大本営の資料室   作:114

32 / 96
大隅編を書き直していたら更新遅れました…

そちらは進行状況20%といったところですね





File31.山ちゃん

 

 

本を読む

 

するといつも本の記憶を読んでしまう

 

読んでいる時の場面は様々だ

 

 

 

劇場で映画を観ている様に

 

 

実際にその場で

 

 

まるで記憶の中の誰かの視線の様に

 

 

 

そして記憶の世界から戻ってくる時は夢から覚めるように意識が戻ってくる

 

 

その間体調に変化なんて起きたことは今までなかった

 

 

 

…今日までは

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「…うっおえぇぇぇえっ!!」

 

 

「「「!!?」」」

 

 

 

第四資料室 そろそろ正午になろうとしていた頃

 

資料の閲覧が終わった山田は意識が戻ってくるのと同時に盛大に嘔吐した

 

 

「だ、大丈夫っすか!?」

 

 

田中や松井よりもすぐにハンカチを取り出したのは松井の部下、犬飼だった

 

 

「…げほっ…げほっ…」

 

 

「お、おい…」

「や、山田ちゃん?」

 

 

犬飼からハンカチを借りた山田はソファーに座ったまま、すぐに口元にハンカチを当て咳をする

 

犬飼は心配そうな表情で隣に座り山田の背に手を当て

 

 

「…大丈夫、ゆっくり深呼吸をして…」

 

 

「おい…俺らは何をすれば良い!?」

 

田中は犬飼に声を大きめにそう問いかけると、犬飼は人差し指を自身の口元に当てて静かに、とジェスチャーする

 

 

「…とりあえず…中尉は飲み水をお願いするっす…松井准将は…濡れタオルを…キレイなタオルでお願いしますっす」

 

 

「お、おう…」

「わかったで!」

 

 

犬飼の指示に田中達ははたじろぎながら資料室を出ていく

 

 

「はぁ…はぁ…すい…ません…」

 

山田は顔を青くしながら犬飼に謝罪するが、犬飼は山田の背を優しく撫で続ける

 

 

「…気にしなくていいっす…落ち着いて…落ち着いて」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

「…大丈夫か?…山田…」

 

 

田中が持ってきた水を少し飲み、松井の用意した濡れタオルを額に当て犬飼に介抱されながら、上下紫色のジャージに着替えてソファーに仰向けに寝転がる山田

 

 

そんな彼女を松井と田中はソファーの前の椅子に座って心配そうに眺める

 

 

「…はい…あ、すいません…その……掃除してもらっちゃって…」

 

 

山田は部屋の扉近くに置かれた雑巾のかけられたバケツに視線を向け田中達に謝罪する

 

 

 

「…ええってええって…それより僕らの方こそごめんね…」

 

 

「…え?」

 

 

松井は改まった姿勢で椅子に座りながら山田に頭を下げる

 

 

「…山田ちゃんが資料読んどる間、タナちゃんから聞いたわ…山田ちゃん昨日からぶっ続けで資料読んどったって…それに変な状態にもなってた聞いたから…」

 

 

 

そこで山田はふと思い出す

 

 

今朝大隅の提督に会って、電の霊的な何かが自分に乗り移って深雪を抱きしめた事を

 

 

 

「…変な…状態…あはは…確かにそうでしたね…」 

 

 

「…とにかくお前の今日の業務は終わりだ…そんなんなってまでやる仕事じゃねぇよ」

 

 

力なく笑う山田に向かってそう言い捨てる田中

 

言い方は悪いが田中なりに心配しているのがわかる

 

 

 

「…うー…でも…」

 

 

「だめだ、クソチビ女。少し休んだらとっとと寮帰ってクソして寝てろ。明日も無理して来なくていい」

 

 

(ツンデレやなタナちゃん)

(ツンデレっすね、中尉)

 

 

「…しゅ、しゅいましぇん…」

 

 

今の状態の自分を情けなく感じたのか、田中の言い方に打たれたのか…涙目になりながらそう答える山田

 

 

「…犬っころ、わりぃが後で山田を寮まで送ってやってくれねぇか?」

 

 

田中にそう頼まれた犬飼は松井の方を向く

松井は良いよ、と言ったふうに笑うと再度田中の方を見て頷く

 

 

「…了解っす…一応男子禁制っすからね…女性寮は」

 

 

「…悪いな」

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

午後

 

 

ソファーで休んだおかげか、体調が少し良くなったと言う事で、犬飼が付き添って寮の方へと戻っていった山田

 

 

資料室には松井と田中の二人が残った

 

 

 

「…僕のせいかな…山田ちゃんの体調悪くなったんは…」

 

 

ソファーに座る松井は申し訳無さそうに田中に向かって呟く

 

 

窓枠に腰を掛けて煙草を吸う田中は松井を見ずに答える

 

 

「…いや…ファイル読ませるきっかけを作ったのは俺だ…アイツの体調を気にするべきだった…」

 

 

 

「…お互い…反省会やな」

 

 

自嘲するように呟いた松井はテーブルに置いてあった缶コーヒーを飲む

 

 

「あ」 

  

 

「…なんや?」   

 

 

 

何かを思い出した田中はのそのそと冷蔵庫の方へと向かう

 

 

「…いや…アイツ用に用意してた弁当あったの忘れてたわ…」

 

 

(…お母さんかな?)

 

 

言動こそ荒っぽいが実は田中が結構優しい男だと松井は知っている

 

先程山田の体調が悪くなって横になってた時も煙草を吸わなかった、それに犬飼の指示にもすぐに動き、気づけば山田の昼食を用意しておく、と

 

 

 

ふふ、と笑いながら田中の背後から冷蔵庫の中を見る松井

 

 

「…その弁当?」

 

 

「いや、これは俺の明日のモーニングだ…あれ?…いや、さっき買っといたんだけどな…」

 

 

冷蔵庫に入れといたはずの山田の弁当が無くなっていて田中は首を傾げる

 

 

 

「…ワンちゃんが山田ちゃんの為に持ってったんちゃう?」

 

 

「うん?…うーん…そう、か…?」

 

 

少し何かが引っ掛かりながらも冷蔵庫の扉を閉め、再度窓枠に腰掛ける田中

 

 

 

「…なぁ、タナちゃん」

 

 

「ん?」

 

 

ソファーに座った松井はテーブルに置かれた暴動事件のファイルの表紙を見る

 

 

 

「…実はこっち戻ってくる途中…ワンちゃんと色々話してたんや…山田ちゃんのこと」

 

 

「…ああ、あの犬っころ…ファイル読んでる山田見て驚いてたな」

 

 

 

信頼する准将の話とはいえ、最初は山田の力の事を信じていなかった犬飼  

 

しかし実際に山田がファイルを読んでいる姿を見て、その異常な空気を肌で感じていた様だった

 

 

 

「…山田ちゃんの能力の事なんやけどな…もしかしたら…なんやけど…」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 

 

 

 

 

東海支部士官寮 山田の部屋

 

 

 

「うぶぶぶぶ…申し訳ありませんです…少佐…」

 

 

犬飼に支えられながら自身の部屋へ入った山田

山田はそのままベッドへ横になる

 

 

「…気にしないでいいっすから…水とかいります?」

 

 

「いえ…大丈夫です…」

 

 

 

ベッドにうつ伏せで倒れ込む山田は失礼と思いながらも側頭部を犬飼に向けて返答する

 

 

「…あ、あの…」

 

 

「…?はい?」

 

 

顔を埋めた枕から山田の籠もった声が聞こえてくる

 

 

「…あー…まっつん先輩…気にしてましたよね…?白雪さんの事…」

 

 

犬飼は山田に毛布を掛けながら考える

 

 

山田が資料を読んでる最中…いや、特院へ行った時から松井は白雪のことを気にしていた

 

 

口にははっきりとは出さなかったが、あの病院の駆逐艦のフロアでは吹雪型の少女に意識を向けていたのはわかっていた

 

 

「…そうっすね…やっぱ…大事な人だったみたいで…」

 

 

 

「…ぅぅううぅぅぅ…」

 

 

山田はうつ伏せのまま悩む

 

 

確かにファイルの記憶で白雪を見た

 

 

否、白雪の最期を見た

 

しかし敵に撃たれて海に沈んだわけでもなく、仲間を庇って爆発したわけでもなく…

 

 

艦娘達のリンチ

 

 

それも想像を超えた酷い内容の…

 

 

 

(…まっつん先輩になんて言えばいいんだろう…)

 

 

きっと真実…白雪の死の詳細を話せば松井はショックを受ける

 

間違いなく…

 

 

もしかしたら暴れ出すかもしれない…

 

 

(…いや…まっつん先輩に限ってそんな事は…)

 

 

山田は松井の…今よりも若い頃の松井の過去を見た

 

 

大人しく弱気で、しかし真面目で芯は意外にもしっかりしてて…

 

 

誰に対しても優しい

 

 

きっとそれは今でも変わっていないのだろう

 

初対面で明るく接してくれた二人目の先輩…実際は上官だが

 

 

 

(…まっつん先輩の悲しむ顔…見たくないなぁ…)

 

 

「少尉」

 

 

「ふ、はいっ!」

 

 

凛とした声で呼び掛けられた山田は思わず顔を上げて、ベッドの上に正座して犬飼の方を見る 

 

 

「…ふふ…わかりやすい人っすね…」

 

 

ベッド横に置いてあった椅子に座って山田を見つめる犬飼はそう言って小さく笑う

 

 

「…犬飼…少佐…?」

 

 

「…一つ教えてあげるっす…少尉よりも松井准将と長く一緒にいる自分からのアドバイスっす」

 

(…少尉よりちょっとだけ、ですけど…)

 

 

 

「…あどばいす…」

 

 

犬飼は頷く

 

 

「…松井准将は嘘が嫌いっす…准将本人も冗談は言っても嘘だけは絶対つきません…だから…准将には本当の事を教えてあげてほしいっす」

 

 

犬飼は少しだけ表情を歪ませて山田にそう伝えた

 

自分では解くことが叶わなかった松井の過去の呪いを…もしかしたら、山田なら解決できるかもしれない…と

 

 

「…犬飼少佐…まっつん先輩の事好きなんですね…」

 

 

「…は?」

 

 

突然山田の口から放たれた言葉

 

いや、確かに犬飼は松井を異性として意識しつつあるので山田の発言はあながち間違いでも「いやいやいやいや!なんでそうなるっすか!?」

 

 

 

顔を赤くした犬飼はわたわたと両手を動かす 

 

 

「…あれ…違うんですか?」

 

キョトンとした顔で首を傾げる山田

 

 

 

「…ん…まぁ…いや、そ、それよりも…」

 

 

咳払いをして話を逸らす犬飼

 

 

 

「…どんな結果であろうとも…准将には真実を教えてあげてくださいっす…それが…准将の為でもありますし…あの人にかけられた過去の呪いを解く、たった一つの方法だと思ってるっす」

 

 

 

真剣な眼をした犬飼は願う様に山田に小さく頭を下げる

 

 

「…わ、わかりましたから!…頭を上げてください…っていうか駄目ですよっ!少佐が少尉に頭下げちゃ!」

 

 

少し慌てた山田は両手をワタワタとさせながら犬飼にそう返した

 

   

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

「…サイコメトリー?」

 

 

「せやで」

 

 

 

第四資料室

 

太陽が沈み始めて資料室の部屋を少しだけオレンジ色の光が差し込んでくる

 

 

 

ソファーに座った田中は隣に座って缶コーヒーを飲む松井へ聞き返した

 

 

 

「…あれか…物に触れてその記憶を読むって超能力だったか…」

 

「せや…まぁ正しい定義かどうかはわからへんけどな…向こうの国じゃあ実際に事件の捜査でも使われとるって話や」 

 

 

田中は暴動事件のファイルに目を向ける 

 

 

 

「…ならあれか、アイツは本の記憶を見た訳じゃなくて、本の残留思念を読み取ったってことか…」

 

 

「…多分、やけど…」

 

 

「うーん…」

 

 

 

田中は考える

 

 

サイコメトリー…確かにそれらしい力ではあるが、それなら(恐らく大隅の)電が乗り移ったのは一体何だったのか、と

 

 

「…仮説の一つだな…確実にそうとは限らねぇ…」

 

 

「…可能性はあるやろ?」

 

 

「「……」」

 

 

 

考え込む田中と松井 

 

 

「あー!やめやめっ!…こんな事考えてたら頭ん中ふやけちまう!」

 

 

本日何本目か…田中は煙草の箱を取り出すが、中は空っぽだった

 

 

 

「……ちっ…」

 

 

「…タナちゃん…煙草無くなってからのその舌打ちする癖…やめたほうがええで?」

 

 

 

くしゃりと空の煙草の箱を握りつぶすと、くずかごへ投げる田中

 

 

 

「んナイッショ!」

 

 

「外れたわアホっ!」

 

 

くずかごの方へ歩いていく田中はよっこらしょとしゃがみ込み、煙草の箱の亡骸を拾うとくずかごへ捨てる

 

 

「おら、さっさと行くぞ…もう今日は終わりだ終わり」

 

 

携帯と財布をポケットにしまった田中は窓を閉めながら松井に声をかける

 

 

「…せやな…ほんならもう行こか」

 

 

松井もソファーから立ち上がると田中の後を追い、資料室の扉の方へ向かう

 

 

 

 

田中と松井が資料室から出ていって数分、無人だった資料室の部屋奥、ちょこんと置かれた掃除ロッカーの扉がギギギとゆっくり開く

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

その日の夜

 

 

東海支部士官寮 山田の部屋

 

 

真っ暗な部屋の中、ベッドの上に仰向けになるジャージ姿の山田

 

 

 

「…あー…うー…」

 

 

白雪の事を…松井がいなくなったあとの伊豆で起きた出来事をなんと説明すればいいのか

 

 

山田は悩みに悩んでいた

 

 

 

「…少佐はああ言ってたけど…んぁぁあ…無理だよ…はっきりなんて…」  

 

 

 

目を閉じればなんとなくあの記憶の景色を思い出す

 

 

「………ぐぅ……言うしか…ないかなぁ…」

 

 

悶々としながら山田はベッドの上をゴロゴロと転がっていた

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

部屋は変わり松井の私室

 

 

 

松井もベッド横の机を前に、鴇田から奪った眼鏡をかけて椅子に座って特院の報告書をまとめていた

 

 

加藤少将には口頭で報告はしたものの、やはり報告書として残すのは当然の事

 

 

松井はペンを走らせていたが、ふとした時に机の上に置いた龍驤からの形代に視線を向ける

 

 

 

「…サイコメトリー……」 

 

 

ある日松井宛に届いた小包

 

 

菱作戦で無くしていたものと思っていた形代が入っていた

 

手紙も何もなく形代だけ…  

 

 

もしも山田の力があればこの形代から更に記憶を読めるのではないだろうか?

 

 

 

「…いや…」

 

 

松井は眼鏡を外し、形代からも視線を外す

 

 

「馬鹿だな僕は…」

 

 

目頭を右手の指で指圧すると、松井は報告書作りを再開する

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

翌朝 第四資料室

 

 

「あー…ええと…山田ちゃん?」

 

 

ソファーに座り、知恵の輪を手にし固まる松井

 

目の前には松井の前で床に正座する山田の姿があった

 

 

「おはようございます!…まっつん先輩!」

 

 

山田ははっきりと松井の目を見て挨拶をする

 

 

「…うん、おはよう…って、体調大丈夫なんか?」

 

「お陰様でバッチリです!」

 

 

「…あ、うん…そっか…」

 

松井は資料室内をキョロキョロと見回して扉近くに立つ犬飼を見る

 

しかし犬飼は何も言わずに松井に微笑み返す

 

 

「…」 

 

 

(…ワンちゃん…山田ちゃんになんか余計な事言うたなぁ…?)

 

 

 

「あ…えと…た、タナちゃんはどうしたん?」

 

 

「田中先輩なら朝食を買いに行きました!」

 

 

本日、資料室にいるのは山田、松井、犬飼の3人

図書委員長は食堂へ出張中だった

 

 

 

「…へー…ん?…あれ?……ふーん」   

 

 

松井は何かが気になったが、まぁいいやといった風に流す

 

 

 

「…それで…なんでそこで正座しとるんや?山田ちゃん…」

 

 

 

「まっつん先輩!…昨日お教え出来なかった伊豆の暴動事件の件…私の視た全ての事をお話します!」

 

 

 

山田のその態度、雰囲気で理解する松井

松井は犬飼の方を再度向いてジト目で睨むがすぐにため息

 

 

「…はぁ、オッケー…お願いするわ、山田ちゃん」

 

 

松井は解き終わった知恵の輪をテーブルに置いて、ソファーの隣をぽんぽんと叩く

 

 

頭を下げて、正座を解くと山田も松井の隣、ソファーへ座る

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

それから山田は伊豆暴動事件、そして菱作戦で視たものを松井に嘘偽りなく説明した

 

時折眉をピクリと動かしたり、拳を握ったりと小さなリアクションはあったものの、松井は黙って、催促することなく、表情も変えずに黙って聞いていた

 

 

 

菱作戦での今川と源の思惑

 

水野の艦娘達への想い

 

朝潮が人知れず龍驤や駆逐艦達を密かに助けていた事

 

翔鶴の本性

 

龍驤と清原が生きていたこと

 

 

そして白雪や明石、朝潮達の死

 

彼女らの亡骸を引き取り、艦娘として弔ってくれた水野の事

 

 

山田の知る限りの情報を、松井に話した

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「…い、以上…です…」

 

 

山田は松井に向かって頭を下げる

松井は山田から視線を外していつも田中が座る窓の方を向く

 

 

遠い目で窓越しに数秒海を眺めると、目を瞑ってふぅ、と息を吐く

 

 

「なんやなんやっ!龍驤さん達ボートの上でイチャコラしとったんかー!くっそー!」

 

 

「…え?」

 

 

松井はいつもの調子でケラケラと笑う

 

 

「いやーっ…ほんまに山田ちゃんの能力は凄いなぁ…それに記憶力もええ!…いひひひひっ!」

 

松井は笑い声をあげながら山田の頭をワシワシと撫でる

 

 

「…ありがとう、山田ちゃん…ちゃんと教えてくれて」

 

 

松井は優しく、穏やかな声で山田の頭に手を乗せたまま礼を言う。その表情は山田からは見えなかった

 

 

「…」

 

 

扉横に立つ犬飼は何も言わずに視線を落としている

 

 

「う、うぶぶ…まっつん先輩…み、見えっな…」

 

 

「よっしゃよっしゃ!頑張った山田ちゃんにはご褒美スイーツや!…用意するからちょっと待っててや!」

 

 

「うぐぇあっ」

 

 

松井は山田の頭を上からぐいっと押してソファーから立ち上がり扉の方へと向かう

 

 

犬飼も松井についていこうとすると

 

 

 

「…ワンちゃんはここにいてや」

 

 

「……はい」

 

 

松井に断られ、そう一言だけ返事をする犬飼

 

 

「…ま、まっつん先輩…?」

 

 

 

山田はソファーに座ったまま背を向けている松井の名を呼ぶ

 

松井は振り返ることなくもう一つ息を吐く

 

 

 

「…本当に…ありがとう……山田ちゃんのおかげで僕もようやく前、向けそうや…」

 

 

そう言って扉を開けて松井は資料室から出て行ってしまった

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「…よぉ、大将」

 

 

ご褒美スイーツを用意するため、食堂へ向かおうと資料室前の廊下を一人歩く松井に声がかかる

 

 

「……タナちゃん…」

 

 

そこにいたのは廊下の壁に背をついた田中だった

 

 

「…なんや…聞いてたんか…」

 

「…なんのことだ?」

 

 

松井の問いに田中は知らんぷりをする

 

 

「食堂から戻ってきたら資料室の場所が分かんなくなってな…ここで誰か来るの待ってただけだ」

 

 

「…ひひひ…なんやそれ…」

 

 

松井は呆れるように笑う

 

 

「なあ…俺ぁ今煙草切らしててな…一本くれよ」

 

 

「はいはいっと…」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

東海支部 屋上

 

 

 

屋上の手すりに腕を乗せて水平線をぼうっと見つめる松井

 

隣にはしゃがみ込み、手すりに背をつけて松井から貰った煙草の煙を吐く田中

 

 

ここに来るまで会話はなく、長い沈黙が二人の間に流れる

 

 

 

「…何も聞かへんの?」

 

 

視線を変える事なく田中に問う松井

 

 

「…別に…お前の記録だ……プライベートを覗いても、踏み込む趣味はねぇよ」

 

 

「…あ、そ」

 

 

「…」

 

「…」

 

 

じ…じ…と田中は足元のコンクリートに煙草を擦り、火を消す

 

 

「…やっぱ白雪さん…殺されてたみたいや」

 

 

「…そうか」

 

松井の言葉に田中は驚くこともなくそう一言だけ答える

 

 

「…スコップやら鉄パイプやらでなぁ…綺麗だった顔はズタズタに傷つけられて…朝潮さ…朝潮を掴んでた手は切断されてたみたいやで」

 

 

「…そうか」

 

 

「…おかしい思てたんや…どこに行っても白雪さんおらんもん…」 

 

 

松井は菱作戦の後、方々を回り白雪の行方を追った

 

 

伊豆を吸収した遠江、東海近海の鎮守府

 

しかし彼女の手掛かりは何もなく、もしかしたら死んで、既に沈んでいるのではないかとの結論も出したこともあった

 

 

「…多分、僕がここまで頑張れたんは白雪さんの存在があったからや…彼女に会うために、迎えに行くために僕はここまでやってこれた」

 

 

「…じゃあ、白雪の後を追うのか?」

 

 

田中の問いに松井はふふ、と笑う

 

 

「…自力で白雪さんの事知ってたら…ひっそりと拳銃自殺してたやろなぁ…」

 

 

「…」

 

 

田中は松井から貰った煙草の箱を取り出して2本目の煙草を咥える

 

 

「…せやけどなんや…山田ちゃん見てたらそんな気ィ起きへんかったわ」

 

 

朝、山田からの報告を受けていた時のことを思い出す松井

 

 

「…あの娘…泣きながら僕にちゃんと真実を教えてくれたんやもん…自分やって辛いのに…」

 

 

松井は拳を握り

 

 

「…先輩の…いや、上官の僕がしっかりせなあかん…思てなぁ…」

 

 

遠い目で水平線を見つめる松井はそう呟いた

 

 

「…それに不思議なもんや…白雪さんや明石さんが死んだ聞いても…そうやな…そんな気ぃ全然せえへん…」

 

 

「…まるでどこかで生きてるかもってか?」

 

 

「…なはは、んな事あるわけないんやけどね…白雪さんが死んだ場面を山田ちゃんは視た言うてたし」

 

 

「…ふむ…」

 

(…死…死んだ…死ぬ…沈没…轟沈…解体……うーん…)

 

 

田中は咥えた煙草に火をつけずに腕を組んで何やら考える

 

 

「なーんか引っかかっとる時すぐその顔なるなぁ…タナちゃんは」

 

 

「ん…?いや…別になんもねぇよ…」

 

 

そう素っ気なく返す田中を見て松井はポケットからライターを取り出すと、田中の咥えた煙草の先端で火を点ける

 

 

「…やっぱタナちゃん…タナちゃんも山田ちゃんに見てもらった方がええと思うで?」

 

 

ブホッ、とむせる田中

 

 

「えほっ!…げほっ!…なんだよ…突然」

 

 

「…言わんでもわかるやろ?」

 

 

松井は真面目な表情で返す

 

田中は松井からの視線を無視し、煙草を吸う

 

 

「…いらねぇっての…俺にはカウンセリングは必要ねぇよ」

 

 

どっこいせ、と松井は田中の隣に腰を下ろす

 

 

 

「…そうは見えんて…僕よりデッカイ闇抱えとるくせに何強がっとるんや…」 

 

 

「…抱えてねぇよ…」

 

 

「せやけどあの娘らはタナちゃんを「松井」

 

 

名を呼ばれはっとする松井

 

見れば今にも泣きそうな表情で田中は訴える

 

 

 

「…もういいんだって…今の俺はただの図書委員長…これから先の人生でもう艦娘と関わる事はねぇんだ」

 

 

「…そっか…」

 

 

 

松井はそれだけ答えると立ち上がり、また水平線を眺める

 

 

「…んで?お前これからどうすんだ?…探してた白雪は見つかった様なもんだろ?」

 

 

「…なんや…酷い言い方やなぁ…ご心配無く。もう次の目標は出来とるで」

 

 

松井はニィッと田中に向け悪戯な笑顔をつくる   

 

「…?」

 

 

「…僕の知らん間にイチャコラしとった"相棒"を探すわ。見つけて…そうやなぁ…どうしよっか?」

 

 

「一発くらいぶっ飛ばしてやれ」

 

 

田中は松井に向けて拳をつくる

 

 

「ひひひっ…それええな!ああ…一発ぶっ飛ばすわ」

 

 

 

田中と松井はそう話して笑い合う

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

「ぅぅぁぁぁああぅぅうう!!」

 

 

「なんやなんや」

 

 

第四資料室に松井と田中が戻ると駆逐艦の様な見た目の少女が大泣きし、犬飼がその少女の頭を撫でて慰めていた

 

 

「…どうしたんだ?」

 

「…ぁ、う…」

 

 

田中が犬飼に問うとなんとも言えない表情で頬を掻く

 

 

「いや…山田少尉は松井准将を傷つけてしまったとずっと泣いてるっす…」

   

 

「ぅあうあうあうー!」

 

 

ボロボロと涙を流す山田を見て松井は苦笑いを、田中は呆れ顔になる

 

 

「…傷…ついたわけやないんやけどなぁ…」

 

 

そう呟いて松井は帰りがけに食堂で購入したカレーパンをビニール袋から取り出して山田の前にぶら下げる

 

 

「ほーれほれ、カリェイパンやでー」

 

「うううっ!!」

 

 

取ろうとしてるのか弾こうとしてるのか

 

山田は猫パンチのような動作でカレーパンに触れないようにパンチする

 

 

「あはは…山田ちゃんおもろいなぁ…はい」

 

 

松井が山田の手の届く距離にパンを近づけると、勢い良く掴み大事そうに胸に抱き抱える

 

 

「…山田ちゃん」

 

松井も山田の隣に座り、彼女の頭を優しく撫でる

 

 

「僕は傷ついてへんて…確かにショックはショックやったけど…せやけどそれ以上に山田ちゃんには感謝してるんやで?」

 

 

 

「…ば…ばっづんじぇんばい…」

 

 

犬飼の介護もあってずびびび、と鼻をかむ山田

 

 

「あはは…さっきも言うたやろ?ありがとう、って」

 

 

「うううううっ!!」

 

 

山田はパンの袋を開けて勢い良くカレーパンを頬張る

 

 

「…まだパンあるて…ゆっくり食べや?」

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「…ご迷惑をおかけしました…」

 

 

口元にパンくずをつけながら、またも山田はソファーの前に正座し、松井に深々と頭を下げる

 

 

「…あはは…ちょいしつこいで…?」

 

 

「…で?」

 

 

田中に視線を向ける山田、松井、犬飼の3人

 

田中は山田に向かって

 

 

 

「…お前…ここで仕事続けられるのか?」

 

 

首を傾げる山田

 

 

「え?…はい、もちろん」

 

 

「いや、また昨日みたいな事になるかもしれねぇんだぞ?」

 

 

資料の記憶を見終わっての体調不良、嘔吐

田中も山田の心配をしているのだ

 

 

「…あー…」

 

そんなこともあったなー、と言った風に考える山田だったが

 

 

「続けますよ。誰かの役に立てるのなら」

 

にこりと笑い、田中にそう返す山田

 

 

「…あっそ…まぁ、無理すんなよ。キツくなったら俺からジジイにお前の部署移動の具申ぐらいはしてやる」

 

 

「はい!ありがとうございます!」

 

 

山田の返答に顔を背けながらそう続ける田中

 

松井と犬飼は二人して田中を見て思った

 

 

(なんか素直じゃないなぁ)

 

 

「…また、読み過ぎて過労で倒れたりされたら困るからな…」

 

 

「…おーいタナちゃん…そーゆーんはちゃんと山ちゃんの顔見て言ったりや?」

 

 

「…うるせ……ん?」

 

「…え?」

 

 

田中と山田は松井の言葉に違和感を感じる

 

 

「…准将…?」

 

「なんや?ワンちゃん」

 

「あ、いえ…何でもないっす…」

 

 

松井は3人の反応を見てふふんと笑う

 

 

「…今日から山ちゃん呼びにチェンジやで。ええやろ?山ちゃん」

 

 

「え!?も、もちろん!やったー!」

 

両手を上げて喜ぶ山田を横目に頭を抱える田中

 

 

「…なにがやったーだ…ワケわかんねー…」

 

 

そんな田中に人差し指を立てた犬飼が近づく

 

 

「説明するっす。松井准将は仲良くなったり親交を深めようとした相手に対して「そりゃあ知ってる。黙れワンコロ」

 

 

田中の口撃にて撃沈する犬飼は壁に両手をつきながら床に膝をつく

 

 

「…自分の方が階級上なのに…」

 

 

 

 

賑やかな資料室内

 

 

山田が笑い、田中は呆れ、犬飼はヘコんでいる

 

 

そんな3人を見て、松井も笑顔になる

 

 

 

 

(ホンマ…みんなのおかげや…)

 

 

(タナちゃんのおかげで心が生きかえった…)

 

(ワンちゃんのおかげで立ち直れた…)

 

(山ちゃんのおかげで前を向けた…)

 

 

 

「…流石に…歩くんは自分の力で…やな」

 

「…え?今なんて?」

 

松井の呟きに反応する山田

 

 

「…いーや…よっしゃ!お昼は僕の奢りや!皆で食堂行くでー!」

 

 

 

 

(…それにもしかしたら…電ちゃんみたいに白雪さんの事も…)

 

 

 

松井は山田の顔を見て僅かな希望を見出す

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

翌日

 

 

第四資料室

 

 

「おっはようございまーす!」

 

 

資料室の扉を開け元気よく挨拶をするは山ちゃんこと山田だった

 

 

「おっはよーやで!山ちゃん!」

 

「おはようございますまっつん先輩!…って、なんですか?それ」

 

 

明るく山田に挨拶を返した松井はソファーの左側に座って小型の水槽のような物を持っていた

 

 

「水中輪投げゲームや…これ意外とおもろいんやで」

 

 

「…???…はぁ、輪投げ…」

 

 

ピコピコとアナログのおもちゃで遊ぶ松井

 

 

(…まっつん先輩っていつもこうなのかな…)

 

 

「おう、来たな。チビっ子」

 

 

本棚の奥から現れたのは数冊ファイルを手にした田中だった

 

 

「おはようございます!田中先輩!」

 

 

「ん」

 

 

…と、言って山田にファイルを一冊渡す

 

 

「…これは…」

 

 

「…この仕事、続けんだろ?…なら次の資料だ。中身を閲覧して、あるべき本棚に入れろ。いいな?」

 

 

山田は田中から渡されたファイルを両手に取ると、気合の入った表情になり

 

 

「了解です!読ませて頂きます!…って、あれ?…これ…」

 

 

気合の入った表情はファイルの表紙をめくると同時に一瞬で砕ける

 

 

中にはA4サイズの数枚の報告書と、大学ノートが挟まれていたからだ

 

 

「…あ、日記!」

 

 

山田にファイルを渡した田中はソファーの右側に座る

 

 

「…ああ、そりゃあその報告書に乗ってる提督の持ち物だったもんだ…報告書よりもそっちのノートの記憶を読んだほうが良いかもな」

 

 

「…なるほど…」

 

 

そう返すと山田はソファーの空いている真ん中に座る

 

 

「…では、読みます」   

 

 

 

田中、山田、松井と3人でソファーに並んで座る

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

結果報告

 

 

 

 

場所

 

磐城海軍基地

 

 

 

日時

昭和91年 12月17日

 

 

 

標題

磐城基地艦娘過労死案件

 

 

 

結果

 

1.磐城基地提督、嘉島輝明大佐ヲ一時拘束

2.磐城基地ニオケル艦娘ヘノ労働環境ノ見直シ、及ビ改善

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

 

「…入ったな…」 

 

「…みたいやな」

 

 

 

開かれたファイルに視線を向けたまま固まる山田

 

 

田中と松井の声に反応する事なく、ぶつぶつと口元を動かしてファイルから決して目を離さない山田

 

 

 

「…なるほどなぁ…能力が発動するとこんなふうになるんやなぁ…」

 

 

つんつんと山田の頬をつつく松井を田中は睨む

 

 

「…やめとけタコちん…いいんだよ…大人しく読ませてやれ」

 

 

田中はそう言うとソファーから立ち上がって冷蔵庫の方へと向かう

 

 

「…ん?…なんか臭わへん?」

 

 

くんくんと鼻を効かせ、松井は田中に問う

 

 

「…あ?…別にこいてねーぞ?」

 

 

「…いや…」

 

 

田中の返答を聞いて隣に座る山田の頭の匂いを嗅ぐ

 

 

「…山ちゃんとちゃうな…ええ匂いや…」

 

「…お前…」

 

ゴミを見るように松井を見下ろす田中

 

 

「いや…なーんか…風呂入ってへん人の臭いっちゅーか…」

 

 

松井がそう言うと、資料室の奥からガタン、と音が鳴る

 

 

 

「「!?」」

 

 

ビクリとした田中と松井は、音のした方を振り返る

 

その視線の先、資料室の部屋の角に置かれたロッカー

 

何故かその扉は開いている

 

 

「…ユーレイか…?」

 

「…んなアホな…」

 

 

 

 

松井はソファーから立ち上がり、本を読む山田をソファーに残したまま、田中と共にファイルの並んだ本棚の間を進む

 

 

「……ごくり…」

 

「…口でそれ言う奴初めて見たわ」

 

 

口では冗談を言いつつも警戒しながらロッカーに近づく二人

 

 

ロッカーまでの距離、約2メートル

 

 

「…なんや…やっぱ何にも「うぉあああああああ!!!」

 

 

突然二人の横から少女の怒声が聞こえた

 

 

「んぼぉあぁっ!!!」

 

 

 

少女は手にしていたモップの柄を松井の股間に思い切り打ち込む

 

 

「んなっ!?松井!!」

 

 

「くらぇぇええっ!」

 

 

 

股間を押さえながら倒れる松井の名を叫ぶ田中、しかし陽炎型の少女は続けざまに田中の顔目掛けて手に持ったモップを振り上げた

 

 

 

 

 

 

 

 

 




☆おまけ☆


※もしも伊豆の秘書艦が朝潮じゃなくて霞だったら


源「赤城が沈んだ。もうダメだ、薬に頼ろう」

霞「ちょっと!何馬鹿なことしようとしてるのよ!情けない!」ビンタバチーン



源「霞に任せる…」

霞「はぁ!?あんたが司令官でしょ!?自分の判断に自信持ちなさいよ!」ビンタバチーン




源「今夜は誰を伽に呼ぶか…」

霞「そんなことする暇あったら作戦資料にしっかり目を通しときなさいな!だいたい敵がどんな編成かもわからないのに対潜装備だけで固めるなんて馬鹿だわ!無謀だわ!バランスを考えなさいよ!」ビンタバチーン


源「ごめんなさい、霞ママ…」



はい、そんなわけで

次のお話は以前リクエストでも頂いた潜水艦の娘達をメインにします。

1話完結になるように頑張ります

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。