大本営の資料室   作:114

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過労死案件後編となります


当作品は難しい言い回し、単語や表現は殆ど無く、すらすらと読める作品だと思っています


途中で「愁思」などといった単語が出てきますが…


はい、ちょっとカッコつけて書いてしまいました。
…反省しております



File33.磐城海軍基地過労死案件②

埼玉県 深谷市 1500

 

 

閑静な住宅街にあるなんの変哲もないアパートの階段を上がる男性が一人

 

 

嘉島輝明だった

 

 

磐城海軍基地の巡洋艦の艦娘達に注意してから2日後、宮沢中将から秘密裏に磐城海軍基地の前提督、鹿取敬司の住所を聞いてわざわざ有休を出して自家用車でここまでやってきた

 

 

「…鹿取…か、と…り…ああ、ここか…」

 

 

階段側から扉を数えてお目当ての扉の前に辿り着く

 

 

 

「…いるかな…」

 

 

嘉島は扉横に付けられた呼び鈴を押す

 

 

《ピンポーン》

 

 

「…」

 

 

反応がなかったのでもう一度呼び鈴を押す

 

 

《ピン、ポーン》

 

 

「…」

 

 

「…誰?」

 

 

諦めて扉を離れようとすると、少しだけ扉が開いて中から男性の声がした

 

 

「…あ、ど、どうも「…ウチテレビありませんけど」

 

 

扉からチェーン越しに少しだけ顔を覗かせた男性はそうはっきりと言う   

 

よく見ると嘉島よりも年齢が5.6個歳上に見える

 

 

「あ、いえ…NHKではなくて…」

 

 

「…?」

  

 

更に怪しまれる嘉島

確かに今は士官服を着ていないので、この男性からすれば警戒の対象になってしまうのかもしれない

 

 

「…私、日本国軍海軍の嘉島、と申します」   

 

しっかりと頭を下げてそう自己紹介をする嘉島   

 

「…海軍?…何の用?俺もう海軍じゃないから…」

 

 

"海軍"と聞いて明らかに不機嫌になった男性

 

「…知っています…あなたの事は宮沢中将からお聞きしました」

 

 

「…中将から…?」

 

 

「はい…もう一度海軍へ、なんて言うつもりはありません…少しだけ、お話聞かせてもらえませんか?」

 

 

「…いや…別に話すことなんて…」 

 

 

男性の言葉を聞いて嘉島は持っていた紙袋を持ち上げる

 

「あ、こちらもしよろしければと思いお持ちしました…ええと…あんこう鍋具材のセットです」

 

 

紙袋に視線を向けた男性は少しだけ悩み

 

 

「…夕方までなら」   

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

男性は扉のチェーンを解除して嘉島を部屋に入れる

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  

 

 

 

同時刻 磐城海軍基地

 

 

「大湊への輸送任務終わりまし…って、あれ?提督は?」

 

 

いつも通り元気いっぱいな声で執務室に入ってくるゴーヤをハチが迎える

 

 

「…今日はお休みしているわ…遠征任務お疲れ様。ゴーヤ」   

 

 

「…ふーん…これ、報告書」

 

「…ええ」

 

 

 

少しだけガッカリしたゴーヤはハチに報告書を渡し、ハチはその報告書を受け取る 

  

 

 

「じゃあ、行ってくるねー」

 

「ねえ」

 

 

くるりと扉の方へ振り向いたゴーヤに意を決して声をかけるハチ

 

 

「…なに?」

 

 

ゴーヤはハチの方へ振り返らずに返事をする

その声はいつもの元気なの彼女の声と違い、海の底のように冷たい声だった

 

 

「…いつまでそうして出撃し続けるつもり?嘉島提督も心配しているし…前も鹿取提督が心配していたのも知っているでしょ?」

 

 

 

「…はっちゃんにはわからないよ…」

 

 

「…何がわからないのよ…」

 

 

ゴーヤは勢いよくハチの方へ振り向く

愛らしかった彼女とは思えないほどに眉間にしわを寄せてハチを睨む

 

 

「’’半分’’人間のはっちゃんにゴーヤ達の気持ちなんて絶対に…一生わかりっこしないよ!」

 

ゴーヤにそう言われて驚きの表情で彼女に手を伸ばすハチ

 

 

「ゴー…「触らないでよっ!!」

 

 

ゴーヤは伸ばされたハチの手を強く払う

 

 

「…痛っ…」

 

 

ゴーヤは自分の手を見つめ、強く拳を握る

 

 

「…ゴーヤ達は橋本提督の意志を引き継いでるんだよ…提督が帰ってきても前みたいになるように…!はっちゃんも…武蔵さんも引き継ごうとしなかった橋本提督の意志を引き継いでるの!!」

 

 

「…ゴーヤ…もう橋本提督は…」

 

 

「帰って来るよ!…はっちゃん達の言うことなんて信じないよ!」

 

 

ハチの言葉を最後まで聞かずにゴーヤは叫び、自分の頭を抱えてぶつぶつと呟き始める

 

 

「…きっとまた磐城に戻ってきてゴーヤ達の報告書を見てくれて…よくやったなって頭なでてくれて…」

 

 

「一緒に執務して…ご飯も一緒に食べながら楽しくお話して…またずっと一緒に…ずっとずっとずっと…」

 

 

「…そうやって…そうやって出撃し続けてニムもまるゆもついていけなくて沈んだのよ!?わかってるの!?」

 

 

ぶつぶつと呟くゴーヤの両肩を掴み、眼に涙を浮かべてそう叫ぶハチ

 

 

「…!?…触るなって…言ってるでしょ!」

 

無理矢理ハチに掴まれた腕を振りほどこうとするゴーヤ

 

「痛っ!?…ゴーヤ!もう出撃するのはやめて!」

 

 

ゴーヤに引っ掻かれようとも退かず、暴れられながらも手を離さないハチ

 

 

「…んなっ!?」

 

「!?…お前たち!何をしている!」

 

 

喧嘩をしているハチとゴーヤ

そこへ二人の声を聞いて執務室に入ってきた武蔵と摩耶が二人の間に割り込む

 

 

「や、やめろっ!ハチ!ゴーヤ!」

 

 

「離してっ!離せっ!」

 

武蔵がハチを抱え、摩耶がゴーヤを抑える 

 

 

「痛っ!おまっ…やめろって!」

 

 

「ハチ!お前が冷静さを欠いてとうするのだ!落ち着け!何があった!?」

 

 

武蔵はハチを執務椅子に座らせて落ち着かせる

泣きじゃくるハチ

 

その制服の肩部分はゴーヤのせいで生地がほつれていた

 

 

「う…ううっ…」

 

 

「お前も落ち着っ…てててて!!いでぇっ!」

 

 

ゴーヤもぼろぼろと泣きながら摩耶の手に噛みつく

 

「…んのっ!?」

 

摩耶はゴーヤを抑える手と反対の手を振り上げる

 

 

「摩耶ぁっ!!」

 

「!?」

 

 

執務室に武蔵の怒号が響く

 

摩耶は身体が硬直し、ゴーヤも驚いて噛み付いていた歯を離し、涙が止まる

 

 

「…ゴーヤに手をあげてみろ…許さんぞ?摩耶…」 

 

 

「…あ、ああ…悪い…」

 

迫に圧された摩耶は目を伏せて、振り上げていた手を降ろす

 

 

摩耶はゴーヤの桃色の頭をガシガシと荒っぽく撫でる

 

 

「…!?」

 

 

「悪ぃ…ゴーヤ」

 

 

"ゴーヤ"

 

そう名前でそう呼ばれたゴーヤは驚いて摩耶の顔を見上げ、周りを見回す

 

 

そこで初めて…改めてハチが涙を流しゴーヤを見つめ、武蔵が冷や汗を掻いてハチを落ち着かせ、摩耶が悲しそうに下を俯いている光景がゴーヤの眼に映る

 

 

「…ぁ…うぁ…」    

 

 

身体を震わせるゴーヤ 

その様子を見た武蔵が一つ息を吐いて、自身の気持ちを落ち着かせつつ、口を開く

 

 

「…ゴーヤ…いや、伊58よ…まずは落ち着いて…ちゃんと話し合おう…私達に足りないのはお互いの「でっち」

 

 

「!?」

 

 

武蔵が場を収めようと話し始めると、花の髪飾りを付けた呂500がいつの間にか執務室に入っており、ゴーヤの名を呼びその手を掴む

 

 

「ろ、ろーちゃん…」

 

「みんなも待ってるって!早く行こ!でっち」

 

呂500はゴーヤの手を引き、執務室を出て行こうとする

 

 

「おい、どこへ「うるさいなぁ」

 

武蔵がゴーヤを連れて行こうとする呂500を止めようと声をかけると、呂500はうっとおしそうに武蔵を睨みつける

 

 

「ろーちゃん達潜水艦隊が資材や燃料を集めてるお陰で出撃できてる人が…なにか文句あるんですか?」

 

 

「…なっ…!」

 

 

超弩級戦艦、武蔵は出撃すればそれこそ大戦果を挙げ、敵艦隊群を容易く蹴散らせるほど戦力、攻撃力は高い

 

だがそれに見合った分の燃料や弾薬、資材等々を消費させてしまう悩ましい点があり、磐城の武蔵はゴーヤ達潜水艦隊の集めた資材のお陰で海に出ているのも事実だった

 

 

そして自分のせいで大量の資材を消費している事を知っている武蔵は呂500の言葉に何も言い返せないでいた

 

 

伸ばそうとしていた武蔵の手が下ろされる

 

 

「…武蔵…さん…」

「でっち、行こう」

 

 

ゴーヤが武蔵の名を呼ぶが呂500が関係無しとゴーヤを連れて執務室を出ていってしまった

 

 

事実を指摘されて立ち尽くす武蔵

 

 

「…あいつ…!…やっぱアタシが一発「摩耶」

 

 

飛び出そうとする摩耶を止める武蔵

 

 

「…もういい…よせ…呂号が言っていたことは事実だ…」

 

「…でもっ!……くっ!」

 

 

言い返そうとした摩耶だったが、ぐっと堪え感情を飲み込む

 

武蔵は椅子に座るハチの方に向く

 

 

「…怪我はないか…?ハチ」

 

 

「……うん…ごめんなさい…武蔵さん…」

 

 

ハチは引っ掻かれた手をさり気なく隠し、申し訳無さそうに目を伏せ、頭を下げる

 

 

武蔵は口元を上げ、少しだけ笑顔をつくる

 

 

「…なに…心配するな」

 

 

夕日が少しだけ差し込む中、なんとも言えない重い空気が執務室の3人を包む     

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「…橋本以行(もちつら)少佐…ですか?」

 

 

 

埼玉県、鹿取のアパートに上がった嘉島は初めて聞く名に首を傾げる

 

 

嘉島と鹿取は畳の部屋、四畳半の部屋に低い机を囲んで座って話をしていた

 

 

「…そう。俺の前任者…磐城の艦隊を作った人だ」

 

 

「…鹿取さんが彼女達を育てた訳ではないんですね…」   

 

 

鹿取はお茶を一口飲み、湯呑を机に置く

 

 

「…全然…俺が磐城に居たのは1年ちょっとだけだったし…」

 

鹿取はそう呟くと壁にかけられた時計をじっと見る

 

 

「…一体…磐城で何があったんですか?」

 

姿勢を正して問いかける嘉島

鹿取は眉をピクリとさせて

 

 

「…詳細は言えない…いや、言いたくない…」

 

 

「…」

 

 

肩を落とす嘉島を見てはぁ、とため息を吐く鹿取

 

 

「…ただ1つ言えることがある…あんたが磐城の提督と見込んでの元先輩からのアドバイスだ」

 

 

「!?」

 

 

「…磐城の艦娘…特に潜水艦隊の奴等の事は止めるな。好きにさせてやれ」

 

 

「…?…好きに…?どういう事ですか?」

 

 

「…あと、潜水艦隊に関係してる奴にも何も言ってやるな…それが全てアイツらの為になる」

 

 

嘉島は机を叩き、声を張る

 

 

「…巡洋艦達の潜水艦へのイジメを容認しろというんですか!?…そんな!」

 

 

「…俺から言えるのはそれだけだ…アイツらにとっての…潜水艦達にとっての提督は俺でもあんたでもない…」

 

 

そう言って少しだけ寂しそうな表情になる鹿取

 

 

「…橋本…少佐…」

 

 

嘉島の言葉に無言で頷く鹿取

 

 

「元々責任感が強く、仕事に対しても真面目な人らしくてな…自身はほとんど休みなんて取らずに仕事をしていたらしい」 

 

 

「…休みを取らずに…ですか?」

 

 

「ああ…普通は考えられないな…それに潜水艦隊の艦娘達とも仲良くしていたみたいだ」

 

 

(…なるほど、潜水艦の娘達は橋本少佐に影響を受けたのか…)

 

 

「…それで…橋本少佐は…今どちらに?」

 

 

「…橋本さんとは……今は会えない」

 

 

意味有りげな言い方に少し苛つく嘉島

 

 

「どこにいるんですか!?」

 

 

嘉島の迫にため息を吐く鹿取

 

 

「…特院だ…東山支部の特院に入院してる…」 

 

「…特院!?…なぜ…」

  

 

嘉島は驚き、鹿取に問う

 

 

「…さぁな…作戦途中で怪我をしたとも聞いたし…過労で精神がおかしくなって入院したとも聞いたし…俺も1度橋本さんに会おうと思って特院へ向かったが…」

 

 

「…会えなかった…?」

 

 

お茶を一口飲む鹿取

 

 

「…面会謝絶…顔すら見せてもらえなかった…聞けば本人は植物状態らしくてな。会話も出来やしなかったよ」

 

 

「…そんな…」  

 

ふぅ、と息を吐く鹿取

 

 

「…俺から話せる情報はこれくらいだ…とにかく、磐城で提督を続けるのならさっき言ったように…」 

 

 

「……」

 

 

鹿取が色々と説明をしてくれるが、嘉島は橋本の話を聞いて若干上の空になっていた

 

 

 

(過労で精神が壊れた!?…いや、むしろ過労気味なのはゴーヤ達だろう!…何なんだこの人は!わかってない…何もわかってない!…橋本とか言う人も単に心が弱いだけだ…でも俺なら彼女達を助けられる!…わざわざ埼玉まで来たってのに…得られたのがこれだけの情報だなんて…なんて馬鹿馬鹿しい…)

 

 

鹿取の声を作業用BGMとして聞き流しながら、嘉島は脳内にいるであろう脳内嘉島達で会議を行う

 

 

(労働時間…この場合任務、出撃回数の制限が無いのがいけないんだ。だから出撃回数の制限を設ければ…たとえ彼女達の心の提督が橋本さんでも、実際上官である俺の命令ならゴーヤ達も出撃は出来ない。そうすれば彼女達の身体を、心を休めさせる事ができる…!そうだ、これだ!)

 

 

 

「…といった訳で…って、聞いてるのか?」

 

 

話し終えたと思われる鹿取がジト目気味に嘉島を睨む

 

 

「え、あ…はい…わかりました。ご指導ありがとうございます」

 

 

「…」

 

 

空返事をする嘉島の態度を見て察した鹿取は鼻でため息を吐く 

 

 

「…あんた…昔の俺によく似ているな…」

 

 

「…そうですか…?」

 

 

早く帰りたい、と

 

そんな態度すら見せる嘉島に向けて鹿取はそう呟き、続ける

 

 

「5年前…東日本沖大震災が起きた時な…俺も新兵への兵科訓練の関係で福島県内に居たんだよ…」

 

「…はぁ…」

 

 

「そんときは当然まだ海軍基地提督なんてやってなくてよ…東山支部のいち海兵だった…いざ支部に帰還しようとした時に大地震からのあの大津波だ」

 

 

「…」

 

 

鹿取は壁にかけられた時計を見つめる

 

 

「…とにかく無事な市民を高台に避難させて、水没した建物の屋上に逃げた人もヘリで救った…でも助けた分以上の死人も沢山見た…」

 

「…」

 

 

嘉島はまさかの震災時の話をされて何も返せないでいた

 

 

「トチ狂って叫びまわるやつもいたし、溺れて死んだ子供の後を追おうとする母親もいた…とにかく本物の地獄がそこにあった…テレビじゃあ報道されない真実さ」

 

 

鹿取はお茶を一口

 

 

 

「…俺は…俺たちはとにかくがむしゃらに市民を、助けを必要とする人達を救おうとした…そりゃあ現地にいた俺達だ。いくらかは助ける事ができたさ…だが、俺達は市民の事だけを考えすぎたんだ」

 

 

「…」

 

 

 

「…市民の事だけを考えすぎた…元々何の為に福島に来てたかを仲間達と忘れてたんだ…数時間前まで指導していた新兵達は24人…全員死んだ…そりゃあそうだ。まだ実戦経験もないほぼ一般下民のような奴らだ…自分の身を守る方法なんて知ってるはずもない…」

 

 

「…」

 

 

鹿取はくらい表情のまま口元だけ吊り上げ、笑う

 

 

「…目先の事だけに囚われて…自身の周りが全く見えてなかったんだな…それから数年してから磐城の提督が倒れたからって事で俺に提督の話が来た」

 

 

「…正直、そんときは乗り気じゃあなかった…でも周りには俺以外で妖精の声を聞けるやつはいなかったし、部下たちの後押しもあって…な」

 

 

そこまで話すと、嘉島も口を開く

 

 

「…つまり、私が目先だけに囚われていて、周りが見えていないと?」

 

 

しかし嘉島の問いに鹿取は頷く事なく鼻で笑う

 

 

「…ま、とにかく…すぐになんとかしてやろうだなんて思わないほうがいい…しっかりと…「様子を見ろ、ですね。わかりました」

 

 

鹿取の言葉を遮って嘉島は荷物をまとめて立ち上がる

 

 

「…貴重なお話、ありがとうございます…私は私で色々と動いてみます」

 

 

荷物をまとめた嘉島は玄関に向かうと、靴を履く

 

 

「…アンコウ…御馳走様」

 

「…いいえ…では失礼します」

 

 

 

それだけ言葉を交わすと、嘉島はアパートの扉を開けて外に出ていった

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

鹿取の住むアパートから出た嘉島はアパート近くのコインパーキングに駐車した車に乗り込む

 

 

「60分200円か…埼玉って色々安いよなぁ…」

 

 

車のキーを回し、エンジンをかける

 

 

(…しかし)

 

 

コインパーキングから出庫し、裏通りから大通りへ出る 

 

 

遠目には住宅街を囲む道路沿いに電気量販店の建物が見える   

 

 

 

(…鹿取さんの情報を手に入れて…本人に会えば色々と解決に繋がる話を聞けると思ったが…)

 

 

歩道を歩く数人の高校生の姿を運転しながら横目でちらりと見る

 

 

「…映画やドラマみたいにはいかないもんだなぁ…手に入った情報は今の潜水艦隊が前前任者の橋本さんに影響を受けたって事だけだもんなぁ…」

 

 

そんな事を思いながら、嘉島は磐城海軍基地へと車を走らせる

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「…潜水艦隊の出撃任務を増やす?」

 

 

翌日、磐城に戻った嘉島が執務室で秘書艦のハチにそう伝えると、彼女は目を大きくして驚く

 

 

「ああ…とは言っても少しの間だけだ」

 

 

「で、ですが何故…」

 

 

うん、と嘉島はハチの当然の問いに頷く

 

 

「君も知っている通り、潜水艦隊の皆は出撃回数も出撃時間もどんどん増えていっている。このまま行けば間違いなく過労で誰かしら倒れるだろう…」

 

 

執務机に両肘を載せ手を組む嘉島はハチに説明を始める 

 

 

「…ならどうして…」

 

 

「戦果を挙げる」

 

 

嘉島はハチの問いにはっきりとそう言い切ると、再度説明を続ける

 

 

 

"戦果を挙げる"

 

これまでの潜水艦隊の任務は近隣海軍施設への資材、燃料の輸送、近海での哨戒任務、制海域での資材調達…と、戦果としては微々たる内容を延々と繰り返していた

 

 

しかし嘉島が考えた方法は、どうせ止めても出撃するのならしっかりとした戦果になる内容で、との考えだった

 

戦果を挙げれば支部からも改めて磐城の存在を認められ、嘉島の意見も通りやすくなる

 

その後現状の磐城の様子を報告、相談して、提督の自分からではなく、海軍組織から直々に労働環境、労働条件を変えてもらおう、という策だった

 

 

 

 

「…そんなに、上手くいくでしょうか…」

 

 

「大丈夫だ。短期間なら問題ないはずだ」

 

 

嘉島はふん、と鼻息荒くすると、ハチに笑顔を向ける

 

 

だがそんな嘉島とハチの会話を廊下側から執務室の扉に聞き耳を立てていた少女が一人いた

 

 

少女はその透明感のある金色の長い髪を揺らし、一通り話を聞くと執務室から離れて行く

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

同日夜

 

 

執務室に報告書を提出し、次の任務に向かう為に中庭をコソコソと警戒しながら歩くゴーヤと伊19

 

 

「おい」

 

 

「「ひっ!」」

 

 

ゴーヤ達がビクリとしながら呼ばれた方を向くと、摩耶と天龍が手摺に腰掛けてゴーヤ達を見ていた

 

 

「…な、何か用?…ゴーヤ達は提督から命令を貰ったから出撃するんだけど…」

 

 

ビクつきながら摩耶にそう答えるゴーヤ

ゴーヤの後ろでは伊19がうんうんと頷く

 

 

「…知ってる。うちらも呼ばれてクギさされたよ。潜水艦達を邪魔すんなってさ」

 

 

摩耶はそっぽを向きながらゴーヤに答える

 

 

「…ならなんでここに…」

 

 

ゴーヤが眉を寄せて再度問う

その手はまだ震えている

 

 

摩耶はゴーヤの震える手をちらりと見て

 

 

「…気…つけていけよ…そんだけ」

 

 

摩耶はそう言うと、空を見上げる

 

 

 

「…あ、うん……ありが「ゴーヤ!早く行くのね!」

 

 

礼を言おうとしたゴーヤの背を押して伊19が急かす

 

 

 

ぺたぺたと走り去っていくゴーヤ達の背を見ながら天龍は摩耶に声をかける

 

 

「…しかし…話は聞いたが納得できねぇな…」

 

「…ああ…」

 

 

「いや、それでも提督からの"命令"だ」

 

 

摩耶と天龍の背後から声をかけてきたのは武蔵だった

 

 

「武蔵さん…」

 

 

武蔵も二人の横にならび、手摺に両肘を置く

 

 

「私も全てを納得した訳じゃないが…うむ、少しだけ様子を見ようと思う…もしもの時は頼むぞ。摩耶、天龍」

 

 

「ああ」

「はいはい」

 

 

 

二人の返事を聞いて鹿取がいた時のことを思い出す武蔵

 

 

「…鹿取提督の時には何も協力をしなかったんだ…罪滅ぼしのためにも今度こそは…」

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

それから数日、嘉島の考えた"磐城労働改革作戦"の核、潜水艦隊は見事に戦果を挙げていた

 

 

潜水艦隊の面々は元々練度も高かった事もあり、危険な前線への輸送任務、敵中枢艦隊群への強襲作戦、長距離の遠征等々と、順調に任務をこなしていった

 

 

 

 

北太平洋沖、朝日が登り始める海面に第一潜水艦隊の面々、ゴーヤ、伊19、伊168の三人が浮かぶ

 

 

「…任務完了ね。さ、帰投しましょ」

 

 

疲れが目に見える伊168はゴーヤと伊19に声をかける

 

「うんうん、次の任務に早くつくのね!」

 

「…うん」

 

 

明るい伊19に比べて暗い表情で、心ここにあらずといった雰囲気で返事をするゴーヤ

 

 

「…ゴーヤ?どうしたの?」

 

 

伊168は首を傾げてゴーヤに問う

 

 

「…ゴーヤ達…本当にこのままで良いのかな…」

 

 

 

今回の磐城労働改革作戦の全貌は実は潜水艦隊には伝えられていない  

 

あくまで嘉島からは潜水艦隊への任務命令だけが出されているだけだった

 

 

今までのゴーヤなら堂々と潜水艦隊任務をできると喜んでいただろうが、ここ最近の…ハチとの衝突以降からゴーヤの中で考え方が変わろうとしていたのだ

 

 

『ゴーヤ』

 

『…気…つけていけよ…そんだけ』

 

 

ゴーヤの中で思い出す摩耶の自分たちを心配する姿

 

 

『…ゴーヤに手をあげてみろ…許さんぞ?』

 

 

本心かどうかはわからないが、真剣な表情でそう言ってくれた武蔵

 

 

 

「…」

 

 

「ゴーヤ?…大丈夫?」

 

心配そうな表情の伊168がゴーヤの肩に手を触れる

 

 

「うん…うん。早く…帰ろう」

 

 

3人は再度潜水し、磐城へと戻り始めた    

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

磐城労働改革が始まり早一ヶ月

 

 

潜水艦隊の活躍は著しく、次々と作戦難易度の高い任務をこなしていった

 

 

その分彼女達の疲弊も増えていき、潜水艦隊を間近で見ていた磐城海軍基地の艦娘達からは心配の声が挙がっていた

 

 

「…提督よ…もうそろそろ良いのではないか?」

 

 

 

そんな中、執務室に入ってきた武蔵が執務机で報告書をまとめる嘉島に問いかける

 

秘書艦用の執務机ではハチも書類を確認していた

 

 

「…ああ…そうだな…こちらも支部に提出する報告書も戦闘詳報もあらかたまとまってきた…」

 

 

とんとん、と書類をまとめてファイリングする嘉島

 

 

(確かにそろそろヤバい…だましだましで潜水艦隊の皆には頑張ってもらったが、明らかに顔つきはキツくなってきてる…)

 

 

(…だが…)

 

 

 

嘉島は考えてしまった

 

 

"まだ戦果は挙げられる"

 

 

…と

 

 

実はこのところの磐城の活躍を聞き、東山支部づてに西海支部より輸送任務の任務命令が入ったのだ

 

だが実は任務"命令"とはいえ、強制ではなく、宮沢中将より無理そうなら別の基地にやらせられるから、と既に一言を貰っている

 

 

しかし今の嘉島にはこの命令の存在は大きかった

 

 

「…実は…西海支部からの新たな任務があってな…それを今回の改革作戦の締めとしようと思う」   

 

 

「…西海…?何故西海支部から磐城へ?」

 

 

嘉島の言葉に武蔵は当然疑問に思う

 

嘉島は執務椅子に深く腰掛け、ぐるりと椅子に座ったまま半回転して窓の方に向く    

 

 

 

「…ウチの潜水艦隊の噂を聞いたらしい…」    

 

 

「…西海支部から、と言うことは福島近辺ではありませんね?…東南アジアの方ですか?」

 

 

ハチの問いに嘉島は一つ頷く

 

 

「…現在大規模討伐作戦の残党…奴らの艦隊がフィリピンのビリラン島に逃げ込んで泊地を展開している」

 

 

「…」

「…」

 

 

「そして現在はあの佐世保鎮守府を筆頭に西海支部の各艦隊がルソン島にて泊地を展開…奴らとは一進一退の攻防戦が続いているらしい」

 

 

「佐世保鎮守府…"ヒーロー"か…」

 

 

武蔵は何かを思い出したかのように呟く   

 

 

「…流石武蔵…よく知ってるな」

 

 

「え?…ヒーロー?」

 

武蔵と嘉島の会話に上手くついていけないハチ

そんなハチにふ、と嘉島は笑い

 

 

「…佐世保鎮守府の提督、柴山大佐だ。東山支部でも有名な…少年漫画の主人公をそのまま描いた様な情に熱い人でな…戦果も西海じゃあ右に出るものなしと言われてて、艦隊の練度も非常に高く、とにかく凄い人さ…弱きを助け強きを挫く、まさに日本国軍のヒーローだ」

 

 

そこまで説明すると嘉島は腕を組み

 

「…まぁ、西海支部はちょっと特殊な所でな…」

 

 

「…特殊、ですか?」

 

 

ハチの書類をまとめていた手が止まる

 

 

「本来は宮沢中将の様に、将校格が各支部をまとめてるのが一般的なんだが、西海支部だけは武藤っていうなんとも信用し辛い影のある佐官が西海支部をまとめてるって噂だ…」

 

 

嘉島はコーヒーを一口飲み、窓の外を見つめる

 

「…柴山大佐も武藤の下に付いていなければ、去年の大規模討伐作戦に参加して今頃は横須賀、呉、大湊に続いて本物の英雄の1人となれたかもしれない…彼は銀メダリストだよ。噂じゃあ今回の追撃作戦も1人の少女の願いで勝手に動いてるとかなんとかなんて言われてる…本当かどうかは知らないがな」

 

 

「…しかしそんな人の率いる艦隊があるのに何故磐城に輸送命令が出たのだ?」

 

 

執務室内のソファに腰掛けた武蔵が問う

 

 

「…どうやらルソン島までの航路では、水上、対潜能力の高い深海棲艦部隊が配備されているらしい、西海の方でも何度か駆逐艦や潜水艦で物資輸送を行おうとしてたんだが…」

  

 

「…駄目だったのか…」

 

 

武蔵は目を伏せる

 

 

「…全滅らしい。しかも他の支部の海軍基地も輸送を嫌がっているみたいでな…」

 

 

「…嫌われているのか…」

 

 

 

武蔵の言葉に嘉島は頷く

 

 

「…いつの時代だってヒーローを嫌う奴らはいるって事だな」

 

 

 

西海支部、九州の英雄佐世保鎮守府

 

 

戦果を挙げ続けるこの鎮守府を目の敵にする他の海軍基地は多い。

故に今回の追撃戦で佐世保鎮守府をはじめ、西海傘下の基地が窮地に陥っていると聞いた他の支部は輸送救援に出るのを渋っていた

 

 

「…そんな中で磐城…俺達の潜水艦隊に白羽の矢が立ったんだろう…だがこれは逆に戦果を挙げるチャンス。この輸送作戦を終わらせて、改革作戦を了としよう」

 

 

嘉島の言葉に黙ってしまう武蔵

 

逆に何かを思案したハチが口を開く

 

「…確かに…ゴーヤ達の練度ならそこまで難しくはない任務かとは思いますが…」

 

 

「…うん?」

 

 

「ここ最近の出撃数で潜水艦隊はかなり疲弊しています…それでいてフィリピンへの遠出は少々危険かと…」

 

 

「…そうだ提督よ。もう潜水艦隊は限界だ…今回の任務…断った方が…「行くよ」

 

 

 

ハチと武蔵が嘉島へ具申しようとすると、執務室の扉が開いてぺたぺたとゴーヤが入ってくる

 

 

「…ゴーヤ」

 

 

ゴーヤは嘉島の執務机にたった今終わらせてきた任務の報告書類を置く

 

 

「今少しだけ話は聞こえてきたから…フィリピン…ゴーヤ達が行ってきます」

 

 

「…大丈夫なのか?」

 

 

嘉島はそう聞いてゴーヤの眼を見る

 

ゴーヤの眼は隈を作りつつも、しっかりと嘉島を見据えており、強い意志を感じた

 

 

「はい!ゴーヤ、潜ります!」

 

 

「…なら、私も…行きます」

 

 

「「!?」」

 

 

嘉島に敬礼をしたゴーヤに続いて声を挙げたのは秘書艦のハチだった

 

まさか意外な人が、と嘉島と武蔵は驚く

 

 

「…大丈夫なのか?…ハチ…」 

 

 

武蔵が問うとハチは少し困った顔をして笑う

 

 

「…今のゴーヤ達だけじゃ心配だし、ね?」

 

「…は、はっちゃん…」

 

 

ゴーヤも武蔵達同様驚きの表情でハチを見つめると、ぎこちなくハチに頭を下げる

 

 

「…あ…えと…よ、よろしく…あと、こないだは…ごめんなさい…」

 

 

ハチは笑顔でゴーヤの頭を撫でる

 

 

「ううん…私こそ…」

 

 

そして嘉島の方へ向き、敬礼

 

 

「…よろしいでしょうか、提督」

 

 

「…ああ、許可しよう。今回の任務にて伊8を第一艦隊第一潜水艦隊編成に加える」

 

 

「ありがとうございます。では準備ができ次第出撃します」

 

 

ハチとゴーヤは嘉島に敬礼をすると、執務室を出ていく

 

 

 

「…提督よ」

 

 

ソファに座った武蔵が嘉島に背を向けたまま名を呼ぶ

 

 

「…ん?なんだ、武蔵」

 

 

「…欲に駆られると痛い目を見る事になるぞ?」

 

 

 

「…いや、もう一度くらいなら大丈夫さ…これで最後にする」

 

 

「………忠告はしたぞ」

 

 

 

武蔵は振り返ることなくそれだけ呟くと、ソファから立ち上がる   

 

 

「ああ、そうだ…ハチさんの代わりにではないが、臨時で秘書艦をしてもらえないか?」

 

 

「…すまないが…他を当たってくれ」

 

 

武蔵は素っ気なくそう答えると、扉を開けて執務室か出て行ってしまった

 

 

 

「…なんだよ…」

 

 

 

嘉島は一言ぼやくと執務椅子にどかりと座る

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

磐城海軍基地 ドック

 

 

フィリピンへの輸送任務のため、第一潜水艦隊、第二潜水艦隊の面々が出撃準備をする中、笑顔のゴーヤに手を引かれてハチも制服を着替えてやってきた

 

 

 

「…は、ハチさん?」

 

「はっちゃん!?」

 

「わぁ、はっちゃんさん!」

 

 

 

実は潜水艦隊と組むのは久しぶりのハチ

 

潜水艦隊の面々は皆疲れを忘れる程笑顔で喜びながらハチの周りに集まってきた

 

 

「んっふふ…今回のフィリピン輸送作戦ではっちゃんが潜水艦隊入りとなったのです!」

 

 

ドヤ顔で面々に報告するゴーヤ

 

 

「やったぁ!」

 

「これで百人力!」

 

 

 

「あはは…よろしくね。皆」

 

 

 

皆の喜ぶ姿を見て満更でもないハチは笑顔で皆に挨拶をする

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

輸送任務が始まり、潜水艦隊が出撃して12日が経つ

 

 

磐城海軍基地 0800

 

 

海軍基地、海に続くドックにて嘉島はゴーヤ達の帰りを今か今かと待っていた     

 

 

 

「…」

 

 

「…あー…提督?…彼女達が戻ったらちゃんと執務室に戻るように伝えますから…」

 

 

工作艦明石は苦笑いを作って嘉島に声をかける

 

 

「ん…ああ…いや…そう、か…」

 

 

流石にゴーヤ達が出撃して10日近く日数が経つと、戦果に目がくらみかけていた嘉島も正常に頭が動くようで、ゴーヤ達の心配をしてこうして様子を見に来ていた

 

 

 

「…全く…そんなすぐに帰投なんて…」

 

ぶつぶつと呟く明石だったが、ふと海に視線を向けると、海面越しに沖の方からこちらに向かってくるいくつかの影が見える

 

 

「…うそ…本当に帰ってきたんだ」

 

 

「…あ…」

 

 

 

驚き、呟く明石を無視して海の方へ走り寄る嘉島

 

 

「ふぅー…提督!第一潜水艦隊、第二潜水艦隊、ただいま戻りました!」

 

 

 

海からドックへ上がったゴーヤはすぐに鹿嘉島の元へ歩み寄り、まだ濡れた身体のまま敬礼をする

 

 

「おお!よく帰ってきたな!」

 

 

次々と海から上がってきて嘉島の前で敬礼をする潜水艦隊の面々

 

 

しかし皆笑顔は無く、ゴーヤ以外は暗い表情だった

 

 

 

「お疲れ様!……ぁ…ん?…なんか……少なくないか?」

 

 

 

嘉島は目の前に並ぶ潜水艦隊の面々を見て、出撃した時の人数と今の人数が合わないことに気づく

 

 

 

「はい!伊168、伊19、伊8が敵駆逐隊の爆雷攻撃により沈みました。でも輸送任務は無事終了しました!」

 

 

笑顔でそう報告するゴーヤ

 

嘉島はゴーヤの言っている意味を理解するのに数秒掛かってしまった

 

 

 

「…え?」

 

 

「それでは潜水艦隊、入渠してきます!報告書は後程提出します!」

 

 

ゴーヤ達はぺたぺたとドックの方へ入っていった

 

 

目を開いたまま、水平線から視線を外せない嘉島

 

 

「………そんな……」

 

 

 

「提督、執務室へお電話入っています」

 

 

嘉島の背に明石から声がかかる

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

執務室

 

 

『いやー!本当にありがとうございます!嘉島提督!』

 

 

 

「…ええ」

 

 

 

執務椅子に座り、佐世保鎮守府柴山提督からの電話に出る嘉島

 

しかし眼は虚ろのまま、口も開いたままで柴山提督の声に心ここにあらずといった風に答える

 

 

『磐城の潜水艦隊の皆さんのお陰もあって無事追撃作戦も成功しましたよ!』

 

 

 

「…ええ」

 

 

『デッカイ借り作っちゃいましたね!あ!何かあったら何でも言ってください!佐世保鎮守府は全勢力で協力しちゃいますから!』

 

 

 

「…ええ…」

 

 

 

『それではっ!バァァアーニィンッ!!』

 

 

「…はは…ばーにん…」  

 

 

 

 

かちゃ、と嘉島は受話器を置き、通話を終了させる

 

 

と、同時に執務机の上に頭を押し付ける  

 

 

「…俺は…何をやっているんだ…?…」

 

 

がん、がん、と机の上に自身の頭を打ち付ける

 

 

「…何が大丈夫だ…何が……」

 

 

強く目を瞑って自分を責める嘉島

 

 

 

(潜水艦隊は限界だった…そんなことわかりきっていたことじゃないか…!それなのに…目の前の戦果なんかに…くそ…くそ、くそくそくそ!)

 

 

 

「嘉島ぁぁあああー!!!」

 

 

執務室の扉がものすごい勢いで開き、重巡洋艦摩耶が凄い剣幕で入ってくる

 

 

「…摩耶…」

 

 

摩耶は勢いのまま執務机の向こうにいる嘉島の胸ぐらを掴むと、机の前へと引きずり出す

 

 

「てっめぇっ!!このクソがぁっ!」

 

 

「摩耶っ!」

「止めるんだ摩耶!」

 

 

そこに那智と天龍が執務室に入ってきて摩耶を抑える

 

 

「は、なっせ!コイツ…このクソぶっ殺してやるっ!!」

 

 

「摩耶!」

 

 

那智達に抑えられ涙を流しながら嘉島を睨む摩耶

 

 

「……ま、や…?」

 

 

 

床に尻をつき、執務机の前板に背を当てて摩耶の表情に困惑する嘉島

 

 

 

「よくもっ…よくもハチさんたちをっ!!」

 

 

「落ち着くのだ、摩耶よ…」

 

 

そう声をかけたのは那智達よりも一歩遅れて執務室に入ってくる武蔵だった

 

 

武蔵は息を切らしながら摩耶の背に手を当てる

 

 

「…提督よ…これが、貴方の判断した結果だ…」

 

 

「…武蔵…」

 

 

武蔵は嘉島の方を見ることなく続ける

 

 

 

「…戦果は十分だったろうに…だが貴方は欲に駆られ彼女達を前に進めてしまった…これがその結果だ」

 

 

 

「…ああ…そう、だな…」

 

 

ぐったりとした表情で武蔵に答える嘉島

潜水艦隊出撃前に武蔵に言われた忠告を思い出す

 

 

 

 

「…そして、ハチがいるから、と…勝手に安心してしまい、彼女らを止めなかった私の責任でもある」

 

 

「……」

 

 

 

重苦しい空気の執務室内

武蔵のその言葉に嘉島は心が圧し潰されそうになった

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

ドック入渠施設内 シャワー室

 

 

他の潜水艦隊とは時間を遅らせて全裸のゴーヤは一人頭からシャワーを浴びていた

 

 

「………あー……」

 

 

壁に固定された銀色のシャワーヘッドから勢いよく流れ出る熱いお湯

 

 

(…なんで…)

 

 

仲間達が沈みゆく時、伊168も伊19も苦痛の表情のまま海底へと沈んでいった

 

 

(…なんでなの…はっちゃん…)

 

 

 

ゴーヤを敵爆雷攻撃の範囲から逃したのはハチだった

 

彼女はその背を押すようにゴーヤを逃した

 

 

その時の、爆雷攻撃を受ける瞬間のハチの顔はとても穏やかだった

 

 

 

(…わからない…わからないよ…はっちゃん…)

 

 

 

 

シャワーの湯が流すのは汚れと疲れと…そしてゴーヤの涙だった

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇    

 

 

 

 

入渠を済まし、ゴーヤは艦娘寮の自身の部屋へ戻る 

 

その部屋はゴーヤ、ハチ、伊168、伊19の4人部屋だった

 

 

しかし潜水艦隊はほとんど出撃に出ていたので、その部屋はハチくらいしか使うことはなかった

 

 

「…はっちゃん…」

 

 

ゴーヤはハチの小机に手を乗せる

 

かつての仲間、伊26やまるゆが沈んだ時は何も感じなかった

 

いつか潜水艦隊を育ててくれた潜水母艦の少女が沈んだ時も「あー、やられちゃったか」くらいにしか思わなかった

 

 

そんなゴーヤがこれほどまでに落ち込む

 

つまりはハチがゴーヤにとって何よりも大切な存在だったのだ

 

それこそ自身が尊敬していた橋本提督と同じくらいに

 

 

 

「…あ」

 

 

 

ゴーヤがハチの小机の引き出しを開ける

 

中は彼女の性格ゆえなのか、非常に几帳面に整理整頓されていて無駄な物がなかった

 

 

 

一冊の大学ノート以外は

 

 

 

ゴーヤはノートを手に取り、パラパラとページを捲る

 

 

それはハチが書き続けていた日記だった

 

 

 

「…日記…」

 

 

今日何があった、何食べた、誰かれとお喋りをした

 

 

なんて乙女な内容ではなかった

 

 

ノートに記されていたのは潜水艦隊の艦娘達の事ばかりだった

 

 

「…"今日、ニムが沈んだ。私は何もできなかった…"」

 

 

「"ろーちゃんと話し合えなかった。とにかく彼女達とゆっくり話したい…話せばわかってくれる"」

 

 

ゴーヤはページを捲る手が止まらない

 

 

 

「"ゴーヤと喧嘩してしまった。でもこうでもしないと彼女達は止まらない…きっとゴーヤならわかってくれる…私は諦めない"」

 

 

ぼたりぼたりと大粒の涙がノートに落ちる

 

 

「"ついに私もゴーヤ達と出撃。どれ位ぶりだろう…でもきっと彼女達を守ってみせる。この任務が終われば、彼女達を開放できる"」

 

 

 

「あ…あぁ…ぁぁああ…」

 

 

涙で顔をぐしゃぐしゃにして、ノートを両手で抱え込み両膝を落とすゴーヤ

 

自分はなんて馬鹿だったのだろう

 

本当は橋本提督が帰ってこない事なんてわかりきっていた。

 

自分達が意地になって出撃していたのを止められなかった

 

 

摩耶や武蔵達が無理矢理にでも潜水艦隊の娘達を休ませていたのは理解していた

 

 

 

鹿取も、嘉島も自分達の事を思って色々とやってくれていたのは感じていた

 

 

 

「…全部…全部ゴーヤのせい…ゴーヤの…私の…せい…止めなきゃ…皆を…」

 

 

 

ゴーヤはそう呟くと、書きかけだった戦闘詳報をハチの机に置き、部屋を飛び出ていった

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「次の出撃任務中止?」

 

 

基地 ドック

 

 

次の任務のためドックにて出撃準備をしていた第二潜水艦隊の面々は突然のゴーヤの指示に表情を疑問顔に歪める

 

 

表情に疲れの見える第二潜水艦隊旗艦、伊401の問いにゴーヤは頷く

 

 

 

「うん、今日はもう終わり。皆にはゆっくり休んでほしいの」

 

 

「…え、でも…」

 

 

「いいの。もう無理に出撃しなくていいの…これからは「よくないよ?」

 

 

「え?」

 

「…?」

 

 

伊401とゴーヤの会話に割り込んでくる少女がひとり

 

 

呂500だった

 

 

「よくないよ?だって出撃し続ける事がろーちゃん達のやるべき事だ、って…でっちも昔そう言ってくれたよね?」

 

 

「ろ、ろーちゃん…だ、だから!もう出撃はしなくていいの!」

 

 

呂500はゴーヤに抱きつく

 

 

「ううん、でっちははっちゃん達が沈んで少しおかしくなってるだけだって…」

 

 

呂500は伊401に向けてそう言った

 

 

「そ、そうだよね…うん、大丈夫!また皆で潜ろう?」

 

 

「ち、ちがっ…そうじゃ「でっち」

 

 

否定しようとするゴーヤの耳元で少し低めの小声で名を呼ぶ呂500 

 

 

「…もう、今更やめるなんてそんな事許さないよ。それは皆への裏切りだから…」

 

「…ろ、ろーちゃん…」

 

 

呂500はゴーヤから離れると、にこっと笑顔になる

 

 

「しおいちゃん?わかってるよね?」

 

 

呂500にそう言われ、顔が青ざめた伊401は頷く

 

 

「あ、うん…えっと…第二潜水艦隊旗艦として…伊58を潜水艦隊から外します…」

 

 

伊401の言葉を聞いて呂500は満足そうに笑うと近くにいた伊400と伊13に向けて

 

「しおんちゃん、ヒトミちゃん…"伊58"を連れて行ってあげてって」

 

 

「はい」

「…はい」

 

 

そう返事をした二人は顔を俯かせてゴーヤの腕を掴む

 

 

「ちょっ!…ちがうよっ!やめてって!これ以上は皆「でっち」

 

 

呂500に名を呼ばれて腕を掴まれながら顔を上げるゴーヤ

 

 

「…もう誰にも止めさせないよ。でっちにも…提督にも…」

 

 

「…何を…何を言ってるの!?ろーちゃんっ!ろーちゃん!!」

 

 

呂500の名を叫びながら連れて行かれるゴーヤ

 

 

 

 

 

 

「…さぁ、皆…潜りに行こう?」

 

 

ドックに残った面々にそう声をかけると、携帯電話を取り出してどこかへ電話をかける呂500

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「…ごめんなさい、ゴーヤ」

 

「…ごめんね…」

 

 

工廠、艦娘建造機に付けられた鉄扉が開く

 

 

「…痛っ!」

 

 

放られる様に建造機内に入れられるゴーヤ

 

 

「しおんちゃん!ヒトミちゃん!待って!」

 

 

無慈悲にもその扉は閉められる

 

 

 

「…えっと…あの…」

 

 

一部始終を見ていた操作パネルの前に立つ明石がなんと声をかければいいかわからずにいたが

 

 

「…じゃあ、明石さん。解体お願いします」

 

 

伊400が笑顔で明石に声をかける

 

 

「で、でも建造解体は提督の確認判が押された申請書がないと…」 

 

 

「…いいの…潜水艦隊旗艦と…ろーちゃんの許可が降りたから…」

 

 

目を虚ろにさせた伊13が伊400に続いて補足する

 

 

 

「…ろ…!?……わ、私は知りませんからね…!」

 

 

呂500の名を聞いて顔を青ざめる明石だったが、すぐに操作パネルをいじる

 

 

「出して!お願い!しおんちゃん!ヒトミちゃん!明石さん!いやぁぁああああ!!」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 

 

 

 

 

潜水艦隊が出撃に出て数時間後、執務室にも来客の姿があった

 

 

 

「福島県憲兵察…?」

 

 

執務室の扉が開いて、臨時秘書艦那智の案内で中に入ってきたのは、福島県憲兵察の刑事2人と男性憲兵察官4人…

 

 

そして

 

 

「…宮沢…中将…」

 

 

いつもは飄々とした東山の将校が険しい顔で憲兵察と共に嘉島の前に立っていた

 

 

 

中年刑事が憲兵察手帳を嘉島に見せる

 

 

「…嘉島輝明大佐ですね?福島県憲兵察の上島と申します。労働基準法違反の容疑が貴方にかけられています。申し訳ありませんがお話を聞かせていただくため、貴方を福島県憲兵署に身柄を拘束させていただきます」

 

 

「…は?」

 

 

「お、おい!待ってくれ!提督は何もしていない!」

 

 

執務室にいた武蔵も刑事にそう反論するが、中年刑事はやれやれ、と言った風にため息を吐く

 

そこへ黙っていた宮沢中将が重い口を開く 

 

 

「…艦娘を轟沈、沈めてしまう事は罪ではない…彼女達も命をかけて戦っているし、その覚悟もある…」

 

 

「み、宮沢中将…」

 

 

「…だが、強要は別の話だ。艦娘にも個性がある。疲弊した彼女らを無理矢理出撃させていた事を知って、支部中将として見逃す事はできない…」

 

 

改革の為とはいえ、潜水艦隊に出撃させていたのは事実

 

 

嘉島はぐぅの音も出せずに俯く

 

しかし武蔵が吠える

 

 

「待ってほしい。宮沢中将…何故無理矢理出撃させていた事をご存知なのだ?」

 

 

武蔵の問いには中年刑事が答える

 

 

「数時間前、被害を受けた艦娘から通報が入ったんですよ…とはいえ基本的には海軍所属の艦娘に対して憲兵察は勝手に捜査は出来ない…それで東山支部、宮沢中将へ相談させて頂いたんですよ」 

 

 

刑事の返しに驚きを隠せない武蔵

 

 

「…そんな…誰が…!」

 

 

「…とにかく、話を聞かせてほしい…同行を願おうか。嘉島君」

 

 

 

「………はい」

 

 

嘉島は小さく返事をし、宮沢達について行く

 

 

「提督!…提督!!」

 

 

武蔵の叫びも寂しく、嘉島は彼等と共に執務室から出ていってしまった

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

その後、宮沢中将立ち会いのもと、福島県憲兵察で事情聴取を受けた嘉島

 

 

まず最初に嘉島による磐城労働改革の件を洗いざらい話した

 

これには関係した武蔵や摩耶が積極的に証言をしてくれた事により、嘉島が労働基準法違反の罪に問われる事はなかった

 

 

そしてここで嘉島はゴーヤが解体された事を知った

 

 

刑事は嘉島が強制労働の件を口外しようとしたゴーヤを、口封じの為に解体したと睨んだが、こちらも工廠で呂500達の脅迫で建造機の操作をさせられた明石が証言をして、罪に問われることはなかった

 

 

 

嘉島達が開放されたのは太陽が沈み始めた頃だった

 

 

黒塗りの車に宮沢、嘉島が乗り、その後ろに走るもう一台の黒塗りの車に武蔵、摩耶、明石が乗って磐城海軍基地に向かっていた

 

 

 

 

「…すまなかった…嘉島君…疑ってしまって…」

 

 

宮沢は後部座席、自身の隣に座る嘉島へ頭を下げる

 

 

 

「…いえ…どんな理由があったにしろ…私が行ったのは強制労働の様なものです…」

 

 

嘉島は宮沢に視線を送ることなく窓の外から暗くなる海を見つめる

 

 

 

「…宮沢中将…申し訳ありませんが…」

 

 

嘉島の言わんとしていることはわかっている

 

「…もう一度だけ…考え直して貰えないだろうか…」

 

 

「……私にはもう無理です…もう彼女達を導く自信がありません」

 

 

「……そうか…」

 

 

嘉島は宮沢の方を向くことなく淡々と続ける

 

 

「…除隊申請は後日お送りします」

 

 

 

「………ああ」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

磐城海軍基地 本館正面

 

 

嘉島達が車から降りて、宮沢の乗る車を見送る

 

皆表情には疲れが見えている

 

 

 

「…提督よ…もう一度…やり直そうじゃないか…」

 

 

嘉島と宮沢の車内での会話を知ってか知らずか、武蔵は嘉島の背に向かってそう声をかける

 

 

「……ああ、そうだな」

 

 

嘉島は武蔵に振り向くことなく答える

 

 

「アタシらも協力するからさ…また頑張ろうぜ」

 

「そうですね…もちろん私もお手伝いしますから」

 

 

摩耶と明石も武蔵に続く

 

 

 

「…ああ、そうだな」

 

 

嘉島の覇気のない返事を聞いて武蔵達は重い空気を感じる

 

 

「…提督よ…今日はもう休んだほうが良い…また明日、皆でこれからの事を話し合おう」

 

 

 

「…ああ………そうだな」

 

 

武蔵達に背を向けたままの嘉島はそう答えた

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

同日深夜  艦娘寮

 

 

「…武蔵さん…良いかな…?」

 

 

武蔵の部屋をノックして顔を覗かせたのは寝間着姿の摩耶だった

 

 

 

武蔵は窓辺の椅子に座って本を読んでいたが、摩耶が入ってきたのを確認すると、読んでいた本にしおりを挟んで机に置く

 

 

「摩耶か…どうした?眠れないのか」

 

 

摩耶の来室に安心したのか、武蔵は微笑む

 

摩耶は恥ずかしそうにぽりぽりと頭を掻いて武蔵のベッドに腰掛ける

 

 

 

「ん…ああ…まぁ…眠れない…」

 

 

「私で良ければ話し相手にでもなろう」

 

 

そう言った武蔵だったが、摩耶や明石と同じく、彼女も眠れない一人だった

 

 

「…それに…私も心細かったんだ…今日も色々起きすぎて…これから先もどうなる事やら…」

 

 

武蔵は眼鏡を外して目元を強く指圧する 

 

 

 

「…アタシさ…ゴーヤの事…結構好きだったんだぜ?」

 

 

「…」

 

 

「あ、もちろんレズ的な事じゃなくて…」

 

 

摩耶が少し焦った表情をすると武蔵はふふ、と笑う

 

 

「ああ、もちろん分かっているさ」

 

 

「んん"っ…まぁ、なんだ…橋本提督の意志を継ごうっていつも頑張ってたのを見てたし…それなりに根性もあったし…」

 

 

「…そう、だな」

 

 

摩耶はぼんやりと窓の外に視線を向ける

 

 

「あいつ…ゴーヤはアタシの事…嫌いだったのはわかるけどさ…」

 

 

ベッドの上で小さく縮こまる摩耶

 

 

「……助けたかった…力になりたかった…」

 

 

その声は震え、泣いているのがわかる

 

 

「…伊…ゴーヤは摩耶の事を嫌ってなんかいないさ…きっと彼女も摩耶に感謝していたと思うぞ?」

 

 

武蔵のその言葉は摩耶だけに向けられたものではなかった

 

武蔵もまたハチを守れなかった事を後悔しているのだ

 

 

 

(…後悔、先に立たず…か)

 

 

「昔の人はよく言ったのものだ…」

 

 

「…え?」

 

 

武蔵の呟きに顔を上げる摩耶

 

「…いや、ほら…これで鼻を拭くといい」

 

 

武蔵は摩耶にちり紙の箱を差し出す

 

 

「……うん」

 

 

ティッシュを2枚ほど引き抜くと、ずびび、と鼻をかむ摩耶

 

 

「…今度こそ今度こそ、と考えてはいたが…やはり私達だけでは上手くは行かないのだろうな」

 

 

「…うん」

 

 

「…提督と…皆でちゃんと話し合って…今度こそ磐城を立て直そう」

 

 

 

 

言葉と共に武蔵は心に強く決心する

 

 

いつか磐城の皆が本当の意味で笑い合えるような、お互いを信じ合えるような、日ノ本一の海軍基地にする、と

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

基地本館

 

 

嘉島は私室にて大急ぎで鞄に荷物をまとめていた

 

 

「冗談じゃない…冗談じゃないっ!…こんなところにいられるか!」

 

 

武蔵や摩耶達と違い、自責の念に耐えられず逃げ出そうと準備をする嘉島

 

 

本来は支部の委員会と呼ばれる将校達の評議会にて除隊を認められるか認められないかを決められるが、今回の場合では幸いにも宮沢も嘉島の除隊意思を理解をしており、きっと宮沢が委員会に手を回してくれるだろう。

 

実質あとは除隊の届けを宮沢に渡せば嘉島は海軍からほぼ開放される

 

 

「…後は宮沢中将が色々やってくれる!…俺にはもう無理だ…!くそっ…くそ!くそっ!!」

 

 

衣類、貴重品等を鞄に詰め込み終わると、必要書類をファイルに閉じて私室の扉を開ける

 

 

 

「…はぁ…はぁ……」

 

 

嘉島は自分の過ごした私室を見渡す

 

思い出が無い訳ではない

 

 

ハチも色々と協力をしてくれたし、武蔵にも何かと世話になった

 

男としてはこの恩は返すべきだろうが、今の嘉島にはそんな余裕は無かった

 

 

 

「…」

 

 

歯を食いしばり、静かに私室の扉を閉める

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

基地駐車場

 

 

艦娘用のマイクロバスが2台、そして嘉島の自動車が駐車してある少し狭めの駐車場

 

嘉島は自分の車の後部座席に鞄を放り込み、運転席に乗り込むとキーを鍵穴へと差し込む

 

 

差し込んだキーを回すことなくハンドルに額をつける 

 

 

「…はぁ…はぁ…くそ…なんだ…なんなんだよ…」

 

 

嘉島は鼻白み、愁思する

 

 

 

「ぐ……くそ……ぅう…」

 

 

ハンドルに額をつけたまま涙する嘉島

 

 

 

「…情けねぇ…ぐっ……こんな…俺っ…情けねぇっ!!」

 

 

 

「…皆…ごめん…ごめん…」

 

 

ぼろぼろと泣きながら、磐城から、提督から、海軍から、艦娘から逃げ出そうとしている情けない自分を恥じ、武蔵達への申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる嘉島

 

 

 

 

嘉島の乗る車はエンジンが掛かると、正門を抜け、磐城海軍基地から出ていってしまった

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「…大丈夫だ。摩耶…提督ならきっとわかってくれる…もう一度…最初からやり直そう」

 

 

「…ああ…そうだな…きっと…」

 

 

 

武蔵の部屋、窓辺の椅子に座った武蔵とベッドに腰掛けた摩耶は2人で小さく笑い合った

 

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

それから数日

 

出撃した伊401率いる潜水艦隊が磐城に戻ることはなかった

 

 

連続での出撃による疲労も溜まった状態で海に出ていた事もあり、後日別の海軍施設の遠征艦隊が福島県沖にて潜水艦隊の面々を水死体で発見

 

 

爆雷や砲撃の痕が無く、発見した艦娘の見立てだと、出撃最中に心的ショックにより海中での艤装展開が維持出来ずに溺死したもの、と推測された

 

 

不思議なことに、何故か呂500の遺体だけが見つからなかった

 

 

 

そして磐城海軍基地

 

 

嘉島達が福島県憲兵察に拘束された翌日、行方がわからなくなった嘉島の捜索をしたが、当人は見つからず、武蔵達は頭を悩ませる事になる

 

しかし同日、宮沢からの指示が入り、次の提督が着任するまでの期間、臨時で武蔵、那智が提督代理となることになった

 

 

なお磐城海軍基地も提督不在で支部からの出撃命令は無く、潜水艦隊以降は轟沈するものは居なかったが、提督不在と言う事を目につけた他鎮守府の提督達によって磐城に在籍する艦娘達は次々と引き抜かれていった

 

 

一方、東山支部では磐城での労働環境による過労死が議題として挙がり、人と艦娘との信頼回復のため、改めて環境を見直そうという取り組みが東山支部傘下の各基地で行われることになる

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

嘉島が磐城から去って約一月が過ぎる

 

 

 

 

「…那智…そうか、お前も行くのか…」

 

 

太陽の日差しが執務室の窓から差し込む早朝 

 

ソファに座って書類整理に励む武蔵の前に手荷物を持った那智が立つ

 

 

「…何度も…断ったんだが…」

 

 

那智は申し訳無さそうに武蔵から視線を外してそう答える

 

武蔵はふ、と笑い

 

 

「…なに、艦娘は戦乙女…その力、戦場で存分に奮ってくるがいいさ」

 

 

そう言ってソファから立ち上がり、那智に右手を差し出す

 

 

「…色々と世話になった…礼を言わせてくれ。那智」

 

 

しかし那智は暗い表情を変えられない 

 

 

「…いえ…私なんて…結局武蔵さんを置いて「構わない」

 

 

「…それでも礼が言いたいんだ。ありがとう、那智」

 

 

 

武蔵が微笑みながらそう言うと、那智も観念したのか武蔵の差し出された右手を両手でしっかりと掴み、頭を下げる

 

 

 

「…こちらこそ…貴女と共にここまで歩めた事…誇りに思う」

 

震えながら発した那智の言葉

2人の足元には那智の涙が雫となって床に落ちる

 

那智は頭を上げると、今は誰もいない執務椅子に視線を向ける

 

 

「…やはり…あそこには座られないのだな…」

 

 

「…ああ…あそこは私の座る場所ではないからな」

 

 

 

那智は目元を指で拭い、思い出したかの様に武蔵に目線を合わせる

 

 

 

「…そういえば…来週には新たな提督が着任すると聞いているが…」

 

 

「…ああ…名前を見て笑ってしまったよ…」

 

武蔵は笑い、執務机の上に置かれた書類を一枚那智に見せる

 

 

「……!……なるほど…ふふ、貴女と仲良くなれそうな御仁だな」

 

 

「ああ…今から楽しみだ」

 

 

 

新たな新任提督のプロフィールの書かれた用紙

 

そこには活発そうな見た目の若い男性士官の顔写真と共に、「藤原玄信」と書かれた名前があった

 

 

 

この一ヶ月で磐城の姿は変わってしまった

 

 

潜水艦隊は全滅、在籍していた艦娘達は殆ど他鎮守府に引き抜かれ、武蔵の良き相棒の一人だった摩耶も自責の念に追い詰められ自主解体…

 

 

数十名いた艦娘はこの頃には武蔵を含んで僅か5人となってしまった

 

 

 

那智が執務室を出て行くと、武蔵は執務室の窓の縁に手を置いて海を眺めて息を一つ吐く

 

 

大切なものが次々といなくなっていく恐怖

 

 

武蔵がまだなんとか自分を保っているのも超弩級戦艦、大和型としてのプライドがあるからだろう

 

 

でなければここに武蔵は立っていない

 

 

水平線を眺める武蔵の眼が潤う

 

 

 

「……ああ…いかんな…」

 

 

ぐしぐしと目元を腕で拭う武蔵

 

 

 

一体何が何処から間違っていたのか…

 

どうすればこんな状況にならずに済んだのか…

 

 

その問いに答えられるものはいなかった

 

 

 

 




お疲れ様でした

リクエストを元に作成しました過労死案件、これにて了となります


今回は短編としてのお話の為、後日談は書きませんので御理解よろしくお願いします…


書き終えた感想としては、やはり物足りないですね…

作者の表現の未熟さ故もありますが、もっと書き込みたかったのが本音でございます。(しかし短編と言っておきながら何話も続けるのは流石に信用を失いそうで怖いので…)


ちなみにこのお話内では艦娘にも日本の法律は基本適応されます。ただ即適応される条件としては作戦任務外、が基本ですね

殺人や詐欺、強姦、窃盗等々…

なお作戦任務中で行われた犯罪行為に関しては作中で挙がった通り、所属する支部と相談の上、罪状が適応されたりします。

例として言えば

1.扶桑が病んで(ヤンデレ)提督を殺害→憲兵察と海軍が話し合って殺人として適応

2.扶桑が病んで作戦任務中に提督を殺害→憲兵察と海軍が話し合って殺人として適応

3.扶桑が病んで一般男性を殺害→憲兵察の判断で殺人として適応(状況によっては海軍と相談)

4.扶桑が病んで一作戦任務中に般男性を殺害→憲兵察と海軍が話し合って殺人として適応


といった感じですね。扶桑さん病ませてすいません

…と、まぁ法律関係に関しては恐らく見ている方のご想像通りのものでよろしいかと思います。




それと、そろそろ山田さんの能力レベルアップと行きましょうか。


サイコメトリー、夢伝染(仮)、憑依…と来ましたので…次はそうですね…まぁ、変にチート(記憶を読める時点でチートですが)過ぎたり、世界観を壊し過ぎないようなものにするつもりです。
 

…というよりも当作品は戦いメインのお話というわけではないので、山田さん達が物理的に急に強くなったり等はしませんが…


あと暗い話が続いたので、少しだけ救いのある展開へと移ろうと思います。


後書きが長くなってしまいましたが、次回もどうぞよろしくお願いします

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