テイトク反乱モノにございます
それと同時に頂いた別鎮守府としての艦娘再登場枠のリクエストも取り入れてみました
どうぞ
昭和97年8月
北陸支部
支部本館、作戦室にて一人の男性士官が床に正座させられ、北陸支部の将校達に怒られていた
開けられた窓の外から蝉の声がこだまするように聞こえてくる
じっとりとした汗をかきながら男性士官は険しい顔で頭を下げる
「いいか!三原大佐!…貴方は佐渡の提督!その責任ある立場を理解しているのか!?」
20代半ばと見られるハキハキとした士官が10歳以上歳上の男性士官を叱るこの気まずい空気
「…はい…わかってます…笠原大佐…」
男性士官は面白くなさそうにそう返すと、笠原と呼ばれた士官はふるふると怒りの表情になり
「わかってないだろう!?貴様の怠惰のせいで北陸の顔に泥が塗られたのだぞ!?」
「…っち……すいませんでしたー」
舌打ちをし、不貞腐れた男性士官の態度を見て拳を強く握る笠原
しかし他の士官に肩を掴まれる
「…笠原大佐…落ち着いてください…」
「…くっ!」
顔を真っ赤にした笠原は席に座る
笠原と男性士官のやり取りを見ていた北陸支部将校は席に座ったまま男性士官を強く睨む
「…三原大佐…今回の艦隊支援任務の遅れ…東山支部に借りができましたね。三原大佐への処分は追って知らせましょう」
「…失礼します」
そう返事をし、正座を解くは佐渡海上防衛基地提督、三原耕平大佐(38)
海軍士官学校の成績は並、卒業後は北陸支部で内勤等の仕事をしていたが、先代提督の退役により4年前に佐渡海上防衛基地に着任。
着任当時は海軍中尉だったが、元々着任していた佐渡の艦娘達の練度も決して低くなく、難易度の低い任務を中心に着々と戦果を上げ、先月ようやく大佐まで昇格した男性士官
しかしその後すぐに入電した艦隊支援要請任務で佐渡は合流失敗、その後に東山支部直下、福島にある岩代基地からの航空部隊が要請任務を遂行
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
北陸支部正門外
支部の敷地外、門の横に停められた海軍士官用のいつもの黒塗りの車の前には三原の秘書艦、軽空母千歳が三原の帰りを待っていた
「…あ!…提督、お疲れ様でした」
「…」
丁寧に三原に頭を下げる千歳だが、三原は不貞腐れたような顔で千歳を無視
だが千歳はそんな事を気にすることなく車の後部座席の扉を開ける
「…ふん」
三原が車に乗り込むと、千歳も乗り込み、三原の隣に座る
三原と千歳を乗せた車は北陸支部を出発した
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(…俺は悪くない…悪いのは周りの奴らだ)
佐渡海上防衛基地
新潟県佐渡市、弁慶のはさみ岩で有名な地に鎮座する日本国海軍基地。艦娘の人数は約80人
その名が指す通り、艦娘、そして対深艦艇(対深海棲艦艦艇)による防衛能力に長け、かつての大規模討伐作戦時は前任提督だった北上(きたがみ)亮司提督の指揮の元、北方からの深海棲艦郡の侵攻も阻止した歴史あり、力あった基地である
しかしそんな基地の前任者は討伐作戦終了と同時に退役、新たに提督として着任したのが三原耕平である
本州から出向した対深艦艇、長良型をモデルにした巡洋艦潔(いさぎ)の艦橋
その艦橋の艦長椅子にだらけた感じに座るは提督、三原
「…ふぃー…」
三原は潔の士官達を気にすることなく艦橋でタバコをふかす
そんな三原の隣に立つ千歳は少し煙たそうな表情で三原に声をかける
「…提督…艦橋内での喫煙は…」
「…うるせぇな…はいはい」
三原はそう悪態をついて煙草を艦橋椅子の肘乗せに擦り付けると艦橋内にポイ捨てをする
「…」
千歳は捨てられた煙草を拾い、用意していた携帯灰皿に仕舞う
そんな千歳を見て三原は呟く
「…俺は悪くねぇ…」
「…提督…」
千歳が呼ぶと、三原は目の前の装置を思いきり蹴る
「北上のクソジジイなんかと一緒にすんな!比べんな!俺は本当は出来る男なんだよ!…本気を出してないだけだ!次は本気でやってやるからな!」
「…」
「…」
「…」
三原がそう怒鳴っても、千歳をはじめ周りの士官達は何も言わない
「本当だからっ!俺は出来るからさっ!」
三原の叫びも虚しく、潔は佐渡島に向けて航行する
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
佐渡海上防衛基地 基地正面海域
『…1800…防衛任務終了。次の担当が来たらアタシらも帰投するよ』
時刻を確認し、周りの艦娘に無線を入れる佐渡の艦娘、摩耶
『了解』
『…了解』
摩耶の指示にそう返答するは、摩耶とチームを組んで日中の防衛任務にあたる駆逐艦皐月と照月だった
『あー…流石にもうお腹すいたよねぇ』
『…ああ…さっさと食堂入りたいな』
『ほんとほんと!』
皐月、摩耶、照月は無線で会話し合う
『はいはい…おまたせ、日勤組さん』
そこへ夜間防衛任務の旗艦、駆逐艦村雨の無線だった
『クマー』
『ニャー』
同僚艦娘の球磨と多摩も無線会話に参加する
無線会話を済ませた照月は無線を切り、夕日の落ちていく海を見つめて息を吐く
「…ふぅ…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
佐渡海上防衛基地 艦娘食堂
広い食堂では2つの長テーブルが並び、基地の艦娘達が席について楽しそうに食事をしている
しかし佐渡の食堂では他の鎮守府の食堂では見ることのない風景がここにはある
それは2つの長テーブルの間にはパーテーション…薄いベニアの壁が左右のテーブルを隔てる様に立っているのだ
そんな食堂へ摩耶達が入ってくる
「あれー?防衛班じゃん。もう任務終わったの?」
「…」
摩耶、皐月、照月に嫌味っぽくテーブル席に座っていた鬼怒が声をかける、しかし摩耶達は何も返す事なくパーテーションの向こう側へ行こうとするが、鬼怒の向かいに座っていた古鷹が照月の足元へ自身の足を突然出してきた
「きゃっ!」
足払いをかけられた照月はまだ食事をする五十鈴に突っ込んでしまう
「あ、ご、ごめんなさいっ!」
食事中だった五十鈴に突っ込んでしまった照月はその顔に食事のタレが付いても気にせずにすぐに謝る
「…なにすんのよ!」
「きゃっ!」
どん、と照月は押されて床にしりもちをつく
すると一緒にいた摩耶が照月を押した五十鈴を睨む
「っ!……てんめぇ…!」
「摩耶さん!駄目だって!」
五十鈴に食って掛かろうとする摩耶を止める皐月
「……ぐぅ……!」
皐月の言葉にぐっとこらえる摩耶
「…大丈夫?…照月ちゃん…」
「あ、うん…ごめんね…」
皐月はすぐに照月に手を差し出すと、照月はあははと笑いながら皐月の手を取って立ち上がる
「あらあら…なにか言いたいことがあるなら言ったら?…旧艦隊の防衛班さん?」
「「「…」」」
五十鈴がけらけらと笑ってそう煽るが、摩耶達は何も言わずにパーテーションの向こう側の席へと進む
五十鈴の近くで食事をする重巡利根姉妹の妹、筑摩は何も言うことなくじっとそのやりとりを見ていた
「北上艦隊はろくに喧嘩も出来ないのねー!」
「ほんとほんと!旧艦隊の北上派は腰抜けばかりなのかしらー!!」
五十鈴達は食堂全体に聞こえるような大声でそうわざとらしく騒ぎ、笑う
そう、この食堂の中央に立てられたパーテーション…
それは現在の提督である三原艦隊の艦娘…自称三原派と、前任提督と時代を共にした北上元提督の旧艦隊艦娘…三原派が呼ぶは通称北上派の2つの派閥を隔てるパーテーションだった
前任提督が引退した際、残った艦娘達は佐渡の伝統を胸に、防衛の要として戦う決断をしたが、新たに着任した三原は防衛に対して北上ほど強い想いはなく、とにかく戦果を上げるために出撃を繰り返した。
ある日、北上派の筆頭、千歳が三原に意見具申、自分達の在り方を改めて三原に話すと、三原は特に命令をするわけでもなく…
『防衛?…やりたいなら勝手にやれ』
と一言で片付けてしまった
その一言で色々と察した北上派の艦娘達は時間が許される限り、自分達で判断し、防衛班を結成、自主的に防衛任務に就いていた
「…大丈夫?…照月」
パーテーションを隔てた北上派のテーブルで食事をしていた千代田が心配そうな顔で照月に近づき、ハンカチで顔の汚れを拭いてあげる
「…ん…ありがとう!千代田さん!」
すると、にぱーっと照月は笑顔で千代田に礼を言う
「ちょっと!食事中なんだから静かにしてよっ!!」
パーテーションを三原派の艦娘が小突く音と、怒鳴り声が聞こえる
「…」
「…あいつら…」
三原派の艦娘の声に眉間にしわを寄せる北上派面々
「み、みんな…ごめんね…私がドジしちゃったから…」
照月は笑顔で北上派の艦娘達に謝罪する
すると千代田は何も言わずに照月の頭を撫でた
その後、片方は楽しそうに騒ぎながら、片方はお通夜の様に静かに夕食を進めていると…
「よぉ!お前ら!戻ったぞー!」
本州から戻った三原の声が食堂に響き渡ると、三原派から黄色い歓声があがった
「提督ー!おかえりなさーい!」
「おかえり提督ー!」
「司令官かっこいいー!!」
それと同時に北上派は更にテンションが下がり、より静かに音を立てないようにしていると、三原がパーテーションの端から顔を覗かせる
「おいおいおいおいおいおい…なんだよ…辛気くせえな…お前らの提督、三原様が戻ったんだぞ?もっと喜べよ…」
「お疲れ様です」
「…お疲れ様でした」
北上派の艦娘達はぼそぼそと三原にそう挨拶をする
三原はそんな北上派の態度を見てピクピクと表情を震わせ、近くにいた照月の髪を引っ張る
「いっ…痛っ!…」
「お前らぁっ!笑えよ!愛想よくっ!わあえっ!!」
照月の髪を掴み、台詞を噛みながらぶんぶんと照月の頭を揺らす三原
「や、止めてください提督!」
三原に揺らされる照月を三原派の艦娘達が大笑いする中、北上派の艦娘、夕立が声を上げる
ぴたりと止まる三原
「…ぁあ?」
照月の髪を離し、夕立を睨みつける三原。
夕立はしまったとばかりに驚き、一歩退く
「…おいおいおい…今何つったんだ?白露型…」
ズボンのポケットに手を突っ込み、夕立に近づく三原
「…ぽ…ぽぃ…」
三原は夕立の右耳を強く引っ張り
「だぁれに言ってんだこらぁぁあああ!!!」
「ぎゃあぁっ!!」
彼女の耳元で大声で叫ぶと、叫ばれた夕立は耳を抑えてその場に座り込む
「夕立ちゃん!」
「夕立!」
すぐに夕立に駆け寄る千代田と那珂
「はんっ!!これに懲りたら勝手に俺を止めんじゃねぇよ!俺は出来る男、三原耕平様だぞ!」
三原はそう吐き捨てて席に座っていた照月の腕を掴み立ち上がらせる
「…お前…そういえばお前らが勝手にやってる防衛任務…やりたいって言い出したのはお前らだろ?何勝手に休んでんだよ!」
「きゃっ!」
三原はそう怒鳴って照月を床に転ばせる
「立てっ!秋月型!」
「ぅう…は、はい…」
ふらふらと立ち上がる照月
照月が立ち上がると、再度照月の肩を掴んで足払いをかけ転ばせる
「きゃっ!」
「立てと言ってるだろ!秋月型!」
その光景を見て段々と空気が凍っていく北上派
既に半泣きになりながら立ち上がる照月の前髪を掴む三原
「泣くんじゃねぇよ!笑え!」
そう怒鳴り再度照月を転ばせ
「立てぇぇええっ!!」
「な、何をやっているんですか!提督!」
そこへ声を張って止めに入ったのは秘書艦、千歳だった
「北上派の頭が来た」
「ほんとウザい」
「躾てんのわかんないのかなー?」
千歳が現れると、三原派の艦娘達はこそこそと陰口を叩く
千歳は三原と照月の間に入り
「提督!こんな事止めてください!照月ちゃんが何をしたと言うのですか!?」
「うっせぇ!コイツは!…コイツはアレだ!…ムカつくんだよ!」
「何を言って…!?」
「とにかく秋月型!テメェは休むな!とっとと海上防衛でもなんでもしてろタコ女が!」
千歳の登場に少し焦りを見せた三原は足早に食堂を去っていく
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
三原が去り、三原派の艦娘達も居なくなった食堂は北上派の艦娘達と千歳が残った
「て、照月ちゃん…大丈夫だった!?」
「う、うふ…ふふ…はい…ごめんなさい」
千歳が照月の肩を擦りながら問うと、照月は涙を流しながら笑顔で千歳に返答する
「…ごめんなさい…私がもっと早くここに来ていれば…」
「そ、そんなことねぇって「どうやろな?」
千歳をフォローしようとした摩耶を遮って北上派の龍驤が強く声を放つ
「…龍ちゃん…」
龍驤の隣にいた鳳翔が龍驤の名を呼ぶも、腕を組んだまま龍驤は千歳を睨む
「…こんなんならん様に千歳は三原の下についたんちゃうんか?…前と変わってないやん…」
「…やっぱ千歳さんも我が身可愛さで三原提督に取り入ってるんじゃないんですか?」
別の席に座る鳥海も呆れながらそう呟く
「ちょ…やめてよ!千歳姉が色々と頑張ってるお陰でこうして私達は佐渡にいられるんだから!」
龍驤と鳥海に向けて強く言い返す千代田の声は震えていた
「…北上派北上派なんて言われて…同じ基地の艦娘ちゃうんかい…」
「…この前の支援要請任務も失敗…したんですよね?…本当に提督は大丈夫なんですか?千歳さん…」
龍驤がぼやき、鳳翔が千歳に心配そうに問う
千歳は少し俯きながら
「…わかりません…でも…なんとか提督には佐渡が日本の防衛の要だという事をしっかりと認識してもらえるよう説得は続けるつもりです」
自信満々に…とは程遠い千歳の雰囲気を感じて鳥海も龍驤も視線を背ける
鳥海も龍驤も文句は言ったが、実際千歳がどれほど三原に気を使って接しているのかを理解をしている
食堂の雰囲気が落ち込んでいると、照月がふらふらと食堂から出て行こうとしていた
「…照月ちゃん?…」
「…私…行かなきゃ…防衛線…行かなきゃ…」
"休むことなく防衛任務をやれ"
照月は三原の命令通りにしようとしているのだ
提督の命令ならその基地に所属する艦娘に基本的に拒否権はない
もし拒否すれば北上派の艦娘がどうなるか…
ただでさえ肩身の狭い北上派の艦娘が更に虐められる可能性もあるのだ
「夕立ちゃん…医務室に行こう?」
「…ぅう…ぅー……」
那珂は耳から血を流す夕立の肩を支え、食堂から出ていく
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夜 提督執務室
「あぁぁあっ!イライラすんなぁ!」
「落ち着くんだ。提督」
執務椅子にどっかりと座り、執務机に足を乗せた三原は千歳とは違うもう一人の秘書艦、三原派の筆頭である戦艦日向に諭されていた
その隣の秘書艦用の執務机では三原の代わりに千歳が書類作業を進めている
日向は千歳の執務机に座り、千歳の進める書類を見ながら
「先の支援要請の任務失敗…悪いのは君だ。千歳…」
「…」
日向の嫌味にも何も答えない千歳
今回、支援要請の任務が入電され、千歳は三原にすぐに敵艦隊への応戦に適した編成、装備を具申。
当時キョドっていた三原も流れで千歳の案へ許可を出した
しかしいざ出撃の直前で千歳の提案した編成に対して三原が文句を言い無理矢理編成を変えた
結局編成を変えた事により時間を無駄にしたこと、かつ三原の選んだ艦娘は補給も済ませていなかったこと等が重なり目的地への到着時間が間に合わず、出撃した直後に任務遂行を断念
「…あの時提督の案で進めていたらこんな事態には陥らなかった…全ては君の責任だ。千歳秘書艦」
日向は冷めた目で千歳を睨むが千歳はこれを無視
するとふんぞり返っていた三原が千歳に向かって怒鳴る
「おい!そんな事よりも報告書の作成は終わったのか!?俺の名前を書き忘れんじゃねーぞ!」
今回の支援要請任務の報告書を千歳に書かせていた三原は缶ビールを片手に執務椅子に座ったままくるくると回転しだす
「…あ、ちょっと!」
日向は途中まで千歳が書いていた報告書を奪い、三原に渡す
報告書を渡された三原は報告書を確認すると
「ざっけんな!なんだこれ!書き直しだ書き直し!」
「痛っ!」
飲みかけの缶ビールを千歳に投げつける
「お前!俺をなめんなよ!本当はそんなモンすぐ書けるけどなぁ!…アレだ!…俺なんかが書くような高貴な書類じゃねぇからお前に書かせてやってんだよ!その事をその無駄にでけぇ胸にしまって書けよこらぁっ!」
「……はい…」
千歳は小さく返事をすると、新たに白紙の報告用紙を取り出す
「おっし!ちゃんとやっておけよ北上の愛人艦娘!俺はもう寝るからよ!」
三原はそう怒鳴って執務室から出ていってしまった
「…」
「おい。水上機母艦」
三原の去った静かな執務室、日向は千歳に声をかける
「…なんですか?」
対して少し睨みながら返事をする千歳
「…お前達北上派の艦娘…練度が高くなければ提督の着任と共に即解体されていたのだ…三原提督の海のように広い御心に感謝して生きるんだな」
相変わらず無表情のままだが、どことなくドヤ顔の日向がそう言うと、千歳は目を瞑り一呼吸し、笑顔をつくる
「…ええ。毎日、毎時間毎分毎秒感謝しています。あの人の考えの無い行動に日々刺激を感じていますね」
千歳が笑顔で嫌味を言うと、日向は帯刀していた日本刀を直ぐに抜き、千歳の首元に近づける
「…図に乗るなよ?…水上機母艦…貴様の様な怠惰な女…いつでもその首を切り落としてやるからな…ついでにそのなんの役に立たない馬鹿みたいにでかい胸も切り落としてやろうか?」
「…」
しかし千歳は日向の刀に退く事なく彼女を睨む
日向はふん、と鼻で笑うと、日本刀を鞘にしまい、執務室を出ていく
「…水上機母艦じゃなくて軽空母よ…」
執務室に残った千歳は一人そう呟き、手に持っていたペンをバン、と執務机に叩きつけた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
佐渡海上防衛基地 海上沖
墨をぶちまけた様に真っ暗な海面に立つは虚ろな目の照月だった
食堂を出て直ぐに防衛線に戻った照月はゆっくりと首の角度を上げ、夜空を見上げる
『笑え!笑えよ!』
照月が思い出すは三原の言葉
「……はぁ…」
ため息を吐き、照月はまだ見ぬ敵を警戒する為、半自律型の長10センチ砲と共に警戒態勢に入り、呟く
「…お腹…空いたなぁ…」
三原が佐渡海上防衛基地に着任してから、照月をはじめ北上派と呼ばれる艦娘への嫌がらせやいじめは凄まじかった
千歳や摩耶等の練度の高かった艦娘は残され、練度の低かった北上派の艦娘は全員強制解体され、三原に抵抗、刃向かった者も同じく解体
特に照月に対してはその愛らしい声と態度が三原にとっては相当気に入らないらしく、彼の視界に照月が入ると必ず嫌がらせをしてくる
「…こんばんは」
背後から声がかかり、後ろを振り向く照月
そこにいたのは普段ここには来ることのない三原派の艦娘、重巡洋艦筑摩だった
「…あ…お、お疲れ様です」
照月はビクビクとしながら筑摩に頭を下げる
三原派の艦娘へ失礼な態度を取ればまた三原から暴力を受ける…そう考える駆逐艦は多く、照月もその一人だった
筑摩はそんな照月の姿をじっと見て、ふふっと笑う
「…今は私と貴女だけ…離れた所には球磨さんや多摩さんはいるけども…普通にしてくれて構いませんよ?」
「……いえ…」
筑摩に言われ、頭を上げる照月
その表情はまだ緊張していた
「…これ…もしよかったらどうぞ?」
「…え…」
そう言って筑摩は手に持っていた拳サイズの小袋を照月に差し出す
「…え、あ…はい…」
恐る恐る筑摩からの小袋を受け取り、中を見ると…
「…あ…これ…って…」
小袋の中にはラップで包まれたおにぎりが2つ入っていた
照月は驚き、筑摩の顔を見る
「…夕ごはん…食べてなかったでしょう?…ちゃんと食べなきゃ…」
筑摩はそう言ってニコリと笑う
「…で、でも…私達なんて…」
「…三原提督派も北上提督派も私には関係ないわ…あ、もちろん毒なんて入ってませんよ?」
「…あ、ありがとう…ございます…頂きます!」
照月は筑摩に礼を言うと、よほどお腹が減っていたのか勢いよくおにぎりを食べ始める
「ふふふ…はい、お茶もあるわよ…ゆっくり食べてくださいね」
筑摩の優しさに照月は泣きながらおにぎりを頬張る
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
照月におにぎりの差し入れを終えた筑摩は基地本館の通路を歩いていた
「…一体どういうつもりじゃ?…筑摩よ」
「…さて…なんのことでしょう。姉さん」
筑摩の足を止めたのは通路の壁に腕を組み背を預けた姉、重巡洋艦利根だった
「ここから見ておったぞ?…筑摩よ…何故北上派の駆逐艦に食事を与えた?」
筑摩は利根の方を向くことなくふふ、と笑う
「…私にはその考えがわかりません…三原提督派も北上派も……同じ釜の飯を食べる仲間じゃあないんですか?」
そう返答し、利根の目をまっすぐ見つめる
「…これは姉としての忠告じゃ…もう北上派の連中と仲良うするでない…これが日向や五十鈴にバレたらお前まで失う事になってしまう」
利根は険しい顔で筑摩を見つめ、そう忠告する
対する筑摩は利根の方に向き直り
「…利根姉さんは今の環境が本当に正解だとお思いですか?…少なくとも私はそうは思いません…三原提督の手によって建造されたからといって、三原提督の全てを肯定するのは間違って「どうかしたのかな?利根さん、筑摩さん」
「「!?」」
突然二人の死角から声をかけられたせいでびくりと肩を震わせる利根姉妹
声のした方を見ると、少女が一人、笑顔で二人の方を見ていた
「…し、時雨か…脅かすでない…」
「…」
焦りながらもいつも通りを振る舞う利根に対して表情を曇らせる筑摩
「…もう夜遅いし…寮にいなきゃ駄目だと思うんだ…」
ゆっくりと利根姉妹に近づいてくる白露型の次女
利根は項垂れる気持ちになる
(…日向…五十鈴……それにこやつもいたな……"崇拝者"が…)
「…ところで…面白そうな話をしていたけれども…僕にも聞かせてくれないかな?」
時雨は笑顔で筑摩の顔を覗く
「…」
「…あ、そうだね…こんな所で話すのもなんだし…工廠の方行こっか…ね?筑摩さん?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…よし…頑張ろうっ!」
筑摩からおにぎりをもらった照月はぱんぱんと自身の頬を叩いて気合を入れる
「…筑摩さんになにか…お礼しないとな…」
そうだ、明日筑摩さんに会ったらちゃんとお礼を言おう
そう考えながら艤装の船首に乗った長10センチ砲達とアイコンタクトをとって防衛線に立つ照月だった
次回をどうぞお楽しみに