大本営の資料室   作:114

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極上の喜び!


File5.大隅警備府自殺案件④

 

その日の深夜に電と本郷は鹿児島空港を経て大隅警備府に戻った

 

ほぼ日帰りの東京旅行

 

 

結果は散々

 

なんの成果も得られることはなかった

 

 

基地正門入口から重い足取りで基地に入っていく二人

 

 

電は本郷には何も声をかけない

 

数時間前、飛行機でプロポーズをもらった電

 

 

しかし電の心境は嬉しかった反面、プロポーズはもしかしたら本郷の投げやりの行動だったんじゃないかと不安になっていた

 

だが今の本郷にその真実を聞くことができなかった

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

大隅警備府艦娘寮

 

警備府に隣接する二階建ての建物

 

基本艦娘達の寮であるが、彼女達は一階、指揮官や来客用の部屋は二階に構えている

 

 

そしてこの寮の一室にも、扉の前に付けられたプレートには本郷と書かれた部屋がある

 

 

疲れ気味の本郷は寮建物の扉、そのドアノブに手をかけて小さい声で電に声をかける

 

 

「…僕は先に休ませてもらうよ…おやすみ…」

 

 

「…あ、はい…」

 

電はなんと声をかけて良いのかわからなかった

 

 

「…ありがとう、電」

 

 

しかし先に会話を進めたのは本郷だった

 

 

 

「…指輪…受け取ってくれて…」

 

 

本郷は笑顔をつくり電に向ける

 

だが電はわからない

 

 

眼の前にいる本郷の笑顔が本物の笑顔なのか

 

それとも電を安心させるための笑顔なのか

 

 

「…いえ…あの、ほん…司令官!」

 

 

「…ん?」

 

 

ここはもう海軍基地

 

誰が聞いてるかわからないということもあって呼び方を改める電

 

電はぐっと握り拳を作るが、すぐに解き

 

 

 

「…いえ…おやすみ…なさい…」

 

 

なにか言いたげだった電はそう呟くように言うと本郷は控え目に笑い、寮の中へ入っていった

 

 

電はふと基地本館、執務室のある窓に視線を向けると、まだ執務室の灯りはついていた

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「あら、お帰りなさい」

 

 

「ただいま戻りました」

 

 

 

灯りの入ってる執務室の扉を開けると大井が執務机の椅子に、川内さんがソファーに座っていた

 

 

「デートはお楽しみだった…訳じゃなさそうだね…どうしたの?」

 

 

やはり誰よりも人を観察できる川内

 

電の変化に眉を寄せて問う

 

 

「ちょっと…川内さんっ!」

 

 

 

「大井さん…大丈夫なのです…」

 

 

 

「…ねぇ、何があったか言いなよ」

 

 

 

ソファーに座ってた川内は立ち上がり電の前に立つ 

その表情は実に真剣だ

 

経験はないが、きっと教師に怒られる生徒も今の電の様な気分なのだろう

 

電は目を泳がせる

 

 

「…い、電は…」

 

 

 

「…言いたくないなら言わなくても良いけど……話すだけでも楽になると思うよ?…私だって力になりたいんだよ…」

 

 

「…川内さん…」

 

 

大井と川内は心配そうな顔で電を見つめる

二人の事だ。面白半分で電に声を掛けているわけではないのがわかる

 

 

(…ふふふ…きっと司令官さんの一人で抱える癖が電にも付いてしまったんですね)

 

 

(この癖は…よくないことなのです)

 

 

ふぅ、と電はため息を吐くと、二人に向き合って

 

 

 

「…ありがとうございます……実は…」

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

電の言葉を皮切りに、二人に本郷と関東へ行って起きた事を説明する

 

当然プライベートな事なので電も正直乗り気ではなかったが、きっと二人なら力になってくれると、本郷の為に想ってくれると信じて話をした

 

 

 

(なんというか…嫌な感じがするのです)

 

 

 

黒い、どろどろの沼から伸びる手に掴まれそうな

 

何かを奪われるような気がする電

 

 

そんなことを考えていると、電の話を聞いた川内が口を開く

 

 

 

「…ねぇ、大井…人間の家族って……そんなものなのかな」

 

川内の問いに眉間にシワを寄せる大井

 

 

「…私達艦娘はさ…血を分けた親兄弟……本当の家族なんて無いじゃない…」

 

 

 

「…ええ、居ないわね、元は艦艇…姉妹艦はいても本当の意味での姉妹はきっと…いないわ…ね」

 

 

 

 

大井のその言葉を聞いて川内は腕を組み、目を少しの間瞑ると何かを思案する

 

心配そうに川内を見つめる電

 

 

数秒目を瞑っていた川内はその目を開け、電に微笑みかける

 

 

「…話してくれてありがとうね、電…」

 

 

「いえ!…こちらこそ…聞いてもらえて…ありがとうなのです」

 

 

電がそう言って川内に頭を下げると、川内はパチンっと両手を叩き

 

「そぉだっ!…ちょっとまだ先だけどさ!今年のクリスマス!」

 

 

「…はい?」

 

 

「今年のクリスマスは提督とも一緒にパーティーしようよ!」

 

 

 

 

川内が明るい表情と声でそう提案すると大井も頷く

 

 

 

「…そうね、去年はなんだかんだ理由付けて提督は参加しなかったし…どうせならみんなで楽しくやりたいわね」

 

 

 

「そうそう!…提督にも元気だしてもらえるようにさ!ね?電!」

 

 

 

 

川内のテンションに置いてかれていると突然同意を求められた電

 

しかし川内の提案も良いなと感じた電は小さく笑い

 

 

「パーティー…良いですね…司令官さんも喜ぶと思います」

 

 

 

「それに…ね?」

 

 

 

川内は大井にウインクを飛ばす

 

 

 

「…ええ、秘書艦さんと提督との婚約のことも言わないとだしね」

 

 

一気にカーっと顔が赤くなる電

 

 

「え、ええ!?いいのです!それは言わなくてもいいのです!っ!」

 

 

「あはははっ!良いじゃない!おめでたい事だもん!」

 

 

川内は嬉しそうに笑い

 

 

「ふふふ…電さんの本気の慌て様…久しぶりに見たわ」

 

大井も楽しそうに笑う

 

 

「も、もうっ!二人して!」

 

 

ぷりぷりと顔を赤くして声を震わせる電

 

 

しかし電もこの空気を良く感じていた

 

 

 

(なんだか…こんな雰囲気久しぶりだなぁ…)

 

 

「んじゃあそうと決まれば!電!頼むよ!」

 

 

「え?あ、は、はい!」

 

 

この事を本郷に知らせなくては

 

 

電はそう思って本郷の所へ行くために執務室を出ていく

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「…ケッコン…ねぇ」

 

 

「…いいな…」

 

 

川内が呟くと、大井がため息を吐きながらつい続けて呟いてしまう

 

 

「…何?大井も提督とケッコンしたかったの?」

 

川内は大井の背後に回ると彼女の後ろから両手を回して抱きしめる様な姿勢になる

 

 

「…そりゃ…もちろん…」

 

 

抱きしめられた川内の手を握りながら答える大井

その瞳は少しだけ潤っている

 

 

「…提督は優しい人だもん…電だけじゃなくて大井にも指輪を用意してくれるよ?」

 

 

「…うん…それは…わかってるんだけど…」 

 

 

大井は少し俯く

そんな彼女の様子を見て川内はふふ、と笑う

 

 

「…じゃあ、電を祝いたいって気持ちはウソなの?」

 

 

優しい言い回しで大井に問う川内

大井は強く首を振り

 

 

「そんなことないわ!…もちろん電さんと提督の事は祝福してるし、本当に嬉しいことだと思ってる…!」

 

 

「…」

 

 

大井は握っていた川内の手を離し、自身のスカートの裾を握る

 

 

「…でも…それと同じくらいに…電さんに嫉妬…してるわね…嫌な女ね。私も…って、せ、川内さん!?」

 

 

大井が言い終わる前に強く大井を抱きしめる川内

 

 

「…大井も素直になったね!…電に嫉妬してるのは私も一緒!…でも私も同じくらいにあの二人を祝ってるんだよ!一緒一緒!」

 

 

「…もうっ!」

 

 

大井と川内は笑い合う

 

 

「だからさっ!嫉妬の想いを吹き飛ばすくらいに盛大に…二人を祝ってあげよ!」

 

 

深夜の執務室

2人の少女の笑い声が夜遅くまで聞こえた

 

 

  

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

艦娘寮 本郷の部屋

 

 

 

「はぁ…」

 

 

 

部屋の中ではため息をつき、椅子に座りながら窓から深夜の海を眺める本郷の姿があった

 

 

 

「…はぁ…」

 

 

 

何度目か数えるのも忘れた彼のため息は止まらない

 

 

「…母さん……ごめんね…」

 

 

 

ため息と同時に発せられるその単語もこの部屋に帰ってきてから何度呟いているだろうか

 

 

 

ぼうっと海を眺めていると部屋の扉がノックされる

 

 

 

「……………どうぞ」

 

 

 

今の心境、正直電以外とは会いたくはない、しかし彼の提督としての無意識のプライドが部屋を開ける許可を出した

 

 

 

「失礼…しマース…」

 

 

扉を少し開け、恐る恐る顔を覗かせたのは大隅警備府が高速戦艦が一人、金剛だった

 

 

「…やぁ、こんばんは金剛…こんな遅くにどうしたんだい?」

 

 

 

本郷は少しつかれ気味の笑顔で金剛に微笑む

 

 

 

部屋に入ってきた金剛はいつもの測距儀型のカチューシャを外し、海軍…もとい艦娘用の指定の寝間着を着ていた

 

 

 

「あー…いえ…今日テートクは忙しかったみたいで全然会えなかったので…大丈夫カナーって…」

 

 

 

「…え?」

 

 

 

 

ああ、と本郷は思い出す

 

 

電と出掛けるために大井達が偽装工作をしてくれてたことを

 

 

 

「あ…うん…まぁ、ね…色々忙しくて今日は執務室にカンヅメだったんだ…すまない」

 

 

 

本郷の返しにわたわたとしだす金剛

 

 

 

「No!…謝らないでくだサイ!テートクにはテートクのお仕事がありマス!」

 

 

 

 

「…うん…」

 

 

 

本郷と金剛の間に短い沈黙が流れる

 

 

 

「…その…」

 

 

 

先に動いたのは金剛だった

 

 

 

「…実は…何故か眠れなくて……テートクが…どこか遠くへ行ってしまいそうで…怖いんデス」

 

 

 

 

「…金剛…」

 

 

 

金剛は悲しい表情をし、本郷とは目を合わさずにそう答える

 

 

 

金剛の言葉を聞いた司令官は椅子に座ったまま、再度窓の方に向く

 

 

 

「安心してほしい、金剛…僕は遠くなんて行かないよ…いつまでも皆と同じところにいる」

 

 

本郷はそう言いきった

 

 

 

 

「Thank You…テートク」

 

 

 

 

金剛はそう返し、本郷の座る椅子の後ろにまわり

 

 

 

「うん?…はっ!?ぇっ!?」

 

 

 

 

 

金剛は本郷を背中から抱きしめる

 

 

「な、な、なにやっ…!?金剛ぅ!?」

 

 

 

 

「お願い…もう少しだけ、このままで…」

 

 

 

(だめだって!…こんなところ誰かに見られたら…)

 

 

 

その思考を書き消すように扉を叩く音が聞こえ、部屋の扉が開く

 

 

 

 

「本郷さん、川内さん達……が…」

 

 

 

 

扉を開け、部屋に入ろうとしていたのは数時間前にプロポーズをした相手、電だった

 

 

 

本郷に抱きつく金剛を見て固まる電

 

 

 

「…い、電…」

 

 

本郷の呼び掛けに電ははっとして

 

 

 

「い、いえ…また明日で大丈夫なのです!そ、それではおやすみなさい!」

 

 

 

そう言って扉を閉めた

 

 

 

「…あ…」

 

 

 

 

「あ…えーと…ワタシのせい…デスよね…」

 

 

 

本郷から離れた金剛は不味かったという表情で彼に問いかける

 

 

 

 

「…いや…大丈夫…だよ」

 

 

 

 

「わ、ワタシもここで失礼しマス…sorryネ、テートク」

 

 

 

 

「…ああ、おやすみ」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

金剛が部屋を去ったあと、本郷は重く大きな罪悪感に悩まされていた

 

 

まだプロポーズをして半日もたっていない相手に違う女性に抱きつかれるところを見られたのだ

 

 

 

(最悪だ…最悪だ…)

 

 

 

 

(…電に謝りに行くか…いや、そんなことして更に勘違いされたらどうする!?)

 

 

 

 

浮気をしてない既婚男性が妻に聞かれてもいないのに堂々と「ワタシ浮気シテマセン!」と言うようなものだ

 

 

掘ってもいない墓穴にハマル様なものだ

 

 

(…母さんの葬式…いつやったんだろう…いや、明日の朝電に謝ろう…金剛が勝手に抱きついてきた、って…)

 

 

(…何かあればまた中佐に呼び出しを食らう…あの人に会いたくない)

 

 

(お腹すいたな…)

 

 

本郷の頭の中を様々な想いが、感情が、焦りが走り抜ける

 

そして

 

 

 

 

 

 

「…だめだ…」

 

 

 

本郷は机の引き出しを開け、医者から処方された睡眠導入剤を取り出す

 

 

 

寝る前に一錠だなんて、今の本郷はそんなこと考えていられなかった

 

 

 

(とにかく僕の頭の中の騒音を止めるのが最優先、重要事項、特務!)

 

 

 

 

本郷は錠剤を二錠、水とともに一気に飲み込む

 

 

 

 

 

 

眠気はまだ来ない

 

それはそうだ、飲んで即効果の出る即効性の薬なわけではない

 

 

少しでも冷静に、眠くなるようにと、頭を空っぽにしようとする本郷

 

 

 

(頭を…真っ白に…真っ白…白……白…)

 

 

 

 

本郷は無意識に薬を取り出した引き出しから白いA4サイズの用紙を取り出す

 

 

 

 

「…白…」

 

 

 

 

…し…

 

 

 

 

…ろ

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「おはようなのです。白露さん」

 

 

 

 

「おはよう、電!今日もいい朝だね!」

 

 

 

 

0700

 

 

 

執務室に向かう途中、廊下で出会った白露に挨拶をする電

 

 

少し顔の火照った白露、朝礼を行わない大隅警備府では朝8時から警備府は活動を始める

 

それまでの時間は各艦娘、思い思いの時間を過ごす事を許可されている

 

この白露も朝の時間を使って健康的に朝の散歩を楽しんでいる

 

 

電としてはこうして朝白露と挨拶をするのは秘書艦になってから毎日の日課のようなものだった

 

 

 

 

「朝の空気…好きなんだよねぇ。私」

 

 

 

「あはは…白露さんは相変わらずですね…」

 

 

くぅーっと背伸びをする白露にあはは、と笑いかける電。白露は思い出したかのように

 

 

「あ…そういえば警備府の門前に車来てたけど…電なにか知ってる?」

 

 

「…え?…車?」

 

 

電が聞き返そうとした時

 

 

 

「ちょ、ちょっと…困りますよ!」

 

 

 

廊下内に響く男性の誰かを呼び止める声

 

 

 

「…守衛さん?」

 

 

 

廊下奥から歩いて来る2つの影

 

 

1人はここ大隅警備府の初老の守衛

 

 

 

その守衛が必死に止めようとしてもずかずかと闊歩するもう1人は…

 

 

 

「…武藤…中佐」

 

 

 

少し腹の出た恰幅の良い体型、綺麗で立派な将校の制服、軍帽の下に覗く白髪頭のニコニコとした愛想の良さそうな表情

 

ここ大隅警備府を含めた九州は西海支部の中佐。武藤勝中佐だった

 

 

 

守衛と武藤の声で何人かの艦娘が廊下に集まってくる

 

 

「うん。抜き打ちの視察だからねぇ…君が困ろうと関係ないんだよ」

 

 

中佐は守衛に対して優しく、しかし声を強くして言い放つ

 

 

電は武藤が嫌いだった

 

いや、電だけではない

 

尊敬する本郷に対して、常に嫌がらせや嫌味を言うこの男を電だけでなく大隅の艦娘達は皆毛嫌いしていた

 

  

 

「うんうん…君は確か…秘書艦の子だよねぇ?…執務室への案内頼むよぉ」

 

 

 

 

電に気づいた中佐は守衛や他の子達を気にもせずに電に声をかける

 

 

 

「お、おはようございます中佐!」

「おはようございます!中佐!」

 

 

 

電と白露は上官である武藤に敬礼をする

 

 

「うん。案内よろしく」

 

 

 

中佐はにこにこと電だけに視線を向けて続けた

 

 

「了解です!こちらへどうぞ」

 

 

背後でほっと胸を撫で下ろす白露と同じく、電も少しだけほっとしている

 

一緒にいたのが空気の読める白露で良かったと

 

 

これが川内や、意外と喧嘩っ早い五十鈴だったらまた嫌味の一つでも言われていただろう

 

 

電はそんな考えを払拭し、武藤を執務室へ案内する   

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

執務室

 

 

がちゃり、と執務室の扉を開ける

 

 

 

(…最悪だ)

 

 

悪いことは本当に続くものだと本当に思う

 

中佐は先にソファーに座って本郷の事を待っていた

 

 

 

「おはようございます。武藤中佐…遅れてしまい申し訳ありません」

 

 

中佐に向けて敬礼と謝罪をする本郷

 

 

 

 

「うんうん…本郷君…君は上官の横顔に向けて敬礼をするのかな?」

   

 

 

「し、失礼しました」

 

 

扉前にいた本郷はソファーに座る中佐の正面に立ち直し、再度脚を揃えて敬礼

 

 

「おはようございます。武藤中佐!重ね重ね失礼致しました!」

 

 

 

「聞こえないよ?本郷君」

 

 

本郷は息を大きく吸って

 

 

 

「…おはようございます!!武藤中佐!!わざわざ御足労頂いた武藤中佐の御来訪に!ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません!!」

 

 

 

「うん。元気があって良いね…掛けたまえよ」

 

 

 

武藤中佐はにこりと笑い本郷を向かいのソファーに座るよう促す

 

 

 

「はっ!!失礼致します!!」

 

 

「…うん?」

 

 

「訂正!!武藤中佐のお向かいに座らせていただけること!光栄に思います!!」

 

 

 

「うん」

 

 

 

抜き打ちの武藤の大隅警備府来訪

 

(コイツが来るといつもこれだ…)

 

 

(なんなんだよ…王様気取りかよ…どこの基地でもこんなのやらないだろ!)

 

 

 

「どうぞ、武藤中佐」

 

 

 

中佐と本郷を挟む机の上に電の用意したコーヒーが静かに置かれる

 

 

 

「うん。ありがとう」

 

 

「電…君は外してくれ」

 

 

「…了解です」

 

 

 

そう答え、電は執務室を出ていく

 

どうせこの男からまた嫌味を言われる 

電にはこれ以上の自分の醜態を見せたくないと思い、執務室から退出させた本郷

 

 

 

「…本日はどういったご用件でしょうか」

 

 

「うん…本郷君…君…昨日どこにいたのかなぁ?」

 

 

いきなりの剛速球。本郷は胸に痛みを感じる 

昨日は電と関東にいたが、もちろんそんな事は言えない

 

 

「…昨日はこの執務室にて1日執務作業を行っておりました」

 

「はい、嘘…」

 

 

武藤の即答の返しにキョトンとする本郷

 

 

「…じゃあ本郷君。3日前はどこに出掛けてたのかなぁ?」

 

 

じわりじわりと本郷の背に汗が流れる

スポーツで流す気持ちのいい汗ではない

 

まるで大型の爬虫類に睨まれた小動物の流すアブラ汗の様だった

 

 

「…私はこの警備府の指揮官です…この警備府の敷地内から外へは…緊急時以外は出ません」

 

 

 

「…ふぅん…そう、か」

 

「うんうん。そうだよねぇ…」

 

 

 

うんうんと言いながら中佐はソファーから立ち上がり、本郷の座るソファーの後ろに立つ

 

 

瞬間、中佐の腕が本郷の首を締め上げる

 

 

 

「…ぐっ…中…佐っ…!?」

 

 

 

「本郷ぉ~」

 

 

「本郷!!」

 

 

 

中佐の締め上げは止まらない

 

 

 

 

「…は、い…」

 

 

「まァだ嘘つくんがァ!?本郷ぉおっ!!」

 

 

 

締め上げられていた首から武藤の腕の感触が無くなったと思うと、両肩を持ち上げられ、ソファーから背後に投げ出される

 

 

 

「ゲホッゲホッ…ガホッ!!」

 

 

 

「座れぇ本郷ぉ!」

 

 

 

「座れェっ!!」

 

 

 

 

 

言われるままソファーに再度座る

 

 

 

本郷が座るのを確認すると、武藤も向かいのソファーにどかりと座る

 

 

 

 

「テメェ昨日はあの秘書艦のガキと遊びに行ってたんだろぉ?」

 

 

「…はぁ、はぁ…」

 

 

 

胃に痛みが走り、呼吸が整わない本郷

 

 

武藤は机に脚を上げ、煙草を咥えて火をつける

 

 

 

「行ってたんだろぉ?」

 

 

 

「……は、はい…」

 

 

 

武藤はにたにたと笑い

 

 

 

「んでぇ…3日前には近くの港町の診療所に行ってたんだろぉ?」

 

 

 

「…え?…なんで…」

 

 

 

本郷の問いに武藤は答えない

 

代わりに武藤は鞄から書類を取り出し本郷の方へ放り投げる

 

 

「…入院…案内…?」

 

 

「本郷、本日付で貴様を…本郷岳人を大隅警備府の司令官から外す。しばらくは軍の病院に通って貰う」

 

 

「…まぁ、通いと言っても実質強制入院だがな」

 

 

 

「…な、何故…何故ですか!?武藤中佐!!」

 

 

 

本郷は投げつけられた入院案内、そして左遷の書類を投げ出して思わず拳を握り吠える

 

 

 

「…うつ病」

 

 

「…!?」

 

 

 

武藤の能面のような張り付いた笑顔が本郷を見つめる

 

 

 

本郷はアブラ汗が止まらない

 

 

 

「栄誉ある日本軍海軍の提督様が精神病となれば国民の信用を無くす。名誉ある日本軍海軍の司令官様がガキと夜遊びしていたとなれば人民の信頼を無くす」

 

 

「夜遊び…なんて…」

 

 

「そぉんな奴を警備府のトップに置いておけるか?いいぃやぁっ!置けんなぁ!…なぁっ!」

 

能面だった武藤は般若の形相に変わり、声を荒げる

本郷は投げ出した書類を拾い上げ

 

 

「…この書類…日付けが来週なんですが…」

 

 

「いいんだよぉ…その辺は俺がやっといてやるからさぁ」

 

 

(…なんで…なん…で…こんなこと…)

 

 

「…なんでこんなことすると思う?」

 

 

 

「…え?…」

 

 

 

 

武藤は向かいのソファーから机を跨ぎ本郷の真横へ座る

 

 

「うん?うん?なんでだと思う?うんんん~ふふふふ…」  

 

 

武藤は本郷の肩を掴み、声を小さく、しかし力強く耳打ちする様に言った

 

 

 

 

「ムカつくんだ…お前の事が!」

 

 

 

 

 

瞳孔が開き、魂が凍る、そして全身の毛が逆立つ

 

 

 

 

そこで本郷はやっと理解した

 

 

前々から自分に対して厳しい人だとは感じていた

 

いや、きっと自分が新人の士官だからだろう

 

もともと海軍には古くから軍の中でもシゴキが厳しいと聞いていた。ならば武藤が本郷に行っている行為は指導の一環だろう

 

 

 

 

そう自分に納得させていた

 

 

しかし違った

 

 

そう、この男は動く

 

 

国のためでも国民のためでもなく、この武藤という男は自身の感情のために、自分の地位を使って本郷に嫌がらせをしている、と

 

 

 

そう考えていると動悸が激しくなってくる

 

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 

「お前、むかつくんだよぉ」

 

 

 

隣に座る武藤は本郷の胸を人差し指で強くつつく

 

 

 

「俺の人生の半分も生きてない小僧がぁ?士官学校出たばかりの小僧が!?」

 

 

 

「…はぁ…はぁ…」

 

 

 

(…気持ちが悪い)

 

 

「妖精だかなんだかが見えるだけで警備府の司令官だと!?…俺はお前が産まれる前から……海自の頃からずっと…ずぅっと軍のためにこの身を捧げて頑張ってきた俺を差し置いてお前なんかが……なぁっ!!」

 

 

武藤はそう怒鳴ると勢い良く本郷の顔を殴り付ける

 

殴られた本郷は執務室の床に倒れる

 

 

「だいたい中尉ごときが艦隊を、警備府を…まとめられると思ってるのか!?クソガキがっ!」

 

 

「赤松もっ!大谷も!加来も!…お前ら妖精が見える組は総じてムッかつくんだよ!クソがっ!!」

 

 

 

 

武藤は本郷の腹部を何度も蹴る 

 

 

 

何度も何度も何度も何度も

 

 

 

 

本郷は目の前がだんだんと暗くなる

 

息が苦しい

 

口の中が鉄の味で一杯になる

 

苦しい…苦しい…

 

 

 

 

やがて蹴られる衝撃が無くなると、マッチを擦る音が聞こえた

 

(…煙い…重い…)

 

 

 

腹部を守る様にうつ伏せで倒れる本郷の背中を椅子代わりに座り、悠々と煙草を吸う武藤

 

 

「なぁ本郷……良いこと教えてやるよ…」

 

 

 

 

「…く……ぁ……」

 

 

 

 

ふぅ、と武藤は本郷の顔に煙たく鬱陶しい煙を吹き付ける

 

 

 

「…なんでって思うだろう?なぜ俺がお前が病院へ行ったり警備府を離れたかを知っているかってな…」

 

「…」

 

 

「実はな~…ふふふ…ふひひひ…じ・つ・は・なぁ~」

 

 

武藤は本郷の背中に更に体重を乗せてくる

 

 

 

「この執務室とお前の私室には盗聴器を仕掛けてあるんだよ…そして更に…お前が警備府から出るときは俺の部下がずっと付いて回ってたんだよぉ~」

 

 

 

「…!?」

 

 

「そう、ずっと…ずぅぅっとぉ付いてたんだよぉ!!」

 

 

 

この男は何を言っているんだろう

 

本郷は武藤の言葉の意味を考えて 

 

 

(…いや、言ってることはわかる…)

 

 

 

「お前の弱味を握るために!お前のプライベートを覗くために!!ぜぇぇええんぶ聴いてたんだよぉっ!!!」

 

 

「…なんで」

 

 

 

残るちからを振り絞り出した自分でも信じられない弱々しい声を聞き、武藤は満面の笑みを作る

 

 

 

 

「…お前を追い詰めるためだよ」

 

 

 

武藤は本郷の髪を強く掴む

 

 

 

「若くて才能あるお前を俺は許さない…お前が海軍を辞めるまで…いや、辞めた後でさえも追い詰めてやるからな!」

 

 

 

「追い詰めて追い詰めて追い詰めて追い詰めて追い詰めて追い詰めて追い詰めて追い詰めて追い詰めて追い詰めて追い詰めて追い詰めて追い詰めて…お前が地獄へ逝くのを見届けるまでずぅっとずうぅぅっっと徹底的に追い詰めてやるからなぁ!」

 

 

 

「ひゃあはははははっ!!!喜べよ!ほらぁぁあああっ!!」

 

 

 

 

そこで本郷の意識はプツリと途切れた

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「提督!なんの音ですか!?」

 

 

 

勢いよく執務室の扉が開かれ、大井と川内が入ってくる

 

 

 

執務室に入ると2人は驚きを隠せなかった

 

 

 

ソファーの位置はずれて、机はひっくり返り、上官である本郷提督が床に伏せ、その背には本郷提督より更に上官の中年男の汚ならしい革靴を履いた太く短い脚が乗せられ、中年男は気味の悪い高笑いをしていたのだった

 

 

 

「なによ…これ…」

 

 

 

川内は信じられないといった風に呟く

 

 

 

「……中佐」

 

 

 

 

「んぁあ?…あぁ…これはこれは…練習艦の…なんといったか…」

 

 

 

男は今朝来たときと同じく愛想の良い笑顔を作り大井と川内に向ける

 

 

…足を本郷の背に乗せたまま

 

 

 

「…軽巡洋艦の大井です…中佐、一体何をしているのですか?」

 

 

 

今にも爆発しそうな大井は怒りを抑えながら、しかし力強くそう問いかける

 

 

 

「ああ、そうだそうだ…大井だったか…いやなに、本郷君に警備府を上手くまとめるための指導を行っていたのだよ」

 

 

 

「…何がっ!?「川内さんっ!」

 

 

 

前に出ようとする川内を右手で抑える大井

 

 

 

「…もう昭和前期の頃とは時代が違います…提督に対し何をしたかはわかりかねますが…これ以上の事は止めていただけますか?」   

 

 

ここで大井は嘘をつく。

執務室は荒れ、提督が傷だらけ…

 

 

この男が提督にしたことはだいたい想像がつく

 

 

しかし暴力をふるったことを指摘すればこの男はその中佐という上にも下にも繋がりのある地位を利用し、この警備府に、提督に対し確実に何かしらの報復をしてくる

 

 

 

 

 

これ以上手を出させないためにも、武藤からの暴力を知らないふりをする大井であった

 

 

 

 

「…本当に…お前はムカつく艦娘だなぁ…」

 

 

 

 

「…まぁ、いいか…用件は済ませた。本郷君に伝えてくれ。本日中に近辺整理をしろ、と…それと明日の朝、同じ時間に迎えに来る。詳しくは渡した書類を見ろ、と…」

 

 

 

「…」

 

 

「…私はこれで失礼するよ」

 

 

 

そう言い捨て武藤中佐は執務室を上機嫌で後にする

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「…大井…あんた…なんでそんな普通に対応できるわけ?」

 

 

 

本郷に駆け寄った川内は奮える声で大井に問いつめる

 

 

「…」

 

 

 

大井は何も言い返さない

 

 

 

「…提督のこと、大事じゃないの?」

 

 

 

「……」

 

 

 

「なんで私を止めたのよ!?大井!!「止めたくなんてなかったわよ!!」

 

 

 

「!!」

 

 

 

 

普段はどんなに怒っても声を上げることのない大井が、その声が裏返るほど感情をさらけだして川内に言い返す

 

 

 

「私だって!……できるならすぐにでもあの男を追いかけて…殺してやりたいわよ!!…でもっ!…でも…!」

 

 

「大…井…!?」

 

 

 

大井は泣きながら唇を噛み締める

 

 

 

「ここであいつを殺して…そうしたら提督がどうなるか…川内さん…貴女がどうなるかって……」

 

 

「…怖い…のよぉ…」

 

 

 

泣き崩れる大井から目をそらし

 

 

 

 

「…ごめん…」

 

 

小さくそう呟いた

 

 

「…まずは…提督を医務室に運ぼう…多分気を失ってるだけだと思うけど…私らじゃ正しい判断できない…」

 

 

「…うん…うんっ……!」

 

 

 

泣きじゃくりながらも返事を返す大井

 

 

 

大井と川内は2人で本郷を運ぶことにした

 

大井が本郷の右肩を、川内が左肩を支えて立ち上がる

 

本郷の顔に近づいて川内は初めて違和感に気づく

 

 

 

「…提……」

 

 

本郷の方を見るも当人は気を失っている

 

しかしボソボソととても小さく何かを繰り返し呟いていた

 

 

 

 

「…さ…い…ゆ……さな…」

 

 

「…」

 

 

更に耳を済ます

大井は気づいていない

 

 

 

「ゆる…さない…ゆる…い……さない…」

 

 

 

本郷は仕事に対して非常に真面目

 

執務に関しては基本的に己に対し妥協は許すことはなく、その日に終わらなければ日を跨いでも仕事を続ける

 

 

一方で金剛や漣などのお調子者がイタズラのような事をしても決して叱ることはなく、苦笑いをしつつも相手をしてくれる優しく周りに気を配ってくれる好い人

 

 

川内だけでなく他の艦娘も本郷提督に対してはそのイメージを持っている

 

 

だがそんな提督の口から初めて聞いた呪いのような言葉に川内の心は戦慄する

 

 

 

あの男は提督をここまで追い詰めたのか、と

 

 

 

そして同時にもうひとつの感情が芽生える

 

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

艦娘寮  

深雪、電部屋

 

 

「お姉…深雪ちゃん…司令官さんは大丈夫なのでしょうか」

 

 

電はベッドの下段に座り深雪に問いかける

 

 

部屋の扉に背を預け寄り掛かる深雪は電を一目見て

 

 

 

「…分からないけど…武藤がいるなら多分電はここにいた方がいいよ」

 

 

 

いつも自信満々な深雪とは思えない、少しイラつきながら電に答える

 

 

「…はい…ごめんなさい」

 

 

 

電が謝ると深雪ははっとして電の横に座り、にこっと笑う

 

 

「大丈夫だって!あたしらの司令官なんだから、武藤が帰ったらまたガリガリと執務に励むよ!心配すんなって!」

 

 

 

 

「ありがとうなのです…お姉ちゃん」

 

 

 

 

武藤が来たとき

 

お茶を出し執務室を退出した電を大井がすぐに寮に連れてきた

 

 

 

理由は"武藤の近くにいるのは危険かもしれない"からだ

 

事実深雪も同意件だと思っている

 

 

しばらくすると、こんこんと部屋の扉がノックされる

 

 

 

「…電はここにいろ」

 

 

「…はいなのです」

 

 

 

深雪が扉を開けると暗い表情、泣いた後が頬に残る大井が立っていた

 

 

 

 

「…大井…」

 

 

「…深雪さん……お願い…一緒に来て」

 

 

 

 

深雪は1つ頷く

 

 

 

 

「電、悪いけど部屋で待っててな!」

 

 

電にそう明るく笑うと部屋を出ていった

 

 

 

「……司令官さん…」

 

 

 

司令官に何があったんだろう

 

武藤中佐とはちゃんと話し合いで済んだのだろうか

 

 

大井や深雪の雰囲気で様々な事が電の頭をよぎる

 

 

 

 

「……待ってられない…」

 

 

 

電はそう呟き、部屋を飛び出て深雪の後を追った

 




次回もどうぞよろしくお願いします

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