大本営の資料室   作:114

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祝、艦これ9周年!


前のお話、紅い記憶編の前日譚になります

それではどうぞ


File59.志摩鎮守府襲撃案件

2010年 4月

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府、軍港

 

この港には1人の中年将校と、その部下と見られる3人の男性士官、そしてその秘書艦達がいた

 

 

 

「待ってください!…本当に行くつもりですか!」

 

 

紺色の士官服に身を包んだ巨漢の士官は、必死な表情と声で中年将校を止めようとする

 

 

「…ああ。任務だからねぇ」

 

 

中年将校は振り返ることなく、巨漢の士官にそう返す

 

その声色は慌てることなく、のほほんとした普段どおりといった風だ

 

 

「私は…!私達は認めませんよ!貴方がわざわざそんな危険な事をする必要はありません!そうだろう!八木大尉!」

 

「お、落ち着いてください…源少佐」

 

 

巨漢の士官、源に振られた細身の若い眼鏡の士官、八木は慌てるように源をなだめる

 

 

「…しかし源少佐の仰ることも……どうしても行くというのならば我々も同行させてください!先生!」

 

 

「…君等には君等のやるべきことがある…それに、若く…未来ある君達こそ命を粗末にするもんじゃあない」

 

 

中年将校の言葉に、今まで黙っていた3人目の士官も前へ出る

 

 

「…そのとおりです、先生…僕達はまだ若輩者…まだ貴方の教えがないとこの海では生きていけません…どうか考えを改めてください」

 

 

3人の中では1番若く、長い前髪で片目が隠れた中性的な顔立ちの青年士官が訴える

 

 

「…先生っ!!どうか!…どうか行かないでください!」

 

 

源はコンクリートの堤防に土下座し、許しを請うように涙ながらに願う

 

その後ろでは秘書艦の朝潮も源に続くように土下座する

 

 

「どうか!加来中将!私からも願います!」

 

 

朝潮の強い言葉に、遂に中年将校が足を止め、ゆっくりと振り向く

 

 

 

「…私はもう中将ではないよ」

 

 

そう言って髭の将校、加来は土下座する源の目の前にしゃがみ、彼の左手の指に光るものを見て、源の肩に手を触れる

 

 

「…せ、先生!」

 

「…源君…君は最近ケッコンをしたそうだね。おめでとう…正規空母の…赤城だったかな?」

 

 

「え、ええ…仮…ではありますが…」

 

 

涙と鼻水を垂れ流す源の驚いた顔を見て、にこりと笑う加来

 

 

「…なら、彼女を大切にしなさい…それに、そこで君と同じ様な姿勢の彼女のこともね…きっと赤城と…その朝潮は君にとってこの先大きな存在となる」

 

 

「…先生…」

 

 

そこまで言うと、加来は更に源に耳打ちする

 

 

「……それと、彼女達以外の女性には気を付けたほうがいい…君には女難の未来が見える…特に、変に赤城に近づく者は警戒しなさい」

 

 

「…は、はい…」

 

 

源の返事を聞き、うん、と言って立ち上がった加来は片目の青年の方へ向く

 

 

「佐原君」

 

「はい、先生」

 

 

加来に名を呼ばれ、姿勢を正す佐原と呼ばれた青年

 

 

「…君は誰に対しても少し優しすぎる…だが優しさと甘さは違う…よく心得ておくようにね」

 

 

「…はい」

 

 

心当たりがあるのか、佐原は少し俯き返事を返す

 

佐原の背後に立つ彼の秘書艦、迅鯨も口元を結び、佐原を心配そうに見つめる

 

 

 

そして加来は最後に八木の方へ向き

 

 

「…八木君…何があろうとも、決して影を追いかけてはいけないよ」

 

 

源と佐原に対して見せた表情とは違い、叱るような…何かを警告するような表情で八木を強く見つめる加来

 

 

「……影…ですか?」

 

 

なんのことか理解できない八木は加来に問う

 

加来はちらりと八木の背後に立つ彼の秘書艦、五月雨に視線を向けるも、すぐに八木の目を見て

 

 

「……君には君の人生がある…躍起になって投げ出したらいけない…よく心得ておきなさい」

 

 

「…はい…」

 

 

 

八木のちいさな返事を聞き、うん、と頷いた加来はまたにこりと笑って彼等に敬礼する

 

 

 

「…では諸君。見送り御苦労……君たちの武運長久を祈る」

 

 

「先生!」 

「…先生!」  

 

 

 

八木達の呼び掛けも虚しく、加来は彼等に背を向け、堤防から海へとその足を進める

 

 

「…っ!」

 

このままでは加来は堤防から足を踏み外し、海へ落下してしまう

 

 

源が加来へ走り寄ろうとした瞬間、加来の姿がぱっと消えてしまった

 

 

「…!?」

 

「…消えた!?」

 

「…そんな…!」

 

 

 

彼等の目の前にあるのは穏やかな波を立てる大海原

 

加来はそんな海に堤防から足を一歩踏み入れた瞬間にその姿が消えてしまったのだ

 

 

「…」

 

 

源や佐原…彼等の秘書艦達が驚く中、八木だけは見た

 

 

加来が消える瞬間、ほんの一瞬だけ大きな、とても巨大な空母のようなものが加来の足元の堤防部分へと橋を伸ばしていたのを…

 

 

 

「…一体…何故…」

 

「…わ、わかりません…」

 

 

佐原も驚き、秘書艦の迅鯨に問うが、彼女も首を横に振る

 

 

「……く…」

 

 

源も大海原を前に、両の手の拳を強く握り、歯を食いしばる

 

 

「必ず…必ず貴方を超えるような将校になってみせます…!…加来先生!」

 

「…この朝潮…!どこまでも司令官に着いていきます!」

 

 

源の呟きに、彼の秘書艦朝潮も背筋を伸ばし敬礼する

 

 

「…て、提督…」

 

 

八木の秘書艦、五月雨も心配そうに八木を見つめ、名を呼ぶが、八木は諦めたように小さく笑う

 

 

「…さぁ、帰ろう。五月雨…」

 

 

 

加来大佐の弟子達はこの日を最後に集まることはなかった

 

彼等は彼等の未来へと進みだしたのだ

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

2010年 6月

 

 

三重県志摩市 国府白浜近くに鎮座するは東海支部直下、志摩鎮守府

 

 

 

「司令官!遠征艦隊、輸送任務終わったわよ!」

 

 

執務室、扉を開けて元気よく入ってきたのは暁型の一番艦、ネームシップの暁だった

 

えっへん、とでも言いたげな風にドヤ顔で細い腰に両手を当てて志摩鎮守府提督、八木に報告する

 

 

「うん、お疲れ様。暁…でも出来れば執務室に入る時はノックがあると、よりレディな気がするんだけどなぁ」

 

 

八木は走らせていたペンを止め、ズレた眼鏡を直しながら苦笑いで暁にそう声をかけると、暁はわたわたとしだす

 

 

「あっ…ぇえっと…わ、忘れてたわ!…こ、こんこんっ!」

 

執務机の向こうにいる小さなレディは愛らしく、エアーでノックの動作を行う

 

 

「あはは…うん、気をつけてね…はい、これ任務を無事に終わらせられたご褒美だよ」

 

 

八木はそう言って執務机の引き出しから鎮守府内にある間宮で使えるアイスクリームの引換券を暁に渡そうとする

 

暁は顔を赤くして、腕を組んでぷいっと顔を背ける

 

 

「わ、私みたいなレディがアイスなんかで喜ぶわけないじゃない!」

 

 

「…あー…えーっと…」

 

 

あらら、と困ったように頭を掻く八木

 

また誰かの影響受けたのかな、と考えるが、暁は明らかにちらちらと券に視線を向けている

 

 

「……でも、熊野はこないだ…"ストレスはお肌の天敵だから"って赤福食べて「い、頂くわ!私も!」

 

 

 

しゅばばっと八木の券を受け取ってそそくさと執務室を出ていく暁

 

 

秘書艦机で書き物をしていた五月雨はジト目で八木を睨む

 

 

「…どなたが熊野さんに赤福あげたんでしたっけ?」

 

 

「……熊野も出撃頑張ってくれたから…ね?」

 

 

五月雨に睨まれながらも八木は笑いながら、掛けていた眼鏡を外し、目頭を押さえる

 

 

「…んー…あ、そうだ…そういえば、そろそろ七夕祭りも近いんだよね?」

 

 

疲れ目の八木は来月のイベントを思い出して五月雨に声をかけると、五月雨もああ、そういえば、とペンを止める

 

 

 

ここ、志摩鎮守府は数少ない地元民との交流を大切にする鎮守府である

 

四季に合わせて鎮守府を一般開放し、敷地内で季節ごとの催し物を開催したり、出店を出したりと地域とのコミュニケーションに貢献している

 

 

彼の言う七夕祭りもその一つで、毎年七夕の時期では鎮守府の広場に大きな笹の木を用意し、鎮守府の艦娘や職員、地元の子供達からお年寄りまで短冊に願いを書いてもらい、飾っている

 

 

 

「…そうですね。そろそろ蜂谷さんに連絡しておいたほうがいいですよね?」

 

 

秘書艦五月雨が、笑顔で八木にそう言うと、八木もうん、と頷く

 

 

「うーん…植木屋さんは今忙しいみたいだから…ちょっと連絡しにくいなぁ…」 

 

「…ギリギリで連絡された方が困ると思いますよ?」

 

 

困り顔で五月雨は笑う

 

この笑顔を見る度に八木はいつも思う

 

 

白露型駆逐艦、五月雨…

 

どこの鎮守府でもドジっ娘属性がとても強いと言われる彼女…

 

しかし志摩の…八木の初期艦である彼女はしっかりとしていて、寧ろ八木は彼女のドジる姿を数回しか見ていない気がする

 

本当にあのドジっ娘と呼ばれた艦娘なのか?…と

 

 

「…うん、そうだね…じゃあ…連絡しておいてもらえないかな?」

 

 

「お任せください!」

 

 

八木がお願いすると、五月雨は笑顔で返事をして電話帳片手に電話に手をかける     

 

 

 

「もしもし!…あ、はい、五月雨です!…いえいえ…いつもお世話になってます…」

 

 

五月雨が電話する中、八木は執務椅子から立ち上がり、窓の方へ近づくと外の景色を見る

 

 

 

「…いい…天気だなぁ…」

 

 

窓の下に目を向けると、駆逐艦の少女達が走り回っており、その奥のベンチには巡洋艦の少女達が楽しそうに話している

 

 

「…元気だなぁ…」

 

「…提督?…注文、終わりましたよ?…今年は竹の木になるそうです」

 

 

のんびりとした、平和な空気を感じて再び執務椅子に座る八木に、五月雨が報告する

 

 

「…ん、ありがとう。五月雨」

 

「どういたしまして、提督」

 

 

 

まるで長年連れ添った老夫婦の様な雰囲気に、八木と五月雨はお互い顔を合わせてくすくすと笑い合う  

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 

 

 

 

1500

 

執務室の扉を控えめにノックする音が聞こえる

 

 

「…?…どうぞ」

 

 

五月雨が声をかけると、扉が開いてお茶とお菓子の乗ったトレーを運ぶ駆逐艦の少女が1人入ってくる

 

 

「御機嫌よう、司令官…五月雨ちゃん」

 

 

駆逐艦、綾波だった

 

 

「綾波ちゃん!お疲れ様」

 

 

ぽやぽや笑顔の綾波は五月雨ににこりと笑顔を向けると、八木に向かって敬礼する

 

 

 

「お疲れ様です司令官…こちら、もしよろしければどうぞ?3時のおやつです」

 

 

そう言って持ってきたトレーのお菓子を八木に見せる

 

「…ん?…ああ…もうそんな時間か…」

 

 

綾波のお菓子を見て、んー…っと背伸びをする八木

 

 

くすくすと笑う五月雨と綾波

 

 

「…いや…書類書類って毎日デスクワークばかりだからね…肩凝っちゃって…」

 

笑いながら右手で左肩をぐりぐりとマッサージする八木を見て、お茶の乗ったトレーを机に置き、怪しい笑顔で両手をわきわきさせる綾波

 

 

「…綾波が……おもみしましょうか?」

 

 

「大丈夫です」

 

 

即答し、丁重にお断りする八木

 

 

 

 

以前駆逐艦の山風が何の気無しに綾波の"マッサージ"を受け、数十分後には白目を剥き、よだれを垂らしながらまるで絶頂したかのように気絶した姿で保護された

 

同じ部屋にいた綾波の顔はそれはそれは肌艶が良かったとのこと…

 

 

綾波は一体山風のナニをナニをしたのか…

 

それは綾波と山風しかわからない…しかしその後、どういうことか山風は綾波に懐くようになったと八木は報告を受けている…

 

 

「…いや、背後に回ろうとしなくていいから…」

 

「…そうですか…残念です…」

 

 

八木の背後に回ろうとした綾波は、残念そうな表情でしぶしぶ八木から離れていく

 

 

「…これは…クッキーだね?綾波の手作りかな?」

 

 

改めて、綾波の持ってきたおやつのハートの形のクッキーに手を伸ばす八木

 

 

「いえ、比叡さんが作りました」

 

 

「へぇ…それは楽しみだね」

 

 

比叡が作ったクッキー…

 

他の鎮守府ならば、ダークマター扱いされる比叡の料理だが、ここでは違う

 

 

「…うん、美味い!」

 

「本当ですね!美味しい!」

 

 

クッキーを食べた八木と五月雨は嬉しそうに、美味しそうに2枚、3枚とクッキーを口に運ぶ

 

 

「ふふふ…きっと比叡さん喜びますよ…紅茶は綾波がご用意しました」

 

 

紅茶の入ったカップを手に取り、その香りを嗅いだ五月雨が頬を赤くする

 

 

「…ミルクの香りがいいですねぇ…」

 

「はい、セイロンティーと迷ったんですけど…やっぱりミルクティーかな、って思って」

 

「うん、流石綾波だね」

 

 

綾波の用意してくれたお茶とお菓子で執務室の午後は優しい時間が流れる

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

1800

 

 

夕日が半分以上水平線に沈み、辺りが薄暗くなってくる時間

 

 

ようやく本日分の執務作業が終わった八木は執務椅子で何度目かの欠伸をする

 

 

「ふぁー……っと…やっと今日の分は終わったねぇ…ああ…腰が痛い…」 

 

「お疲れ様でした。提督…ふふふ、まるでおじいちゃんですね」 

 

「はは…おじいちゃんだね…」

 

 

五月雨の笑顔を見た八木は執務椅子にもたれかかりながら窓の外を見つめる

 

 

「…でも、良かったです…提督、お元気になって…」

 

「…そう…かな…」

 

「はい、加来中将…いえ、加来大佐のお見送りの日からずっとお元気なかったので…私心配だったんです…あ、いえ、綾波ちゃんや比叡さんも提督のこと心配していたんですよ!?」

 

 

恥ずかしそうに、書き終えた資料を整理しながらファイルに差し込む五月雨

 

 

「…元気…か……うん、そうだね…元気出さないと、だよね…」

 

 

「はい!その意気です!」

 

 

五月雨は両手で拳を作り、八木を応援するような仕草をすると、八木もよし、と呟いて執務机を指でトントン、と突く

 

 

〈お呼びですか!?提督!〉

 

 

すると執務机の影からひょっこりと妖精さんが現れ、執務机の上に立ってびしりと八木に敬礼する

 

 

「うん、ホールで上映会でもやろうと思っててね…また機材をお願いできるかな?」

 

 

八木が妖精さんにそう言うと、すぐに敬礼する妖精さん

 

 

〈お任せを!…えーっと…何を流しましょうか…?〉

 

 

「五月雨…何を流したら皆喜ぶかな?」

 

 

八木に問われた五月雨はんー、と考え

 

 

「…ええと…あの…弾を避けたりするやつ…ですかね?…えーと…ミトコンドリア…じゃなくて…」

 

 

「…ああ、マトリックスだね?」

 

 

五月雨の断片的な情報だけで言い当てる八木

 

それもそのはず

 

以前試しにと艦娘達に見た初めての映画がそれであった

 

 

駆逐艦、海防艦、そして一部の軽巡、戦艦には非常にウケがよく、一時期志摩ではサングラス姿の艦娘が多数見られた事もあった

 

 

「…そうそう…マトリックスです!…あ、んー…」

 

 

「?…どうかしたのかい?」

 

 

 

五月雨は申し訳無さそうににこりと笑い

 

 

「…私個人としてはいつか見た荒野の七人も見たいですね…お話も、音楽も素敵でしたし」

 

 

「…そっか…うん、なら今回はマトリックスで、その次は荒野の七人にしようか」

 

 

「はい!良いですね!」

 

 

「…というわけでお願い出来ないかな?」

 

 

八木のお願いに妖精はにやりと笑い敬礼

 

 

〈お任せを!ご用意します!〉

 

 

「うん、よろしく…じゃあ五月雨、先に夕食を済ませてきていいよ…僕はまだやることあるから」 

 

「え、でも…」

 

 

五月雨が心配そうな表情になると、八木は笑顔を向ける

 

 

「無理しないよ。ただ…ちょっと確認しなきゃいけないことあってさ」

 

 

「はい…わかりました…」 

 

 

 

少しだけテンションの下がった五月雨は返事をして椅子から立ち上がり、そのまま執務室の扉の方へと向かう

 

 

「五月雨」

 

「…!?」

 

不意に八木に名を呼ばれ、扉前で足を止める五月雨

 

 

「…後でホールでね」

 

 

「…はいっ!」

 

五月雨が振り向くと、執務椅子に座った八木が優しい笑顔でそう声をかける

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

五月雨が執務室を出ていったあと、八木は執務椅子に深く腰をかけていた

 

 

 

「…はぁ…どうしよう…」

 

 

 

そう言って執務机の引き出しを開け、1枚の封筒を取り出す

 

 

封筒には"特務"と書かれていた

 

 

 

「…ケッコン…か…」 

 

 

八木は遠い目をして呟く

 

 

この封筒に入っているのはとある書類と、それに関係したあるアイテムだった

 

 

"ケッコン指輪"

 

 

ある条件をパスした艦娘が特殊なこの指輪を提督から貰い、装着することでその艦娘の秘められた能力を更に飛躍的に上げることができる

 

 

しかし能力向上だけでなく、艦娘の中ではこの指輪をもらえることを提督との愛を誓う神聖な行為と思う者もいる

 

 

どこかの鎮守府ではこのケッコン指輪を贈る行為、通称ケッコンカッコカリのせいで艦娘同士の殴り合いにまで発展した場所もあるという…

 

 

 

「…初めて見たなぁ…これ…」

 

 

封筒を開け、中に入っていた小箱を片手にそれをじっと見つめる八木

 

 

現在、この志摩の艦娘達の中で練度が高いものが二人いる

 

 

一人は先程まで八木と一緒にいた初期艦であり秘書艦の五月雨

 

そしてもう一人は…

 

 

 

「……心情的にはあげたいのは五月雨なんだけどなぁ…」

 

 

 

 

八木の脳裏を過るは直近での鎮守府の戦果

 

 

現状は決して悪くはない…

 

艦娘達も一人も沈むことなく皆元気にやっているし、近隣の方々とのコミュニケーションも十分に行っている

 

戦果も僅かながら着実にこなしてはいるが、そこはやはり海軍

 

 

1つの海域を解放すれば次を、と尻を叩かれる

 

 

 

「…鈴木中将…直接は言ってはこないけども…」

 

 

 

だが戦力には限りがある

 

艦娘建造機でもすぐに即戦力が建造出来るわけではない…

 

 

故に、志摩で練度が高く、かつ火力もある艦娘で練度の高いもう一人は…

 

 

 

「…比叡…か…」

 

 

八木は頭を悩ませていた

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

志摩鎮守府 食堂

 

 

「聞いたにゃ?今夜提督が映画の上映会してくれるって」

 

軽巡洋艦、多摩が向かいのテーブルでどんぶりをかっ込む球磨にそう声をかける  

 

 

「クマ。もちろんだクマ…球磨はアンタッチャブルが見たいクマ」

 

 

「にゃ…多摩はマトリックスが見たいにゃ」

 

「…弾避けたり超スピードで戦うなんて現実離れしすぎだクマ。球磨ならそんな戦い方絶対しないクマ」

 

「弾を避けるのはロマンにゃ。球磨にはそのロマンがわかってないにゃ」

 

「わかってないのは多摩にゃ…デニーロのアル・カポネこそ裏街のボスの風格を「球磨が映画オタクみたいになっててキモイにゃ」

 

 

 

食堂の一部で熊と猫が喧嘩するのを横目で見ながら、駆逐艦達のテーブルも楽しそうに食事をしていた

 

 

「ねえねえ五月雨ちゃん!提督とはどうなの?」

 

 

口元に米粒をつけた如月が斜め向かいの五月雨にそう声をかけると、五月雨は持っていたお茶碗を落としそうになる

 

 

「え!?な、なにもないよ〜」

 

 

「でも毎日提督と一緒にいるし〜…五月雨ちゃん…練度も高いんでしょう?…ならそろそろ…ね?」

 

 

五月雨の隣で食事をする荒潮も、自身の左手…主に薬指の辺りをちらちらと五月雨に向ける

 

五月雨は顔を赤くしながらぱくぱくと白米を口に運ぶ

 

 

「そ、そんなことないったら!…むぐむぐ…」

 

 

 

わかりやすい五月雨のリアクションを見た荒潮と如月は、くすくすと笑う

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

基地本館 ホール 

 

時刻は2100

 

 

式典などを行うこの広めのホールでは、在籍する艦娘、及び業務の手が空いた基地の職員や士官達が映画館のようにずらりと並んだパイプ椅子に座り、皆正面の舞台、下ろされたスクリーンに注目する

 

 

『はい、じゃあ恒例イベントとなった映画上映会を行います。上映中のお喋りなどは…あんまりしないように』

 

 

舞台横に立った八木が、慣れた様子でマイクを使って説明する

 

 

「提督〜…今日の映画はなんですか?」

 

 

誰かが手を挙げそう問うと、八木はとあるDVDのパッケージを手にし

 

 

『はい、本日の映画はマトリックスです』

 

 

ああ、またか…といったふうに苦笑いの職員や士官達とは対象的に、艦娘達はどよめく

 

 

「よし!マトリックスキタコレ!」

 

「ベートーベン3もいいんだけどなぁ…」

 

「今夜もネオが観れる!これで勝つる!」

 

 

 

歓喜する者、がっくりと項垂れる者と様々な反応の艦娘達だが、やはり皆映画が好きだったのだ

 

 

 

『…はい、じゃあ上映しまーす』

 

 

八木が合図を送ると、妖精さんがホールの照明を落とし、スクリーンに明かりが灯る

 

 

 

 

皆で揃って映画を見る

 

 

これが志摩鎮守府の定例行事だった

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

翌朝 執務室

 

0900

 

 

「…海域調査…ですか?」

 

 

秘書艦五月雨は突然命令を受けて、驚きながら八木にそう返す

 

 

「ああ…志摩より南南西の海域にて艦種不明の深海棲艦群が出現したとの情報が入ったんだ…本来ならば別の遠征艦隊の娘達に任せようと思ったんだけれども…」

 

 

執務椅子に座る八木は東海支部から送られてきた資料をぱたん、と閉じ、表情を強張らせる

 

 

「…敵戦力がわからない状況で練度の浅い娘達を送り出すわけには行かない…」

 

「…それで私の出番、というわけですね?」

 

 

「…遠征に適していて、経験豊富、かつ状況判断に長けたのは五月雨しかいない…目標は未知の深海棲艦…危険な任務になる可能性は高い…どう、かな?」

 

 

恐る恐る五月雨に問う八木にびしりと敬礼する五月雨

 

 

「任せてください!駆逐艦五月雨!提督命令に従い、偵察任務出撃します!」

 

 

きりっとした表情で、元気よく返事をする五月雨を見て、八木は眉をひそめ申し訳なさそうにする

 

 

「…すまない、五月雨」

 

「…どうして謝るんですか…私は艦娘。貴方は私の…私達の提督…提督からのご命令とあればどこへでも!ですよ」

 

 

「…そう…だね…うん」

 

 

八木は咳払いをして執務椅子から立ち上がり、五月雨に向けて敬礼する

 

 

 

「…駆逐艦五月雨。改めて南南西海域への海域調査、及び敵勢力偵察の任務を命ずる。作戦に参加する艦隊編成後、明日0400にて出撃予定とする」

 

 

「了解しました!」

 

 

八木の命令に五月雨も敬礼を返すと、八木に背を向け執務室を出ていく

 

 

 

 

「…頼んだよ。…五月雨」

 

 

五月雨に命令を出した八木は心配そうにそう一言呟く

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

執務室 1200

 

 

書類作業を一人で行う八木のいる執務室にノック音が鳴る

 

 

「…どうぞ」

 

 

八木は視線を書類に向けたままそう返すと、執務室の扉が開いて一人の艦娘が入ってきた

 

 

「司令、ご昼食をお持ちしました!」

 

 

カレーライスの乗ったトレーを持った戦艦、比叡だった。彼女は元気いっぱいに笑顔で執務室に入ってくる

 

 

「……ああ、もうそんな時間か…ありがとう、比叡」

 

 

ペンを置いた八木は執務机の上を片付けはじめる

 

ある程度片付けられた執務机の上に、比叡がカレーライスの乗ったトレーを置く

 

 

「いえいえ!…って、五月雨ちゃんは…?」

 

「ああ…ちょっと急な任務が送られてきてね…その準備に入ってるよ」

 

 

「そうなんですか?…あー…でしたら私が執務のお手伝いしましょうか?」

 

 

「うん?…そう…だね…そうしてもらえると助かるけども…比叡は忙しくないのかな?…あ、カレー頂きます」

 

 

比叡に問いながら、カレーを一口食べる八木

 

うん、と頷いて満足そうな表情になる

 

 

 

「んー…しばらく出撃は無さそうですし…全然任せてくださいよ!司令!」

 

 

「…んぐ…んぐ……んっ…なら、うん…お願いしようかな?」

 

 

カレーを食べ終わり、比叡の申し出を笑顔で受ける八木

 

 

比叡は八木が志摩に着任してすぐに建造した艦娘の一人だ。

他の鎮守府の比叡同様、もともと料理が天才的に美味しくなく、何かを作れば誰かが医務室に運ばれる、といった流れが日常となっていた

 

しかし彼女の料理の腕を見かねた八木が自分の知る限りの料理の知識を比叡に伝授 

 

約半年かけて比叡の料理の練度を上げることに成功した

 

 

 

「はい!気合い!入れて!お手伝いします!!」

 

「…はは…元気だねぇ…」

 

 

しかしそんな比叡と八木の事を執務室の扉の隙間から覗く少女が一人

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 

 

 

 

執務室前の廊下

 

 

 

任務の編成表を手にした駆逐艦、五月雨が扉の前で暗い表情で立ち尽くしていた

 

 

「…提督…」

 

 

偵察任務が命令されたと同時に八木から受け取った作戦資料書と編成表。その照らし合わせた情報をさらにまとめた資料を八木に提出し、相談し合おうと執務室までやってきた五月雨 

 

 

しかしたまたま…偶然比叡と八木が仲良さそうに話している声を聞いてしまい、出来心から扉の隙間から中を覗いてしまう

 

 

話し声までは聞くことが出来ずにだったが、少しだけ気まずくなった五月雨はどうしようかと思いながら悩んでいた

 

 

 

「あれぇ?五月雨ちゃん?」

 

「え?あ、暁ちゃん!」

 

 

そこへやってきたのは片手に棒付きアイスを持った暁だった

 

暁は首を傾げつつ五月雨に問う

 

 

「…中、入らないの?」

 

「う…えーと……ううん…はいる…よ」

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  

 

 

 

 

今度はこんこん、と執務室の扉がノックされる 

 

 

「あ、どうぞー!」

 

 

 

八木の代わりに比叡が笑顔で答えると、五月雨と暁が執務室に入ってくる  

 

 

 

「司令官!頂いたチケットでアイスを貰ったわ!レディとしてお礼を言わないとって思って来たわ!」   

 

えっへん、と言ったふうに腰に片手を当てて手に持つアイスを八木に見せびらかす暁と、申し訳無さそうに腰が引けたふうな五月雨

 

 

「…ああ…良かったね。暁…五月雨は…どうかしたのかい?」

 

 

「い、いえ!…あの…頂いた作戦計画書案と編成表案の合わせ確認を、と…」

 

 

申し訳無さそうに用意した書類を八木に恐る恐る渡そうとする五月雨

 

八木はああ、と理解し、執務椅子から立ち上がって五月雨の方へ向かい、五月雨から計画書類を受け取る

 

 

「………うん……うん…」

 

 

計画書をパラパラと捲りながら確認をする八木

 

暁はアイスを食べながらソファーに腰掛け、その隣に比叡も座る

 

五月雨は心配そうに計画書を確認する八木を見つめ…

 

 

「…やっぱり3日はみといた方がいい、か…」

 

 

書類を見ながらそう呟く八木に頷く五月雨

 

 

「…はい…どうしても距離的に片道で1日は掛かってしまうので…」

 

「わかった。計画書にも書いてあるけど、無理な戦闘は行わないように。敵と遭遇した際はすぐに撤退するようにね?」

 

 

「…はい、あの…」

 

「ん?」

 

 

五月雨は手をもじもじとさせながらちらりと比叡の方を見る

 

 

「…私がいない間…その…提督の身の回りの事は大丈夫でしょうか…?」

 

「ああ…その辺は比叡もいるし、心配しなくても大丈夫だよ」

 

 

五月雨の気持ちを知らない八木はにこりと笑う

 

「…そう、ですね…はい…」

 

 

「私も秘書艦は経験あるし、大丈夫だよ!五月雨ちゃん!」

 

 

比叡も右肩をぐりぐりと回しながら元気よくそう話すと五月雨は苦笑い

 

 

「はい…比叡さん、よろしくお願いしますね」

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

1500

 

その後、五月雨は比叡へ秘書艦業務の受け継ぎを無事終わらせ、暁を連れ執務室を後にした

 

 

 

「…あれ?五月雨ちゃん談話室行かないの?」

 

 

食べ終わったアイスの棒を片手に、通路を進む暁は背後にいた五月雨に声をかける

 

 

「あ、うん…私もう寮に戻るね…明日も早いし」

 

 

五月雨はそう言って暁と別れ、寮の方へと行ってしまった

 

 

「…そう?…じゃあねー」

 

 

首を傾げた暁は変に気にすることなく、五月雨に手を振ると談話室の方へと足を進める

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 

 

 

 

 

 

 

南南西の海域、とある泊地

 

 

夕陽が沈み始める頃、浜辺を拠点としたこの泊地に大きなテントが1つ張られていた

 

簡易的な泊地の作戦室である

 

 

 

「提督、目標艦拿捕、成功しました。作戦終了です」

 

 

その作戦室の入り口にて敬礼するは軽巡洋艦矢矧

 

 

 

「ああ…それは上々…こちらの被害は?」

 

 

テント内…作戦室内の椅子に座る男性士官は、報告を行う矢矧に背を向けたままそう返す

 

 

「は!…作戦に参加した主力艦隊では伊勢、日向が中破…次いで第一駆逐隊の初霜、浜風、磯風が大破…雪風、涼月は小破…旗艦の霞は無傷です!」

 

 

矢矧がそこまで伝えると、白銀の髪の男性士官は椅子から立ち上がり、彼女の方を見ると安心したかの様な表情になる

 

 

「そっか…良かった…誰一人として沈んでなくて…」

 

 

そう喜ぶ士官は現横須賀鎮守府提督、赤松慎太郎だった

 

 

「…今は大和が深海…いえ、彼女を見張っています!」

 

「そうか…なら行こうか…彼女の元へ」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

矢矧に連れられて浜辺へやってきた赤松

 

前方を見れば唐傘をさして立つ背の高い女性。彼女の足元には鎖で両手と胴体を縛られた、ボロボロの黒いフードを被った青白い肌の少女が横たわっている

 

 

「提督!」

 

 

背の高い女性、戦艦大和は赤松がやってきたことに気がつくと、彼に敬礼

 

赤松も大和へ敬礼を返す

 

 

「やぁ、大和…ご苦労さま……それで、彼女が?」

 

「はい、ソロモン島海域にて会敵。手こずりましたが、戦闘のうえ無事拿捕しました」

 

 

大和の報告にうん、と頷いた赤松は横たわる少女に近づき、見下ろす。すると気絶していたと思われた少女がギロリと赤松を睨む

 

 

「…ナゼコロサナイ…!サッサトコロセ!」

 

 

「…驚いたな…鬼や姫級…もしくはそれらと同等の深海棲艦は我々の言語を理解し、意思疎通が取れる者がいると噂では聞いていたけど、これ程とはね…」

 

 

「キヒヒヒヒ…ハァ…ハァ……オマエラノコトバクライアサメシマエサ…ハヤクコロセ!」

 

 

青い血を吐きながら、少女は赤松に向かって叫ぶも、彼は動じない

 

寧ろ口の端を吊り上げ、笑う

 

 

「…やぁ、はじめまして…僕は赤松慎太郎…早速だけども、僕の実験の手伝いをお願いしたいんだ」

 

 

まるで仲のいい友人と話すように、赤松は少女の前でしゃがみ込むとそう話す

 

困惑する少女

 

 

「…オマエ…アタマワイテンノカ?…ナニガジッケンダ!」

 

 

「…世界を救世するための実験だ」

 

「キュウセイ、ダト?」

 

「ああ…詳しく話そうか…大和」

 

 

「…は!」

 

 

赤松が隣りにいた大和の名を呼ぶと、大和は少女の身体を縛る鎖を解く

 

 

「…ああ…そうだ。逃げたいなら逃げても構わない…僕を殺したいのなら殺してもいい…君の鎖を解いたのは信用を得るためだよ」

 

 

鎖で縛られていた腕を擦る少女は座り込んだまま赤松を睨む

  

 

「…オマエ…クルッテンナ…」

 

 

「…狂ってるのはこの世界さ…僕にはどうしても君の力が必要だ…協力してほしい」

 

 

赤松は笑顔で少女に頭を下げると、それを見た少女は笑う

 

 

「…キヒヒヒヒ…オマエ、オモシロイヤツダナ……ソレデ?…ナニヲスレバイイ?」

 

 

「…協力してもらえるようで良かった…君にお願いしたいのは…」

 

 

 

 

じきに沈みきろうとしている真っ赤な夕陽を背に、男性士官は深海棲艦の少女に耳打ちする

 

 

男性士官から話を聞いた少女は口元を吊り上げ、狂ったように、お気に入りの玩具を見つけたように笑う

 

 

 

 

 

 




はい

 
本編(紅い記憶)後に前日譚、やってみたかったんです笑

志摩鎮守府編、当初は前編後編での2話構成予定でしたが、改めて3話構成となる予定です。

起承転結の分割量が上手く振り分けられない作者を、御容赦ください…


そして志摩中編、後編、資料室、例の鎮守府、とその後に皆さんお待ちかねの短編へと入ります。それまでお付き合いよろしくお願いします

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