大本営の資料室   作:114

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File4.大隅警備府自殺案件③

 

その日、本郷と秘書艦電は旅客機に乗って九州から関東に向かっていた

 

 

深海棲艦との戦争中

 

他国への飛行機の移動は政府の判断により制限をされているが、国内線には規制が掛かっていない

 

よって本郷達はほぼ安全に国内を飛行機で移動することができる

 

 

「マルキュウ……もう9時ですよ。司令…本郷さん」

 

 

本郷の隣の席に座る秘書艦電に肩を揺すられて彼は目を覚ます

 

 

 

「ああ…流石に速いね…飛行機は…」

 

 

「はい!初めて乗りましたが素晴らしい乗り心地なのです!飛んでいるのです!」

 

 

 

(嗚呼…はしゃぐ電も可愛いなぁ…)

 

 

 

海軍の人間が男女で旅行をしていると周りにバレれば色々と問題が起きる 

 

そこで本郷と電は軍用の乗り物を使用せずに大井の用意してくれた飛行機のチケットを使い、一般人として旅客機に乗っている

 

更に二人共軍服、制服ではなく私服を着用して本郷の母の元へ向かうことにした

 

 

なお電には大井が電用の私服を用意してくれた

 

 

 

 

 

「あれがコンクリートジャングルなのですね!」

 

 

 

旅客機の窓に張りつき、外…東京の景色を興奮気味なリアクションを見せる秘書艦

 

 

まさに年相応の笑顔に本郷はハートを撃ち抜かれる

 

 

「…なにそれ…なにジャングル?」

 

 

 

「コンクリートジャングルなのです!五十鈴さんが教えてくれたのです!」

 

 

 

目をキラキラと輝かせて五十鈴のトンデモな情報を言い出した電

 

 

 

「…ぁ、まぁ…そう呼ばなくもない…けどね」

 

 

 

「はいなのです!」

 

 

 

 

(五十鈴…五十鈴か…電に余計なことを…でもまぁ…)

 

 

 

「なんだかんだで…みんなに助けられたね…」

 

 

 

今朝の事を思い出しながら電に話を振ると、電も嬉しそうに笑う

 

 

 

「本当なのです…皆さんには感謝なのです」

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

遡ること数時間前

 

 

 

 

早朝、警備府の司令官の朝は早い

 

 

本郷だけ私服に着替え、廊下で電と落ち合うと二人で執務室へ向かう

 

 

「あ、えーと…大井…もういるかなぁ…」

 

 

 

廊下を歩き、正面を向いたまま電に問う本郷

 

 

 

「え?はい…大井さん、真面目な方ですから…もういると思います」

 

 

帰ってきたのは明るいいつも通りの電の声

 

 

「…だよねぇ…うぅ、何て言おう…」

 

 

 

そう、結局出発ギリギリまで帰省の事を大井達に言えずに本郷は大井に何と言い訳をするかで困っていた

 

 

(…流石に黙って行くのは帰ってきてから怖いし…)

 

 

本郷の心配をよそに、電はニコニコと笑っている

 

 

そんな事を考えていると、執務室の前に近づく、しかし何故か扉の前には軽巡、川内が紙袋を片手に立っていた

 

 

 

「おはよう、電」

 

 

「おはようございます。川内さん」

 

 

「…おはよう、川内…」

 

 

(…怒られるかなぁ…今制服じゃないし…)

 

 

内心ビクつきながら川内に挨拶をする本郷

しかし川内は本郷の格好をジーッと見て

 

 

 

「えーと…一般の方かな?提督は既に執務室で執務中なので、入らないようにしてくださーい」

 

 

 

ツンとした態度で棒読みにそう説明する川内

 

 

「え?…は?」

 

 

 

(いやいや…提督なら君の目の前にいるじゃない)

 

そう本郷は言い返そうとしたが

 

 

 

「はい、電…これ大井から」

 

 

 

川内は手に持っていた紙袋を電に渡す

 

 

「あ…こ、これって…」

 

 

 

「大井がさ…戦時中なのに艦娘が外ではしゃぎすぎるとあまりよくないって言ってたよ。だから格好だけでも艦娘には見えない格好になったほうがいいって」

 

 

「あ、ありがとうなのです…川内さん」

 

 

 

電は恥ずかしそうに川内に礼を言うと、川内はにひひと笑い

 

 

「あと一般人さんにはこれ」

 

 

 

「…え?」

 

 

川内が私に数枚の紙を渡してきた

 

 

 

「…飛行機のチケット…?」

 

 

 

「君、誰か知らないけど、電のボディーガードかなんかでしょ?…うちの提督からのプレゼント」

 

 

 

「あと"秘書艦の大井"から伝言」

 

 

川内から渡されたチケットを受け取る本郷

 

 

(大井から?)

 

 

 

「息抜きにどこか2人で1泊でもしてきなさいな、だってさ」

 

 

 

屈託のない笑顔で楽しそうに言い放つ川内

 

 

ぼふん、と音と湯気が出そうなほど顔の赤い電

 

 

川内の言葉に開いた口が塞がらない本郷

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

執務室

 

 

 

 

「はいよっ」

 

 

 

扉を開けて川内が執務室に入る

 

 

 

「提督と電はもう行ったよ~」

 

 

「ありがとう、川内さん」

 

 

とんとん、と大井は書類をまとめて執務机の上に置く

 

 

「随分とまわりくどい事するねぇ…秘書艦代行」

 

 

「提督は素直じゃないのよ…ならこちらもそれなりの対応をしないと、ね」

 

 

 

そう言って大井は執務椅子から立ち上がり、窓の方へ向かう

 

 

この執務室の窓から下を見れば警備府の正門が見えた

 

 

 

 

「…まぁ提督も着任してからずーっと頑張ってたからねぇ…たまには良いのかもね」

 

 

川内しみじみとも昔の事を思い出す様にどかりとソファーに座る

 

 

 

「…でもバレたら中佐は煩いかもしれないわね」

 

 

大井は外を見ながら川内に返す

 

 

「…ねぇ、大井…なんなら私がアイツを…」

 

 

「…物騒なことは言わないで…それに提督はそんなこと望んじゃいないわ…でしょう?」

 

 

「…今はね…」

 

 

 

ぼそりとそうこぼした川内の一言を聞かなかったことにする大井

 

 

「よぉ、アイツらもう行ったのかい?」

 

 

 

明るい声で執務室に入ってきたのは駆逐艦の深雪だった

 

 

「ええ…あなたの作戦通りよ」

 

 

 

そう、昨日からのこの流れは深雪の作戦…

 

 

戦果戦果とうるさい中佐のために文句を言われないよう川内や五十鈴達で戦果を出し

 

2人のデートのために大井や深雪で提督のかわりに執務業をカバー

 

 

 

 

「…そりゃあ」

 

 

 

 

深雪も大井の横に並び、正面口から出てくる提督と電の姿を窓から見て

 

 

 

「…可愛い妹と敬愛する司令官の為だからな」

 

 

 

そう呟いた深雪はとても優しく微笑んだ

 

 

思わず大井の口元も緩む

 

 

 

 

「んじゃあ…私も哨戒任務に出ようかな」

 

 

そう言ってソファーから立ち上がる川内

 

 

「おいおい…昨日も哨戒に出てたんだろ?大丈夫なのか?」

 

 

 

深雪が心配そうに問いかけると、川内は手をヒラヒラと振り

 

 

 

「大丈夫大丈~夫…熟成された軽巡の魅力…深海棲艦の奴らにたっぷり見せてあげるから…」

 

 

「無理は駄目よ?川内さん」

 

 

 

大井がそう言うと川内は2人の方に振り向かずに親指を立て、執務室を出ていく

 

 

「随分と仲良いんだな?川内さんと」

 

 

深雪が何かを含めた笑顔で大井をジロジロと見てくる

 

 

「…べつに…同じ軽巡だから…仲良くしてるだけよ…」

 

 

「…ふーん…その割には2人で入渠すると結構長いこと入ってる気がするけど…」

 

深雪の言葉に大井は顔を赤くし

 

 

「んなっ!?…あ、あれよ!…彼女は大破しやすいから…その、お、お手伝いを…背中流したりとか…」

 

 

「あ、うん…そうなんだ…」

 

 

深雪の大井を見る眼は少し、ほんの少し冷ややかだった…

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

「到着なのです!」

 

 

 

本郷と電は目的地の空港、羽田空港に着く、旅客機から降りて、ゲートをくぐり手荷物を回収、その後タクシーを拾い乗り込む

 

 

 

「…までお願いします」

 

 

「はい」

 

 

 

タクシーの運転手に目的地を伝え、発進してもらう

 

 

「…はわぁ~…」

 

 

 

タクシーの後部座席、本郷と電は並んで座る

 

 

ちなみに電は助手席背部に備え付けられている映像の流れるタブレットに口をあんぐり開けて夢中だ

 

 

 

羽田から走り始め、国道に移り暫く走る

 

 

 

「しれ…本郷さんの実家ってどういった所なのですか?」

 

 

 

いつの間にかタブレットから興味が外れた電が問いかける

 

 

「うん?……普通の家だよ?一般家庭」

 

 

 

「あぁ…ええと、場所は…」

 

 

 

「あー…神奈川のはじっちょだよ。ただの田舎だね」

 

 

 

「あれ?お兄さん達…兄妹かなんかじゃないの?」

 

 

 

私と電の会話に白髪頭の運転手も参加してきた

 

 

 

「あ…えぇと…」

 

「だ、大学の先輩と後輩です!」

 

 

 

本郷が即答できないでいると電がかわりに答えてくれた

 

 

 

「へぇ~…お嬢ちゃん中学生くらいに見えるのに…」

 

 

「…よく言われます…昔から背が小さくてどうも実年齢より若く見られるんですよ」

 

 

電はふふふと運転手にそう返すと、本郷の方を見てにこりと笑う

 

 

「あはは…そうでしたか~失礼しました~」

 

 

「あ、はい…」

 

 

運転手は軽く笑いながらそう返した

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

タクシーで約一時間程度走ると本郷の実家の近くを通ってることに気づく

 

 

 

「あ、この辺でお願いします」

 

 

 

「はい、停まりますね~」

 

 

 

運転手はミラーで後方を確認してハザードランプをつける。その後歩道寄りに車を停める

 

 

 

「はい、10510円になります」

 

 

「はい…丁度で」

 

 

 

本郷はお札と小銭で料金ぴったりで出す

 

 

 

 

2人でタクシーを降り

 

 

 

「どうもお世話になりましたのです」

 

 

 

「はーい、どうもありがとうございます」

 

 

電がペコリと頭を下げ運転手はにこにこと挨拶し、車の扉が閉まるとタクシーは走り去ってしまった

 

 

 

「…さて」

 

長い距離を移動し、ようやく辿り着いた本郷家

 

 

(2年…いや、ちゃんと帰るのは6年ぶりか…)

 

 

兄弟や父親からの電話、そして手紙で家の状況は理解していたが、いざ家に辿り着くと緊張する本郷だった

 

 

 

「本郷さん?」

 

 

 

「ん、ああ…ここが僕の実家だよ」

 

 

 

コンクリートブロックの塀に囲われたクリーム色の壁の2階建ての一軒家

 

 

「はわぁ…ここが本郷さんの御実家なんですね…」

 

 

 

電が嬉しそうに喜ぶ

 

(…そんな喜べるような家じゃないんだけど…)

 

 

 

上着のポケットから家の鍵を取り出す。付いているカエルのキーホルダーは母から貰ったものだ

 

 

 

「ふふ、カエルさんなのです」

 

 

「うん…家に帰る、ってね」

 

 

「え?…あ、あはは…」

 

 

 

電の乾いた笑顔をここに来てまで見れるとは思わなかった本郷だった

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇   

 

 

 

 

塀に取り付けられた門を開くと、小さなガレージが眼に入る 

 

以前は本郷の父親の軽自動車が入庫されていたガレージだが、今は違う車がカバーをかけられ入庫されていた

 

 

 

「…父さん…新しい車買ったんだ…」

 

 

きっとあの軽もずっと乗ってたし、壊れたから安い中古でも購入したんだろうな、と考えていた

 

(…そんなもの買うぐらいなら…)

 

 

「まぁいいや」

 

 

本郷は心に渦巻く黒いモノを払拭し、気を取り直して玄関の扉の鍵穴に鍵を差し込む

 

 

 

カチャ、と鍵を解錠し、扉が開かれる

 

玄関を開けると相も変わらない風景だった

 

 

 

「…ただいま」

 

 

 

たまらずそうポツリと溢す

 

 

 

 

「お帰りなさいなのです」

 

 

 

隣にはニコニコと優しく笑う電

 

 

 

「…うん…さ、どうぞ…」

 

 

 

 

 

電を家に上げようとすると廊下の奥から廊下の床を軋ませる音が聞こえてきた

 

 

 

「岳?…岳人かっ!?な…なんで…!?」     

 

 

「ただいま兄さん」

  

 

 

やってきたのは自称これから売れるミュージシャンの本郷の兄だった

 

 

上下グレーのスウェットに無精髭、そのだらしない下っ腹を見れば、ミュージシャンというよりも漫才師と言われた方が納得できる

 

 

 

 

「なんだよ…帰ってくるなら連絡くらいしろよ岳!」

 

 

 

突然の本郷の帰省

 

本郷兄は弟に怒鳴り声にも近い声を浴びせる

 

 

「「…っ!?」」

 

本郷と電はいきなり怒鳴られた事で驚き、固まる

特に初対面の電は怖かったのか、思わず本郷の服の裾を掴む

 

 

「なんだー?どうし…た…」

 

 

 

兄の声を聞き、本郷の父も奥の部屋から寝間着姿で出てきた

 

 

「と、父さん…ただいま…」

 

本郷父も本郷兄と同じ反応をして、目を見開いて本郷達の姿に驚く

 

 

「お前…なんだ突然…何の用だ?」

 

 

「…なんのって…帰ってきたら駄目なの?」

 

当然の疑問を本郷は自分の父にぶつけるが、その問いに本郷の父は本郷から顔を背くと、代わりに本郷の兄が答える

 

 

「急に帰ってこられたらこっちだって困るだろ!」

 

 

 

「え…いや、急に帰ってきたのは悪かったけど…そんな…母さんの入院先を聞くのと…2人の顔も見ておきたかっただけだし…」

 

 

 

 

本郷の極々普通の言葉に父と兄は黙る

 

 

 

「…」

 

 

どくん、どくん、と自分の心音がはっきりと聞こえる 

 

とても嫌な空気を本郷は感じた

 

まるで自分の体を無数の虫が這い回る様な

ぞわりぞわりと背筋が凍っていく様な

 

 

 

「…し、司令官…さん?」

 

 

電の呼び掛けは本郷には届かない

 

彼は心の中の声と葛藤をしていた

 

 

 

「…兄さん…」

 

(やめろ…)

 

 

平静を装いながら、しかし冷や汗は背中を滑る

 

 

「な、なんだよ」

 

 

「あの、さ…」

 

(やめろ!聞いちゃだめだ!)

 

 

自分の親が入院している…なら当たり前のことを聞かなければ

 

 

「母さんの…病院って…」

 

(まだ引き返せる!)

 

 

御見舞に何を持っていこうか

母親の顔を見れるといいな、と考えながら

 

 

 

「…」

 

 

 

 

 

「…どこ?」

 

 

本郷の問いに本郷の兄も父も何も答えない

 

 

 

(なんで…なんで黙るのさ…なんで答えないのさ)

 

 

 

「…どこ?」

 

 

2度目の問いは少しだけ、ほんの少しだけ怒気の含んだ声だった

 

(簡単でしょう?母さんの入院先を言うだけだよ?)

 

 

 

「岳人…」

 

 

「親父!」

 

 

 

「岳人…あのな…母さんな」

 

 

恐る恐るといった風に声を震わせながら喋る本郷の父親

 

 

「…母さん…去年死んだんだ」

 

 

 

「…は…?」

 

 

 

 

本郷は何も言えなかった

 

 

電も両手を口に当てて驚く

 

 

 

 

 

「し、死んだって…?なんで?なんで?」

 

 

本郷は靴を脱ぐのも忘れて父親に掴みかかる

 

 

 

「岳っ!やめろ!」

 

 

 

 

「ご、ごめんなぁっ!岳人っ!」

 

 

 

 

そのまま父親は玄関で泣き崩れる

 

 

 

 

 

「はぁ…はっ……」

 

 

 

「…じゃあ、僕はなんのためにずっとお金を送ってたの?入院費は?治療費は?」

 

 

 

「ち、治療費に…母さんの用事で使ったって言ってんだろ!」

 

 

 

「!?」

 

 

 

兄の挙動不審具合でなにかを察知し、家の中へ土足で入る本郷

 

 

 

「おいっ!岳!」

 

 

 

襖を開ける。

かつてその部屋は家族で食事したりテレビ見ながら団らんする部屋だった

 

 

 

しかし今はその一角にはよく見知った女性の顔写真と花が仏壇に供えてあり、テレビの横には高そうなギターやアンプ等が乱雑に置かれていた

 

 

 

「兄さん……何、このギター」

 

 

 

「…」

 

 

 

本郷の問いに兄は黙る

 

 

 

「前は無かったけど…これ、多分高いやつ…だよね?」

 

本郷は自分の兄にそう問いながらギターを持ち上げる

 

しかし兄は何も言わずに本郷から視線を落とす

 

 

沈黙もまた肯定

 

 

本郷はガレージの車を思い出して、手に持っていたギターを放り投げるとすぐへ家の外へ飛び出す

 

 

 

ガレージに到着し、駐車してある車のカバーを捲る

 

そこに置かれていたのは高そうな高級車だった

 

 

 

「…なに…これ…」

 

 

 

「く、車だよ!買ったんだよ!」

 

 

 

「…フリーターの兄さんが買える車じゃないよね?…どう見ても新車だし…お金はどうしたの?」

 

 

「…うっ」

 

 

本郷は兄の反応を見て確信した

 

 

 

正直心のどこかで理解していた。解っていた

 

彼らが自分を食いものにしているかもしれない…

もしかしたら母親はもう死んでいるかもしれない、と

 

しかし現実を直視する事に、真実を知ることに恐怖しか出来なかった本郷はこれは全て母親のために、自分も兄や父と同じく頑張ってる、と… 

 

そう、思い込むようにしていた

 

 

しかし実際に現実を目の前にし、真実を知った時

 

本郷の心にはいくつもの亀裂が入った

 

 

(心をすり減らせて、頑張って、我慢して…壊れそうな感情を必死に保って…その結果が…これ…)

 

 

「ふ、ふふ…ふふふふふ…」

 

 

「司令官さん…?」

 

 

肩を震わせ、小さく笑う本郷に恐る恐る声をかける電

 

 

「はっ…ははっ!あはははははははっ!」

 

 

しかし本郷は涙を流しながら狂った様に高笑いをする

 

 

「…岳人…」

 

「司令官さんっ!」

 

 

「あっははははっはははははは!」

 

 

既に本郷の心は壊れていた。狂っていた

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

その後、本郷は狂ったように笑いながらフラフラと実家の敷地内から出ていってしまった

 

しかしそんな本郷を電が放っとくはずがなく、なんとか道端で引き止めてくれた

 

 

 

そのまま電に手を取られ、実家近くの誰もいない公園に行き、ベンチに座る

 

 

ひとしきり笑うと、本郷は放心状態になり電とベンチに座って数時間、ぼうっとしていた

 

 

 

 

「…ごめんね。電」

 

 

意識がハッキリしてきてようやく電に声をかけることができた本郷

 

 

「…いえ、もう大丈夫ですか?司令官さん」

 

 

 

本郷は首を弱々しく横に振る

 

 

 

「…ごめん。大丈夫じゃ…ないかな」

 

 

 

 

「…」

 

 

 

「…電にはカッコ悪いところしか見られていないね…情けないよ、ホント」

 

 

 

「いえ、そんなこと…」

 

 

本郷はベンチから立ち上がり、電に背を向ける

 

 

 

「…電…君は警備府へ帰ってくれ…僕から誘っておいて無責任だけど…」

 

 

「い、嫌です!司令官さんと一緒に帰ります!」

 

 

「…命令だよ」

 

 

「嫌です!」

 

 

電の声は泣きそうだった

 

 

本郷は膝の力が抜け、その場に座り込む

涙を流しながら電に背を向けたまま頭を下げる

 

「電…頼むよ…もう一人に…」

 

 

「…っさせません!」

 

 

 

本郷の背中に暖かいものが触れる

 

 

 

「…電…?」

 

 

「…一人になんて…させませんから…」

 

 

小さい声で、しかしはっきりと電が涙を流しながら背後から本郷を強く抱きしめていた

 

 

 

「司令官さん…電と…帰りましょう?」

 

 

 

 

(電…僕は…)

 

 

 

「あ…あ、ぁぁぁ…ああああああ!!!」

 

 

 

抱きしめる電の手を取り、大声で泣く本郷

 

誰が見てようが構わない

 

 

本郷は泣いた

 

 

そんな彼の頭を電は、母の様な穏やかな表情で優しく撫でた

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

羽田から九州、鹿児島空港へと向かう旅客機の中

 

本郷と電は一晩泊まることなく朝と同じ、2人席に並んで座る

 

 

しかしここまで会話らしい会話なんてなかった

 

 

当然だ

 

元々本郷の母親の見舞いに向かう予定だったものが本郷親子により予定は崩され、本郷本人は精神的に弱まり、結局何も成果も無かった

 

 

母の病院へ行き、電を紹介して、夜は電と食事をして…

 

本郷のデートプランは全ておじゃんになったのだ

 

 

テンションの爆下がりしている本郷はふとジャケットのポケットに入っているものに気づく

 

 

「…ねぇ、電」

 

 

「はい!」

 

 

きっと気を使ってくれているのか、消え去りそうな本郷の呼び掛けに明るく答える電

 

 

「…今日は…ごめんね…せっかく誘ったのに…」

 

申し訳ない気持ちでそう謝る本郷

しかし電の眼は見れない

 

 

「いいえ」

 

「電は…本郷さんと2人で…一緒に出掛けられただけで幸せなのです」

 

 

「…え?」

 

 

電は顔を真っ赤にしてはっとする

 

 

「はわぁっ!いえ!いえ…その、その…た、楽しかった!楽しかったと言いたかったのです!」

 

 

’’幸せ’’

 

電のその言葉で救われたような気分になる本郷は意を決して、唾を飲み込む

 

 

「ありがとう…その…僕から電へ…贈り物があるんだ」

 

 

本郷の言葉にキョトンとする電

 

 

「贈り物…ですか?」

 

 

 

本郷は上着のポケットから小さな小箱を取り出し、電に渡す

 

 

 

 

「…ほんとは…もっと雰囲気のある所で渡したかったんだけれども…」

 

 

 

「…あ、開けても良いのですか?」

 

 

 

「…うん」

 

 

 

 

電が恐る恐る小箱を開け、中を確認すると直ぐに箱の口を閉じる

 

 

 

 

「し、し、し、司令…本郷っさん!」

 

 

 

更に興奮し、顔から湯気まで出そうな電

 

 

 

 

「…カッコカリじゃないけども…受け取って貰え…ないかな?」

 

 

 

「…ありがとう、ございます」

 

 

 

嬉しそうに涙を流して喜ぶ電はもう一度箱を開ける

 

 

 

 

そこには小さなリングが輝いていた

 

 

 

 

「…本郷さん…お願いが…」

 

 

 

 

「ああ…うん…じゃあ貸してごらん」

 

 

 

 

本郷は電からリングを受け取り

 

 

電はそっと左手を本郷に差し出す

 

 

本郷は自身の左手を電の左手に添え、右手で電から受け取ったリングを持つ

 

 

そして電の左手の指へゆっくりと…

 

 

その日、九州に向かう飛行機で一組の男女が結ばれた

 

 

 




次回もどうぞよろしくお願いします

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