短編と言いながら3話分も使ってどこが短編かな、と思うかもしれませんが、短編です
東海支部直下 横須賀鎮守府
1700 司令室
「加来中将、山本少将。赤松慎太郎中佐、参りました」
「うむ、突然の来訪失礼する」
官帽から覗く白銀の髪を揺らし、東海支部加来中将、そしてその部下、女性将校の山本少将へ敬礼する赤松。赤松に続き二人に敬礼をする大和
先に加来達にお茶を出し、司令室で待機していた駆逐艦涼月は赤松達が司令室に到着したのを確認すると、一礼してさり気なく司令室を出ていく
「…加来中将…そちらは…」
赤松はソファーの向こう側にいる少女に視線を向けて加来中将に問う
加来中将は1度少女に視線を向け
「…会うのは初めてか…私の秘書艦、叢雲だ」
叢雲、そう紹介された少女は一歩前へ出て赤松に敬礼をする
「駆逐艦、吹雪型五番艦叢雲よ。どうぞよろしく、赤松中佐」
「…これは失礼致しました。赤松慎太郎中佐です。どうぞよろしくお願いします」
笑顔で叢雲に敬礼する赤松
「…」
そんな叢雲と赤松のやり取りを見ていた大和は、叢雲を無表情で凝視する
「…何かしら?」
叢雲は胸の前で両手を組み、大和に問う
「…いえ、別に…」
す、と大和は向けていた叢雲への視線を外す
そんな叢雲と大和のやり取りを気にすることなく赤松は加来に問う
「…秘書艦が就いている…と言う事は…」
「うむ…私にも鎮守府提督として異動の話が出ているよ…近々東海支部から離れることになるだろう…」
「…そうですか…東海支部は寂しくなりますね…」
「…ふふ。そんな事はないさ…これも世の流れ…命令されれば従うのが軍人だ」
赤松の世辞に気づいているかいないのか…加来はさらりと返す
「…それで…本日はどういったご要件でしょうか?…施設の視察ですか?」
姿勢を正し、赤松は突然来訪した加来に問う
「…うむ…単刀直入に言おう。シ等艦艇の設計資料の回収に来た」
ピクリと反応する大和
そんな大和の反応を見逃さない叢雲
「…回収…ですか?…何故でしょう?」
シ等艦艇
沖縄と同じように、近年、以前に比べて深海棲艦の出現が頻繁に起きている
それに対して日本各地の機能している鎮守府より艦娘、そしてその基地の海兵達の操作する対深海棲艦艦艇で応戦しているが、問題は対深海棲艦艦艇の方だった
艦娘の能力は、深海棲艦に対して致命傷を与え、敵を撃破する能力がその艤装に備わっている
しかし人の操作する艦艇に関しては"対"と名がつく割には巡洋艦クラスの艦艇でも、深海棲艦に対してはどうしても致命的なダメージは与えられにくい(後に建造される巡洋艦クラス、戦艦クラスの艦艇ではその火力、装甲力等改善される)
そこで日本国軍海軍が新たに考案したのが、人の操作する艦上機を搭載した航空母艦クラスの艦艇を呉、横須賀、舞鶴、佐世保の4大主力鎮守府での運用
その試験をする為に最初に選ばれた艦艇が翔鶴型を基礎とした航空母艦桜龍(発案当初の艦名は桜鶴)、そして選ばれた基地が横須賀鎮守府である
人の操作する艦上機の攻撃が深海棲艦へ効果があるのか、この時代ではまだ未知数の為、テストも兼ねてである
「…上からの命令だ」
加来の答えに視線を落とす赤松
(…未だ日本では建造されていない空母級…僕の計画では必要不可欠……こんなところで手放すなんて……くそっ…しかし…)
一瞬悩んだ赤松だったが、自身を納得させるように小さく首を振ると、加来と目を合わせ
「……承知しました……すぐにお持ちします…」
「…提督…!」
赤松の名を呼ぶ大和も表情を固くする
「……大和、静かに」
赤松が名を呼ぶと、大和は視線を下げる
「…うむ…叢雲…彼等と共に行きなさい」
ソファに座った加来は叢雲にそう命令すると、涼月に用意されたお茶を静かに啜る
「…了解」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
赤松、大和、叢雲がいなくなった司令室
そのソファには加来と山本が並んで座る
「…加来君?…もう少し叢雲への言葉を気をつけるべきよ?」
「…うん?そうかな…普通だと思うが…」
加来にそう言うは山本少将
日本国海軍東海支部の女性将校
階級は加来よりも低いが、実はこの二人は日本国海軍では同期であり、同世代
加来の方から二人の時は言葉を崩してほしいと言われ、二人きりの時、もしくは叢雲を含んだ三人の時に限り、この様に会話する
「…やっぱり…信用できないわね…彼」
「…うん…そうだねぇ…何か…隠してるねぇ…」
二人は顔を合わせることなく、執務机の向こう側の壁に広げられた旗に視線を向ける
日本国海軍基地、その提督室、司令室、執務室には必ず赤白の旭日旗、そして海軍の旗章の旗が張られている
そう、普通は赤白の旭日旗と海軍旗章"だけ"が張られている
しかしこの横須賀鎮守府の司令室の壁には赤白の旭日旗、海軍旗章だけではなく、何故か紫色と白の配色の旭日旗が赤白の旭日旗と海軍旗章の間に張られている
「…紫…自分は高貴なる存在とでも表してるつもりかしら…」
「……うーん…ふふふ…面白いねぇ。彼」
笑い、そう答えると加来はお茶を啜る
「…全然面白くないわよ…彼に対する悪い噂も後を絶たないし…中には反政府活動もしてるって噂よ?」
「…噂は噂…日本国軍海軍が噂に踊らされてはいけないが…火のない所に、と言うからなぁ…」
「…」
「…」
山本は加来にちらりと視線を向け、言い淀むように問う
「…加来君…加来君の異動って…断れなかったの?」
「…日本国軍からの命令だよ…断れる筈が無い…」
「…異動先も教えてくれないし…」
「…機密事項だ…そう簡単にべらべらと喋れんだろう?」
「…」
「…」
気持ちむっとする山本、そして自身の口髭を指で撫で、山本から視線を外す加来は一言呟く
「…あー…辛子蓮根…食べたいなぁ…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
横須賀鎮守府地下2階
江藤の入室した第三作戦室に続く通路にて加来中将の秘書艦、叢雲は赤松と大和の後を付いていく
「…この階だけ照明が薄暗いのね…」
「…ここは横須賀の機密情報を保管してある部屋もあります。普段は提督である僕以外、地下に足を踏み入れる人はいませんから…」
「…そう」
短く答え、叢雲は通路を色々見ながら足を進める
「…」
その叢雲の前、赤松と並んで歩く大和は眉間に眉を寄せ、口を一文字に結ぶ
第三作戦室前
「ここから先は僕が…叢雲さん。大和と共にここでお待ち下さい」
「……ええ。わかったわ」
「…」
赤松が扉の中へ入り、叢雲と大和は少し離れて赤松の帰りを第三作戦室前の通路で待つ
「…ねぇ」
「…」
不意に叢雲が大和に声をかける
「何か言いたいことがあるのなら言ったら?…睨みつけてるだけじゃあ何も伝わらないわよ?」
(…まぁ、考えてる事はなんとなくわかるけど)
腕を組み、まるで見下ろす様に大和にそう続ける
大和は叢雲を睨みつけたまま、ゆっくりと彼女に対峙する
「…艦娘の…駆逐艦の分際で…赤松提督にあの態度…非常に度し難いです…」
今にも食って掛かろうとする雰囲気を漂わせ、大和ははっきりと叢雲にそう返す
「ふふ…ちゃんとはっきり言えるのね…なら中佐を今すぐに大将に就かせてあげなさい?そうすれば態度を改めてあげるわ?」
対する叢雲は余裕といった風に涼しい顔で大和に返す
「…!?」
叢雲の言葉に目を見開く大和
「…それに分際…ですって?何?自分だけは他とは違うとでも思っているのかしらね…思い上がりも甚だしいわね」
「…お前っ!!」
頭に血が上った大和は艤装を展開し、叢雲に襲いかかる
同時に叢雲も艤装を展開する
叢雲の頭部周りに電探が出現
「…ガキね…本当のこと言われたくらいでそんなに熱くならないでよ…」
掴みかかろうとする大和の腕を流し、足を掛けて転ばせる
「…くぅっ!」
勢いよく倒れ込む大和、すぐに立ち上がろうとするが、大和の首元に叢雲が展開した槍の先が当てられる
「…!?」
槍の先端が当てられ、動けない大和
心なしかその唇は震えている
「馬鹿な娘…海軍施設内での勝手な艤装展開は軍規約で禁止されてるの知らないの?…私は貴女が艤装を展開したからそれに対応しただけよ?」
「…それに貴女本当に大和型?…練度低すぎ。改装されてるとはいえ、駆逐艦の私にこんな簡単にやられて恥ずかしくないの?…貴女出撃はおろか、もしかして演習もしたことないんじゃないの?」
「………」
倒れ込んだまま拳を握り、歯を食いしばる大和
「よくそれで秘書艦なんてやってるわね…情けない」
大和の戦意が無くなったと判断した叢雲は艤装を解除する。大和も観念したのか艤装を解除してゆっくりと立ち上がる
「…まぁ、でも提督を想っての行動でしょう?この失態。同じ艦娘としてのよしみで赤松中佐"には"黙っていてあげるわ…感謝なさい?」
「…………はい、すみません…」
叢雲の顔を見ることなく、そう一言謝る大和
そこへ第三作戦室の扉が開き、厚みのある封筒を手にした赤松が出てくる
「お待たせ致しました。こちらが桜龍の資料です…では上へ戻りましょうか」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
司令室
「…中将。こちらが桜龍の設計資料になります。ご確認を…」
「うむ、ありがとう……掛けなさい」
「失礼します」
ソファーに座る加来は赤松から渡された封筒を開け、設計資料を確認する
日本国軍海軍の重要資料、桜龍の設計資料。
妖精さんの独自技術により特殊な用紙とインクで印刷されたその資料は機械による印刷はほぼ不可能
その事を知る加来は間違い等が無いように目視による確認を行っている
赤松はそんな加来をじっと見つめながらソファーに向かい合うように座り、山本はお茶を啜る
叢雲は加来達の座るソファーの背後に立ち、すっすっと自身の制服を手で払い、大和は浮かない表情で赤松の座るソファーの背後に立つ
「何かあったかな?叢雲」
設計資料に目を向けたまま背後の叢雲に一言問いかける加来
その問いに大和はぴくりと反応する
「いいえ。何も無かったわ。中将」
目を瞑り、凛とした雰囲気で、落ち着いた口調で答える叢雲
「…そうか………うむ、確かに本物だ。感謝するよ…赤松中佐」
「…いえ…」
とんとん、と設計資料をまとめ、封筒に仕舞うと背後の叢雲に渡す
「…加来中将」
赤松は加来から視線を変えることなく、真っ直ぐ見つめ口を開く
「未だ世界に有人航空母艦を所有している国はありません…空母桜龍は日本の人々を…世界を救う光になります」
「…ふむ」
「きっと僕なら桜龍を使いこなして…運用してみせます!…だから…だからっ!」
目を輝かせながら赤松はソファーから身を乗り出そうとする
すると、赤松の様子を見ていた加来が彼に片手を向ける
「…落ち着くんだ。赤松中佐」
「…は…」
加来は官帽を深く被り直す
「君の熱意はわかった…だがこれは私の一存で決められることでは無い」
加来がそう諭す
「…では、他の大将の皆さんや…元帥殿への再検討の提案を「赤松中佐」
ますますヒートアップする赤松を山本が彼の名を呼び止める
「…二佐程度が上官である加来中将に断りなく意見具申が許されると?」
「…っ!……申し訳ありません…山本少将」
山本にそう言われ、拳を強く握りながら、悔しそうに頭を下げる赤松
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
1900
その後、桜龍の設計資料を受け取った加来一行は本館を出て黒塗りの車に乗り込むと、横須賀鎮守府正門から出て、海岸沿いを走る
少し広めの車内にて、最後部座席には加来と叢雲が並んで座り、二人の向かいの座席に山本が座る
「お疲れ様でした。山本少将」
「ええ、貴女もお疲れ様。叢雲」
叢雲と山本は笑い合うようにそう声を掛け合う
「…あー…私には無いのかな?叢雲…」
若干叢雲に空気扱いされた加来は秘書艦に問う
「あー…はいはい、司令官もお疲れ様」
ツンとした態度でそう返す叢雲
あははと加来は笑いながら官帽を外し、真剣な目で叢雲に問う
「…で?…何があったんだ?」
「大和に襲われかけたわ…ま、喧嘩売られたのを買ったからだろうけど…にしても、艤装の制御装置の開発を早めたほうがいいわね…艦娘で喧嘩っ早い娘って結構いるし…下手したらそろそろ人間に被害が出るわよ?」
叢雲は横須賀鎮守府で自身に起きた事を加来達に説明する
「…そうだなぁ…やはり技術開発部への予算の振り分けを考え直した方がいいだろうなぁ…うん、それは私の方から大将達へ具申してみよう…」
「…そうね…せめて基地敷地内での艦娘達の艤装展開を制御出来れば、もう少し基地運用もスムーズになるわね…」
加来の話に山本も乗る
「…後は…やっぱりあの男…なんか基地でやってるわね…人体実験の噂はあながち間違いでは無いと思うわ…薄暗かったけど、地下はほのかに血の臭いがしたわ」
叢雲は遠くに見える大黒埠頭の明かりを見つめながらそう呟く
「…やはり元帥殿の言った通りか…うん。早めに彼を横須賀から切り離してもらえるよう相談しよう…もしかすると、彼の考え持つ思想は今の海軍には少し危険かもしれん…」
「でも彼には大和型をはじめ、なかなかに練度の高い艦娘達が揃っているわ…これから先、戦果を挙げ始めたら切るに切れないわよ?」
山本の言葉に腕を組み考える加来
「うーん………そうだなぁ……あ」
何かを思い付いた加来を見て叢雲はため息
「…辛子蓮根なら支部に戻ったら私が作ってあげるわよ…だから頭の中から消しておきなさいな」
「うむ…それは楽しみだ」
「…そういえば…支部に新しい提督が着任したみたいね」
山本は東海支部で見た新米提督の情報を思い出し、加来に話しかける
「…うむ…ん?…あ、そうなの?」
全く予想していなかった会話内容に情けない声を上げて聞き返す加来
「ええ。なんて言ったかしら…みなもと…みながわさん…だったかしら…」
手を頬に当てて思い出そうとする山本を見て叢雲が続ける
「…良かったじゃない。司令官…また教え子が増えて」
「うん?…うーん…どうだろうねぇ。私からは何も教えられるこたぁないけどなぁ…」
「…けど…嫌なものね…他の鎮守府や支部では未だに沖縄奪還の為に戦っているというのに…私達はただのお使いだなんて…」
叢雲は零す様に外を見ながら呟く
「…まぁ、仕方ないさ…私たちは私たちの仕事をするだけだ…それに沖縄の方は主力として動いている佐世保鎮守府、例の幸運艦のいる西野さんの艦隊だ…沖縄を取り返すのは時間の問題だろうともさ」
加来達の乗る車は東海支部への道を進む
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
司令室の窓から鎮守府正門を見つめる白銀の髪の青年
「…駄目だよ?…勝手な事をしちゃあ…」
「…申し訳ありません…提督」
頭を下げる大和に背を向けたまま、刃物の様な冷たい声で彼女を静かに叱る赤松
「……こうなるとわかっていたらもっと早く設計資料を模写するべきだったかな…流石は加来中将といったところ、だね。僕らが行動を終える前に手を打ってくるなんて…」
赤松は白銀の髪をかきあげ、自嘲する
「…設計資料の模写…初霜さん達が頑張ろうと意気込んでいたのですが…まるで私達の動きを読んでいたかの様なタイミングでした…」
大和は視線を下げたまま赤松に答える
「…これも彼の"予言"の力なのかな…?」
「…よ、げん?…そんな…事が?」
驚愕の表情で顔を上げる大和
それに対して赤松はふふ、と笑う
「…ただの噂、だけどね…加来中将には物事を予言する力がある、ってね…」
「…」
それであの余裕なのか?
…と表情を固くする大和
そこへ司令室の扉にノックの音が鳴る
「どうぞ」
「失礼します。大淀です」
司令官に入ってきたのは軽巡大淀だった
「…ああ、そうだったね…お客さんを待たせていた…やれやれ。今日はお客さんの多い日だなぁ」
大淀の報告を受けると、赤松は嬉しそうに笑う
「…大和。ロシアと中国への連絡、よろしくね…今度はしくじらないようにね」
笑顔のまま赤松は大和にそう命令すると、大淀と共に司令室から出ていく
一人司令室に残った大和は悔しそうな表情でもういない提督へ了解の言葉をつぶやく
「…はい、提督…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…う……こ、ここは…」
それまで気を失っていたのか、少女が目を覚ますとそこは見知らぬ大部屋、ベッドの上だった
「…???」
江藤を追って横須賀までやってきた少女、松田かすみは横須賀鎮守府に侵入した江藤を心配して無謀にも一人で横須賀鎮守府まで来てしまった
正門の守衛には止められたが、たまたまそこにいた大淀が少女を確認、話を聞いて基地本館へと連れてきた。
その後かすみは来客室にて大淀に出されたお茶を飲んで意識がなくなると…
「やぁ、こんばんは…松田かすみさん」
白衣を着た赤松がベッドで仰向けになるかすみへ笑顔で挨拶をする
「…こんばんは…ここ、どこ…ですか?…え、なんで手足が縛られて…」
照らされた照明が眩しいのか、かすみは片目を瞑ってもぞもぞとベッドの上でもがく
「…江藤俊作君を探しに来た子だね?…話は聞いてるよ」
「…俊ちゃん…どこ…?」
「まぁまぁ…後で会わせてあげるよ。きっとね」
そう言って赤松は江藤の時に持っていた注射器よりも半分程の大きさの、赤い液体の入った注射器を持ち上げる
「…な…に…それ…」
「心配しなくても大丈夫…神は君を選んだんだ…君のその適性を、力を僕が存分に引き出させてあげるよ…本当は船下ろしはの儀式は各支部でしか許されていないけども…君は特別だ…」
「…てき……せい?…ふな…おろし…?」
三日月のように口元を吊り上げ、赤松は笑う
「…君に力を与えてあげよう……多少記憶は書き換えられるだろうけども、ね」
赤松はかすみの細い腕に注射針を刺す
「…いっ……」
「……さぁ、起きるんだ…」
「…霞」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
横須賀鎮守府を脱出した江藤はそのまま城南島方面へとボートを進ませた
なんとか港に着き、タクシーを拾うとそれに乗り込み必死の表情で…
「か、蒲田までっ!急いで!」
そして数十分タクシーを走らせて無事蒲田へ到着
江藤の生命の源である一万円札をタクシーの運転手に渡すと、おつりを受け取ることなくすぐに江藤探偵事務所のある雑居ビルへと入っていく
事務所へ入るとすぐに扉の鍵を閉めてソファーで入り口を固める。即席のバリケードだ
更に窓もブラインドで閉め、もう一つのソファーに倒れ込む江藤
「はぁ…はぁ…くそ…なん……なんだよ…これ…」
ここまでほぼ無意識の状態で動いていた江藤
彼の体調は著しくなく、熱は上がり、呼吸も荒くなっていた
「……ぅ…」
服を脱ぎ、注射器を刺された腕を見るとその穴の周りは黒い皮膚が広がっている
「………くそ…なんだ…なんなんだよ…」
そんな江藤の脳裏を横須賀鎮守府の地下で見た金田の死体の姿が過る
「おいらも…あんなぐちゃぐちゃになっちまうのか…嫌だ…嫌だ……」
そこではっと思い出す江藤
「…かすみっ!」
江藤は脱ぎ散らかした服のポケットを弄り携帯電話を取り出し、かすみの電話番号に電話をかける
『プルルルル…プルルルル…プルルルル…プルルルル』
取られることのない呼び出し音
「出ろっ…!出ろかすみ!」
『プルルルル…プルルルル…プルルルル…プルルルル』
「くそぉっ!!」
携帯電話を壁に投げつける江藤
そして江藤はソファーに寝転び片手を額に乗せる
「…はぁ…はぁ…はぁ」
そのまま江藤の意識は遠くなっていく
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
『…10月18日…あー…横須賀から帰ってきて2日…今日からボイスレコーダーで今のおいらの状態を記録しておこうと思う…』
電気もつけずに真っ暗な事務所内のソファーで毛布に包まったまま、探偵七つ道具の1つ、ボイスレコーダーにボソボソと話しかける江藤
『…横須賀から戻った翌日…意識を取り戻したおいらは自分の身体が麻痺している事に気づいた…多分原因はあのクソ野郎が持ってた注射器だ…野郎は深海棲艦の血とか言ってた…先ずは横須賀鎮守府で何があったか説明する…』
『10月19日…昨日に引き続き熱が下がらない…体が痛い、意識が朦朧とする…飯なんて食えたもんじゃない…すぐに憲兵か海軍がおいらを捕まえにくると思ったが…全く音沙汰はない。捜査中なのかな…』
『10月21日…不思議なもので昨日の記憶が全くない…まるでぽっかりと穴が開いたようだ…相変わらず体中が痛い、黒く変色した腕の皮膚が肩まで広がってきてる…触るとこりゃ…何だ…ぶよぶよしてる。デブったかな…はは』
『10月22日…あれから5日…6日…か?…それだけの日にちが経ったが憲兵が来る気配は一向にない…おかしなことに全く空腹感が感じられない。 それよりも腕から酷い臭いが漂ってくる…おいらの体はどうなってるんだ…』
『10月23日…変色した皮膚が体中に広がっている…片…方の腕の指先から肘までポロポロと粉のようになって崩れていった…昨日の夜から完全に手足が動かない。 いや、かろうじて片方の手が動く…可能な限り記録を残そうと思う』
『10月24日…顎が痛い…喋るのがつらい』
『んにゃう…ぅおおあい…ゆあ…ゆえ…あ…ふああいあうは……や…』
『……』
『…』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…ぐ…ひでぇ臭いだな…」
江藤探偵事務所
ここ数日、異臭がすると通報を受けた蒲田憲兵察署の憲兵察官数名が江藤の事務所に訪れた
指揮をとったのは長野
バリケードだったソファーをどかせ、憲兵察官達と事務所へ入ると、ソファーに顎が取れ、ドロドロになった性別不明の変死体を発見
異臭の原因はその変死体の体液と見られるものだった
「…鑑識だ…すぐに鑑識を呼べ…」
「りょ、了か…う、うげぇえ…!」
長野はソファーの下に落ちていたボイスレコーダーに気づき、しゃがんで拾い上げる
「…こいつは…江藤の…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数日後
蒲田憲兵察署屋上
屋上の手摺に肘を乗せて落ちていく夕日を見ながら長野はタバコを吸う
「…」
鑑識の結果、あの事務所で見つかった遺体は30代男性のものと判明、更に持ち物から江藤俊作本人の可能性が強くなった
「…馬鹿野郎…逝くのが速すぎんだよ…小僧が…」
何かの手がかりを、と江藤の使用したボイスレコーダーを聞いた長野は、横須賀鎮守府の事情を知り、念の為、とレコーダーのテープをダビングした後にオリジナルのテープを鑑識へ提出した
更にその後に何故か、上司から長野には江藤の件に関わるなと警告され、江藤の死も事件性はなく、心筋梗塞によるの突然死と判断された
長野は江藤の遺体の状況を思い出す
赤黒いゼリーになった江藤の身体、落ちていたボイスレコーダー…そして何故か江藤の遺体の脇に置かれていた白紙の用紙が束になって入っていた封筒
「…日本国軍…海軍……深海棲艦…艦娘…今日本で何が起きている…?何が起きようとしているんだ?」
長野は煙草の煙を吸い、空へと吐く
「…江藤の残した横須賀のテープが本当の事だとしたら…世界はどうなっちまうんだ…?」
夕日を見ながらそう呟く長野
後に半月後、長く続いた深海棲艦との沖縄を巡る海戦は同盟国であるアメリカ海軍、その艦娘達の介入により終結
また、この2年後には政府が自衛隊を日本国軍へと改名する事を国民に発表
同時に艦娘、深海棲艦の存在も公表する事となる
政府が各情報を公表した後、長野は個人で保管していた江藤のレコーダーテープのコピー内容を、表向きを横須賀鎮守府での深海棲艦目撃報告書として作成し、憲兵察には内緒で元海上自衛官だった知人にその報告書を託し、憲兵察を辞職した
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
横須賀鎮守府 屋上
月明かりが静かな海を照らす
髪をサイドテールにした小柄な少女は一人真っ暗な水平線を見つめる
「よぉ…なーにやってんだ?」
そこへ別の少女から声がかかる
サイドテールの少女が振り返ると、そこに自身と同じ様な見た目、そして同じ様な髪色の長い髪で片目を隠したギザ歯の少女が立っていた
「…朝霜…」
「なんか見えんのか?」
朝霜と呼ばれたギザ歯の少女はサイドテールの少女の隣に立ち、真っ暗な水平線を眺める
「…別に…もう大本営の人は帰ったの?」
「ああ…結局なんのお咎めもなし。相変わらず司令はすげぇよな…」
朝霜はケラケラと笑う
「…そう」
加来中将が設計資料を受け取った数日後、東海支部にて赤松を横須賀鎮守府提督として、果たして本当に相応しいかどうかを海軍元帥に直接相談をした。
しかし海軍元帥は他の将校よりも信頼のあった加来の言葉に首を縦に振ることはなく、結局赤松の立ち位置は現状維持となった
寧ろあんな若く、良い提督を潰すつもりか?と加来が睨まれてしまった程だ
「…こいつは正義の女神様が司令に付いてるってことなんだろうな…まぁ、いいや…ほら、これ…」
朝霜は飲み薬サイズのカプセルの入った袋を少女に渡す
「…あ」
「明石さんがお前に渡しておけってさ…もう飲む時間だろ?」
「…ありがとう…」
少女は朝霜から薬を受け取ると、手に持った薬をじっと見つめる
「ほら、これも」
次に朝霜は手に持っていたミネラルウォーターのペットボトルを少女に渡す
「…うん」
少女はカプセルを開けて口に入れると、ミネラルウォーターで胃袋へ流し込む
その一部始終をじっと見つめる朝霜
まるで薬をちゃんと飲んでいるかを確認するように
「……ふぅ…。ねぇ、なんでいつも薬を飲むところをそんなに凝視するの?」
少女は朝霜に問う
「………ああ…横須賀じゃあ船下ろしされた艦娘はお前だけだからな…へんな症状が出ないように"安定剤"をちゃんと飲んでるかの確認さ…ま、嫌だろうけど我慢しておくれよ」
朝霜はけらけらと笑顔で少女に答える
「…そうね…まるで監視されてるみたいだわ…」
「仕方ないじゃんかさ…司令もみんなもお前の事を心配してるんだって」
「…はいはい…じゃ、もう飲んだから私は寮に戻るわよ」
「おう、おやすみ、霞」
霞と呼ばれたサイドテールの少女は朝霜に答えることなく屋上から本館へと続く扉に向かっていく
霞の姿が見えなくなると、朝霜は屋上の手摺に両肘を乗せ、真っ暗な水平線を再度眺め、呟く
「…いや…おはよう……か…」
月の光が朝霜を空から照らす
しかしその表情は見えない
お疲れ様でした
リクエストで頂いた"深海棲艦目撃情報報告書編"でございました
当初はもっと部分的、と言いますか…
「沖縄での深海棲艦からの攻撃シーン」
「次いで北海道での深海棲艦からの攻撃シーン」
「はい、次バーン」
…みたいな書き方をしようと思ってはいたのですが、全く本編のお話に触れないのもアレかなと勝手に思い、横須賀鎮守府や桜龍等を絡めたお話としました
やはり大隅編や若狭編、反逆編等の長編に比べると少しばかり物足りない感があるのはご愛嬌ということで…
はい、次回は資料室に戻りま…
…いや…うん…そうですね
資料室のお話に戻るか、例の空間にいる艦娘達のお話になるか…どちらかになると思います。
作者の気分によりますが…
次回もどうぞよろしくお願いします
※10日に1話投稿ペースになりつつありますが、期間がもっと長くなる事がありますので、その辺りも御容赦のほど、どうぞよろしくお願いします