「検査結果ですが。うつ病の可能性が非常に高いです」
「…え」
胸に秘めた決意は白衣を羽織った初老の男性の言葉で鎮火した
「お聞きした症状、それに先程行っていただいた診断テストの結果で考えれば、恐らく…ですが」
本郷は診察室の椅子から動けないでいた
「それって…治るんですか?」
おそるおそるそう問うた本郷の顔から血の気が引いていくのがわかる
「うつ病に関して何をもって完治したとははっきりとは言えません…それにこの診療所ではしっかりとした治療もできません」
警備府を出発して到着したのは警備府近くの港町にある個人診療所
来る前に調べるとなかなかの名医とのことで、本郷はこの診療所へ来た
きっと不眠症で、睡眠導入剤を貰えて…そんな淡い期待を持っていた中での医師からの一言
「…失礼ですが、お仕事は何をされてますか?」
「あ、あの…大隅警備府の…」
警備府の名前を出すと、先生の眉がピクリと動く
「なんや…海軍やか…」
数秒前まで優しそうだった初老の男性医師は少しめんどくさそうに眉を寄せる
「…う」
「おかし思たんや。関東もんやと知っちょったが…はぁぁ」
医師はポケットから煙草を取り出し私の前で吸い始める
「…んで、知っちゅーよね?この辺の人間が海軍はん嫌ってるて」
「…はい」
本郷はよくわかっている
警備府、鎮守府は基本日本各地の港町や海沿いの土地をベースに設置、建築される
海からの強襲者、深海棲艦に素早く対応する為でもある
故に港町、鎮守府近郊の町は深海棲艦の格好の的であり、被害が出やすい
中には近隣の方達と仲良くできてる鎮守府もあるが、基本的には鎮守府近郊の人間からは海軍は毛嫌いされている
「…おまさん達のお陰でうちらは守られちゅー。けんどおまさん達のせいでいつ化け物に襲われてここが戦場になるかわからん」
「…すいません」
「…こんなとこに1人でやってくるとは…アホ通り越して大アホや」
もう帰りたい…そう思ってると、医師は煙草の火を灰皿で擦り消す
「ま、でも海軍やろうと一般人やろうとあんたはワシの患者や…面倒見たる」
「…え?」
本郷の事を煙たそうにしていた医師がふ、と笑う
「おまさん、そがになるまで沢山頑張ったのやろう?海軍はふんぞり返って偉そうに命令出しちゅーだけや思うたけんど、おまさんを見て考えが変わったわ」
「国のために、国民のために、世界のために…身体と心がボロボロになるまで耐えた男見てワシも好きや嫌いや言いゆー場合やないな」
「…先生」
医師の椅子が回転し、引き出しから用紙を取り出す
「…言うてもこがな小さな診療所だとちゃんとした検査もメンタルケアなんてできん。天町にあるリハビリテーション付きの所を紹介するわ」
「…ありがとう、ございます」
医師は用紙にペンを走らせる
「…とにかく、検査するまでは今は仕事せんで家でゆっくり休む。これや」
ちらりと本郷の方を見て
「…まぁ、あんたの仕事だと簡単に休めるものじゃないき…やけんど、ちゃんとそこで検査した方が絶対ええぞ」
病院名と目の前の担当してくれた医師の名前が書いてある紹介状の用紙を貰った本郷
「…多分すぐ行けんやろうきな…睡眠導入剤も三日分出しちょく…ほんとはあんまりこれに頼らん方がええが…」
「なにからなにまで…ありがとうございます」
「かまわんかまわん…向こうの先生にも電話で伝えちょくき…海軍やきって気にせいでええ」
「はい」
「あとな…ワシから1つだけ言うたる」
「はい」
…何を言われるのだろう
本郷は心音を早くして姿勢を正す
「あんたは十分に…いや、十二分に頑張ったんや…もう頑張らいでええ。気張らいでええ…頼れる人がおるなら頼れ。親御さんがおるなら顔見に行っちゃれ」
「…はい。ありがとうございました」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
診療所から出ると港町は夕日色で一色だった
「…実家…か…」
とぼとぼと警備府へ向かう
歩けば1時間半程度
考えながら歩くのにちょうどいい
実家…父と母と兄がいる実家
父は元々サラリーマンで早期退職して毎日実家にいる
兄もバンドかなんかやりながら相変わらずフリーターだ
少し天然だが母はしっかりとしていて、パートをしながら家計を支えている
本郷はそんな母のために少しでも力になればと思い2年前程から…大隅警備府に着任したと同時に少額だが仕送りをしていた
ただそんなとき、早い段階で兄から母が倒れたと連絡が来た
治療をするのにも大金の支払いがありなんとか本郷に払って貰いたいとのこと…
彼は悩んだ…
しかし自分をここまで育ててくれた母への恩返しということで給料の半分以上を毎月送ることにした
毎月来る催促の手紙…
母の容態を見るついでに直接支払いに行こうと思ったが仕事柄警備府を離れることが出来ない…
兄に任せきりで本当に大丈夫なのだろうか
(僕は大丈夫…僕の方は大丈夫…そう、きっとうつ病だって直ぐに治る)
「…お見舞いに…行こうかな…」
本郷はそう考えながら警備府へ足を急がせる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「HEY!テートク!どこに行ってたんデスカー!」
帰って早々、執務室に到着した本郷は金剛からの熱いハグを頂く
「あ、ああ…ごめんよ。金剛」
「折角哨戒任務を終わらせて帰ってきたのに執務室には軍帽しかなかったデース!…良い匂いデシター」
「え?…あはは…ごめんごめん」
「さぁっ!デハ早速私の部屋でイチャイチャtimeデース!」
金剛に腕を捕まれつれてかれそうになる
しかしこの一瞬で処方された薬を執務室の机の上に置く
「ま、待ってよ…わかったから…」
そのまま本郷は金剛邸へと連れて行かれる事となった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから2時間、金剛主催の"お茶会"で金剛から愛について熱く語られた
「うぅ…ふらふらする」
本郷は警備府内、艦娘寮の廊下を目をこすりながら歩く
「早く戻って…寝よう」
そう思いながら執務室に入ると中には茶色のセミロングの少女が執務机の前に、扉に背を向けていた
「大井…?」
大井は彼の声に反応し、振り返る
…手には昼間に処方して貰った薬を持って
「提督…これは何なんですか?」
「…薬だよ…うん、薬」
大井は一歩本郷に近づく
「それはわかります。この包装されてるモノを見て、このチョコレート美味しそうですね☆食べてもいいですか?…なんて言うと思いますか?」
(これ笑うところなのかな…?)
しかし大井は至って真面目な表情で問いかけてくる
「…思いません」
さらに一歩近づいてくる大井
「私が聞いているのは何故睡眠薬なんてものがここにあるのかと聞いているんです」
「…う」
それはそうだ
女性しかいない職場に一人の男が今まで持っていなかった睡眠導入剤をある日持っていた。
こんなもの勘違いされて当然である
「…最近…ちゃんと寝れなくて…それで医者から処方されたんだ…あと…睡眠薬じゃなくて導入剤…」
(…信じて貰えるかな…)
本郷の話を聞いた大井は、はぁ、と大きくため息をはいた
「…やっぱり…最近上の空が多いですし。そんな感じがしたんです」
「…ごめん」
上官の本郷を叱る姿はまるで姉の様だった
なんだかんだで電は本郷に甘い
もちろん本郷もその優しさに頼っている訳ではないが、電が相手だとどうも無意識に甘えてしまう所があるようだが、大井は違う。
優しさは感じるものの、その言葉には所々で棘があったりして、嫌ではないがたまに凹む時がある
「薬の件はわかりました。ではこれ飲んでとっとと寝てください」
「え、あ、はい」
ちらりと時計をみると短針は午後9時を指していた
改めて金剛とそんなに話していたのか、と本郷は感じた
「提督が倒れたらみんな心配します。早く良くなってくださいね」
大井はそう言って少し微笑む
「ありがとう、大井」
…このたまに見せる優しい微笑みが本郷の心を揺さぶる
これが見れるから大井の棘のある言葉も素直に聞き入れられる事ができるのかもしれない
大井の頭を撫でようと思い、右手を少し上げたが、しっかり者の大井だ。それに女子高生くらいの見た目で頭を撫でられるなんてあまり良くないのかもしれないという考えにたどり着き、手を下げた
本郷の右手の動きを目で見ていた大井は少しガッカリした様子だが…
「それでは、おやすみなさい。提督」
「ああ、お休み。大井」
大井は一礼し、薬を本郷に渡して執務室を出ていった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
執務室から出て、艦娘寮へと向かう大井
(…私だって…)
大井の頭を過るは本郷の上がりきらなかった手だ
見た目こそ高校生、大学生のようだが大井も本郷の艦娘…
褒められて、撫でられるともちろん嬉しいものだが、恥ずかしくてそんな事は言えなかった
それよりなによりも…
(…提督にはなんとかしてちゃんと休んでもらわないと…)
何かを決意した大井は足早に廊下を進む
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私室に備え付けてあるシャワーを浴び、寝間着に着替え、軽食を済まし、水と一緒に薬を流し込む
その後、電気の消えた執務室へ移り、執務椅子に座りぼんやりと窓から鹿児島の海に目を向ける本郷
「…みんな、優しいなぁ…」
本郷のために泣いてくれた電
みんなの思いを伝えてくれた深雪
本郷を認めてくれた川内
そして心配してくれた大井…
「…はぁ…」
執務椅子に背を預け、天井に顔を向け目元を手で覆う
「…僕は…情けない…なぁ…」
そう呟いて目を閉じる
◇ ◇ ◇ ◇
窓越しに朝日を浴び、目が覚める
「…ぁ…く、あ~…」
久々にちゃんと寝た気がする
思わず欠伸をする
するとぱさりと毛布が床に落ちる
「あ、れ…昨日用意したかな?」
「う、い、つつつ…」
座り心地が良いとは言え、やはり椅子で寝るものではないと改めて認識する本郷
(腰がいたい…)
「あ…」
視線の先、執務室のソファーには良く見知った少女が横なって静かに寝息をたてていた
「…電…」
ふと落ちた毛布を見る
「そうか…電が…」
この小さな少女の横にそっと座り、起こさない様に頭を優しく撫でる
「…こんなに…綺麗な顔をしてたんだねぇ…」
「ん…んんぅ…おはようございます…司令官さん」
電がゆっくりと起き上がる
「おはよう、電…」
挨拶を返すと電ははっと思い出したかのように焦りだした
「あ、えっと…ごめんなさいなのです!秘書艦としてで来たわけではないので…」
電の言葉は突然切れた
本郷は起き上がった電の両肩を掴み、頭を下げる
「あ、あの…司令官…さんっ!?」
さまざまな思いが本郷の中で流れる
その流れは止まらない
「電…今まで…ごめんね…ごめんね…」
電の顔を見れずに、ただただ謝る本郷
「……司令官さん」
目を瞑って謝っていた本郷だったが、その頭が何かに包まれる
優しくて、ふんわりとして、いい匂いの…
電は何も言わずに本郷を抱き締めていたのだ
「…大丈夫…大丈夫ですよ…司令官さん…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あ、えと…ごめんよ。電…」
本郷は小さく謝り、反省する
自分のやったことを考えると身震いがする
まさか起きたばかりの電を…両肩を掴んでしまうなんて、と
(憲兵にバレたら即逮捕、だろうなぁ)
「いえ…電こそ…一昨日はごめんなさいなのです」
「いや……あの、さ…電」
(…やめるか…いや…電なら…)
「…はい、なんでしょうか」
顔を赤くし、もじもじと手元をいじる電は返事を返す
「…今週末…僕の実家に一緒に来てくれないか?」
「ふぇ!?」
(あ、この言い方は違うっ!)
「ああっ!えぇとっ!…実は母親が入院してて、だね…お見舞いに行くんだけど、一緒にどうかなってさ!?」
わたわたと身振り手振りで電に説明する
「あ…ええと…はい!御一緒します!」
本郷の誘いに一瞬驚いた電だったが、詳細…本郷の言い直しを聞くと内容を理解したのか、敬礼してはっきりと答える
「まぁ…僕は本当は休んじゃ駄目だけども…」
自分から電を誘った手前、なんとしてでも週末は休みを取らないとなぁ、と考える本郷
そしてようやくここで診断書をもらっておけばよかったと反省する
「大丈夫なのです!」
「え?」
さてどうしようか、と本郷が考えていると、目の前の少女は握り拳を両手に作ると胸の前でぐっと握る
「司令官さんの気にしてることは問題無いのです!電にお任せを!なのです!」
電はソファーから立ち上がり、明るくそう言った
「…電…」
「それでは司令官!電は失礼します!」
そう言って敬礼し、電は執務室を出ていく
「…大丈夫って…何が?…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今日は体調の良い本郷
恐らく昨日はしつかりと眠れたお陰だろう
気持ち少しばかり頭はぼんやりとはするが、身体の方は上々である
とはいえ気にしていることを忘れることは出来ない。いまだに脅迫概念に捕らわれており、眼に見えない追跡者に追われているような気分だった
(とにかく、週末に向けてしっかりと…いや、執務もしながら休まないとな…)
「テートクー!Good Morning!金剛デース!!」
そう考えていると金剛が執務室の扉を開く
「…?テートク…あんまり元気そうじゃありまセンね…」
意外と鋭い金剛の指摘に一瞬たじろぐ本郷
「え、いや…そんなことは…」
「なら私とmorningのteatimeシマショー!そうすれば元気モリモリデース!」
「え、いや…少し待って…」
昨夜と同じように本郷の手を取ろうとする金剛
「駄目です、金剛さん。今日は提督は任務で忙しいんですから」
金剛を止めたのは大量の書類を抱えた大井だった
「…大井」
「えー!そんなぁー!」
金剛は大袈裟なリアクションでガッカリする
「はい、だから金剛さんは出てってくださいね。模擬演習しながら他の娘達の面倒を見てあげてください」
しっしっと追い返すように大井が金剛を追いやってしまった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
執務室にふたりきりとなった本郷と大井
「さ、じゃああとは私が処理しておくので提督は引き続き休んでてください」
「え?」
「私は艦娘です。入渠すれば怪我は直ぐに治り、疲れも多少は解れます。ですけど提督は人間です。怪我は治っても疲れは時間をかけてじゃないと取れませんよ?」
「あ、ああ…」
確かに目覚めは良かった、しかしたった一晩でなにもかもが解決したわけじゃない
大井の言うことも最もである
「そうだね…わかった。そうさせて貰うよ」
大井に執務室を追い出され、仕方なく私室のベッドで横になる
処方された薬は夜寝る前用なので飲めない
(明後日は週末…母さんに会える……電ともプチ旅行って所か…)
(…電は休みを任せろって言ってたけど…大丈夫か…?…いや、電を信じよう)
そうぼんやりと思考を巡らせていると、ズボンのポケットに異物感を感じる
「…あ…」
「…あー…」
それは卯月から貰った花だった
どこか無意識に雑にポケットに仕舞ってしまったらしく、花びらが裂けてしまっている
(…悪いことしたなぁ…卯月に…)
ぐ、と目を強く瞑る
『有休?御国を護るのが我々軍人の使命だろう?』
『休むくらいなら死ぬまで任に着け、死んでも着け』
『いっそのこと大隅を囮にでもして化け物どもを誘きだして一掃してやろうか?ガハハハ』
頭の中を流れるのは上官からのイビり、嫌み、パワハラ
『岳人。お父さん達を楽されてくれよ。親の面倒を見るのは子供の役目だろう?』
更に血の繋がった親兄弟からの言葉
(うるさい…)
(うるさいうるさいうるさいうるせえうるせえ!!!)
黒い感情を払拭する様に頭の中で叫び、暴れる
『深雪だよ。よろしくな!』
大隅に来て初めて出会った初期艦…深雪
そして大井、川内、金剛…多くの艦娘達
(みんなのお陰で僕はここまで頑張れたんだ…)
『司令官さんっ!』
その中でも…やはり強く思い浮かべるのは彼女だ
『戦争には勝ちたいけど、命は助けたいって、おかしいですか?』
衝撃だった
軍関係者でそんなことを考えても言える者には出会ったことはなかった
そしてそんな考えを持つ電に本郷はいつのまにか惹かれていた
『ええ!?中尉?スゴいじゃないの…流石ね…岳人はお母さんの誇りだよ』
だれよりも本郷を応援してくれた
(母さん…)
____
__
「…はっ!?」
昨日飲んでた薬の効果が残ってたのか、いつの間にか寝ていた様だった
時計を見ると夕刻を指していた
寝起き汗をシャワーで洗い流し、着替える
その後私室を抜け、そっと執務室の扉を開ける
その執務机にいたのは眼鏡を掛け、書類作業をする大井だった
「おそようございます。提督…よく寝れました?」
大井はこちらに目もくれず問いかけてくる
「あ、うん…ああ、お陰さまで…ごめ…すまないね、執務作業を手伝って貰って…大変だったろう?」
「ええ、お陰さまで…それにこれも艦娘としての任務の一つですから」
あははと笑い、ぽりぽりと頬を指でかく本郷
「…えぇと…命令はしていないんだけど…」
「ええ。提督から命令は頂いてないわ。貴方を心配する娘から…そう、その娘からお願いをされたのよ」
「…電が…?」
私の言葉に大井はふふ、と笑い
「…誰も電さんだなんて言ってないわよ…彼女、今秘書艦外れているんでしょう?」
「え、あ…じゃあ、誰が…」
「…お馬鹿さん」
そう呟いた大井は掛けていた眼鏡を外し、執務椅子を立ち上がると本郷とすれ違うように扉へ向かう
「書類はすべて振り分けてあります。提督の確認もいらないような記入項目は私が…後は提督の確認印だけですから…それでは失礼します」
「あ!…お、大井!」
返事をせず大井は本郷に振り返る
「あ、ありがとう…」
恥ずかしい気持ちと感謝の気持ちで顔が赤くなる本郷
「…ふふ、どういたしまして」
礼を言われた大井は満更でもなさそうな表情で笑うと、執務室から出ていった
その日は終業時刻まで大井が進めてくれた書類の判子押しの作業を進めた
「ふぅ、大井のお陰で助かった…」
執務椅子に深く腰掛ける
「テーイトクー!!金剛デース!!」
「やぁ、こんばんわ」
日課になりつつある金剛の"突撃!隣の執務室" の時間がやってきた
いつもと違うのは右手には紅茶が入ってるであろう紅茶ポットを持ち、左手には二つのカップが乗ったトレーを持っている
知らない人が見ればコスプレ喫茶の店員の様だ
「…金剛?…今夜はどうしたのかな?」
「仕事終わりの、teaっ…timeデース!」
白い歯を見せて、愛嬌のある笑顔で元気いっぱいにそう答える金剛
「あはは…いいね」
薬を飲む時間までまだ時間はある
なら金剛とのこの時間を楽しもうか
そう思う本郷だった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
表情豊かな金剛とのお茶会は楽しかった
嘘をつけない彼女の表情は変に表裏がなく、本郷に安らぎを与えてくれる
彼女がころころと笑いながら楽しそうに話す
警備府の事、紅茶のうんちく、まだ見ぬ妹達のこと
本郷はうんうんと頷きながら話を聞く
上司や家族とのしがらみがある中、彼女達のお陰でどれだけ助かっているか…
「ちょっとテートク?聞いてマースか!?」
「ああ、ごめんごめん」
本郷が謝ると金剛はしゅんと元気が無くなる
「…やっぱり…ワタシとのteatimeはあんまり楽しくないデスか?」
しょんぼりした金剛が弱々しく尋ねてくる
「…ワタシは電みたいに周りの人に優しくできマセン…大井のように誰かに気を使えマセン…戦うことしか出来ないただの戦艦デス…」
「…」
「でも…でも少しでもテートクに元気になって貰いたくて…こんな…こんなことしか出来ないのデスが…」
「…ふっ」
本郷は思わず吹き出す
しかし決して金剛をバカにしようだとか、そんな意味で笑った訳ではない
「…テートク?」
本郷はまだ中身の残るカップをソーサーに置き、右手を金剛の頭に乗せ、撫でる
「…良いじゃないか…金剛の言う…"こんなこと"で私の心は救われる…それは金剛にしかできない事だよ」
「う…ぅぅう…テートク…!」
涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになる金剛
そんな事は気にしない
本郷は金剛の頭を撫で続ける
「金剛には電とは違う優しさがある。大井には出来ない気配りができる…ならそれは金剛にしかできないと言うしかないだろう?」
「他の鎮守府に別の金剛がいようとも…世界の何処かに君と同じ容姿を持つ金剛がいても…今僕の事を想って、泣いてくれるのは君だけだ…」
「…ぅぁぁあ……」
頭を撫でる本郷の手をどかし、両手でゴシゴシと涙を拭う金剛
「テートク!」
「え、はい?」
目を真っ赤に腫れさせた金剛が真顔で本郷と向き合う
「ワタシとケッコンしてくだサイ!!」
「いや…ごめん」
「Shit!シィィーーーットッ!!」
「っ!?」
金剛の声に驚き、思わず足がビクンと跳ねあがる
彼女はそう叫び執務室の扉の方へ走っていく
「ワタシは諦めまセーン!必ず振り向かせマース!」
そう扉を開け、吠える金剛
「…金剛っ!」
「…?」
彼女の名を叫び、呼び止める本郷
金剛は振り返り本郷の方へ視線を向けると、本郷は優しく笑い
「…おやすみ」
「…諦めまセンからっ!グンナイッ!」
ニコッと歯を出して笑う金剛はそのまま扉を閉めて執務室を後にする
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
1人残された本郷は執務椅子に座り直し、官帽を外してカップに残った紅茶に口をつける
「…ありがとう、金剛」
きっとこの言葉は金剛には聞こえない…
しかしそれでも本郷は構わなかった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日の早朝
制服に着替え、執務室の扉を開けるとそこにいたのは既に執務の準備ができた大井だった
「おはよう。大井」
「おはようございます。提督」
(ん?…なんか…怒ってる?)
「ええと…大井…さん?…おこ、ですか?」
「ええ、怒ってますよ。提督」
笑顔のまま怒っている彼女になんて声をかければ良いのか、本郷が悩んでいると大井の方から口を開いた
「…全く…昨夜はお楽しみでしたね。金剛さんと」
「あ…」
執務机の上にはしっかりと洗われたポットと2つのカップがトレーの上に並べられていた
「…洗ってくれたんだ。ありがとう…大井」
「どういたしま……ってそこじゃないですよ!」
(この臨時秘書艦…ノリツッコミ上手だなぁ…)
「提督、体調悪いのであればちゃんと身体を休めてほしかったわ…全く…金剛さんも金剛さんですよ…」
「あー…ごめんごめん…」
「では、改めて本日の予定です。」
そう言われ、大井から1枚の予定の書かれた表を受け取る
「…哨戒活動…」
「ここは警備府ですから…強襲や進撃任務よりもまず制海権のある近海を哨戒することが何より大事です」
「…そうだねぇ」
「提督?」
「あ、はい…それで編成は…?」
うゔん、と大井は咳払いをして
「…第一艦隊は深雪、漣、五十鈴、衣笠以上4艦、旗艦は五十鈴です」
「うん」
「次いで第二艦隊に睦月、三日月、由良、川内の4艦、旗艦は川内です」
「うん…え?哨戒で二艦隊も?」
「はい…多少は資材が消費されると思いますが…」
(…何処かへ進撃でもするのかな…)
大井の用意した編成は哨戒任務にしてはなかなかの面子だった
しかし大井の事だ、何か考えあってのものだろう
…そう結論した本郷だった
「…構わないよ。それで進めよう」
「ありがとうございます…ではこれより1時間後、0600より出撃させます」
「ありがとう。よろしく」
はい、と返事をすると執務椅子から立ち上がり扉の方へと向かう大井
「え、えぇ?大井さん?どちらへ??」
「私はこれより諸事情により執務室を一度出ます。代わりに1人呼んであるので…哨戒任務が終るまでその方とおしゃべりでもしながら待っててください」
「え!?ちょ、大井さ…」
「それでは」
そう言って大井は執務室を出ていった
秘書艦である電の代わりの臨時秘書艦大井…そして更にその代わりの臨時秘書艦代理…
(…よくわからないよ…大井…)
そうもやもやと思っていると扉がノックされる
「…どうぞ」
さて次は誰が来てくれるのか…
本郷は気持ちドキドキしながら開かれる扉を見つめる
「し、失礼します」
扉を開け顔を覗かせたのは三日前まで秘書艦を務めていた電だった
「あ、い、電…」
電は執務室に入り、ぺこりと頭を下げる
「おはようございます。司令官さん…えと、秘書艦ではなくただの艦娘、駆逐艦電として"たまたま"執務室に来ました」
電がそう言うと本郷はほっと胸を下ろす
"3日間電を秘書艦から外す"…上官としてそう命令を電にした
それを2日で復帰となれば警備府を治める提督としてはあまりよろしくないし、電も命令違反になってしまう
(…というより大井め…なんて遠回しな…)
そう考えていた本郷だったが、思考をリセットする
「…おはよう電…いや…何故か"たまたま"臨時秘書艦の大井が席を外してしまってね…他の艦娘達は哨戒任務に出ている娘が多いから…うん、よければ少しだけ…話し相手になってくれないかな?」
「は、はいなのです!」
電は嬉しそうに敬礼をする
◇ ◇ ◇ ◇
それから昼過ぎまで本郷は電と話をした
まずは2日前、電の想いを勘違いで切り捨ててしまったことを謝った
電は笑って許してくれた。
むしろハッキリ言えなかった自分が悪かったと電の方が謝ってきたのだ
お互いが謝り合って変な空気に耐えきれず本郷と電は笑い合う
「ええと…それで明日の事なんだけど…」
びっ、と電は掌を本郷に向ける
「問題ありません!司令官さんはお休みして大丈夫なのです!」
「そ、そう…なのか」
(まぁもし西海支部に話が伝わっていても僕が中佐から小言を聴いて、始末書を書けば済む話。なんとかなる…かな)
「問題無いのです!」
ふんす、と電は腕を組み、どや顔で自信満々に答える
「…ありがとう」
「…そ、そっか」
電の謎の迫力に、そう一言だけ返す本郷だった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、昼食の時間になり、電が食堂から2人分の昼食を持ってきてくれて、二人で食べる
昼食後、残った執務をあくまで秘書艦としてではなくただの艦娘の電に手伝ってもらい、時間は過ぎてゆく
「第一艦隊旗艦五十鈴」
「同じく第二艦隊旗艦川内…哨戒任務を終え無事帰投しました」
夕刻、諸事情を終えた大井と電が入れ換えになり、哨戒任務旗艦の二人が報告のため執務室にやってきた
「ごくろうさま。被害は?」
執務椅子に座り、上官である本郷と執務机を挟み向かい合う五十鈴と川内…
最初は五十鈴に向けて問う
「第一艦隊では漣のみが小破です」
次に川内を見て
「由良が敵魚雷を受け中破、三日月が小破となりました」
「わかった。もうみんな入渠はしているんだろう?由良にはバケ…高速修復材を使ってもらって構わない…それで戦果は?」
本郷の問いに大井が答える
「第一、第二艦隊含めて駆逐級を14艦、軽巡級を4艦…以上敵勢力18艦を撃沈。それと駆逐級を2艦取り逃がしました」
大井の言葉に思わず執務机の上に身を乗り出す
「じゅっ…!?ええっ!?そんなに!?大艦隊じゃんっ!?」
「ええ、彼女達は頑張ってくれました」
「予定範囲よりもすこーしだけ広く廻っただけよ。そうしたら、たまたまあいつらがいたからね…あ、もちろん1度に18艦と戦った訳じゃないわよ!?」
五十鈴が胸を張りはっきりと答える
「…にしても…大したものだよ…ほんと…」
大井が話していたように、大隅警備府では基本哨戒任務がメインだ。たまに近くの漁港に入る漁船やタンカー等の護衛任務があるにはあるが…
西海支部、九州には日本国海軍が誇る主力鎮守府の一つ、佐世保鎮守府がある
佐世保鎮守府の抜かりのない哨戒により、九州の制海域は敵深海棲艦が見つかることは殆ど無く、日に一艦はぐれ深海棲艦を見つけられるかどうかくらいだ
そう考えると五十鈴や川内達の挙げた戦果は十二分の戦果と言える
「と、とにかく今日はもう上がっていい!…ゆっくり休んでくれ…1週間くらい!」
「ちょっと…雑すぎですよ?提督」
若干混乱し、大雑把な指示をする本郷をジト目で睨む大井
「き、休暇だよ。休暇…これだけ戦果を挙げてくれた御褒美って事で…さ」
着任して初めての大戦果
少し落ち着いた本郷はそう言い訳の様な言い方をする
「…だそうよ?二人とも」
「「はっ!ありがとうございます!失礼します」」
敬礼をし、五十鈴と川内は執務室を後にする
「…18艦…着任してから初めてそんな数字聞いたな…」
「…みんなとても頑張ってくれたんですよ」
大井がそう言いながら本郷にコーヒーを用意する
「…あ、ありがとう」
「でもこれだけ戦果を挙げたんですから…大本営も暫くはこの警備府に対して戦果を挙げろとは言えませんよね?」
大井はにこりと黒い笑顔を見せる
「え、あ、はい…そう、だね」
(こわ…大井は何を何処まで知っているんだろう…)
「ん?これは…」
報告書を読むと、敵の撃沈と共にもうひとつよく伸びる数字があった
「あの…大井さん…あの子達今日だけで14回も入渠してるみたいなんですけど…」
本郷の恐る恐るの問いに大井はニッコリと笑い
「言いましたよね?多少は資源が消費されると思いますがって…」
「はい…」
会敵率の低い海域…一度の出撃で続けて18艦を相手に入渠、そして燃料や弾薬の補充なしで行うのは大変難しい…だったらこの数字は仕方ない、と本郷はそう納得した
「…戦果は十分あげました。ですから…例えば明日の執務、指揮には提督がいなくても大丈夫そうですねー」
「…大井…」
「それでは本日の執務、お疲れ様でした。私も寮に戻ります」
「…ああ、お疲れ様…それと、うん…ありがとう」
様々な気持ちを込めて本郷は大井に礼を言う
すると大井は少しだけ笑顔をつくってから敬礼をして執務室を出ていく
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
執務室から出て、廊下を歩く哨戒組の二人の旗艦
「見た見た?…提督の驚いた顔!」
「あはは…いやー、頑張ったかいがあったねぇ…」
「なーに言ってるのよ…誰よりも張り切ってたの川内じゃない」
「あれー?そだっけ?」
川内と五十鈴は笑いながら廊下を歩く
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
提督として着任した当初
最初こそ艦娘達のことなんて何も考えずに…ただただ数字を挙げるために、がむしゃらに進んできた…
一人も轟沈を出さなかったのは偶然だ。
たまたまだ
しかしいつの間にか…
(…こんな僕の事を…みんな守ってくれていたんだなぁ…)
そう思い、大井の淹れてくれたコーヒーを飲む本郷
「…うん…おいしいなぁ…」
…正直まだまだ不安要素はある…
色々なものに対して
でもきっと
きっと明日をまた境に…
変われる気がする
本郷さんは…電はこのままどうなってしまうのでしょう!?
予想のできないスピーディーな展開を皆様に送ります
次回もよろしくお願いします