紅い記憶編ラストのお話となります
どうぞお楽しみください
「はっ…はっ…はっ…おぉーい!」
「ボス!」
基地正面の階段を降り、息を切らせながら基地前に走ってやってきた八木
見れば深海棲艦の重巡が肩から毛布をかけられ、他の重巡が付き添っている
その近くにいたのは六親隊所属の北上と鳥海だった
「…こいつか…保護した深海棲艦は…」
八木が保護されたと見られる重巡に視線を下げると、彼女の隣に立つ重巡が毛布をかけ直す
[…南西を漂っていたところを、この2人と私で保護した…]
「…なるほど…おい、通信は聞いてるな?…俺達は…味方だ…門の前で何があった?」
八木がそう問うと、毛布をかけられた重巡は唇を震えさせながら八木を見上げ
[ば…ばばば…化け物だ…あのデカい龍…口からいくつもの主砲を出して…あの軽巡をバラバラにしやがった…]
「…いくつもの…主砲…?」
[…あんなのに!…勝てるわけがない!勝てない!もう私は戦いたくない!]
毛布をかけられた重巡はそう叫び、地面に座り込む
すぐに隣に立った重巡が座り込んだ重巡の両肩を擦る
「…ボス…この人なんて言ったの?」
北上も座り込む重巡を心配しながら八木に問う
「………」
(…いくつもの主砲……今まで食べた…いや、取り込まれた艦娘や深海棲艦の武器か…そんなチートみたいな事まで出来るようになったのかよ…)
「…川内が死んだところを見たんだってよ…」
そう一言言い、八木は頭を横に振る
ここまで来て作戦は変えられない
空を見上げれば先程よりも紅い光が拡がっている
「…六真隊…お前等はすぐにこの島から逃げろ…ついでにこいつをはじめとする他の怪我した奴等も連れてな…夕張にもそう伝えろ…」
八木の言葉に驚く北上と鳥海
「んな…なにそれ…わけわかんないよボス!」
「そうです!…私達は艤装は出せませんが銃器は扱え「ろくすっぽ満足に戦えない…!…そんなお前等は足手まといだ!…六真隊は今すぐこの島から出ていけ!」
「…!」
「…」
ここに来て初めて声を荒げる八木
八木の剣幕に北上と鳥海は固まる
「…お前らまで…ここで死ぬことはない…!早くいけ」
まるで自身の腹に刃を突き立てるような苦痛の表情で北上たちへそう告げると、八木は基地本館へ入っていく
北上、鳥海は顔を合わせて頷くと、北上が自身の片耳を抑え
「…こちら"火組"…やっぱボスからは逃げろって言われたんだけど…」
『やっぱりね…わかった…なら"死組"と共に準備に入りましょ』
無線の相手は六親隊隊長、夕張だった
「りょーかい」
「ええ、了解」
北上は気だるそうに、鳥海ははっきりと返事をして、二人の深海棲艦から離れていく
[お、おい!お前達…どこへ…!]
北上達には理解不能な言語で声をかけてくる深海棲艦を無視し、彼女達は第2隊舎へと向かう
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
第六親衛隊
トラック島、八木艦隊の6番目の親衛隊
夕張を隊長に、身体のどこかが欠損していたり、艤装の出せない者達の集まり
通称フリークス
しかしその面子の心はどの親衛隊の艦娘よりも強く、海に出て戦えない反面、彼女達の心に築き上げられた八木への忠誠心は我が身がどうなろうとも八木の為に戦う覚悟そのものだった
故に…
第2隊舎
隊舎 大部屋
夕張を中心に、長机にトラックの地図を広げ、覗き込む六親隊面々
迷彩ジャケットの胸と背中にティッシュ箱サイズの黒い布製の鞄を身に着けた隊長夕張は、北上達との通信を終えると小さくため息を吐く
「…六親隊はこのまま島を出ろ、って…」
「やっぱりね」
「ボスならそう言うと思った」
「逃げないっつーの」
夕張の言葉に皆笑顔を見せる
「…私達だって親衛隊…いつでも死ぬ準備は出来てるわ…」
白いハチマキを額に巻いた夕張はでも、と言ってある二人の艦娘の方を見る
工作艦、桃取と三原だった
「…あなた達も…本当に良いの?…まだ今なら止められるわよ?」
桃取と三原も、夕張や他の六親隊の面々と同じく、胸と背中に鞄を背負い、夕張にサムズアップを向ける
「もっちろん!…ってか私達は元々艤装に戦闘用の兵器なんて無いし…」
「そうね…私達の…ううん…私の命1つでボスの戦いの役に少しでも立てるなら…うん。こんな幸せなことはないもの」
「…桃取ちゃん…三原ちゃん…」
「隊長〜…北上ちゃんたちの分用意したよー」
他の六親隊の艦娘が夕張にそう声をかけると、ふん、と気合を入れる夕張
「オッケー!…どう?爆薬は使い切った?足りた?」
「大丈夫!みんなの分の爆薬は用意できたし…大淀ちゃん…多分私達が爆薬もらったこと忘れてるだろうしね」
夕張は自身の身体に背負った鞄と同じものを両手に取り、よく確認すると、小さく笑う
「……オッケー……ふふ…武者震いかしら…流石に体が震えるわね…」
「…ああ…ようやくアタシらもボスの為に戦えるからな」
夕張にそう声をかける両足のない少女
彼女もまた皆と同じ様な装備を装着している
「…ええ…さーて…じゃあ、作戦の確認するわよ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
トラック島 深夜
深夜とは思えないほどに、血のように真っ赤に染まる空、そしてトラック島の湾内
各配置についた親衛隊、及び深海棲艦部隊に通信を送る八木
『いいか…各真鋭隊ポイントA.Bに分かれての二方向攻撃だ…奴が湾内へ入り、こちらが攻撃可能距離まで近づいた後に艤装解除の装置を作動させる…』
八木の通信を誰一人返事することなく、黙って聴く親衛隊面々
南に開いた門、北に八木のいる基地本館
各親衛隊は北東、北西に分かれ湾内へ配置
深海棲艦重巡艦隊は常に門側へ主砲を向け、親衛隊達も例の洞穴で手に入れた銃器を手に緊張する
「…どうしたんですか?隊長」
北西の配置につく一親隊、青葉が基地本館をちらちらと見る阿武隈に小声で問う
「…ん……なんでもない…」
そう一言返す阿武隈は、手に持つ三八式歩兵銃を強く握る
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…とうとう…来やがった…」
基地本館、作戦室の大穴から少しだけ頭を覗かして双眼鏡で門の方を見る八木は呟く
まるで八木が大昔に見た、恐竜を題材にしたパニック映画の様に、頭を使って静かに…しかし無理矢理に大門をねじ開ける巨龍の姿が見える
「…おいおい…2年前とは比べもんになんねぇぐらいに成長してんじゃねぇか…」
八木は作戦室から見える湾内を見回し、配置につく親衛隊を確認
(…あの装備じゃあ…有効まで4000…いや、3000か…かなり寄せてからじゃねぇと装置も効かねぇからな…)
うん、と頷くと、八木は背後にいる鹿島に向けて小声で…
「…鹿島…電源を入れろ…静かにな…」
「…イエス、ボス…」
鹿島は改造冷蔵庫の扉を開け、赤い主電源のボタンを長押しすると、何も点灯していなかった装置の小さな画面が緑色に光る
主電源が入ったようだ
画面が緑色に光ると、キュィーンというファンの音が冷蔵庫の中で鳴るのを確認、八木は再び双眼鏡で目標を見ながら無線機に向け…
「…装置作動用意……んじゃあ…後は奴がこっち来るまで待機だ…間違っても先走んじゃねーぞ?…ソーローは俺だけで十分だ」
そう冗談混じりに各親衛隊に伝える八木だが、その心は気が気でなかった
(…くそ…一式砲戦車でもありゃあ良かったが…見つかったのは機関銃や小銃の射程の短いのばかり…いっそ真鋭隊の砲撃で行くか…?…いや、五月雨が深海棲艦なら銃の方がダメージを与えられるはず…っつーか五月雨の龍…デカくなりすぎだろ!…二年前はあの後ろの4匹のちっさい龍ぐらいだったろうが!)
様々な思考を巡らせる八木は頭の中の雑念を払拭し、再び双眼鏡を覗く
「…ん?」
八木、遠くに見える龍を見ていると、キィーンという風を切るような音に気づく
瞬間、球磨から突然通信が入る
『ボス!逃げるク「ボス!危ない!」
「!?」
八木の背後にいた香取が、八木に覆いかぶさるように倒れてくると同時に作戦室内が爆音とともに地震のように揺れ、爆炎が上がる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
外からの爆発音、そして建物の揺れを感じて体育座りをして部屋の隅に座っていたサムは顔を上げる
「は、始まった!?」
ここは基地本館の地下室
八木の命令によりこの地下室で強制的に待機させられたサムはこの狭い部屋でうろうろとしだす
「うー…うー………うー!」
自身のお団子を両手で掴み部屋の中を徘徊するサム
そんなサムを見て呆れるように息を吐くクジラちゃん
「…若いの…ボスの命令を忘れたか?」
「忘れてないよ!っていうか命令じゃないよ!あれ!」
「…俺に当たらないでくれ…」
"何があろうとも、朝までこの部屋から出るな"
それが八木からサムへ下された命令だった
「…出るなも何もこの部屋外から鍵かかってるんだもん…何もできないよ…檻もあの時みたいに錆びてないし…」
お団子を掴んだまま再び床に腰を下ろすサム
「…今皆で戦っているんだろう…親衛隊は練度が高い…練度の低いお前さんが加わったところで足手まといになるだ「わかってるけどさぁ!」
「…わかってるよ…足手まといなのは……でも……でもボスの力になりたいんだもん…」
そう声を小さくし、更に縮み込むサム
クジラちゃんは再度ため息を吐き
「…なぁ、若いの…俺もボスから命令されたんだ…お前をしっかりと護るようにな…だからお前はここから出るのに手を貸すことは…って、おい!何してるんだ!」
クジラちゃんの言葉を無視し、サムは部屋の出入り口となる1枚の鉄扉の鍵穴を覗き込む
「…うーん…うーん…」
ドアノブをガチャガチャと回したり、扉を押したり引いたりするサム
「…おい…若いの…」
クジラちゃんがそう声をかけると、サムは接近戦用の艤装を展開
「…よぉし…」
サムは扉を正面に息を吐き、深く腰を下ろし、右手を振りかぶり…
「おい!…わか……サム!」
ガコン
…サムの正拳突きで部屋の扉がひしゃげ、通路の向こうへと吹き飛ぶ
「…やった!…行こう!クジラちゃん!」
「……」
やっちまったな…
クジラちゃんはそう思った
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…つつ……んだ…こりゃあ…」
基地作戦室
謎の爆発のせいか、未だに作戦室内には土煙が漂っている
「……う…」
うつ伏せ状態になった八木は、自身の右手に鈍い痛みを感じ、そちらを見ると、自分の右手肘から先が無くなっており、その無理矢理破られたような傷口からは血液が垂れていた
「……ぐ…ぅ…いって…痛ぇ……」
意識が朦朧としているせいか、腕の痛みが徐々に強くなってくる
「…お、おい…香取…そこ…どいてくれ…」
自身の背中に覆いかぶさっているであろう香取にそう声をかけるが返事はない
腕の痛みに耐えながら首を曲げると、香取は頭から右の腰にかけてその皮膚は裂け、傷口には砂やコンクリートの粉が付着していた
「…かと…り…」
彼女の亡骸を見てようやく頭が動き、理解する
"砲撃された"
…と
『ボス!ボス!返事するクマ!ボス!』
球磨からの通信が入り、声が聞こえる方を見ると、香取の亡骸の向こうに腕時計型の無線機を発見
「…く…香取…悪い…」
香取の亡骸を押しのけ、倒れたまま左腕を伸ばして無線機を手に掴む
「…球磨…悪いな…まだ生きてるぜ…何が起きた…」
右腕の痛みに耐えながら球磨に返す八木
香取の事と腕のことはあえて言わない
八木が生きていたことに安堵する球磨の息遣いが無線機越しから聞こえる
『…あいつ…球磨達を無視して長距離からボスに向かって攻撃したんだクマ!』
「……いきなりチェックメイト仕掛けて来たわけか…笑わせやがるぜ…ぐ…く……」
呆れるように、自嘲するように笑う八木はちらりと大穴近くの机の方を見る
だんだんと煙が晴れていき、その机の壁には赤ワインをぶつけたように真っ赤な血が飛び散っており、付箋だらけのパソコンは壊れ、数時間前まで爆薬を配置してくれていた部下の頭は無く、胸から下の身体だけが椅子にもたれ掛かるように座り、股部分からは尿が垂れていた
「…大淀…くそ…」
『そっちはどうなっ「ボ、ボス……」
球磨の声を遮り、弱々しい声が八木にかけられる
その声の主を探すと、作戦室の奥に、右肩が潰れ腕が取れかかり、一部皮膚の剥がれた頭からは大量に出血している鹿島が、艤装解除装置を守るように覆いかぶさっていた
「鹿島!…球磨!…作戦室は…香取と大淀が死んだ!…これから装置を発動させ……」
そこまで言うと、八木は目を大きく見開く
砲撃時で飛んできたコンクリートの破片が当たったのか、冷蔵庫型の艤装解除装置の側面が凹み、モニターが割れてバチバチと電気が流れていた
「……くっ…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
基地正面
『…装置が破損した…』
八木の通信を聞いていた親衛隊の時が止まる
「嘘…」
「…く、クマ…」
球磨をはじめ、各親衛隊の思考が止まると、まだ遠目に見える巨龍は大きく口を開け、様々な主砲を覗き出させる
「…!…」
球磨は巨龍が何をやろうとしているのか直ぐに理解し、隣りにいた能代の方を向き
「能代!球磨に付いてフォローするクマ!」
「…えっ…あ、はい!」
次いで神通に向き
「神通!全親衛隊で砲撃フォローしてくれクマ!」
「…!はい!」
[…]
そう言って球磨、そして少しだけ遅れて能代が巨龍達のいる方へ航行しだす
「…二親隊、及び各親衛隊、砲撃可能な者は目標を龍に向け砲撃用意」
神通が通信で全親衛隊へ伝えると、ネっきゅんも深海棲艦巡洋艦艦隊へ通信を入れる
[…砲撃の合図を艦娘に合わせてあのデカブツへ砲撃するぞ…なお、あの二人の艦娘を絶対に狙うな]
ネっきゅんの通信を確認した各配置につく深海棲艦巡洋艦艦隊は、艤装の主砲を再び巨龍へ向ける
機関いっぱいで巨龍に向かう球磨と多摩
しかしまだ距離は長い
球磨は巨龍の口が基地本館を狙っていることに気づき、舌打ちをする
『砲撃、はじめ!』
無線越しに神通の声が聞こえると、球磨と能代の背後から大量の砲撃音が聞こえ、その砲弾は自分たちの頭上を超え巨龍に向かう
トラック艦隊、及び深海棲艦巡洋艦艦隊の砲撃、約4割程度の砲弾が巨龍をはじめ、4体の中型の龍に着弾
「…ちっ!」
しかし現時点での1番のターゲットの巨龍には数発しか当たっていなかったのか、あまりダメージは与えられなかった
巨龍は怯むことなく束になった主砲を基地に向け…
「能代!カタパルト!」
球磨が背後の能代にそう指示すると、能代は前を高速で航行していた球磨を掴み上げる
「球磨を奴の射線の高さに投げろクマ!思いっきり!」
「…!…了っ解っ!!」
能代は球磨を振りかぶり、今にも砲撃しようとしている巨龍目掛けて投げる
オーラを駆使した能代の腕力により、ミサイルのように巨龍へ飛んでいく球磨
「…クマアアアアアァァァァァアアアア!!!!」
巨龍、基地本館に向け一斉射
しかしその射程途中に小柄の軽巡が入る
球磨だった
巨龍の砲撃された砲弾が、巨龍と基地の対角線上にいる球磨目掛けて襲いかかる
…が
「クマァっ!」
能代に投げられ、空を飛ぶ球磨が、飛んでくる砲弾1つを下の海に叩き落とす
「クマクマクマクマクマクマクマァ!!」
それをきっかけに、放たれた砲弾を球磨は次々と叩き落とし、蹴り、基地に当たる可能性のあるもの砲弾の多くを高速で叩き落とす
[…なんて速さ…こんなことが…]
ネっきゅんはそんなサイヤ人よろしくマトリックスな動きを見せる球磨を見て驚きの表情になるも、直ぐに意識を変えて巨龍に向け砲撃
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ボス!」
損壊した作戦室へ入ってきたのは地下に待機させたはずのサムだった
彼女は涙目で八木の元へ走ってくる
「…大ばか野郎が…なんで地下を出て来た…「そんなことよりも手当をしなきゃ……うっ!…」
頭部のない香取と大淀の遺体を見て眉を寄せるサム
「…か、香取…さん…なの?」
頭がなくとも、床に落ちている眼鏡を見て香取と判断するサム
「…ボ…ス…その声…サム…さん…?」
装置の上に倒れる鹿島が僅かに顔をあげると、頭だけでなく、両眼をもが潰れ、目元が血が滲んでいた
「鹿島さん!」
八木の無くなった右腕を、万が一用にポケットに入れていた包帯とガーゼで応急処置をしながら鹿島の名を呼ぶサム
「…ボス…鹿島は…かし…ま…は…役に…立つことが出来ましたか…?」
潰れた眼で八木を探しながら弱々しくそう問う鹿島
外からは砲撃音が聞こえる
「……ああ…お前のおかげで…ぐっ……勝利への光が見えてきたぜ…」
腕の痛みに耐えながら、故障した艤装解除装置を一目見た八木は鹿島に聞こえないようにため息し、鹿島に答えると、彼女は安堵したかのように、溜まりに溜まった悪いものが身体から流れるように口元を緩め…
「…う…ふふ……ボスの…お役に…たてて…かし……しあわ……」
最後まで言葉を続けられずに、鹿島は装置から滑るように床に倒れ、絶命する
「鹿島さん!…鹿島さん!!」
八木への応急処置を終えたサムはすぐに鹿島に駆け寄り、彼女の頭と腰を抱き抱えるが、それ以上鹿島が声を放つことはなかった
「…はぁ…はぁ……全真鋭隊…聞こえるな?……直ぐに装置の復旧作業に入る…それまで…どうにか時間を稼いでくれ…!」
絶望を感じながら八木は無線機で親衛隊にそう命令する
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
基地正面海域
「クマァアッ!!」
2度目の巨龍からの攻撃をなんとか捌き切った球磨は海面に立ち、息を切らす
「…球磨ちゃん!こっち!」
遠目には能代が巨龍を砲撃しながら球磨に手を振っている
「能代!…あまり近づきすぎるなクマっ!」
球磨は能代にそう叫びながら中型の龍たちからの砲撃を避ける
「……ん!…」
そこで球磨は自身の身体の変化に気づく
両腕、両足と共にびりびりと痺れを感じる
(…ちっ…やっぱあの数の砲撃…身体の方がもたねぇクマ)
超人の"ような"力を持っていても決して超人ではない…
巨龍の何十、何百とも言えるような主砲の一斉射を撃ち落とせば、オーラを使い強化してある球磨の身体にも負荷がかなりかかる
巨龍が再び主砲を基地に向けているのに気づく球磨
「…まだまだぁっ!能代っ!」
「わかった!」
攻撃を受けていないはずの球磨の鼻から血が垂れる
しかし球磨は止まらない
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…妖精さん…」
基地作戦室
まだ煙が立つ作戦室内にて、ぼそりと八木が妖精を呼ぶと、ちょこんと八木の肩に乗る妖精さん
その表情はいつにも増して八木を心配そうにしている
〈…イエス、ボス!〉
「…大至急装置の修理を頼む…もうチョコもビスケットもやれねぇが…」
〈…修理には…数日はかかります…ボス!どうか逃げてください!…貴方はここで死「頼む…もう…逃げたくねぇんだ…!」
八木は片腕で床に手をやり、装置の上に飛び乗った妖精さんに頭を下げる
「…ボス…」
サムも心配そうに八木を見つめる
〈……わかりました…我らトラック、八木艦隊の妖精のお力…お見せ致します!〉
涙目を浮かべ、八木に敬礼する妖精さん
〈…マイシスっ!カマン!〉
妖精さんがそう叫ぶと、どこからともなく何十人と妖精さんが現れ、装置の中に入っていく
「…サム…この装置を和室に…はぁ…はぁ…持っていってくれ…」
「…ボスは…」
「…指揮官が居なくなるわけにゃあ行かねぇだろう…頼むぞ。サム」
苦しそうに笑う八木の言葉にサムは敬礼
「…イエス!…ボス!」
サムが装置を持って作戦室から出ていくのを確認すると、八木は壁に左手をついて立ち上がり、大穴から外を見る
「…くそ…どうすりゃあいい…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
基地正面では変わらず海岸側から親衛隊、深海棲艦重巡艦隊による龍艦隊への砲撃が続く
「…クマっ!?」
沖では能代カタパルトによって再び空へ打ち上げられた球磨が巨龍の方に視線を向けるが…
(…コイツ…!)
巨龍は基地ではなく海岸側に主砲を向けていた
「や、やめろぉおっ!!」
球磨の叫びも虚しく、巨龍の口からは再び砲撃が行われる
『ぎゃ…』
『…ぁあっ!!』
巨龍からの砲撃を受けたと思われる親衛隊の叫び声が無線越しに聞こえてくる
「どうした!?誰がやられたクマ!?」
巨龍の砲撃1つ落とすことが出来ずに海面に落ちていく球磨は無線で呼びかける
『…』
『…こちら木曽…五親隊がやられた…名取と愛宕が轟沈…龍田は……多分もう駄目だ…高雄は無事のようだが…』
『こちら高雄…隊長及び愛宕と重巡の娘が轟沈…龍田ちゃんは大破……私が囮になるので皆さんは砲撃を続けてください!』
「アホ!馬鹿なこと言ってんじゃねぇクマ!お前ら重巡じゃ遅すぎるクマ!」
ぱしゃりと海面に立った球磨は歯を食いしばる
(…ボス!…何してんだクマ!…さっさと指示しないと皆死んじまうクマ!)
悩む球磨
そしてそれは八木も同じだった
僅かにだが巨龍には動きの鈍さが見える
ダメージを与えられている証拠だ
ネっきゅん達の火力の圧しの強さに比べて、トラックの艦娘の砲撃の火力はやはり微々たるもの…
故に作戦室にいる八木はどうすればいいか悩んでいた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
作戦室内
「…くそ…接近戦かますか?…いや、あの巨体だ…効くかどうかなんてわからねぇ…だがもうそれしか…『ボス、お悩みですね?』
悩む八木に直接通信を送ってきたのは、八木がトラックから脱出するよう命令をした六親隊隊長、夕張だった
「…夕張…お前…なんで…」
『…話は後で…ここは私達六親隊が時間を稼ぎます』
「は?…お、おい!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
基地東海岸
隊舎近くのこの海岸には迷彩服に胸と背中に爆薬入りの鞄を身に着け、頭に白いハチマキを巻いた六親隊、約30人が遠くの巨龍に視線を向ける
「…全親衛隊…六親隊夕張です。これより私達が龍へ総攻撃を仕掛けますので、フォローをお願いします」
夕張は片方の耳に手を当て、トラック島にいる艦娘達に通信を送る
『ふざけるな!俺はお前らに島から出るよう命令したぞ!そうだろう北上!鳥海!』
八木のどなり超えが聴こえ、顔をしかめる北上
「…覚えてる?鳥海っち」
「…さあ?何のことかしら」
『…お前ら…!…夕張!俺はお前らにそんな命令は出してねぇ!』
八木の言葉にふ、と笑う夕張
「ええ…これは命令ではありません。私達の意思です」
『…!』
夕張は周りに立つ六親隊の顔を見渡し
「…生まれながらに身体のどこが欠損した者…戦いたくても艤装の出せない者、海に浮かべられない者…裏切られ、解体されそうになった者…かつての司令官に殺されそうだった者…貴方はそんな私達欠陥艦娘を引き取り、今日まで生かしてくれました…この恩は返しきれるものではありません」
『…』
「私達六親隊はどうにかして貴方に恩返しがしたい…その想いだけで今日まで生きてきました…そして、今日、今この時こそ貴方への恩返しをする時だと皆感じています」
『…』
六親隊の面々は桃取、三原、夕張によって開発されたシューズ型の仮艤装を装備し、海面へ浮かぶ
「…かつては戦えない自分達に悲哀したこともありました…絶望したことも…どんなに貴方を想っても主砲一発撃つこともできない…哀れな欠陥の私達…」
海岸から海面に立った六親隊は小銃や軽機関銃を構え、前方にそびえる巨龍を見据える
「…少しでも、僅かでも、微量であれど…貴方のために…貴方の力になれるのであれば…私達は戦いたい!」
『……わかった…お前達の意志…お前達の決意…よぉくわかった…そこまで言うなら俺はもう止めねぇよ……』
ふ、と夕張は微笑む
「さっすがボス…」
『…六真隊…出撃!敵を殲滅せよ!』
八木の通信はトラックにいる全ての艦娘に届く
六親隊の面々は息を大きく吸う
ボスである八木からの命令に答えるならこの言葉しかない
「イエス、ボス!」
『…馬鹿野郎どもが…!』
最後の八木の言葉は誰にも聞こえていなかった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
基地正面海域
「グマァっ!」
巨龍による4度目の砲撃を防いだ球磨は右目、鼻、耳からも血を流しながら息を切らして巨龍の周りを撹乱するように航行する
「能代!…もう一度クマ!」
「…これ以上は本当に死ぬわよ!?」
数十、数百の砲撃を高速で撃ち落とす荒業
もう既に球磨の肉体は限界を超えていた
「…構わないクマ!能代!」
「ああー!もう!」
『球磨ちゃん!六親隊よ!…目標群から離れて!」
球磨に夕張からの直通通信が入る
球磨は腕で鼻血を拭い…
「…クマ…夕張?…お前ら何する気だクマ」
『奴等にプレゼントがあるの!…だからあなた達は一度離脱して!』
「…死ぬ気かクマ?」
ふふふ、と夕張の笑い声が聞こえる
『…どうかしら…運が良ければ…そう、運命の女神が私達を見てくれているのなら死なないかもね』
「…アホ……迷惑かけるクマ…」
戦うための兵器が出せるものが少ない夕張達六親隊がやろうとしているのは間違いなく特攻だ…
どうせ爆薬でも抱きかかえながら突っ込むのだろう、と球磨はすぐに理解する
『いいえ…ボスのために戦える…ボスの力になれる…それだけで私達は幸せだから』
「……球磨達も多分すぐにそっち行くクマ…そんときはよろしくだクマ」
『…ええ…またね。球磨ちゃん』
夕張との通信を終えると、身体中から血を流した球磨は能代を引き連れ巨龍から遠ざかっていく
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はぁ!?…なんでよ!」
トラック島より北西の海上
運んできた輸送船に乗り、母艦への通信可能海域まで来れたため、輸送船の通信機器を使って桜龍と連絡を取っていた秋雲は声を荒げる
そんな秋雲をよそに、他の輸送メンバーは輸送船の甲板にて集まっていた
「…聞こえた?龍ちゃん」
「…あー…めっちゃキレてるやん…秋雲…」
手摺に両肘を乗せ、水平線を眺めていた雲龍は隣に座る龍驤へ問うと、龍驤もため息を吐きながら答える
『…秋雲…本来君達の任務は物資の輸送だけのはずだよ。それに夜間時の飛行は危険だ』
通信室内のスピーカから聞こえてきたのは桜龍の艦長、加来の声だった
「そ、それはわかってるけど…『無断の外泊…それにトラック島への戦力支援の要請?…随分とわがままじゃあないかな?秋雲』
くっ、と秋雲は眉を寄せ、無線機を強く握る
そんな秋雲を見て焦る風雲と、やれやれといったふうに通信室の壁に背をつける朝雲
「だって!もしかしたら八木っちゃん死んじゃうかもしれないんだよ!?…艦長の大切な教え子なんでしょう!?」
『ああ。八木君は私の大切な教え子の一人だ。だが彼も元とはいえ、海軍の人間だ。いついかなる時も死が常に隣に「あー!もー!そーいうのじゃなくて!」
見かねた朝雲が秋雲の肩に手を触れる
「…秋雲、気持ちはわかるけど…落ち着きなさいよ…まずは桜龍に戻るんでしょ?」
「も、もどるけどさぁ……航空支援だけでも…」
『…秋雲。君の気持ちはわかる…だが、八木君と同じくらいに、君達も私にとって…いや、私達にとって大切な存在だ…それに…入戸野さん…入戸野君も秋雲を心配しているぞ?』
「…!…ん…んんん〜…」
桜龍にて世話になってる人物が自分のことを心配している…
それを知った秋雲は顔を赤くしながら、腕を組んで悩む
『…君達は私達を父と呼んでくれる…ならば父としては娘達が心配だ。だからまずは無事帰投しなさい。話はそれから聞こう…』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お?…出てきたで」
通信室から出てきた秋雲に気づく龍驤は雲龍をつつく
「…艦長なんだって?」
半べそをかいたような表情の秋雲はモジモジとしながら
「…まず戻れって…」
「そうやろな…」
「そうなるわね」
ため息混じりに輸送船甲板から海面へ下りる輸送艦隊面々
「…すぐに桜龍に戻るよ!全速前進!」
輸送艦隊面々は再び桜龍に向けて航行しはじめる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…航路修正、南15度…目的地をトラック島北の海域へ」
『了解。航路修正、南15度』
「…次いで先発に索敵機5機、後発にジェントルメンズ全機発艦準備…日の出前に出れるように」
『了解。先発に索敵機5機、後発に菊池隊全機発艦準備』
指示を終えた髭の中年佐官、加来大佐は無線機を机に置き、椅子に深く腰を下ろす
「…なぁーにが父は娘が心配だっつの…」
加来の机の向かいで、煙草を吸いながら椅子にふんぞり返る飛行隊員の格好をした厳格な顔つきの白髪頭の男性が笑う
「…娘も心配ですが、息子も心配ですからね…いけませんか?友永さん」
加来は友永と呼ぶ初老男性に問うと、友永はがははと笑う
「いいや!悪くねぇさ!…俺等はアンタの部下だ!好きに使え!」
「…ええ。そうさせてもらいますよ」
特務空母桜龍 艦長室
日の出まであと僅かのこの時間、艦長室のランタンの灯が部屋を照らす中、加来と友永は南アジア圏の地図を広げる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『探照灯!照射します!』
それは二親隊隊長、神通の声だった
真っ暗だった海、一本の光が巨龍達を照らす
「…ありがと、神通ちゃん!…火組!射撃はじめ!」
トラック島 夕張率いる六親隊は、神通の探照灯によって照らされた巨龍と中型の龍4匹に向け、手に持った小銃や機関銃の引き金を引きながら接近する
大戦時の武器の効果なのか、巨龍達は六親隊の攻撃を受けるとほんの少しだけ怯み、後退する
「…よし!…やっぱり効いてる!」
(…艤装の主砲より、だけどね…)
『隊長。やっぱりダメージ自体は僅かっぽいね』
夕張に六親隊の他の少女から通信が入ると、うん、と頷く
「…そうね…死組、聞こえるわね?…出番よ!」
『了解、死組突撃します!』
"死組突撃します"
…夕張にそう返ってきた声は明るく、とてもこれから爆薬を抱えて死に行く者の声とは思えないほどだった
「ええ!死組の突撃後に私達火組も突撃します!」
夕張が六親隊に通信を入れると、火組の面々は巨龍に向け射撃しながら船速を緩め、代わりに火組後方にいた死組が船速を上げる
艤装を出せなくも、銃器を扱える火組
艤装もを出せず、身体のどこかが欠損し、銃器すら扱えない死組
火と死で組を分けたのはその理由だった
夕張は片腕、片目が無くとも艤装を出せることができるので、六親隊の隊長として就いているが、自身も火組として砲撃後に胸と背中に背負った爆薬で敵に突っ込み、散る覚悟だった
「…死組!突撃!」
おおおっ、と爆薬を背負った六親隊の少女達は巨龍達目掛け船速を更に上げる
巨龍を囲む中型の龍達も、六親隊が何をしようとしているのか理解し、口から覗かせる主砲を六親隊に向け砲撃
「…やらせません!」
球磨と合流した神通が叫ぶと、深海棲艦重巡の面々、残る親衛隊も六親隊を攻撃する龍たちへ砲撃を行う
「…1番乗りっ!…八木秀次万歳!」
爆薬を背負った六親隊の一人が中型の龍達の攻撃を避けながら巨龍へ到達
巨龍が真下の爆薬を背負った彼女に顔を向けた瞬間、その海面で爆発が起きる
「……死組!続けぐぇっ」
爆散した少女を見て声を上げた別の六親隊の少女は龍の砲撃により爆発を起こし、腹部から上が飛び散る
龍達の陣形の周り所々で爆発が起き、その度に少女の悲鳴が、砲撃音が鳴り、肉片が飛び散る
「火組!私達も突撃よ!」
六親隊隊長、夕張が叫ぶと、下げていた船速を思い切り上げ、手に持っていた銃器を海へ投げ捨てる火組の面々
「っしゃー!」
「行くぞー!!」
「おおぉおおー!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
基地本館 和室
大淀の働きによって壁中に爆薬を張り巡らされた和室、その畳の上に横に倒され置かれた冷蔵庫型の偽装解除装置に背を預ける八木
「…はぁ…はぁ…くっそ…血が止まらねぇな…」
「だ、大丈夫!?ボス!」
応急処置をされた八木の腕の傷口からは血が止まらず、段々と顔が青ざめていく
サムはそんな八木の背を心配そうに擦る
「…サム…お前もすぐにこの島から脱出しろ…お前如きじゃあ龍には勝てねぇ」
「い、嫌です!逃げるならボスも皆も一緒に行きましょう!」
「…アホが…」
そこへドタドタと基地内を走る足音がし
「ボス!」
和室へ入ってきたのは阿武隈だった
阿武隈は部屋中に積み上げられた爆薬を見て目を広げ驚き
「……ぁ……」
口を広げるものの、すぐに八木のやろうとしていることを察し
(…皆との…約束だから…)
以前の阿武隈ならば、怪我をした八木にすぐにでも飛びつき、サムなんかよりも八木の手を取り、すぐにでも一緒に逃げようともする少女だった
だが今の阿武隈は…
「…サム!…こっち!」
阿武隈は畳の床を靴を脱ぐことなく上がり、八木の近くにいたサムの手を掴む
「や、やだよ!私なんかよりもボスを…!」
「いい…!…行け!連れてけ!阿武隈!」
「イエス、ボス!」
阿武隈は敬礼することなくサムを抱え、肩に乗せる
「あっあぶっ!…ちょっ!下ろして!」
じたばたとするサムを無視して八木に背を向ける阿武隈
「阿武隈」
和室から出ようとする阿武隈の名を呼ぶ八木
「……!…」
阿武隈は振り返ることなくぴたりと止まる
八木はふ、と笑い
「…ありがとう…な」
自分も傷の痛みで辛いはずなのに、八木は優しく、様々な意味を込めて阿武隈にそう一言礼を言う
「………」
阿武隈は他の親衛隊よりも、誰よりも八木を愛し、崇拝する艦娘だ
ボスに背を向けるなんて、とむしろ阿武隈の方が誰かに注意するほどである
そんな阿武隈は振り返らない
否、振り返れない
これまでの2年間の想いが阿武隈の頭の中を駆け巡る
心が沸騰し、目元に涙が溜まる
息がしづらくなり、手の指々が震える
「……さようなら…ボス……大好きです…」
泣くまいと我慢し声を震わせ、そう一言だけ返し阿武隈はサムを肩に担いだまま和室から出ていく
〈…ボス…あと10分もあれば…修理が終了します〉
外の戦闘音を聞きながら、一人和室に残った八木にそう申し訳なさそうに伝える妖精さん
「…はは…ああ…悪いな…」
八木が笑いながらそう返すと、妖精さんはビシリと敬礼し
〈いえ!…引き続き早急に修理を続けます!〉
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「阿武隈さん!下ろしてよ!何やってんですか!」
基地本館を出た阿武隈とサム
サムが叫び、暴れようとも阿武隈の足は止まらない
そのまま西の港の方へ向かう
「…うるっさい!…とにかく私と一緒に来て!」
「意味わかんないよ!……止まってよっ!!」
サムがそう叫ぶと阿武隈の足はぴたりと止まる
停止したことに気づいたサムはほっと安心するが…
「…あぶぶ…どこいくつもりにゃ?」
サムは自分の向いてる方向とは逆から聞こえた多摩の声に気づく
「た、多摩さん!阿武隈さんが突然!」
「…クマー…そりゃあサムかクマ?ちっこいケツだクマ」
「…ぅえ?…球磨さん?」
阿武隈の向かおうとする道の先には多摩と球磨が待ち構えていたかのように立っていた
まだ正面海域からは爆発音や砲撃音が聞こえる
「…この娘を島から逃がすの…隊長達で決めたことだから…」
阿武隈がそう言うと、多摩はああ、と納得
「にゃるほど…ならとっとと行けにゃ」
「クマクマ」
「うえっ!?…だ、や、やだよ!…私だって戦えるよ!」
担がれたサムを無視し、阿武隈は再び足を進める
「…サム、元気でやれにゃ」
「クマー…お前はしっかり生きろクマ」
多摩と球磨は正面海域に視線を向けたまま、阿武隈に担がれたサムにそう声をかける
「…んっ!…むぉおっ!!」
「あっ!ちょっと…!」
阿武隈の肩で再び暴れ、彼女の肩から抜け出したサムは、背を向けたままの多摩と球磨の元に走り寄る
「やだよ!…私も戦っ…!」
サムの言葉は最後までつづかなかった
彼女の身体を多摩が強く抱きしめたからだ
「…た、多摩さん…!?」
「…サム……安心するにゃ…多摩たちもある程度戦ったらボスと…皆を引き連れて尻尾巻いて逃げるにゃ…すぐにサム達を追いかけるにゃ…」
「…」
止血のために頭に布を巻いた球磨は、腕を組んだまま多摩の言葉を何も言わずに聴く
「…ほ、本当に?…嘘じゃないですよね!?名取さんや神通さん…みんな一緒に…ですよね?」
「にゃ。多摩はサムのお姉ちゃんにゃ…嘘なんてつかないにゃ」
そう優しくサムを諭し、笑顔になる多摩
阿武隈は表情を険しくし、唇を噛みしめ、サムの肩に手を乗せ…
「…ほら…早く行くよ…サム」
「…う、はい…球磨さん!…多摩お姉ちゃん!すぐに来てね!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…何が…嘘なんてつかないだクマ」
「球磨型の海外艦なんてしょうもない嘘より万倍可愛いもんにゃ」
多摩と球磨は西の港の方へ行った阿武隈達を想い、軽口を叩きあう
「…ん?」
球磨が多摩の顔を見ると、彼女は少しだけ笑っていた
「…お姉ちゃん、だって」
「…多摩だって球磨の事そう呼んだことないクマ」
「呼ばれたいのかにゃ?」
「…うるさいクマ」
球磨と多摩の視線の先では夕張達の文字通り命がけの特攻により、油の切れた機械のように動きが鈍くなり、高く伸びていたその首を海面につけ唸っている巨龍がいた
「…サムだけ無線封鎖させたボス、グッジョブにゃ」
「…クマ…現状を知ったらサムは何するかわからんクマ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『全親衛隊!砲撃はじめ!』
神通の声によって弱った巨龍へ向け親衛隊、深海棲艦重巡艦隊は一斉射を行う
次々と攻撃される巨龍は唸り声を上げながら血肉を撒き散らし、その大蛇のような背中からヤマアラシの様にいくつもの主砲を様々な角度に向け、大きな口からも主砲を出して巨龍に探照灯を当てる神通に狙いを定め、砲撃
『ぐぁあっ!』
『がはっ!』
『死ね死ね死ねー!』
『高雄がやられた!』
『木曽が死んだ!』
『撃て撃てぇえ!!』
巨龍による主砲乱射
その巨龍を殺すために砲撃を行う親衛隊、深海棲艦重巡艦隊
巨龍は頭部、背中に攻撃を受け、中型の龍達も皆沈み、高雄や木曽など親衛隊、深海棲艦の重巡達も巨龍と相打ちになるように次々と死にゆく
そんな混乱の極みの中、探照灯を破壊された神通と、重巡ネっきゅんは大きく正面海域内を周り、巨龍の背後にいる五月雨に近づく
神通とネっきゅんは顔を合わせるとお互い頷き、ネっきゅんは主砲を構え、神通は接近戦用の艤装へと再展開する
しかし視線の先の五月雨は身動きすることなく、ぼうっとした目線で基地本館の方を見ている
[…我が同胞の恨み…!…沈めっ!]
憎悪を込めてネっきゅんが五月雨に向かって砲撃
しかし五月雨はふらりと上半身を少しだけ仰け反らしてネっきゅんの砲撃を避ける
[…ちっ!]
「…はぁあっ!!」
ネっきゅんが次の砲撃の為の装填をしている間に、神通が五月雨の背後から回し蹴りをけしかけるが、これも五月雨には避けられる
(…読まれていた!?)
球磨のスピードには劣るが、それでも親衛隊の面々の中ではトップスピードの神通の攻撃が簡単に避けられてしまった
すぐさま神通は回し蹴りの回転を利用し、水平に手刀を繰り出すが、それすらも五月雨には避けられてしまう
[どけ!ハーフ!]
ネっきゅんの声に神通はすぐに五月雨から離れる
同時にネっきゅんは五月雨へ砲撃する
[…取った!]
しかしネっきゅんの放たれた砲撃は五月雨の裏拳で簡単に弾かれてしまう
[なっ!?]
「…そんな!」
驚愕の表情になる神通とネっきゅん
その一瞬で五月雨はネっきゅんに一気に近づく
[…このぉ…!化け物がぁっ!!]
ネっきゅんは主砲、そして機銃を五月雨に放つ
ネっきゅんの攻撃をまるで優雅にバレエでも踊るかのように華麗に全て避ける
[…くそ!…くそ!くそ!]
「……くっ!…」
段々とネっきゅんに近づく五月雨
神通も接近戦艤装から通常艤装へと変えようとした時だった
[…!]
ネっきゅんの視界が半分真っ暗になる
瞬間、残る視界の端から暖かい水分が吹き出る
[…が…ぁ…!]
五月雨のサマーソルトによってネっきゅんの顔半分が切断された
「…ネっきゅんさん!」
[…が、がぁあ!!]
ネっきゅんに手を伸ばす神通
ネっきゅんは意識が半分無くなりながらも、最後の力を使って倒れ込むように五月雨の下半身に抱きつき、神通の方へ視線を向け叫ぶ
[…い、まだ!……殺せぇええっ!!]
「…ぁぁあああああ!!!」
ネっきゅんに捕まえられた五月雨の背後から神通の手刀が伸びる
しかし手刀が五月雨を突く直前、神通の目の前には五月雨の連装砲が神通に向けられた
「…くっ!」
五月雨は右手に持った連装砲をネっきゅんに、左手に持った連装砲を背後の神通に向けて同時に砲撃
[…がっ…!]
右手の連装砲から発射された砲弾はネっきゅんの頭部に直撃、半分になったネっきゅんの頭部は裂け、貫通した砲弾はそのままネっきゅんの左足を貫通する
五月雨の左手に持つ連装砲から発射された砲弾は神通の手刀を繰り出した右手に直撃、神通の右手が肩から砲弾の勢いによって引き千切られる
「…くっ…ぁぁああっ!!」
片腕が無くなった神通は五月雨から一歩引き、片膝をつく
頭部を破壊されたネっきゅんは背中から倒れ、そのまま海中へと沈んでいった
「…はぁ…はぁ…」
痛みを我慢しながらも、神通は目の前にいる五月雨の顔に視線を向け、表情を歪ませる
五月雨の顔は先程の虚ろな表情ではなく、まるで様々な色の絵の具を混ぜたようにぐしゃぐしゃに歪んでおり、目のあった部分と思われる場所からは血の涙を流していた
「…そんなに…そんなにボスの命が欲しいのですか!?」
思わず叫び、五月雨に問う神通
しかし五月雨は何も返答することなく両の手に持った連装砲を解除し、神通に向かって接近戦の型の様な姿勢を取る
「……っ!」
構えた五月雨は一歩踏み込み、神通に急接近する
(……疾いっ!)
五月雨は神通の首目掛けて手刀を繰り出す
神通もすぐに残った左腕で防御しようとするが、五月雨の方が強かった
「…くっ!…」
五月雨の手刀を防いだ神通の左腕は、肘から先が切断されて宙に舞う
「…ぐ…ぅ、うぅ…!」
両腕を失った神通はバランスを崩し、海面に倒れる
いつの間にかぐしゃぐしゃだった五月雨の顔は元の無表情に戻り、海面に座り込む神通に視線を向ける
「……はぁ…はぁ…ぐ…う…」
何も言わない五月雨の視線が、神通の心を刃物のように突き刺す
五月雨の背後では巨龍と、僅かに残る親衛隊達との砲撃戦の音が聞こえるが、神通は五月雨とのこのふたりきりの世界では時が止まったかのような感覚に陥る
しかしそんな神通から五月雨は視線をそらし、再び基地本館を見つめる
まるでもう戦えない神通には興味を無くしたかのように
(…情けない…!)
座り込んだ神通は無い拳を強く握る気分だった
(…もう…もう私を敵とも思わないんですね…!)
無念、屈辱感、不甲斐なさ…
神通の心は黒く、禍々しいものが拡がっていく
(悔しい…悔しい!…悔しい悔しい悔しいクヤシイクヤシイ!!)
神通の心が段々と黒いもので染まる
ゆらりと幽鬼のように海面を立ち上がる神通
その青い右眼が赤く光る
(私ハまだ戦えル!…私はマダ闘志がアル!…待ちなサイ!…待チなサイ!)
神通に背を向けていた五月雨は何かを感じ、ゆっくりと後ろを向く
そこには両腕を切断され、最早戦うことが出来ない筈の1隻の軽巡がいるはずだった
[…ボスの元二は……行かせマセン!!]
しかし五月雨の視線の先にいたのは、真っ黒に染まった両腕を持つ、深海棲艦と化した神通だった
[…ァァああアアアああっ!!!!]
まるで獣の様に五月雨に向かって飛び上がる神通
しかし理性を半分無くした神通は最早五月雨の敵ではなかった
[…がっ…!]
神通の攻撃が当たる前に、彼女の身体を切断したのは五月雨の突きだった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…あ…」
基地西の港
小型の脱出艇に乗り込むサムは何か違和感を感じて後ろを振り返る
「…どうしたの?サム」
「あ、ええと…なんか……神通さんの声が聞こえたような気がしたので…」
「……そう…」
サムにそう言われると、ロープを巻いていた阿武隈は唇を噛む
「…あ、ご、ごめんなさい!…さ!早く出ましょう!皆のためにも逃げ道を作っておかなきゃ!ですよね?」
遠くから砲撃が聞こえるこんな時でもこの娘は明るいなぁ、と阿武隈は少しだけ反省し
「そうだね……うん…って、い、言われなくてもわかってるから!」
脱出艇のエンジンをかける
古めかしいエンジン音を吐きながら作動する脱出艇
サムは遠くなっていく正面海域をちらりと見て
(…神通さん…球磨さん…みんな…大丈夫…だよね?)
サム、阿武隈を乗せた脱出艇は港から出航する
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
彼女達は戦った
巨大な敵を砲撃し、照明弾を撃ち…
圧倒的な火力の敵に立ち向かった
しかし巨大な敵も血肉を撒き散らしながらも応戦
六親隊は全て沈み、残った親衛隊達も沈んでいった
深海棲艦の重巡達も誰一人も逃げ出すことなく親衛隊と共に戦い、皆沈んだ
「…クマー…多摩」
「…何にゃ?球磨」
基地を背に正面海域に仁王立ちする多摩と球磨
まるでいつもどおりのテンションで会話する
「…何秒持つクマ?」
「…にゃ…多分14.5秒だにゃ」
「…球磨は5秒だクマ」
二人の軽巡の目の前には身体中から血が吹き出し、肉がボトボトと落ちながらも雄叫びを上げる巨龍がゆっくりと迫っていた
「…球磨はいつもそうにゃ…後先考えずに…いつも多摩が苦労してるにゃ」
「…クマ…どっちが姉かわからんクマ…」
呑気な姉妹の会話を真っ黒な巨龍は待ってくれはしない
巨龍はフラつきながらも再び口を大きく開けて束になった主砲を球磨達に向け
「…クマっ!」
「…にゃっ!」
巨龍による球磨達への一斉射
瞬間、左右に移動して避ける球磨と多摩
「…クマー…」
巨龍に大きく回り込む球磨は巨龍の視線が自分に向いていることに気づく
「…何度も砲撃を撃ち落とされたのが気に入らないクマ?…アホなやつだク……ん?…」
水平線の彼方ではうっすらと太陽の光が差し込んでくる
おかげで巨龍が口から覗かせる主砲を、球磨はここで初めてちゃんと確認することができた
束になり、球磨を狙う主砲の1つを見て球磨は呟く
「…35.6cm連装砲……改…そうか…そうだったクマ…」
巨龍からの砲撃を避けながら懐かしそうに笑う球磨
「…なんだ…アンタ…この2年間そこにいたのかクマ……比叡…」
球磨はかつての志摩鎮守府の仲間、戦艦比叡の事を思い出す
五月雨によって殺された仲間の一人、比叡…
「…すまないクマ…球磨じゃアンタを成仏させてやれそうにもないクマ!」
そう叫び、球磨は巨龍正面へと航路変更する
接近戦用の艤装へと再展開し…
「クマぁぁぁああああああ!!!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
巨龍の砲撃を避けた多摩は巨龍の背後にいた五月雨目掛けて砲撃を行っていた
サムと阿武隈は脱出し、今この場では多摩と球磨を除く親衛隊は全員沈み、深海棲艦の重巡艦隊も皆死んだ…
ならば八木の装置が修理されるまでやはり多摩と球磨で時間を稼ぐしかなかった
「…にゃあっ!!」
多摩の主砲からの砲撃
しかし接近戦を主体とするトラックの艦娘達と同様、多摩の砲撃もその精度はあまり高くなく、簡単に五月雨に避けられてしまう
砲雷撃戦じゃあ勝てない
そう判断した多摩はすぐに接近戦用の艤装に展開、速度を上げ五月雨へ接近する
「…にゃぁあっ!!」
多摩は爪を立て、五月雨に攻撃を繰り出すが、彼女の舞にも近い身のこなしで全ての攻撃を避ける
そしてすぐに帰ってくる五月雨の蹴りによる下段攻撃
動作の遅れた多摩はその両足が切断される
「…にゃ…!…ぁぁあっ!」
神通と同じ様に海面へ倒れる多摩
血が滲むほど、歯を食いしばり五月雨を見上げる多摩
対して無表情のまま、倒れる多摩の目の前に立つ五月雨は次の攻撃のため、片手を上げる
「…にゃあ………提督…」
ここに来て恐怖と死を感じた多摩は、無意識に自身のお腹を庇うように蹲る
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
〈ボス!…お待たせしました!〉
基地本館、爆薬の並べられた和室にて、冷蔵庫型の艤装制御装置に背をついて座り込む八木に声を上げる妖精さん
「………あ…ああ…」
大量の出血のせいか、顔が青白くなった八木は掠れた声を上げ、装置を寄りかかりながら膝立ちの姿勢になる
「…みんな…生きてるか…?…ようやく……終わっ…はぁ…はぁ…」
息絶え絶えの八木は装置に備え付けられていたコックを捻り、装置作動のレバーを捻る
すると、装置から"ヴン"という音とともに電磁波が発生
ドーム状の電磁波はトラック島南半分を包むように展開する
「…はぁ…は、ははは…これで……はぁ…う…」
ドサリと装置の前に倒れる八木
その目は虚ろだった
「……真…えい……聞こえるか?……誰か生きてるか?…頼む…答えて…くれ…」
八木は弱々しく畳に置かれた腕時計型の無線機に声をかけるが、誰からも返答はない
「……頼む…」
諦めかけたその時、八木は基地本館内のどこかから誰かの足音が聞こえてくるのに気がつく
「……はぁ…はぁ…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
トラック島基地正面海域
太陽の光で段々と明るくなってくる空
夏前の季節らしく清々しい、気持ちのいい風が吹くこの海
しかしそのトラック島南を囲む大門の内側の海は血で真っ赤に染まり、所々には艦娘のものと見られる腕や足等の部位が浮き、臓物や巻き散らかされた肉片等も波を漂っている
巨龍のいた場所はヘドロと腐肉が混ざったようなものがあり、その近くには球磨のものと見られる下半身が浮いている
この死体だらけの紅い静寂の世界では…
生きている者は一人もいなかった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…はぁ…はぁ…」
ざ、ざ、と基地の廊下を何かを引きずるようにな音が近づいて聞こえ、艤装制御装置を背もたれにして座り込んでいた八木は緊張する
そして…
「……よぉ…お前がチャンピオンかよ…」
そう笑う八木の視線の先、和室の入り口には全身から血を流し、両眼の部分には目玉はなく黒い穴が空き、青白かった肌は薄茶色に染まったゾンビのような五月雨が、壁に這いつくばりながら八木の元へ到達し、和室に倒れ込んできた
「…ゴ…めん…な…サイ…ご…ん…サイ…」
「…ああ…こんな時、映画なら…元の姿に戻ったヒロインと…はぁ…はぁ…再会のキスシーンってぇもんだと相場は決まってっけどさ…」
装置に寄りかかる八木は悔しそうに涙を流し、笑う
「…いつの時代も…ロミオとジュリエットの再会ってぇのは…ヒデェもんだよなぁ…なぁ、五月雨…」
ずりずりと畳を這いながら八木に近づく五月雨
その最中には五月雨の脚は千切れ、本当にゾンビの様な姿になってしまった
かろうじて五月雨と分かるのは、その黒く長い髪と、白露型特有の制服のみだった
「…ゴ……さ……イ…」
ついに八木の足を掴んだ五月雨は安堵するかのようにその足に両腕を回し、大事そうに抱き締める
しかしまるで老婆の様に弱々しく、振り払えばすぐにでも離れるぐらいの力だった
八木は片手で五月雨の身体を引き寄せる
「……おかえり…五月雨……俺も…お前をこんな姿にした責任…取らなきゃだな…」
先程までのマネキンの様な顔つきの五月雨の身体は、あの巨龍による何らかの力によって創られていたもの…
しかし八木の作動させた艤装制御装置によって巨龍は力を奪われ、自身の身体だけでなく五月雨の仮初の身体すらも維持できなくなり滅んだ
さらにこの装置の効果は永久的に続くわけではない
事実、一度破損したことで装置の効果はどこまで続くのかわからない
肉片となりその身体が没した巨龍も、この装置の効果が切れれば生き返る可能性もある
故に…
「…さぁて…んじゃあ、逝きますか」
「…さ…イ…ゴメ…さ…」
八木は腰のガンホルダーから手のひらサイズのスイッチを取り出す
これは妖精の力によって、この和室の爆薬の起爆装置と連動させる事ができるスイッチだ
八木は和室の壁に仕掛けられた爆薬に視線を向ける
「…阿武隈……サムを頼んだぞ…」
八木は震えながら、産まれたての子鹿のように制御装置に掴まりながら立ち上がる
「…レェエディーズ!…ェエン…ジェントゥメェエーーン!!」
声高々に叫び、自身の足にしがみつく五月雨に顔を向けて笑う
「…こ…今宵…!お送りしたのは……はぁ、はぁ…愛する人を一人も救えなかった憐れな…憐れなバカ男と…その男の被害者となったヒロインとの愛の…ラブストォーリィー!…」
誰に向けての挨拶なのか、八木は声を掠れされて叫ぶ
「…ゲホッ…ゲホッ…!…はぁ…豪華な花火で…ステージのラストを飾りまぁす!」
「…仲良く海のモズクに……なろうぜぇ!」
八木は嬉しそうにスイッチのボタンを押した
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
水平線から朝日がトラック島を照らし始めてしばらく
基地本館上部は強い光を放ち、大爆発を起こした
爆発後、基地上空に黒いキノコ雲が上がり、本館…爆発発生箇所と見られる作戦室、和室、及び八木の私室のあった場所からは燃える紙や壊れた椅子、コンクリートの破片等が空を舞う
ばしゃり、と正面海域の水面に一冊の大学ノートが落ちる
八木の日記帳だった
艦娘や深海棲艦…龍の流した血によって真っ赤に染まった海水に漬けられた日記帳はだんだんと紅く染まっていく
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「阿武隈さん!…今のは!?」
基地西の港から脱出艇で出航し、川を進んでいた阿武隈とサムは後方から聞こえた爆発音、そして立ち上がる煙を見て驚愕
サムはすぐに甲板から降りようとするが、それを阿武隈が止める
「ちょっと!…どうするつもり!?」
「決まってます!ボス達の元へ行かなきゃ!」
「馬鹿なこと言わないでよ!駄目だったら!」
「嫌です!嫌だっ!球磨さん!多摩さん!神通さん!わぁぁあああ!!」
半狂乱するサムを抑える阿武隈も表情が歪む
「…いい加減に…してよ!」
阿武隈、背負投でサムを甲板に転ばせる
「…いっ…!」
阿武隈は転ばせたサムの上に跨がり、ジャケットの襟を掴む
「…まだわかんないの!?ただの駆逐艦1隻で…何が出来るのよ!」
「…!」
阿武隈の口調は強い
サムもここまで表情を強張らせて怒鳴る阿武隈は初めて見た
「…いい!?…よぉく聴きなさい!サミュエル・B・ロバーツ!」
「…!?」
初めて阿武隈からフルネームで呼んでもらい、思わず緊張するサム
その額から汗が一滴垂れる
「…あなたは…あなたは…!」
襟を掴む力が強くなるも、その両眼を涙で潤わせる阿武隈
声も震え、眉を寄せる
「…あなたは…!…い"ぎ……ん……生きなさい!!」
「…阿武隈…さん…?」
掴んでた襟を引っ張るようにサムの身体を抱き上げ、サムを強く抱き締める阿武隈
「…こんな所にいちゃ駄目!…貴女は外の世界で…ちゃんと生きて!…とにかく生きなきゃ駄目!」
涙を流しながらサムに強くそう言う阿武隈
「…阿武隈…さ……うっ…」
「…」
阿武隈がサムのみぞおちを突くと、ガクリとサムの頭が項垂れる
「…サ、サム…!」
甲板の隅にいたクジラちゃんが、にじりよりながらサムに近づき叫ぶ
「…大丈夫…気を失わせただけだから…」
頭を打たないようにゆっくりとサムを抱き上げる阿武隈
「…ねぇ、クジラちゃん…」
サムを抱き上げたまま、阿武隈はクジラちゃんに優しく微笑む
「…なんだ?」
「…この船…操作って出来る?」
阿武隈の問いにクジラちゃんはうむ、と唸り
「……まぁ、できなくはない…少しばかり仲間の力を借りるがな…」
「…そう」
そう一言返すと、阿武隈はサムを抱いたまま甲板から操舵室に入り、木箱を並べた簡易ベッドにサムを寝かせる
サムの頭を優しく撫でると、甲板でサムが落とした八木のストローハットを彼女の胸の上に置き、操舵室の窓から見える川の先をじっと見て
「…クジラちゃん…この娘をお願い…あたしの役目はここまでだから…」
「…役目?」
阿武隈は頷く
「…サムを安全なところへ逃がす…それがあたしが皆と約束したことだから…」
「…」
クジラちゃんは阿武隈をじっと見つめる
「…あたし達は外では死んだ者達…本当は生きてちゃいけない存在…」
阿武隈は立ち上がり、舵輪に手を乗せる
「……ボスのためなら死ねる…誰でも殺せるし沈められる……命なんて惜しくはない…でも、それでもあたし達という存在が生きてた証があたしも…みんなも欲しかった…」
阿武隈はクジラちゃんににこりと笑顔を向ける
「…散々好き勝手やってきたあたし達のわがまま…だけどね」
「…生きた…証か…」
うん、と阿武隈は頷き、ぼそりと呟く
「…多摩ちゃんは……上手く証を残せそうだったみたいだけどね…」
「…なに?」
「ううん…だからサムが…うん、この娘が生きていてくれさえすれば…あたし達の心は…魂はきっと消え去ることはない…」
クジラちゃんは頷く
「…サムの存在こそが…お前達の"生きた証"…ということか…」
阿武隈はにひひ、と笑う
「…そういうこと!…じゃあ、あたしはもう行かなきゃ」
阿武隈は操舵室から出て、脱出艇後部のバウレールに足をかける
「…何をするつもりだ?」
「…後処理…皆をあのまま野ざらしになんて出来ないもん」
「…そうか…」
そう一言言って、クジラちゃんは尾ひれを使ってぽん、と大きく跳ね、操舵室の屋根の上に飛び乗る
「…」
3メートルほど飛び上がったクジラちゃんの超人的な能力を見て素直に凄い、と感じる阿武隈
クジラちゃんは脱出艇の正面を見て何やら震えている
「…クジラちゃん?」
「…………………ふぅ」
「…おしっこ?」
苦笑いで操舵室の屋根にいるクジラちゃんに問う阿武隈
「…いや…この川の先は海に繋がっている…その海にいる……その…なんだ……鯨たちに潮の流れを作ってもらえるよう頼んだ」
「…クジラちゃんって何者なの?」
「…ただのクジラちゃんだ……そうだな…お前達の意志は理解した…俺も…約束する。必ずサムを守ろう」
クジラちゃんは阿武隈に視線を向けることなくはっきりと言い切る
「…うん…じゃあ…ね」
バウレールを蹴って飛び、阿武隈は水面に着水
すぐに脱出艇の航路と逆に向かって航行を開始する
「…あ…サムのハンバーグ…もう一度食べたかったなぁ…」
そんな事を呟きながら基地の方へ向かう阿武隈だった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数十分後、川から下り、基地正面海域へと到着した阿武隈は小さく息を吐く
基地は1階部分をかろうじて残しているだけでほぼ損壊し、あたりにはまだ木材が燃えていたり、煙を吐いていたり…
浜辺には誰かの身体の部位が流れ着き、龍達の腐った肉片も海面を漂う
そして何より阿武隈の気分を害したのは…
「うっ……ぅぉぉえぇええあっ!!」
びちゃびちゃと足元の海面に嘔吐する阿武隈
その顔色は青白く、酷く汗をかいている
阿武隈の気分を害したのは人の焼ける臭い…
阿武隈はかつて愛した自分の提督を文字通り食べた
もちろん調理してではなくそのままだが…
それ以降、阿武隈は人や艦娘の臓物の臭いを嗅ぐといつも吐き気に襲われる
それは阿武隈のトラウマだった
「…はぁ…はぁ…う……ぅう…」
正面海域に出た阿武隈は、フラつきながらも仲間だったものを拾い集める
ただ無心に…
ただただ無心に…
「…あ」
しかし阿武隈はあるものを見つけると、その無心だった心が揺れはじめる
「…多摩…ちゃん…」
それは五月雨に両足を切断され、体中をズタズタに切り刻まれながら殺された多摩の遺体だった
「…多摩…ちゃん……う…た…ま…ちゃ……」
『あぶぶ、キレちゃだめにゃ』
『あぶぶ!あぶないにゃ!』
『…あぶぶはもうちょっとだけ落ち着いてれば良い娘にゃ。多摩が保証するにゃ』
思い出す一親隊の記憶、思い出
ここに来て無心だった阿武隈の心は崩れ、大粒の涙を流す
「…ぅぁぁあああ…あぁっ…あ…」
ばしゃりと阿武隈は海面に両膝をつけて泣き崩れる
「…ごめんなさい…!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!!」
(あたし一人だけ生き残って…!最初にみんなとボスを守るためにって約束したのに…!なんの約束も守れなかった!)
「ぁぁあああっああああ!!…ぁあああああ!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…あ…あった…」
散々泣いた後、阿武隈は工廠の壊れた扉を開ける
すると、工廠内はさほど被害はなく、サムを生み出した艦娘建造機が阿武隈を出迎える
「…」
建造機横の操作パネルを指で叩くと、電気も通っていないはずなのに不思議と建造機が作動する
建造機が動くと知って、ほっとする阿武隈
「…よぃ…しょっと…」
建造機の扉を開け、いくつもの中身の入った麻袋を建造機内に運ぶ阿武隈
中身は正面海域の死体の山々から拾った誰かの手足だった
阿武隈が最後の袋を建造機内に置くと、ベシャ、と水分を含んだ袋の音が工廠内に響く
「……あたしには…こんなことしかできないけど…野ざらしで腐るよりは…良いかな…?」
穏やかな顔でそう呟いた阿武隈は建造機から出て、パネルを操作する
(メニュー…自動解体…確認……よし…)
「後は扉を閉めれば…」
うん、と頷いた阿武隈は建造機の中に入る
肉片の詰まったいくつもの袋が並んだ解体機の中で大きく息を吐く阿武隈
「…みんな…またいつか…この海で会えたら……」
阿武隈はそこで首を横に振る
「…ううん……さようなら…みんな…」
阿武隈は涙を流しながら建造機の中から建造機の扉をゆっくりと閉める
扉がしまると、建造機は上部から蒸気を吐き、解体作業を開始する
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
[…あーあ…やられちゃった…]
トラック島より更に南の小島
遠目にトラック島を守る大壁が見えるこの島の岩の上に腰掛けた黒フードを被る少女が呟く
[…日本の軍人ってのは自爆するのが好きなのかな…?…まぁ、いいか…なかなか楽しめたし…]
死体のような青白い肌の少女は狂気じみた笑顔で笑う
[…艦娘に私達の血を混ぜる…最初シンタロウから聞かされた時は何を馬鹿なって思ったけど…悪くないね…それにバグ艦隊も一緒に殺してくれたみたいだし…]
キヒヒ、と少女は笑う
[早くシンタロウと合流して今回のデータ渡さないとねぇ…きひひひ…きひひひひひ!]
黒い雲が空へ上がるトラック島を遠目に、黒フードの少女は狂ったように笑い声を上げる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
トラック島よりも北の海域にある小島
「ちょっと…アンタ…生きてる?」
「…ん…こ…ここは…」
「…何よ…アンタ一人?」
「…ん…あ……」
「島に何か流れ着いたようだから様子を見に来たんだけど…貴女もしかしなくても艦娘よね?…名前は?」
「…サミュエル……サ…ム…」
「…サミュエルサム?…聞いたことない艦名ね…私は霞…あ、無理に起きなくていいわよ」
「…かすみ…さん?……あ、あ!…ボ、ボスは!?ここはどこ!?」
「ちょ、おち、落ち着いてったら!…ボスって誰のことよ…!「霞?誰か見つけたのかい?」
「!?…し、司令官…!」
「…???」
「…おや…おやおやおや…君は…」
「…あ、あの…司令官…この娘は流れ着いたこの船に一人で乗ってて…あの…」
「…ふふふ…ああ、そうか…なるほどなるほど…」
「…?」
「…君も"棄てられた"艦娘なんだね?…可哀想に…」
「ち、違いますよ!…私は…!」
「大丈夫…大丈夫だよ…君ももう僕達の家族だ…そうだ。家族として受け入れよう…」
「…え…あの…」
「…許せない…腐った海軍…堕落した上層部…これは天誅だ…そう。天誅を奴等に与えるべきだ…そうだ…ふ、ふふふ…天誅…天誅だ…」
「…ねぇ、司令官?」
「ん?…ああ…あはは…すまない…」
「…え、ええと…ボスは…?」
「………ああ…そうだ…実は君のボスからお願いされてね…自分の代わりに君を匿うように、と…」
「…」
「ほ、本当ですか!?…ボスがそんな事を…」
「…ああ、勿論だとも…だから…さぁ、この手を取って…必ず君のボスに会わせてあげよう」
「は、はい!」
「ようこそ……横須賀鎮守府、赤松艦隊へ…」
たまには後書きらしい後書きを…
無事、紅い記憶編本編は終了致しました
長編になるたびに話数が増えていってる気がしますが…はい、実はこれでも短くしているんです…
今回は今までのお話の雰囲気とは違い、少しだけ戦闘色多めとなっています。これはもともと紅い記憶編のお話を大本営の資料室の最初に考えていたから、という理由があるわけなんですが…
改めて書ききったあとに感じるのは…
こ れ 一 本 で い か な く て よ か っ た
本当、戦闘モノで書ける人尊敬しますね
まぁこれはこれで…はい。良いかな、と…
サムの協力の下、アイドルの夢を捨てきれない声の出ない那珂ちゃんのコンサートとか、名取の洗脳のトラウマをサムが和らげたり、などサブストーリーをいくつか考えていたんですが、それやっちゃうと⑪じゃおさまらないので…はい、割愛しました
次回が例の鎮守府、次いで資料室シーンアンド関係者のその後…その後紅い記憶編の前日譚をやった後に再度短編モノを混ぜていこうと思います。
それに関係して、短編モノで頂いたリクエスト(こちらは短編モノでは最優先)とは別に、短編モノのアンケートをとってみようかと思います。
はい、新たな試みですね。
きっと優しい皆様であればクリックしていただけると信じて、後ほどアンケートを投下させていただきます