はい、始まります
「うっわっぁっぁぁあああっ!!」
「青いの!」
「サムさん!」
「青い娘!」
まだ朝日が水平線から覗く前、無事川内を説得したサムは神通、川内、古鷹を連れ隊舎へと向かって森を歩いていた
しかし真夜中の森、夜戦慣れしていないサムはお約束どおり森の中で転び、そのまま坂を転げ落ちてしまう
「…おーい…大丈夫かー?」
「…ふぅぇぇえぁぁあ…」
暗闇に向かって川内が声をかけると、川内達よりも下の位置から情けない声が聞こえる
「…うう…なんか…ゴツゴツしたものが…ありますぅ…」
「「「ゴツゴツ?」」」
姿は見えないが、サムの情けないその言葉で顔を見合わせる3人
「…古鷹」
「…うん」
川内が隣に立つ古鷹の名を呼ぶと、古鷹は持っていたランタンを前に突き出し、サムのいる場所を照らす
灯りを照らされたサムは座り込んでいるが、両手で何かを持っていた
「……んー?…」
川内達が目を凝らしてよく見るがはっきりと見えない
しかしサムは驚きの表情で、両手に持つそれを凝視していた
仕方ない、と川内達はサムの転げ落ちた坂を下りると…
「…げっ」
「…まぁ」
「え…それって…」
三人はサムの持つそれを見て驚く
サムが持っていたのはライフルのようなものだった
「…M1ガーランド…じゃない…?」
サムがそう呟くと、古鷹はサムの持っていたライフルを受け取り両手で持つ
「…三八式…歩兵銃?…なんで…?」
それは旧日本軍が戦時中で使用していたボルトアクション式小銃だった
「…うへぇ…サビサビじゃん…」
「…ここは元旧日本軍の基地でしたし…でも、まさかこんなところに落ちているとは…」
ライフルを見た川内と神通も、信じられないといった表情で驚く
「…神通さーん!この洞窟って入れるんですかー?」
気がつけば少し離れた洞窟の入り口でぴょんぴょん跳ねる青いのが一人
「…行って…みる?」
「…そう、ですね…」
三人は恐る恐るサムについていく
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…こいつぁ…」
洞窟内へ入った四人が数十メートル歩くと、まるで炭鉱のような造りの通路まで到着
更にその奥にはドアノブの無い鉄扉がサム達を迎える
「うぎぎ…錆びついてて動かない…!」
押しても引いてもびくともしない扉に悪戦苦闘するサム
「…退いときな!」
ゴン、と川内は扉に回し蹴り
蝶板から外れた鉄扉は土煙を巻き上げながら横にひしゃげる
「…わぁっ!」
「…え…すげ…」
「…こんなに…」
「…武器…庫…?」
鉄扉を開けた四人は洞窟内の小部屋に到着
小部屋の中には旧日本軍で使われていた小銃や拳銃、手榴弾に爆薬等々の装備品や、木箱に入れられた缶詰めの様なものまで沢山備蓄されていた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…こりゃ確かにすげぇなぁ…」
数時間後、森の中を太陽の日が照らし始めた頃
八木はサムの報告を聞き、隊長達を連れて洞窟内に入り、備蓄された武器を見て驚く
「…ボルトアクション式ってやつか…」
八木は近くにあった三八式を手に取り、コッキングレバーを引く
「…ん…んお?…あ、ありゃ?」
錆のせいか、レバーが引ききらない
ガチャガチャとレバーを動かすも引けず
「…球磨」
近くにいた球磨に三八式を渡す八木
球磨は慣れたようにレバーに手をかけ…
『バキッ』
「クマ…レバーが取れたクマ」
「…そりゃ壊したっつーんだぜ?」
その後も八木と隊長達はいくつかの銃、弾薬を確認
しかし大戦時の武器…
殆どが錆びたり、火薬が死んでいたり腐っていたり、と使えないものばかりだった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…んで、使える武器がこれだけか…」
時刻は午前8時
基地本館作戦室
使えると判断された武器を台に広げ、腕を組んで唸る八木
「…うー…疲れたよぉ…」
サムをはじめ、洞窟から作戦室まで武器を運んできた親衛隊達は皆その顔に疲れが見えていた
「…まぁまぁ…これも訓練の1つだと思えば…」
「…神通ってほんと……まぁ別に良いけど…」
笑顔の神通に対してジト目を向ける川内
「…急に収集かけられたと思ったら武器運びなんて…」
「…」
ぼやく名取に笑顔の那珂
「…結局、最後まで元気だったのは阿武隈さんだけだったわね」
「そりゃあもちろん!なんてったってボスからの命令なんだから!」
首をコキコキと鳴らす夕張に、未だに鼻息の荒い阿武隈
「うし、お前らご苦労さん「んぁー?どうしたの?それ」
一息つく親衛隊達の元に姿を表したのは秋雲だった
「ん?…ああ、秋雲か…もう出るのか?」
「まぁーね…流石に2日も泊まっちゃったら桜龍の方心配だしね…っていうかよく見たら三八式じゃん!」
久しぶりに見たとばかり秋雲は台の上に並べられたライフルを手に取りまじまじと観察する
「…ああ。青いのが偶然見つけてな」
"沢山運んだのはあたしです!"
…という言葉が聞こえてきそうなほどの戦闘時とは違うオーラを放ち、目をギラギラと輝かせて八木を見つめる金髪ツインテール
秋雲は呆れながら阿武隈を見て
「…あー…八木っちゃ「見るな。目が腐るぞ」
ああ、そうだ、と八木は何かをおもいつき
「秋雲…桜龍への土産…いらねぇか?」
「…え?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…はわー…なんや、三八式やん…こっちは九九式か?…げ、一〇〇式もあるやん!」
「こっちは甲号…軽機関銃の十一年式…あ、これって…もしかしてアメリカのやつも…?」
時刻は午前10時 ドック
龍驤と雲龍は珍しそうに…また懐かしそうに並べられた銃器を手に取る
今まさに出港しようとしていた桜龍組の足を止めたのは、ドック内の台に乗せられた大戦時の銃器達だった
「…九七式…サキ砲に手榴弾…こんなにもよくもまぁ残ってたわね…」
「…さすが旧日本軍の基地…残ってるものなのね…」
朝雲と風雲も龍驤達に続いて目を輝かせている
「これホンマにもらってええんか!?」
「…ああ、深海棲艦は旧型…特に大戦時の兵器だと効果が抜群って話だからな…いつもの礼さ」
そう笑う八木の背後では、誰よりも銃器を桜龍の輸送船に運んだ長良型の末っ子が疲れきり、まるで真っ白に燃え尽きたボクサーの様に椅子に座り白目を剥いている
「…だ、大丈夫ですか?阿武隈さん!」
サムが差し出した水を受け取った阿武隈はカタカタと震えながら…
「…ぼ、ぼしゅの…おて…ちゅだい…」
八木の役に立てた事を喜んでいるのか、嬉しそうに白目を剥きながら水を飲む
「…まーた張り切って一人で頑張っちゃってさ…」
川内が呆れ
「…本人が幸せそうならいいのではないでしょうか…」
神通も苦笑いし
「ほら、那珂も…」
「…」
名取も汗をかいている那珂に水を渡し、それを笑顔で受け取る那珂
「…それに…桜龍の爺さん共ならそのオーパーツも使いきれるだろ」
「うん、そうだろうね」
並べられた銃器を指で撫で、そう言う八木にへらへらと笑う秋雲
洞窟で見つかった兵器のうち、使える6割を桜龍に、残りをトラックの戦力として置いておくことにした
「…あれー?…銃器だけじゃなくて手榴弾や爆薬も大量に見つかったって聞いたんだけどなー…」
秋雲は提供された銃器を見ながらそんな事を呟く
お礼として、桜龍側に提供されたのは数個の手榴弾、小銃、軽重機関銃や戦車、戦車や艦艇から外されたと見られる機銃関係だった
「…」
「…大量の爆薬を独り占めして何するつもりかにゃあ?…八木っちゃん?」
軽い言い方の割に、秋雲の顔に笑顔はなかった
「…別に…殆どの火薬が水浸しだったからな…渡せるもんが少なかっただけさ」
秋雲の目を見ずに答える八木
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ほんじゃ、行きますか」
ドック内、ドックゲートを下げ外の海水を注水した後、外へと続く大扉を開け、輸送船と鎖を繋いだ秋雲達は、微速にて輸送船を曳航しながらゆっくりと外に出る
外の海上では大扉を開けたことで穏やかだった波が小さく揺らぎ、陽の光が秋雲達を照らす
「んじゃ、桜龍に向けて出航〜」
「「了解」」
「はーい」
「あいあい」
バラバラの返事にクスクスと笑う秋雲
嗚呼、これこそ桜龍だな、と心から感じる
ドックから出航し、しばらくすると秋雲に直通通信が入る
八木からだった
『秋雲』
「ん?」
『…サムの事、加来先生によろしくな』
「…オッケー…多分二つ返事でオッケーくれると思うよ…今度来るときは物資輸送とサムちゃんの引き取りになると思う」
『ああ』
「…でも本当にいいの?八木っちゃん」
『ああ…アイツはここにいちゃあいけねぇ…桜龍でこき使ってくれた方がいい』
「…ん、わかった…艦長からオッケー出たら早めにこっち来るわ」
八木との通信を終えた秋雲は遠くなっていくトラック島のドックの方をちらりと見る
「…ん?どうしたの?秋雲」
朝雲の問いかけに朝雲は首を横に振り
「…なんでもないよ…さ、行こー」
秋雲達は桜龍に向け航路を進める
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方大穴の空いた作戦室では遠くなっていく桜龍の小型輸送船を見ながら腕時計型の通信機を下ろす八木の姿があった
「…ボス…本当に良いのかクマ?」
「…ああ。さっき妖精さんから報告があった…例の装置が完成に近いってな…」
「にゃ…制御装置にゃ?」
多摩の問いに頷く八木は、どかりと椅子に座る
「…なぁ、球磨…お前らのオーラは防御メインに振り分けてある…戦艦の砲撃に耐えられるか?」
「クマ。超弩級じゃなけりゃあ2、3発耐えられるクマ」
北洋艦隊との演習
旗艦阿武隈が鎮遠達の砲撃を食らっても沈むことはおろか、大破にもなっていなかった
八木は唸る
「…なら…阿武隈よりも耐久の強い加古はなんで奴等の魚雷一発で大破した?」
八木の問いに球磨と多摩はお互いを見る
「…わからんクマ」
「…一つ…懸念してた事があった…深海棲艦…奴等も、もしかしたら俺らと同じ様にオーラを使ってるんじゃねえか、ってな…」
八木は自身の無精髭を触りながら憶測を球磨達に零す
「…お前らのオーラの強さや流れは問題ない…装置も完成に近い……艤装を出せない奴等の武器も手に入った…」
「…」
「…」
「…まるで運命の女神にいざなわれる様だ…そろそろこの戦いを締めろって言われてる様な気さえするぜ」
「…にゃー…」
「だが…この戦いにサムは…ああ…そうだな…」
八木は言い淀み、頭を掻く
「…アイツは…巻き込みたくはねぇなぁ…ってな…」
「「…」」
「…加来先生ならアイツのこともちゃんと見てくれる…上手くいきゃあ故郷の海にも帰れるかもしれねぇ…俺らと…俺なんかとここで死ぬ必要はない」
「…クマ…ボス、やっぱり……考えは変えないクマ?」
悔しそうに、悲しそうに球磨が表情を歪ませる
「…ああ…まぁ、元々そのつもりだったからな…皆で五月雨を無事殺せたら……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時刻は正午 基地食堂
「はぁーい、沢山食べなー!」
工作艦桃取の屈託のない笑顔、そしてゲル状のおかゆ
「…サンクス…」
ここで産まれて数日、サムはこの瞬間だけが苦手だった
両の手に持つトレー
その真ん中にどかりと置かれるおたま
おたまが再び持ち上がると粘り気を帯びて落ちてくる栄養満点のおかゆ…
「…オイシソウダナー」
しおしおと縮みこむ胃の存在を確認しながら席につくサム
「…」
匙が進まず周りを見るサム
皆何も言わずに黙々とおかゆを流し込んでいく
まるで食事ではなく自身の身体に食べ物を取り入れる作業のように…
「…サムさん…?」
サムの隣で食事をしていた神通はサムの浮かない表情を見て、声をかける
「あ、いや…ええと…!…は、ハンバーグとか…食べてみたいなぁって!…あ、あはは!」
しまった、とサムはすぐに後悔する
親衛隊の匙が止まり、皆サムに視線を送っているからである
他国の客船から食べ物や衣類を強奪するのが日常の世界…自分はなんてお嬢様な発言をしてしまったのだろうと冷や汗を流すサム
「…はん…ばーぐ?」
「ハンバーグだって」
「え?…嘘…」
ざわざわと騒ぎ出す親衛隊達
こりゃやべぇ、と更に胃が痛くなるサム
昨夜の川内との対峙の時とはまた違ったプレッシャーが青いのを襲う
「…サムさん…」
「ご、ごめんなさい!その、私…違くて!…食べたいとかそーゆーのじゃ…いや、食べたいといえば食べたいんですけど…あ、うわぁー!」
言い訳をしながらあたふたするサム
神通は首を傾げ
「…はんばーぐとは…なんでしょう?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ひき肉?あるよーあるある」
厨房内、シンクにてトレーを洗う桃取にサムが問うと、にこにこと笑顔でそう返す桃取
「…冷蔵庫だ!」
旧日本軍の基地に似合わないシルバーの大型冷蔵庫
これは妖精さんの力によって作られたものである
その冷蔵庫の扉を開けると、意外にも様々な食材が保存されていた
サムは冷蔵庫を漁り
「…あ、あった…それと…うん、オニオンも…ケチャップ…あ、赤ワインもある…」
「なんかねー…たまにボスが来て持ってったり厨房でなんか作ったりしてるよー」
冷蔵庫を漁るサムを心配そうに見つめる神通
そして厨房の入り口から顔を覗かせる親衛隊面々
「なになに?何作るの?」
川内が面白そうにキョロキョロし
「…はんばーぐだって…」
名取も見たことのない食べ物を想像し
「は、ハンバーグくらいあたしだって食べたことあるし…!」
阿武隈が見栄を張り
「…」
「…クマー」
「…にゃー」
那珂が笑顔で、多摩と球磨も面白いものでも見るかのように顔を覗かせる
「材料はこれでよし、と…待っててくださいね!神通さん!」
厨房にて迷彩服ジャケットを腕まくりして意気込むサム
サムによって厨房内の椅子に座らされる神通
そしてトレーを洗う桃取
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さぁ!出来ました!どうぞ!」
厨房から食堂に移動し、神通の待つ席、そのテーブルにトレーが置かれる
「…これが…」
それは湯通しした人参とジャガイモが添えられた牛ひき肉のハンバーグだった
「これが…サム特製ハンバーグです!」
サムは慎重に小さな鍋から赤いソースをおたまで掬い、ハンバーグにかける
「…ケチャップと赤ワイン…あとすりおろしたニンニクや色々ぶっ込んだソースをかけ…て、と…」
ソースをかけられたことで湯気のたつハンバーグを見て、神通はつばを飲み込む
「…どうぞ!」
「…あ、はい…頂きます…」
神通は未知の食べ物に恐る恐るスプーンを近づけていく
つい数十分前におかゆを食べたのに、食欲を誘う匂い、湯気の温かさ…
神通では味の予想ができない
「…美味いのかな?」
「え、あ?…前食べたときは…お、美味しかったし!」
「…あれは匂いだけで満腹になりそう…」
ギャラリーの親衛隊達もざわざわと盛り上がる
ハンバーグを一欠片、スプーンで掬い、口に運ぶ神通
「…!……おいしい…」
緊張が解かれたサムは、へにゃっと笑顔になる
「でしょー!?サムのハンバーグは最高なんですよー!」
神通の匙は止まらない
そんなサムと神通の光景を見た球磨の表情は穏やかで…
「…クマー」
と、一言呟いた
「ずるい!私も一口!」
たまらず厨房へ入ってきたのは川内だった
川内は一口食べて目を瞑り、感動している神通のトレーからハンバーグを一口食べる
「…うまっ!…サム料理上手いじゃん!」
「えへへー!」
「…わ、私にも!」
川内に続き、名取と那珂も厨房に入ってくるとハンバーグのトレーに群がる
「え?なになに?」
「美味しそうな匂いねぇ…」
隊長達の乱入に愛宕や龍田等の親衛隊達も、厨房の入り口から顔を覗かせ、次々と厨房に入ってくる
「え!?…あっ…ど、どーしよう…!」
あたふたするサムの肩を桃取がぽんぽんと叩く
「…え?」
「…材料ならあるよー」
そう言って桃取は材料がたんまりと保存されている冷蔵庫の扉を開ける
「…あー…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「んまっ!」
「ほんと!おいしー!」
先程のお通夜のような時間と違って、ざわざわと大盛りあがりの食堂
そこはサム特製ハンバーグのハンバーグ祭りの会場となっていた
実はトラック島基地…
料理を作れる者が八木しかいない
元々、トラックの艦娘が少人数の時は八木が料理を作り提供していたが、人数が増えてくると自分の負担になると判断…
八木監修による、食材を入れれば自動で調理してくれる"お粥マシン"を妖精さんと共同開発
それを桃取に操作させて皆に提供している
食材は勿論…"買い物"によって手に入れている
「サム!これ美味しい!」
サムと同じ二親隊の能代がハンバーグを食べて顔を赤くしてそう声を上げる
「えへへー!良かった!沢山食べてくださいねー!」
数十人分のものハンバーグを焼いたサムは疲れを見せることなく笑顔でそう答えると、あ、と何かを思い出し、再度フライパンに油をひきはじめる
「…サムさん?」
「六親隊の皆さんと…ボスにもおすそわけしようと思って!」
神通の呼びかけに笑顔で答えるサム
サムの答えを聞いてふふ、と笑う神通
「…そうですか…何か私にできる事はありませんか?」
「そうですか!?…えっと…じゃあ…」
この日この時間の食堂と厨房では、少女達が戦うことを忘れ、見た目相応の少女達らしい雰囲気で和気あいあいと楽しんでいた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ええっ?…私達に!?」
六親隊がいる第二隊舎前
お粥と共に大量のパックでハンバーグを包んで持ってきたサムと神通は、夕張の驚きの反応に少しだけふふっとなる
「はい!サムと神通さんで作ったんですよ!」
「…へぇー…」
…と、夕張は神通をちらりと見ると、神通はさっと目線を逸らす
(…あー…もしかして…)
「ねえ、サムちゃん…神通さんは何を作ってくれたの?」
「ゆ、夕張さん!」
顔を赤くした神通が夕張を呼ぶも時既に遅し
「えーと…うん、神通さんはハンバーグを焼いてるフライパンのフタをしめてくれたんだ!」
「…うう…」
夕張は神通を見ながらにやにやと笑い
「…へぇ〜…立派なお手伝いね〜…神通さん?」
「…り、料理は今日が初めてだったんです!…もうっ!」
このままでは沸騰しそうだった神通がそう言ってむくれると、夕張はいつも通りにこにこと笑う
「ふふ、冗談よ…さ、中へどうぞ?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
第二隊舎内
大部屋のベッドや敷き布団代わりのゴザに座る体のどこかが欠損した艦娘達はサムの持ってきた食事に目を丸くする
「…なにこれ…」
「…いい匂い…」
「おかゆだけじゃないの?」
そんな中両足の無い重巡洋艦、摩耶がサムと神通を見上げる
「…なぁ、あんたらアタシら見て気持ち悪くないのかよ?」
サムはきょとんとした表情で首を傾げる
「…え?…なんで?」
「…いや…アタシ…両足無いし…顔の半分焼けたやつもいるぜ?…普通気味悪がってこの隊舎にも近づかないだろ?」
摩耶は少し寂しそうにそうい言うも、サムはんー?と唸る
「…でも同じ艦娘だから…あんまり気にしないなぁ…」
サムの返しにはぁ?と呆れる摩耶
「…そう…ですね……はい…同じ、艦娘だから…」
少し照れながら、何かの呪縛から解き放たれたように、普段笑わない神通が困り笑顔でそう返す
「…相変わらずあんたらは訳わかんない…んっ……あ、旨い!」
ぼやきながらハンバーグを一口食べた摩耶も驚く
この日、半日でサムのハンバーグはトラック島の艦娘の心を掴んだ
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はぁ!?…ハンバーグ?」
午後 八木の私室
椅子に座り、日課と言える日記にペンを走らせていると、球磨と多摩がやってきて八木にハンバーグの件を報告する
八木はふん、と鼻で笑うと、再び止まったペンを走らせる
「いらねーいらねー…ここはテキサスかよ…あと多摩…お前口の周りにソースついてんぞ」
「にゃっ!」
急いで袖で口元を拭く多摩
「でも美味しかったクマ。あんなの食べたの随分久しぶりクマ」
「…あー………んなことより訓練しとけ、訓練」
あ、と八木は何かを思い出し
「間違っても青いのに俺ん所へ持ってこさせようだなんて「もう来てるクマ」
球磨と多摩が左右に避けると、二人の背後に立っていたのはトレーにハンバーグを載せたサムだった
「……げ」
サムは眼を潤わせ、八木を見つめる
「…ボス…サムの作ったハンバーグ……食べてくれな「わかったわかった!食う!食うから!」
八木は椅子から立ち上がり、サムからトレーを奪うと机に置き
「…ったく…」
用意されたスプーンでハンバーグを一口サイズに切り、その口へ運ぶ
「…ん…んむ……うん…んまい…」
(はっ!?)
一口食べた瞬間、思わず自分の口から出た言葉にはっとする八木
ちらりとサムの方を見ると、目をキラキラと輝かせた青い娘が八木を笑顔で見つめている
「…まぁまぁだな…もう下がっていい…用があるときは無線かなんかで呼ぶ…」
「イエス、ボス!」
気持ち声のトーンが上がったサムは敬礼すると、笑顔で私室を出ていく
もそもそとハンバーグを食べる八木
「…そういや…」
八木はハンバーグを食べながらいつかの記憶を思い出す
「…アイツのメシ…どれも不味かったな…」
「…」
「…」
多摩と球磨は八木の呟きに何も言わない
「…砂糖と塩間違えるとか…途中まで作り方合ってたのに五月雨が手伝った瞬間食いもんじゃなくなったとか……んむ…」
懐かしい思い出に浸りながら、サムのハンバーグを食べる八木
球磨がちらりと八木の肩から顔を覗かせ、悪戯な笑顔で…
「…んまい…クマ?」
「うるせっ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
トラック島の時刻で午後2時を回る頃、トラック島北の海域
「…あー…しんど…まだまだ距離あるなぁー…」
小型輸送船を曳きながら母艦へ戻る桜龍輸送艦隊、軽空母龍驤がそうぼやく
「ちょっと龍驤さん?…桜龍に帰るまでが輸送なんだからね!?」
「…朝雲はなんや…その台詞めっちゃ似合うなぁー」
「…どういうことよ…」
龍驤と朝雲のやりとりを聞きながらくすくすと笑う雲龍
「…龍ちゃん…早く小野さんに会いたいからって…そう急がないの」
「んぬー!!こん船曳いてなかったらお前…!アレやぞ!?…パチパチパンチや!」
「あ、それも小野さんの口癖ね?」
「んぬーー!!「静かにっ!」
雲龍と龍驤の漫才を止めたのは、旗艦秋雲だった
風雲、朝雲はすぐに警戒体制へ
雲龍と龍驤も直ぐに艦載機発艦の準備に入る
「………なんか…いるね…」
秋雲は緊張した声色で皆にそう伝える
「総員半速…いつでも戦闘いけるように…龍驤ちゃん達は索敵機出してちょーだいな」
「…了解っ」
「…ええ」
龍驤と雲龍は甲板を広げ、索敵機を発艦
表情の堅い秋雲は一言呟く
「…こりゃ…ちょーっとマズイかもだね…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…!…発見したで!…東南東の方角!…距離…25000ったとこやな…」
「…確認したわ…これは…駆逐艦…?駆逐艦が一隻……あっ」
集中していた意識を振り払う龍驤と雲龍
「…どうしたの?龍驤ちゃん、雲龍ちゃん」
むすっとした龍驤と、ため息を吐く雲龍に問う秋雲
「…うちの索敵機がやられた…多分あん駆逐艦や…」
「…私も同じく…防空駆逐艦かしら…すごい腕ね…」
「…駆逐艦…深海棲艦?」
雲龍はうん、と頷く
「…白と黒のセーラー服…型まではわからないわ…吹雪型か…陽炎型か…」
「…こっちに向かっとる感じやなかった…討つなら今のうちや」
落とされた艦載機の仕返しをしようと意気込む龍驤だったが、首を横に振る雲龍
「…私はおすすめ出来ないわ…この海域から直ぐに出るべき」
ぴくりと眉を動かす秋雲
「…その理由は「直感よ。いつものフル装備なら勝機はあるかもだけど、輸送のための装備の私達じゃあ、もって数分…多分皆死ぬわ」
朝雲もうん、と頷く
「…それにトラックじゃあ燃料や弾薬の補給出来たけど、雲龍さん達はボーキサイトの補給は出来なかったし…」
「…せやな…雲龍が逃げ言うんやったら逃げたほうがええ…悔しいけど…」
龍驤もしぶしぶ納得すると、雲龍は口元に手を当て小さく笑う
「あら…"パチパチパンチ"はどうしたの?」
「…はんっ…小うるさいおっぱいやな」
「…どうするの?…秋雲」
騒がしい龍驤達をよそに、心配そうに秋雲に問う風雲
「……うーん…」
秋雲は様々な事が頭を過る
この先にいる深海棲艦は間違いなく五月雨だ
このまま野放しにしていいものか
自分達で戦えるか…否、雲龍の直感は馬鹿にできない
ならば自分はどうするべきか
勝ち目の無い戦いを挑むべきか…
そう考えていると、段々と空色…そして海の色も赤く変色していく
「…っ!」
「…これ…っ!…姫級…なのっ!?」
海や空が赤く染まるのは、鬼級や姫級の深海棲艦が放つ瘴気によるものだ
このように色が変わるのは、深海棲艦が近くにいる印
「…ちっ!」
秋雲は舌打ちをする
仲間がいるのに何を考え込んでいる、と自分を責める
駆逐艦の深海棲艦…ならばその速力に秋雲達はともかく、龍驤や雲龍が無事に逃げ切れる確率は低い
「…!」
秋雲は自分達が曳いている小型輸送船を見上げ
「総員!直ぐに艤装を完全解除して輸送船に乗って!…物陰に隠れて音一つ立てちゃ駄目だよ!」
「「了解!」」
「オッケーや!」
「なるほど…了解っ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『…いい?…何が起きても決して声を出さないこと…艤装展開も電探での探索もしないで…あたしが合図を出すまで身を出さないように…あと無線封鎖もすること。わかったら返事しないで…』
『…』
秋雲は船首近くのバウレールの裏に身を隠し、姿の見えなくなったとか桜龍の面々へ無線を送ると、無言の応答を聞いて艤装解除する
朝雲と風雲は運んできたコンテナの下の隙間へ隠れ、雲龍は甲板室の陰へ、龍驤は空のドラム缶へ身を潜める
聞こえてくる水の音、どんどん真っ赤に染まる大空
秋雲達の肌にびりびりと感じる圧力
(…凄い…確かに凄い圧……たった一隻のはずなのに…)
息を殺して身を潜める桜龍の面々を乗せた小型輸送船
しかしもともとエンジンをかけずに曳航していたおかげか、冷たくなったその船はどこから見ても無人の船だった
そんな輸送船に近づく黒い影
秋雲はゆっくりとバウレールの隙間から正面を覗く
少し遠目に見えるはやはり色違いの白露型制服を着た少女だった
(…五月雨…!…やっぱ五月雨ちゃ……!)
そこで秋雲の思考は止まる
ざばぁ、と海に立つ五月雨の背後の海面から大きく、真っ黒い何かが浮上してくる
まるで大きなくじらが垂直に海面から飛び出てくるように、巨大なものが五月雨の背後にゆらぎ立つ
その姿はまさに…
(……龍…)
体長20メートルはありそうな大蛇
まるで中国神話に出てくる青龍の様な姿をした化け物がそこにいた
その肌は墨をぶちまけたように真っ黒で、眼はなく、鋭く尖った牙の生えた大きな口の龍だった
(…龍って…マジの龍だったの…!?…)
驚き、目を見開く秋雲は、緊張で息が荒くなりそうになるも、直ぐに口に手を当てて、落ち着く様に静かに深呼吸する
ふしゅー、と巨大な龍は瘴気を含んだような息を、小型輸送船の上空5メートルの高さで吹く
すると…
『ダレか…だれカいまセンカー?助けテくださーイ』
「!?」
突然の声掛けに息を呑む秋雲
それは巨体の禍々しい龍から発せられた拙い声
まるでボイスチェンジャーで低くした様な気味の悪い声色だったからだ
『暁ちゃーン、比叡サーん…アレぇ…どこ行ッチャたのかなァー』
間延びした声を発しながら息を荒くして、小型輸送船を上から見渡す龍
この声は秋雲だけでなく、当然他の桜龍の面々にも聞こえているようで、皆身体が固まったかの様に動けないでいた
『…皆ー、ご飯食べマショー…綾波チャーん?』
誰もいないと思ったのか、龍はそう言いながら静かに海へ潜っていく
海面に立つ五月雨も、龍の動きに合わせて小型輸送船の横を通り過ぎようとするが、近くで隠れていた秋雲には五月雨がぶつぶつと、何かを呟いている事に気づく
(…五月雨ちゃん…)
身を潜めたまま、こっそりとバウレールの隙間から五月雨を見て、耳を澄ます
『…暁ちゃん…比叡さん…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…』
「…!」
虚ろな表情、小鳥のさえずりの様な小さな声…
秋雲はその言葉を聞いて直ぐに理解する
五月雨の呼んだ名はかつての志摩の艦娘だ。間違いない、と…
暁、比叡、綾波…
八木を慕い、最後は五月雨に殺された艦娘達…
秋雲は悔しそうに歯を食いしばる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
五月雨が小型輸送船から去ってしばらく…
赤かった海が再び青く、空が透き通り始めた頃
秋雲からの合図が全く無かった事を心配して、雲龍が秋雲の隠れていたバウレール付近へ歩いてくる
そしてその雲龍の後ろ姿を見た朝雲や風雲、ドラム缶から出てきた龍驤も船首に合流する
「…」
しかし秋雲はバウレールに背をつけ、両膝を抱えてうずくまっていた
「…秋雲…もう、行ったわよ」
雲龍が秋雲の肩にそっと触れると、秋雲はびくりと肩を震わす
「…うん…」
「…どないしたんや、秋雲…」
龍驤も声をかけるが、秋雲の表情は優れない
「…あれが…龍…なんだね…」
「…せやな…てっきりあん駆逐艦の髪の長さが龍っぽいって思っとったけど…」
「…本当に龍だったわね…」
龍驤の言葉に朝雲が答える
秋雲は再び顔を膝に伏せ
「…あんなの…あんなのに勝てるわけ無いじゃん…八木っちゃん…ホント馬鹿じゃん…」
「…」
「…」
秋雲のぼやきに言葉を失う桜龍面々
「…秋雲…これからどうするつもり?」
「…」
雲龍の問いに秋雲は何も返さない
「…トラックに戻って彼等と共に戦う?…それとも桜龍に戻る?」
「…」
秋雲の態度にしびれを切らした龍驤が秋雲の襟を掴み立たせる
「おう!秋雲!お前旗艦やろ!…うちらに指示せなあかんやろ!」
「…龍ちゃん…落ち着いて」
さっき雲龍が言ったことは事実だ
輸送任務用のこの装備で…この面子であの化け物には絶対勝てない
だけれども、桜龍にならば艦長をはじめ、頼れる"人間"が多くいる
艦隊を組み直せばあの龍に間違いなく勝てる艦娘も大勢いる
…あんな化け物だ
きっと中型船の巡洋艦ならば締め壊すことだって可能だろう
それがトラックの近くを彷徨っている
きっと八木を狙っている
…秋雲は様々な思いと想いで頭を回転させる
「…うん、ごめん…」
小さくそう返すと、龍驤は掴んでいた秋雲の襟を離す
すぅ、と秋雲は息を吸い…
「…すぐに桜龍へ戻ろう…まずはあたし達の任務を終わらす」
「…」
「…そんで…サムちゃんを引き取るだけじゃなく、八木っちゃん達の力になれないか、あたしが艦長に頼んでみるよ!」
秋雲の決意を聞いた雲龍達はふふ、と笑う
「…OK…決まりね」
「せやな。ならとっととこの海域出るで!」
雲龍と龍驤がそう言うと、秋雲もうん、と頷きバウレールから海面へ着水
「さ…そうと決まったらすぐに行くよー!」
いつもの笑顔で朝雲達を急かす
「ちょ、待ってよ秋雲ー!」
「…」
海面に降りる桜龍面々
しかし雲龍は一人だけ浮かない表情で秋雲の背を見つめる
「……ごめんね…秋雲…」
雲龍のその呟きは、誰にも聞こえなかった
雲龍は占いが得意だ
桜龍では人、艦娘問わず運勢を占ってあげることが多い
そしてその占いには絶対的な信頼がある
生まれ持った才能なのか、雲龍は他の艦娘より直感に優れ、未来予知にも似た特殊能力を持っている
"直感よ"
雲龍のこの言葉を聞けば桜龍主力航空隊も、高確率で勝てる相手でも尻尾を巻いて撤退する程である
そんな雲龍は五月雨のオーラを感じた時にはっきりと見た
少し先の未来を…
トラックへの襲撃…
血塗れの八木…
大爆発…
(…残念だけど…きっと桜龍の本隊は間に合わない…あのサムって娘の事は見えなかったけど…)
内容が内容である
雲龍は秋雲達に話すべきか悩む
着水した龍驤が振り返り、雲龍を見る
「どないしたんや?行くでー?」
雲龍はうん、と頷き
「…ええ。そうね…行きましょう」
雲龍は心の中で祈る
ほんの一つまみ…爪一つまみ程でも希望があるのなら、と…
桜龍の面々は母艦へと急ぐ
閲覧頂きありがとうございます
関係ありませんが、本編とは関係のない…ほぼ日常編のお話を紅い記憶編の前にBreakとして挿入致しました。
もしよろしければそちらもどうぞ。
それと同時投稿、さすがに疲れましたね。
次のお話の投稿ですが、多分ちょっと延びると思います。どうぞよろしくお願い致します。