…可愛い可愛い私の顔を…あのっ!…クソアマがぁっ!!」
「…なんや…ちゃーんと仕事したやんな…うちの三航戦は…」
皮肉を混じえて力無く笑う龍驤
この態度に苛ついた瑞鳳は高笑いをした
「あははは!!…でも直ぐにバラバラにしてあげたけどね!今頃魚の餌になってるんじゃないの!?」
「…瑞鳳さん…落ち着いてください」
興奮する瑞鳳と違い、落ち着いた声で瑞鳳を落ち着かせる朝潮
「…龍驤さん…清原憲兵巡査…大人しく捕まってください…今なら私から翔鶴さんや閣下を説得します」
「はぁぁあああ!?なぁに言ってんの!?朝潮あんた馬鹿じゃないの!?」
瑞鳳が朝潮に噛み付くが朝潮は続ける
「…そもそも反逆の判断を閣下ではなく翔鶴さんがした事が間違いです。一度冷静になって話し合「だ!か!ら!…馬鹿なこと言わないでよ!」
「…」
「…」
清原と龍驤は朝潮と瑞鳳のやり取りを警戒しながらも黙って様子を見る
「…馬鹿な駆逐艦が馬鹿な事言って…もういいわ…私がこいつ等を殺してやるんだから!!」
「やめろ!」
「…くっ!」
弓を龍驤達に構える瑞鳳
気絶した松井と龍驤を抱きしめる清原
「…わかりました」
そう言って朝潮は弓を構える瑞鳳の前で出る
そして主砲を清原達の乗るボートに向ける
ようやくやる気になったか、そう思った瑞鳳は安堵し弓を下げる
「…あ、朝潮…」
「…やめるんだ…チビ助…!」
龍驤と清原が朝潮に声をかけるも朝潮の眼は二人から離さない
「…ちゃっちゃとやってよね…それに…あんたも私に反抗したんだから…帰ったら閣下に言いつけやるんだからね!朝潮!」
瑞鳳が朝潮の後ろから嫌味を言うと、朝潮の口元がほんの少しだけつり上がる
「…ねえ、龍驤さん」
「!?」
朝潮が一言問い掛ける
「…今、ピンチですか…?」
清原と瑞鳳は朝潮の放った言葉の意味を理解できないでいた
「…朝潮…?」
「…今、ピンチですか?龍驤さん」
再度問いかけてきた朝潮の顔はとても真剣だった
龍驤は諦めたように、少しはにかんで笑う
「…せやな…ピンチもピンチ…絶体絶命や…たはは…」
龍驤のその言葉を聞くと、朝潮は龍驤と清原に向けて、一瞬だけ優しく微笑む
そして深呼吸を一つして
「…ちょっと…朝潮何やってん「…黙りなさい」
そう短く呟くと、朝潮は身体を半回転させ、背後にいた瑞鳳の腹部目掛けて主砲を2発砲撃
「ぎゃっ!!」
至近距離砲撃の衝撃で背後に吹き飛び、海面に倒れる瑞鳳
「!?」
「朝潮っ!何を!?」
清原達は朝潮の突然の行動に驚き、龍驤は朝潮の名を叫ぶ
「はっ…はひっ…ぐ…あ、あさ…あささ…朝…なん、で…」
足元が少し沈んだ瑞鳳は腹に穴が空き、傷口から臓物が垂れ流しになりながらも朝潮を見上げる
「…」
朝潮は何も言わずに瑞鳳の目の前まで移動し、倒れ込む瑞鳳の右腕を掴む
怯え、舌がうまく回らない瑞鳳
「…や…何…何!?…やめれっ!朝潮っ!」
朝潮は左腕で瑞鳳の右腕を掴みながら、右手に構える主砲を瑞鳳の右ひじに当て
「っぎゃぁああっ!!」
砲撃
朝潮のゼロ距離により右肘から先が千切れた瑞鳳は海面をばしゃばしゃとのたうち回る
瑞鳳の右手を持ったまま無表情で彼女を見下ろす朝潮
「朝潮!やめや!なんでそんなことするんや!」
龍驤が必死に止めようと声をかけるが、朝潮は瑞鳳から目を離さない
「やめっ…やめてよ朝潮…はぁ、はぁ…ほ、ほら…右手怪我しちゃったし…ぅうう…や、やめよ?ね?ね?」
瑞鳳のいる海面には先のなくなった右肘から真っ赤な血が流れる
ひくひくと強張った作り笑顔で朝潮を止めようと瑞鳳の口は動く
「…私達っ!仲間っじゃん!…やめてよ!朝潮っ…んがくくっ!!」
声を張るために大きく開いた瑞鳳の口に主砲の先端を突っ込む朝潮
「んーっ!んんーっ!!」
「ん
朝潮は瑞鳳の命乞いにも表情を変えることなく砲撃
瑞鳳の頭部は前顎だけを残し、海面にばら撒かれた
「…チビ助…なんて事を…」
返り血を浴びた朝潮の制服は真っ赤に染まり、龍驤達の乗るボートへ瑞鳳の腕を持ったまま近づいてくる
「…朝潮…」
「…反逆を起こした敵"軽空母"はこの朝潮が討ちました…討伐終了…これより帰投します」
そう言って龍驤達に敬礼し、背を向ける
その姿を見た龍驤はいつか朝潮を助けたときの事を思い出し
「………朝潮っ!」
「!?」
「…り、龍驤?」
龍驤達から離れようとする朝潮の名を呼び、手を伸ばす
「うちらと一緒に…来んか?」
「………龍驤…さん…」
なぜそう言ったのか、龍驤もわからない
しかし本能でわかる
きっと朝潮をこのまま戻らせたらいけない、と
手を伸ばす龍驤と同じように清原も朝潮に手を伸ばす
「…こいつが良いってんなら俺も構わねぇよ…来いよ。チビ助」
「…清原憲兵巡査…」
朝潮は向けられた二本の手を見つめ自分も手を伸ばそうとする
しかし自分が握る瑞鳳の手を見てはっとする
小さくふるふると首を横に振る朝潮
「…行けないわ…私は行けない…」
考え、迷ったが朝潮は小さく答えた
「なんでや…!源のヤツの…あんなヤツのところに戻る必要なんてあらへん!」
「あんな人でも!」
朝潮は龍驤に向かってニコリと笑う
「あんな人でも…それでも私の……司令官…ですから…」
「…!」
艦娘が提督を想う
きっと至極当然の事だ
そう考えれば龍驤も朝潮の気持ちは理解できる
理解できるからこそそれ以上朝潮には何も言えなかった
「…良いんだな?チビ助…」
何も言えず下をうつむく龍驤に変わり清原が朝潮に確認する
「ええ…お誘いありがとう。嬉しかった…本当に…」
そこまで言うと朝潮は眉間に眉を寄せ
「…翔鶴さん達が追いついてくる…私はもう戻ります…それとこれを…」
朝潮が取り出したのは一本のステンレス材質の小さなボトルだった
「…高速修復剤、と明石さんが持たせてくれました…おかしいですよね…渡してきたのが一本だけなんて…」
朝潮から渡されたボトルを受け取り、龍驤が恐る恐るそれを飲む
すると龍驤の怪我をしていた身体の箇所がみるみる修復されていく
艤装への燃料とボーキサイトは補充されなかったが、身体の怪我のみ治るようだ
「…それでは私はこれで…」
「…おい、チビ助」
ボートを離れようとする朝潮を呼び止める清原
朝潮が振り向くと、清原は松井を抱きかかえあげる
「…艦娘って人間より力あんだろ?…こいつを…まっつんを連れて行ってくれ」
「…なんで…」
朝潮が問うと清原は鼻で笑い
「…俺はどうせチンピラさ…どんな扱いされても文句はいえねぇ…だがこいつは俺が無理矢理連れてきちまった様なもんだからな…元の場所に帰してやって欲しいんだ」
郭を離れたときから清原はずっと松井を心配していた
きっと松井は良い奴だ
今の今まで清原は思っている
恐らく今まで友達はいなく、勉強と…空き時間ができればアニメばかり視ていたのだろう
いつもおどおどしてて声をかければ声を裏返して返事をする、優柔不断で物事をはっきり言えず周りに流される…
好青年の見た目に反して中身はまるで内気な少女だ
しかし誰よりも優しく、誰かのために動ける男だ
実際に清原の下手な芝居に流されても、龍驤達を助けるために清原に付いてきた
野分や白雪がテレビを視たいと遅い時間にやってきても快くその願いを聞き入れ、また理不尽な暴力を清原から受けてもさらりと許す
たった数日一緒にいただけで清原にとっては大きい存在になっていた
だからこそ
「……こいつにはそっちで頑張ってもらいてぇんだよな…俺みたいな半端モンと一緒にじゃなくて…」
「…清やん…」
清原はひひひ、と笑う
「…きっとまっつんは大物になるぜ?…海軍を変えてくれる大物にな…」
「…わかりました…責任持って私が連れて帰ります」
「サンキューな…よっ…っと…ほら、大丈夫か?…」
朝潮はボートの外側から松井の身体を清原から預かり、その小さな背に乗せる
「…それでは…きっともう二度と会うことは無いでしょう…お元気で」
松井をおぶった朝潮は清原と龍驤に小さく頭を下げる
「ああ…チビ助もな」
「…」
何も言えなかった龍驤は清原の横に立ち、泣きそうな顔で朝潮を見つめる
そして意を決し、頭につけていた艦橋デザインのサンバイザーを外し、震える手で朝潮の頭に乗せる
「…龍驤…さん?」
キョトンとする朝潮に"にひひ"と笑う龍驤
「…それ…うちの首の代わりや…証拠になるやろ…それと…」
龍驤は眼から涙を流し、笑う
「…朝潮…色々…ありがとうね…」
「…」
「…それと…ごめん…」
朝潮は目を瞑る
そして頭の中の想いを払拭し、笑顔を向け一言
「…さようなら、龍驤さん」
いつからか朝潮は笑わなくなった
基地の環境のせいか、当時の頼れる一航戦旗艦が沈んだせいか、源が薬物に手を出した頃か…
朝潮は基地を、源を、そして自分自身を守る為に心に鍵をかけた
しかし今回の作戦による環境のせいか、松井、清原と出会ったおかげか
朝潮の心も変わりはじめていたのだ
何かを決心したのか、見た目相応の笑顔を龍驤達に見せると、松井をおぶり、瑞鳳の手を持って清原達の乗るボートから離れていく朝潮
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
朝潮は知っていた
龍驤がいつでも自分のことを見ててくれたことを
常に自分に手を差し伸べていてくれたことを
実は裏で戦艦や重巡、空母達の対応や面倒を見てくれており、朝潮がいろいろと動きやすくしてくれていた事を
龍驤は知っていた
朝潮がいつも自分のことを気にしていてくれたことを
自分の差し出した手を掴もうと必死に足掻いていたことを
表立っては公言してないが、朝潮の駆逐艦達や軽巡、潜水艦達へのフォローが無ければ、今頃伊豆の基地には首を吊った艦娘達でいっぱいになっていただろうという事を
性格が、感性が、想いが違う二人が頑張っていたからこそ伊豆の基地は生きていた
しかしもうお互いを見ることはできない
もう手を掴むことはできない
均衡を保っていたものが崩れたのだ
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕日の落ちる海上
龍驤達から離れ、翔鶴達と合流するために海を翔ける
朝潮の眼からは止めどなく涙が溢れてくる
我慢していた感情が崩壊する
鍵をかけて幽閉していた心が燃えだす
「…ぁ…あ…ぁぁぁぁぁああああああーー!!…うぁぁぁああああー…ふぅぁぁあああ…」
心に空いた小さな穴は次第に大きくなり決壊
まるで親を失った子供のように朝潮は大声を出し、海の真ん中で泣いた
それこそ喉が裂けるほど
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…みんな…いなくなってしもたなぁ…」
エンジンの停止したボート
その運転席に力なく座り込む龍驤
「…酒入ってないはずなのにいつもテンションの高い隼鷹…そんな隼鷹を冷静に突っ込んでた飛鷹…時津風はいっつもアメちゃんくれくれってうるさくってなぁ…それにこないだなんてあのお初が素直にうちに謝ったんやで?…あはは…」
ぼそぼそと独り言のように喋る龍驤
清原は何も言わず運転席の後ろから龍驤を優しく抱きしめる
「天津風…みんな…う…うう…」
「…」
ぼろぼろと涙を流し、頬を濡らす龍驤
清原は龍驤を片手で抱きしめながら頭を撫でる
「…清やん…うちは最低や…みんなが沈んだってのに…うちは…うちは…」
龍驤は血が滲むほど唇を噛む
「…清やんと一緒にいられて…めっちゃ嬉しいんや…」
抱きしめられた清原の手を握る
「…良いんだ…良いんだよ…龍驤」
「…なぁ、清やん…」
「…ん?」
ぐしぐしと涙を払う龍驤はボロボロの自分の制服の裾をギュッと掴む
「…こないな場所でお願いする事やないのはわかっとる…」
「…龍驤…?」
抱きしめられた腕を解いた清原は徐々に見えてくる龍驤の真っ白な背中に視線を向ける
「…どうか…お願いや…」
少しずつ制服を取っていく龍驤
龍驤の行動の意味を理解してか何も言わずに見つづける清原
「…今だけは…全てを忘れさせて…」
泣きながら顔を赤くし、露わになった白い肌を清原に見せると恥ずかしそうに小声でそうお願いする
清原は頭をぼりぼりと掻き
「…馬鹿だな…お前は…」
そう返すと龍驤の白い肩を両手で掴み
龍驤を優しく押し倒す
「……抱くぞ、龍驤」
「…うん…」
夕日の沈む大海原
そこに浮かぶ一隻のボートの上で青年と少女は肌を重ねる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はぁ……はぁ……くそ…ファック!ファックファックファック!!…あのクソ豚がぁ……」
カガの航空隊の攻撃が止んだグリーンライン島から、ミッドウェー島とは違う沖に立っているのは伊豆の艦娘、アトランタだった
所々にアザがあり、身に着けていた衣服はボロボロになっている
何よりも大きく見た目が変わったのはその髪の毛だろう
ボリュームのあった桃色のツインテールは無惨にも坊主に近い短髪になっていた
「…はぁ…はぁ…」
満身創痍のまま月の光を頼りに海を滑るアトランタ
しかし限界が近いのか海面に倒れ込む
「…はぁ…はぁ…く…ぅ…うぅ…はぁっ……」
海面に倒れ込んだアトランタは悔し涙を流す
実は源の性欲と暴力の捌け口と化していたアトランタはグリーンライン島に入る前から源の性欲ペットの様な扱いをされていた
そんな状況に嫌気がさした彼女はカガ航空隊の爆撃を利用して源から逃走
今に至る
「…このまま……沈むのもあり…かな…」
アトランタの心は酷く疲弊していた
着任当日で強姦され、出撃にも演習にも出させてもらえず陵辱されつづけた彼女の心は真っ暗な深海へと堕ちようとしていたのだ
「やっほー」
何も考えず目を閉じようとしていたアトランタに呑気な声がかかる
「…ぁ……?」
軽巡洋艦川内だった
川内は倒れ込んだアトランタの目の前に月を背にして海に立っていた
「…あん…た……誰?」
「…夜はやっぱ…良いよねぇ……もう捨てたはずの心も踊りだすよ…」
「……はぁ?……だから…あ「川内。軽巡洋艦川内」
名を聞いたアトランタは力無く川内を見上げる
「…ああ…そう…何よ…あたしを連れ戻しに来たの?…それとも…沈めに来たの?」
アトランタは自嘲気味にそう笑うが川内は表情を変えないで楽しそうに笑っている
「…ねぇ…仕返し…したくない?」
「…はぁ…?仕返し…?」
アトランタの考えていたものとは全く違う答えが返ってきて思わず聞き返す
「そう…源が貴女に対してやった事は知ってるよ。全部見てた…」
「…そう…楽しかった?」
くくく、と笑いながら聞き返すアトランタ
「あはは…ごめんごめん…色々あってさ…助けられなかったんだ…」
「……別に…どうでもいい…」
「…でもよーく我慢できたよねぇ…他の娘に擦り付けることだって出来たのに…」
川内がそう問うと、アトランタは海面に仰向けに寝転ぶ
「…US…あたしは誇り高きアメリカ海軍のアトランタだ…あたしがいなきゃアキヅキとハギカゼがもっとヒドい目に合う…艦種も国も違うけど…同じ日に産まれた姉妹をそんな目に合わせられないと思っててね…」
「…良い奴だね…」
「……はんっ…でもあのちびっこ秘書艦のお陰でアキヅキもハギカゼも一航戦入りしたからね…安心して逃げた訳よ…」
川内は知っている
作戦途中で萩風は沈み、秋月は仲間殺しの光景を眼にして心が壊れてしまった事を
しかしアトランタは知らない
彼女は、きっと萩風も秋月もあの翔鶴に着いて今も一航戦として作戦を行っているのだろう、と思っていた
「…このまま沈むくらいならさ、私と一緒に行こうよ」
川内はアトランタに手を差し出す
アトランタは差し出された川内の手を見つめる
「…whats?…どこへ行って何をするのさ…」
『海軍を変える』
「…って、私が誘われた時に言われた言葉…今はこれしか言えないけど…貴女の協力が欲しいんだ…お願いだよ」
海軍を変える
たった一言の理由にアトランタは心を打たれた
なんて単純で、なんてわかりやすい理由だろう、と
艦隊を手助けしてほしい、でも共に戦ってくれ、でもない
ましてや正義だの平和だのとウダウダ講釈垂れよりよっぽどわかりやすい
そして何よりも自分が頼られていると言うことが単純に嬉しいのだ
誰かを守れる、誰かのために戦える
衰弱しきったアトランタの心を動かすにはその一言の答えで十分だった
川内の真っ直ぐな眼を見てアトランタは吹き出す
「ぷ、くくく…なるほどね…わかり易くて良いね…オーケィ分かった…よろしく頼むよ…」
アトランタはそう笑って川内の手を取り立ち上がる
「あれ?なんかあっさりだね…良いの?」
「あ?…そっちから"お願い"したんでしょ?…お願いなら…聞いてあげようって思っただけだよ」
「…ありがとう」
「改めてよろしくね…ええと…シンディー?」
「ぶっ!なーにそれ!?私は川内!せ・ん・だ・い!」
「だーからシンディーでしょ?…ほら…お願い聞いてやるから肩貸しなよシンディー」
川内は頬を膨らましアトランタを怒る
「だからっ!川内だって!だいたいそのメリケンチックな呼び方やめてよ!」
「はいはい…さっさと行こうよシンディー」
「くぁー!!」
「ふふふ」
満身創痍、フラフラだったアトランタは川内の肩を借りながら、二人揃って夜の海へ消えていった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…ここは…」
「…韮山の船内医務室ですよ。松井補佐官」
「…明石さん?」
松井は目が覚めると巡洋艦韮山内の医務室、そのベッドの上で目が覚める
目の前にはいつかの時と同じように明石が椅子に座って珈琲を飲んでいた
「…以前にも見たような光景ですね…」
「…そう、ですね…」
「大丈夫ですか?痛みはありませんか?」
「…ちょっと…頭がぼーっとしてますけど…はい…大丈夫です」
「それは良かった」
まだ意識がはっきりしていないのか少しぼうっとする松井だったが、ぽつりぽつりと記憶が呼び覚まされ、はっとする
「……きっ…ききき!清原さんと龍驤さぁふぁふぁっ!」
清原と龍驤の事を聞き出そうと興奮した明石が松井の口を抑える
「?????」
「…しー…お静かにお願いします…」
いつになく真面目な顔でそう言った明石の迫に圧されこくこくと頷く松井
「…多分松井補佐官がお気を失ってから半日近く経ってます…色々ご説明しますね?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結果として、三鎮守府合同での菱作戦は失敗となった
巡洋艦郭を含めた連合艦隊は予想していなかった嵐に合い半壊、更に泊地への敵航空爆撃隊からの攻撃を受けそれに応戦するために撤退
それに伴い源と今川は作戦本部から一時逃亡
指揮が止まり、混乱する中、水野の機転によりなんとか戦線は持ち直したが、泊地も大損害
敵航空爆撃隊の攻撃が止むと水野の指揮のもと、遠江艦隊のみで菱作戦を決行
見事ミッドウェー島敵泊地への攻撃を成功し、敵艦隊群を掃討する事が出来た
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…丁度遠江艦隊が作戦を再決行していた時にうちの一航戦はこの韮山に帰投してきました。その時朝潮さんが気を失ってた松井補佐官を連れてきたんです」
「…朝潮さんが…」
「『松井准将補佐官は反逆を起こした三航戦に誘拐され無理矢理ボートを操縦させられていました』って翔鶴さんは言ってましたけど…」
「…そんな…馬鹿な事を…」
松井の反応を見て明石ははぁ、とため息
「…でしょうね…まあ色々あったのはお察ししますが…」
そこまで話すと明石は表情が暗くなる
「…えと…その…大変言いにくいんですが…」
「…はい」
「清原憲兵巡査と、三航戦は全員……その…一航戦により沈められました…」
「…そんな……そんな!」
明石から聞き、両手を震わせる松井
「…秋月さんと朝潮さんが彼女達を沈めた"証拠"を持ってきてまして……」
「……」
ベッドに座り込む松井は頭を抱える
様々な感情が巡り、松井を苦しめた
「…ぼ、僕がちゃんと止めていれば…僕が何もできなかったから…僕のせいだ…僕のせいだ…」
松井がぶつぶつとそう言い始めると明石が松井の事を抱きしめ、落ち着かせる
「…違いますよ…松井補佐官…貴方は悪くありません…不幸が重なっただけです…」
「う、ううう…ぁぁあ…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…すいません…取り乱してしまって…」
「…いいえ…お気になさらずに…」
明石はそう言ってベッド横の台に置いてある珈琲の入ったカップに目を向けるがふるふると自分に言い聞かす様に首を横にふった
「…それで…白雪さんは…」
「彼女なら今遠江艦隊と一緒にいるはずです…あちらはまだ帰投していませんから…とはいえ次に会えるのはグリーンライン島ではなく伊豆の基地になると思いますが…」
「…え?…この船は何処に?」
「…既に伊豆へ帰っている最中です……駿河と遠江の人や艦娘を泊地へ残して…」
松井は意味がわからないといった風に困り顔になる
「…伊豆と駿河を差し置いて遠江艦隊が作戦を決行したのが相当お気に召さないようで…」
「そ、そんなの…源中将が作戦途中に勝手に逃亡したから…!」
声を荒げる松井だが明石が人差し指を口元に近づけ止める
「…とにかく…私達の作戦は終わりました…後は伊豆に戻って…ふふ…どうなるんでしょうかね?…これからどうなるかなんて想像も出来ません」
「…明石さん…」
自嘲じみた笑顔でそう言い捨てる明石に松井は何も言えない
「…それと…伊豆に戻ったら松井補佐官を東海支部に送り返すと閣下は仰ってました…早急に、と」
「…そんな…」
伊豆に戻っても白雪にも会えないとわかった松井は目に見えて更に落ち込む
「…松井補佐官」
「…はい」
松井の名を呼ぶと明石は姿勢を正し、頭を下げる
突然の行動に動揺する松井
「…きっと…きっと伊豆はこのままだと本当に崩壊してしまいます…無茶なお願いをしているのはわかっていますが…もう貴方しか頼れる方はいません…」
「…」
「…皆を…伊豆の艦娘達を助けてあげてください…」
明石は泣きながら松井に悲願する
松井は悩んだ
もちろん全力で、持てる伝は全て使ってでも彼女達を助けたい気持ちはある
しかし三鎮守府合同での菱作戦を失敗させた責任を取らされる事を考えればきっと自分はもう何もできない…
下手をすれば海軍にもいられないのかもしれない、と
しかし友人の姿を思い出すとそんな悩みは薄れていった
すぐに感情的になって、後先を考えない猪突猛進…なくせに意外と気にしやすく大事な人の為には命懸け行動する
(…次は…僕の番だ…!)
松井は決意を決めると口を開く
「…わかりました」
「!?」
「…どれくらい時間が掛かるかは分かりませんが…できる限りのことはやってみます…だから、泣かないでください」
「…ありがとうございます」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…どういう事でしょうか…」
巡洋艦韮山、その艦橋にて朝潮は源に呼び出されていた
「…今話したとおりだ朝潮…最初の深海棲艦は"一航戦"が討ち取った…反逆した三航戦もな…東海支部にはそう打電しろ」
翔鶴と瑞鶴を隣に立たせ、椅子に座りふんぞり返る源は朝潮にそう伝える
「掃討作戦に参加しなかったとしても、あの最初の深海棲艦の一角を討ったとあれば私の艦隊は上から注目を受ける…なんの問題も無い」
「閣下!…お言葉ですが最初の深海棲艦を討ち取ったのは三航戦です!それに三航戦が反逆を起こしたなんて「朝潮…」
源に反論する朝潮の言葉を遮る翔鶴
「閣下が仰る事が聞けませんか?」
心なしか勝ち誇ったようにそう言い放つ翔鶴
そんな翔鶴を見て眉間にシワを寄せる朝潮
「…閣下…何故ここに翔鶴さん達がいるのでしょう…その立ち位置は秘書艦の位置のはずですが…」
源は何を言っているといった風に首を傾げる
「…ここにいるのは赤城だ…朝潮よ…疲れているのではないか?」
「…!?」
朝潮が改めて源の表情を見ると彼はの眼は血走っており、焦点が合っていなかった
それを見て朝潮は確信を持つ
閣下はクスリを服用している、と
こうなっては会話にすらならないが…
「…では赤城さんが何故ここに?」
朝潮がそう言い直すと源はぐふふと涎を垂らしながら笑い
「最初の深海棲艦を討ち取った一航戦旗艦の赤城からの申し出でな…是非とも秘書艦を担当したいと聞かんのだ!がははは!」
「…そ、そんな…」
それと、と源は続け、朝潮を睨む
「…しかしながら今回の二航戦、三航戦の被害…それに作戦発動の合図を勝手に行った事…敵爆撃隊への迎撃の遅れ…どうやって責任取るつもりだ?」
源の言っていることが全く理解できない朝潮
「…な…一体何を仰ってるのですか…!?」
三鎮守府合同作戦
その作戦総司令官として東海支部は作戦内での全ての権限を伊豆海軍基地提督、源中将に与えた
それと同時に全ての責任も受け持つことになった
そう、松井は気づいていないが、彼が源の代わりに前線に出て作戦行動を失敗しようとも、責任は源が取ることになる
そして作戦失敗の責任を取らされることを恐れた源は違法薬物に頼り、意識が朦朧とする中翔鶴に言い包められ、無意味にも朝潮にその責任を擦り付けようとしているのだ
「閣下!お気持ちは解りますがお気をしっか「赤城よ…」
「は、閣下」
源が翔鶴を赤城と呼ぶと翔鶴は頭を下げる
「嵐が来ることを知っていて連合艦隊を出撃させたのはだれだ?」
「朝潮です」
「…なっ!?」
「では赤城よ…嵐に直撃している中進軍を命令をしたのは誰だ?」
「朝潮です」
「…!」
朝潮の顔がみるみる青くなっていく
覚えのない罪を次々被せられる朝潮
「"私は"対空装備にした方が良いと言ったはずだが…対潜装備にするべきと無理矢理具申したのは誰だ?」
「朝潮です」
「…朝潮よ…貴様の罪はまだまだあるぞ?…これはいかんなぁ…」
「…三航戦の反逆も朝潮が関わっていると見られます」
いつまでこんな茶番に付き合うのだろう
朝潮は絶望し、涙さえ流せず立ち尽くす
「基地に着くまで朝潮を貨物室にでも閉じ込めておけ…ぐふふふ…お前の処罰は基地に戻った後に行う」
「は、仰せのとおりに…瑞鶴、連れていきなさい」
源の命令に返事をして瑞鶴は朝潮の腕を掴むと扉の方へ向かう
「…か、閣下!なにかの誤解です!閣下!!」
瑞鶴に連れられていく朝潮
その声は段々と遠くなっていく
「…いかんな…朝潮が居なくなってしまった…代わりに支部に打電してくれるな?…赤城よ」
源がそう命令すると翔鶴は今までにない幸せそうな笑顔で答える
「…仰せのままに」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「以上、作戦終了とする」
「…お疲れ様、提督」
「まじで疲れたっての…あー…足痛ぇわね…」
「そんな事より提督よ!駆逐艦にフラれたというのは本当か!?」
「長門!うっせぇわ!劇画調で叫ぶんじゃねぇわよ!」
「あ、ごめ…し、しかし提督よ!気にすることはないぞ!?駆逐艦にフラれる気持ちは良くわかる!次があるさ!あっはっはっは!」
「…モガー!帰ったら戦艦一隻解体するわよー」
「わぁあっ!ごめんなさい!」
「…全く騒がしい1番艦ネ…もう少しワタシを見習うべきデス」
「…まぁ、でもフラレたってのもあながち間違いじゃねぇわね…」
「提督、詳しくお願いします」
「…大井っち…そこでキリッとしないでよ…」
「…伊豆の陽炎型の娘…うちに来なって誘ったんだけどさ…ケジメつけたら考えるってさ…」
「「「…」」」
「…司令官!…あれ!」
「ん?…あ!あー!!あたしのボート!鳳凰丸!」
(…名前ダセェ…)
「あ?木曽、なんか言ったか?」
「…いや?」
「…でも誰か乗ってる…けど……あ」
「……なーるほどねぇ…あのチビ助が言ってたのはあいつらの事か…」
「…どうするのだ?提督よ」
「…今回あたしは何1つ約束守れなかったからねぇ…秋雲の原稿も燃やしちまったし……」
「…助けてあげるんだね?」
「…へ、あったりまえだろ?…あたしは遠江の水野様だぜ?」
菱作戦を終え、グリーンライン島を目指し航行する遠江艦隊の巡洋艦は、エンジンが停止して海上を遭難する一隻のボートを発見していた
頂いたリクエストを元に書き上げました…
素敵な材料をありがとうございました
さてさて…
公言通り、清原と龍驤は無事結ばれるというハッピーエンドとなり、その他の方々は…まぁ、はい…人によってはハッピーエンドに…なったかもしれないですね。はい
…で、このあと朝潮がどうなったのか…源と翔鶴は?清原と龍驤の乗るボートがどうなったのか…
その辺りの後日談も書かせていだいていますので、次をお待ち下さい