大本営の資料室   作:114

6 / 96
はい

どうぞ


File6.大隅警備府自殺案件⑤

 

 

 

大隅警備府

医務室

 

 

ここは切り傷や打撲など訓練や日常生活で怪我をした者、提督には言えない身体の周期的な悩みを持つ者、仮病でベッドを借りに来る者のための医務室である

 

 

そして現在は気を失った本郷提督がベッドを使用していた

 

 

「…先生…提督は大丈夫なの?」

 

 

本郷の寝るベッドの縁に心配そうに張り付く川内が白髪混じりの髪を束ね、白衣を着た中年女性に問いかける

 

 

 

「そうだねぇ…腹部や顔にアザは出来てるけど身体の骨は折れてる感じは無いし…意識を失ってるだけだと思うから死にはしないよ」

 

 

「…本当に?」

 

 

 

「だーいじょうぶだよ。いろいろと溜まった疲れもあるんだろうね…今はゆっくり休ませてあげな」

 

 

 

 

中年女性はそう言って本郷から少し離れタバコを吸い始める

 

 

 

 

「…おばちゃん!」

 

 

 

 

医務室の扉を勢いよく開けたのは深雪だった

 

 

 

「先生って呼びな!がきんちょ!あと提督さんに響くから大声出すんじゃないよ!」

 

 

 

「…先生の方が声大きくない?」

 

 

 

川内は静かにツッコむ

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「…あぁ…よかった…本当に…」

 

 

 

中年医師から話を聞いた深雪は胸を撫で下ろす

 

 

「…本当はちゃんとした病院に連れてった方が詳しく解るんだけどね…大井ちゃんの話聞く感じだと明日の朝まで時間無いみたいだからねぇ…」

 

 

 

 

中年医師は吸ってたタバコを灰皿に擦り付ける

 

 

 

 

「ったく!武藤のクソが!…ウチらの提督さんをよくも痛めつけてくれたね…!」

 

 

 

 

中年医師がそうぼやくと大井と川内は黙ってしまう

 

 

 

「…大井ちゃんに川内ちゃん…あんたらが気にしたらだめだよ……提督さんの為にも元気を出しなさい」

 

 

 

「…うん」

 

 

「…はい」

 

 

 

大井と川内は小さく返事をする

 

 

 

「…で?提督さんのことは電ちゃんには言ったのかい?」

 

 

「…いや、今は寮の部屋で待っててもらってる」

 

 

 

中年医師の問いに深雪が答える

 

 

 

「…その方がいいね…あの子は提督さんによくついて回ってたからね…今の状態の提督さんを見せられないよ…」

 

 

 

 

 

部屋の空気が静まり返る   

 

 

 

 

「…さぁてさて…怪我もそうだけど…こっちの方はどうするかね…」

 

 

 

中年医師は紙を取り出す

 

その紙を凝視する川内

 

 

 

 

「…先生…なにそれ」

 

 

 

「ん?…うつ病の診断証明書…提督さんのね」

 

 

 

中年医師の手にある診断証明書

実は今朝、武藤中佐とのやり取りの時に以前本郷を診てくれた町医者の老医師が診断証明書を取りに来ない本郷を心配して直接警備府まで持ってきてくれていたものだった

 

 

 

「…やはりちゃんと入院させるべきです」

 

 

 

 

大井ははっきりとそう答える

 

 

 

 

「…でも軍の病院はねぇ…」

 

 

 

 

「なぁおばちゃん…軍の病院ってそんなヤバイのかい?」

 

 

深雪は中年医師に問いかける

 

 

 

「だーから先生って呼びな!…あそこは病院じゃないよ…そうだねぇ…大本営の方は病院としてまともに動いてるけど、西海支部の方の軍病院は言っちまえば精神障害者の収容施設だね」

 

 

 

「し、収容施設…」

 

 

 

深雪はごくりと唾を飲み込む

 

 

「そう、治療なんてさせないで不衛生な廊下のその辺で雑魚寝させて、入浴はなく、食事は日に一回…そこに入るくらいならアタシはガラスの破片で自分の首カッ切るね」

 

 

 

「「「……」」」

 

 

 

 

中年医師の説明を聞き、恐怖で固まる3人

 

 

「…ちゃんとした病院に入院させましょう」

 

 

 

 

大井は改めて言い直す

 

 

 

 

「ならアタシの方で病院は探してみるよ…この診断書をくれた先生にも相談してみる」

 

 

 

「…ありがとう、おばちゃん…」

 

 

 

「…アタシや守衛さん…あんたら艦娘以外の職員も提督さんにはよくしてもらってんだ。これくらいどってことないよ…あと先生な?」

 

 

 

 

 

「…じゃあ、提督さんが目を覚ましたらあんたらに内線入れるから…さっさと出ていきな…患者の身体に障るから」

 

 

 

「はい」

「うん」

「はいはい」

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

大井、川内、深雪が医務室を出ていった後、小さなノックが医務室に響く

 

 

 

「ん?…誰だい?」

 

 

 

中年医師が問うと医務室の扉が開かれ心配そうな表情をした小さな少女が入室してきた

 

 

 

「…電ちゃん…」

 

 

 

 

中年医師は本郷の寝るベッドに視線を送る

 

ベッドは天井から吊るされたカーテンで隠れていた

 

 

 

「…どうかしたのかい?」

 

 

 

「あ、あの…こちらに司令官さんが運ばれたとお聞きしたのですが…」

 

 

 

電はカーテンの閉められている部屋の一角をちらちらと見る   

 

 

 

「…提督さんはついさっき他の病院に救急搬送されたよ。どうも武藤中佐と喧嘩したらしくてね」

 

 

 

医師の言葉に電は驚く

 

 

 

「…え…そう、なのですか…」

 

 

 

 

「大丈夫電ちゃん、心配しなくても提督さんはキチンと帰ってくるよ」

 

 

 

「…はい」

 

 

 

「…失礼、しました」

 

 

 

 

とぼとぼと医務室から出ていく電

 

そんな電の背中を見て中年医師は心を痛める

 

 

 

「…あんな良い子を心配させて…眼ぇ覚めたら叱ってやんないとだねぇ…」

 

 

 

 

 

本来は秘書艦の電にはちゃんと全てを話すべきだろう。だが彼女は本郷とあまりにも近すぎた。

 

うつ病のこと、武藤中佐からの嫌がらせの事を話せば人一倍責任感の強い電はきっと耐えきれない

 

 

 

大井達や中年医師はそう考えていたのだ

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

青年は目が覚めると、見知った天井が眼の前に広がる

 

(…医務室…か…?)

 

 

 

本郷は自分が医務室のベッドで仰向けに寝ている事に気づき、ベッドから起き上がる

 

 

「…ああ…そうか……」

 

 

(武藤中佐が来て…殴られて…)

 

 

全身に痛みが残る中、ベッドから降りる

 

窓の外は暗く、壁に掛けられている時計を見ると18時を指していた

 

 

 

「…先生……出掛けてるのかな…」

 

 

痛みの残る身体にムチを打って医務室から出ていく

 

向かう先は決まっている

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

薄暗い廊下を壁に手をつき歩く

 

(そうか…今は夕食時…みんな食堂へ行ってるんだな)

 

 

そう思いながら本郷は今夜の夕食のメニューを想像する

 

 

(ハンバーグ…カレー…ウチは間宮がいないから食堂の食事はおばちゃんが作ってくれてるんだよな…)

 

 

廊下を歩く本郷の足は止まらない

 

 

(物凄く美味しいって訳じゃないけど…おばちゃんが作ってくれる料理はどれも懐かしい味がして嫌いじゃなかったっけ…)

 

 

ふふ、と笑い、廊下を進みながら食堂で食べた物を思い出す

 

 

 

長い様で短い旅も終わり

 

執務室に到着した本郷は執務室の扉を開ける

 

 

中は悲惨…机やソファーが散らかったままだった

 

 

「…あはは…凄いなぁ…」

 

 

執務室の光景を見て僕は他人事のように呟く

 

そして窓辺にある執務椅子に座る

 

 

「…色々あったなぁ」

 

 

大隅警備府に来たときの事を思い出す

 

 

「横須賀や呉の鎮守府のように大きくない警備府だから初期艦は選べなかったっけ」

 

「でも初めて僕のもとに来てくれた深雪は本当に気の良い子で…一緒に警備府を運営して楽しかったなぁ」

 

 

(…川内)

 

 

「そういえば…初めての軽巡が川内だったっけ…忍者みたいな身のこなしでかっこよくてさ…その後来た大井と一緒に頼れる姉貴って感じで…」

 

「それに金剛…初めて金剛が来たときには戦艦の彼女がとても眩しく見えたもんなぁ…」

 

 

…そして

 

 

「電には…ずっと迷惑かけてたよなぁ…最後まで…」

 

執務椅子に背中を預け

 

 

「せっかくプロポーズまでしたのに…最後の最後で勘違いされちゃった…」

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

最期の執務作業を終えた本郷はペンを執務机に置く

 

 

そして目を瞑り今までの事を思い出す

 

 

 

かつての同期だった者を蹴落とし

 

父と兄に騙され

上官に陥れられ

 

愛する人を裏切る

 

 

「電…みんな……最後に……」

 

 

そんな本郷の末路は

 

 

 

『ギシッ…ギッ…』

 

 

 

とても呆気なかった

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 

 

 

 

「提督がっ!?」

 

 

 

 

夕食を終えた中年医師から大井に内線が届き、川内、深雪と共に医務室へ急いでやってきた

 

 

 

「…どういうこと…だよ」

 

 

 

深雪達は綺麗に畳まれたシーツが置かれたもぬけのベッドを凝視する

 

 

 

すると中年医師が少し焦ったように答える

 

 

「…食堂から戻ってきて…提督さんの様子を見ようとカーテンを開けたら…もういなくてね…」

 

 

「同じ階のトイレにもいないし、他の部屋にもいないし…」

 

 

 

医師はそう言い医務室の椅子に力が抜けるように座り込む

 

無理もない

提督が目を覚ましたら大井達に知らせると言いきった数時間後に提督が消えたのだ

 

 

「…分かりました…私も警備府の方を探してみます」

 

 

そんな姿の中年医師を見かねて大井が手を上げ

 

 

 

「…警備府の周りも捜してみるよ」

 

 

川内が動き

 

 

 

「あたしも寮回ってみるよ」

 

 

深雪も頷く

 

 

 

「…やっぱ皆にも手伝ってもらった方が良いんじゃないかい?」

 

 

 

中年医師は絞り出すような声で大井達に提案する

 

 

 

「…いえ…他の子達に伝えれば混乱に繋がる可能性があるので…」

 

 

 

こうして大井、川内、深雪による提督の捜索が始まった

 

 

 

結果で言えば3時間ほど警備府の敷地内を捜しても彼女達が本郷を見つけることは出来なかった

 

 

艦娘寮、食堂、訓練所、演習場、警備府内の部屋、果ては警備府近隣の雑木林内

 

 

 

 

 

そんな中、大井は最後に執務室の扉の前に立つ

 

 

執務室

 

本郷や電と共に執務に励んだ…執務の合間に駆逐艦の子達や軽巡の子達ともお喋りをした思い出の詰まる部屋

 

 

しかし今朝の武藤の愚行で荒らされてしまった部屋

 

 

 

意を決した大井が執務室のドアノブをゆっくり回すと扉が開く

 

 

中は照明が消えており、人のいる気配はない

 

 

月明かりに照らされた薄暗い執務室、大井が目を凝らすとまだ荒らされていなかった本棚の横にあるコート掛けには司令官の夏期用の士官服が上下とも掛けられているのが見える

 

 

 

「…此処にもいない…か…」

 

 

 

 

人の気配が無い執務室の扉を閉める

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「…今日はもう遅いから…明日また捜索しましょう」

 

 

 

 

23時を回った頃、再度集まった3人に大井が発する

 

 

数時間敷地内を捜し回ったため、各々疲れが表情に現れ、そろそろ12月に入るのに川内は背中から湯気が出ていた

 

 

警備府近隣の雑木林を本郷を捜索するため走り待ったためだ

 

 

「…私は…まだ捜すから」

 

 

 

「あ、おい…川内っ!…」

 

 

 

深雪が声をかけるも川内は闇の中へ溶け込んでいく

 

 

 

「…でも確かに今日はこれくらいにしといた方がいいかもな…そろそろ戻らないと電にも怪しまれるし…」

 

 

 

深雪はそう言って艦娘寮の方、電と過ごす部屋の窓を見る

 

明かりはまだ付いていて電がまだ起きてることが解る

 

 

 

「電ちゃん…昼間来たんだよ…医務室に…」

 

 

 

「え…そうだったのか…」

 

 

 

 

「アタシさ…ぼろぼろになった提督さんを見せないようにって電ちゃんを医務室から追い返しちゃったんだけどさ…」

 

 

 

中年医師は涙声になって訴える

 

 

 

「今思えば…アタシ…悪いことしちゃったなぁって…電ちゃんも心配してただろうに……」

 

 

 

夜空の雲が晴れ、月明かりが警備府を照らす

 

 

そこで大井と深雪は中年医師が涙を流しながら肩を震えさせて声を発していることに気づく

 

 

 

 

「…あんたらに元気出してなんて言っておきながら…不甲斐ないよ…ほんと…」

 

 

 

そう言ってポケットからタバコを取り出し口に咥え、火をつける

 

 

「深雪ちゃん…大井ちゃん…こんな役立たずでごめんよぉ…」

 

 

 

 

 

「…そんなこと…ありません、むしろ私達の方が…」

 

 

 

 

大井は言いよどむように中年医師をフォローする

 

 

 

 

 

 

その後、大井、深雪は寮へ戻り、中年医師も医務室に戻る

 

 

 

不安と不満、焦燥感を残して

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

日が昇る

 

川内は警備府近くの波止場で目を覚ます

 

 

 

コンクリートの上に仰向けのまま寝転がり、空をじっと見ていると、視界の上から軍帽が覗き込む

 

 

 

「…本当に川内は夜戦が好きなんだね…"夜戦突入ス"の入電から帰投報告がないから心配して此処まで来たけれども…まさか今の時間まで寝てたとは…」

 

 

 

安心した本郷は帰ってこなかった川内の様子を見に来ていた

 

 

 

「あはは…おはよ~提督…まさか提督自らお出迎えなんてね」

 

 

 

川内は仰向けのまま眠そうに笑う

 

 

 

 

「…提督も夜戦やってみる?…楽しいよ?」

 

 

 

 

「…いや、僕は川内達とは違って非力な人間だからね…役には立たないよ」

 

 

 

 

あきれた風に本郷は川内に言葉を返す

 

 

「…そんなことないって…提督のお陰でさ…」

 

 

 

 

 

(…提督のお陰で…)

 

 

 

 

 

 

 

 

改めて川内は目が覚める

 

 

 

夜明け前の波止場、コンクリートの上で仰向けのまま寝ていたらしい

 

 

 

 

「…夢…」

 

 

 

 

起き上がり周りを見回す 

 

当然本郷の姿はない

 

 

 

 

 

「提督……どこ行ったのよ……」

 

 

 

 

仰向けのまま、川内は右手首で目元を隠す

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇   

 

 

 

 

 

早朝

 

 

 

心配を胸に秘書艦は執務室へと脚を運ぶ

 

 

中年医師の話だと本郷は救急搬送されたとのことで執務室には誰もいるはずがない

 

 

 

そう考え、しかし警備府の機能が停止しないように、せめて本郷がいない間だけでも執務を進め、できる限り施設を運用しておこうと考えていたのだ

 

 

 

 

「はぁ…本郷さん…大丈夫かな…」

 

 

 

艦娘の中でも上位を争う程、誰に対しても優しい電

 

これは電の史実に関係することからその性格に影響しているのだろうが、本郷岳人という人間に影響されてということもあり、大隅警備府の電は他の九州の鎮守府ではトップの優しさと甘さを誇る

 

 

 

 

「失礼します…」

 

 

 

いつもと同じ時間、いつもと同じタイミングでいつも入室する執務室の扉を開け中に入る

 

 

しかしそこはいつもの執務室ではなく散らかった執務室が電を出迎えた

 

 

「…まずは片付けからする…の……で…」

 

 

 

位置のずれたソファーから部屋奥の本棚、その横のコート掛けに視線が動く

 

 

いつもの執務室にはない"もの"がコート掛けに掛かっていた

 

 

 

否、吊られていた

 

 

 

 

「ほ、本郷…さ……い、や…いやぁ……」

 

 

 

電は膝の力が抜け、その場に座り込んでしまう

 

 

吊られた"それ"から視線を外せぬまま

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

1時間後、救急隊と憲兵察が警備府内をせわしなく駆け回る

 

 

電が執務室に入った数分後、朝の散歩に出ようとした白露が執務室で首を吊る本郷と放心状態になった電を発見し、憲兵察に通報した

 

 

後に、事件性は低いと見られたが、念のため憲兵察から特に関係してた大井、川内、深雪、中年医師が簡易的な聞き取りを受けた

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「…だからっ!武藤中佐が関係してるんだって!…アイツが提督を追い詰めた大きな要因なんだよ!」

 

 

 

 

聞き取り室として警備府の空き部屋で2人の憲兵に向け強く言い返す川内

 

 

 

「武藤中佐殿は関係ない。これは事件でも事故でもない…ただの個人の自殺だ」

 

 

 

若い憲兵がそう言いきり、中年の憲兵も続ける

 

 

 

 

「本郷提督はご家族とのトラブルで心身共に衰弱してたんだよ…海軍は関係ないし武藤中佐殿も関係ない…君達の聞き取りも十分だからもう出ていっていいよ」

 

 

 

「あんたら……っ!!……もういい!」

 

 

 

川内は部屋の扉を強く開け部屋を出ていく

残ったのは憲兵2人

 

 

 

「…武藤中佐殿もやり過ぎだよなぁ」

 

 

 

中年の憲兵はタバコを取り出し口に咥える

 

すかさず若い憲兵はマッチの火をつけ中年憲兵の咥えるタバコに火をつける

 

 

 

「…ですが艦娘が何をいったところで何も変わりません…とりあえず適当な理由をつけてさっさと処理しましょう」

 

 

 

 

「んー…そうだな…武藤中佐殿が関わる事からはとっと手を引くのが吉、だな」

 

 

 

 

 

 

その二人の憲兵達の話を部屋の外で川内が聞いていた

 

 

「…」

 

 

彼らの話を聴き終わった川内は早足で廊下を進む

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

工廠

 

 

普段は艦娘の建造、また兵器の開発を主とする工廠

 

 

しかし哨戒活動任務が多いここ大隅警備府では大きく稼働することはなかった

 

 

故に軽巡、夕張のほぼ趣味部屋となっていた

 

 

 

その工廠の主、夕張は作業机に頭を伏せていた

 

 

 

無理もない、いつも通り出撃命令があるまで趣味の開発に励もうとした時に本郷の訃報を知ったのだ

 

 

趣味どころではなくなっていた

 

 

 

 

 

そんな工廠の扉が勢いよく開く

 

 

 

「やぁ、夕張!今いい?いいよね?」

 

 

 

 

「…え、川内さん?…なんの用よ」

 

 

 

 

腫れた目をして川内の方を見る夕張

 

 

 

 

「…ちょっとさ…私に協力してくれない?ってか、協力して」

 

 

 

 

川内は夕張に真顔で迫る

 

 

 

 

「え、なになに…近い近い近い…」

 

 

 

 

「…お願い…提督のためなの…」

 

 

 

 

 

真顔で、しかし夕張から少しだけ目線を下げ、悲しそうに、悔しそうに言葉を溢す

 

 

 

 

「…!?」

 

 

 

夕張はぐっと握り拳をつくる

 

 

 

「…何をすればいいの?」

 

 

 

 

 

夕張の表情は覚悟を決めたそれだった

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

寮の談話室に十数人の艦娘達が集まっていた

 

みな本郷が居なくなったことでこの先どうなるかと不安になっているもの達だ

 

 

1人はいまだに泣いており、1人はそれを慰め、1人は窓の外をぼんやりと見ている等々

 

 

誰かが話を進めるわけでもなくただ集まっていた

 

 

この談話室に来てない残りの者は寮の部屋で泣いていることだろう

 

 

 

ちなみに秘書艦である電が医務室で休んでいるため、大井が代わりに西海支部の方へ報告と相談をしに行っている

 

 

 

「…この先…私たちはどうなるのかしら…」

 

 

 

 

駆逐艦如月が呟く

 

 

 

 

その声に皆が如月に注目する

 

 

 

「…如月ちゃん…」

 

 

祥鳳が如月に近づき優しく抱きしめる

 

 

 

「う、うぅ…」

 

 

抱きしめられ涙する如月

 

その光景を見た伊勢は苦虫を噛み潰したような表情になり

 

 

 

「だ、大丈夫だよ!…その…多分私達は他の鎮守府に振り分けられる…と思う…戦えない訳じゃないし…」

 

 

 

 

伊勢はハッキリとは言えない

こんなことは初めての経験なのだ

 

せめて空気を読むのが上手く、的確なことをはっきりと言える妹がいればもう少しこの場を救えるのに…と伊勢は悩む

 

 

 

「…」

 

 

 

がちゃりと談話室の扉が開く

 

 

「あ…」

 

 

「電!」

 

 

「電ちゃん」

 

 

 

 

扉を開け談話室に入ってきたのは虚ろな目をした電だった

 

 

 

 

「…電…大丈夫…なのか…?」

 

 

 

電に1番に駆け寄ったのは深雪だった

 

深雪に話しかけられる電は力なく笑う

 

 

「……大丈夫、じゃ、ないのです」

 

 

 

 

大丈夫じゃない、電は深雪にそう返した

 

 

 

 

「…電…辛いだろうけど…」

 

 

深雪が電を慰めようと口を開いたときだった

 

 

 

 

「深雪ちゃん…電はまた待てば良いのですか?」

 

 

「…え?」

 

 

 

「電はまた待てばいいのですか?いつまで待てばいいのですか?どこまで待てばいいのですか?」

 

 

 

談話室の雰囲気が重くなる

電は深雪の目だけをみて淡々と続ける

 

 

 

「そうやっていつもいつもいつもいつもいつも…大井さんと川内さんと…電を仲間はずれにして楽しいですか?ねえ深雪ちゃん」

 

 

 

 

深雪は一歩後ずさる

 

 

 

「や…あたしは…電のことを…」

 

 

 

 

「電のことを思って何なんですか?大丈夫?……大丈夫なわけないでしょ?…本郷さんの姿みた?見てないよね?私がどんな気持ちだったかわからないよね?」

 

 

 

 

電の豹変ぶりに深雪の目から思わず一通の涙が流れる

 

 

 

「い、電ちゃん!」

 

 

如月を抱きしめたままの祥鳳は電に声をかけるが電は深雪から目をそらさない

 

 

 

「…本郷さん…特別背が高い訳じゃなかったけど、白い士官服、すごく似合ってたの…私は本郷さんの士官服姿、とても好きだったの」

 

 

 

 

電の手が震える

左手には1枚の紙を握りしめている

 

 

それが何なのかを今電に聞く勇気を持つ艦娘はここにはいない

 

 

 

 

「…首がね…ちょっと伸びてたの…10センチくらい…それでね?両手の指の爪がほとんど剥がれてたんだ…それにズボンが少し下がっててね…下には」

 

 

 

 

「電ちゃん!もうやめて!」

 

 

衣笠は電に強く呼び掛ける

 

 

「…下には本郷さんの糞尿が垂れてたんだよ…顔も本当に青紫になってて…首吊りって…そんなん……なんだよ?…」

 

 

 

 

 

若葉と卯月は口を押さえ、祥鳳は口を開いたままなにも言えない

 

 

深雪の涙も止まらない

 

 

 

「そんな本郷さんの姿見て…大丈夫だと思う?…ねえ?」

 

 

 

電は深雪の胸ぐらを両手で掴み引き寄せる

その時持っていた紙を床に落とす

 

 

「ねえ!答えてよ!何を思って大丈夫なんだよっ!言えっ!言えよっ!」

 

 

 

 

「まずいっ!五十鈴!」

 

 

「…うん!」

 

 

 

伊勢は電の方へ駆ける

五十鈴は深雪の方へ

 

 

 

深雪に掴みかかる電を押さえる伊勢、五十鈴は深雪の肩を引っ張る

 

 

「言えっ!言えぇぇえーーーー!!」

 

 

 

 

「電!もうやめて!!」

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ…はぁ…」

 

 

 

 

「う…ぅ……ぐすっ…」

 

 

 

 

伊勢に押さえられた電

 

 

五十鈴に保護される深雪

 

 

 

電と深雪とで互い5メートル程の距離が空く

 

 

 

 

「冷静になってよ!貴女秘書艦でしょ!」

 

 

伊勢は羽交い締めにしてる電に強く言う

 

 

 

 

「…はぁ、はぁ…」

 

 

 

 

その時伊勢は初めて気づく

 

電も辛かったのだ

愛する人が死に、そしてそのどこにもぶつけられないこの感情を愛する姉に…

 

 

 

この場にいる誰よりも電は泣いていた

 

 

 

 

「…ごめんなさい…伊勢さん…離してください」

 

 

 

 

電にそう言われ、ゆっくりと電を解放する伊勢

 

 

 

「深雪ちゃん…深雪ちゃん!」

 

 

 

 

電の呼び掛けに深雪は顔をあげる

 

 

 

お互い涙でぐしゃぐしゃになっていた

 

 

 

 

「…深雪ちゃん…ごめんね…電は…もう行くのです」

 

 

 

 

にこり、と深雪に微笑む電

 

 

 

 

「…電…」

 

電は談話室の扉の方へ向かう

 

 

電以外は、だれも動けなかった

 

 

 

「…行くって…」

 

 

 

深雪が電に問おうとしたとき、くるりと電が深雪の方へ振り返り

 

 

 

「ばいばい、お姉ちゃん…」

 

 

 

電は出ていき、談話室の扉が閉まる

 

 

電の言葉は深雪には届いていなかった

 

 

 

 

 

 

 

「ね、ねえ…これ」

 

 

 

電が落とした紙を衣笠が拾い上げ、深雪に見せる

 

 

 

 

「なん、だよ…これ…」

 

 

 

 

ぐしゃぐしゃになった紙を広げると、大隅警備府では滅多に見ない文字が大きく書かれていた

 

 

 

"解体許可申請書"

 

 

長々と解体に関する説明文が書かれており、下の方には手書きで

 

 

"暁型四番艦『電』の解体を許可する"

 

と一筆、記入者の欄には武藤の名前と印が押してあった

 

 

 

 

(かいたい?解体?電が?…なんで……いや、理由はなんとなく分かってる…分かってるけど…)

 

 

 

深雪の頭の中に色々考えが駆け巡る

 

 

 

「…ねぇ、深雪…貴女が止めるべきなんじゃないの?」

 

 

 

衣笠は心配そうに深雪に問いかけるが、深雪は首を横にふる   

 

 

 

 

「あたしは…あたしは……」

 

 

 

 

(司令官…司令官ならどうする…あたしはどうすればいいんだよ…)

 

 

 

 

「…あたしには…電を止める資格はないよ…」

 

 

深雪もそう言い残し、談話室を出ていく

 

 

 

 

「なによ…それ…」

 

 

 

「…なんなのよっ!!」

 

 

 

衣笠は思わず声を荒げて壁を叩く

 

 

 

更に険悪になっていく談話室の空気

 

 

 

崩壊していく大隅警備府、もう誰にも止められない

 

 

 

 

 

 

否、彼女達を止められる人間はもうこの世にはいない

 

 

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

工廠への道

 

電は静かに歩く

 

 

 

その目は力なく虚ろだ

 

 

 

(本郷さん…電を秘書艦にしてくれた本郷さん…電を東京に連れていってくれた本郷さん…プロポーズしてくれた本郷さん…)

 

 

 

 

走馬灯

 

まるで死に行くものの眼に映る思い出のギャラリー

 

 

 

 

 

艦娘にとって解体は決して"死"ではない

 

 

艦娘の魂を解放し、艦娘の肉体を特殊な資材へと変換する行為、と日本国軍では説明されている

 

 

 

 

しかし人情的に考えれば今までいた存在が無くなるワケで、遺された周りの者からすれば実質その艦娘の死、となる

 

 

 

(電は…電は幸せでした…本郷さん…貴方と出会えて)

 

 

 

 

電は歩みを止めない

戦場へと向かう訳ではない 

 

逃げることも当然許される  

 

 

 

いや、許す許されないの話ではない。

そもそも周りの者からすれば本来ここで電が解体される必要はないのだ

 

 

電の足は止まらない

 

 

止まれないのではなく止まらない

 

 

 

 

しばらく廊下を歩くと工廠への扉が見えてくる

 

 

さて、中にいる夕張にはなんて説明しようか

 

 

 

そんなことを考えながら工廠への扉を開け、中に入るといつもは作業机でガラクタを弄る大隅一の開発オタクの緑髪少女は居なかった

 

 

 

 

 

安堵する電

 

私、解体されに来ました。等と誰かに言い回って喜ぶような馬鹿ではない

 

 

先程の談話室でもそうだ

 

 

談話室に大井がいれば、大井だけに事情を話して事を済ませるつもりだったのに、深雪に呼びかけられ押さえていた感情が爆発した

 

 

 

そして結果として愛する友であり、この世界で唯一血の繋がらない本当の姉に八つ当たりをしてしまったのだ

 

 

 

 

 

 

 

とある一台の大きな機械の前にたどり着く

 

 

 

艦娘建造機

 

 

日本にあるすべての海軍鎮守府、海上警備府、海軍基地に設備されている艦娘を建造、改造、解体する為の大型の建造機械である

 

 

 

電は建造機の横に備え付けられている液晶タッチパネルを操作し、操作メニューから解体を選択する

 

 

すると機械正面に取り付けられた両開きの鉄扉が重い音を上げ開く

 

 

 

 

「…ふぅ」

 

 

 

一つ息を吐く

 

 

死ぬわけじゃない。

そう分かっていても今いる自分は消えてしまう

 

 

 

後悔や心残りが無いわけではない

 

 

 

だが自分は仮とはいえ本郷岳人の婚約者だ

 

 

 

愛する人が逝ったのなら…

 

 

 

 

「…よし…」

 

 

 

 

電が機械の扉に向かって一歩踏み出したとき

 

 

 

 

「Hey、電!…何するつもりデスか?」

 

 

 

 

一昨日まで毎日聞いていた明るく、少しばかり幼さが残る声

 

 

電が声の方へ振り返ると、この警備府一のムードメーカーの金剛が工廠の扉に立っていた

 

 

 

「金剛さん…」

 

 

 

つかつかと足音を立て電の方へ向かってくる

 

 

 

「…電を止めに「そんなわけナイでしょう」

 

 

 

電の問いに被せるように金剛が言葉を返す

 

 

 

「…!?」

 

 

 

 

金剛が袖から一枚の紙を取り出し電の目の前で広げる

 

 

それは電自身も武藤にサインをしてもらった解体許可申請書だった

 

 

その記入欄、解体対象には金剛型一番艦の文字が見える

 

 

 

 

「…なんで…金剛さんが…」

 

 

 

電の問いかけに金剛は勝ち誇るような表情になり

 

 

 

「ふっふーん…愛するダーリンが死んでしまったのなら、ついて行くのがハニーたるワタシの役目デース」

 

 

 

「…は、ハニー…」

 

 

 

電は苦笑いが出る

 

こんな時までこの人は変わらないな、と

 

 

ただいつもと違うのは金剛の目は真っ赤に腫れ上がって、申請書を持つ手も僅かに震えている

 

 

 

「…それに…テートクと電だけ逝かせるなんて…そんなのズルいデス」

 

 

 

「…え」

 

 

 

 

 

 

「ワタシはまだ電との勝負はついてるとは思ってまセン…例え、電がテートクにプロボーズされたとしても…ワタシは諦めまセン!」 

 

 

 

「…ふふっ」

 

 

 

金剛の言っていることを改めて考えると自然と笑みがこぼれる電

 

 

 

「…全く…相変わらずしつこいですね…金剛さんは」

 

 

 

悪い気持ちはしない

むしろこの戦艦は清々しいほど愛に忠実だ

 

 

 

「もっちろーん…ヴァルハラでもテートクが電とワタシのどちらを選ぶか勝負デース!」

 

 

 

 

 

「…じゃあ…」

 

 

 

 

電は右手を金剛に差し出す

 

 

 

「…ええ…行きまショウ」

 

 

 

金剛も電の右手に自身の左手を重ね、二人して手を繋ぎ、揃って建造機械に入る

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

西海支部

 

じきに太陽が沈もうとする頃、西海支部内のとある部署の一室で、3人の若い男性士官達がパソコンの前で煙草を吸い、雑談をしながらくつろいでいた

 

 

「あははは!まさか本当に首つるなんてな!」

 

 

鼻が大きく膨らんだ士官はそう笑いながらパソコン操作をしている

 

 

「…ったくよぉ…自殺しねぇ方に賭けたのに外れちまったぜ…」

 

 

のっぺりした顔の大柄な士官が悔しそうにデスクを叩く

 

 

「…馬鹿馬鹿しい…」

 

 

キツネ目のヒョロヒョロとした士官が席を立ち上がると、鼻の士官が声をかける

 

 

「…あん?どこ行くんだ?」

 

 

「コーヒーだよ。コーヒー」

 

 

キツネ目の士官はそう言って部屋の扉を開けて出ていく

 

 

 

「あいつのコーヒーあっまいからなぁ」

 

「ほんとほんと」

 

 

鼻の士官と大柄な士官はそう笑い合っている

 

 

 

実はこの3人組、武藤直属の部下にして、武藤の盗聴盗撮部隊である

 

 

日頃普段からこうして部屋に籠もってパソコンを使い、脅しの為、様々な情報を手に入れていた

 

 

 

「…あいつ…おせぇな…」

 

 

キツネ目の士官が出て行ってしばらく

 

鼻の士官が頭の後ろに両手を組んでそう呟く

 

 

「…そーだなー…ズボンにでもこぼしたんじゃないか?」

 

 

大柄の士官がそう返すと鼻の士官は笑う

 

 

「あははは!それ面白いな!」

 

 

 

そう笑っていると、部屋の扉がノックされる

 

 

 

「あ?…なんだよ…アイツ両手にコーヒー持ってんのか?」

 

 

鼻の士官が扉の方へ近づいて、鍵を開けてから扉を開ける

 

 

 

「…あ?誰だ?」

 

 

扉を開けると一人の黒髪の少女が笑顔で立っていた

 

 

「…艦娘か?なんの用……!?」

 

 

鼻の士官は少女の右手に掴まれていたモノを見て驚く

 

 

「廊下で寝てるお仲間さんからのお届け物でーす」

 

 

 

少女は右手に持っていたモノを鼻の士官に投げつける

 

 

「ひゃっ!ひゃぁぁいあああ!!」

 

 

鼻の士官の胸にぶつけられたのは透明なビニール袋に入れられた何本もの切断された人間の指だった

 

 

投げつけられた拍子に袋から少し血が飛び散り、鼻の士官の顔に血がつく

 

 

鼻の士官が驚いてるスキに少女はタックル

 

 

 

「ぶっおっ!!」

 

 

情けない声を上げて倒れる鼻の士官

 

 

「お、おまぇええ!!」

 

 

倒れた鼻の士官を見て、大柄な士官が少女に向かって襲いかかる

 

 

「…ちょっと…私を無視しないでよ?」

 

 

目の前にいる黒髪の少女とは違う緑髪の少女が大柄な士官の横から声をかける

 

 

「なっ!?」

 

 

緑髪の少女に視線を向けると同時に大柄な士官の頭部に鈍い痛みが走る

 

 

「…がっ!…」

 

 

黒髪の少女が大柄な士官の後頭部を鉄パイプで殴打したのだ

 

 

どさりと床に倒れ込む大柄な士官

 

 

 

「…じゃあ、そっちはよろしく」

 

殴打した時に飛んできた返り血を腕で拭って緑髪の少女にそう声をかける黒髪の少女

 

 

「…了解」

 

 

緑髪の少女は手に持っていた自分のタブレットを取り出して盗聴部隊の使用しているパソコン本体にコードを繋ぐ

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 

 

 

 

鼻の士官と大柄な士官、2人の士官は後ろで両手を縛られて黒髪の少女、川内の前に正座させられる   

 

「…お前、大隅の艦娘だな…!?」 

 

 

そんな中で鼻の士官が川内に問いかけた

 

 

「…そうだよ?私は軽巡洋艦川内。よろしくー」

 

川内は淡々と自己紹介をする 

すると鼻の士官は声を荒らげて

 

 

「はっ!自殺した情けねぇ提督の艦娘がなんの用だよ!すぐに警備を呼んでテメェ等捕まえて解体してやっからな!」

 

「あ、それ無理です」 

 

 

「ああ!?」

 

 

彼等の背後でパソコンの画面とタブレットを見ながら操作する緑髪の少女、夕張もさも当たり前かのように答える

 

 

 

「監視カメラも警備システムもこのフロアだけダミーの情報に差し替えてるので、警備の方はここには来ません…っていうかこんな侵入簡単なシステムなんて…警備府の艦娘舐めないでくれます?」    

 

 

「…そ、そんなバカな…だ、だってコードも「ああ、すぐ解けましたよ?」

 

 

大柄な士官が驚きの表情をつくると、川内はケラケラと笑う

 

 

「あはははは…ウチの夕張は引きこもり生活が長かったせいか艤装や兵器イジるよりこっちの方が強いんだよね。ちなみに執務室の盗聴器の電波を逆探したのも夕張だよ」

 

 

 

「く…クソアマぁ!」

 

「うっさいな」

 

 

川内はそう返して片手で鼻の士官の髪を掴む

 

 

「いっ…テメェ!「安心しなよ」

 

 

川内は甘く、艶っぽい声で鼻の士官の耳元で呟く

 

 

「あんたら全員…ちゃんと料理してやるからさ」

 

 

「!?」

 

 

川内にそう言われた鼻の士官は川内の表情、眼を見て戦慄する

 

一切の光が宿っていない、真っ黒な眼

 

そして床に転がる数本の誰かの指 

 

 

「…んじゃ、まずは指ね。もうキーボード叩けないようにしてあげるよ」

 

 

そう言って川内は大きな彫刻刀のような道具、ノミを取り出す

 

 

「…はっ!?な、なんで…!俺ら何もしてねぇだろ!」

 

 

「うん、何もしてないね…何もしないで提督が死ぬのを黙ってそのモニターで観てたんでしょう?」

 

 

川内はそう言って大柄な士官を床に寝転がせると、彼の背後に回って縛られた手を床に押し付ける

 

 

「お、おい!やめっ!やめやめ…!」

 

 

「えいっ」

 

 

ガツン、と振り上げたノミを、大柄な士官の床に押さえつけた手を目掛けて打ち下ろす川内

 

"ガチンッ"

 

 

「あ"っ!ぁぁぁああっ!!」

 

 

大柄な士官は叫び声を上げて体を震わせる

 

 

「ほらほら…動かないで…あと9本あるんだからさ」

 

 

ガツン、ガツンと数度ノミを大柄な士官の手を目掛けて打ち下ろす川内

 

 

「ひゃっひゃああぁぁ!」

 

 

川内が行う光景を見た鼻の士官は床に這いつくばりながら逃げようともがく

 

 

「…しょっ…と」

 

 

大柄な士官の背後にいた川内は逃げようとする鼻の士官の片足を掴む

 

 

「ひっ!やめっ!やめてっ!悪かった!俺らが悪かったから!!」

 

 

 

川内は捕まえた彼のアキレス腱目掛けてノミを打ち下ろす

 

 

「えいっ」

 

 

 

「ぎゃっ!ぎゃぁぁああ!!」

 

 

「…ウチの提督を追い詰めた罰なんだからさ…ちゃんと受け取ってよね」

 

 

無表情で鼻の士官のアキレス腱に何度もノミを打ち下ろす川内はそう呟く

 

 

「…ぅ、うう…」

 

「ふぅ〜…ふぅ〜…」

 

 

「あははは…満身創痍だね、お二人さん」

 

 

 

足首が取れそうになっている鼻の士官と手の指が全て落とされた大柄な士官の前に腕を組んで立ち、笑う川内

 

 

「…川内さん、終わったわよ。盗聴した音声データ回収…あと他にも怪しいデータあったから全部削除しておいたわ」

 

 

タブレット作業を終えた夕張がそう言って大柄な士官の肩に手を触れると

 

 

「復元もサルベージも出来ないようにしておいたから…ごめんなさいね」

 

 

「…んじゃ、仕上げとしますか」

 

 

「…こ、これ以上…何を…?」

 

 

息絶え絶えな鼻の士官は涙目で川内を見上げる

 

 

「…とりあえずあんたらには顔見られたから…目と…喋れないように舌も切る…そ、れ、と…」

 

 

川内はポケットから小さな道具を取り出す

 

 

それは野菜の皮を向くピーラーだった

 

 

「…ひいっ!」

「や、やめろっ!」

 

 

芋虫のように床で身体をよじる2人の士官

何をされるかを察知したようだった

 

 

川内は鼻の士官の上に跨いでしゃがみ込み、ピーラーを士官の頬に当てる

 

 

 

「私達の提督を追い込んだあんたらも絶対許さないから…」

 

 

恨みを込めて、笑顔でそう言い放ち、鼻の士官の頬に当てたピーラーを一気に振り下ろす

 

 

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 

 

 

 

 

大隅警備府

 

時刻は1800

 

 

 

 

 

 

「…何よそれ…」

 

 

 

心臓を握られたような気持ちになる

 

 

一気に喉が渇く

 

 

 

両の手先が震える

 

 

 

西海支部から帰投…もとい帰還した大井が昼間よりも人数が減っているとはいえ、まだ数名の艦娘が集まる談話室で衣笠の報告に言葉を失う

 

 

 

九州の海軍施設をまとめる西海支部、本郷より立場が上の人物ばかりの施設では何が原因で大隅が目をつけられるかわからない

 

 

そこで今日一日…せめて西海支部にいる時だけでも、と通信を切っていた大井

 

 

だがそれが仇になってしまった

 

 

 

 

わかっていた

本当はわかっていたはずだ

 

 

 

本郷を想う電なら最悪"こう"なるかもしれない、と

 

 

 

 

力が抜け椅子に座り込む大井

 

 

 

その姿を艦娘一同が心配そうに見る

 

 

 

 

「…まさか金剛さんもだなんて…」

 

 

 

 

頭を抱える大井

 

するとはっと何かを思い出し

 

 

「衣笠さん…深雪さんと…川内さんは!?」

 

 

 

大井は焦るように衣笠に問う

 

「…あ、えっと…川内さんは昼間から見掛けてないけど…深雪なら浜辺の方行くって…」

 

 

 

 

「…え…」

 

 

 

「あ、あ!でも大丈夫!…念のため、伊勢さんが一緒にいるから…!」

 

 

 

深雪は伊勢と一緒にいる

 

 

それを聞いて安堵する大井

 

 

 

 

 

そして川内は…多分大丈夫だろう

 

彼女との付き合いはなかなかに長い

 

 

どんな状況でも彼女は決して自決はしない

 

 

 

 

…ただ懸念しているのは彼女の性格

 

 

 

明るく、表裏の無い性格ではあるが、少しばかり好戦的で頭に血が昇りやすい

 

 

以前も他の海軍基地の艦娘と珍しく合同で模擬演習を行った際、相手側の重巡から煽られ、模擬演習時に旗艦だった五十鈴の指示を無視し、単騎で煽ってきた重巡を完膚なきにボコボコにした事もあった

 

 

 

幸い相手側の司令官が寛大な方で許してもらえたが…

 

 

そう考えると大井は寒気がする

 

 

昨日の武藤の行為で川内は相当頭にきているハズだ

 

 

 

 

正直川内が武藤に対して何をするかは想像できない

 

 

 

(…馬鹿な真似は…しないわよね)

 

 

 

 

大井が思考を働かせていると談話室の扉が開く

 

 

 

 

「やっほー…ってなに皆…集まっちゃって…」

 

 

「はぁ…疲れた」

 

 

 

談話室に入ってきたのは昼間から居なかった川内と夕張だった

 

 

 

「せ、川内さん!」

 

 

 

川内の姿をみた大井はすぐに川内のもとに駆け寄り抱きしめる

 

 

「ちょ…大井…」

 

 

 

(…え、私は…?)

 

 

 

驚く川内

呆れる夕張

 

 

 

 

「…よかった…無事で………電さんと…金剛さんがっ…!」

 

 

 

 

抱きしめる大井の頭を撫でる川内

 

 

 

「…知ってるよ…もう通信で聞いた…」

 

 

 

「…そう…」

 

 

 

 

自身から大井を離す

 

 

 

「…正直残念だけれど…残る私達だけでも前を向こう?2人の…いや、提督を含めた3人のためにもさ」

 

 

 

「…うん」

 

 

 

 

「ラブラブなところ悪いけど…川内さん達はどこにいたの?」

 

 

 

衣笠が夕張の方を向き、問いかける

 

 

 

 

「あ、え、えーと…あの…「波止場だよ」

 

 

 

キョドる夕張に助け船を出すように川内がはっきりと答える

 

 

 

「夕張とさ…提督の思い出話してたんだよ…夕方になるまで盛り上がっちゃってさ…ね?」

 

 

 

 

「あ、うん…ええ、そうね」

 

 

 

 

夕張は焦りながら川内の相づちに答える

 

 

 

 

そんな川内と夕張をじっと見る大井

 

 

ふぅ、と一つため息を吐いて

 

 

 

 

「…今日西海支部で相談してきたことを明日の朝、大隅警備府のこの先の事を皆に話すわ」

 

 

周りにいた数人に緊張が走る

 

 

 

 

そんな皆の顔をみて大井はふ、と笑う

 

 

 

「大丈夫よ…まぁ、あまりいい話ではなかったけど、私達にとっての絶望的な話ではないから…」

 

 

 

大井のその言葉に皆は安堵する 

 

 

大隅解体、艦娘も解体、何て言われたらたまらない

 

 

 

  

 

「…その話…変更がかかるかもね…」

 

 

 

 

川内はぼそりと呟く

 

 

その呟きが聞こえたのは隣にいた夕張だけだった

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

翌朝

 

0800 談話室

 

 

 

何が起きようとも空に浮いた月は沈み、日はまた昇る

 

 

 

大井の指事通り、昨日寮に閉じ籠ってた艦娘も含め談話室に全員集まる

 

 

 

「おはようございます…皆さんも知っている通り、昨日本郷提督が亡くなりました…とても残念ですが、残された私達は本郷提督の意思を受け継ぎ、今よりも前に進み、深海凄艦と戦いましょう」

 

 

 

当たり障りの無い言葉を並べる大井

 

大井は続ける

 

 

「連絡として…本郷提督の水葬は西海支部の方で近日中に行われるそうです。また、大隅警備府は本日より三日間は本郷提督への弔い、黙祷の意を込め、警備府活動は基本停止…最低限の人数での近海哨戒任務のみお願いします」

 

 

 

「なお…」

 

 

 

大井は一瞬言い淀んだが

 

 

一つ咳払い

 

 

「なお、大隅警備府の本郷司令官の後任は西海支部で早急に相談し、話が決まればその後着任させる、とのことです」

 

 

 

そう言って大井はちらりと20数人の艦娘の中にいる川内を見る

 

 

話を聞いてるのか聞いてないのか川内は窓の外を眺めている

 

 

 

 

武藤のいる西海支部からの後任が、なんて言えば川内が荒れるかと思っていただけに、大井は拍子抜けする

 

 

いや、こんな状況で荒れないのはありがたいことだが…

 

 

 

 

(…皆)

 

 

集まった艦娘の正面にいる大井はとにかく皆の表情が見える

 

 

誰も大井の眼を見れずに、目の下には隈を作った娘、未だに震える肩を押さえる娘

 

 

夜遅くまで泣いていた子もいるんだろう。

眼を赤く晴れされた娘もいる

 

 

 

端にいる深雪は…

 

…言うまい

 

 

 

 

(本郷提督…貴方が残した傷は…とても深そうよ…私だって…)

 

 

 

「…施設から出掛ける際は…私に外出許可届けを出すこと。また、この3日間は決して1人にならないで、2人以上で行動してもらえるように。以上、解散してください。」

 

 

 

連絡を済ますと艦娘達は返事もせずに談話室を出ていく

 

 

 

 

「お疲れ様。秘書艦代理」

 

 

 

艦娘達が出ていき数分後、伊勢が大井に缶コーヒーを差し入れる

 

 

 

「…本当に、疲れました。伊勢さん」

 

 

 

缶コーヒーも貰って2人で談話室のイスに座る

 

 

 

「…最後のは…支部からの指示じゃあなかったでしょう?」

 

 

 

 

「…ええ」

 

 

 

大井を覗き込む伊勢は少しばかりイタズラな笑顔で問いかける

 

 

 

 

西海支部からの指示では残る艦娘に与えられた選択は他の鎮守府への異動願い、そして自主解体は本人達に任せるといった実に無責任な選択だった

 

 

 

 

「…でも。大井の指示で間違いないと思うよ?」

 

 

 

「…ありがとう。伊勢さん」

 

 

 

 

伊勢に貰った缶コーヒーの味は微糖の文字が書かれていたが、ふたを開け口に含むと非常に甘く、伊勢の好みがわかるような甘さだった

 

 

 

 

「それで…あの…」

 

 

 

「ん?…ああ、深雪ちゃんなら大丈夫だよ。大井と…私と同じでどうにかしてこの警備府を何とか持ち直したいって…」

 

 

 

「…ありがとう…」

 

 

 

 

昨日の今日だ

少なくとも本郷にお世話になった艦娘ですぐに元気な娘はいない

 

 

お調子者の漣や卯月だって余計な事を言わず下を向く始末

 

 

 

この伊勢だってそう

顔は笑ってるけど、きっと戦艦としての意地なのだろう

 

 

弱みを見せないように、と無理をしているのがまるわかりだ

 

 

 

 

 

「…強いんですね。伊勢さん」

 

 

 

 

「全然…私だって辛いよ…後悔もしてる。提督の事も気づいてあげれなかった…」

 

 

 

 

 

「…」

 

 

 

 

 

そう言って伊勢は自身の缶コーヒーを一気に飲み干す

 

 

 

 

「…だから…って訳じゃないけど…私に出来ることならなんでも言ってね!…罪滅ぼしにはならないだろうけど、さ!」

 

 

 

伊勢は立ち上がり、右手をそのふくよかな胸にとん、と当てる

 

 

 

 

「…ええ。頼りにしてます」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

執務室の扉の前に大井は立ち尽くす

 

 

 

現在、出入り禁止となっている執務室

 

扉には鍵をかけられ、中からは当然人の気配はしない

 

 

 

 

大井は立ったまま扉に右手を当て、眼を瞑る

 

 

 

 

 

 

『軽巡洋艦。大井です』

 

 

『やあやあ!大隅警備府へようこそ!」

  

 

 

 

 

 

 

 

『私、砲雷撃戦って聞くと…燃えちゃいます』

 

 

『あはは…すまないね…うちは敵海域への出撃任務はあまり無いから…』

 

 

 

 

 

 

『ちょっと提督…執務ばかりでちゃんと休んでます?…って電さん!貴女が注意しないと駄目でしょう?』

 

 

『はわわ…ごめんなさいなのですっ!』

 

 

『あ、いや、うん…この書類が終わったら今日はあがるから…』

 

 

 

 

 

 

(…なんだかんだで…楽しかったなぁ…)

 

 

 

 

『ヘェエーイ!テートク!あなたの金剛デース!」

 

『『帰ってください』』

 

 

『うわぁーん!電と大井がいじめマース!』

 

『あはは…また後でね』

 

 

 

 

(電さん…金剛さん…提督…)

 

 

 

 

『大井がいてくれて助かるよ…電もしっかりしてるんだけどたまに抜けてる所があってね…』

 

 

『ご、ごめんなさいなのです!』

 

 

『大丈夫ですよ。提督…っていうか電さんの前でそういうこと言うのはやめなさいな』

 

 

『ご、ごめん』

 

 

『ほら!電さんが白目剥いてるじゃないの!』

 

 

 

 

(みんな…)

 

 

 

「…ごめん…なさい…」

 

 

(なにも出来ない私を………許して…)

 

 

 

 

軽巡大井は1人執務室の前で涙する

 

 

騒がしくも楽しかった様々な思い出を抱きながら

 

 

 

 

 

 




なんと、これで本郷岳人さんのファイルは読み終わりになります


え?中途半端?


良いんです

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。