大本営の資料室   作:114

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暴動事件編ラストのお話となります


最後まで楽しんで頂ければと思います。

どうぞよろしくお願いします


File30.伊豆海軍基地暴動事件②

 

 

運命の日の朝方、巨漢の男は目が覚めるとすぐにベッドから降り窓横にある椅子に座る

 

自身が寝ていたベッドには全裸の黒髪女性が静かに寝息を立てている

 

 

「…ぎ…かぎ…あかぎ…あかぎ…あかぎ…」

 

 

提督は脂汗をかきながら机の上に乱雑する薬瓶を漁る

 

 

「…ぁ、ああ…」

 

 

ようやく目的の物を見つけると、アルコールランプに火をつけて、小さな銀の匙に薬瓶から取り出した白い塊を乗せ火で炙る

 

 

 

すると塊だったものは液体となり、その液体を注射器で吸い取る

 

 

「…はぁ…はぁ…」

 

 

 

男は注射跡のある自身の腕に吸い取った液体の入る注射器を挿す

 

 

 

「…ぅ……ふぅー…ふぅー…」

 

 

薬液を腕に入れると男の汗が引いていく

 

「…ふぅ〜…ふぅ〜…」

 

 

次に彼は錠剤タイプの薬を大量に取り出す

 

その数約15錠ほど

 

 

それを一気に口の中へと放り込み、いつ淹れたかわからない水の入ったコップで錠剤を胃の中へと流し込む

 

 

「…っ…っ……がはっ……げほっ……ぅう…」

 

 

様々な薬を身体に取り込んだ男の眼は血走っていた

 

 

 

「…おはようございます。閣下…」

 

 

 

背後から声がして振り返る男、源

 

 

 

「…あ、あかぎぃ…」

 

 

 

黒髪の空母、全裸の翔鶴がベッドから起き、笑顔で源の背後に立っていた

 

 

「…今日は特別な日…こちらをどうぞ」

 

 

 

翔鶴から一本の小瓶を渡される源

 

 

 

その小瓶の蓋を開けて、勢いよく一気に中身を飲み干す

 

翔鶴は自身が用意した小瓶の中身を飲んだ源の姿を見ると眼の端を垂れさせ、口元を大きく吊り上げる

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

「…ありがとうございました。明石さん」

 

 

伊豆海軍基地工廠

 

明石のプライベート空間で白衣を着た明石に頭を下げるは重巡、鳥海だった

 

 

「…いいえ…それよりも一晩も掛かってごめんなさいね…眠いでしょう?」

 

 

「…いえ…こんなことお願い出来るのは…明石さんだけですから…」

 

 

鳥海はそう返して施術を行ったベッド横の台に視線を向ける

 

その台の上には銀のトレー、そしてピンセットやメス等の医療器具が使用済みで置かれていた

 

 

「…"それ"…どうするんですか?」

 

 

トレーの上に乗せられたモノを指差して鳥海は質問する

 

 

 

「…そうですね…実験材料にするつもりはありません…ちゃんと供養して……私の方で処理します」

 

 

「…何から何まですいません…」

 

 

鳥海は申し訳無さそうに再度謝る

 

 

 

「……そう思ってくれるなら…他の重巡達をなだめてほしいですね…誰がやったかはわかりませんが、昨日も工廠がめちゃくちゃにされたので…」

 

 

白衣を脱ぎながら、少し嫌味を込めて鳥海へ返答する明石

 

 

「…すいません…」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

伊豆海軍基地 食堂

 

 

菱作戦後、ほぼ完全に食堂としての機能を失った厨房で間宮は鞄に調理道具などの荷物をまとめていた

 

 

その眼は虚ろで腕や頬にはアザがある

 

 

 

「…もう…ここには居られない…皆…ごめんなさい…」

 

 

静かな、なんの物音もしない厨房で一人の女性はそう呟くと食堂裏口から出て行った

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

艦娘寮 駆逐艦部屋

 

 

壁が半分剥がれ、天井は傾き…ぼろぼろのこの部屋は艦娘寮の内の一部屋、駆逐艦の白雪、菊月…そして今は亡き野分の部屋である

 

 

「…ん…白雪…か?…おはよう…起きるの早いな…」

 

 

目をこすりながら薄い毛布を裏返して起き上がるのは菊月

 

白雪は既に着替え終わり、窓辺に椅子を置いて座っていた

 

 

「…おはよう…」

 

 

「…野分も、おはよう…だな……もう、いないけれども…」

 

 

菊月は今は使われていない野分のベッドに向かって挨拶をする

 

白雪が片付けたのであろう、丁寧に畳まれた毛布とカバーがベッドの上に乗せられている

 

 

「…今日が…最後なのだろう?…白雪」

 

 

「…ええ…今夜にはここを出発しましょう…」

 

 

 

白雪の返答を聞き、菊月は野分のベッドから窓の外へと視線を変える

 

 

「…良い思い出は…何もなかったな…」

 

 

「…」

 

 

「…いや、強いて言えば白雪と野分に出逢えた事かな…」

 

 

歯が痒くなりそうな菊月の台詞を聞いてふふ、と笑う白雪

 

 

「…ありがとう、菊月…」

 

 

白雪がそう礼を言うと何かを思い出したかのようにあ、と続ける

 

 

 

「…?白雪…?これは?」

 

 

白雪は菊月に紙切れを一枚手渡す

 

 

「…もしも…私に何かあったらこれを松井司令…松井補佐官へ渡してほしいの」

 

 

それは菱作戦で松井が落とした龍驤からの御守りの形代だった

 

 

首を傾げながら白雪の顔を見る菊月

 

 

「…白雪が直接渡した方が彼も喜ぶのではないのか?」

 

 

白雪は首をふるふると横に振る

 

 

「ううん…菊月にお願いしたいの…お願い」

 

 

菊月は少し考えたが、親友の頼みだ

 

 

「…君に何も起きない事を祈るよ」

 

「ありがとう…」

 

 

菊月は笑って白雪から渡された形代を受け取る

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「…これ…は…?」

 

 

艦娘寮 一航戦の部屋

 

 

まともに寝ることができなくなった秋月は目の下に隈を作ったまま源の私室から戻った翔鶴から封筒を渡される

 

翔鶴は笑顔で一言答える

 

 

「任務完了の報告書よ。東海支部へ届けなさい」

 

 

封筒を受け取った秋月は封筒をじっと見つめる

 

「…任務…」

 

 

「中は見なくていいわよ?貴女には関係ないことだから」

 

 

「…あ…はい…ええと…いつ「今すぐ行ってきなさい?」

 

 

翔鶴の圧のある笑顔に恐怖を感じ、封筒を両手で抱きしめ

 

 

「…わかり…ました」

 

 

そう答えて秋月は部屋を出ていった

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

演習場 0600

 

 

今まで行っていた朝礼、しかし菱作戦開始時期から今日まで伊豆では朝礼を行わなかった

 

理由は作戦開始時期は源がいなく、作戦後は東海支部から帰ってきてから源が私室に閉じこもりきりだったからだ

 

 

約一週間ぶりに演習場広場に集まった艦娘達

 

その光景は以前のように綺麗に列を作り並んでいるわけでなく、皆まばらに艦種ごとに適当に集まっている

 

かつて100人以上在籍していた艦娘達は航空戦隊がほぼ壊滅し、先の作戦時に泊地で亡くなった者、重巡や戦艦達の非道な行いにより、そして基地から逃げ出した者で今では半分程度の人数になってしまった

 

 

 

「…ねぇ、来たわよ」

 

 

誰かがそう呟くと艦娘達は広場の門を抜けて朝礼台の方に歩いてくる者達に視線を向ける

 

 

勝ち誇った笑顔で先頭を歩く翔鶴、そしてその後ろを脂汗をかきながら、顔色が青くなり焦点の合わない、しかしぎょろぎょろとした目つきの源、そして居心地の悪そうな表情で姉と提督の後ろを着いて歩く瑞鶴と、両手を前で縛られ瑞鶴と並んで歩いてくる無表情の朝潮の姿だった

 

 

「…朝潮…酷い怪我だな…」

 

 

広場から少し遠目の朝潮の顔の怪我を見て思わず呟く菊月

 

 

「……っ!」

 

 

その近くにいた駆逐艦嵐は何かピンと来て駆け足で広場を出ていった

 

 

「…嵐…?」

 

 

他の駆逐艦達も突然走り出した嵐を目だけで追う

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

朝礼台に立つ源

 

しかしその足元はフラついている

 

 

 

「…なんだよ、あいつ…」

 

「ひどい顔色…」

 

「私海訓忘れちゃったわ…」

 

 

集まった艦娘達はヒソヒソと小声で話し出す

 

そこへ翔鶴が一言

 

 

「皆さん、おはようございます。8月30日、朝礼を行います」

 

 

艦娘達からの挨拶は無い、しかし翔鶴は淡々と業務連絡を伝える

 

 

 

「…秘書艦さん!…貴女達一航戦がよく私達の前に顔を出せたわね!」 

 

 

巡洋艦の艦娘が話を続ける翔鶴へ大声でそう話す

 

 

一瞬声をかけてきた艦娘に視線を送る翔鶴だったが

 

 

 

「…では次の連絡です。大本営より「おいっ!シカトしてんじゃねぇよ!」

 

 

他の艦娘から放たれた言葉にびくりと肩を震わせる瑞鶴

 

 

「お前ら一航戦がちゃんと作戦任務遂行出来なかったから被害が出たんだろう!?」

 

「泊地で姉妹艦失った娘もいるのよ!?どう責任取るのよ!」

 

「一航戦は引っ込めー!」

 

 

 

まともに機能しなかったくせにいつも通りの態度の一航戦達に業を煮やす重巡、戦艦達は様々な声を朝礼台側に立つ者達へぶつける

 

 

 

それまで何も言わなかった源が口を開くと

 

 

 

「ヴヴゥォオァァアアアッ!アー!!ヴァー!!」

 

 

まるで獣の様に涎を垂らしながら叫びだした

 

 

「…閣下…ご安心を…この赤城にお任せください」

 

 

源の変貌に戸惑う艦娘達

 

流石に戦艦達も驚きの表情になる

 

 

 

「ヴー!!ヴーー!!」

 

 

 

 

「…なにあれ?」

 

 

「やだ…キチガイみたい…」

 

 

「…ウケる」

 

 

 

ヒソヒソと話す艦娘の声に思わず両耳を塞ぐ瑞鶴

 

朝潮は微動だにせずただ前を見ている

 

 

 

「静かになさいっ!」

 

 

翔鶴、まさに鶴の一声

 

 

 

「「「………」」」

 

 

ヒソヒソと話していた者、我関せずとそっぽ向いていた者、下を向いていた者…広場にいる艦娘達が翔鶴に注目する

 

 

 

「…皆さんの気持ちは解っています…先の作戦で我々…閣下の伊豆艦隊の信用が堕ちた事への苛つき、その原因となった一航戦への不信…解りますとも…」

 

 

ぶじゅぶじゅっ、と朝礼台に立つ源の鼻から鼻血の混じった鼻水が垂れてくる

 

 

「ですが安心してください…既に作戦が上手く行かなかった本当の原因は解っています。それはここに立つ、元秘書艦朝潮に原因があります!」

 

 

 

 

この黒染め空母は何を言ってるんだ?

 

 

…と、艦娘達は皆同じ様な困惑した顔になる

 

 

 

そんな艦娘達をよそに翔鶴は両手を広げ、嬉しそうな表情をして   

 

 

 

「この女は伊豆の裏切り者です!深海棲艦のスパイです!さあみなさん!…今日の朝礼はこの裏切り者への魔女裁判です!」

 

 

 

ざわり、と艦娘達の空気が変わる

 

 

 

「…皆さんの前で…処刑…致しましょう」

 

 

 

勝ち誇ったかの様に、大手を決めた時の様に、翔鶴は笑う

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

艦娘寮の一室

 

 

息を切らしながら駆逐艦、嵐は部屋の扉を勢いよく開ける

 

「はぁ、はぁ、はぁ…」

 

 

部屋に入るとすぐに自身の使っているベッドの上に置かれた枕の下に手を入れる

 

 

 

 

「…はぁ、はぁ…」

 

 

枕の下に隠していたのは菱作戦時にグリーンライン島で手に入れたどこぞの将校の持っていた拳銃だった

 

 

嵐は両手で拳銃を握る

 

 

「…あのクソ司令……撃ち殺して…」

 

 

怒りに満ちた表情でそこまで呟くと、目を瞑り両手で握った銃のスライド部分に自身の額に当てる

 

 

 

 

 

『あ、嵐っ!…き、今日も哨戒…ぎゃ…がんばろう…ね!』

 

 

(…のわっち…)

 

 

 

『…ケジメだぁ?…ふっ…頼むから馬鹿なことだけは考えるんじゃねぇわよ?』

 

 

 

『…あんたはもううちの娘なんだから…さ』

 

 

 

(…ああ…ああ…わかってるよ…水野司令…!)

 

 

かつての親友、そして水野とのいつかのやり取りを思い出すと、嵐は大きく息を吐く

 

 

 

「……殺さない…ビビらすだけだ…うん、ビビらすだけ……よしっ!」

 

 

拳銃をポケットにしまって寮の部屋を出ていく嵐

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

同時刻演習場広場は狂気混じりの空気が漂っていた

 

 

凶暴化している艦娘達は翔鶴が言い放った菱作戦がどう等とは正直関係が無かった

 

 

菱作戦が始まるもっと前から提督源の影響を受けて凶暴化していった艦娘達

 

 

彼女たちはただ暴れるきっかけがあればなんでもよかった

 

 

その真実を知っている朝潮と

その真実を知らない翔鶴

 

 

 

「…で?具体的に処刑なんて何をどうするんだ?」

 

 

ニヤケ顔で皆の前に立つ翔鶴に問いかける巡洋艦の少女

 

その言葉を聞き翔鶴は変わらず笑顔で返す

 

 

 

「…処刑は処刑…罪人の命を奪う他無いわ」

 

 

「基地は強制で艤装を出せないわよ?まさかドックまで移動するつもり?」

 

 

他の艦娘が問うが翔鶴はドヤ顔

 

 

 

「…いいえ?」

 

 

そう答えた翔鶴は朝礼台に立つ源の横に近づき

 

 

「…う…」

 

顔をしかめる艦娘達

 

それもそのはず、翔鶴は抱きつくように、絡みつくように源の上半身を弄りながら源の上着内ポケットに手をいやらしく入れる

 

 

 

「…ぐぅ…うぐぁぐ…ぶしゅるる…」

 

 

「…はい…ありがとうございます…」

 

 

理解不能な言葉を源が涎と鼻水を垂らしながら吐くと、翔鶴はとろけそうに、嬉しそうな表情になり、礼を言いながら源のポケットから黒い塊を取り出す

 

 

瑞鶴はもうそんな姉の姿を見たくないのか、下を向いてしまった

 

 

 

「!?」

 

 

巡洋艦達は翔鶴が手に取った塊を見て目つきが変わる

 

 

翔鶴が手に持っているのは嵐が手に入れたものと同じ拳銃だった

 

 

 

「…なにあれ?」

 

「銃だよ銃!…初めて見た…」

 

「あれで頭撃つと脳みそ吹き飛ばせるんでしょ?」

 

 

銃を見た艦娘達はじわじわとテンションが上がる

 

 

 

「…今回の処刑用に特別に閣下からお借りしたものよ?…どう?良いでしょ?」

 

 

 

凶暴化した重巡や戦艦達

 

駆逐艦や海防艦への暴力や解体はしても誰も直接の殺人は行わなかった

 

 

艤装制御の電磁波の影響もあるが、なによりも理性がまだ彼女たちを最後の一歩手前で抑えていたのだ

 

 

しかし翔鶴が取出した拳銃の存在によって彼女たちの理性にヒビが入る

 

 

 

「さぁ、魔女よ…前へ出なさい」

 

 

 

「…」

 

 

翔鶴にそう言われると両手を縛られた朝潮は翔鶴から約8メートルの距離に立ち、拳銃を持つ彼女と向かい合う

 

 

 

翔鶴は拳銃の弾倉を引き抜き弾丸を確認

それを再度拳銃本体に差し込む

 

 

 

「…伊豆海軍基地元秘書艦、駆逐艦朝潮」

 

 

 

力強く拳銃のスライドを引く

 

 

「罪状は菱作戦におけるスパイ行為…破壊工作、仲間への裏切り…そして何よりも閣下を危険な目に合わせようとしていた事…その罪万死に値するわ」

 

 

 

セーフティを外し、ハンマーを下ろす

 

 

「…よって判決は死刑、今この場でね」

 

 

 

 

 

 

「や、やめてっ!!朝潮さん!」

 

 

翔鶴達のやり取りを見ていた白雪が叫びながら朝礼台の方へ走っていく

 

 

 

「…おっとぉ…?」

 

 

しかし戦艦の少女が走る白雪にわざとぶつかり、転ばせる

 

 

「…キャッ!…あ、朝潮さっ…!」

 

 

なんとか声を張ろうとするが、白雪は誰かに頭を抑えつけられる

 

 

「…邪魔しちゃ駄目よ…せっかく楽しそうな事しようとしてるのに…」

 

 

 

 

 

「…」

 

 

白雪の方へは目も向けずにただ前を、翔鶴を見つめる朝潮

 

その手は僅かにながら震えている

 

 

 

「…本当…邪魔ね…あの娘は」

 

 

少し苛つきながら白雪を横目にゆっくりと朝潮に銃口を向ける翔鶴

 

 

「…さて、朝潮さん?…何か言い残すことはあるかしら?…と言っても誰も覚えていないでしょうけど」

 

 

 

翔鶴がそう言うと朝潮は深呼吸をし、源の方に顔を向ける

 

 

 

 

「…閣下…閣下が伊豆に着任してきた時のことを覚えていますか?」

 

 

 

朝潮の言葉を理解しているのかしていないのか、源も眼をギョロつかせながら朝潮の方を見る

 

 

 

「朝潮は…私はよく覚えています…1から…いえ、0から閣下と二人で基地を運用して…徹夜しながらも執務を…練度も低く、少ない艦娘達で勝てない演習ばかりしていました…」

 

 

朝潮の言葉に顔を上げる瑞鶴

 

 

 

「任務でぼろぼろになって帰投してもいつも…いつでも司令官が私達をドックで迎えてくださって…時には父のように叱ってくださり、また時には母のように暖かく接してくれたり…」

 

 

 

「…」

 

 

翔鶴は無表情に、銃口を朝潮に向けたまま話を聞いている

 

 

 

「あの頃、決して戦力に余裕があったわけではないけれど、朝潮は…朝潮達は幸せでした…」

 

 

「ぶふぅう…ぶふぅう…」

 

 

目を瞑り、今までの出来事を懐かしむ朝潮、そして変わらずふらついている源

 

 

「…いつか…またいつか優しかった頃の司令官に戻ってくれると信じているからこそ…私はどんな事があっても諦めませんでした…それは…うん…今も変わりません…」

 

 

 

「朝潮さん!朝潮さん!」

 

 

地面に組み伏せられつつも朝潮に向かって叫ぶ白雪

 

 

 

覚悟を決め、自分の運命を受け入れた朝潮は大きく息を吐き

 

 

 

「…司令官…差し出…いえ……烏滸がましいかもしれませんが、この朝潮。いつも…いつまでも司令官の事を尊敬しています」

 

 

ぴくりと反応する翔鶴

源はふるふると小刻みに震えている

 

 

「だから…」

 

 

朝潮は両手をぐっと握り

 

 

「…だから…この朝潮の死を最後に…司令官が元通りになってくれることを…切に…切に願います」

 

 

眼から涙を流しながら源を見つめる朝潮

 

 

拳銃を握る力が強くなる翔鶴

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「…ろせ」

 

「…!?」

 

 

 

白雪は自身を抑えつける艦娘が何かを呟いてることに気づく

 

 

「殺せ…殺せ…」

 

 

僅かに抑えられた顔を上に向けると、白雪を抑えつけている艦娘は朝潮達に向かって何度もそう呟いていた

 

 

(この人…なにを…)

 

 

「…殺せ」

 

「そうだ、早く殺せ!」

 

「殺せ!殺せ!」

 

 

一斉に始まった艦娘達による処刑コール

 

 

 

「「殺せ!」」

 

 

「「殺せ!」」

 

 

白雪を抑えつけていた艦娘も立ち上がって翔鶴達に高く片手を挙げる

 

 

 

「何よ…これ…」

 

 

ゆっくりと肩を抑えながら立ち上がり、周りの狂気に全身の毛が逆立つ気さえした白雪

 

 

 

「駄目よ…駄目よ…こんなの…」

 

 

ふらふらと朝潮の立つ朝礼台の方へ歩きだす白雪

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「ぐぶ…ぐぶぶぅ…」

 

 

「「!?」」

 

 

朝潮が話し終えると、源が白目をむきながら何かをうなり始めた

 

 

朝潮はその姿に驚くが翔鶴は更に驚いていた

 

 

 

(…嘘…あの薬を飲んでまだ自我があるなんて…)

 

 

翔鶴が朝方源に飲ませたもの、それは身体の、脳の一部神経を麻痺させる特殊な薬品だった

 

朝潮を処刑しやすく、自分が有利な状況を作るために翔鶴が用意していたものだった

 

 

 

 

「あ…あざぁ…じぃおぅ…」

 

 

ぎぎぎ、と錆びた音が聞こえるようにぎこちなく朝潮に顔を向ける源

 

その股間部は失禁で濡れ始めていた

 

 

 

 

「「殺せ!」」

 

「「殺せ!!」」

 

 

重巡や戦艦が朝礼台に向け大声で叫ぶ

 

しかし朝潮ははっきりと聞こえた

 

 

司令官の自分を呼ぶ声が

 

 

 

 

「…司令官…!」

 

 

「…だめ…駄目よ、閣下…」

 

 

涙を流しながら源に声をかける朝潮

 

何かを察し顔色が変わっていく翔鶴

 

 

 

「「殺せ!」」

「「殺せ!!」」

 

 

 

「朝潮さん!!だめっ!!」

 

 

「白雪!行くな!」

 

 

ヒートアップする艦娘たち

 

朝潮の名を叫ぶ白雪

 

その白雪を止めようと叫ぶ菊月

 

 

 

 

 

 

 

 

「ず、ずまん……わ…わだじも…すぐに…おばえのあどを…おゔぅ…!」

 

 

源もまた後悔をしていた人間だった

 

 

 

愛する人が死に、更に重なる過労…そのストレスから薬物に手を出して艦娘たちを慰み者にする

 

 

朝潮に暴力を振るっていたのも頭では分かっていても自身の暴走を止めることはできなかった

 

 

しかし最後のその瞬間、朝潮の泣きながらの呼びかけにたった一瞬だけ正気を取り戻した源は血の混じった鼻水を、尿を、汗を垂らしながら枯れていたと思っていた涙さえも流して秘書艦の少女に返したのだ

 

 

 

「あぁぁぁあさぁしぃいいいおぉぉぉおああ!!!」

 

 

鬼の形相の翔鶴は朝潮の頭に向けて銃口を構え直し、トリガーに指を当てる

 

 

それと同時に朝潮は縛られた両手で敬礼の様な構えを源に向けると笑顔で言い放つ

 

 

 

「…司令官!朝潮、先にあの世で「だめぇえええ!!!」

 

 

白雪はまだ遠い距離の朝潮に向かって手を伸ばす

 

しかし翔鶴の持つ拳銃は白雪の叫びを無視し、無情にもその銃口から一発の弾が朝潮に向かって発射された

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

瑞鶴は見た

 

眼の前で朝潮の後頭部から勢いよく飛沫をあげる割れたスイカの様な真っ赤なゼリー状のものを…

 

燃え続けていた命の火が消える瞬間を…

 

 

自身が経験している訳でもないのにスロウモーションになる景色

 

 

額と後頭部に穴が空いた朝潮はぐるんと眼を白く剥かせて、糸の切れた操り人形の様にぐにゃりと地面に倒れ込む

 

 

「…あ…さ…「いやぁぁあああ!!!!」

 

 

目を大きく見開き、叫ぼうとした瑞鶴よりも先に白雪が頭を抱えて大声で叫ぶ

 

 

しかし逆に頭を吹き飛ばされた朝潮を見た艦娘達は一気にボルテージが上がる

 

 

「うぉぉおおお!!」

 

「ひょぉおおおっ!」

 

「いいぞー!」

 

 

 

少女の死によってテンションの上がった艦娘達は狂った様に大声を上げる

 

 

 

「…ふ、ふふ…ふふふ…ふひっ…ふひひひ…」

 

 

未だ硝煙の上がる銃口構えた翔鶴は引きつった笑顔で引き笑いを起こす

 

 

 

「朝潮さぁぁあん!!」

 

 

朝潮の亡骸にすぐに駆け寄った白雪

 

苦渋の表情でしゃがみ込み、朝潮の身体を抱き上げつつ、地面に飛び散った朝潮の脳を掻き集める

 

 

「…やだ…治さなきゃ…早く治さなきゃ…!」

 

 

 

テンションが上がり、歓喜の叫び声を上げる重巡達

 

ケタケタと高笑いをしながら悦に入る翔鶴

 

驚愕の表情で腰を抜かす瑞鶴

 

恐怖で怯え、身を寄せ合う駆逐や海防艦、軽巡達

 

 

信じられないといった様子で見ていた菊月は呟いた

 

 

 

「…なんなんだ…これは…」

 

 

狂気

 

暑い暑い太陽が照らす演習場広場を優しく、情熱的に包み込むは狂気という名の熱気だった

 

 

 

「やぁめろぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

ぱん、と翔鶴の持つ拳銃ではない銃声が広場に響く

 

 

集まる艦娘達の後方から朝礼台に向かってゆっくりと拳銃を構えながら近づいてくるのは駆逐艦、嵐だった

 

 

 

翔鶴達のいる朝礼台に近づくにつれ、現在の演習場の様子がはっきりと見えてくる嵐

 

 

 

「…朝潮!?…司令!てんめぇ朝潮に何をした!?」

 

 

銃口を源に向けて憤怒し、叫ぶ嵐

 

 

テンションの上がった重巡、戦艦達はまた誰かの死が見れると思い、嵐を止めるものは誰もいなかった

 

 

 

「…嵐…あらぁしぃぃぃ!!」

 

 

愛する閣下に銃を向けた嵐を見て、狂気を孕んだ笑顔のまま嵐に銃口を向ける翔鶴

 

そして拳銃のトリガーを引く

 

 

「…っうわぁ!」

 

 

放たれた銃弾は嵐の足元、地面に当たる

 

射撃され、驚いた嵐は思わず目をつぶって構えた拳銃のトリガーを引いてしまう

 

 

 

「…ぎゃあっ!!」

 

 

嵐の撃った銃弾は源には当たらずに翔鶴の拳銃を構えてた手の甲を貫く

 

 

距離にして約30メートル

嵐の奇跡のクリティカルヒットだった

 

 

嵐に撃たれた拍子に翔鶴が持っていた拳銃もどこかに飛んでしまった

 

 

「痛い…痛いぃぃぃ!!閣下!お逃げください!!閣下!」

 

 

源への危険を感じて源に向けてそう叫ぶ翔鶴だったが、当の本人は発砲をした嵐を見て唸りだした

 

 

 

「ゔぅあうあぅぅぅうう!!」

 

 

「閣下!」

 

 

そして唸りだしたと思うと、源は嵐の方に向かって走り出した

 

 

「おおー!走り出したぞ!」

 

「やれやれー!!」

 

「あはははは!」

 

 

まるで闘牛のような勢い、そして垂れ流される涎

 

そんな異常な状態の源を見て戦慄する嵐

 

 

「ひ、ひぃぃいい!!」

 

 

嵐は咄嗟に拳銃を源に向けて構える

 

 

(…う、腕…いや、足元…急所以外を狙わなきゃっ!…)

 

 

ふるふると震えながら、涙目になりながら源に狙いを定め

 

 

「…くっそぉ!」

 

 

その一言と共に2発続けて発砲

一発は外れて地面に、二発目の銃弾は源のふくらはぎを貫通する

 

 

 

「んぐぅぅううう!!んばぁあっ!!」

 

 

奇声を発しながら源は嵐を前に脚を抑えようとして転倒する

 

 

 

へなへなと座り込む嵐

 

その顔は口が開いたままの驚きの表情だった

 

 

 

「…はぁ…はぁ……」

 

 

「閣下!閣下ぁぁあー!」

 

 

朝礼台の方から源へと駆け寄るため走り出した翔鶴だったが、戦艦の少女達に両腕を捕まれる

 

 

「おっと…いけまセンヨ…最後まで見届けなきゃノンノン」

 

「そうですよ。勝手は許しませんよ?」

 

 

 

「くっ…はなっ!離しなさい!離せぇ!閣下ぁ!」

 

 

 

 

「ぐ…ぶじゅぅぅう…ふぐうぅ」

 

 

地面に顔を伏せて唸る源

 

嵐は立ち上がり、拳銃で源の頭を狙う

 

 

周りからはこれ以上ないほどの重巡や戦艦達の殺せコールが流れる

 

 

 

「「殺せ!殺せ!殺せ!」」

 

 

 

「…はぁ…はぁ……んっ…はぁっ……」

 

 

額から汗を流し、つばを飲み込む嵐

 

 

 

「…よくもっ…朝潮を…!…萩をっ!…舞を!……」

 

 

嵐の頭の中に野分の笑顔が流れる

 

 

 

「…のわっちを…!!」

 

 

(…だめだ…だめだだめだ!…止めるんだ俺!……嵐!…落ち着くんだ!)

 

 

カタカタと震える拳銃

 

源は伏した地面から嵐の顔を睨む

 

 

「ぁ…あらじぃぃ…ごぼぜぇ……!」

 

 

嵐には源が何を言っているのか理解不能だった

 

 

「…はぁ…はぁ…」

 

 

「やれー!殺せー!」

 

「撃てー!」

 

 

 

息を整えようとする嵐だったが、周りの雰囲気がそれを許さない

 

 

そして

 

 

 

 

 

 

「…いくじなしね…貸しなさいよ」

 

「!?」

 

 

抑揚のない声で誰かがそう呟くと、嵐から拳銃を奪って源の頭部に銃口を向け

 

 

"パンッ"

 

 

乾いた音が聞こえると同時に倒れ込んでいた源の側頭部に穴が空き、鮮血が飛ぶ

 

 

 

「閣下!閣下ぁぉああーーー!!」

 

 

叫び声を上げる翔鶴をよそに、源と朝潮の死を見た艦娘達は皆楽しそうに笑顔で声を上げた

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

同時刻、熱海近海

 

 

 

波も静かなこの海を滑る一人の少女

 

駆逐艦秋月だった

 

 

翔鶴から東海支部へ報告書を提出するよう命令された彼女は単独で海を航行する

 

 

その表情は疲れ果て、少しばかりやつれていた

 

着任から僅か数日で主力艦隊へ配属、それだけならまだ良いが、初の中規模作戦参加、一航戦達の暴走、眼の前で同期の萩風が沈み、空母達は仲間だった三航戦の面々を次々と沈めてき、頼りのはずの朝潮は意味の分からない罪を被せられ営倉へ送られる

 

 

「…私は…なんの為にここにいるのかな…」

 

 

 

思わずそう呟く

 

誰も聞いていない、海に向けての愚痴だった

 

 

 

暗い表情のまま、秋月は逃げ出す事すら考えられずに東海支部、東京の方へと進む

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

伊豆海軍基地

 

 

源の死をきっかけに演習場広場は滅茶苦茶な事態に陥っていた

 

 

 

「止めてよ!この縄解いてよ!」

 

 

「閣下!閣下!お返事を!閣下ぁあ!!」

 

 

 

瑞鶴、翔鶴は戦艦達に捕まり、軍艦旗や旭日旗を挙げるポールに縄で縛られる

 

 

 

「おい駆逐艦…そいつを渡しなさいよ!そいつも一航戦の魔女の一人よ!」

 

 

朝潮を抱きかかえ座り込む白雪は首を必死に横に振る

 

 

「嫌っ!嫌!止めて!触らないで!朝潮さん!朝潮さんっ!」

 

 

「…ちっ…」

 

 

朝潮を引き離そうとした艦娘は舌打ちをする

 

 

 

 

 

広場の別の場所では重巡達が駆逐艦を守ろうとする軽巡達に暴行を行っていた

 

 

 

「ほらっ!…そいつら渡しなさいよ!あの豚提督みたいにしてあげるから!」

 

 

「止めるにゃ!この子達に手を出すなにゃ!」

 

「離して!離してよぉ!」

 

 

 

「おぉーい!良いものあったよぉー!」

 

 

誰かが叫ぶ

 

そう叫んだ彼女は演習場の倉庫から角材や鉄パイプ等の"使いやすそうな"道具をいくつも持ってきた

 

 

「やった」

 

「使お使お」

 

 

艤装の使えない重巡や戦艦達は持ちやすそうな、かつ身体や頭に振り下ろされればただの怪我では済まなそうな道具を取り、逃げる駆逐艦や軽巡、オロオロとする潜水艦の娘達を追いかけ回し始める

 

 

 

 

「…ったく…いい加減そのガキ離せよ!」

 

「いやっ!…痛っ…やめてってば!」

 

 

朝潮を奪おうとする艦娘は白雪のお下げを片方引っ張るが白雪は離れない

 

 

 

「…こいつ…ムカつくよね…」

 

別の艦娘が泣きながら睨む白雪を見下ろして呟く

 

 

「はい、これ」

 

 

そう言って白雪のお下げを掴んだ艦娘に渡されたのは大きめのシャベルだった

 

 

「…あー…いいねいいね」

 

 

「…嫌…嫌ぁ…」

 

 

艦娘数人が朝潮を抱き抱える白雪を囲む

 

 

 

「…あの将校見習いに着いて行ってりゃあこんな事になんなかったのにね…残念だわ…」

 

「あははは…なんて言ったっけ?あの将校の名前…忘れちゃったわ」

 

「いーよいーよんなこと…じゃ、せーのからのフクロね?」

 

 

 

「…松井…司令官…」

 

 

 

白雪が泣きながら最後に見た景色は自分の頭上高く振り上げられた何本もの鉄パイプや角材だった

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「ふーんふふーん」

 

 

翔鶴と瑞鶴が縛られたポール

その足元には角材やゴミが集められ、一人の艦娘が鼻歌を歌いながらポリタンクから液体をかける

 

 

「…ちょ、ちょっと!何やってんのよ!」

 

「…」

 

 

瑞鶴は顔を赤くさせて液体をかけている艦娘に声を張る

 

翔鶴はぶつぶつと何かを呟きながら目を伏せて下を向く

 

 

 

「…え?灯油撒いてるんだけど」

 

 

キョトンとした表情で灯油を鶴姉妹の足元にかけている艦娘は答える

 

 

「意味わかん…そうじゃなくてっ!…や、解いてよ!縄!」

 

 

今度は顔を青くして必死に言葉を続ける

 

 

「駄目だって。お前ら魔女には魔女らしい処刑しないと…」

 

 

近くにいた別の艦娘が腕を組みながら瑞鶴に睨む

 

 

「…魔女は朝潮よ…」

 

 

翔鶴は下を向いたままそう返す

その声は地獄の底から響いてる様な低い声だった

 

 

艦娘は翔鶴の髪を掴み、頭を上げさせる

 

 

「…ぐっ…」 

 

 

「何が"魔女は朝潮よ"だ…私らからしたらお前ら一航戦皆が魔女だ…だからお前も…お前らも魔女仲間の朝潮の元へ行かせてやるよ」

 

 

翔鶴の髪を掴んだ艦娘がそう言うと別の艦娘達が源の死体を引きずってきた

 

 

「はいよー…うー…やっぱ艤装出せないと重いわぁ…このブタちゃん…」

 

 

「よし、そいつも燃やしちゃおう!…ん?おい…いつまでやってんだよ。早くそれも持ってこいよ」

 

 

 

翔鶴の髪を掴む艦娘は白雪にリンチを与えている艦娘達に声をかける

 

 

「…はぁ、はぁ…んだよコイツ…朝潮の手を握って離さないんだよ」

 

 

「はぁ?…んじゃあそのシャベルで腕ごと切っちゃえよ」

 

 

「ああ…そうね。オッケー」

 

 

 

考えるだけでも恐ろしい事をいつも通りといった風に淡々とやってのける重巡、戦艦達

 

 

瑞鶴はそんな彼女達を見てたまらず失禁

 

 

 

「お、お願いっ!…た、助けて!…何でもしますから!お願いします!」

 

 

涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら縛られ、動かない身体で必死に願う瑞鶴

 

 

「きったな…はい、こっち持って…っしょっと…え?何瑞鶴…なんか言った?」

 

 

先程まで翔鶴の髪を掴んでいた艦娘は瑞鶴の声を無視して源の死体を翔鶴たちの足元に運んでいた

 

 

「だっ!だからっ!お願い「閣下!閣下ぁぁっ!!」

 

 

再度命乞いをしようとする瑞鶴よりも声を張り上げたのは隣で縛られた翔鶴だった

 

こちらも愛する提督の死体を足元には置かれて発狂寸前…もとい、発狂していた

 

 

「ああ…閣下…!貴女の赤城はここです!…閣下!閣下!」

 

 

顔と撃たれた傷口に砂を付けた源の死体に向かって嬉しそうにそう声をかける翔鶴

 

 

流石に瑞鶴も堪忍袋の緒が切れた

 

 

「いい加減にしてよ!何が赤城よ!翔鶴姉は翔鶴姉でしょ!?しっかりしてよぉ!」

 

 

「閣下ぁぁあああ!!」

 

 

 

姉妹の喧嘩を見ていた艦娘が呟いた 

 

 

 

「…情けない…これが一航戦なわけ?」

 

 

 

「よぉおーーし!じゃあ処刑を始めるよー!!みんな集まれー!」

 

 

縛られた翔鶴、瑞鶴

 

その足元には灯油のかけられた源と朝潮の死体、朝潮の死体の腕には白雪の千切られた腕がしっかりと掴んでいた

 

 

 

そんな素敵なオブジェの前に集まる重巡、戦艦の艦娘達

 

皆目をキラキラと輝かせる

 

 

一人の戦艦がマッチに火を付けると

 

 

 

「バーニンッ☆」

 

 

と言って源の死体に点火したマッチの火を投げ入れる

 

 

 

「やめてっ!やめてっ!やめてぇぇええ!!」

 

「閣下ぁぁぁあああああ!!!」

 

 

 

 

ボッ、という音と共に勢い良く燃え上がる炎

 

集まる艦娘達からは「おおっ!」っと歓喜の声が上がる

 

 

「あぁぁぁあああああ!!あづいっ!あづいっ!!」

 

「かっ…ていっ!提督っ!提督ぅぅぁぁぁあああ!!!」

 

 

翔鶴と瑞鶴の二人を真っ赤な炎が優しく包む

 

 

 

そんな中で翔鶴は燃え盛る炎の中から幻を見た

 

騒ぐ重巡や戦艦達の後ろに立つ女性を…

 

 

翔鶴に似た黒く、艶のある長い髪

 

少し垂れて、しかし力強さの感じる瞳

 

白の道着を来て"ア"と書かれた飛行甲板タイプの前掛けを付けた女性を

 

 

「あ…ぁぁあ…がぁぁあ…」

 

 

 

 

全身を焼かれ、片方の視界が無くなる翔鶴は幻を見た

 

翔鶴に似た女性が悲しそうに、可哀想なものを見る目で翔鶴を見つめているのを

 

 

 

 

「…しょ……ね…え……」

 

 

途切れた声、そして黒く焦げる妹を感じながら翔鶴は、確信した

 

 

 

 

これは罰だ、と

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「…なんだあれは…」

 

 

伊豆海軍基地敷地内へ入ってきた桑田巡査部長と静岡憲兵機動隊

 

 

まだ距離のある演習場があるであろう方角の空に一本の黒煙が上がるのが見えた桑田は呟いた

 

 

 

「…巡査部長、あれは?」

 

 

防弾チョッキやヘルメットを装備した機動隊隊長が桑田に問うも、桑田は黒煙から目を離さなかった 

 

そして急に走り出す桑田

 

 

「桑田っ…おい!…くそっ!全員続け!」

 

 

桑田を筆頭に機動隊も演習場のある方角へと走り出した

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

(…そんな…)

 

 

演習場広場

 

広場の真ん中で力なく地面に座り込む駆逐艦、嵐

 

 

 

(こんな事になるなんて…)

 

 

(俺はただ…あのブタ司令を拳銃でちょっとビビらせて…これ以上艦娘に嫌がらせをしないようにって言おうとしただけだったのに…)

 

 

嵐は後悔し、絶望する

 

 

すると"どかんっ"と基地本館の方で爆発が起きる

 

暴徒化した艦娘が本館内で何かを爆発させたようだった

 

 

 

(どうしよう…どうしようどうしようどうしよう…)

 

 

嵐の額から汗が止めどなく流れる

 

喉は渇き、眼は瞳孔が開く

 

このような事態になったのはもちろん嵐だけのせいではなく、様々な負の線が重なって起きたことだ

 

しかし今の混乱している嵐には自分を追い詰める理由にはこの状況は十分だった

 

 

「…ちがう…俺はこんな事望んでなんか…」

 

 

両手を地面につけて自分に言い聞かせる

 

 

「のわっち…舞…萩…違う、違う違う違う…」

 

 

嵐の頭の中で水野の姿がよぎる

 

 

「…水野司令…俺は…だめだ…こんな俺なんか…そっちにいく資格なんて…」

 

 

 

「ごめんなさい…」

 

 

(ごめんなさいごめんなさいごめんなさい)

 

 

「ごめんなさい…ごめんなさい!ごめんなさい!!」

 

 

誰に向けての謝罪か

 

 

嵐は地面に額を打ち付け、泣きながら誰かに謝る

 

 

 

嵐は近くに黒い塊が落ちている事に気づく

 

 

「…あ」

 

 

それはグリーンライン島で嵐が手に入れ、数分前に源の頭を撃ち抜いた拳銃だった

 

 

 

ふるふると手を震わしながら拳銃を手に取る

 

 

 

「…みんな…ごめんなさい…」

 

 

嵐は手に持った拳銃の銃口を自分のこめかみに当てる

 

 

「…ぁぁぁあああああ!!!」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「全員動くな!静岡憲……!!」

 

「…なんだ…こりゃあ…」

 

 

 

演習場広場に突入してきた静岡憲兵察機動隊は広場の様子を見て絶句する

 

 

所々で怪我をして倒れ込む少女達

 

泣きながら逃げ惑う少女達

 

暴れる少女達

 

 

そして

 

 

「…あれ…人を…燃やしてんのか…?」

 

 

 

まるで季節外れのクリスマスツリーの様な燃えるオブジェを見た機動隊の面々は呆気にとられる

 

 

その燃えるオブジェの周りを少女達が楽しそうに見て騒いでいたからだ

 

 

「…はっ!?…き、救急と消防っ!お、お前!早く呼べ!あとお前は基地内にある消火器をかき集めてこい!」

 

機動隊隊長は隊員達にそう指示をする   

 

 

「1班!暴れるガキどもを捕まえろ!2班!逃げ回ってる者を保護!残りは俺と本館の方へ向かうぞ!」

 

 

「り、了!」

 

「「了!」」

 

 

 

隊長の指示に一瞬たじろぐも、直ぐに離散する機動隊隊員達

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「全員動くな!静岡憲兵だ!」

 

機動隊はキャンプファイヤーの周りにいる艦娘達を銃を構えながら二列で囲む

 

 

「はぁ!?なんだてめぇら!」

 

「ぶっ殺せー!」

 

 

機動隊を前にして敵意剥き出しで角材などの武器を構える艦娘達

 

 

「お前ら!手に持った物を降ろせ!すぐにだ!」

 

 

「うっせぇ!死ねぇ!」

 

 

機動隊に言われ、逆上し武器を振り上げ襲いかかろうとする艦娘達

 

 

「威嚇射撃!撃て!」

 

 

機動隊班長の令により空へ向け拳銃を発砲する機動隊前列

 

 

「「!?」」

 

 

発砲音を聞き一瞬動きが止まる艦娘達

 

 

「今だ!確保!」

 

 

 

「「「おおおおおおおおおお!!」」」

 

 

次に透明な防弾盾を構えた機動隊が重巡、戦艦達に突撃する

 

 

 

「いっ…!!てめぇらぁ!」

 

「やっやめてぇ!」

 

 

出撃数が少なく、練度の低かった重巡たちはあっという間に制圧されるが、戦艦の数人は盾に抑えつけられながらも抵抗をする

 

 

「…大人しくしろぉ!」

 

 

「は、な、すデェ―ス!」

 

 

戦艦の一人は抑えられていた盾を振りほどき、鉄パイプを一人の機動隊隊員に向けて振り下ろす

 

 

しかし経験の差、隊員はアームガードで防御する

 

 

「やめろぉ!」

 

「この女を抑えろ!」

 

 

「…んのっ!ファッキン!!」

 

 

威勢虚しく機動隊隊員の持つ警棒で殴打され大人しくなったところを拘束される某高速戦艦長女

 

「動くな!」

 

「動くなぁ!」

 

「抑えろっ!」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「…ひどいな…」

 

 

別の機動隊員は拳銃で自分の頭を撃ち抜いたと見られる駆逐艦を抱きかかえる

 

 

「…もっと早く突入していれば…すまない…」

 

 

機動隊員は事切れる駆逐艦に謝罪し、開いていた彼女の眼をそっと指で閉じさせる

 

 

 

「…広場、制圧完了だ」

 

 

重巡、戦艦達を拘束し、広場を制圧した別の隊員が声をかけてきた

 

 

「…ああ…」

 

 

隊員は抱えられた駆逐艦の少女を見て表情を歪ませる

 

 

「…あっちの…朝礼台横で亡くなっている娘もひどい状態だ…片方の手首から先が切断されていたよ…」

 

 

「…ここは…地獄だな…」

 

 

少女を抱える隊員も眉間にシワを寄せてそう返す

 

 

二人の隊員は朝礼台横で消火活動をしている機動隊員達に視線を向け

 

 

「地獄よりも酷い…特殊機動隊に配属されて長いが…こんな景色見たことない…」

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

基地本館 工廠

 

 

大きな爆発を起こした工廠では外の景色がまるまる見えるほど壁に大穴が空いていた

 

 

 

未だ工廠内では所々で炎が燃え盛っていた

 

 

 

「おーい!誰かいないか!?」

 

機動隊員は工廠内に足を入れ声を上げるが返事は無かった  

 

 

「…ゔ…これは…」

 

 

瓦礫や開発途中の道具が散らかる中、機動隊員が生存者の代わりに発見したのは女性のものと見られる腰から下、下半身だけの死体だった

 

 

 

「…隊長に無線を入れろ…生存者無し、と…」

 

 

「…了…」

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「…!動くな!」

 

「きゃあ!」

「ひいぃっ!」

 

 

艦娘達が普段利用している食堂に入ってきた機動隊員達は隅に集まり、怯えている艦娘達を発見する

 

 

「……」 

 

 

隊員達は怯える艦娘達を見て敵意が無い事を察すると構えていた拳銃を下げる

 

 

「…安心しなさい!君達を保護しにきた憲兵察だ!まだ他に逃げた娘はいるのか!?」

 

 

隊員が一人前に出てそう問うと、怯える艦娘達の中から一人の少女が隊員の前に立つ

 

 

「お、お前らも球磨達を…イジメるクマ?」

 

 

声を震わせ、涙目で隊員にそう返す怪我だらけの少女

 

 

「…そんなっ……ん、いや…」 

 

 

少女に言い返そうとした隊員だったが、何かを思い出したかのように、はっとして言葉を止める

 

 

「…」

 

 

そして少女の前に片膝をつき、少し小さめの身長の少女の目線よりも低くなる

 

 

ヘルメットと手袋を取り、ぎこちない笑顔を作ると優しく声を出す

 

 

「…そんなことないよ。君達を保護しに来たんだ…辛かっただろう。もう大丈夫だ!」

 

 

そう言ってゆっくりと少女の頭に自分の手を乗せる

 

 

びくりと少女は身体を震わせたが、隊員の真っ直ぐな眼を見てなにか思うところがあるのか、少女も眼から涙を流して隊員に抱きついた

 

 

 

「ク、クマぁぁあ!!」

 

「おっとと…」

 

 

見た目よりも力が強かった少女に少し圧されたが、よしよしと少女の頭を撫でる隊員

 

 

「…大丈夫だ。大丈夫だよ」

 

 

 

少女に抱きつかれた隊員を見て別の隊員達はほっとする

 

 

そして

 

 

「こちら2班C隊、食堂にて負傷した少女達を保護、繰り返す。食堂にて負傷した少女達を保護…」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

こうして、機動隊の活躍により重巡、戦艦達の起こした伊豆海軍基地の暴動は鎮圧された

 

 

 

艦娘死亡者 8人

艦娘負傷者 25人

軍関係者死亡者(人間) 1人

軍関係者負傷者(人間) 3人

 

 

艦娘逮捕者(拘束) 17人

 

 

数10分遅れで救急隊、そして消防隊も駆けつけ敷地内の消火、及び艤装を展開出来ずに負傷した者を病院へと移送する事となった

 

 

 

そして逮捕された艦娘達はそのまま艤装展開制御の電磁波の効果のある基地内の営倉へと一時的に拘束される事になる

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

翌日 伊豆海軍基地正門

 

 

未だ憲兵察や海軍関係者が捜査の為に出入りする正門の前で松葉杖をついた遠江の提督、水野が最上、長門と共に立っていた

 

 

「…」

 

 

水野は長門の肩を借りてしゃがみ込み、最上から花束を受け持って正門の前に花束を置く

 

 

水野が片手で拝むと最上は両手を合わせ、長門は黙祷する様に目を瞑る

 

 

「……ごめんな…嵐…」

 

 

 

「…提督のせいではない…」

 

「うん…提督は悪くないよ」

 

 

 

長門と最上が水野にそう語りかける

 

 

「…ありがとう…最上、長門…」

 

鼻をすすり、そう礼を言う水野

 

 

「…龍驤達には…今は黙っておこう…きっとそれが良い…」

 

 

長門は水野の背に優しく撫でる様に手を当てる

 

 

「…いずれは…知る事になるだろうけどねぇ…っつか…長門、あんたちょっとかっこいい風に言わないでよ…ロリコンのくせに…」

 

 

ずずっと鼻をすする水野

 

 

「な…わ、私は小さくてかわいい駆逐艦を性的に見ているだけだ!…」

 

 

 

「…水野…中佐?」

 

 

水野と長門の微笑ましいやり取りに男性の声が

かかる

 

3人が振り返るとそこにいたのは桑田巡査部長だった

 

 

 

 

「…あんた…桑田さんだっけ…」

 

「ええ…先日はお世話になりました」

 

 

礼儀正しく頭を下げる桑田

 

 

「…桑田さんも…大変だったね…」

 

 

水野は長門の肩を借りて立ち上がると煙草を取り出し、口に咥える

 

 

「…はは…これからまた現検ですよ…それよりも…少しばかりお時間よろしいですか?」

 

 

「…?」

  

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

桑田に連れられて伊豆海軍基地正門から少し離れた海沿いの道に来た水野達

 

そこは奇しくも清原がよくサボりに来ていた場所だった

 

 

 

「…松葉杖なのに申し訳ありません…」

 

 

申し訳無さそうに頭を下げる桑田に水野はなんてこと無しといった風に手を振る

 

 

「これくらいどぅってことないって…」

 

 

 

「…実はこちらを貰ってほしくて…」

 

 

そう言って水野に差し出したのは1冊のファイルだった

 

 

「…これは?」

 

 

「…昨日の暴動事件の報告書です…うちの…静岡憲兵察署長に提出したところ…こんなものはいらない、と言われまして…」   

 

 

事件当日、桑田が書き上げた報告書は憲兵察署長から受け取りを拒否された  

 

理由は明らかとなっていないが、どうやら東海支部からの手回しが入った様だった

 

 

「…艦娘達が暴動を起こした、なんて事実は無かったことにしようとしているみたいです…」   

 

 

 

「…上からの圧力ってやつね…つまらない事してくれるわね…」

  

 

涙が引っ込み、額に青筋を立てた水野がそう返す

 

水野の様子を見ていた最上が口を開く 

 

 

「…でも、なんで提督に?」

 

 

「…貴女には…真実を知っておいて欲しいからです…貴女なら信用できる…私が勝手にそう思いました」   

 

にこりと笑い、最上にそう返答する桑田

 

 

ファイルを受け取りパラパラと内容を確認する水野

 

 

「…こんなことして海軍…いや、憲兵察にバレたら…桑田さんもヤバいんじゃないの?」

 

 

 

 

「…これが私の"正義"ですから…」

 

 

 

そこにいたのはくたびれ、僻地に追いやられ上からの雑務を押し付けられ仕事する窓際中年憲兵察官ではなく、在りし日の情熱をその目に宿し、正義を背負う一人の憲兵察官だった

 

 

「ふ…あっはっはっは!」

 

 

そんな男に目の前に高らかに、豪快に笑う水野

 

 

 

「あーっはっはは…桑田さん。アンタ気に入ったわ…わかった。コイツはアタシが引き取るよ…」

 

 

 

「ありがとうございます。水野中佐」

 

 

再度頭を下げる桑田を見て長門が少し心配そうにする

 

 

「…提督…大丈夫なのか?…こんなもの他の軍の者に見つかったら…」

 

 

ぴ、と長門に人差し指を向ける水野 

 

 

「…支部の…大本営にゃあ一人信用できる奴がいる…もしもの時はそいつに渡して保管してもらうよ」

 

 

「…それってたまに提督が話してる資料室の事?」

 

 

最上が首を傾げながら問うと水野は頷く

 

 

「…詳しくはアタシも知らないけど…噂じゃあ大っぴらに公開できない書物関係を保管する部署があるって話だ」

 

 

「…信用していいの?」

 

 

「さぁね…まぁもしもの時は、だからさ」

 

 

水野はそう言い終わると、ファイルを閉じて最上に渡す

 

 

 

「それより桑田さん。実はアタシからも2つばかりお願いしたい事、あんだよねぇ」

 

 

にひひ、と悪戯な笑顔で桑田に一歩近づく

 

 

「…ええ。私にできる事ならなんでも言ってください」

 

 

桑田がそう言うと、水野は最上に渡したばかりのファイルを奪い、あるページを開く

 

 

 

「まず1つ目に…このファイルに載ってる死亡した駆逐艦の娘…ああ、この娘とこの娘と…あとこの娘ね…この3人の死体が欲しいわけよ」

 

 

いきなりの要求に驚きを隠せない桑田

 

 

「…死体を…ですか?」

 

 

「死体安置所にあるんでしょ?…艦娘だからさ、うちの工廠で弔ってあげるわ…何も知らない奴に火葬なんてされたら可愛そうだもの…」

 

 

「…うーん…ですが…この娘は…」

 

 

桑田はファイルに載る艦娘の名を指差す

 

 

「…ああ…良いよ。炭になってもバラバラになってもうちの工作艦ならなんとか解体できると思うから」

 

 

 

「…うーむ…なら…わかりました。なんとかしましょう」

 

 

少し悩みながら桑田は了承の返事をする

 

 

 

「それともう一つは…」

 

水野は長門と最上をちらりと見る

 

 

 

「…あれか」

 

「…あれだね」

 

 

長門と最上は二人して頷く

 

 

 

「…新たにうちに2人新顔が増えてね…そいつらの事でちょっと相談したくてね…」   

 

 

「…相談、ですか…誰かの為に何かを考え、行動しようとする水野中佐は凄いですね…一体何が貴女を動かすんですか?」

 

 

 

うーん、と唸った水野は先程桑田が言った言葉を思い出し、笑いながら続けた

 

 

 

 

 

 

「…ま、アタシなりの"正義感"ってやつかな?」

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 

 

 

 

 

 

その日の夜

 

 

人の気配の消えた基地本館

 

いつか松井が使用していたゲストルーム内でテレビの明かりだけがついていた

 

 

部屋の明かりもつけずにテレビの前に座っているのは駆逐艦、菊月だった

 

 

誰かに殴られたのか、額にガーゼを貼り付け、ぼうっとした表情でテレビを見続ける菊月

 

 

 

「……つまらないな…」

 

 

 

テレビの明かりが彼女を照らすが、菊月はテレビから顔を背けて椅子の上で膝を抱えて小さくなる

 

 

 

「…白雪…野分…松井補佐官…憲兵さんや龍驤さん…」

 

 

菊月は震え声でいなくなった者たちの名を呼ぶ

 

 

「…皆と一緒に観ないと…全然楽しくなんて…ないよ……!」

 

 

 

戦友たちを亡くした少女は親友から預かった形代を握り、涙する

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか?


一先ずはここで反逆編、暴動編の本編は以上となります…が、コメント欄でもお答えしましたが龍驤のいた桜龍編もそのうち書きます

今はまだその材料が足りないので…


ちなみにリクエストを頂いた場合、基本的には反逆編、暴動編の様な形でお話を創ることになると思います(お話の長さは作者の集中力次第です)


今回の場合は龍驤と憲兵のラブストーリーをメインに、サブメインの松井、朝潮、白雪、水野で…かつ、史実にも沿った形でお話を進めました(翔鶴達の一航戦、史実では二航戦の三航戦達、伊豆の朝潮、白雪、時津風代わりの天津風、駿河の荒潮といったダンピール組などなどですね)   



なお、今回のお話では出てこなかったロリコンガチ勢の今川さんですが、無事逮捕されました。

彼の末路を見たい方はメッセージを頂けると、もれなく作者から「ごめんない」と返信させていただきます。


では次回のお話で反逆編の締めとし、次の物がた…もとい、次のファイルの閲覧へと繋がるお話となると思います。


どうぞよろしくお願いします

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