大本営の資料室   作:114

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資料室のシーンからになります

なお、募集しているアンケートの方は次の短編シリーズが始まるまで募集いたしますので、お気軽にどうぞ
  

では、始まります




File58.デコポンの確信

 

「…ん…」

 

 

すぅ、と意識が戻ってきた山田は、いつもの通り第四資料室のソファーで目を覚ます

 

 

「…ふぅ……はぁ…」 

 

(…うう…今回も暗かった…もうずっと暗い記憶ばかり…)

 

 

「これじゃあ気が滅入っちゃ……ぅえ?」

 

 

山田の記憶だと、資料を見る時隣に不知火…デコポンがいた…

 

右側に誰かの感触があったので、なんとなくぼやきながらそちらを見ようとした山田は固まる

 

 

全身汗だくの不知火が、信じられないものでも見たかのように山田を凝視していた

 

 

「…こ、怖…え、何…?どうかしたの?デコちゃ「なんやー…二人同時に目を覚ますなんて仲ええやん」

 

 

デコポンははっとし、山田も声のした方に顔を向けると、向かいの椅子に座ってファイルを開いた松井がひらひらと手を振る

 

 

「やっほ。おかえりやで」

 

「…ちょっと…私失礼します」 

 

 

デコポンはそそくさとブラウスの第一ボタンを外しながら足早に資料室から出ていく

 

 

「…あ、デコちゃん…」

 

 

山田は目でデコポンを追いかけるものの、デコポンは山田を一目も見ることなく行ってしまった

 

 

「…しっかし…今回は大分掛かったんやな」

 

「…え?…はい?」

 

 

掛かった…?

 

そんなに記憶の世界にいたのだろうか、と山田は首を傾げる

 

 

窓の外を見るが、まだ太陽は昇ったまま…

 

体感として5分か10分程度かと思っていたが…

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「い、一日!?まる1日資料見てたんですか!?私!」

 

「しぃー…や…ほれ」

 

 

驚く山田に人差し指で黙らせた松井は、部屋の隅で毛布に包まって寝息を立てる女性を親指で指す

 

 

「…あ…犬飼少佐…あれ?…もしかして」

 

「…せや。ワンちゃんが心配やからってポンちゃんとヤマちゃんについててくれたんや」

 

「…へぇぇ…」

 

「因みに僕がヤマちゃん達につくわ言うたら速攻毛布持ってきてな…セクハラしたらあかん怒られたわ」

 

「…へー」

 

 

犬飼の松井への信用があるのかないのか…いや、松井はこう見えて中々にヘタレだ。実際セクハラなんて大それたことは…

 

 

盗撮とかはするかもしれない…

 

山田は渋い顔で松井を睨む

 

 

 

 

「なんや。その顔…」

 

「イエ、ベツニ…」

 

 

 

「んがっ…ふご………あ…」

 

 

子豚のような鼻声を出した犬飼が目を覚ます

 

 

「おはようございます。少佐」

「おはワンちゃんやで」

 

 

「……おはようございます」

 

 

寝ぼけ眼をこすり、犬飼はもそもそと毛布から出てくる

 

 

 

「…ほな、聞かせてもらおうやないか…?」

 

 

松井は山田に缶コーヒーを差し出す

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「ウォオエッ…うげぇえええっ!」

 

 

 

資料通路 女子便所

 

 

個室内の便器で嘔吐するデコポン

その顔は真っ青だった

 

 

「…はぁ……はぁ…」

 

(…間違いない…あれは……あの記憶は…)

 

 

「うぉぇぇえええっ!!」

 

 

デコポンの吐き気は続く

 

ある程度吐き終わると、デコポンはトイレ個室内の壁に力なく寄りかかる

 

 

「…少尉…あんなの……よく視続けられるわね…」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「いやいやいやいや…情報量多すぎやろ…」

 

 

 

 

第四資料室

 

 

 

 

山田の話を聞いた松井と、寝癖のついた犬飼は驚き、固まる

 

 

「…戦闘集団…あ、親衛隊か…んで北洋艦隊を壊滅させて…シェンロンとも戦ったって…」

 

「…しかも大蛇になった駆逐艦には赤松中将が絡んでいて、更に一部の深海棲艦とも関わりがある…なんて…っす」

 

 

 

「…あー…信じられないかと思いますけど…」

 

 

「いえ、山田少尉の話を疑ってるわけではないっす。世の中には常識では考えられない信じられないことも沢山あるっす…「奇跡体験、アンビリ「准将うるさいっす」

 

 

「…あ、なんかフォローしてもらってありがとうございます…」

 

 

「…いいえ。ところでデコポンはどこに…」

 

「んぁ?…あれ?…あー…多分おトイレかもしれないですね。顔色悪そうにしてましたから…」 

 

 

山田は見ていた赤い日記とその他資料をトントンとまとめて、犬飼にそう答える

 

 

 

「なんや。艦娘も下痢になるんやな「違うわよ」

 

 

空気を読まない松井の言葉に、資料室に入ってきたデコポンが不機嫌そうに答えると、松井はすぐにデコポンへ頭を下げる

 

 

「…あ…すいません」

 

 

どうやらデコポンに股間を蹴られたのが若干トラウマになっているようだ

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  

 

 

 

 

 

福井県 若狭基地

 

 

1000

 

 

 

 

執務室の窓から差し込む陽の光を背中に浴びながら、足を組んで執務椅子に座る女性が1人

 

 

「…若狭基地…我が基地…くくくく…」

 

 

怪しく笑い、その女性は足を組み直す

 

 

 

「…ほら、瑞鶴…ちゃんと掃除しなきゃ駄目よ?」

 

「あいた」

 

 

名を呼ばれ、軽くポンと叩かれ揺れるツインテール

 

 

「翔鶴姉〜…」

 

 

頭頂部に手を当てる女性、瑞鶴は片手にはたきを持ったまま恥ずかしそうに翔鶴を見上げる

 

 

「…だーって…提督さんってばいきなり掃除しておいてくれーってさ…それにいつも長門さんが掃除してるからそんなに汚れてないし……少しくらい良いじゃない…」

 

 

ぶーたれる瑞鶴を見てくすくすと笑う翔鶴

 

 

「…もう…瑞鶴ったら…仕方ないじゃない…提督はお客さんの対応があるんだから…」

 

 

そう言って翔鶴は窓から基地正面の方へ視線を向けると、瑞鶴もそちらを見る

 

「…お客さん…ねぇ…」

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

若狭基地正面口

 

 

 

口元が傷だらけの提督。山下勲提督は秘書艦長門、そして秘書官補佐の谷風を連れ、遠路はるばるやってきたある艦隊へ出迎えに出ていた

 

 

 

「…遠いところからお疲れ様です。若狭基地提督、山下勲中佐です」

 

 

 

姿勢を正し、敬礼する山下

長門と谷風もそれに倣う

 

 

そして山下に敬礼を返す女性が二人

 

 

「北洋艦隊、リー・アイリーン少尉です。こちらは私の秘書艦であり旗艦の…」

 

「戦艦、鎮遠です」

 

 

 

真っ白な士官服、短く切り揃えられた黒髪の20代と見られる少女、そしてその横に並ぶは背の高い艦娘だった

 

山下は鎮遠にも敬礼する

 

 

「…山下です。どうぞよろしく」

 

 

「は!…よろしくお願い致します」

 

 

思わぬ山下からの挨拶に驚きつつ、鎮遠も敬礼

その光景にアイリーンも同じ様に驚き、山下を見る

 

 

「…あ…ええと、何か?」

 

 

山下が問うと、アイリーンはいえ、と首を横に振り

 

 

「…今回、若狭との合同演習の承諾、ありがとうございます。北洋艦隊一同、心から感謝します」

 

 

アイリーンはそう言って深く頭を下げると、山下もふふ、と笑う

 

 

「…そんなに畏まらなくとも…さ、中へどうぞ」

 

「ええ。失礼します」

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

今回、若狭基地に、日本国海軍を通して中国海軍から合同演習の依頼が入ってきた

 

 

ロシア、マガダンの提督からは北洋艦隊とは演習は受けてはいけないと忠告を受けていた若狭

 

合同演習の依頼が来たその時だけは意見が割れたものの、どこに演習依頼を出しても受けてもらえない、という北洋艦隊の話を聞き、ならば自分達が、と山下は決断した

 

 

 

 

『…彼等には悪い噂が絶えない…提督よ…また何かあって貴方の口の傷が増えたらどうするつもりだ?』

 

 

アイリーン達を案内する中、基地廊下を進む山下は数日前の長門の言葉を思い出し、笑う

 

 

 

『…そうならないよう、長門…お前達がいるんだろう?…俺はお前達を信じてるよ。それに…もしかしたら北洋艦隊もかつての俺達と同じように…何か意味があって他国の鎮守府と合同演習をしている…そんな気がするんだ』

 

 

『…本当にお人好しだな…だが………うむ、わかった』

 

 

 

山下達は執務室前へ到着

 

長門と谷風が執務室の扉を開け、山下が手を向ける

 

 

 

「さぁ、中へどうぞ」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇ 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした」

 

 

若狭基地 執務室 1300

 

 

結果で言えば、何の問題もない合同演習だった

 

お互い6隻同士での模擬戦…

実弾を使うことはなく、北洋艦隊の怪しい動きもなかった

 

 

一つ気になる点があったとすれば…

 

 

 

「…あー…ええと…良い戦いでしたね。リー提督」

 

 

執務室のソファーに座る北洋艦隊提督、アイリーンは目に見えて落ち込んでいた

 

向かいに座る山下は彼女のテンションの下がり様にに焦っていた

 

 

「……ええ、本当に…」

 

 

肩を落とすアイリーンはか細い声でそう返す、するとソファーの後ろに立っていた鎮遠が申し訳無さそうに山下と長門に頭を下げる

 

 

「…お気になさらないでください。山下提督……その、本国でも経験のない初めての合同演習なもので…あの、慣れてなくて…」

 

「…ううう…私達…弱すぎ…」

 

 

どうやら鎮遠の下手なフォローがアイリーンの僅かに残っていたHPに打撃を与えてしまったようだ。

アイリーンはソファーに座ったまま、がくりと項垂れる

 

 

「…ん?…本国でも?…ええと、あの…リー提督?…本国でも演習の経験が無かったというのは…」

 

 

山下はソファーに座りながら、前のめりになってアイリーンに問う

 

 

「…ええ…我々の鎮守府…いえ、基地は設備も土地も充実していません…なので実践を想定した演習は出来ずに、個々での訓練をして、深海棲艦相手に実戦を行っています」

 

 

「…ぶ、ぶっつけで戦っているって事ですか…!?」

 

 

 

山下は驚くも、どこかで納得してしまう

 

 

つい先程の北洋艦隊との合同演習…

 

…若狭と北洋との実践を想定した演習では、山下が見る限り北洋艦隊の強さは個々でバラバラだったように見えた

 

 

普通ならバランスよく編成を組み、誰かが足りない部分を別の誰かが補ったりなどするものではあるが、北洋艦隊で演習に参加した面子はそれを感じることがなかった

 

 

"とにかく目に見えた敵を攻撃する"

 

その気迫だけを感じた

 

 

それは山下だけでなく、山下の背後に待機する長門も同じだった

 

長門は目を瞑り、深く唸る

 

 

 

強いか弱いかで言えば今回の北洋艦隊、とても弱かった…

 

 

演習開始直後に仲間同士で衝突したり、コンビネーションも無し、誰かが撃てと言っても「え?」「え?」等とキョドる始末…

 

 

事実演習に出た長門は一度も砲撃はしていない

 

していないのに勝ってしまった…

 

 

ここで長門はふとマガダンとの交流演習時の事を思い出してしまう

 

…あのときは楽しかったなぁ、と

 

 

 

(…いやいや…北洋艦隊が目の前にいるのに失礼だぞ!…馬鹿なことを考えるな私!)

 

 

邪な考えを払拭し、んん"っと咳払いをする長門

 

 

「…そのような状況になってまで…何故艦隊を?…やはり国のために…?」

 

山下が心配そうに問うと、アイリーンは少し照れながら手をもじもじとしだす

 

 

「…う…あ…いえ…それもありますが……」

 

 

「?」

「?」

 

 

 

はて、この女性は何を恥ずかしがっているのだろう、と山下と長門は首を傾げる

 

 

アイリーンは鎮遠の方を見ると、彼女は優しく微笑み頷く

 

 

 

「……はい、あの…言うのがとても恥ずかしいのですが……北洋艦隊を…ヒーローに…英雄にしたくて…」

 

 

「…英雄?」

 

 

山下も長門もアイリーンの答えに笑うことはなく、聞き返す

 

 

「…私の北洋艦隊…これは父から受け継いだものです…あ…いえ、受け継いだというよりも…私が勝手に受け継いだと決めつけているだけですが…」

 

 

「…お父様も提督なんですか?」

 

「…はい。提督でした…」

 

 

ぴくりと長門が眉を動かし、察知する

 

 

(…あ、これは…地雷か?…)

 

 

「…今から12年前…父、リー・ホンチャンは南アジアの海で亡くなりました…恐らく、深海棲艦の手によって…」

 

 

「…」

 

アイリーンは出されたお茶を一口飲む

 

 

「…かつて父の北洋艦隊は…酷い言われを受けていました…やれ盗賊だの、海賊だのと…中国の恥とも呼ばれたこともあります」

 

 

震え声でそう語るアイリーンの肩に優しく触れる鎮遠

 

 

「…そしてその言われは未だに続いています…私は…そんな北洋艦隊を立て直したい。その想いだけで提督になることを選びました」

 

 

 

「…そう、でしたか…」

 

 

 

山下の相槌にアイリーンは涙を指で拭き、笑う

 

 

「…ですが、やはり大きくなりすぎた悪名ですね…どこの国の海軍も私達の話すら聞いてくれはしませんでした…本国でさえも私の話半分で、まともに聞いてもらえません…若狭基地へ演習の以来を出してもらえたのはある意味奇跡でした」

 

 

山下と長門は顔を見合わせ、アイリーンはぺこりと頭を下げる

 

 

「…今回の合同演習…本当に感謝しています。きっともう会うことは無いでしょうけども…私は…いえ、我々北洋艦隊は決してあなた方若狭基地…山下艦隊のことを忘れません。本日は…本当にありが「なぁ、長門」

 

 

「なんだろうか、提督」

 

 

アイリーンの言葉を遮り長門の名を呼ぶ山下

 

「…ウチの艦隊も中々に練度は上がってきてると思うんだが…」

 

「…そうだな。中々には練度は上がってきているな」

 

 

アイリーンと鎮遠は山下と長門の会話が理解できずにきょとんとする

 

 

「…世界の他の鎮守府と肩を並べられるくらいにはなったと思うんだ」

 

「そうだな。世界の他の鎮守府と肩を並べられるだろうな」

 

 

「…???」

 

 

「…だが、世界は広い…俺たちもまだまだ鍛えるべきだと思うんだが、そのためには世界の他の鎮守府の文化や戦術等も学ぶべきだろうな?」

 

「…それと言語も学んだほうが良い」

 

 

「あ、あの…山下提「…提督」

 

 

山下を呼ぼうとするアイリーンを止める鎮遠

 

山下はアイリーンの方を見てわざとらしく驚く

 

 

「ああっと!そういえばリー提督といえば中国の海軍所属でしたね!」

 

 

長門もくすっと笑い頷く 

 

 

「…うむ、中国海軍からも学べることは沢山あるはずだ」

 

 

 

そこまで言って、ようやく山下はソファーに座り直し、アイリーンにちゃんと向き直る。その表情がとても真剣で、まるで"結婚を前提にお付き合いを"等とでも言いそうな雰囲気を醸し出す

 

 

「…リー提督…もしよろしければこれからも我々と定期的に交流など如何でしょうか?…折角のこの出会い、一度きりなんて勿体無いと思うんですよ」

 

 

内心、鎮遠は呆れる

 

学ぶだの鍛えるだのと言っているが、この眼の前の男は我が提督、リー・アイリーンに手を貸すと言っているのだ

 

呆れと同時に嬉しくもあった

 

 

[…アイリーン提督…若狭の…山下提督の申し出を受けたほうが良いと思いますよ?]

 

 

鎮遠は母国語でアイリーンに小声でそう進言すると、アイリーンはまだよくわかっていないのか、困惑した表情で鎮遠の方を見る

 

 

[…ほ、本当に?…でも今の話聞く限り、中国海軍の秘密を教えてあげないといけないってことでしょう!?]

 

[…いえ、違いますよ。彼等は我々の為に一肌脱いでくれると言ってくれているんです]

 

 

鎮遠は笑顔でそう説明するも、今度はアイリーンは顔を赤くする

 

 

[はだ?…肌っ!?…ちょっと!…確かに彼…山下提督は服の上からでもわかるくらい立派な身体だと思うけど…!さっきの演習の時見えた鎖骨とかちょっとセクシ[…アイリーン提督]

 

 

 

「…ええと…リー提督?」

 

 

「え!?…あ、あはは!…いえ!…はい!……ぁ、あの……」

 

 

山下の呼びかけに声を裏返させながらびくりと反応する

 

 

「う…あ、うー……」

 

 

アイリーンは再度鎮遠の方を見る、彼女は笑顔だが、"はいはい早く頷きましょうねー"と、アイリーンには彼女の心の声が聞こえたような気がした

 

 

「…よ、よろしくお願いします」

 

 

結果、アイリーンは山下に向けて再びちょこんと頭を下げた

 

そんな彼女の姿を見た山下と長門は笑い、山下は自分のふとももをぱしっと叩く

 

 

「よし!…じゃあ…これからもどうぞよろしくお願いしますね。リー提督」

 

 

山下はソファーから立ち上がり、アイリーンへ右手を差し出すと、アイリーンもおどおどしながらソファーから立ち上がり、眼の前にいる山下の右手を恐る恐る握る

 

 

 

「ふ、ふふふふふつつふつかものではありまひゅが!…よ、よよよろしくおねがいしましゅ!」

 

 

 

 

中国国海軍、北洋艦隊提督リー・アイリーン

 

 

物心ついてから初めての男性との握手

 

緊張のボルテージが破壊された彼女は、山下と握手をしたまま気を失った

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

広島県 呉市

 

 

 

播磨鎮守府のある兵庫県を越え、岡山をも越えて広島県に入ったのは東海支部、第四資料室の自称図書委員長、田中だった

 

 

ここは広島県の呉市にある太平洋戦争博物館

 

 

太平洋戦争時に使われた艦艇や戦車のレプリカ、戦争時の資料などが展示された入館料無料の博物館である

 

 

中でも一番の目玉は博物館吹き抜けに鎮座された実物の10分の1サイズの戦艦大和の模型である

 

 

「…でけーな…」

 

 

 

その戦艦大和の姿を上着のポケットに手を突っ込んでぼうっと眺める田中

 

 

「…はぁ……」

 

 

ため息を付きながら吹き抜けの壁側に設置されたベンチへ腰掛ける

 

 

(…ったく…なんで俺が播磨へ行かなきゃなんねぇんだっつの…)

 

 

心のなかでぼやく田中 

 

それもそのはず

 

 

突然のかつての教え子(部下)の登場、さらにかつての同期の来訪

 

さらにその来訪にはデコポンだけでなく松井や山田も絡んでいた

 

あの時の心情はまさに四面楚歌

 

そのまま流されるように車へ、その後船へ、と乗せられ田中はドナドナの牛の様に運ばれていった

 

 

ここに来たのも田中の苦肉の策だった

 

 

どうせ播磨では一番会いたくない奴に会わせられる

 

ならば少しでも会うまでの時間を延ばそうと、"オナカイタイ!ヒロシマノトイレイク!"を敢行

 

 

かつての仲間、坂本と漣を表の車に待たせて博物館内の大和の模型を見ていた 

 

 

「…ちっ…松井のアホタレうんこたれが…なぁにが神戸牛だ…あいつ…そうだ。タイヤのゴム味のハリボー無理矢理食わせてやる…二袋」

 

 

松井のへらへらした顔を思い出しながら、理不尽な怒りの炎を燃やす田中は顔を上げる

 

 

「…ったく……ん?…」

 

 

田中の目線の先には、一人の背の高い女性が、戦艦大和の模型を前にボンヤリとした表情でそれを見ていた

 

 

(…なんだ…この博物館はジジイしかいねぇと思ってたが…)

 

 

本日は平日。

 

ここ、太平洋戦争博物館は休日ほど賑わってはおらず、田中の他には杖をついたお爺さん数名と、数人の博物館のスタッフしかいないと思っていた

 

 

「…」

 

故に、若い女性がいたことに少し驚き、何の気無しにその女性を田中はぼうっと見ていた

 

 

「…!」

 

 

しかし田中はすぐに後悔してしまった

あー、女の人もここ来るんだなーなんて思いながら見ていると、その女性と目があってしまったのだ

 

 

田中と目があった女性は軽く会釈をし、田中へ近づいてくる

 

 

(…あ、やばい…セクハラとかって叫ばれんのかな…おいおいおい…近づいてきて…っつか背ぇ高いな…178…いや、180くらいあんのか?)

 

 

「…こんにちは」

 

「…あ、はい…こんにちは…っす」

 

 

(…美人っちゃあ美人だが…)

 

 

ベンチに座る田中へ、女性の方から挨拶をしてくる

 

その表情は笑顔だが、どことなく儚く、まるで疲れ切ってるように弱々しい笑顔だった

 

女性は恐らく20代

 

服装は淡いベージュ色のセーターに、白い七分袖のレギンスパンツを履いている

 

背が高く、まとめられた長い髪

 

しかし所々に白髪があり、精神的に疲れていると見受けられた   

 

 

「…大和…お好きなんですか?」

 

女性は田中に問う

 

 

「…ん…ああ…まぁ、そっすね……かっこいいっすよね」

 

 

若干曖昧な返事を返す田中

 

 

「…お隣…座ってもよろしいですか?」

 

「…あ、はぁ…どうぞ」

 

 

(…え?何…何この人…なんか怖い…)

 

 

女性は田中に断りを入れ、彼の座るベンチに座る

 

 

「…あー…なんか…じっと見ててすいませんね…若い人いるなんて思わなかったんで…」

 

「いいえ…やま…私も…誰かとお話したい気分だったので…」

 

「…お姉さんも大和が好きなんですか?」

 

「……ええ。私の憧れ…と言いますか…そうですね。好きです」

 

「…」

(…艦艇オタクかなんかか…?)

 

 

改めて大和の模型を見つめる彼女を見る田中

 

近づいてわかったが、眼の下の隈もなかなかに酷い

 

 

「……なんか、お疲れみたいですね」

 

「…え?」

 

 

田中にそう言われた女性は田中に振り向き驚く

 

 

「……あ、いや…なんか…雰囲気っつーか……疲れてんのかなぁって…余計なこと言ってすいませんね」

 

 

「………はい、少し…だけ…そうですね。色々あって…あまり寝ていません…」

 

 

彼女は困り顔で笑う

田中はそんな彼女の笑顔を見て内心ため息

 

 

「…なら、見ず知らずの男に愚痴ったらどうです?…どうせもう会うこともないんだ…良ければ聞きますよ?」

 

 

「…え…いえ…そんな……私なんかの話でお時間を取らせるのは申し訳ないので…」

 

彼女が申し訳無さそうにするも、田中はベンチの背もたれに寄りかかり天井を見上げる

 

 

「…見た通り俺も暇人なんでね…いくらでも聞きますよ?…さすがに丸一日とかは無理だけど」

 

 

田中が冗談交じりにそう言うと、彼女はくすりと笑う

 

 

「……ふふふ…面白い方ですね…ありがとうございます。…実は…」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

太平洋戦争博物館正面玄関側の駐車場

 

 

 

「…ご主人様〜…先生出てこないんですけど…」

 

 

 

海軍指定の黒塗りの車のその車内、その後部座席に若干不貞腐れながら寝転がる駆逐艦漣は、隣に座って本を読む自分の提督にそうぼやく

 

 

「…ふふふ…田中中尉も恥ずかしいんだよ…色々決意するのに時間がかかるものなんだよ?漣」

 

 

眼鏡の将校、坂本少佐は笑う

 

 

「…男ってめんどくさーい」

 

「うん。男って面倒くさいんだ」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

太平洋戦争博物館内、吹き抜け

 

 

 

「…私には…尊敬する上司がいるんです…誰よりも聡明で、誰よりも優しい…憧れの上司です…」

 

「私は…私達はその方の為に色々と尽くしてきました…どんなことでもして、どんなところへでも行きました…」

 

「…けれども…ある時、一人の仲間が言ったんです…」

 

 

 

 

『アイツは間違ってる!…こんなの…こんなこと…狂ってる!アイツも…アイツも皆も狂ってるわ!』

 

 

 

「…彼は…間違っている、と…そう仲間達に訴えましたが…誰もそれを聞き入れませんでした…そしてその声を上げた仲間はついに私達の前から去り……今になってようやくその仲間が訴えていたことの意味がわかり始めてきたんです…」

 

 

「…」

 

 

彼女は両手で顔を隠し、項垂れ、感情を殺しながらぶつぶつと続ける

 

 

「…私は知っていた…彼は最初から間違っていた…間違っていた事を知りながら私はついていった…彼に協力をしていた…いえ、違う…知らなかった…だから私は…いえ、違う…私は…私は…「おーい」

 

 

彼女は目の前で手を振る田中を思い出してはっとする

 

「…大丈夫か?……無理そうなら愚痴らなくていいぞ?」

 

「ご、ごめんなさい!…いえ!違うんです!」

 

 

 

彼女の声を聞き、遠くにいた博物館のスタッフが田中達を睨む

 

 

「…げ…いや、いやいや…良いんだけどさ…もう少し…声を…な?」

 

「あ、すみません…」

 

 

顔を赤くした彼女の焦り様に田中はくっくと笑う

 

 

「…なんだ…そんな顔出来んのな……あのさ…あえて聞かなかったけど、アンタもしかして艦娘か?」

 

 

田中がそう問うと、彼女はびくつき、血の気が引くように顔色が青白くなる

 

 

「な…なんっ!…そっ…なん…で…?」

 

「…ん、まぁ…なんとなくな…」

 

 

彼女の格好は一般人にしか見えない服装だ

 

高身長とその抜群のスタイルのため、モデルと見間違えるならわかる…

 

しかし田中の問いに、彼女は言葉を失い肩を震わせる

 

 

「…安心しろよ。別に誰かにチクったりなんざしねぇよ」

 

 

艦娘が基地の外を一人で出歩いている

 

それもきっと無許可であろう

 

これが所属する基地に知れればその艦娘は懲罰房行きか、最悪解体されることもある

 

 

そんな海軍事情を知っていた田中は、彼女の為を思い…

 

 

(…俺もある意味同じようなもんだしな…加藤のジジイにバレたら何言われるかわかんねぇ…)

 

 

…彼女の為を思い、そう答えた

 

 

 

「…貴方…もしかして海軍の人間ですか?」

 

 

田中にそう問う彼女の表情は真剣なそれだ

 

こころなしか、僅かに殺意のこもった声のように田中には聞こえた

 

 

「いや…身内でな…海軍の人間がいて、よく話を聞いてたからさ」

 

 

田中はここで小さな嘘をつく

 

自分が海軍の人間、と悟られれば間違いなく自分こそ告げ口される、と…

 

 

 

「…身内に…ですか…」

 

「ああ…それで、なんとなくアンタがその話に聞く艦娘じゃねぇかなって思ってな…」

 

 

「…」

 

 

 

田中がそう答えると、彼女は口を閉じて大和の模型に視線を向ける

 

 

 

「…まぁ、なんだ…アンタはその上司が間違ってる、って気が付き始めたんだろ?…なら次やることなんざわかりきってるだろ…」

 

「…やること…何を…ですか?」

 

「そいつが間違ってるっつーなら正してやれよ。叱って、そいつの手ぇ取って導いてやったら良いんじゃねぇか?…それでも言うこと聞こうとしねーんなら…」

 

 

田中はベンチから立ち上がり、大和の模型に近寄る

 

少しだけ間をおいて彼女の方へ振り向き

 

 

「…ぶん殴ってやりゃあいい」

 

 

「……」

 

 

ベンチに座ったまま、田中の言葉を聞いた彼女は、一瞬目を大きくさせるも、ゆっくりと下を向く 

 

 

「…簡単に言ってくれますね……でも、私には…出来ませんよ…そんなこと…」

 

「ならこれからも何も変わらねえぜ?」

 

 

田中ははっきりとそう言って、大和の模型横の博物館パンフレットを手に取る

 

 

「…まぁ、そりゃあ艦娘にとって"提督"ってのは大きな存在だ…下手なこと言いやぁ解体されちまうこともある…だが、言わなきゃ分からねぇこともある…それは人間も艦娘も同じ…でねぇの?」

 

 

「…それは…」

 

 

彼女の方を見ずに、ぱらぱらとパンフレットをめくる田中

 

 

「…上官と部下…その力関係ってのは絶対だ…組織なら、軍隊なら尚更だ。だが、言葉や想いはそうじゃねえ…絶対、なんてありゃしねぇさ」

 

 

「…まるで、艦娘を人間と同じ様な存在だと思われているみたいな考え方ですね…」

 

「…ああ。同じ様なもんだろ」

 

 

 

彼女はその両手を強く握り、苦しみに耐えるような表情になる

 

 

「…艦娘は人間とは違います…艦娘は兵器…道具です」

 

 

田中は読み終わったパンフレットを元の場所に戻す

 

「俺はそうは思わないな」

 

 

「…なら…」

 

 

彼女は内心笑う

 

嗚呼、この男も"艦娘は艦娘だ"などと軽薄な、皮相な、薄っぺらで嘘っぱちな言葉でも言うのだろう、と

 

 

「貴方にとって…艦娘とはなんですか?」

 

 

「ヒトだ」

 

 

即答。

 

田中は大和の模型、その46センチな主砲を見つめながら、彼女にそう一言返す

 

 

 

「…笑って、泣いて、怒って、飯食って、寝て、糞して…感情があって、誰かを好きになって嫌いになって…俺からすりゃあ艦娘は人間と変わらねぇ」

 

 

「深海棲艦と戦える化け物?道具?…アホか。人間だって頭使って、兵器作って深海棲艦と戦ってんじゃねぇか…戦ってんのは艦娘だけじゃねぇ」

 

「…だが、そうだな…俺が艦娘を人間として見れない大きな理由は1つだ…」

 

 

 

田中は振り返り、自分をじっと見つめる彼女の顔を、目をしっかりと見つめる

 

 

 

 

「…艦娘は心が…綺麗すぎる」

 

 

「…心…」

 

 

 

「良くも悪くも、だな…心が綺麗過ぎるから……うん、まー…なんだ……俺は艦娘を人間とは認めたくねぇ…だから人間半歩手前の"ヒト"だ」

 

 

そこまで言って田中は頭をポリポリと掻く

 

 

「…人間ってのは心が酷く汚ねぇ生き物だ…常に自分の損得しか考えねぇ…俺はお前ら艦娘をそんな汚ねぇ生き物とは思いたくねぇからな」

 

 

田中の演説が終わると、張りつめていた緊張が解れ、彼女はくすくすと笑う

 

 

「……面白い考えをお持ちなんですね…貴方の"身内"の方は」

 

 

彼女の言葉にはっとする田中は顔を赤くし

 

 

「…あ…いや、あー…そうだな…海軍にいる俺の身内が…そう言ってた…ぜ」

 

 

「…ありがとうございます」

 

 

そう言って彼女は田中に頭を下げる

 

 

「…は?」

 

「お陰で、少し元気が出ました……"上司"と、少し話をしてみます」

 

 

先程までの殺意のこもった表情はどこへやら…

 

柔らかく、優しい笑顔の彼女を見て田中も僅かに口元を緩める

 

 

「…あっそ…ま、頑張れよ…じゃ、俺行くわ」

 

 

 

彼女が少し元気が出た事がわかると、田中は興味なさそうに片手を振ってさっさとその場から離れようとする

 

田中には、彼女からの礼の言葉がこそばゆいのだ

 

いつものツンデレである

 

 

「あ、あの…せめてお名前「じゃーな!」

 

 

彼女が田中の名前を尋ねようとすると、田中は足早に博物館の外へと出ていってしまった

 

 

「……」

 

 

彼女は遠くなる田中の背中を見つめていた

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 

 

 

 

 

「先生ェ!遅いよ!」

 

 

「うるせっ!うんこが出なかったんだよ!こんにちはした瞬間引っ込んだんだっつの!」

 

 

漣達の待つ車に戻った田中はさっそく漣と喧嘩する

 

漣はムキーっと言いながら田中のズボンを下ろそうとするも、田中の"オーバーキルキック"と言いながら放ったチョップにより沈黙

 

 

「…思ったよりも早かったですね…もう良いんですか?」

 

 

それを暖かい目で見ていた坂本が田中にそう問うも、田名は鼻で笑い

 

 

「…良くねぇっつったって俺のこと連れてくんだろうが……もういいよ…」

 

 

諦めた田中はそうぼやく

 

 

 

「さ!オボロンところへしゅっぱーつ!」

 

 

蘇った漣が元気いっぱいにそう叫ぶと、田中達の乗る車は出発する   

 

 

 

 

 

「あ、駐車場代300円です」

 

「え、俺払うの?」

 

「そりゃそうでごぜーますよ先生ェ」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

田中達が出発して数十分後

 

 

 

未だにベンチに座る彼女は相変わらず大和の模型を眺めていた

 

 

 

「あ、こんなところにいたのね」

 

「…!」 

 

 

彼女に声をかけた女性

 

上下白いジャージを着て、艶のある長い髪をポニーテールにし、その凛とした目つきの女性は、先程まで田中と話していた彼女に近づく

 

 

「…矢矧…」

 

「…ふふ、大和が大和の模型を見てるだなんておかしな光景ね…」

 

 

矢矧と呼ばれた白ジャージの女性はくすくすと笑う

 

 

「…そう、ね…」

 

 

対して田中と話していた彼女…大和と呼ばれた女性も遠い目をしながら力な小さく笑う

 

 

「さ、そろそろ提督が港に着く時間よ。もう行きましょう?」

 

 

「…ええ。わかったわ」

 

 

そう一言答え、ゆっくりとベンチを立ち上がる大和

 

博物館の入り口に向かう矢矧についていきながら大和は考える

 

 

自分に背を向けるこの少女、矢矧とは1年2年目の付き合いではない…

 

それこそ、何年も今日まで共に命をかけて任務に励んだ仲間…家族…

 

 

 

「…ねぇ、矢矧…」

 

 

大和が矢矧の名を呼ぶ

 

矢矧は大和の方へ振り返り、いつもの笑顔で…

 

 

 

「ん?…なに?呼んだ?」

 

 

「……ううん…なんでも…ない…」

 

 

 

きっかけはもらった…

 

だが最初の一歩を歩むには…

 

 

覚悟を決めるのに、大和にはもう少しだけ時間が掛かりそうだ…

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

広島県呉市 阿賀港

 

 

時刻は正午を回る頃

 

数席の漁船やボートが停泊するこの港で新たに一隻の漁船が入港、入港が終わると、船から数人の人影が降りてくる

 

 

その数人の見た目はワークキャップに作業着、とパッと見て漁業の関係者の様に見えるが、男性が3人、それと細身の女性や少女達数人だった

 

 

その数人の船から降りた者達を大和と矢矧が出迎える

 

 

「お疲れ様でした。提督」

 

「…お疲れ様でした。提督」

 

 

背筋を延ばし、帽子を被る一人の男性に気をつけの姿勢で出迎える矢矧と大和

 

 

「…うん。久しぶりだね。矢矧……大和」

 

 

見た目20代の青年が優しい声でそう返す

 

 

「…お車の用意は出来ています。どうぞこちらへ」

 

「うん、ありがとう矢矧」

 

 

「…」

 

 

恐らく久しぶりの再会

 

しかし大和の表情は暗い

青年は大和の表情を見てふ、と笑う

 

 

 

「…どうかしたのかな?大和…久しぶりの再会なんだ。もう少し喜んでほしいな」

 

 

「も、申し訳ありません」 

 

 

そう言って大和は青年に頭を下げる

 

 

「…うん。まぁいいや…さ、行こうか」

 

 

はい、と答える大和と矢矧

青年達を連れ堤防を歩く

 

 

「…ところで…霞は見つかったのかな?」

 

 

う、と矢矧は苦虫を潰したような顔になる 

 

 

「げ、現在朝霜が捜索中です…まだ報告はありません…」

 

「…ふぅん…半年前も同じ答えを聞いたね…早く見つかってほしいね…」

 

 

「はい…霞も大切な家族ですから…ところで提督…親衛隊の人数が少ない気がするんですが…」

 

 

矢矧は船の前にいる帽子と作業着の者達を見て青年に問う

 

 

 

「…うん。1人…いや、付き添いで2人か…別の船で待機しているよ…どうも親衛隊長が気分を悪くしたようでね…そちらで休んでいるよ」

 

 

「…!」

 

 

青年の説明で表情を険しくさせる矢矧

 

 

「…そんな…なんて体たらくな!……隊長のくせに…!許せない…!提督に何かあったら…!」

 

怒りを顕にする矢矧

 

大和はそんな矢矧を横目に堤防を進む

 

 

「いや、構わないよ…もう護衛は済んだからね…きっと疲れていたんだろう…それよりも僕達はすぐに基地へ向かおう」

 

「はっ!すぐに参りましょう!」

 

 

矢矧はそう言って歩く速度を上げ、先に行ってしまった

 

 

「大和」

 

「…はい」

 

 

矢矧が先へ行き、青年と大和二人で堤防を進む中、名を呼ばれる大和 

 

 

「…最近昔の夢を頻繁に見るようになってね…嫌なものだね。歳をとる、というのは…」

 

若々しい見た目で似つかわしくない事を青年は呟く

 

大和は視線を前に向けたまま、眉間にしわを寄せる

 

 

「……27年前からお姿が変わらないのに……以前もお聞きしましたが…提督は本当はおいくつなんですか?」

 

 

「…」

 

 

大和は矢矧と共に青年に20年以上尽くしてきた…

 

見た目の成長が遅い艦娘の大和や矢矧が提督と呼ぶ彼は、決して艦娘ではない

 

 

 

だがその姿は少年とも呼べ、青年とも呼べる程に若々しい姿…

 

 

 

「ふふふ…さて…いくつだろうね…ただ、一つだけ教えてあげるよ。大和」

 

 

「…はい」

 

 

大和は背後から聞こえてくる青年の底の見えないような、深い深い闇から聞こえてくるような声に背筋を凍らせる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…人魚の肉は……硬くって美味しくはないものだよ?」

 

 

 

元横須賀鎮守府提督、赤松慎太郎は優しくそう笑った

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

呉市阿賀港より沖の海上

 

 

入港した船とは別の船、その薄暗い貨物室では1人の少女が積荷に寄りかかり、肩を震わせていた

 

 

 

「…う…うう……う…ぐ……ふぅ…ぅ…」

 

 

肩を震わせ、声を抑えて涙を流す青髪の少女

 

 

「…じ…神通…さん…球磨…さん……ボス……!」

 

 

サムこと、元トラック島八木艦隊のアメリ艦、サミュエル・B・ロバーツだった

 

 

 

サムが泣き崩れていると、貨物室の扉をノックされる

 

 

『サム隊長ー!気分は大丈夫ー?早く提督のところへ行こうよー!』

 

 

なんの因果が、赤松に拾われたサムはそのまま赤松の護衛…もとい、親衛隊となり、ボスに会わせる約束のもと、この十数年間彼を守り続けてきた

 

 

しかし気づけば彼に心を毒され、八木やトラックの者達を忘れつつあった所で、今朝ある夢を見た

 

 

それはサムがトラック島で建造されてからトラック島を脱出するまでの過去の記憶の夢だった

 

 

 

サムはその夢を見て全てを思い出した

 

思い出してしまった

 

 

 

「……ボス…神通さん…川内さん…多摩さん…阿武隈さん……みんな……みん…な…う、ううう…」

 

 

 

金色の瞳から流れる涙は、無情にも貨物室の鉄の床に零れ落ちる

 

サムの涙を拭うものは誰もいなかった

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「…山田さん」

 

「んにゃ…なんらい?デコちゃん」

 

 

東海支部 士官寮

 

 

時刻は23時を回り、就寝しようとしていた山田とデコポン

 

 

半分夢に入りつつあった山田を起こしたのは隣で横になるカバさんパジャマのデコポンだった

 

 

 

「……一つ…聞きたいことがあるのだけれど…」

 

「いいよ〜スリーサイズ?好きな食べ物?」

 

 

 

 

 

デコポンは山田の見た記憶の光景を見た

 

それは確信していた

 

 

…実は山田の力を知って、デコポンは密かに試してみたいことがあった

 

もしも資料を見ている山田に触れていたら、自分も同じ光景を見れるのではないか、と…

 

 

漠然とした、根拠のない馬鹿馬鹿しい想像、予想、空想…

 

 

しかし実際に、資料を見ようとした山田の隣に座り、肩をつけた瞬間にデコポンの意識はとんだ

 

 

そして見た…

 

 

トラック島の記憶を…

 

そしてそのあとに見たあの鎮守府の者達の記憶を…

 

 

 

「……今まで見た記憶の中で…印象に残った人達…艦娘達っているの?」

 

 

「…え?…印象?…なんで?」

 

 

「…なんとなく…気になって」

 

 

うーん、と山田は唸る

 

 

「…初めて見た大隅なら…やっぱり電ちゃ…電さんと…大井さん…あと金剛さんかな?…本郷提督さんへの愛を強く感じたし、若狭なら響さんに阿賀野さん長門さん…あと天龍さんかな?…仲間の絆を感じたね…伊豆だと朝潮さん…白雪さん…あと嵐さん…後悔の念っていうのかな…それを感じたし、龍驤さんと天津風さんも印象残ったね…」

 

 

「…なるほど…」

 

 

「あとは磐城の資料では摩耶さんと〜…」

 

 

山田の話を聞きながらデコポンはそうか、そうだったのか、と考える

 

 

あのとき見た夢…

 

 

トラック島の映像が終わり、意識がフェードアウトして突然切り替わったあの鎮守府…あの鎮守府にいた者達…

 

 

 

彼女らは山田が資料を見る上で、印象に残った…山田が確認、観測した者達だったのだ…

 

 

…だがしっかりとした確信はない…

 

ここまではあくまでデコポンの予想だ

 

 

「…って感じかな?…意外と覚えてるものだね。ふふふ」

 

 

「え…あ、ああ…そうね……ねぇ、明日はあの赤い日記帳を挟んでいた方を読んでみない?」

 

 

「え"…志摩鎮守府の資料?」

 

「ええ…その…五月雨がどうして深海棲艦化したのか…気になって…もしかしたらあの赤い日記帳とは違う方のファイルに事情が載っているかもしれないし…」

 

 

「う、うーん…それは…うん…私も気になるけど…」

 

「なら決まりね。おやすみなさい」

 

 

そう素っ気なく会話を終わらせ、山田に背を向けるデコポン

 

 

「…え…あ…おやしゅみ…なさい…」

 

 

倦怠期の夫のような態度のデコポンに寂しさを感じる山田は、少しテンションが下がってそう返した

 

(…え、なんか怒らせちゃったのかな…うう…)

 

 

自分が変なことを言ってしまったのかと反省する山田。そしてそんな山田に対しデコポンは、密かにある考えを持ち始めていた

 

 

(…山田さんの力がそういうものなら……もしかしたら陽炎のことも…!)

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

翌朝 第四資料室

 

 

0900

 

 

「…ホンマに昨日からやけど…連続でいけるんか?」

 

 

心配そうな表情で志摩鎮守府のファイルを山田に渡す松井

 

 

「バチコイです!まっつん先輩!」

 

 

対して元気いっぱいに答える山田

 

 

「…ヤマちゃんがええなら…まぁ…無理したらあかんで?」

 

 

松井の言葉にデコポンが真顔でサムズアップ

 

 

「…もしもの時は私が無理矢理起こします」

 

「え?…ああ…そう?」

 

 

デコポンの意図を知らない松井は何かの冗談かと思って軽く受け流す

 

 

山田はソファーに座り、資料を開く

その横にはデコポンが座る 

 

 

「…じゃ、行ってきます!」

 

「ハバナイスバディや!」

 

「ナイスバティ!」

 

 

デコポンは松井のボケと山田のボケを有意義に無視し、隣に座る山田の肩にそっと自身の肩をつける

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

結果報告

 

 

 

場所

 

志摩鎮守府

 

 

 

日時

 

昭和85年7月7日

 

 

 

 

 

標題

 

志摩鎮守府への深海棲艦襲撃案件

 

 

 

 

 

詳細情報

 

別紙参考

 

 

 

 

 

結果

 

1、深夜帯ニテ起キタ深海棲艦ノ襲撃ニヨリ八木秀次提督、及ビ志摩鎮守府職員、並ビニ全艦娘ノ死亡。基地半壊

 

2、基地ノ建テ替エ、及ビ新タナ基地司令官ノ着任

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 




はい

例の鎮守府と接触したデコポンちゃん。

壊滅した北洋艦隊を受け継いだ中国海軍の少女と若狭。

忘れていた記憶を思い出したサムに、赤松提督の右腕、大和と接触した田中君


様々な想いが交差…させたいです


あ、ここでご報告。
"資料室案内"更新いたしました。

田中、松井、山田をフルネーム表記致しましたので、もしよろしければどうぞ

次回のお話では紅い記憶編で五月雨が深海棲艦化した経緯に触れていきます。

多分

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