始まります
北洋艦隊の巡洋艦が、トラック島より出航するよりも時間は遡る
夕刻
北洋艦隊との演習、そして北洋艦隊提督へのお仕置きを終えた八木、夕張、サムは巡洋艦が停泊するドックへやってきた
そこには神通、名取が定遠をドック内の椅子に両手を縛って座らせていた
「「ボス」」
八木の登場に敬礼する神通と名取
サムは神通の制服をちらりと見る
神通の制服には明らかに返り血と見られる液体が付いていた
名取は頬に返り血を付けている
「……」
サムの視線を気にすることなく真っ直ぐ八木に敬礼する神通達に、サムは少しだけ悲しそうに視線を落とす
「…おう、お疲れさん…そいつは?」
夕張とサムが運んだリーをドック内の床に寝転ばせると、倒れる彼の背中に座る八木
「演習に参加した北洋艦隊の艦娘です。…1度も砲撃を放ってこなかったので、念の為生かして捕らえました」
「…多摩がボスの元へ報告に行くと言ってましたが…?」
敬礼を解いた神通が説明し、続いて名取が八木に問うと、八木は頭をぽりぽりと掻き
「…すれ違いだな…まぁいいか…わかった。んじゃあそいつもこの船乗せて国に帰すぞ」
八木のその言葉に少しだけ驚く神通と名取
「…ん?…なんだよ」
八木が聞き返すと、神通は小さく笑い、名取も目を細め、視線を下げる
「…いえ、とても良い判断かと…」
「…ええ…悪くありません」
「クマクマ」
いつの間にかいた球磨も、神通と名取に続いて大きく頷くと、球磨の存在に驚いたサムが飛び跳ねる
「クマさん!…いつの間に…!」
「クマ、そんな事よりどうやって中国に帰すクマ?」
サムの言葉を有意義に無視した球磨は八木に問う
「ん…?…そりゃあ…コイツらに頼むしかねぇだろうさ」
八木が腕を組んでそう言うと、ぴょこりと組んだ腕の隙間から出てきたのは妖精さんだった
〈21号対空電探ですか?改ですか?〉
妖精さんは八木の肩に移動し、ぴしっと敬礼
「いや、開発じゃねえ…この中国産の船イジって国に帰れるようにしてやってくんねぇか?」
〈イエス、ボス!〉
ととと、と妖精さんは北洋艦隊の乗ってきた巡洋艦へ走っていってしまった
「…なるほどクマ」
「すぐ終わるだろうからとっとと積荷積んでやれ」
八木が顎で定遠とリーを指すと、球磨達は2人を巡洋艦へと連れて行く
そこへ桜龍の面々がドックへやってくる
「おう、なんだ。まだいたのか」
八木がそう声をかけると、秋雲がへらへらと笑う
「まぁねん…北洋艦隊との演習どうなるか見たかったし」
秋雲の返しにふぅん、と鼻を鳴らす八木は後ろの方で顔を青ざめさせている風雲に視線を向ける
「…」
対する風雲は八木と目を合わせられないでいた
そこへ雲龍が口を開く
「…風雲には貴方達の戦いぶりは刺激が強かったみたいね…さっきまで吐いてたわ」
「い、言わないでよ!雲龍さん!」
「…そうか…」
そう一言返した八木は、リー達を運ぶサムの方をちらりと見て、顔をしかめる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
〈ボス!準備完了です!エンジンを掛ければ中国方面に向かう様に船に自動プログラムを取り付けしました!〉
一仕事終えた妖精さんがリーの肩に乗って額の汗を拭いふぅ、と息を吐く
「おう、お疲れさん…報酬は…コイツでいいか?」
そう言ってポケットからチューインガムを取り出して、妖精さんに一枚差し出す
〈うっひょー!ミント味!…コイツァトぶぜぇ!〉
(…妖精はお菓子がアップ系なのか…?)
ハイテンションになった妖精さんは、八木に敬礼すると、チューインガムを受け取って何処かへ消えていった
[…何故だ…何故我々を殺さない!?]
両手の縄を解かれ、巡洋艦の甲板に立って手摺を掴んだ定遠が眼下の八木達に吠える
ドック内に響く声、そんな少女の声を聞いても驚く者はいなかった
「…だから英語じゃあ「球磨ちゃーん?…ありゃあ中国語だって…」
定遠の言葉に表情を歪ませる球磨にツッコむ秋雲
八木も隣に立つサムの頭を、ストローハット越しにぽん、と撫でる
[…さぁな…今回はたまたまお前らがラッキーだっただけさ。国に帰って畑でも耕してろよ]
疑問顔で八木を見上げるサム
「…ボス?今なんて言ったの?」
「…春巻き食いてえから買ってこいって言ったんだよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
北洋艦隊の巡洋艦が出航して数十分後
ドックから出航した巡洋艦を見ながら八木は呟く
「…ま、あの速度なら直ぐにこの海域を出れるだろ…"龍"に出会わなけりゃあな…」
「…フラグだクマ」
「…で?、お前らはどうすんだ?」
そう言って秋雲に顔を向ける八木
問われた秋雲は仲間のいるドック内へちらりと横目をやる
ドック内では工作艦三原が雲龍と龍驤の艦載機について話しており、朝雲がぐったりしている風雲の背に手を当てている
色々考えた秋雲は顎に手を当てて考えながら
「…んー…もう一晩泊まっていこうかな…これから夜になると海も危ないし…」
「…ま、その方が良いかもな」
「…さんせぇ〜…」
背中を擦られながら風雲は弱々しく右手を上げる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕食前、八木は親衛隊隊長達を集めて、和室にて会議を行っていた
八木を挟むように多摩と球磨が座り、向かい合う様に親衛隊隊長達が正座をする
そして何故かストローハットを被ったサムがまるで審判の様に八木達と親衛隊隊長達の間に座る
「…え、なんでサムが…?」
奇妙なものを見たように名取が呟く
「…それよりも…なんでボスの帽子被ってんの…?意味分かんないんですけど…それよこせし…」
阿武隈が親指の爪を噛みながらサムを睨み
「…」
「…」
那珂と神通は何も言わず、じっと座り
「…ボス…早く終わらせてよ?…あんまりじっとしてられないんだからさ…」
苛ついた川内は右太ももを小刻みに揺らし、夕張は左手でサムに小さく手を振る
「おう、まぁすぐ終わる…とりあえず、演習お疲れさん…阿武隈、傷はもう大丈夫なのか?」
八木が阿武隈に視線を向けて問うと、阿武隈は目をキラキラと輝かせて嬉しそうにツインテールを揺らす
「イエスボス!…もっちろ…あ、いえ…阿武隈、もうダメカモデス…ボスに介抱してもらわな「川内も平気か?」
「まぁね…早くコンテナ帰りたいよ」
「…皆自由過ぎクマ」
「…にゃー」
ぱん、とあぐらを叩く八木
「…んじゃあ本題な。今真鋭隊への連絡や俺のガードとして球磨と多摩が付いてる…これに1人増やそうと思う。もうわかるだろうが…この青いのだ」
ガビーン、とサムは驚きの表情をとりつつ
(青いのて!)
「…って、が、ガードって…秘書艦のこと…ですよね?…ずっと思ってたんですけど…ここって本当に海軍……です、よね?」
サムに視線を送る隊長達の表情に笑みは無い
サムは「あるぇ?」と首を傾げる
「…なんだ…だれもこいつに教えてねぇのか…」
八木が呆れた様にそう言うと、神通が頭を下げる
「…申し訳ありません…ボス…」
「…まぁいいさ…そうだな…」
八木は顎に手を当ててうーん、と考える
サムは心配そうに八木、そして隊長達に視線をちらちらと向け、そんなサムを不憫に思ったのか、隊長達もなんだか申し訳無さそうにそわそわしだす中、八木はサムの目をまっすぐ見つめて口を開く
「…俺らは海軍じゃあねぇよ。それどころか軍人ですらねぇ…俺らは…元、日本国軍海軍だ」
「…もと…?」
「ああ…かつて俺と、この球磨、多摩は志摩鎮守府って所に居たんだけどよ…まあ、いろいろあって「色々じゃこの青いのは納得しないクマ」…ある日深海棲艦からの襲撃があってな…志摩艦隊はなにもできずに全滅…たまたま外にいた球磨と多摩だけが生き残った」
「ぜ、殲滅…」
八木の話を聞きながらつばを飲み込むサム
「…なんとかかんとかして、その深海棲艦を追い返しはしたんだが…大本営は俺を…うん、俺たちを許さなかった…敵深海棲艦が現れたにもかかわらず被害は甚大…俺は海軍を除隊させられた」
「…けど、変な噂がひとり歩きして、ボスは志摩で死んだ事になってたにゃ」
多摩が付け加えると、八木は隣に座る多摩の頭を撫でる
阿武隈が羨ましそうに、悔しそうに睨む
「…ああ…ヒデェ話さ…きっと志摩の報告書にも載ってるぜ?"八木提督、志摩ニテ没ス"…とかな」
そこまで話を聞くと、サムはまたも首を傾げる
「…ええと…深海棲艦からの襲撃があったって言いましたけど…なにもできずにってのは…どういう事ですか?…突然の襲撃でも、深海棲艦が海から現れれば基地のレーダー機器はなにかしらの反応を見せますよね?」
「…」
「…」
「…」
サムの問いで沈黙する八木達
八木は息を一つ吐く
「…ふぅ…そうだな…海からでも現われりゃあ少なくともほぼ全滅なんてしなかった…海から現われりゃあな」
「…え?」
「…深海棲艦は志摩鎮守府で現れたんだクマ」
言い淀みながら球磨が答える
「…ぁ…え……???」
「…志摩の…仲間の艦娘が深海棲艦になったんだクマ」
「……え…」
八木達、隊長達のいる和室の空気が一気に重くなる
サムはなんと答えればいいのかわからず、膝の上に置いた手を強く握る
「…なん…で…」
「…さぁな…いや…兆候はあったっちゃあ…あった…だがまさか本当に深海棲艦になっちまうとは思わなかった…」
「…その深海棲艦になった艦娘というのが…当時ボスの秘書艦だった駆逐艦、五月雨だったんだクマ」
「…さみだれ…」
ここまで表情を大きく変えなかった八木は辛い記憶なのか、顔を俯かせて視線を落とす
「…皆が寝静まった真夜中だ…深海棲艦として目覚めたさみ…いや、奴は…静かに仲間達を殺して回った…物音に気づいて…奴の凶行に気づいて、基地の非常警報を鳴らしてくれた艦娘のお陰でようやく事態に気がついたが…はは…本当に…馬鹿だったな…俺は…」
「…」
「…散々殺して回った奴が俺のところへ来た時にな…まぁ、たまたま最後に元の意識のあいつと話せる状況になってな…そこで約束したんだ…」
『…必ず…必ず約束する!』
『……はい…』
『…必ず…必ず君を殺す…殺してみせるから…!!』
『…はい…どうか……提督の手で私を…殺してください…』
「…深海棲艦になっちまった五月雨を…あいつを苦しみから解く方法…それは奴を殺す事だ…だから俺は奴を必ず殺すと…そう約束した」
「…そんな…」
まるで懺悔を終えた様に八木は首をこきこきと鳴らす
「…だが、もう海軍じゃなくなった俺には、付いてきてくれた球磨と多摩しかいねぇ…基地もねぇ、工廠もねぇ…幾三じゃねぇが、無え無えづくしじゃあ戦力的にも深海棲艦になった五月雨の足元にも及ばねぇ…そこで協力してくれたのが…」
「ウチの艦長ってわけね?」
少女の声が聞こえてきても隊長達はわかっていた様になんの反応もしない
八木とサムは和室の入口の方に視線を向けると、そこには桜龍の秋雲が立っていた
「…なんだ?…ここはプライベートビーチだぞ?秋雲」
「まぁーまぁー…堅いこと無しでいこーよ」
秋雲は相変わらずへらへらとした態度で正座する隊長達の横に座る
「…ま、良いけどよ…ああ、そうだ。当時俺の上官にして海軍の師匠…加来先生が色々と協力をしてくれた…このトラック島の基地を見つけて、俺を連れてきてくれたのも加来先生だ」
「…かく先生…」
「…だがまだまだ戦力が足らねぇ…そうぼやいてたら加来先生が問題児共をよこしやがってな…それがお前の後ろに座る真鋭隊達だ」
八木の話に秋雲が付け加える
「ま、艦長が艦娘送ったのは最初だけだけどね」
「ああ、後は…なんだろうな…問題児なら引き取りますだなんて噂が立ってたのか…続々と艦娘達が捨てられてきてな…可能な限り全てうちで引き取った」
「…駆逐艦や戦艦がいなくて…巡洋艦だけなのは…?」
「…ああ、奴と戦うには戦艦の速度は遅すぎる…空母じゃあ艦載機を飛ぼす暇を与えてくれねぇ…駆逐艦じゃあ脆すぎる…元々は対潜能力にも長けてた奴だ。潜水艦じゃあ倒せねぇ…だからまだ戦力になりそうな巡洋艦だけを仲間として迎え入れた」
「…それに巡洋艦はオーラの調整が楽だからな。それに…ああ…色々と飲み込みが早い」
サムは表情を曇らせる
「…迎え入れなかった艦娘は…」
サムの問いに多摩が頷く
「迎え入れは基本多摩と球磨がやってるにゃ。巡洋艦以外は基本的に建造機で解体してるにゃ」
「クマ…元々嫌われて、棄てられた艦娘だクマ…殴られたり強姦されて死ぬよりよっぽどマシだクマ」
「……」
多摩と球磨の言葉に口を真横一文字に結ぶサム
「…ま、ここはそんな所だ…俺らは海軍でなく、ただの一般ビーポーなリベンジャー…お前の周りにいる真鋭隊はただの寄せ集めのリサイクル艦隊って事だ」
「……」
狂ってる
もう何度目か、八木の言葉を聞いてサムは強くそう感じる
しかし流石のサムもそう簡単には眼の前の者達にそんな事は言えなかった
「…お前を俺のガード…まぁ、秘書艦みてぇなもんだな…ガードにするのを決めたのにも理由がある…」
「…はい…」
何を言われるのだろう…サムは心配そうに、不安そうな表情で八木の眼を見る
対する八木はふ、と笑い
「…接近戦闘術の基本は球磨と神通から学んだな?…次はその粗い型を俺が仕上げる…ここ以外でも闘えるように、だ」
「…???」
八木の言葉に違和感を感じながらサムは頷く
「…それに色々と世界情勢…というか、うん…一般常識を学んでもらう…今のお前じゃあ危なっかしくて外に出せねぇからな」
八木の言葉に、六親隊隊長の夕張がふふふ、と小さく笑い、秋雲は呆れたように八木に視線を送る
(…なんだかんだ言って側に居てほしいのバレバレだっつの…だいたい自称海賊が一般常識って…)
そんな秋雲の考えがわかったのか、八木は秋雲から目を逸らす
「…誰か反対な奴はいるか?」
そう言って八木は隊長達に視線を向けるが、もちろん誰も反対する者はいなかった
「…ボスのご判断ならば」
「ええ。問題ありません」
「…」
神通と名取、那珂もが頷き
「もちろんです。頑張ってね、サムちゃん」
「ボスの命令なら…」
夕張はにこにことサムに手を振りながら、阿武隈は僅かにむくれながら答える
しかし1人だけ、隊長達が正座している中で立ち上がる者がいた
「…もう話は終わりだよね?もう私行っていいよね?」
三親隊隊長、川内だった
目が血走った川内は先程よりも苛ついて八木に問う
「…ああ。構わねぇよ、おやすみさん」
「…ごめんね、ボス」
川内はそう一言謝ると、和室から出ていく
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
和室の扉から川内が廊下に出ると、古鷹が待っていた
「…大丈夫?隊長」
心配そうに川内に声をかける古鷹だったが、川内は頷く
「…うん…ごめん、もうコンテナ戻るわ。今日は夕食持ってこなくて良いから…」
「…あ、うん…わかった」
古鷹が小さくそう答えると、ふらつきながら川内は廊下を進んでいった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…」
サムは川内が出ていった扉を見つめていた
「…あいつはな…夕方から夜にかけて自分でも制御出来ないくらいに凶暴になっていくんだ…だから夕方以降は基地近くのコンテナで一人で夜を過ごしてる」
サムの考えを当てる様に八木がサムに説明する
「…あ…じゃあこの間の深海棲艦の襲撃の時、川内さんがいなかったのって…」
「クマ。夜戦に川内を艦隊組ませて出したら敵と一緒に親衛隊も川内にやられるクマ…川内と同じ親衛隊の古鷹達がいくらオーラで身体を強くしていても、凶暴化…というか、理性より本能が強くなった川内には勝てないクマ」
「…んー…」
「…どうした?青いの」
八木がサムに問うも、サムはストローハットを自身の頭から外すと、両手で自分のお団子を掴んで目を瞑り、唸りながら何かを考える
「んんー……」
(…なんかシュールだな…)
八木は少しだけ吹き出しそうになり
(…サムさん…ああやって物事考えるのかしら…)
神通は心配そうにサムを見つめ
(…ちょっと面白いかも…)
これ以上見てたら吹き出すな、と判断した名取は目を瞑り、那珂もじっとサムを見つめる
(…本当に面白い娘ね)
夕張は笑顔でサムをちらちらと見て
(…一休さんかっつの…)
秋雲も呆れたようにあははと笑う
「…どうしたクマ?サム」
「うん……川内さんって…なんで夜になると凶暴化するんですか?」
球磨の問いに意外な答えを出したサム
八木達は頭を捻る
「…さぁな…川内だけじゃねえ。俺はここにいる奴らの素性をまともに調べたことはねぇな」
「…川内は最初、自分から話してきたクマ」
「…にゃー」
球磨の答えを聞いてサムは難しい表情になる
「…誰か…その事を川内さんとちゃんと話した方っていないんですか?」
そんなサムの問いに阿武隈が少しだけ面倒そうに答える
「…あのさ、目的が同じだけで集まってる私達が、お互いの事詮索し合って何か意味あるの?…皆色んな想いを抱えてここにいるんだから…勝手に行動してる奴がいるなら別に放っておけば良いじゃない。私達にはボスがいる…それだけで十分でしょ?みんなもそうでしょう?」
「…それは阿武隈さんだけの考えですよね?…勝手に総意にしないでください」
阿武隈にそう強く返すは神通だった
「…確かに…阿武隈の意見が総意というわけでもないけど…皆様々な悩みを持ってる…誰かの事を気にする余裕なんて…無いんじゃない?」
しかし名取のその言葉にまたも空気が重くなる和室
見かねた八木がサムに指を指す
「なら青いの…お前は川内をどうしたいんだ?」
サムは強い眼差しでうん、と頷き
「毎晩コンテナで一人で過ごすなんて寂しすぎます!…サムが川内さんの悩みを聞いて…なんとか皆と一緒に隊舎で休める様に…川内さんと一緒に考えます!」
サムがそう言うも、阿武隈は馬鹿にしたように笑う
「…えへへー…なんとかって…どうやって「わかった。んじゃあお前に任すぞ。青いの」
阿武隈を遮って、八木ははっきりとサムにそう命令すると、立ち上がってサムの横に置かれたストローハットを持ち、サムの頭に乗せる
阿武隈は八木の言葉を聞き、行動を見て口を開け呆然とする
「わ、わかり…あ、いえ…イエス!ボス!」
ストローハットを被ったサムは元気いっぱいに敬礼する
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お、いたいた…秋雲〜…みんなご飯食べたで〜?」
「秋雲は食べないの?」
基地本館の廊下を歩く秋雲は背後から掛けられた声に振り向く
そこには缶ビールを片手に持った龍驤と、ワインボトルを片手に持った雲龍が秋雲を探して回っていたのか、少し酔った様な雰囲気で立っていた
「龍驤ちゃんと雲龍ちゃんじゃん…あれ?もしかして秋雲さんを探しに来た感じ?」
「せやで。朝雲が秋雲おらん言うて騒いどったからな…夜風当たりについでで探しに来たんや」
「あれれ…まさかの朝雲っちが?…そんなこと言うの風雲の方かと思った…」
「風雲ならお酒一口飲んだらすぐ寝ちゃったわ…朝雲は…あれは駄目ね。悪い酔い方してるわ…」
雲龍がそう説明すると、手に持ったボトルを口につけてぐいっと男らしく飲む
「…まーた高そうなもん飲んでんねぇ…」
「そういえばさっき森の方へ、あんちっこいんが走っていったんやけど…大丈夫なん?」
「…ちっこいんは龍ちゃんも同じじゃない「なんやと?このおっぱい空母!だいたい正規空母のその部分のサイズは誰も彼も気に入らへん!そもそもうちや鳳翔なんか…」
ぐりぐりと両の拳を雲龍の立派な甲板に食い込ませて愚痴る龍驤
秋雲は顎に指を当て、「んー」と考えて
「…あの娘か…うん、一応…見に行ってみようかな…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
隊長達の居なくなった和室では八木が静かに一人上座に座っていた
「…仲間…か……」
ここの艦隊は八木、多摩、球磨の3人だけが同じ鎮守府だった
それ以外の艦娘は日本各地の鎮守府にて問題児と呼ばれ、裏切られ、疎まれ、蔑まれ、棄てられた者達だ
嫌われた彼女達に仲間の大切さを、なんて説いたところで簡単には理解はしてもらえないだろう
故に、一親隊から五親隊では八木を除いて自分以外に興味がある者はなかなかいない
阿武隈や名取が言ったことは半分当たっている
「…五月雨を殺すって目的があるだけで…艦娘同士の信頼関係やなんやかんやなんて目を背けてたからな…」
八木はふぅ、とため息を吐く
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
月が空に浮かび、虫や鳥達の鳴き声が木霊する時刻
基地近くの森を進むサムと神通は、ランタンを手に川内のいるであろうコンテナへと足を進める
「…ありがとう…神通さん。道案内してくれて!」
サムはにこりと笑って隣を歩く神通を見上げると、神通は申し訳無さそうな表情になる
「…本当に…行くつもりですか?…やはりやめといたほうが…」
「大丈夫!会ってお話するだけだもん!」
「…だけども…」
二人が進んでいると、ガン、という鈍い音が前方から聞こえてきた
驚いたサムは、神通と顔を合せると歩く速度を少しだけ緩やかにした
「…な、な、なに…今の音…」
「ええと…多分、川内さんの…コンテナの音だと思います…」
そのまま数分歩いていると、正面…視界の奥に薄っすらと光る灯りに気づく
「…神通?…と、青い娘…?」
「…あの、サムです」
扉の閉まった大きなコンテナ
そのコンテナの前には、サム達の持つものと同じランタンを地面に置いて、コンテナの前に転がる倒木に腰掛けて本を読む古鷹がいた
「…ええと…何か用…?」
突然二親隊の二人がここまで来た事の理由がわからず、少しだけ焦って読んでいた本に栞を挟むことなく閉じる
「川内さんに会いに来ました!」
サムは古鷹に敬礼
古鷹は益々疑問顔
「…ええと…隊長に用なら私が聞いておくよ?明日の朝にでも伝えとくから…」
「いえ、そうじゃなくて…今、川内さんに会いに来ました」
サムの答えに古鷹は神通に視線を向ける
「…あの…川内さんの…その…何というか…」
神通がなんと説明すればいいか悩みながら言葉を選んでいると、サムはコンテナの方へと足を進める
「え、あ、ちょっと…!」
元々優しい性格だからだろうか、古鷹は無理矢理サムを引き止めることはせずに、まず声をかけて手をあたふたとさせる
(…サムさん…アメリカの艦娘だけあってアクティブな娘なのね…)
対して神通はサムの大物ぶりに感心していた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゴン、ゴン、とコンテナの扉を叩くサム
『…』
中からはなんの返事もない
「川内さん!サムです!いますかー!?」
再びゴン、ゴンと扉を叩くサム
すると、サムの叩く音の数倍はあるであろうドン、とい音がコンテナの中から返ってくる
「…びっくりした…川内さーん!川内さーん!」
驚いたのも一瞬、サムは再びコンテナの扉を叩く
「…なに…何なの…?この娘…」
「…二親隊の新人です」
「え、いや…そういうことじゃなくて…」
神通と古鷹はコントの様なやり取りをしていた
「川内さーん!川内さーん!」
ゴン、ゴン、ゴン、と何度もノックするサム
そして遂に…
ギギギ、とコンテナの扉がほんの少しだけ開く
「…うるさい…帰れ」
扉の隙間から川内のものと思われる、地を這うような低い声が聞こえる
「嫌です!お話しましょう!川内さん!」
「無理…あんたの事殺しちゃうから」
「川内さんはそんなことしません!」
「…なんでそんなこと言えるのさ」
川内の問いに、サムはほんの少しだけ考え…
「川内さんが優しい事、サムは知ってますから!」
元気いっぱいにそう返す
すると、コンテナの扉が勢い良く開き、サムの肩を掴むとコンテナの中へと連れこまれる
「サムさんっ!」
「青い娘!」
神通と古鷹が直ぐにコンテナの扉に駆け寄るも、扉は固く閉ざされている
「サムさん!サムさん!…古鷹さん!…なんで…扉のロックは外に付いているのに!」
「…た、隊長が扉閉めるときに…歪ませたかも…」
神通と古鷹は二人して顔を青くして戸惑う
「…助けたほうがええんちゃう?」
「待って待って…まだ…まだまだ様子見よって…」
「…きっと大丈夫よ」
コンテナからすこし離れた森の中で、ひそひそと誰かの喋り声がする
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…痛っ!」
コンテナの中、サムはコンテナ内部の壁に押し付けられていた
真っ暗だと思ったコンテナの中はろうそくの灯りでぼんやりと照らされていた
故に、サムは自分を壁に押し付けている者をはっきりとは確認出来なかったが、自分を押し付けているのは間違いなく川内だとわかった
「…せ、川内…さん…」
「…誰が…優しいってのさ…」
少女は震える声でサムに問う
「…川内…さん…だよ…」
「私が…私のどこが…!優しいってのさ!…言ってみろよ!!」
ドン、と再度壁に押し付けられると、ようやく川内の顔が確認出来た
「…川内さん…は…優しい…人だもん…」
サムの目の前にいる少女は目を血走らせ、口の端からはよだれが垂れている
まるで飢えた獣の様な雰囲気を漂わせた川内はサムの肩を更に強く掴む
「…私の…私の何を知ってるのよ!」
川内に怒鳴られようとも、苦痛の表情のサムは弱々しく笑う
「…サ、サムが…訓練で凹んでた時も…声を…掛けてくれたし…神通さんや球磨さんと同じ様に…私の事を…いつも気にしてくれてたのは…知ってるから…!」
「…ぐっ…!そ、それだけで…意味分かんない!」
「そんなのフリに決まってるじゃない!あんたの事なんて見てるわけないっての!ああっ!イライラすんなぁぁぁあああ!!」
片手でサムを押し付け、もう片方の腕を振り上げると壁に拳を叩き込む川内
「…だめ、だよ…そんな事…しちゃ…」
サムは自分が押し付けられているのにも関わらず、川内の赤くなった拳を見てそう声を出す
「ああっ!!」
サムを壁に押し付けていた川内はそのままサムを放り投げ、床に転ばせる
「はぁ…はぁ…もう、わかったでしょ…?」
「ゲホッゲホッ…!」
肩で息をする川内
サムはむせながらも川内を見上げる
「私は優しくなんてない!いつだって…あんたの事だってすぐに殺せる!もう出てけ!二度とここに来るな「嫌だよ…!」
ふらつきながら立ち上がるサム
「…一人で…こんな所で毎晩過ごすなんて…寂しすぎるよ…サムは…川内さんとも一緒にいたいもん…」
「…」
ドン、と両手で壁を叩き、そのまま壁に額をつける川内
「…意味分かんない…そんなことしてあんたになんの得があんのよ…」
「…サムは…」
サムは少しだけ顔を俯かせる
「サムはおせっかいだから…川内さんが何かに悩んでいるなら…うん、サムに協力できることがあるならお手伝いしたいって…思ってるんだ」
優しく、申し訳無さそうに笑うサム
川内はそんなサムの笑顔を見て、壁に背中をつけながら座りこむ
どうやら少し叫んだおかげか、熱くなったテンションが下がりつつあるのがわかる
「…」
「それに…思っていたよりも、川内さん…ちゃんと理性あるじゃないですか!」
「…そりゃあ…今は戦闘中じゃないし…まだ理性は…あるけど…」
川内がそう言うと、サムは座ったまま川内に向かって両手を広げる
「…なに、それ…」
「サムが!ハグしてあげます!」
「…はぁ?」
ふりふりと両手を差し出したまま、笑顔のサム
「…アンタねぇ…」
サムのアクションを見て川内は立ち上がり、人差し指で強めにサムのおでこをつんつんと突く
「あんた本当にこの状況わかってんの!?さっきまで首の骨を私に折られそうになったくせに…!殺されようとしてたくせに!」
額を両手で抑えたサムはキョトンとした顔になり
「…でも折られなかったし…殺されなかったよ?」
「……!!ああっ!もう!!」
恥ずかしさと苛立ちで川内はコンテナ内の壁を蹴る
「…」
「…」
ちらりとサムを見る川内
サムは変わらずポワポワとした笑顔で両手を広げている
「……ぅああああ!!」
川内は叫び、両手を広げるサムに勢い良く飛びつく
「あんたなんか…あんたなんかぁっ!!」
今どんな感情が川内の中を流れているか…
それは本人さえもはっきりとはわからない
「ゲロばっか吐いて…!弱いくせに諦め悪くて…!誰よりもちびのくせに…!…くせにぃ…!!」
座り込むサムの小さな胸に顔を埋め、思い浮かぶ言葉を叫ぶ川内
「…うん…うん」
対するサムは小さく頷き、川内を優しく抱きしめる
「…私なんかを気にして…!あんたは本物の馬鹿だよ!…馬鹿……馬鹿…」
「…うん、サムはあんまり頭良くないから…きっと川内さんの悩みに的確な答えを出す事はできないと思う…でも、助けたいんだ…大好きな先輩だから…」
「…」
ぐす、ぐす、と川内の鼻をすする声が聞こえる
サムは催促する事なく、黙って川内の頭を撫でる
「……昔は…こんなんじゃなかった…」
「…仲間を…守るために強くなった…誰にも負けなければ…皆を守れる…そう、思ってた…」
「…うん」
「…でも、でも…私が強くなっていくと…皆私を避け始めるんだ…」
「…うん」
川内は以前いた鎮守府の事を思い出しながら、鼻をすする
「ある日…私達は出撃海域で敵に囲まれた…私は…なんとか皆を助けようと戦った…でも…仲間達は私の戦いぶりを見て言ったんだ…化け物だ、って…」
「…」
「…その一言を聞いて私の中で何かが弾けた……気がついたら…海上には敵深海棲艦も…私と一緒にいた仲間達もいなかった…私が…私が殺して…沈めたんだ…」
サムは何も言い返すことなく静かに川内の頭を撫でる
「…ここに来たってそう…きっと私を…今までの本当の私を出せばきっと皆からも嫌な目で見られる…嫌われる…もう嫌なんだよ…あんな思いをするのは…」
「…だから…だからいつもヘラヘラして…自分の心を殺して…演じてた…」
「…そう、だったんだ…」
しかし、突如ここでサムは昼間の光景を思い出す
北洋艦隊との演習、多摩率いる八木艦隊の異常とも、チートとも言える戦力に、紙くずの様にグシャグシャにされた北洋艦隊…
その光景を思い出しながらサムは考える
(…神通さんや名取さんも大概だと思うけどなぁ…)
しかしこの眼の前の…自身が抱き締めている少女には口が裂けてもそんな事は言えなかった
「…でも…私は全然平気じゃなかった…心を押さえつける度に…どんどんイライラしてきて…何もかもぶち壊したくなってきて……」
「…大丈夫ですよ。川内さん」
「…え?」
「きっと皆…うん、悪態をつくかもしれないけど、皆川内さんのこと受け入れてくれますよ…だって何もない…こんな弱い私の事も皆…」
再度サムの脳裏に阿武隈の面倒くさそうな顔が過る
「…多分、皆受け入れてくれてるから…うん…多分」
もしかしたら阿武隈にはまだ嫌われているかもしれない、と感じたサムの語尾は少しだけ弱くなる
川内は顔を上げてジト目でサムを睨む
「…ちょっと…良いところで言い淀まないでよ…」
「あぅ…」
ぽふ、と再びサムの腹部に顔を埋める川内
「…あーあ…なんかあんたと話してたら…悩んでる事がアホらしく感じてきちゃったよ…」
「えへへ…そうですかー?」
「……もう少し…自分の心をコントロール出来るように…頑張ってみようかな…」
川内がそうこぼすと、サムは川内の髪をさわさわと触る
「はい!その意気です!私も協力しますし…愚痴ならいつでも聞きます!」
サムが笑顔で元気いっぱいにそう言うと、川内は起き上がる
「…今すぐは…無理だけど……うん…みんなと同じ時間を過ごせるように…頑張るよ」
川内は恥ずかしそうに頭を掻きながら、ぼそぼそとそう答える
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…」
「…」
コンテナの外、連れ込まれたサムを助けようとしていた神通と古鷹は、お互い顔を合せると少しだけ照れた表情で笑う
サムがコンテナに連れ込まれ、川内は勢い良くコンテナの扉を閉めた
その反動でコンテナの扉は歪み、簡単には開けられなくなってしまった
しかし歪みのせいで扉の蝶板に穴が空き、コンテナの中の川内とサムの会話は外にいた神通と古鷹に丸聞こえだったのだ
「…もう少し…待ってましょうか…」
「…そうだね…もう少し…」
二人はお互い笑い合うと、神通がちらりとコンテナと逆の方向…真っ暗な森の方へ視線を送る
「…よっし…んじゃあたしらも戻ろっか」
「…せやな…もう…うちらがここにおる必要あらへん」
「…ねぇ、もしかして私達の事…あの娘たちに気づかれてない…?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
トラック島から150キロほど離れた小島の入江
その入江には先日トラック島を襲撃した深海棲艦のうちの二人の重巡の姿が見える
[…]
[…]
二人…もとい、2隻の重巡はこそこそと岩場に隠れながら沖の方にいるあるものを監視していた
そこへ艦隊のリーダー格と見られる白髪の重巡が合流する
[…どうだ…なにか動きはあったか?]
[…いや…相変わらずあそこに浮かんだままだ]
[…ずっとトラック島の方見て…気味が悪いわね…]
黒髪の重巡達が視線を変えないまま、白髪の重巡にそう返す
白髪の重巡は黒髪重巡達の視線の先に目を向ける
視線の先の海上には、満月を背に少女が立っていた
真っ黒で自身の背丈よりも長い髪
白と黒で作られた白露型の様なセーラー服
彼女はかつての八木の秘書艦
異形のそれとなった駆逐艦五月雨だった
遠目に立つ五月雨を見て、白髪の重巡…呼称名、重巡ネ級が、目を黄金色に光らせ、恨みのこもった表情をつくり呟く
[…あの駆逐艦!…忌々しい駆逐艦め……我等の島を横取りした奴等の差し金……]
ネ級は歯を食いしばり、拳を強く握る
[今度こそ…殺してやる…あの駆逐艦も…奴等も…この海に…沈めてやる…!]
五月雨を睨み、今にも彼女に砲撃しそうなネ級を二人の黒髪の重巡が必死に、静かに止める
はい
サムによる川内救済編でした
作中、はっきりと表現しませんでしたが、川内さんの症状はあれです。物凄い被害妄想の様なものですね。
そして白髪の重巡、ネ級ちゃんの再登場です
トラック艦隊…深海棲艦艦隊…五月雨…
三つ巴の戦いとなるかどうなるか…
紅い記憶編、そろそろ締める準備入ります
それと、紅い記憶編が終わった後に、本編には全く関係のない…
そうですね…今までの各ストーリーに登場した人達による季節ネタを書こうと思います。
カテゴリとしてはFileBreakになると思いますので…そちらももう少しお待ち下さい