次話投稿画面にて誤ってブラウザバックをしてしまい前書き、本文、後書き全て消えました。本文の微調整部分も消えました…まぁ、そんな事は置いといて…
はい
目撃情報報告書編、その中編になります
そして37話目にして遂に朝霜さん(回想にて)登場です
報告書編、進行度80%といったところですね。
なお、前のお話と今回のお話では絶望的に戦闘描写等がございませんので
「ああ、こういうパターンのストーリーね」
ぐらいの気持ちで見て頂ければと思います。
神奈川県三浦市内
車通りの多い十字路の角にある交番
この交番前の掲示板を覗く探偵が一人
江藤俊作だった
「んー…ねぇなぁ」
指名手配犯の顔写真や、空き巣に注意、詐欺に注意などのポスターが貼られている掲示板
しかし尋ね人、探し人のポスターは貼られていなかった
「…」
江藤はこの交番に来るまでに三浦市の電柱に貼られた、恐らく個人で制作した行方不明捜索の紙を何度か目にしている
(…電柱に張られた捜索の紙を見たところ、三浦市だけで30人近くが行方不明になってるってのに…交番にはその情報が貼られていないんだな…)
(憲兵察が関係している?…なんの為に?)
「…何かありましたかー?」
「え?」
掲示板を覗いていた江藤に憲兵察官の男性が声をかける
「…あー…行方不明者の情報ってこの掲示板には貼られていないんすかね?」
「…あー…どうだったかなぁー…」
江藤が問うと、憲兵察官はそう言いながら交番の中へ入っていき、それから外へ出てくることはなかった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
びいぃー…っとベスパのエンジン音を鳴らしながら江藤は引き続き三浦市内の道路を走る
「…んー…腹減ったなぁ…」
江藤の腹時計では昼前を指している
「…お」
そんな中、江藤の視界には一軒の個人経営とみられる蕎麦屋が入ってくる
「…蕎麦でいいか」
昼食はザルで食うか、と江藤は考えながらウインカーを出す
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
"そば 大井川"
こじんまりとした個人経営の店舗、駐車場は狭く、江藤は車で来なかったことを安心する
扉を開け、中に入れば思った通りの狭めの店内、さり気なくスタンダードジャズの音楽も流れており、なんとなく居心地のいい蕎麦屋だった
昼前にも関わらず、店内にいる客の数は少なく、店主と思しき男性が笑顔で挨拶をする
「いらっしゃいませっ!」
「あー…ザル「おー探偵さん。偶然だな」
江藤はそう呼ばれ、声のした方を見ると、金田が奥のカウンターに座って蕎麦を啜っているのがわかる
「…あら…アンタさっきの…」
「こりゃなんかの縁かもな…こっち来いよこっち」
金田は空いている隣の椅子を引いてぽんぽんと椅子を叩く
渋々と金田の隣に座る江藤
金田はメニュー表を指差し
「こいつだ。おろしぶっかけ…こりゃあ俺のおすすめだ」
初めての店だと何が美味いのかわからない。江藤は金田のおすすめを頼むことにした
「…おやっさん。おろしぶっかけ蕎麦頼むよ」
「承知しました」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
運ばれてきた蕎麦を啜る江藤と金田
これといった会話はなく、二人は天井隅に設置されたテレビを見ながら食事を進める
『…完全失業率過去最悪、戦後最悪の不況が続きます…』
「…不況不況って…いやだねぇ…」
ニュース報道を見ながら江藤は呟く
「…なぁ、探偵さんよ」
先に蕎麦を食べ終わった金田がお茶を飲みながら江藤に呼びかける
「…アンタ…沖縄行ったことあるかい?」
「…沖縄?…いや、ないな」
江藤の高校時代の修学旅行はシンガポール
それ以外では飛行機に乗ったことはなかった
故に、沖縄なんてテレビ以外では…
「ん…?そういえば最近沖縄関連の番組見てないなぁ…」
「…」
(雑誌も新聞にも…そういえば見てないな…)
「なんで突然?」
行ったことのない沖縄の事を考えながら金田に問う江藤
「…ほれ」
金田は答える代わりに数枚の写真を江藤に見せる
その写真は荒廃した土地、海岸、町並みが写されていた
「…?…原爆落とされた後の広島か?」
「こりゃあ沖縄だよ」
「はぁっ!?」
金田の言葉に驚き、奥歯に挟まっていた蕎麦が一本口から飛び出る
「ウェッ…きったねぇな…」
江藤は金田の写真を凝視して手を震えさせる
「…嘘だろ?…え?日本…ってか沖縄!?…中東かどっかの国かと思ったぜ…」
金田は江藤の手から写真を引き抜くと、ポケットにしまい、声を少し小さくする
「…ひと月前…色々あって沖縄にいてな…そこで空爆の被害に出くわしたんだ」
「…空爆?…アメリカのか?」
金田は首を横にふる
「…いや、飛んできた飛行機は見てないが…恐らく飛ばしてきたと思われる奴は見た…化け物だ」
「…化け物?…」
「沖永良部島、徳之島、与論島…沖縄はほぼ壊滅だ…一般人にも死人が出てる…」
「なんだよそれ…バケモンが沖縄を壊滅させるくらい空爆したってのか!?」
江藤の張った声で蕎麦屋の店主がじっと見てくると、江藤はひとつ咳払い
「…とにかく…信じらんねぇな…それじゃあなんでアンタはここにいんだ?」
「…沖縄を襲った化け物を退治したのがこれまた変な奴らでな?…女学生みたいな見た目で大砲持った女の娘達が海の上を走りながら化け物共を殺していったんだ」
「…女子高生?」
もはやここまで来ると金田の話をおとぎ話のように聞く江藤
「彼女たちに助けられた俺達は…ああ、俺と数人助けられたんだけどよ…彼女達の会話の中に横須賀の名が出てな…気になってわざわざこうして神奈川までやってきたってわけだ」
「…横須賀…自衛隊関係のやつらなのか?」
金田は財布を開いて手持ちの金を確認する
「さぁな…それを調べに来たんだ…まぁ、当然横須賀鎮守府には門前払いを受けたさ…何を馬鹿なって言われてな…んで、いじけて気分転換に三浦の海へ遊びに来たってわけさ」
そこまで話を聞くと、江藤はある少女の言葉を思い出した
《海にジェットババアがたまに現れるんだって》
(…かすみが言ってたのはその女子高生達の事なのか…?いや…ありえないだろ…多分……それに…)
江藤は金田の目を見る
しかしどうしても、その目を見て嘘をついているとは思えなかった
(…沖縄の事は…本当なのか…?いや…だが…うーん…)
金田は考える江藤を見てふ、と笑い席を立ち上がる
「…んまっ、そんなわけだからさ…この辺で調べるんなら…横須賀関係の事とかでなんかわかったら連絡ちょうだいよ。これ俺の番号ね」
そう言って金田は江藤に自分の電話番号が書かれたメモ用紙を渡す
「じゃあな、おやじさん。これお勘定ね」
金田は自分の食べた分のお金を店主に払うと店の外へ出ていってしまった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昼食を済まし、江藤は三浦市内の戸村の家近くの海岸に辿り着く
「んー…」
依頼人から借りた小島の写る写真と眼の前の大海原の遠目に見える景色と照らし合わせる
「…こ〜こじゃあねぇなぁ…」
海を見回す江藤
「…こりゃあ骨が折れるわ…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
三浦海岸で写真の場所を探して数十分間
そもそも写っている小島が遠すぎることに気づき、海岸近くの貸しボート屋から手こぎボートを借りた江藤
海上 夕方
ボートの上から双眼鏡で沖の方を見渡す江藤
「…お?…あーれーはー…」
遠目に見えた島を見て写真を取り出し確認する
「…ビンゴっ!ありゃあ…初島か……撮られた位置は…三浦海岸よりもうちょい離れた感じか…?」
(…って事は…この写真が撮られた…ボートが事故った現場はこの辺か…)
江藤はメモを取り出してペンを走らせる
『ちょっとー…そこの人ー』
「…あん?」
海上で声をかけられた江藤は声のした方を見る
すると、少し離れた位置に海上自衛隊の小艇が江藤の方へ近づいてくるのがわかった
「…海自…?」
船員と見られる青い作業帽と制服を着た若い男性が無線機のようなマイクを使ってスピーカーで江藤に声をかけていた
『夕方以降、沖へ出ることは県の条例に反しますー。すぐに海岸の方へ引き返してくださいー』
「…条例?…」
『すぐに引き返して下さーい』
無機質な、機械のような声質が小艇のスピーカーから発せられる
「…しかたねぇ、か…」
江藤は近づいてくる小艇に手を振ってボートの進路を三浦海岸に変える
遠く、見えなくなるまで、海上自衛隊の小艇に乗る船員はじっと江藤のボートを見つめていた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、江藤は三浦海岸の浜へ帰投、ボート貸し家の男性と会話する
「あー沖の方で海自に?…そりゃそうだよ…なんだ。お客さんてっきり神奈川の人かと思ってたから…」
「いや、すいませんね…何も知らなかったから…」
苦笑いの男性に頭を掻きながら謝る江藤
「海難事故も増えてますからねぇ…毎日、昼夜問わず沖の方は海自が見回ってるんですよ?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
19時頃
ボートを返して約一時間
江藤は三浦海岸の堤防に腰掛け、海をぼうっと眺めていた
遠目の海上には先程の小艇のようなものが数隻浮かんでいるのがわかる
「…海自が見回りしてんのに…戸村のボートは遭難したってのか…?」
ぼりぼりと頭を掻き、悩む江藤
「…海自…横須賀基地…鎮守府か…話を聞きに行ってみるか…?」
「なになに?今度は自衛隊の基地に行くの?」
「…ああ…まぁ話を聞かせてくれるかは…って、おい!なんでお前がいんだ!かすみ!」
あまりにも自然に声をかけてきたのは昨夜事務所から追い出したはずの女子高生だった
かすみはにこにこと笑いながら江藤の隣に座る
「俊ちゃんのいつもの癖だよねー…地図に赤ペンで丸書くの」
「あ」
かすみの言葉で思い出す
確かに昨夜戸村の住所を事務所の地図で確認した時にペンでマークした事を
そして何故かその地図を本棚には戻さずに、住所だけメモしてそのままにしていた事を
「海風…気持ちいいねー」
「…おまえどうやって事務所……ああ、あのおっさんか…」
チェーンもかけてくればよかったと後悔する江藤だった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
海岸近くの駐車場
広い駐車場に停めたベスパの隣に小さな一人用のテントが張られていた
「ねー…ホテル代なら私が出すよぉ?」
テントの入り口から顔を出し、ベスパの上に乗り煙草を吸う江藤に声をかけるかすみ
「うるせぇ…女子高生とホテル泊まれるかってんだよ…っつか金持ってんならお前一人でホテル泊まってこいよ…おいらのテント返せ…」
「ん〜」
唸りながらかすみの頭はテントの中へと入っていった
「…はぁ…」
江藤は夜空を見上げる
点々と輝く星
きっと蒲田では見られない空に、江藤の心も穏やかに…
「…ビール飲みてぇなぁ…」
…ならなかった
今江藤の頭の中に巣食うものとはお酒と
(…海自が怪しいな…怪しすぎる)
それは元憲兵としての勘なのか、探偵としての勘なのか…
江藤の吸う煙草の灰が地面にぽとりと落ちる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
同時刻
海沿いの大きな建物の屋上、その地面に大の字になって夜空を見つめる青年がいた
白銀の髪の毛、女性にも見える中性的な顔立ち
まるで世界を、人の心を見透かすような透明感のある瞳を持つ青年
「…何を…されているのですか?」
青年の横に立つ長身の女性は大の字に寝る青年に優しく声をかける
「…こうするとね…まるで空が落ちてくる様な気分になるんだ…この感覚…好きなんだ」
「…そうですか」
青年の返しに女性はふふ、と優しく笑う
「……神は…祈りを捧げた者に救いの手は差し伸べないんだ…神って奴は…力のある者にだけ手を差し出してくる強欲な奴なんだ…」
「僕はそんな欲に塗れた神の力も…悪魔の力すらも手に入れるつもりだ…どんな手を使っても必ず…!」
青年は空に向かって左手を突き出すと、虚を掴む
「力あるものが歴史を作り、規律を作り、すべてを手に入れる…力こそ絶対…力こそ…正義だ!」
「…仰るとおりです」
「…きっと僕達の進むであろう道は茨の道だ…犠牲も多く出るだろう…でも、それでも僕は…僕達は前に進み続ける」
青年は起き上がり、女性を見つめながら優しい口調で
「…どれだけ僕の手が汚れようとも、君達を今以上に強くする事を約束する…ついてきてくれるね?」
「…大和」
大和と呼ばれた女性は笑顔を青年に向ける
「…勿論です…大和は…いえ、私達横須賀の艦娘達は…どこまでも、いつまでも提督と共に…」
「…ありがとう、大和…それと、夕方矢矧から報告をもらったよ…なんでも哨戒中の小艇からの報告で、怪しい男が沖の方へ行こうとしてたって…」
「大和も雪風さんから確認しました…昼間には交番で似た服装の男が行方不明者の事を聞きに来たとかで…」
「…」
「…ふふ」
青年は笑い、横須賀の海を眺める
「…丁度新しい検体が欲しかったんだ…本当はそろそろ女性の検体が欲しかったけど…その男が何かをしようとするのなら…」
青年の言葉に大和は敬礼し
「はっ…接触があった場合、拘束するように総員へ指示を流します」
「…あと報告書はまとめてファイリングして、地下の部屋に置いておいてもらえないかな?」
「はっ…了解しました」
大和は青年に敬礼して背を向けると、屋上の入口の方へ歩いてゆく
「…そう…これは実験だ…神と…悪魔の力を得るための…もうひと段階上にあがるための…ふふ…ふふふふ…」
白銀の髪を夜風に揺られ、海上自…もとい日本国軍海軍、横須賀鎮守府提督、赤松慎太郎中佐は怪しく笑う
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
深夜2:00 三浦海岸近くの駐車場
「…ん…?」
愛車のベスパに背を預け、眠りの世界から戻ってきた江藤は、海上…沖の方でぴかりぴかりと光る光景に気づく
「……かみ…なり…か?」
寝ぼけ眼をこすり、探偵七つ道具のひとつ、双眼鏡を取り出して沖の方を覗く
「……んー…?……ん?」
(…なんだ…?ありゃあ…)
雷の光にしては小さすぎる
江藤は駐車場でキョロキョロと近くの建物を見て、一本の電柱の存在に気づく
「…うし」
江藤はベスパから離れると、電柱の方へ行き、器用にも交互に突き出たボルトを掴みながらその電柱を登る
先端まであと少しといったところで足で電柱に身体を気持ち固定し、双眼鏡で沖の方を見る
「…ありゃあ…確か朝見た船か…」
双眼鏡を覗いた先に見えたのは金田から今朝説明を受けた川内型の3隻が沖の方に浮かんでいるのがわかった
「…なんか周りに動いてんのがいるな…よく見えねぇな…あ、そうだ」
江藤はスーツの内ポケットからポケットラジオのようなものを取り出し、片耳にイヤホーンを差し込むと、ポケットラジオの電源を入れる
「…船ならなんか無線とか飛ばしてるかもな…」
江藤の持つポケットラジオも探偵七つ道具の1つ。
憲兵察無線も盗聴出来る高性能(自称)な情報入手ツールである
江藤はラジオのダイヤルを回す
『…ジ…ジジ………ぇのあ……って!……ジジ…』
「…ん?」
一瞬だが若い女性の声を拾った事に気づく江藤
更にダイヤルを回し、周波数を調整
『…てくれました!…てっ!……霜!そっち行ったぞ!……て!撃てっ!…』
遠くでモールス信号の音が聞こえつつ、最初は男性の声、そして次に少し低めの女性の声といった混ざった声が聞こえる
「…なんだ…?何が起きてんだ?」
"撃て"と聞こえた直後に沖の方でまた光り、微かに音がする
『…逐級二隻撃沈!…あと………了解!磯風、浜風、追撃……』
「…いそ…?はま……?」
(撃沈って事は…どこかの軍隊と戦ってんのか?…っつか自衛隊が良いのかよ…)
双眼鏡を覗きながら謎の無線を盗聴していると、急にノイズが無くなり
『…みんなご苦労さま。改川内型3隻はそのまま哨戒に戻りなさい。矢矧、戦隊追撃後、そのまま横須賀へ帰投せよ』
(???)
『…提督……ですが…』
『…いや、構わない…』
恐らく若い男性と女性の会話がはっきり聞こえる
『…この無線を聞いていたところで何もできはしないさ《ブツッ》
そこまで聞くとすぐにラジオの電源を落とす江藤
江藤の心音は早くなる
「…はぁ…はぁ…ば、バレてた…」
10月も半ば近いというのに江藤は冷や汗をかきながら電柱を降りる
(…横須賀…横須賀に何かが……これ戸村の件も関係…するのか?)
その後、朝が来るまで江藤は寝ることができずに、ベスパの上に座り、かすみが起きるまで考え込んでいた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝 8:00
横須賀鎮守府近くのコンビニ
「ねぇ〜本当に行くの〜?」
「ああ、お前はここで待ってろ…中にはイートインもある」
コンビニの駐車場でベスパを停め、ヘルメットをベスパの上に置いた江藤は彼を心配するかすみにそう言いつける
「…10時半までにここに帰ってこなかったらお前一人で帰れ…いいな?」
「えー?何する気なの?」
江藤はハットを被り直し、キメ顔
「…謎解きだ」
そう言ってベスパとかすみを置いて横須賀鎮守府の方へと歩いていってしまった
「はぁ…?意味分かんない…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
横須賀鎮守府
まるで刑務所のような高い塀に囲まれた海上自衛隊横須賀鎮守府
「…さて…どうするか……正面突破…じゃなくて…ちゃんとナシつけて入れてもらえるか交渉してみるか…」
そう考えながら正門の方へ向かう江藤
《…そっちはだめだよ…》
「…ん?」
女の子の声のようなものが聞こえ、後ろを振り返る江藤
「…かすみ…なわけねぇか…」
再び正門の方へ足を進めると…
《そっちは危ないよ…こっちだよ…》
「…」
声の聞こえてきた方を見る
その方向は鎮守府を守る高い壁…
の下の方だった
「…こりゃあ…」
壁の下は草が多く生えていたが、声のした場所をかき分けると、人が一人抜けられそうな大きさの穴が壁に空いていた
「…誰かいるのか?」
《…》
怪しみながらも壁の穴に匍匐前進のように入っていく江藤
《…こっち…こっちだよ…》
(…こりゃあ何の声だよ…やっぱ貞子か…?)
言われるがまま…しかし何故か惹かれるその声に引き寄せられる江藤
穴を抜けると、大きな倉庫が並ぶ横須賀鎮守府の敷地内に潜入成功する
《こっち…こっち…》
「…はぁ…おいらぁ何やってんだろうなぁ…」
穴から抜け、立ち上がりため息を吐く
戸村捜索で神奈川まで来て、謎のカメラ男から世紀末のような写真を見せられ、海上自衛隊への不信感を感じたと思ったら深夜の謎の戦闘、無線
そして謎の声に誘われ横須賀鎮守府への不法侵入
きっと江藤俊作という男の性なのだろう
面倒事に自分から足を踏み入れるタイプらしい
(…こりゃあ見つかったら…ムショぶち込まれるな…)
ははは、と自嘲気味に笑う江藤
「…あ……ん?……んんん?」
江藤は倉庫の柱の下で動く"何か"に気づく
「お?…おお?…おおおお!?」
江藤は倉庫の柱の下で膝を付き、江藤を見つめる"それ"と目を合わせる
そこにいたのは3匹…もとい3人の小さな手のひらサイズの小人だった
「…なんだ…?これ…」
〈ようこそ横須賀鎮守府へ!〉
小人は両手をブンブンと振って江藤に挨拶する
江藤はたらりと冷や汗を流し目を白黒させる
「なん…なんなんなん…?…なんだ?お前ら…人形か?」
〈いいえ、私達は…妖精です!〉
小人の一人がそう言って敬礼する
「…妖精ですって…その自己紹介おかしいだろ……じゃなくて、妖精!?…わけわかんねぇ!」
妖精と名乗った小人の少女は両手を使い、江藤をなだめるようなジェスチャーをする
〈まぁまぁ…とにかく…私達の姿が見え、聞こえるあなたに是非ともお願いがあります〉
3人の小…妖精は両手を広げ、江藤に頭を下げる
「…もう何がなんだかだな…一応聞いてやるか…言ってみな?」
江藤は妖精達の前に座り込み、腕を組む
〈実の所、この横須賀鎮守府では提督の手によって非人道的な実験が行われています〉
〈〈行われています〉〉
真ん中の妖精の語尾を繰り返す左右の妖精
(…合唱コンクールかな?)
〈ここの艦娘達は提督側に付いているので、彼女達では提督をとめることかできません〉
〈〈できません〉〉
左右の妖精は腕でバッテンをつくる
「……かんむす?…なんだそりゃあ…喜び組みたいなもんか?」
〈艦娘は艦娘…在りし日の艦艇が人の形を得た存在です…とにかく彼女達と出会ってはいけません〉
「…よくわかんないがわかった…それで?おいらは何すりゃあいいんだ?」
〈この横須賀鎮守府の基地内にある実験エリアにある実験資料を手に入れ、公に公表していただきたいのです〉
「……………ほぉ…?」
〈出来る限り私達もあなたに協力させて頂きます〉
「いやいやいやいや…ちょっち待て…」
(妖精とか名乗る小人…海上自衛隊で人体実験…さらにその証拠を手に入れて公にしろ?)
江藤は処理が追いつかない自身のポンコツな脳細胞を恨む
「…言ってることはまぁ、まぁまぁ理解できるが…んなことすりゃあ…自衛隊が人体実験してるなんて世間に言った日にゃあ日本は大混乱だぞ?」
〈これは人類の未来のためなのです〉
(人類よりもおいらの命があぶねぇだろ…あ)
「そういえば…三浦市周辺で行方不明者が多く出てるんだけどさ…何か知らないか?」
江藤の問いに妖精達はこそこそと話し合う
そして…
〈きっと提督の仕業でしょう…恐らく実験エリアに捕らわれていると思います〉
(…おいおい…そりゃあ本当か…?)
〈彼らを救えるのはあなたしかいません…どうか!〉
〈〈どうか!〉〉
妖精3人は江藤に頭を下げる
「……」
「…ちっ…わぁったよ…」
頭を掻きながら渋々承諾する江藤
江藤の返しに全身を使って喜びを表現する妖精達
「…んじゃあその…実験エリア?…にある実験資料を手に入れりゃあ良いんだな?…ついでに捕まった奴らも助けて…いや、大人数ならだめか…捕まった奴らを確認して、後で憲兵察に救出させるか…」
〈ありがとうございます!これ…万が一の時用にどうぞ…〉
妖精は何処から取り出したのか、拳銃のようなものを江藤に差し出す
「…こいつは…?」
〈艦娘に効く特殊抑圧弾の装填された拳銃です。人に向けてはいけませんよ?〉
「……こんなもんまで用意してあるなんて…」
〈効果はそこまで高くはありませんが…どうかご武運を!〉
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…」
鎮守府本館内1F通路
こっそりと本館内部への侵入に成功した江藤はキョロキョロとあたりを見渡す
「…館内に士官とかいないのか…?人の気配が全然ないな…」
〈…提督の命により提督以外の士官、将校方は作戦室や主要フロア以外には居ません…警備も守衛の仕事もメインは本館外で、艦娘も基本的には艦娘寮で待機となっています〉
江藤の肩に乗った案内役の妖精が江藤に小声でそう教える
「…基地内でも人の目が少ないなら人体実験にももってこい…か…で?その実験エリアは?」
〈あのエレベータで地下2階へお願いします!〉
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
本館地下2階
エレベータの扉が開くと、電気が通っているのか心配になるほど真っ暗な長い通路が続いていた
〈…このフロア全体が実験エリアとなります。この通路の奥に…被験者の隔離部屋があり、その更に奥に提督の実験部屋があります〉
「…そう、か…」
(まるでイーサン・ハントかジェームズ・ボンドだな…ほんと何やってんだろうな…おいらぁ…)
「…ん?…お前は行かないのか?」
肩にいた妖精がいつの間にかエレベータ内にちょこんと立っていた
〈…ここから先のエリアは私達妖精や艦娘が許可なく入ることは禁じられています…勝手に足を踏み入れれば特殊な装置で警報が流れてしまうので…〉
「…ハイテクだな…っつかお前らやかんむす?だと警報が鳴って人間だと何も鳴らないだなんて、随分と甘く見られているんだな…人間ってのは」
はぁ、とため息を吐いて通路の先に視線を向ける江藤
「…とにかく…証拠手に入れて戻ってくりゃあいいんだろう?…行ってくるわ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
横須賀鎮守府近くのコンビニ
江藤の愛車に跨がり膨れ顔のかすみ
「…んー…遅い…」
携帯電話の画面を確認すると、時刻は11時を回っていた
江藤の言いつけで10:30を回って戻ってこなかったら一人で帰れ、と言われているかすみ
「…どうしよう…俊ちゃん…」
かすみは鎮守府の方を見て呟くと、携帯電話の電話帳ページを開く
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
横須賀鎮守府本館地下2階
真っ暗な通路を探偵七つ道具の1つのミニライトを片手に真っ直ぐ進むと、両開き扉のある部屋へ到着する
「…第三作戦室…?」
…と、入口横に付けられたプレートに書かれた大部屋に到着する
カチャリ、と最小限の音で扉を開ける江藤
「……」
扉を開けるとまた通路が続き、左右の壁には小窓のついた鉄扉が並ぶ
その光景はまるで…
「アメリカの刑務所みたいだな…」
江藤はこっそりと小窓から1つの部屋の中を覗く
「…」
小部屋の中も廊下と同じく薄暗い照明が付いており、部屋は簡素な折りたたみのベッド、和式便器が設置されており、部屋の隅には"大人一人分"くらいの横長の黒い袋が置かれている
(…まさか…死体だったりしてな…)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後江藤は全ての部屋を小窓から確認したが、いくつか黒い袋があるだけで、生きている人間は確認できなかった
そして
「…ここが実験部屋か?」
通路の奥に到着し、妖精に教えられた扉らしきものの前に到着する
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
目的の部屋へ到着する江藤
扉を開けると広い大部屋、中央には医療用ベッドと手術トレーの置かれたキャスタ
そして扉近くには多くの書類の置かれたデスクを発見
「…」
江藤はデスクの上に置かれた書類関係を漁る
「…なんだ…血液検査票?…人体科学…ん?…なんだこりゃあ…」
医療関係の書類だけかと思えば、デスクの上にあった分厚い本…
表紙には"悪魔崇拝の調べ"と書かれている
「…おいおいおい…」
デスク横に山積みにされた多くの本に目を向ける
悪魔との契約、ネクロフォビア、北欧神話、血の記憶…
「…横須賀鎮守府のトップはイカれてんな…」
凡そ鎮守府の提督が見るものとは思えない本の表紙を見て江藤は顔を強張らせる
更に部屋内が薄暗くて気づきにくかったが、中央に置かれた医療用ベッドの向こう側に何かが見える
そしてその奥の壁に普段の生活では決して見ることの無いものが江藤の視界に入ってくる
「…あれ、は…」
大部屋の中を進み、ぽつぽつと見える小さな灯りに囲まれた"それ"がある壁の方へ近づく
「…ゔ…」
思わず手の甲で口元を塞ぐ江藤
近づいてわかったが、小さな灯りはロウソクの灯りだった
そしてそのロウソクが半弧の形で囲んでいる壁側
その壁には真っ赤な、血のようなもので描かれた魔法陣のような謎の図形が描かれており、その図形の下、床の上には真っ赤な液体の入った直径50センチ程度の金の浅い皿がまるで悪魔に捧げる生贄の血のように置かれていた
「…なんだ…これ…」
更に気づいたのは、真っ赤な図形だけでなく、その壁一面に同じような図形が大小様々に描かれていた、中には大きな眼が描かれている場所もある
「…」
江藤の背中を冷たく、鋭い刃物のような悪寒が走る
「……とっととブツ見つけてトンズラこくか…」
魔法陣を見なかったことにして、再度デスクの方へ近づく江藤
「…ん?…このファイルは…報告書か…」
丁寧にまとめられたファイルを開き、報告資料をぺらぺらとめくる江藤
「…!?…沖縄…強襲…?…」
日本国海軍、艦娘、深海棲艦などと見慣れない単語の記載されている報告書を見て江藤は驚く
「…あのカメラマンが言ってた沖縄の事…って…これか…マジだったのか…」
『フィリピン、スールー海から現れたと思われる深海棲艦郡の強襲、空襲により沖縄県名護を中心に被害多数、死者多数。また琉球基地、大隅警備府の建設が遅れていため艦娘の出撃できず、佐世保鎮守府の援軍艦隊により一部深海棲艦郡を撃退。しかし今だ与論島、徳之島周辺にて深海棲艦郡が泊地を展開中とのことにより…』
「…」
江藤は使い捨てカメラを取り出して沖縄に関する資料文書の写真を取る
「…ん?…あ、これは…」
次に見つけたのは"憑依者"と表紙に書かれたファイル
「…」
ミニライトの明かりを頼りにファイルのページをめくる江藤
「……まじか…」
いくつかある名前の欄の中に戸村の名前を発見
「……まじかよ……報酬…貰えっかな…」
憑依者という意味は理解できないが、悪魔崇拝するようなイカれた男のする人体実験…
江藤は戸村の最期を察すると、ため息を吐く
「…ん?」
憑依者のファイルの下にマル秘と書かれた封筒を見つける
「…マル秘…」
かさかさとA4サイズの茶封筒を開け、中身を取り出す
「…なんかの設計図か…?…さくら……いや、おう、りゅう?…」
「…」
"桜龍"と書かれた機械のようななにかの設計図を見つけ、次のページを捲ろうとした瞬間だった
「…ん?」
江藤は大部屋の中を見渡す
まるで誰かに見られているような気がする、と
「……んー?」
よく見ると、魔法陣の壁の方にもう一枚扉があった
「……これ以上は…見たらいけない気がする……が…」
好奇心
彼を動かすにはそれだけで十分だった
再度気味の悪い祭壇を横目に扉のコックを撚る
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
扉を開ける
狭い隙間から中が見える
大きな円筒形の水槽が何本も並び、いくつもの大型のコンピュータが電子音を奏で、ライトが点滅している
「……!!!!!!」
江藤は確かに見た
円筒形の水槽の中に蠢く長い白髪の青白い女を…
その姿は人間と呼ぶには遠く、化物と呼んだほうがしっくりくる
「…なん…だよ…こりゃあ」
両手、側頭部、胴体に点滴のようなチューブを繋げられ、水槽の中に佇むモノを見て江藤はつばを飲み込む
「…飼育してんのか…?」
無意識に水槽に近づく江藤は、化物が両手を鉄の枷のようなもので捕まえられてるの見て頷く
「……まさか化物を作って「彼女は捕虜ですよ」
「!?」
背後から女性の声がして振り向こうとした江藤だったが、突然口を布のようなもので塞がれる
「んっ!んむー!」
「彼女は私達が鹵獲した深海棲艦…私達艦娘の敵です」
江藤を拘束した女性の声は淡々としている
これが江藤の心を震わせていた
(なんっなんなんだよ!?誰だ!?艦娘!?)
「……んっ…」
口を塞ぐ布になにかの薬品が染み込ませてあるのか、江藤の意識はぼうっとしてくる
「……」
がくりと江藤は力が抜け、意識が飛んだ
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はっ!?」
視界を突き刺す照明により意識を取り戻す江藤
「…ここは…」
「目が覚められたようだね。江藤俊作さん」
医療用ベッドの上で仰向けになっている江藤
その両手両足はベルトで縛られている
「…てめっ!…誰だこらぁ!これ解け!」
仰向けになる江藤の視界の横から顔を覗かせる青年が一人
赤松提督だった
「…それは無理な相談だね…勝手に侵入してきたのは君だよ?」
「…ぐっ……ここで一体何やってんだよ!」
「神と悪魔の力を得るための実験だよ」
青年は笑顔を江藤に向け答える
「…てめぇ…ここの提督か!?」
「御名答。赤松中佐です、よろしくね」
「…俺をどうする気だ…改造して仮面ライダーにでもするつもりか?」
ぎちぎちと拘束されたベルトを小刻みに動かし、赤松に問う江藤
「…まさか?…言ったろう?これは神と悪魔の力を得るための実験だ、って…」
「わけわかんねぇって!くそっ!…」
叫ぶ江藤を無視して赤松は青い液体の入った注射器を取り出す
「お、おいっ…なんだよそれ…!」
赤松はニコリと笑い
「…これはね…深海棲艦の血液なんだ…これから君に刺すよ」
「…深海…!?」
江藤は先程見た水槽に入れられたモノを思い出す
"彼女は深海棲艦です"
そう言われた事と共に
「…な、やっ…ど、どうなるんだよ!んなもん入れたら!?」
「その結果を知るための実験だよ」
赤松の言葉を聞いた江藤はゾッとする
こいつは本物だ、ヤバい…と
そして同時にこれまで感じていた疑問を抱き、震える唇を開く
「…まさか…戸村を攫ったのも…お前なのか?」
「…戸村?」
「1年前に三浦市の海で行方不明になった奴だ」
赤松は隣に立つ女性に視線を向けるが女性も少し困った顔をして首を横に振る
「は、初島の方で…っ!ぼ、ボートに乗ってた!」
江藤がそこまで言うと、女性がああ、と何かを思い出す
「…提督…確か対潜任務の時の…」
「…ああ…彼か…」
江藤が聞き慣れない単語で女性が赤松にそう言うと、赤松も思い出し
「…彼には悪い事をしたよ…確か…敵潜水艦の仲間だと思って僕の艦娘が彼の乗るボートに魚雷を当ててしまったらしくてね…でも、その後この鎮守府で治療と実験をさせてもらったから…天国で喜んでいるんじゃないかなぁ?」
あ、やっぱ正真正銘のホンモノだ
…と、江藤は更に悪寒
「待て待て待て待て!そういえば横須賀鎮守府をスパイしようとしてる奴がいる!そいつの情報教えるからこの拘束を解いてくれ!」
江藤は金田の事を引き合いに出し、なんとか赤松の手から逃れようと頭をフル回転させる
しかし赤松はふふ、と笑い
「…ジャーナリストの金田さんのことでしょう?…ならそれは取引の材料にはならないよ」
「!?」
心臓を掴まれるような気持ちになる江藤
江藤の体中を気持ちの悪い汗が流れる
「…ほら」
若い女性が1メートルくらいの黒いゼリーの様なものが乗った台車を押してくる
「…なんだよ…それ…」
歯をカチカチと鳴らし、手を震わせながら赤松に問いかける江藤
「さぁ、これが金田さんだったものだよ」
証明が当てられて江藤は理解する
ゼリーの様なものは人間の血肉、そして脂肪分だった
ぐしゃぐしゃになった金田の表情がある部分はまるでこの世の地獄を見たかのように目を見開き、歪んでいた
「…海軍は…海軍は艦娘の適性がある人間に船下ろしという儀式を行っている…これはその儀式に倣ったものだ…人の身体に深海棲艦の血を混ぜるとどうなるか…興味があってね…」
「…く、狂って…!このキチゲェが!」
赤松は必死に抗う江藤の片腕を抑えて注射器をその腕に向ける
「…42人…今まで深海棲艦の血を混ぜた男性達は皆憑依現象が起きる事なく全身から血を流し、叫び狂って死んだよ…きっと君もそうなるだろう…」
「んなっ!?わかってんならやめろよ!結果分かってんのにやりすぎだろ!ざっけんな!」
「…大丈夫…男性の被験者は君でとりあえず終わりだ…悪魔に魅入られた己の運命を怨むといい…」
「…ぬっ!…ぐっ!……!」
す、と江藤の腕に注射器の針が刺され
「…さぁ……君も新世界へ逝くといい…」
「……や、やめ…」
赤松が江藤の腕に刺した注射器の中身を注入するため、親指を押し子に当てた瞬間
「…提督!」
赤松を呼ぶ声が聞こえると、赤松の手が止まる
「…大和かな…?今実験中だよ?」
赤松は自身を呼んだ主、大和に視線を向ける
「…申し訳ありません…ですが…」
「…お客さん…かな?大本営からかい?」
大和は表情を歪ませる
「………??」
注射器を抜かれた江藤は乾いた息で呼吸しながら大和と江藤のやり取りを見つめる
「…その…東海支部より加来中将がお見えです…」
むぅ、と赤松も眉をひそめる
「…加来さん…か…厄介な人が来たものだ。わかった、それは実験どころじゃないね…僕もすぐに執務室に行こう」
「はっ!」
「…戻ってくるまで大人しくしているんだよ?」
赤松は医療用ベッドに縛り付けられている江藤に対し、子供相手にあやす様にそう言うと、液体の入った注射器をトレーに置く
そして大和、そして金田だったものを台車で運んできた長い髪をポニーテールにし、大和と似たような格好をした女性と共に扉の方へ足早に向かう
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…く…そ…」
赤松達がいなくなって数分
一人医療用ベッドに縛られた江藤はなんとか自身を拘束しているベルトを外そうともがくが、なかなか外れない
「…くそっ…あんなゼリーなんかになりたくねぇっての…!」
そうぼやくと、江藤を拘束していたベルトが緩くなる
「…ん!?…お!…お前ら!」
ベルトを解いたのは倉庫裏で会った妖精達だった
「…お前らここ来たら不味いんじゃ…」
〈問題ありません!…先程大和さんが許可なく急いでこの階に…実験エリアに入ってきた事によって既に警報は鳴っています!これをチャンスと見て私達はやってきました!〉
「…ああ…そう…」
(あれ?…これもしかして俺囮っぽくね?)
と考える江藤だったが、まずはここから逃げる事へと考えを切り替える
〈さっ!早く!〉
「お、おう…あ、ちょい待ち」
拘束を解かれた江藤は医療用ベッドから降りてデスクの方へ向かう
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
横須賀鎮守府 ドック
本館一階へ上がった江藤と妖精は江藤の侵入した塀の方へ行こうとするが、何故か運悪く倉庫近くには警備員達がおり、断念
その後ドックのボートを使って脱出計画へ変更し、基地ドックまでやってきた
「…所持品は取られなくてよかったぜ…」
扉の外からドック内を伺う江藤
その手には妖精から貰った抑制弾入りの拳銃を握られていた
「…ん?…ありゃあ…?」
江藤の視線の先、ドック内の作業台近くには桃色の髪色をした女性と、銀髪のショートヘアの少女が江藤側に背を向けて楽しそうに話している
〈あれが艦娘です。見た目は人間と変わりありませんが、艤装…いえ、武器を装備することで人間の何十倍もの力と装甲…防御力を持つことができます〉
「…気がひけるが…やるしかねぇか…」
江藤は先に桃色の髪の女性の背中を拳銃で狙う
(…銃撃つなんて憲兵察の射撃訓練以来だ…)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
基地 ドック
ドック近くの作業台では新たな装備の点検を終えた浜風、そして工作艦明石が楽しそうに話していた
「…そうしたら磯風が…『魚などそもそも焼く必要がないのだ!私は鯨だ!』と馬鹿な事を言って三枚におろしたばかりのブリを食べ始めまして…」
「あははは…それでこないだ腹痛で2日間寝込んでたのね?」
「…その後に朝霜に『生のブリ食べてぶりぶりしたんだろう?』って煽られて二人共本気の喧嘩を始めて…本当に姉妹艦として恥ずかしかったです…」
浜風は恥ずかしそうな表情で作業台から少し離れ、工具箱を棚にしまう
「あははばばばびばっ!!!」
(…明石さんって意外と下品な笑い方なん…)
「って、明石さんっ!?」
浜風が明石の方を振り返ると、白目を剥き、身体をぴくぴくとさせた明石が作業台の上でうつ伏せに倒れていた
「なっ!…何がっ!?……はっ!?」
そこで浜風はドックの出入り口で拳銃を構えた江藤を発見
即座に状況判断し
「…て、敵っ!?」
即艤装を展開
連装砲を江藤に向けるも…
パスッ
っと何か空気が抜けるような音がすると浜風の胸元に針が刺さり
「ばばばばばっ!?」
浜風は数秒感電すると、艤装が解除され床に倒れ込む
「…こ、怖え…このガキ…おいらを殺す気満々じゃなかったか…?」
腰が引けた江藤は構えた銃を震えさえて妖精に声をかける
〈…さ、さすが容赦無いですね…浜風さん…提督からは拘束するようにと命令されていたのに……さぁ!今のうちに!〉
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、ドック横に停泊する小型ボートを発見した江藤はすぐに乗り込む
〈…江藤さん!私はここでお別れです!〉
先にボートに乗った江藤はいつの間にか肩からいなくなった妖精がドックに残って江藤に敬礼していたのを確認すると、焦りだした
「ちょっ!困るって…おいらぁ船の操縦なんてできねぇよ!」
〈…え、あ、はい…〉
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
〈…で、このレバーがアクセルで…〉
「ブレーキペダルは?クラッチは?」
〈…ペダルはありません…レバーを逆に引いて…「自動運転は?」
〈…ありませんよ!〉
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
〈…本当にありがとうございました!江藤さん!〉
数分、妖精により船の簡単な操縦方法を教えてもらった江藤も妖精の敬礼に改めて頷く
「ああっ!おいらの方こそ色々教えてくれてありがとうな!あとはコイツを世間に公表すりゃあ、あのイカれた野郎もお縄につくってわけだ!」
江藤は地下のデスクで手に入れた厚めの茶封筒を取り出し、妖精に見せる
〈はい!どうか…どうかよろしくおねがいします!〉
妖精の言葉を最後に、江藤の操縦する小型ボートはよろよろと出航する
「いっつ…」
ボートが出航すると、江藤の腕に不意に痛みが走る
すぐにスーツの上着を脱ぎ、シャツの袖をまくると腕には注射器の針の跡があった
少し腫れた傷口は薄く紫色になっており、内出血しているのがわかる
「…あの変な液体…入ってねぇよな…?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
基地本館 3階廊下
窓の外を大和と共に眺める赤松
その視線の先には江藤の乗るフラついたボートがドックから出航していた
「…宜しいのですか?提督…」
「うん。どうせ彼が持っているファイルは偽物だから…証拠として残ったカメラもここにあるしね」
「…」
「深海棲艦を見た…艦娘を見た…横須賀の提督が人体実験をしてた…こんな事、誰が信じるのかな?」
赤松は大和に向かってにこりと笑う
そうこう話していると赤松と大和は横須賀鎮守府執務室…もとい司令室前に到着する
「…それに今は訳のわからないスパイ崩れよりも…」
「…加来中将…ですね」
うん、と赤松は頷き、はぁ、とため息
「…僕は…あんな人を海軍だなんて…正義だなんて認めない…僕こそ…僕達こそが正義だ。世界を、人々を救う為の救世主なんだ」
「…その通りです。提督」
「…」
こんこん、と司令室の扉をノックする赤松
「失礼します」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
司令室の扉を開ける
もう日は半分沈み、西日が司令室の窓から差し込む
「…」
司令室に入った赤松は緊張し、つばを飲み込む
見慣れた司令室
普段は赤松や横須賀鎮守府の艦娘達が集い、笑い合う部屋
しかし今この時間だけはいつもの司令室とは違った
司令室の中央、赤松達に背を向けてソファに座る男性が一人
そしてその横に立つ二人の女性
男性はソファーから立ち上がり、ゆっくりと赤松の方を向く
高身長、鷹のような鋭い目
明治や大正時代の将官を彷彿とさせる立派な口ひげ
見た目30代後半と見られる男性の着る将校服の衿には2つの桜の刺繍が施されている
「…お待たせ致しました。加来中将」
赤松は男性に対し姿勢を正し敬礼
そしてそれを返すように男性も赤松に敬礼する
海上自衛隊もとい、日本国軍海軍東海支部中将
後の特務空母桜龍の提督となり、艦娘による空母機動部隊の礎を創り上げた人物。
加来進その人であった
はい
お疲れ様でした
今回のお話では皆さんが大好きな横須賀鎮守府、その提督の登場となります
この時代の横須賀のメイン艦娘は坊ノ岬組ですね
なお赤松提督のモデルはエヴァンゲリオンの渚カヲル、それとサイコパスの槙島聖護をイメージしています
白銀の髪とか丸パク…オマージュです
そして彼の行っていた実験ですが、実は船下ろしに倣った行動でした
というか深海棲艦の血を使っている時点で色々アレですからね…
素敵な狂人赤松さんはどうなるのか、横須賀鎮守府から脱出した江藤はどうなるのか、誰がいつ深海棲艦の目撃報告書を書くのか…
次回のお話で締めます